あなたにみかんを届けたい   作:技巧ナイフ。

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曜ちゃん、誕生日おめでとう!!

はい、またもや1日遅れの投稿ですね。ごめんなさい。
自分、気付きました。当日から書き始めたら間に合わない!!

時系列は少し戻ってライブの前の練習中です。ちなみにサブタイの読み方は“かぜっぴき”です。


風邪っ引きヨーソロー

ライブの日取りが具体的に決まり、今日も今日とて俺と3人は学校終わりに浜辺で練習をしていた。

 

「桜内さん、ちょっと速いよ。千歌はステップから意識が逸れてる」

 

曜を中心に踊る2人に修正の為の声を飛ばすが、少し違和感を感じる。主に真ん中で踊る曜に。

 

千歌に関しては仕方ないが、桜内さんが曜より速く動くことは今までなかった。動きが遅かったり小さかったりすることはあっても、今日は何故か曜よりキレが良いように見える。

 

「はいストップー」

 

件の曜が声をかけ、動きが止まった。別に何か変わったところはないように見えるけど……。強いて言えば顔が赤いくらいかな?

でも今動いてたし、頰が上気するのはおかしくないからなぁ。

 

ちょっと心配だし聞いてみるか。

 

「曜、ちょっといい?」

 

手招きして今の動きを3人の中心で確認していたところを呼ぶ。

ついでに曜のタオルを拾い、俺も立ち上がった。

 

「帽子外して?」

 

「うん?いいけど……」

 

「そんでちょっと失礼」

 

おでこに浮かんでいた汗を軽く拭いてあげてから掌を当てて体温を測ってみる。むむ、これは……

 

「少し熱くない?」

 

「え、えぇ?そうかな?う、う、動いてたからじゃないかな?」

 

「……誤魔化す気ある?」

 

目が回遊魚並みに泳ぎまくってる。それはもう右に左に激しく、泳いでないと死んでしまうマグロのように右往左往。見てるこっちが目を回しそうだよ。

 

「ハァ……もしかして風邪引いてる?体がダルいとか気分が悪いとかない?」

 

「あはは、少しクラクラするくらいかな。大丈夫!このくらいならちゃんと動けるから」

 

「曜がそう言うならいいけど。でも無理は禁物だよ?」

 

「……なんかシンくんが優しい。怖い」

 

「失礼な」

 

「だってシンくんのことだから『気合いでなんとかしろ!』とか言いそうだもん」

 

俺は昭和の体育教師か。

 

根性論や精神論で体調不良をなんとかできることが立証できたら、それを立証した人は間違いなくノーベル賞がもらえる。

 

そんな益体も無い事を考えたが、今は曜の方が大事だ。

曜の体調不良が原因でせっかく決まったライブが中止、ないし曜が出演できないなんてことになればチラシに3人のイラストを描いた信夏が責任を感じてしまいかねない。

 

それで落ち込んで信夏が泣いてしまうなんてことにでもなれば、残念ながら曜には人魚姫と同じ末路を辿っていただくことになっちゃうわけで。

 

つまり何が言いたいかと言えば、

 

「大切な曜が熱を出してるんだから優しくするのは当然でしょ?」

 

「うえ!?」

 

ライブが中止になれば信夏が落ち込み、ライブが成功、もしくは行えれば信夏が喜ぶ。

 

つまり信夏の為にも曜の体は大切なんだよね。

それを伝えたらまた顔が赤くなるし。

 

これは今日の練習を打ち切りにしたほうがいいみたいだね。

 

「千歌、桜内さん。ちょっと曜が熱っぽいから今日の練習は終わりにしてもらっていい?」

 

「え!曜ちゃん熱あるの!?大丈夫!?」

 

「大丈夫だよ、千歌ちゃん。シンくんも大袈裟だなぁ」

 

「大袈裟で終わるならいいけど、今日の曜は動きも悪い。さっきだって見本にすべき曜の動きより桜内さんの動きのほうがキレが良かったよ?」

 

「えっとぉ……それは……」

 

「そんな状態でする練習で上達ができるとは思えない。なにより見本の曜がそれじゃあただの迷惑だよ」

 

「ちょ、朝比奈くん。もう少し言い方が……」

 

確かに桜内さんの言いたい事はわかる。でも、幼馴染の曜ならわかってくれるはずだ。俺がこれだけ厳しい言い方をしてる意味を。

 

「うぅ……じゃああと1回だけ!1回だけやらして?」

 

「…………」

 

パチンと手を合わせて懇願するように頼み込んでくる曜。それに対して俺は無言の圧力をかけていく。

 

「お願い、シンくん」

 

上目遣いと涙目のコンボ。しかも美少女がそれを俺にしてくる。

ハァ……ここまでされちゃうとね———

 

「ダメ」

 

断るときに少し罪悪感が湧いちゃうよ。

たぶん俺のクラスメイトなら喜んで許してあげちゃうんだろうけど、許した結果ぶっ倒れでもしたら一大事だ。信夏が気に病んじゃん的な意味で。

 

信夏がちょっとでも悲しくなっちゃうんだったら、曜のお願いとかゴミの価値しかない。

 

「はい、今日は終わり。曜は俺が家まで送って行くから」

 

「大丈夫だよ、そこまでしなくても」

 

「心配だから無理」

 

「でもお金とか……」

 

「別に曜の家に行く程度の運賃も出せない程お金に困ってないし」

 

実際労働賃金はもらっているので、普通の高校生よりはお金があるほうだ。

本を買うかゲームを買うか、あとはたまに誰かにプレゼントを買う程度しか使わないので結構持ってる。

 

「ほら、帰るよ。ダラダラするな」

 

「いや……ちょっ……引っ張らないでよぉ」

 

曜の荷物と自分の荷物を右手に持ち、曜が持つ物は最低限に抑えてバス停に向かう。

左手で握っている曜の手は……ちょっと熱い。チラリと顔を見ると、少しダルそうでもある。

 

まずいね。悪化してるかもしれない。

 

 

 

 

案の定悪化してました。

玄関に着いて靴を脱ごうとしたら曜が膝をついてしまった。

 

「はぁ…はぁ……」

 

顔を見るとダルそうを通り越してどう見ても辛そう。おでこに手を当ててみるとさっきとは比べ物にならないくらい熱かった。呼吸も荒い。

 

一刻も早くベッドに寝かせたほうがいいみたいだね。

 

「曜、自分の部屋まで歩ける?無理そうなら俺が運ぶけど」

 

「だ、大丈夫……だと思う」

 

「荷物は俺があとで持って行くから楽な格好に着替えて寝てて?風邪薬とか氷枕はどこにある?」

 

「薬は……リビングのタンスの中。氷枕は冷凍庫に…はぁ……はぁ……入ってると思う」

 

「OK」

 

曜の部屋はこの渡辺家の二階にある。少し心配だけどさすがに同い年の異性の着替えを手伝うわけにはいかないしね。氷枕を作ったら入るとしよう。

 

フラフラしながらも階段を上りきるのを見届けた後、俺は冷凍庫を漁り氷枕を見つけ出した。タオルを巻いて使うタイプみたいだね。

リビングのタンスは四段になってたけど、大体薬箱というのは高い位置にあるわけで……ほらあった。

 

随分早くどちらも探し当ててしまったので、失礼ながら渡辺家の冷蔵庫を開けて中身をあらためさせていただく。

買い物した後なのか、ある程度野菜やら肉やらが揃っていた。これなら病人食は作れそうだね。

 

氷枕用のタオルは曜のタオルを借りればいいし、薬は食事をした後じゃないと与えられない。

曜が寝付いたら食事だけ作って帰ろう。さすがに1人で食事ができないほどではないだろうし。

 

「曜、着替えは終わった?」

 

コンコンと扉にノックして入室の確認を取る。さすがにラノベの主人公ではないし、ノックなしで異性の部屋に突入するほど常識を失ってはいない。

 

「いいよ」

 

聞き間違えの要素なんてカケラもないほど短い返事が返ってきたので扉を開ける。中ではしっかりと楽な格好に着替えた曜がベッドで寝ていた。

 

着ていた練習着はしっかりと畳んでカーペットの上に置いてある。

ちょっと意外だな。曜なら脱ぎ捨てて放置ってイメージだったんだけど。

 

「氷枕用のタオルがほしいんだけど、曜の借りてもいい?」

 

「そこのクローゼットの真ん中に入ってるよ」

 

「了解」

 

クローゼットの中を開けると三段の小さな棚が2つ横に並んで、合計6つあった。えっと……真ん中か。とりあえず右から開ける。

 

ん?

 

「これ、ハンカチかな?」

 

リボンが付いた水色の小さな布が出てきた。このサイズだとハンカチだね。これじゃあ氷枕が入らないや。

 

「私ハンカチとタオルは別にしてるけど……っ!?」

 

こっちを振り向いた曜が俺の持っているものを見てぎょっとした顔をする。

 

「うわあぁぁぁ!!触るなー!見るなー!」

 

ただでさえ赤かった顔をさらに赤くしてこちらに飛びかかってきおったぞ、こやつ!?

驚いた俺はそのまま持っていたハンカチを奪い取られてしまった。いや、そもそも曜のだから奪い取られたって言うのは変か。

 

「な、なんだよ。そんなに大事なハンカチだったの?」

 

誰かからのプレゼントだろうか。それにしたって『触るな』はさすがに傷つく。

今もハンカチを俺から守るように両手で持って胸元に抱えている。実は嫌われてるのかな?

 

「タオルはこっち!これは違うの!」

 

「う、うん。ハンカチでしょ?」

 

顔面に左側の真ん中から取り出したスポーツタオルを投げつけられる。顔に当たった瞬間、絶対に柔軟剤や洗剤とは別のいい匂いがしてドキっとしたけど、これは驚いただけということにしておこう。

 

「えっと……ごめん。勝手にそのハンカチに触ったのは謝るからさ、とりあえずベッドに戻ってくれるかな?」

 

「うぅ……シンくんに見られた……」

 

なんだろう……涙目になってなにやら俺が傷つくことを呟いている。本格的に嫌われてる可能性が浮上してきたぞ。

 

俺を睨みつけながらハンカチを元の場所にしまった曜は、顔を真っ赤にしながらも大人しくベッドに戻ってくれた。

 

しまった、曜が戻る前に氷枕置いとけば良かったな……仕方ない。

 

「ごめん。ちょっと頭上げてね」

 

曜の後頭部に手を添えてゆっくり頭を上げさせてもらう。その間から普通の枕を取り、代わりに氷枕を差し込む。

 

「どう?痛くない?」

 

「うん、大丈夫」

 

「OK。それじゃあ体温測ってくれる?」

 

「わかった」

 

いい子だね。

 

でも首元から脇に体温計を挟んむ瞬間チラッと見えてしまったが、どうやら曜は下着を外してないみたいだ。いわゆるブラ紐が見えた。

 

「曜、体温測り終わってからでいいから下着は外したほうがいいよ。結構体をしめつ……おっと危ない。体温測ってる時に急に動いちゃダメだよ」

 

親切で忠告してあげたらお礼と言わんばかりに拳が飛んできた。取り敢えず首を傾けて回避し、ギリギリ曜の腕が届かないところまで離れる。

 

まったく……体温を測ってる時には極力体は動かしちゃいけないとならわなかったのかな?

 

「シンくんってそういうところ、ほんっとにデリカシーないよね!」

 

「デリカシーを重視して必要なことをすっ飛ばすのはあまり良くないと思うんだけど?」

 

「うぐっ……まさかシンくんに正論言われる日が来るなんて」

 

「別に今外せとも言ってないし、外してるところをガン見するつもりだってないから。だから、体温を測り終わったら外すこと。お分り?」

 

「……は〜い」

 

少し不満気だが納得してくれたみたいだ。

 

「おばさんは今日何時くらいに帰ってくるの?」

 

体調不良を起こすとどうしても1人でいることが寂しく感じちゃうからね。さっきのはまったくもって俺に落ち度はないが結果的に曜を怒らせちゃったし、お詫び代わりにそれまでは一緒にいてあげよう。

 

「ママ、今日帰ってこないよ」

 

「What?」

 

嘘だろ……。

 

「マジ?」

 

「マジ」

 

マジか……。

 

「ハァ……夕食、何か食べたいものある?」

 

「え?」

 

「だから夕食。晩御飯だよ」

 

「作ってくれるの?」

 

「まぁ、さすがに熱がある曜に作らせるわけにはいかないし」

 

曜の中の俺ってどんだけ鬼畜やねん……。ちょっと普段の行いを省みちゃうよ。

 

「それで何か食べたいものある?」

 

「う〜ん……ハンバーグ」

 

「消化に悪いからダメ」

 

「じゃあ、みかん」

 

「薬と柑橘類は一緒に胃袋に入れたらまずいからダメ」

 

「どっちもダメじゃん!」

 

「他には?」

 

「もうなんでもいい」

 

ありゃ。本格的にヘソを曲げちゃったみたいだ。なんでだろう?

 

でも……こんな曜、久しぶりに見るな。基本的にあんまり我儘とか言わないし、他人の事を気遣って行動してるからヘソを曲げること事態が少ないし。

それこそ小学校以来かもしれないな。

 

「はは……」

 

「何笑ってんの?」

 

ムスっと不機嫌そうに聞いてくる。そのタイミングで体温計が鳴り、お仕事を終えた。

 

「いや、ふふ……なんか久しぶりに曜が可愛く見えてね」

 

氷枕に乗っている曜の頭を撫でながら体温計を受け取る。

体温は……38.6分か。高めだな。

 

「……シンくんのほうが可愛いもん」

 

「夕食はカロリーメイトと酵母菌を入れ忘れた食パンでいいかな?そっかそれでいいか」

 

飲み物はカルピスの原液とかいいかも。

 

「待って!そんなパッサパサなのイヤだよ!」

 

だったら素直に照れてほしい。俺だってそんな夕食はイヤだ。夕食にパンとかあり得ない派の人なんでね。

 

「さて、体温は測り終わったし……とりあえず曜は寝てること。俺は夕食の準備しておくから」

 

「…………」

 

体温計の金属部分をティッシュで丁寧に拭い、ずれた掛け布団を直してから立ち上がり部屋を出ようとすると……

 

「あ?」

 

制服のブレザーの裾を後ろから掴まれて止められた。

そんなことを今できるのはこの場で曜しかいない。というか曜以外だったらホラーだよ。

 

「なに?」

「まだお腹空いてない」

 

「下準備だよ。食べるなら美味しいほうがいいでしょ?」

 

“料理の味を決めるのは下準備と手際の良さ”

 

昔見た特撮の主人公が言っていた言葉だ。他にも食事に関しての名言がたくさんあったので、料理を作る身としての心構えにしている。

 

というかブレザーを離してもらえないだろうか。皺になっちゃう。

 

「むぅ……まだ大丈夫だから…」

 

「ハァ……寂しいならそう言ったら?」

 

「う…あ……」

 

少し意地悪だったかな?正直掴まれた時から気付いてたけど、ちょっと反応を楽しませてもらったよ。

 

その甲斐あって悔しそうな顔が見れた。満足満足。

 

「………いくらなんでも性格悪すぎない?」

 

「大体の人間はそんなもんだよ」

 

「んなわけないでしょ!」

 

「あぁ……あれだよ。好きな女の子に意地悪したい男の子みたいな?」

 

「シンくんの好きは恋愛感情皆無でしょ?」

 

「もちろん」

 

というか恋愛感情の有無に関係無く好きでもない人間に意地悪をする奴を俺は知らないね。

 

「ほら、目閉じて?寝付くまでならここにいるから」

 

「う、うん」

 

瞼に手を当て、優しく閉じてあげる。食事を作るのは曜が寝てからでも遅くないし、たったそれだけの時間で味が落ちるほど料理の腕が低いわけじゃないと自負もある。だから———

 

「ねぇ、ちょっと我儘言ってもいい?」

 

「物によるけどね」

 

「あはは……そこはすんなり頷いてよ」

 

「それで?なにすればいいの?」

 

「頭撫でてほしい。シンくん上手いから」

 

「人間の頭を撫でるのに上手い下手があるかはわからないけど……」

 

だから———もうちょっと優しくしても問題ないかな。

 

 

 

 

 

 

髪を一度ポニーテールに結び直し、俺は渡辺家のキッチンに立っている。

 

まずはある程度の大きさの鍋に水とご飯を入れ、火をかける。

それから煮立つまでの間に白菜、ネギ、大根を一口サイズよりもさらに小さく切り、ごま油の中に投入。

 

鍋が煮立ってきたので火を弱めて鰹の粉末ダシと味噌を入れて更に混ぜ合わせ、その後にごま油から野菜を取り出してそれも鍋に入れる。

あとは大根の色が変わるまで鍋の中身を混ぜて、最後に溶いた卵を流し込めば完成。

 

朝比奈流味噌たまご粥。俺も熱出した時はよく父さんに作ってもらってたな。味噌の匂いが食欲を引き出すからこれだけはいっぱい食べられたっけ。

 

曜の部屋に戻り、自然に起きるまで俺は読書で時間を潰す。

 

チラリと曜の顔を見ると顔色はよくなってるし、今日1日安静にしていれば明日には全快になってるだろうね。

 

「う……ん…?」

 

「あれ?起きた?」

 

「なんか……いい匂いする」

 

「お粥作った。食欲ある?」

 

寝惚け眼で見上げてくる曜に少しドキッとした。どうやら今日は心拍数が上がる日のようだ。

 

「お腹は……うん、空いてるみたい」

 

「そっか。じゃあ少し早いけど夕食にしよう。こっちに座れる?」

 

曜の部屋にあるローテーブルの横にクッションを置き、それを叩いて示す。

コクンと首肯し、ゆっくりとした動作で座ってくれた。

 

鍋の蓋を開けるとさらに味噌の香ばしい匂いが部屋に広がり、曜のお腹が鳴る。

それを俺に聞かれたことで恥ずかしそうに顔を赤くしているけど、体もしっかり食事を求めてるみたいだし安心だ。

 

「はい、口あけて?熱いからゆっくり食べてね?」

 

「うえっ!?じ、自分で食べれるよぉ」

 

「そう?」

 

「う、うん……でもこんなに食べれないかも……」

 

「残しても構わないよ。一応俺の夕食も兼ねてるから」

 

「そっかぁ……ん?シンくんの夕食も?」

 

「うん。今日俺ここに泊まるから」

 

「はぁ!?」

 

いや、そんなに驚かなくても……。

 

「着替えは後で父さんに持って来てもらえるように頼んだし、おばさんにも連絡入れたらOKもらったよ?」

 

「いや……だって……えぇ!?」

 

「驚くのはいいけどとりあえず食べちゃおう?お腹空いたんでしょ?」

 

食事を摂らなきゃ風邪薬飲めないし早く食べていただけないだろうか。

 

レンゲで一口分お粥を掬い、曜の口の前に差し出す。

 

「はい、あーんして?」

 

「うん……」

 

ふぅーふぅーとお粥を冷まし、口にふくんでモグモグと咀嚼し始める。恥ずかしそうにしてた顔が咀嚼する度に緩んでいくのがよくわかる。

 

「あ、美味しい」

 

「そう、それは良かった。いっぱい食べるんだよ?『食べる』って字は『人』が『良くなる』って書くくらいだからね」

 

「シンくん、早く早く」

 

どうやら俺のありがたい薀蓄よりもお粥のおかわりがご所望のようだ。それはそれで嬉しいからいいけど。

 

レンゲを差し出せばその都度嬉しそうに口に運ぶので、作った身としては嬉しい限りだよ。

 

「シンくんってお菓子以外の料理も美味しいんだね」

 

「小学生の頃は俺が信夏の食事を作ってたからね。信夏が口にする物が不味いなんてあり得ないでしょ?」

 

「う〜ん……まぁ…そうなの……かな?」

 

そうなんです。

 

そんなおしゃべりをしながらの食事が10分ほど経過すると、すっかり鍋の中は空になっていた。

こんなに食べられないとか言いながらも完食するとは……恐るべし、曜の胃袋。てか、俺の夕食どうしよう。

 

「ごちそうさまでした」

 

「はい、お粗末さまでした。結局全部食べたね」

 

「うん。だって美味しいんだもん」

 

ま、いっか。幸せそうに口元にご飯粒を付けてる曜が見れたし、あとでそれをネタにからかおう。それに……作った側にとっては最高の褒め言葉をいただいたしね。

 

「ねぇ、シンくん」

 

「うん?」

 

「お風呂入りたい」

 

「お風呂?」

 

お風呂か……。確かにさっきまで練習してて汗かいただろうし、その後ベッドに直行したから気になるかもしれない。

特に汗臭いとかはないが、曜も女の子だしそのあたりが気になるのは当然か。

 

「とりあえず体温測って?」

 

「わかった」

 

まずは体温を測ってもらって、それから決めるとするかな。

素直に体温計を脇に挟んだ曜は、ベッドにもたれかかった。その衝撃で曜の胸が大きく揺れたので、きっと下着も外しているだろう。

 

「一応聞くけど、体のダルさとかは取れた?」

 

「う〜ん……まぁ、さっきよりは。正直結構辛かったんだよね〜」

 

「いつから?」

 

「朝から……かな」

 

胃袋が満たされたことで上機嫌になって口が軽くなったからか、見事に滑らしたね。

 

「ハァ……それは誰かに言った?」

 

「ううん、別にバレないしいいかなって……うみゅっ!?」

 

ちょっとブチギレた俺は曜のほっぺを摘む。意外にこいつのほっぺたも柔らかくて癖になる感触だ。

 

「それで、結局、バレて、さらに、辛く、なってんだろうが!」

 

「いひゃいいひゃい!」

 

言葉の区切りの度に上や下に引っ張って注意をしてやる。

 

「ごみぇんにゃしゃい!ごみぇんにゃしゃい!」

 

「いや、許さん」

 

「えぇ!!」

 

そうは言うが、これ以上続けると泣き出してしまいそうなので最後に引っ張るだけ引っ張って放す。うん、ちょっと怒りが収まってきた。

 

「いたたた……シンくんは信夏ちゃん以外はどうでもいいと思ってた……」

 

「よくわかってんじゃん。ぶっちゃけ曜なんて信夏と比べたらどうでもいい」

 

「やっぱり……」

 

「でもね?」

 

確かに信夏と比べたら曜なんてどうでもいいさ。正直千歌や果南ちゃんだって信夏よりも大切に思ったことはない。でも———

 

「信夏と比べなかったら……」

 

 

 

 

 

 

 

「大切だよ……か」

 

暖かいお湯が心地いいな。

 

熱は37.8分まで下がってたので、シンくんからシャワーだけなら浴びてきても良いって許してもらった。

でもたった5分だけ。5分経ったら突撃してくるらしいから早くしないと。

 

「ふふ……」

 

うぅ……ニヤけてるのが鏡見なくてもわかっちゃうよ……。

 

さっきシンくんが言ってくれたことを思い出すと嬉しくてほっぺたが緩んじゃう。しかも、少し熱くなってるのはたぶん熱のせいだけじゃないと思う。

 

シンくん、ああいうことは平然と言うんだもんなぁ。たぶん感情移入されてないから言ってくれるっていうのはわかってるんだけど……ちょっとズルイや。

 

もう10年以上も初恋が続いて……その相手にあんなこと言われたら嬉しくなっちゃうもん。

 

 

 

 

 

 

 

「やっちまったあぁぁぁぁ……」

 

曜が食べ終えた鍋を洗いながら、俺は気持ちだけで頭を抱える。

 

さっき俺が曜のクローゼットから出したハンカチ……あれハンカチじゃなくて曜のパンツじゃん……。

 

曜にシャワーの許可を出したら、さきほど俺がハンカチと思わしき物を取り出した場所から何かを取り出していた。チラッと見えたそれがリボンの付いた水色の布だったことから、間違いなくパンツだろう。大きさ的にも間違いなく。

 

そりゃあ触るなって言うよ。幼馴染とはいえ同い年の男に下着とか触られたら怒るに決まってるし。

 

「まぁ、見なかったことにすればいいか」

 

これが1番無難な判断かな。わざわざ自己申告して自分の立場を悪くする必要もないし。

そもそも今晩は2人きりなわけだから、気まずい雰囲気にしたくない。

 

ていうか、おばさんはよく娘が家に1人でいる時に幼馴染とはいえ男が泊まることを許可したよね。しかも体調を崩してるっていうのに。

 

それだけ信用されてるってことかな?だったら嬉しいけど。

 

「あ、シンくん上がったよ〜」

 

洗い終わった鍋を布巾で拭いていると後ろからご機嫌な声色で報告を受けた。時計を見ると、ちょうど5分きっかりだ。

 

「ん、了解。じゃあ薬飲んで?白湯はそこにあるから」

 

薬は曜の部屋に持ってっちゃってたので、悪いけどそちらで飲んでもらうことになる。

シャワーで汗を流したからか、機嫌もいいみたいだし顔色も悪くない。これなら大丈夫だね。

 

「……ねぇ、少しおしゃべりしたい」

 

「いいよ。俺も曜と話したいことがあるし」

 

パッパと手の水を払い、ハンカチで綺麗に水気を取ってからマグカップに入ってる白湯を持って曜の手を取る。

あまり必要はないかもしれないけど、一応階段で転ばれたら困るからね。

 

「はい、まずは白湯を一口飲んで?」

 

「は〜い」

 

「それで錠剤を……曜は16歳だから二個だね。ほれ」

 

ちょっと気分で投げてみたら見事に二個ともお口でキャッチした。犬みたいだな。

 

「最後に白湯を一気に飲み干す」

 

「了解であります」

 

右手で敬礼をしながら一気飲み。犬の次はおっさんですか?

 

「じゃあ横になって?」

 

「うん」

 

氷枕はぬるくなっていたので、普通の枕に変えておいた。あとはしゃべってるうちに眠くなってくるだろう。

あの風邪薬、眠くなる作用がある的なこと書いてあった。

 

「それじゃあ俺から話すね?曜さ、最近の睡眠時間どのくらい?」

 

「睡眠時間?寝てる時間だよね?」

 

「そう。大体でいいから」

 

今回曜が体調を崩した原因、俺は極端な睡眠時間の減少だと考えている。

 

最近はあまり出ていないみたいだけど、曜は水泳部にも所属している。しかも飛び込みの強化選手に指名されてる程優秀な部員だ。

 

キックボクシングのプロを目指す親友を見てればわかるが、ある程度の実力をつけるとそれを維持するだけでもそれなりの努力が必要になってくる。それをさらに向上するとなると並大抵の頑張りでは追いつかなくなっちゃうんだよね。

 

んでまぁ、それが必要な曜がさらにライブの練習。それに加えて衣装担当なのでやる事は山積みだ。どう考えても日本人の平均睡眠時間じゃ足りない。

 

「う〜ん……2時間くらいかな」

 

「ハァ……やっぱりか」

 

残念なことに俺の予想は的中してしまった。優秀な人ってのはどうして自分を蔑ろにする奴が多いんだろう。

 

「頑張り過ぎだよ、バカ」

 

「……もしかして怒ってる?」

 

「当然」

 

むしろ怒ってないと思っているのだろうか。だとしたらバカを通り越して大バカだ。

 

「ホント、信夏だったら引っ叩いてたところだよ。曜は信夏じゃないから注意で済ますけどね」

 

「信夏ちゃんのこと叩くの!?シンくんが!?」

 

「他人の期待に応えるために自分の体を大事にしないなんてことを妹がしでかしたら兄として怒るのは当然でしょ?良かったね、俺の妹じゃなくて」

 

「……でも怒ってるんでしょ?」

 

「2度も言わせる気?」

 

少し睨みつけたら目元まで布団を被ってしまった。悪いけどそれでお説教を止めてあげるつもりはない。

 

「さっきも言ったけどさ、曜は俺にとっても大切なの。確かに信夏よりはどうでもいいけど、じゃあ辛い思いをしてても平気ってわけじゃないから」

 

「うえ……っ…あの……ん…」

 

「辛いなら辛いって言う。お願いだから無理はしないでよ」

 

「あの……もう…」

 

「曜が優秀な人なのは知ってるよ。でもね、みんながみんな曜に期待()()をしてるわけじゃない。ちゃんと心配もしてるからさ、期待だけじゃなくてそれにも応えてよ」

 

「もう!恥ずかしいから黙って!」

 

ガバッとついには布団を頭まで被って潜り込んじゃったよ。

なんだ?水だけじゃなくて布団に潜るのも好きなのかな?

 

「……シンくんって実は女たらし?」

 

「残念ながら俺にたらし込まれてくれるような女の子にまだ出会ったことがないね」

 

きっとそんな女の子が俺の運命の人なんだろう。早く会いたいもんだね。

 

「ま、だからさ。他人の期待に応えるのはいいけど、その場合は自分のことも大事にすること。わかった?」

 

「…………」

 

「『はい』って言えよ」

 

「は、はい!」

 

うん、いい返事だね。俺が言いたいことは言ったし、今度は曜の話を聞かせてもらおうかな。

 

 

 

 

 

 

 

うぅ……シンくん怖い。

 

優しさ二割、怖さ八割って感じでドキっとしたのがすぐにチャラにされちゃうよ。

 

「今のシンくんと梨子ちゃん見てるとさ、初めて会った時のこと思い出さない?」

 

「俺と曜の?」

 

「うん」

 

私が初めてシンくんと会ったのは小学校1年生のクラスだった。渡辺と朝比奈だから最初の席は教室で対角だったけど、初めての席替えで隣になったのが出会いだったのかな。

 

でも———

 

「確か……小2の時に千歌が連れてきた時だっけ?」

 

肝心の本人はそんなことまったく覚えてない。というか、たぶん同じクラスだったことも記憶にないだろうなぁ。

 

「そう……だね。小2の頃。あの時の私達ってすっごく仲悪かったよね」

 

「そうだっけ?」

 

「顔合わせたらしょっちゅう口喧嘩してたもん」

 

実際口喧嘩というよりは私が一方的に噛みついてたのかな。それを認めると悔しいから絶対に認めないけど。

 

「でもさ、ある時になったら急に仲良くなったよね?」

 

「あ、それは覚えてる。いつの間にか遊び回ってた」

 

ある時……懐かしいなぁ。

 

私は動きやすいようにいつもズボンを履いて登校してた。でも、ちょっとした気まぐれでスカートを履いてみたの。そしたら案の定それをからかってくる人もいて……。

最初は相手にしてなかったんだけど、何度も言われるうちに辛くなってきちゃって……泣きそうになってた時にシンくんが思いっきりからかってきた子を殴り飛ばしたんだっけ。

 

いきなりでそこにいた全員が驚いて何も言えなくて、でもそんな空気に関係なくシンくんは倒れて蹲ってる子を蹴り続けてたよ。

 

その時のシンくんの顔は———普段と変わらなかった。

 

特に怒ってるわけでもなく、ほんとうに通学路を歩いてるのと同じ表情で相手が泣いてるにも関わらず蹴ってた。

 

最終的には先生が止めて結局怒られたのはシンくんだけ。

まぁ、当然だよね。あれだけのことやってたらどんな理由があっても情状酌量の余地なんてないし。

 

怒られ終わった後、どうして怒られたのかわからないような顔でまったく反省してない様子のシンくんにきいてみた。

 

『どうしてあんなことしたの?』

 

『どうしてって……あいつボクが信夏からもらったえんぴつ踏んでたんだよね」

 

『しんか?』

 

『ボクの妹』

 

結局シンくんは昔っからシスコンだった。

 

信夏ちゃんからもらった物を粗末に扱ったから殴って、でもそれはあたりまえとしか考えてなかったんだから驚いたよ。

 

『あ、そういえばさ』

 

『ん?』

 

『今日はスカートなんだね』

 

そう言ってランドセルを背負って帰ってっちゃった。

特に褒め言葉なんてなかった。ただ昨日と今日で違うことを言われただけだったのに………どうしてあんなに嬉しかったんだろうなぁ。

 

もしかしたら———

 

「ねぇ、シンくん?」

 

「うん?」

 

「熱が治ったらさ、ハンバーグ作ってよ」

 

「え、めんどくさ」

 

もしかしたら———あの時にこの“人間性の腐り落ちたシスコン”のことが好きになっちゃったのかもしれないなぁ。

 

「まぁ、そうだね。ライブが終わったら作ってあげるよ。でも手伝ってよ?ハンバーグって捏ねるの面倒だし疲れるから」

 

「は〜い」

 

「ほんとうに手伝ってよ?」

 

ねぇ、シンくん?どうして私、君のこと好きになっちゃったのかな?




曜ちゃん……ヨーソローって言ってなくね?
まぁ構わんだろう(すっとぼけ)

本編も頑張って書いていきます。ちょっと新生活が忙しくてね……。
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