あなたにみかんを届けたい   作:技巧ナイフ。

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はい、普通怪獣りこっぴーのお話です。二期のアレはヤバイ・:*+.\(( °ω° ))/.:+

もうかなり遅れてますが、この小説なら仕方ないよね!
というわけで、誕生日おめでとう!!




作曲係が本当に欲しいモノ

 9月もあと三日経てば中旬が終わる頃。

 家でFPSゲームを仲良くぼっちプレイしてる俺のスマホが鳴った。

 電話だね。誰だろう?

 

 スマホの画面を見ると、そこには梨子がしいたけに追いかけ回されてる写真が表示されてる。てことは梨子か。しいたけはケータイ持ってないし。

 

「はい、もしもし。なんか用?俺今仲良くぼっちプレイ中なんだけど」

 

『仲良くぼっちプレイ……?大人の遊び?』

 

「違うよ」

 

 断じて放置プレイではない。

 あと、俺に放置されて喜ぶ面白可笑しな趣味はない。

 

「で、用件はなに?梨子が電話してくるなんて珍しいね」

 

『あぁ、うん。もし良かったらなんだけど、明日一緒に出掛けない?沼津の方に』

 

「明日……か」

 

 明日は19日。確かラノベの新刊が出る日だったな。

 新章に突入したから、俺としてはすぐにでも読みたい。でも外に出るの面倒だったから適当に用があれば買いに行こうかと考えてたし……うん、ちょうどいいや。

 

「いいよ。待ち合わせは何時にする?」

 

『あら……てっきり断られると思ってたのだけど』

 

 じゃあなんで誘ったし。

 

「俺も欲しい本があるからね。そっちに付き合ってもらうけど、それでもいいかな?」

 

『うん、もちろん。じゃあ待ち合わせはお昼前で。昼食はあっちで食べましょ?』

 

「オーライ」

 

 耳からスマホを離し、通話を切る。直前に梨子の嬉しそうな笑い声が聞こえたけど……なんかイタズラでも仕掛けてくるのかな?

 まぁ、それならそれで迎え撃つまでだけどね。

 

 気分を切り替えてゲームに意識を戻すと、ラウンドが始まってから動かない俺はTKされてた。なんか屈伸しながら死体撃ちもされてるし……。

 

 ———そんなこんなで一日経ち、俺は沼津のバス停で梨子に謝っていた。

 

「いや、本当にごめん」

 

「…………………………」

 

 遅刻した俺を冷たく睥睨する梨子。大変ご立腹のようだ。

 

 半年くらい前の経験で、女の子と出掛ける時は30分くらい早く来るということを学んだ俺は待ち合わせの時間より早く着いていた。でも、休日とあってちょうどいいバスがなかったので1時間前には到着する始末。

 適当にその辺のベンチで本を読んで時間潰してたら……うん、ナンパされましたよ。今回も男に。信一泣いちゃう。

 

 んで、まぁ某有名なタラッタッタッタ〜のハンバーガー屋さんでアイスコーヒーだけ買って店の中で飲んでた。

 

「あのぅ……一応理由があるんだけどいい?」

 

「……聞くだけ聞いてあげる」

 

 遅刻したあげく、すぐに言い訳をしようとする男らしくない男の娘である俺を梨子は失望したような目で見てる。

 むむ……なんとか挽回しないと。

 

「あのね、ちょっと早く着いたから店でコーヒー買ったんだ。そしたら店の外で大荷物持って歩いてるお婆さんがいてね?」

 

 お、梨子の冷たかった目が俺を見直すようなものに変わった。これは正当性があるものだと判断したみたいだね。もしかしたら許してもらえるかも。

 

「———そのお婆さん見ながらコーヒー飲んでたら遅れちゃった☆」

 

「………………………」

 

 あれ、おかしいな? 俺を見直しかけてた梨子の目が瞬時にいつの間にかカビてたみかんを見るようなものになってる。

 

「……同じヒト科の生物であることが恥ずかしくなるくらいのクズね」

 

 なんか生物学的に否定されたんですけど……。

 

 だがここはポジティブに考えよう。基本梨子の中の俺はゴキブリだったはずだ。

 でも、今彼女は『同じヒト科』と言った。つまり俺のことを人間扱いしてるってことだよね?

 

「ちなみに信一くんの存在価値はゴキブリのままよ」

 

 負けない事、投げ出さない事、逃げ出さない事、信じ抜く事。

 人生はそれが大事なんだぞ、俺(´༎ຶོρ༎ຶོ`)

 

 とは言っても、これ以上言われるとマジで泣いちゃいそうになるので話題を逸らそう。汚名返上、名誉挽回しないとね。

 確か女の子と出掛ける時はまず褒めるのが必須らしい。

 手始めに服から褒めたほうがいいだろう。

 

 今日の梨子の服装は水色の膝丈ワンピースに濃紺のカーディガンを羽織り、ちょっと高めの白いヒールを履いてる。手にはトートバックとバスケット。

 ヘアピンはいつものゆでたまごだかモノクロの赤血球だかよくわからない物じゃなく、マーガレットの装飾が着いてるね。

 

 ふむ……ここは似合ってると言えばいいんだろうけど、それじゃあありきたりでつまらないな。

 

「梨子、今日はヒールなんだね?」

 

「えっ、あぁ……うん」

 

 突然振られた話題に梨子は戸惑いながらも、『気付いてくれたぁ!」って感じでちょっと嬉しそうだ。可能性が見えてきたな。

 

「ちょっと大人っぽくていいね。長い脚がさらに長く見えて、膝丈ワンピースの裾から見える生足が……」

 

「ん?」

 

「———エロゲーのヒロインみたいで」

 

「死ね」

 

 なんか久し振りに直接的な罵倒をされた気がする。

 汚名挽回、名誉返上しちゃったよ……どうしたもんか。

 

「よく言えるわね、そういうこと」

 

「うん!大変よく言えたと思うよ」

 

「言い方……」

 

 もはやどう足掻いても服装面から褒めるのは無理そうだ。

 俺に死んで欲しそうな目を向けながらスカート部分で必死に脚を隠してる。

 

 もう余計なこと言わないでおこう。俺は気持ちを切り替えるために一度髪を解いていつも通り乱雑に結び直す。

 

「ハァ……慣れないことするもんじゃないね」

 

「そうね。訴訟レベルの発言だったわよ」

 

「あはは……以後気を付けます。———それで?どうして今日は沼津に来たの?」

 

「ちょっと欲しい物があって」

 

「欲しい物?」

 

 こんなところに来ないと手に入らない物なのかな?

 

「キャンバスって分かる?」

 

「うん。大学でしょ」

 

「それはキャンパス」

 

「じゃあロウソク?」

 

「キャンドルね」

 

「確か車にあったよね?」

 

「キャンバス違いよ」

 

「ふっ、ひっかけ問題か」

 

「どこが!?」

 

 愕然とする梨子。

 

 キャンバスってなんだろう?なんか聞いたことあるけど、実物が思い浮かばないや。

 

 そんな考えが顔に出てたのか、梨子はため息混じりに教えてくれる。

 

「キャンバスっていうのは油絵の画用紙みたいなものよ。こういうの見たことない?」

 

 そう言ってスマホの写真も見せてくれる。

 その画面には南アメリカに広がる熱帯雨林の名を冠する有名通販サイト。

 梨子がチェックした商品は木枠に白い厚紙が貼られた物だった。なんか1枚800円以上する物が多いけど、これって画用紙なんだよね?桁一つ間違ってんじゃないの?

 

「これ買ってどうするの?丈夫そうだし……もしかして俺のことこれで殴るつもり?」

 

「それもいいけど、画用紙って言ってるでしょ?家のストック切れちゃったから買いたいと思ってね」

 

「ん?梨子って絵描くの?」

 

「作曲に行き詰まると描くわよ。結構気分転換になるし、音ノ木坂にいた時は美術部だったし」

 

「あぁ……そういえばあったね、そんな設定」

 

「設定とか言わないで!」

 

 若干聞き逃せない部分もあったが、つまり気分転換の道具が無くなったから買いに来たってことか。んでんで、人を殴れるくらい丈夫そうってことはそれなりに重いんだろうから……

 

「俺は荷物持ち?」

 

「そういうことよ」

 

 こういうことらしい。

 

「まぁ、いいけど。でもこれ重そうだし、本屋から先に行っていいかな?」

 

「いいわよ」

 

「じゃあ、ほれ」

 

 お許しを貰えたので、俺は梨子に手を差し出す。

 

 だがいきなり差し出された俺の手を、彼女はマジマジとガン見。首を傾げて顎に手を当て、考える仕草をしてから……あ、ちょっと赤くなった。

 それから何故か勇気を振り絞るように頷いて、俺の手を取る。

 

「いや、なんでよ」

 

「えっ、違うの……?」

 

「荷物の方だよ。そのバスケット重そうだから持ってあげようと思って」

 

「あ……ッ!!」

 

 梨子の顔が瞬時に真っ赤に染まる。

 

 美術部にいたというから芸術の有名な国の一つであり、ヘアピンのマーガレットがよくフランスギクと間違われることからフランス式に俺は男らしいことをしようとしたのに……。

 ちなみにフランスでは男が女性(マドモアゼル)の荷物を持つことは名誉なことらしい。汚名じゃなくて名誉を挽回したかった俺としてはチャンスだと思って取った行動なのに、どうして梨子が手を繋いでくるのか謎だ。

 

『私の荷物に触るな』という意味なのかな?

 一応食べ物を扱う場所で育ってるから清潔にしてますよ、俺。

 

 

 

 

 

 

 

 顔がまだ熱い。

 

 まさか信一くんがこんなところで女の子扱いしてくれるなんて……。

 いや、一応エッチなゲームのヒロインみたいって言ってくれたから女の子扱いはしてくれてるんだろうけど。あれはちょっと違うと思う。

 

 ホント……女の子より女の子な顔してるくせに、すごい女ったらしよ!

 

「俺はラノベの方見てくるけど、梨子はどこにいる?」

 

「え……あっ」

 

 恥ずかしくて気付かなかったけど、いつの間にか本屋さんに着いていた。

 ちなみに、バスケットは宣言通り信一くんに持ってもらってる。実際のところそこまで重くはなかったけど、基本人間性が腐り落ちてる信一くんが珍しく私の為に何かしてくれるっていうのが嬉しくてつい甘えちゃった。

 

 そんな私だけど、ファーストライブの打ち上げで信一くんから本を借りて以来、たまに読書をするようにしてる。

 

「う〜ん……邪魔じゃなければ信一くんと一緒に回ってもいいかな?」

 

「構わないけど、興味ないとつまらないかもよ」

 

「だったら興味持つように教えてほしいな」

 

 意外とラノベ?っていうのにハマっちゃうかもしれないし。

 それに、その……信一くんと共通の話題が増えるかもしれないし……?

 

「え、メンドくさ」

 

「もうちょっと取り繕わない?」

 

「梨子。人はね、ありのままが1番なんだよ」

 

「貴方がありのままで生きてたら産まれた瞬間から村八分まっしぐらよ」

 

 一体、どこで遺伝子のボイコットが起きたのかしら?

 

 信一くんのお父さんは顔が怖いけど、すごく優しくて人間的に魅力のある人だった。お母さんも少し変わってるけど、それでも『大人の女性』って感じだし、信夏ちゃんも天真爛漫で天使のようなのに……どうして信一くんだけこんなにも性格に難アリなんだろう?

 とても不思議だわ。

 

「ハァ……」

 

 深いため息を吐きながらマーガレットのヘアピンを撫でる。

 

「あの、そこまで深々とため息を吐かれちゃうとさすがに傷つくんだけど」

 

「気にしないで」

 

「むぅ……」

 

 少し不満そうにしながらも、信一くんは踵を返してライトノベルのコーナーに連れて行ってくれる。最初は漫画コーナーに向かったと思ったけど、ライトノベルのコーナーは漫画コーナーと隣接してるのね。

 

「とりあえず、目立つところにあるのがわりと有名なやつね。アニメ化したり、これからされたり、制作が決定したり」

 

 目立つところ……というと本棚の1番上に表紙が見えるような置き方をされてるものがそうなのかな?

 1冊手に取って、パラパラとめくってみる。

 

「挿絵が多いのね」

 

 しかもやたらと女の子の。

 

「そうだね。ラノベは結構挿絵を描く人———絵師さんとか言うんだけど、その人次第で売り上げの度合いが変わったりするよ。人気の絵師さんだと色々な作者から引っ張りだこになるとか聞いたことあるし」

 

 適当に違うタイトルのものを取って絵を見てみると……あ、確かに。一人一人絵に特徴がある。綺麗なのもあれば、可愛らしいのも。

 

「コアなファンだと、好きな絵師さんが挿絵描いてるから買うっていうのもいるし。やっぱり挿絵があると物語の状況を掴みやすい。そういう意味でも絵師さんの存在はライトノベルに必要不可欠な存在だね」

 

 なんか……私と話すよりライトノベルの話をしてる時のほうが楽しいね……。

 

 心の底にちょっとだけ生まれた本への嫉妬を隠すように、また私は本棚から1冊取り出す。巻数がローマ数字で表記されてるこれは……

 

「『キノの旅』って、これ音ノ木坂の図書室にあったわ」

 

「それ結構古いからね。ていうか、一巻が置いてあるなんて珍しい」

 

「そうなの?」

 

「うん。確か一巻が発売されたのって俺たちが生まれた時くらいじゃない?たぶん最後のページに初版の時期が書かれてると思うよ」

 

 そう言われたので確認してみると、2000年の3月になってる。本当に古い。

 

「これってどんなお話なの?」

 

「確か主人公のキノがエルメスっていう喋るバイクと一緒に色々な国を旅する話だったかな」

 

「色々な国……?イタリアとかロシアとか?」

 

「いや、物語の中のオリジナル。例えば『大人の国』とか『人の痛みが分かる国』とか」

 

「ふぅん」

 

 一巻の目次を読んでみると、信一くんが言った『大人の国』っていうのがあった。

 ……ちょっと面白そうね。

 

「これ、買ってみようかしら」

 

「……マジで?」

 

「うん。もし面白かったら集めてみる」

 

「これ、さっきも言ったけど相当古いからそもそも書店に置いてないことの方が多いよ?最新刊とかならともかく」

 

「一冊の本の為に本屋巡りするのも悪くないんじゃない?」

 

 というか、たぶん秋葉原ならどんなに古いライトノベルでも探せばあるし。なかったら残念だけど、通販で買えばいい。やり方なんて色々あるものよ。

 

「へぇ」

 

 そんなことを考えてると、珍しく信一くんが嬉しそうな顔をしてる。

 

「なにかあったの?」

 

「ううん。なんか、梨子も本屋さんの楽しみ方がわかってるな〜って思って。良いこと言うじゃん」

 

「良いこと?」

 

「一冊の本の為に本屋巡りなんてすごく楽しそう!」

 

 ……え、なんでそんなことで目をキラキラさせてるのかしら。

 

 今のが良いことって……たまに信一くんのセンスが分からなくなる時がある。

 

 

 

 

 

 

 

 自分でも分かるくらい頰が緩んでるね。

 

 欲しかったラノベの新刊もあったし、チェックしてなかったけど集めてる漫画の最新刊も出てたから買っちゃった。なんか欲しかった本がいつの間にかあって、それを偶然見つけた時ってとってもラッキーな気分になる。

 

 もう俺の用事は済んだし……

 

「よし、帰ろうかな」

 

「ちょっと待ちなさい」

 

 笑顔でバス停に向かおうとしたら、梨子に止められた。何用か?

 

「まだ私の買い物があるでしょう?」

 

「えぇ〜」

 

 女子の買い物って長いから嫌なんだよなぁ。千歌とか曜とかと買い物行って服を選ぶ時、何故か毎回俺に似合うか聞いてくるし。自分の事なんだから自分で決めてほしい。そしてできればさっさと決めてほしい。

 

 まぁ、今回梨子が買うのは服じゃなくてキャンバスだからそんなに時間は掛からないのかな?

 

 んで、やってきたのがイシバシプラザっていう小ぶりなショッピングモール。関東でいうイオンみたいなところだ。

 ここに画材屋さんが入ってるらしい。

 

「お店の中に絵が飾ってあるから暇なら見てていいわよ」

 

「いや、梨子に付き合うよ。普段入らない店って見てるだけで楽しいけど、物の名前とかはわからないし」

 

 それに、もし信夏が絵に興味を持って画材に質問してきた時答えられなかったら切腹ものだ。妹の質問に答えられない兄なんて、タッチパネルが反応しないスマホ並みに使えない存在だろうね。

 

 決意を胸に、梨子を見やると何故かちょっと嬉しそうな顔。

 俺は結構好きなことについて語るのは嫌いじゃないからいいけど、自分の買い物の途中で質問されるのってウザいもんじゃないのかな?

 まぁ、どれだけウザがられようと答えてもらうけどね。

 全てはあるかもしれない信夏の質問の為に!そして俺の名誉の為に!

 

 1番に目に付いたのは、やはり絵に欠かせない絵の具。その売られてる数が尋常じゃない。

 

「白は白でも色んな白があるんだね?」

 

「そうね。オフホワイトとかアイボリーとかは聞いたことあるんじゃない?」

 

「うん。……あ、このチタニウムホワイトって何?なんでこの白だけちょっと離れたところにあるの?」

 

 俺が手に取った白の絵の具。これも白のはずだけど、何故か今まで見ていた絵の具の棚よりちょっと離れたところにある。

 

「チタニウムホワイトっていうのは『描く絵の具』じゃなくて『隠す絵の具』だからよ。ちょっと失敗しちゃったな〜ってところを塗り潰す強い白なの」

 

「へぇ〜」

 

 修正ペンみたいなものか。まぁ、鉛筆じゃないからミスったら描き直しってなるし、こういうのがあっても不思議じゃないね。

 

「ちなみに白、黒、灰色は無彩色って言うのよ」

 

「てことは、赤とか青は有彩色?」

 

「あら、正解。よくわかったわね」

 

「無の対義語が有だからね。なんとなく」

 

 なんか聞いてもないことを話し出したが、梨子も自分が好きなものを語るのは好きなタチみたいだね。ご機嫌そうだ。

 

「ねぇ、梨子」

 

「ん?」

 

「大変手前勝手な理由なのですが、お腹空きました」

 

「………………………………」

 

 空腹というのはいつも唐突だ。

 

 よく考えてみれば、こっちで昼食を摂る予定だったんだけど俺たちはまだ何も食べてない。

 

 もしかして梨子は事前に食べてきて、俺が飢えるのを見て楽しむつもりだったのか……!?だとしたら、なんて性根の腐った女なんだ。人間性が腐り落ちてると名高い俺なんて目じゃないね。

 

「信一くん、次変なこと考えたら……わかるわね?」

 

オールハイル・梨子(梨子様万歳)!」

 

「怖がり過ぎじゃない!?」

 

「いや、決してそのようなことは」

 

 だって梨子って俺と出会ってから何度も物理、精神問わず攻撃を繰り返してきたじゃん。脛蹴られるのはまだ可愛い方だったよ。目潰ししてきたこともあるし。

 

 だが、ここは何も言わず梨子に付き合おう。本気で兵糧攻めされちゃ敵わない。

 

「ハァ……すぐにキャンバス買ってくるから待ってて?そしたら適当なベンチに座ってお昼にしましょ」

 

 ベンチってことは、やっぱりこのバスケットの中は食事だったんだね。なんとなく良い香りがするからそんな気はしてたけどさ。

 

 

 ———重い。キャンバスめっちゃ重い。なんで10枚も買うかなぁ。いくら荷物持ちがいるからって。

 

「ていうか、こんなに買っちゃってお小遣い大丈夫なの?」

 

「スクールアイドル始めてから練習とか作曲であまり使う機会なかったの。だから結構貯まってたのよ」

 

 なんとまぁ、ご利用が計画的なことで。幼馴染2人なんて貰って1週間もすれば使い切るっていうのに。

 

「信一くん、今他の女の子のこと考えてたでしょ?」

 

「……なんでわかるんだよ」

 

「表情からして……千歌ちゃんと曜ちゃんね」

 

 この人怖い。

 

「気付いてない?信一くん、2人のこと考える時少し優しい顔してるのよ」

 

「え、そうなの?」

 

 それは気付かなかったなぁ。確かに付き合いが長い分赤の他人よりは甘やかしてる自覚あるけど。だとしても、優しい表情はしてないと思ってた。

 

「にしても、初めて言われたよ。よく分かったね」

 

「まだAqoursが3人だった時に気付いたの。信一くん、2人に遠慮ないけどどこか優しいもの」

 

「ふぅん」

 

 よし、これからはできるだけ2人に厳しくしよう。すぐつけ上がるからね。いつもみかん与えて餌付けしてるけど、もうしない。そう決意してると、隣の梨子が無声音で何かを呟いている。

 

「……私も幼馴染だったら、そんな顔してもらえたのかな?」

 

 薄くもぷっくりとした、はっきり言ってエロい唇がそんな言葉を発したようだ。

 音が無くても、俺は読唇術ができるからね。口の動きでなんて言ったか分かる。自分で言うのもアレだけどわりと万能なんだよ、俺。

 

「たぶん梨子が幼馴染だったら、俺たちはこうやって並んでないよ」

 

「……っ!?」

 

 梨子お得意の顔芸を披露してる。たぶんめちゃくちゃ驚いてるのかな?聞かれたとは思わなくて。

 

「そう……かもね」

 

「うん。梨子は特別だからね」

 

「ふぇ!?」

 

 きっとただの幼馴染なら今日一緒に出かけることを断っていただろう。でも、梨子はAqoursの作曲係で俺は記録係。だからできるだけお願いは聞いてあげることにしてる。曲がなきゃスクールアイドルはどうしようもない。

 

 それを伝えたはずなんだけど、何故か梨子は真っ赤になって髪を弄ったりしてる。今の会話の流れで何か顔を赤くする要素ありました?

 

 まぁいいや。どうせ聞いたところで『信一くんアレルギー』とか言われるだけだろうし。

 

 

 

 

 

 

 な、なんでそんなこと平然と言えるのよぉ……。

 

「し、信一くん!そこのベンチにしましょ!」

 

「はいよ〜」

 

 私がこんなに恥ずかしい思いしてるのに、信一くんはやっと食事にありつけるとあってただ嬉しそうにしてるだけ。

 素早くベンチに座って、許可無くバスケット開けてるし……。

 

「おぉ、サンドウィッチだ。梨子が作ったの?」

 

「うん。あんまり自信ないんだけど、食べてみて?」

 

「サンドウィッチなんて誰が作っても一緒……痛い」

 

 二の腕をつねる。少しは言い方を考えてほしい。

 

「いたた……まぁ、凄く綺麗だし美味しそうなので。まずはミックスサンドから」

 

 最初に信一くんが手をつけたのはレタス、トマト、チーズを挟んだサラダミックスサンド。緑、赤、黄色を白いパンで挟んであるから鮮やかで目に止まりやすかったのかな?

 

 それを一口、意外と上品にかじる。中身は終わってるけど、外見は絶世の美少女だから絵になるわね。

 モグモグとよく吟味するようにしっかり噛んでる。

 

 その様子に、私はつい緊張してしまう。

 

「どう……かな?」

 

「……うん、美味しいよ」

 

 にこりっと微笑みながらそう言ってくれた。

 

 繰り返すようだけど、信一くんは中身が終わってるから仕事関連以外ではお世辞を言うなんてこと、思いつきもしないはず。裏を返せば、100%の本心。

 しかも料理上手だから、この評価はとっても嬉しい!

 

「良かった……!こっちのポテトサラダサンドもどうぞ」

 

「ん」

 

 よっぽどお腹空いてたのね。なんか必死にかぶりつく様は小さな子どもみたいで愛嬌があるわ。言ったら傷付いちゃうんだろうけど、可愛い。

 

「ング……飲み物ある?」

 

「はいお茶」

 

 サンドウィッチにお茶という組み合わせはちょっと変だけど、その辺りは特に気にしないのか私が魔法瓶から注いだお茶を一息に飲んだ。

 それからまたサンドウィッチを食べるだけの存在に戻っちゃった。

 

 それから5分、私の分を残しておくという発想はないらしく、綺麗に平らげちゃった。

 

「ふぅ、ごちそうさま」

 

「お粗末様でした。そんなにお腹空いてたの?」

 

「まぁね」

 

 もう一度お茶を飲んでから、一息ついてる。

 

 そしておもむろに信一くんは乱雑に結んでる髪を解いた。よく手入れの行き届いた黒髪が広がる。微かなシャンプーと信一くんの匂いが舞う。

 

「んぅ……」

 

 深くベンチに背中を預けて、すごくリラックスした様子ね。

 

 少し……無理させちゃったのかな?確かにキャンバス10枚は相当重かっただろうし、なにより昨日急に誘っちゃったから。

 

 なんだか申し訳なくなってきてそのことを謝ろうとしたら、コトっと私の肩に何かが当たった。

 

「信一くん?」

 

「すぅ……すぅ……」

 

 気になってそっちを見ると……寝てるし!?

 

 え、早くない?ていうか満腹になったから寝るって本能に忠実過ぎない!?

 

「……綺麗な顔」

 

 肩に乗った信一くんの顔を見ると、不意にそんな言葉が漏れ出した。

 シミやニキビなんて1つもなく、目鼻立ちは改めて驚かされる程整ってる。ほんの少し開いた唇は程よく潤っててドキッとさせられちゃう。

 何も言われなかったら男の人だなんて思えないくらいの美少女顔よね。

 

 ———でも、この綺麗な顔から想像できないくらい性格が悪い。ううん、悪いんじゃない。そもそも本人は自分の性格に問題があるなんてこれっぽっちも考えてないの。

 

 たぶん悪口で古今東西ゲームしたら終わらないくらいひどい性格なのに———どうして私は信一くんと2人きりになりたいなんて思ったのかしら?

 

「ハァ……考えるまでもないか」

 

 肩を揺らさないように手を信一くんの前髪に持ってきて顔がよく見えるように上がる。

 

 今日私が欲しかった物はキャンバスじゃなかった。確かに必要ではあったけど、別に今日じゃなくても良かった。

 

 今日、9月19日は私の誕生日。そんな1年に一度だけの特別な日くらい———信一くんを独り占めしたかった。私が本当に欲しかった()()は信一くんとの2人きりの時間だったんだから。

 

「結局気付かなかったね」

 

 私はマーガレットのヘアピンを撫でる。

 

 マーガレットの花言葉は色々あるけど、その中の1つに『秘密の恋』というのがある。『親愛』を届ける為にみかんを渡してくれる信一くんだから、きっと花言葉とかに詳しいのかと思ったけどダメみたいだったわね。

 

 信一くんの寝顔を盗み見てから、私はもう一度マーガレットのヘアピンを撫でた。

 








はい、いかがでしたか?梨子ちゃんのマーガレットはまだ届かないみたいですね。

次回はルビィちゃんのお話……といきたいのですが、アニメ二期が始まっちゃったので本編を書きたい衝動がレボリューションしてます。
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