あなたにみかんを届けたい   作:技巧ナイフ。

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千歌ちゃん、誕生日おめでとう!!
夢に向かってまっすぐな千歌ちゃんの姿にはいつも励まされてます!!

ということで、千歌ちゃんと夏祭りデートのお話。この間の沼津花火大会、凄かったらしいですね(乏しい語彙)
見に行けた人が羨ましいです。


打ち上げ花火、妹と見るか?幼馴染と見るか?

8月1日の朝。2日に一回の『十千万』への配達を無事に終え、お姉さんにお花を渡した俺はすっかり軽くなったバックパックを背負って家に帰ろうとしていた。

 

しかし……

 

「シンちゃ〜ん!」

 

珍しく、というか夏休みのこんな時間から起きているのが不思議な千歌に呼び止められ、早く帰りたい俺は帰れないでいる。

 

「シンちゃん!今日の夏祭り一緒に行かない?」

 

「行かない。じゃあね」

 

「待って待って待って!!」

 

踵を返し、一刻も早く帰ろうとするとバックパックを引っ張られて阻止される。

 

「なんだよ」

 

「一緒に行こうよ〜。どうせシンちゃん暇でしょ?」

 

「明日信夏と行くから大丈夫」

 

夏祭りは2日間。今年は8月1、2日に行われる。どちらも目玉は花火だけど、案外出店する屋台も面白いものが多い。

 

そして、俺は2日のほうに信夏と行く約束をしてる。なので今日、わざわざ千歌と行く必要はないのだ。

 

「うぅ〜……シンちゃん、今日なんの日かわかる?」

 

「今日?」

 

はて、何かあったかな?

あらゆる疑問に答えてくれるグーグル先生にきいてみよう。

 

「……洗濯機の日?」

 

どうやら今日は水の日なので、洗濯機の日なんだとさ。

 

「違う」

 

「じゃあ麻雀の日?」

 

「……違う」

 

「う〜ん……あっ!」

 

「わかった?」

 

千歌の目がキラキラと太陽にかざした宝石みたいに輝きだす。

うん、これは間違いないね。

 

「世界母乳の日だ!」

 

「それも違〜う!!」

 

え、違うの?

 

俺は首を傾げ、全力で脳をフル回転させるが……ダメだ。思いつかない。

 

「ねぇ、本当にわからないの?」

なんか千歌がすごく目をうるうるさせて泣きそうな顔になってるし。

というか、グーグル先生にもわからないことを俺が知るわけないじゃん。なにこの無理ゲー。

 

「あとはそうだなぁ……8月1日といえば千歌の誕生日くらいだけど、さすがにそれはないだろうし」

 

「…………………………」

 

泣きそうな顔の次は俺に死んでほしそうな顔になった。千歌、そんな顔できたんだね。でも大丈夫。俺は今さら幼馴染にそんな顔されても痛くも痒くもない。クラスメイトによくされるからね。

 

「シンちゃんって本当に性格悪いよね」

 

「そうかな?花丸とか梨子には『イイ性格してる』ってよく言われるよ?」

 

「たぶんニュアンス違うから!」

 

「あっそ。じゃあね」

 

「ストーーーップ!どさくさに紛れて帰ろうとしないでよ!」

 

「チッ……面倒な」

 

「言い切った!?」

 

帰りた〜い♪帰りた〜い♪笑顔の信夏が待っている♪

 

あぁ、この気持ちが千歌に届くことを切に願う。わりとマジで。

 

「それで、千歌はなんで俺と夏祭りに行きたいの?嫌がらせ?」

 

「違うよ!だってシンちゃん、最近あんまり構ってくれないから……」

 

「Aqoursの練習でほぼ毎日一緒にいるじゃん」

 

「そうじゃなくて!!」

 

カマチョな幼馴染って鬱陶しいな。何が鬱陶しいって、なんとなく構ってあげないと罪悪感が湧いてくるところとか。

 

「……チカだけに構ってほしいの」

 

「へぇ。なんで?」

 

「それは……そのぅ……シンちゃんのことが……」

 

「俺のことが?」

 

「す……好きだから……」

 

「そっか。俺も俺のこと大好きだよ。じゃあね」

 

「だから〜!!」

 

うん、からかうのはこのくらいにしておこう。日々のストレス解消になった。

特に夏休みだからか、俺に毎日ベタベタくっついてくる母さんとかね。年頃の息子にベタベタすんじゃねぇよ。俺がベタベタされて嬉しいのは信夏だけだから。

 

そんな気持ちを胸にしまい、俺は千歌に笑いかける。

 

「まぁいいよ。今日は千歌の誕生日だし、そのくらいのおねだりなら聞いてあげる」

 

「ホント!?」

 

「うん」

 

これが誕生日プレゼントってことにもできるしね。フッ、今年は出費を抑えられたぜ。

 

そう心の中でほくそ笑んでたら、千歌が抱き着いてきた。

 

「えへへ〜シンちゃん大好き〜」

 

「うざい、離れて」

 

グイグイと全力で引き剥がそうとするけど、全然離れやしない。

引っ付かないでほしい。暑苦しいから。

 

あ、おいこら!頬ずりするな!摩擦熱のせいで暑い上に熱い!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぅ……冷たい……」

 

シンちゃんがチカのお願いきいてくれたのが嬉しくて抱き着いてたら、海に投げ込まれた……。さすがにしつこかったかな?

 

えへへ〜……でも嬉しいなぁ。ちゃんと誕生日覚えててくれて。

 

「あ、千歌ちゃん。ちょっと来てくれる?」

 

「なに〜?」

 

ビショビショになったまま旅館に入るのはまずいと思って外で乾くの待ってたら志満姉が玄関から手招きしてきた。なんかお菓子でもくれのかなっと思ったら花束持ってる。

 

「これ、どこに置こっか?」

 

「わぁ、綺麗なお花!どうしたのこれ?」

 

「信一くんが持って来てくれたのよ。千歌ちゃんの誕生日だからって」

 

そう言いながら志満姉は花束に鼻を近づけて匂いをかいでる。

 

シンちゃん……なんだかんだ言ってちゃんと覚えてるじゃん。なんで意地悪するかなぁ。いつもいつもいっつも!!

 

あとで絶対文句言ってやるんだから!

 

「志満姉、花瓶ってあるかな?チカの部屋に飾りたい」

 

「う〜ん……じゃああとで持ってってあげる。美渡ちゃんにも見せてあげるの?」

 

「ううん!美渡姉は何本か取っちゃいそうだから見せてあげない!」

 

シンちゃんが私にくれたんだもん!いくらお姉ちゃんだからって絶対に分けてあげない。

ぜ〜んぶチカのだよ♪

 

 

 

 

 

 

 

「あっつい……」

 

スマホを弄りながら私服姿の俺は『十千万』の前で千歌が出てくるのを待つ。うわぁ……もう6時過ぎてるのに32℃あるよ。

 

余談だけど、サウジアラビアの人が『日本人は30℃超えたくらいで暑いなんて大袈裟だなぁhahaha!!」と言ったらしい。しかし、その人が日本の夏を体験した感想は『どうして日本の夏はこんなに暑いんだ!?』と大層驚いたそうだ。理由は気温より湿度。

サウジアラビアは年間の平均気温が30℃以上だけど、カラッと乾燥してるから日本のジメジメジトジトとしたような暑さではないらしい。

 

まぁ、今も湿度92%あるしね。はよ出て来いや、千歌。

 

「シンちゃんお待たせ〜。待った?」

 

「うん。待った」

 

「えぇ〜、そこは『俺も今来たところ』って言うのが常識だよ?」

 

「それは彼氏彼女の常識ね。俺たちには関係ないから」

 

まったく、人を待たせといてなんでそんなに楽しそうなんだか……。

 

「じゃあ行こうか」

 

「あ、ちょっと待って!」

 

「なに?」

 

クルッと、千歌がその場で回る。練習の成果か、流水のようなしなやかさだね。

 

「……どう?」

 

「うん。綺麗なターンだと思うよ?」

 

Aqoursの練習を始めた時とは大違いだ。

 

俺が素直な感想を述べると、千歌はぷくぅっとほっぺたを膨らませてる。フグのモノマネかな?

 

「ターンじゃなくて、私の格好」

 

「浴衣だね」

 

そう。千歌の今の格好は普段着じゃなく、浴衣。白をベースに水色のラインがところどころに入っていて、なんかよくわからない花———少なくともみかんの花ではない———が散りばめられている。帯は千歌らしいみかん色。巾着はオレンジ色の青海波(せいがいは)柄だ。

おまけにいつもは顔の左側でプラップラしてる三つ編みはなく、降ろしていてちょっと大人っぽい。

 

う〜ん……どうして女子って髪型が少し変わっただけで印象がガラリと変わるんだろう?

 

「浴衣、似合ってる?新しく買ったんだけど……」

 

「似合ってるよ」

 

「むぅ……他には?」

 

他に?他の感想か……。

 

ここで何か言わないと不機嫌になるだろうしなぁ。とりあえず千歌のつま先から頭までをじっくり見て、また頭からつま先に戻る。それを3往復したくらいで……なんだ?千歌が急にモジモジしだしたぞ?

 

「恥ずかしからあんまりじっくり見ないでよぉ」

 

ではどうしろと?

 

たまにあるこの理不尽。どうやら女子の服装に対する感想はパパッと見つけて、サッと言ってやるのがいいっぽいね。

 

ていうか、なんか面倒になってきた。どうして夏祭り行く前からこんな試練をやらされなきゃならんのだ。

 

「とりあえず行こっか?」

 

「うん♪」

 

しかも案外俺の感想はどうでも良かったのか、声をかけたら嬉しそうに寄ってきて隣に並んでるし。

 

「そういえばシンちゃんは浴衣じゃないの?」

 

「浴衣は明日着る。信夏と行く時にお互いお披露目しようって約束したんだよ」

 

楽しみだなぁ、信夏の新しい浴衣姿。どんな柄が似合うか想像するけど……うん、信夏ならなんだって似合うね。むしろ似合わない服があったらそれは服が悪い。見つけたら破いて燃やそう。

 

「シンちゃんは相変わらずシスコンだね?」

 

「当然。あんなに可愛い妹がいるのにシスコンにならない奴とか、もはや人間じゃないよ」

 

「さすがに大袈裟じゃない?」

 

「まったくもって大袈裟じゃない。それが普通」

 

この幼馴染は何を言ってるんだ。見るもの全てを、それこそアメンボから神様まで幸せにするあの笑顔を持つ信夏の兄なんだからシスコンにならないなんて嘘だ。

 

たまに美人姉妹とか言われるけど、その意味は深く考えないでおこう。ただただ泣きたくなる。

 

そんなこんなで、信夏の可愛らしさを愚かな幼馴染に説いてるうちに夏祭りが行われてる場所に着いた。

 

「うわぁ!人がいっぱいだー!!」

 

「そうだね。帰りたくなっちゃったよ」

 

なんか俺の話を聞いてたらどんどん死んでいってた千歌の目が、夏祭りの様子を見たら輝きを取り戻した。

 

というか、毎年のことながら混んでるなぁ。この中を歩くのか。……死にたい。

 

「よし、千歌。帰ろう!」

 

「あ、見て見て!綿あめだよ!あっちにはタコ焼きもある!りんご飴もあるよ!!」

 

「ちくしょう……」

 

もはや俺の声は届かない。彼女の心は遠くに行ってしまったようだ。

 

体まで遠くに行ってはぐれたら目も当てられないので、俺ははしゃぎだした千歌から離れないように横へ並びながら財布を取り出す。

 

「どれが食べたいの?」

 

「りんご飴!赤いほうの!」

 

「はいはい。おじさん、2つください。赤と青で」

 

「あいよ!嬢ちゃん可愛いから負けちゃうよ!2本で600円!!」

 

いや、どこを負けたの?あんたの屋台1本300円じゃん……。

 

苦笑いを浮かべながらお金を払うと、自分の言ったことがウケたと思ったらしい屋台のおじさんは豪快に笑って俺に手渡してくれた。

酔ってるのかな?俺のこと女の子と間違ってたし。りんご飴のシロップに顔突っ込んで溺死すればいいのに。

 

「ほれ」

 

「ありがとう、シンちゃん♪」

 

お礼もそこそこに、千歌はさっそくりんご飴にかじりついた。幸せそうな笑顔で咀嚼してる。

 

ハァ……なんか奢っちゃったよ。自然な流れで。

どうしてお祭りのりんご飴ってあんなに高いんだろう?一度家で作ったら1本の材料費100円くらいでできちゃったよ……。にも関わらず不思議と損した気分にならない。これがカーニバル・ファンタズムか?

 

そんなくだらないことを考えながら俺も自分の青いりんご飴を齧る。うん、美味い。

 

「…………………………」

 

「なに?」

 

「青いほうも美味しそう……。一口ちょうだい?」

 

「どっちも味は変わらないよ。はい」

 

「えへへ〜」

 

正直甘過ぎるので食べてくれる分には助かる。なんか塩気のあるものがほしいな。

 

「はい、シンちゃん」

 

「ん?」

 

「お返し。一口どうぞ」

 

「いや、いらな……」

 

「一口どうぞ?」

 

「……いただきます」

 

どうやら俺に拒否権はないらしい。いつものことか。

 

「そういえば、赤いりんご飴食べると舌が赤くなるよね。べー」

 

「食紅の色でしょ。ほら、舌出して歩かない。噛むよ」

 

「は〜い」

 

注意されたにも関わらず、相変わらず千歌は楽しそうだ。まぁ、つまらなそうにされるよりいいけどさ。

 

それにしても……やっぱ変わり映えがない田舎だけあって、こういうイベントはカップル多いなぁ。こう歩いてると、腕を組んで仲睦まじそうに歩く男女がよく目につく。ついでにそのカップルに爆発四散してほしそうな視線を送る男だけのグループも目につく。

 

「ハァ……クラスメイトに会わないといいなぁ」

 

「どうして?」

 

「いや、俺たちも気持ちはともかく見た感じはカップルじゃん?だからあまり会いたくないんだよね」

 

「大丈夫だよ!シンちゃん女の子にしか見えないから……ってごめんごめん!謝るから帰らないで!?」

 

踵を返した俺の腰に千歌が抱き着いてくる。

人が気にしてることにズバッと斬り込むのはいかがなものかと思うよ?

 

「……なにしてんの、お前」

 

「あら、朝比奈くん」

 

「おん?」

 

道の真ん中で小競り合いをする迷惑な俺たちに聞き覚えのある男女の声がかかる。

そちらを見ると案の定、唯一クラスメイトで会っても俺に害がない親友達がいた。美里蓮と童部紗良さんだ。

 

「あ、蓮くんと紗良ちゃんだ!久しぶり!」

 

「……ん、久しぶり」

 

「本当にね。高校入ってから会ってなかったかしら?」

 

「そうかもね〜。でも、この間のライブ来てくれたでしょ?ステージから見えたよ」

 

旧交を温めてる親友達を見ると、2人とも浴衣だった。

ふむ、なるほど……。

 

「2人は浴衣デート?」

 

「そそそそんなっ!?デートなんて……ねぇ?」

 

「……デートじゃない。ただ一緒に来ただけ———痛い」

 

———スパァンッ!!と俺のケツキックが蓮の尻に当たっていい音を鳴らした。

蓮が俺に抗議の視線をぶつけてくるが、無視して童部さんに話しかける。

 

「童部さん、浴衣似合ってるね?蓮はちゃんと褒めてくれた?」

 

「それが聞いてよ!蓮くんったら、似合ってるとしか言ってくれないのよ!」

 

そんな童部さん、黒い浴衣というちょっとレベルの高いやつを着ている。でも、本人が美人ということでバッチリ着こなしてるよ。いつもは下ろしてる髪もお団子に纏めてあって、普段見ることのないうなじが色っぽい。

 

「蓮は相変わらず女心がわかってないね」

 

「……なんでだよ。ちゃんと似合ってるだろ?」

 

「他にも褒めるところがあるでしょ?髪型とかいつもと違うし。普通そういう変化も褒めるのが常識だよ?」

 

「シンちゃんがそれ言うんだ……」

 

千歌から冷たい視線を頂戴しながら蓮に説教をかます。

それを聞いた蓮はふむ……と顎に手を当て、期待するような眼差しを向けてる童部さんに振り返った。

 

「……紗良、お団子も似合ってるぞ」

 

———スパァンッ!! 2発目をケツに叩き込む。

 

「……痛い」

 

「お前は似合ってる以外の褒め言葉を知らないのかな?」

 

「……仕方ないだろ。浴衣姿の紗良が綺麗過ぎてなんて言ったらいいかわからん」

 

「ふぇっ!?」

 

あぁ……天然でかましやがったよ、俺の親友。童部さんは顔真っ赤にして覆ってるし。

 

「あ、あの……蓮くんも浴衣似合ってるよ。いつもよりかっこいい」

 

「……ん、ありがとう」

 

おい、なんだこの空気。さっき食べたりんご飴の百倍は甘い空気が流れ始めたぞ。おえぇぇぇ……胸焼けしそう。

 

親友達が何かおっぱじめる前にここから退散するとしますか。

 

「千歌、行こっか」

 

「うん……。バイバイ、2人とも。またライブ来てね」

 

「「 ……………………… 」」

 

ダメだ。2人とも熱っぽい視線を交わし合っていて千歌の声が届いてない。とりあえず、道の真ん中でソレは迷惑だからやめたほうがいいんだけど……もういいや。あの空間にいたらガチで胸焼けする。

 

「あの2人ってまだ付き合ってないの?」

 

「残念ながらね。さっさとくっついてほしいよ」

 

そして、俺の気を楽にしてほしい。そもそもお互い好き合ってるんだし、美男美女でお似合いだしね。

 

「あっ!ていうかシンちゃん!蓮くんにあんなこと言うなら私のも褒めてよ!」

 

「浴衣似合ってる。髪型が大人っぽい。わーちょーかわいー」

 

「雑っ!?」

 

「綿あめ買ってあげるから文句言うな」

 

「わ〜い♪」

 

まだまだ花より団子な千歌を黙らせるには食べ物が1番だね。

 

「そういえばさ、シンちゃんって昔は綿あめ嫌いだったよね?」

 

「何年前の話だよ……。まぁ、嫌いだったけどさ」

 

「あれ、なんで嫌いだったの?」

 

「なんか見た目が綿埃みたいじゃん」

 

結局食わず嫌いで、一口食べたら美味しかったのはよく覚えてる。というか、嫌がる俺の口に千歌と曜が無理矢理ねじ込んだんだけど……。

あの時は綿あめと引き替えに2人を嫌いになりかけた。

 

「ふぅん。一口食べる?」

 

「もらおうかな」

 

なんか思い出してたら食べたくなってきた。

 

買ってあげて何だけど、千歌の持ってる綿あめを千切っていただこうとすると……千歌が既に千切って俺に差し出してきた。満面の笑みで。

 

「はい、あ〜んして?」

 

「……どうも」

 

「あ……食べるんだ」

 

「ダメだった?」

 

「ううん。シンちゃんのことだから、照れて嫌がるかなぁって」

 

にししっと悪戯っぽく笑う千歌。

 

「昔から食べさせ合いなんてやってたじゃん」

 

ほとんどが俺の食べてる物を奪う行為だったけど。なんたって自分が食べ切ってからねだってくるんだ。俺にメリットがまったくなかった。

 

それでも分けてあげるんだから、俺は大概千歌に甘かったのかもしれない。

 

「まだ小学校に上がる前だっけ?」

 

「そうそう。俺と信夏が仕事の邪魔だってことで『十千万』に預けられてた時ね」

 

「懐かしいなぁ」

 

あの時は子どもなりに将来は結婚しようとか言い合ってたっけ。うん、こんなの(千歌)と結婚した日には尻に敷かれるのが目に見えてる。昔の俺はなんて純粋だったんだろう……。

 

「あの時のシンちゃんはまだ心が綺麗だったよね」

 

「なにその、今は汚いみたいな言い方?」

 

「え?汚くないよ?そもそもシンちゃんに人の心なんてないじゃん」

 

「あるよ!」

 

失礼な。ただ単に信夏以外がどうでもいいだけだってのに……。

 

「でもなんだかんだ言って、シンちゃん優しいよね」

 

「俺だからね」

 

「そこで調子に乗らなきゃ満点なんだけどなぁ」

 

「乗ってないよ。当たり前のことを肯定しただけだよ」

 

「あはは〜」

 

千歌は曖昧に笑って、俺が優しいという話を打ち切ってしまう。これは今度決着をつける必要があるみたいだね。

 

「そろそろ時間だね」

 

「ん?花火の?」

 

「うん!」

 

「じゃあいつものところに行こっか」

 

どんなに断っても毎年この祭りに連れて来られるので、5年前くらいからもう断るのは諦めて楽しむことを考えることにした。

その第一歩として、祭りの目玉である花火の特等席を見つけ出した。いわゆる穴場スポットだ。

 

そこに俺たちは向かう。

 

「いつも思うけど、どうしてここには誰も来ないんだろうね?」

 

「人が多いところの方が花火は見やすいって思うからじゃん?」

 

どうでもいい雑談をしながら花火が始まる時間まで待つ。でも、どうやら早く来すぎちゃったみたいだ。元々千歌の体内時計で行動したから仕方ないけど、開始時間まで10分はある。

 

「ラムネでも買ってこようか?」

 

「あ、じゃあチカも行くよ」

 

「大丈夫。どうせ慣れてない下駄で歩き回ったから疲れてるでしょ?休んでなよ」

 

「……わかっちゃう?」

 

「うん、わかっちゃう」

 

何年幼馴染やってると思ってんだが。そのくらい余裕で見抜けるわ。

 

ビシッとデコピンを1発打ち込み、反撃を食らわないようにそそくさと適当な屋台へ向かう。千歌が悔しそうな顔が見られて気分も良い。

 

「おじさん、2本ください」

 

「あいよ。お、嬢ちゃん可愛いね。負けちゃおうかな」

 

「あはは、ありがとうございます」

 

にこやかにお礼を言って400円払う。ちなみに1本200円なので、まったく負けてくれてない。なに?流行ってんの、それ?

 

とりあえず俺のこと女の子とか言ってたし、酔っ払ってるんだろう。ラムネに顔突っ込んで溺死してほしいな。

 

さて、花火見終わったらどうするか……。さすがに帰って夕飯を食べる気にもならないし、だからと言って何も食べないとお腹が空くし。

 

「ま、焼きそばでも買えばいいか。塩焼きそばあるといいんだけど」

 

俺は塩焼きそば派。あんまり屋台で塩焼きそばは見ないけど、案外探すとあったりする。

 

ラムネを両手に持って穴場スポットまで戻ってくると……

 

「マジか……」

 

なんか面倒なことになってる。

座っている千歌が明らかにチャラそうな大学生くらいの男3人に言い寄られてる。

 

「ねぇねぇ、俺たち花火がよく見えるいい場所知ってるんだけど一緒に見ない?」

 

「いや……えっと…その……」

 

「それで見終わったら遊びに行こうよ」

 

「うぅ……」

 

うん、ナンパだね。ナンパだわ。それもタチの悪い『お持ち帰り』狙いの。

 

ハァ……面倒な。

 

心の中で舌打ち混じりに呟いて、軽く咳払い。ここは俺の特技の出番らしい。とりあえず乱雑にまとめ上げてる髪をほどく。

 

「ちーちゃん、おまたせ」

 

ミックスボイスで女声を出し、何食わぬ顔で千歌に声をかける。一応スクールアイドルなので、名前で身元がバレないように即興のあだ名で。

 

すると———相当困ってたらしいね。めちゃくちゃ安心したような顔して俺に駆け寄ろうとしたけど、男のうちの1人に阻まれた。

 

「ん?なに、君?」

 

「その子の友達です。ちーちゃんに何か用ですか?」

 

「へぇ、君も可愛いね。良かったら俺たちと一緒に花火見ない?いい場所知ってるんだ〜」

 

「う〜ん……そんなこと言って私達のこと『お持ち帰り』する気でしょ?」

 

「あはは、しないよ〜」

 

うん、どうやら俺が男ってバレてないらしい。この場に限っては助かるけど、やっぱり悲しいなぁ。一応男物の洋服着てるんだけど。

 

「ちーちゃんは門限あるからダメだけど……」

 

ここで俺は出来るだけ艶やかに、色っぽい仕草に千歌を阻んでる男に身を寄せ耳元で、

 

「私でいいなら相手してあげるよ?今すぐに」

 

そう言って近くの木の陰に流し目を送る。

 

「へぇ……」

 

どうやらどういう意味か悟ったらしく、途端に男の視線が俺の身体を舐め回してきた。きもい……。

 

「シンちゃ……」

 

「大丈夫だよ」

 

心配そうに声を上げた千歌にウインクを1つとラムネを渡す。それだけしか許されず、俺は肩を抱かれながら男3人と木の陰に移動した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぅ……シンちゃん……」

 

本当ならああいう時、大声を出せば良いのに……怖くて声が出なかった。

 

「シンちゃん……」

 

「なんぞ?」

 

「うわぁ!?」

 

隣から当たり前のようにシンちゃんが声をかけてきた。え!?なんで!?

 

「さっきの人たちは……?」

 

「あっちで3人仲良くしてるよ」

 

そう言ってスマートフォンを開き、シンちゃんが写真を見せてくれた。

 

うわぁ……なんて言うんだろう、こういうの?確か閲覧注意とか?

うん、そんな感じ。だって痣だらけの顔でさっきの人たちがキスし合ってるんだもん……。はっきり言って汚い。

 

「次千歌に変なことしたらこの写真をネットにばら撒くって脅し……優しく諭しておいたから大丈夫だよ」

 

「脅したんだね、うん」

 

「久しぶりに相手を倒すつもりで殴ったけど、勘が鈍ってなくて良かったよ〜。クラスメイトに感謝かな」

 

「クラスメイトに?なんで?」

 

「よく集団暴行されるからね。さすがに学校の中だから殴らないけど、避けたり受けたりしないと怪我しちゃうから」

 

シンちゃんが普段私の知らないところでどんな扱いを受けてるのか凄く気になる……。

 

すると、あはは〜となんでもないように笑ってたシンちゃんが途端に悪いことをした小さい子みたいな顔になった。どうしたんだろう?

 

「それで……そのさ…ごめんね?」

 

「ん?なにが?」

 

「1人にしちゃったこと。怖かったよね」

 

う〜ん……シンちゃんが謝ることじゃないんだけどなぁ。私が疲れてるの見抜いて休ませてくれてたし、あの人たちに絡まれたのは私が無警戒だったのが原因だろうし。

 

でも、たぶんシンちゃんにそんなこと言っても意味ないんだろうなぁ。

 

だから、今だけ。ちょっとずるいけど、私に罪悪感を感じてる今ならシンちゃんは拒否しないと思うから……。私はシンちゃんの肩に頭を預ける。

 

「千歌?」

 

「怖かったけど……シンちゃんは絶対に助けてくれるでしょ?」

 

助けた後はすごく人としてアレなアフターフォローだけど、それでも嬉しかった。

この話はもうお終い。この話題が続いてもシンちゃんは自分を責めちゃうだけだから。

 

「ねぇ、シンちゃん」

 

「なに?」

 

「お花、ありがとね。本当は私の誕生日最初から覚えてたんでしょ?」

 

最初は何を言ってるのかわからないって顔をしてたけど、すぐになんのことか理解して照れたように赤くなってる。可愛いなぁ、シンちゃん。

 

「別に……。その辺で適当に咲いてたのを摘んできただけだよ」

 

「茎がハサミで丁寧に切られてたよ?」

 

「摘んだ時に偶然綺麗に切れたんでしょ」

 

「すぐに枯れないように切った場所に濡れたガーゼが巻かれてたよ?」

 

「……濡れたガーゼが巻かれたまま咲いてたんじゃない」

 

素直じゃないなぁ。

 

「絶対にその辺には咲いてないようなお花もあったよ?それに花束にした時の色合いが、お花屋さんが作ったみたいに綺麗だったし」

 

「千歌、うるさい」

 

ぷいっとそっぽを向いて、まだギリギリ冷たいラムネを開けてる。本当に、信夏ちゃん以外には素直じゃない。

 

「ほら、それよりそろそろ花火始まるよ。俺の顔じゃなくて空見上げなよ」

 

「ううん。シンちゃんの顔がいい」

 

「うざい」

 

「うざくてもいいもん」

 

ひどいこと言うけど、実害がなければ無理矢理引き剥がすことはしない。そんなシンちゃんのことが———

 

「ねぇ、シンちゃん」

 

「なんだよ」

 

たぶん初めて会った時からずっと———

 

 

 

 

「大好き」

 

 

 

 

そんな勇気を振り絞って言った言葉は、シンちゃんの耳に届かなかったと思う。タイミング悪く上がった、夜空に咲く打ち上げ花火にかき消されちゃったから。

 

でも消えないよ。声が届かなくても、私の気持ちは咲き続けるもん。打ち上げ花火みたいに消えたりしない。







はい、いかがでしたか?

この作品の中ではオリ主と1番付き合いの長い千歌ちゃん。幼馴染ならではの距離感で、なおかつ遠慮の無い優しさを書くのがとても面倒……手間をかけました!
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