はい、今回はルビィちゃんのお話。なんか二期で凄く活躍しまくって、自分の中で株が上がりまくってます。
言えない……実は9話が終わったくらいに出そうと思ってたなんて……
9月も下旬に入り、夏の茹だるような暑さを引いてきた今日この頃。俺はベッドに寝転がって本を読んでいた。
ちなみに寝転がって本を読む時は仰向けで読んではいけない。本には大なり小なりカビが付着していて、それが重力に従って目に落ちちゃうからだ。
と、そんな豆知識が頭によぎりつつも俺は仰向けで読んでるんだけどね。習慣というか、この態勢で読むと腕の筋トレになるし。
この本はホラーもので、場所によっては活字の書式すらもおどろおどろしくしてある。そんな文字で『ダレカボクヲサガシテ』とか書かれちゃうと背筋にゾッとくるね。
そして次のホラー展開。またページを捲ると……
「ピギイィィィィィィィィィィィィィィィッ!!」
部屋の外———たぶん玄関あたりから聞き慣れた女の子の甲高い悲鳴が響いてきた。めちゃくちゃビビったんですけど……。
今の悲鳴で意識が本から離れてしまい、どうにも読み返す気分じゃなくなる。
今日は特に何も無いのでゲームでもしようかと思案すると———コンコン。部屋の扉がノックされた。
「なに〜?」
扉を開けると、なにやら肩を落として気落ちしてる父さんの姿。なにがあった……?
「信一にお客さんだぞ」
「う、うん……OK」
「ハァ……」
了承すると、父さんはため息を1つ。その背中にはいつものような一家の大黒柱らしい頼り甲斐が信じられないほど無い。心なしか煤けてる。マジでなにがあったの?
まぁ、父さんの件はひとまず置いておこう。たぶん俺へのお客さんっていうのが、あの何事も完璧にこなすおよそ人類とは思えない父さんを完膚無きまでに叩きのめした人だろうし。
髪をいつも通り乱雑に結び、玄関へ向かう。そこにはトレードマークのツインテールにいつもとは違うリボンを付けた赤毛の女の子。
「あ、あの!こんにちは!」
みかん農園“イーストサン”と年間契約をしてる黒澤家の次女、黒澤ルビィちゃんが私服姿で立っていた。
「珍しいね。1人で来たの?」
「はい」
ということはルビィちゃんが父さんを精神的にK.Oしたってこと?ちょっと信じられないな。
「ルビィちゃんさ、父さんになんかした?今すごく落ち込んでたみたいなんだけど」
「うゆ……そのぅ………」
言いづらそうに視線を右往左往。ただでさえ華奢で小さく見えるのに、さらに体を縮こませてる。心当たりがあるみたいだ。
「出てきた時に……悲鳴上げちゃいました。……お顔が怖くて」
「あ〜……」
うん……まぁ…うん……。俺は当然ながら見慣れてるけど、玄関開いて出てきたのがあの顔なら納得はできる。父さんの顔はめちゃくちゃ怖いからね。阿行と吽行を足して2を掛けたくらい。クレヨンしんちゃんの園長先生が菩薩様に見えるくらい。その場にいるだけで周囲を戦慄させられるくらい。
とはいえ、顔に似合わず父さんのメンタルは弱い。シーズンになってみかん狩りを楽しみに来た子どもが父さんの顔見て泣くのなんてウチでは冬の風物詩だ。その後に父さんが落ち込むのも込みで。
性根が優しい分、あれは心に刺さるらしい。
「まぁいいや。信夏に用があって来たのかな?」
「あ、今日は信一さんに用があって……」
「俺に?」
黒澤家への配達担当は信夏で、そのせいかルビィちゃんと信夏の仲は良い。だからてっきり信夏に用件でもあるのかと思ったんだけど、どうやら違うみたいだ。
「お願いします、信一さん!ルビィにお菓子作りを教えてください!」
「えっ、面倒くさ」
「ピギィっ!?」
おっと、つい本音が。
「とりあえず上がってどうぞ」
「はい……お邪魔します」
一応知り合いとはいえお客さんなので、玄関で立ち話させるのは問題がある。なので中で話を聞いて、それからどうするか決めるとしよう。
「はい、どうぞ。ミルクと砂糖はお好みでね」
「ありがとうございます……」
リビングに通し、マグカップにコーヒーを淹れてルビィちゃんの前に置く。お、両手で包むように持つのちょっと可愛いなぁ。
「んで? どうして急にお菓子作りなの?」
「今日、ルビィの誕生日なんです」
「はぁ……おめでとう。それで?」
「ルビィの誕生日はいつもお姉ちゃんが祝ってくれたり、プレゼントをくれたりしてくれて……」
言いにくそうにマグカップで口元を隠すルビィちゃん。
話が読めないな。ルビィちゃんの誕生日なら祝ってもらったりプレゼントを貰ったりするのは別段不思議なことじゃないはずだけど。
「だから……今年はルビィがお祝いしてくれるお姉ちゃんの為に何かサプライズしたいんです!」
「そ、そっか」
「あの……ルビィがこんなことするのやっぱり変ですか……?」
「いや、変ではないよ。何かがもの凄く間違ってる気がするけど」
とはいえ、さてどうしたものか。
本音を言えば、即刻お引き取り願いたい。今日は早朝の配達以外特に何もないし、強いて言うなら農園で仕事をしてる父さんと母さん、受験勉強してる信夏に食事を作るくらいだ。つまり完全にオフ。
だけどルビィちゃんはイーストサンのお客さんでもあるし、なにより信夏と仲が良い。ダイヤさんへのサプライズ云々はどうでもいいけど、ここである程度好感度を稼いでおけばルビィちゃんの口から信夏へ俺の良い評判が伝わるかもしれない。
信夏に優しくてカッコいいお兄ちゃんと思われる為にも、ここは引き受けた方が吉と見たぞ。
「うん、事情は分かった。いいよ」
「いいってことは……」
「俺で良ければ喜んで協力させてもらうよ」
「本当ですか!」
「もちろん」
にっこりと安心させるように笑いかけて2つ返事で了承してあげれば、ルビィちゃんはめちゃくちゃ嬉しそうな顔になった。
考え方を変えれば、わりとこれはラッキーかもしれない。俺にメリットもあって尚且つルビィちゃんからの心象も良くなる。お菓子作りを教えるだけでこれだけ稼げるなら儲けもんだね。
信一さん、優しいなぁ。実はいきなり押し掛けちゃって迷惑かと思ってたんだけど、こんなに快く引き受けてくれるなんて……。
「ルビィちゃんはお菓子作りの経験ある?」
「えっと……学校の調理実習くらいです」
「なるほど」
綺麗な髪をポニーテールに結びながら考え込む仕草がとっても絵になってる。こうして見ると、本当に男の人に見えない。
どっちかと言うと……
「なんでもできるお姉ちゃん……かな?」
「ん?なんか言った?」
「あ!あ!な、なんでもないです!」
口に出ちゃった……恥ずかしい。
「よし。じゃあクッキーを作ろうか」
「クッキー……ですか?」
「うん。でもただのバタークッキーじゃ面白くないからロシアン・クッキーね」
「ロシアン・クッキー?」
ロシアン・クッキーってなんだろう?あんまり難しいと、ルビィできないよぉ……。
「ロシアン・クッキーっていうのは真ん中にジャムが入ってるクッキーのことだよ。たぶん見たことあるんじゃないかな?」
そう言って信一さんがスマートフォンを見せてくれます。あ、確かに見たことある。色とりどりのジャムが綺麗なキツネ色のクッキーに宝石みたいに収まってます。とってもオシャレです。
「これ……難しいですか?」
「基本は普通のクッキーと変わらないから簡単だよ。見栄えも良いし、サプライズにピッタリじゃない?」
「うゆ……」
信一さんはどれだけ簡単か教えてくれるけど、不安だよぉ……。上手くできなかったらどうしよ……。
———トン
「ぴぎぃ!?」
突然おでこを小突かれました。え!?な、なに!?
「やってみたら本当に簡単だからさ。だからがんばルビィしてみよ、ね?」
「……あ」
頼んだくせにウジウジしてるルビィに、それでも信一さんは嫌な顔1つしないで励ましてくれます。やっぱり優しいなぁ。
スクールアイドルの練習してる時はよく人間性が腐り落ちてるとか、人じゃないとか言われてるけど、本当はすごく温かい人なんだって思うな。
「うゆ!がんばルビィ!」
「その調子だよ」
結びが甘かったらしいルビィのエプロンの紐をさり気なく締めてくれた信一さんは、そう言って笑いかけてくれました。この笑顔を見ると、不思議となんでもできちゃう気がします。
指を一本一本丁寧に、手首までしっかり洗った後さっそくお菓子作り開始です。
「んじゃ最初に、ボールの中にバターとグラニュー糖を入れてすりつぶしてね」
「はい」
オーブンレンジを予熱しながら信一さんは指示を出してくれます。
「次に卵と牛乳を加えて混ぜて。牛乳は入れすぎないように」
シャカシャシャカ———泡立たないようホイッパーで混ぜると、なんとなく生地っぽい香りがしてきました。これだけでも美味しそうで、ルビィの喉が鳴ります。
「最後はベーキングパウダーと薄力粉を入れて、垂れないくらい固まるまで混ぜてね。ゴムベラの方がやりやすいかも」
信一さんは本当にルビィのお願い通り教えてくれるだけです。器具を渡してくれたり、材料を指差して教えてくれるけど一切手は出してきません。
えへへ、なんか本当にルビィが作ってるみたい♪
そう思ったのも束の間……
「ぴぎぃっ!?」
さっきまで使ってたホイッパーと勝手が違って、勢いよく混ぜたらちょっと溢しちゃった……。うぅ…他所のお家の床汚しちゃったよぉ……。
「ご、ごめんなさい!」
「………………」
慌てて謝るけど、信一さんは腕を組んで黙ったままです。怒られる……!
「これ持って」
ギュッと目を瞑って縮こまるルビィに、信一さんは怒鳴ることもせず謝る時置いたボールとゴムベラを渡してきました。
「……?」
「で、ちょっと失礼」
「ピギャッ!?」
ふっ、ふえぇぇ〜!? 信一さんが後ろから二人羽織みたいに手を回して、ルビィの両手を握ってきてます! こ、これ……他の人が見たら後ろからルビィが抱き締められてるように見えちゃうんじゃ……!?
もちろんキッチンにはルビィと信一さんの2人だけ……2人きりだから……って!そんな事考えたらもっと恥ずかしくなってちゃうよぉ!!
「ゴムベラでの混ぜ方はこんな風にして、底から生地を持ち上げて上に被せるように……」
「ガガガ…ビピピィー……」
「聞いてる?」
「ひゃう!?」
恥ずかしいとか緊張とか色々な気持ちが込み上げてきて、壊れたラジオみたいになったルビィ。それを心配するように掛けてくれた信一さんの声……というか吐息が態勢的に耳に当たってまた変な声が出ちゃうし……。
もう耳まで真っ赤になったルビィの様子を見て、後ろで信一さんのクスッと笑った声が聞こえました。
「別に恥ずかしがることじゃないよ。ルビィちゃんは今までほとんどお菓子作りなんてしなかったんでしょ?だから上手くできないのは仕方ないって」
「あう、あうぅうぅ……」
なにやら信一さんはルビィがゴムベラの使い方が下手っぴで恥ずかしがってると勘違いしてるみたいです。
そのまま、頭があんまり働いてないルビィの手を信一さんが動かす形で生地が出来上がりました。それをケーキ屋さんとかでよく見る生クリームをしぼる袋に入れて———ムニュ〜っとクッキングペーパーの上に小さな円盤のような形に出して……
「ジャムは何がいい?色々あるけど」
「抹茶……ってありますか?」
「抹茶はさすがにないなぁ〜。俺が作ったみかんジャムならあるけど」
「あ、美味しそう」
真ん中に信一さんお手製のジャムを乗せて、今度はそれを囲むようにグルっともう一度生地を絞ってあとは焼くだけ。
予熱しておいてくれたオーブンレンジに入れて、とりあえず信一さんのお菓子作り教室は終わりました。
ふぅ、なんとか無事に終わって良かったよ。被害は……生地が溢れて汚れた床くらいか。予想よりだいぶ抑えられたね。
ルビィちゃんが溢した時には激しくイラッときたけど、そこは我慢した。偉いぞ、俺。
「お疲れ様。よく頑張ったね」
「はい!」
そんな本心は一瞬たりとも表に出さず、今朝作ったみかんタルトをルビィちゃんの前へ。本当は俺の分だけど、4つしか作ってなかったからね。
母さんの分食べちゃおうかな……。いや、拗ねるからやめよう。
「わぁ!ありがとうございます!」
みかんタルトに目を輝かせるルビィちゃんに笑いかけて、俺も対面に腰を下ろす。淹れておいたコーヒーを一口。うん、美味い。
「そういえば信一さん、1つ気になることがあったんですけどいいですか?」
「なに?」
モグモグゴクン———しっかりと飲み込んでから話し出すルビィちゃんに育ちの良さを感じる。
「ルビィ、今日は急に来たのにどうしてお菓子の材料とか揃ってたんですか?」
「元々いつでも作れるようにある程度は買い溜めしてるんだよ。形が悪くて売り物にならないみかんはどうしても出ちゃうから、それ用にね」
「じゃあこのタルトも……?」
「うん。俺が作った」
ポカンっと目を丸くした後、慌ててみかんタルトを一口食べるルビィちゃん。どしたの?
「これ、すっごく美味しいですよ!それこそパティシエさんが作ったみたいに!!」
「そう言ってもらえるなんて光栄だなぁ」
黒澤家は網元———町の漁業の社長みたいなものだからルビィちゃんも舌が肥えてるだろうし。社長はいつも美味しいものばかり食べてるという俺の中にある偏見だけどね。
「まぁ、家がみかん農園だとただのみかんなんて食べ飽きちゃうんだよ。だから色々作ってたら上手くなったわけ」
「えぇ……」
ルビィちゃん、ちょっと引いとルビィ。いや、確かに根底にある理由が飽きたからって言うのもお客さんに言うのはアレか。
「それに俺が作ったお菓子を食べるのは俺だけじゃないから、っていうのもあるかも」
「そうなんですか?」
「うん。特に信夏が食べるから、美味しくなるように努力は欠かさなかったよ」
お菓子を作ってると、だいたい信夏が試食係になる。信夏の口にするものが不味いなんてことは絶対にあってはならないので、上達が早いほうだったという自覚はあるさ。
「はえ〜。こんなに美味しいなら売り出して欲しいです」
「あぁ……昔ね、一時期だけ売り出したことはあるよ」
「今はもうやってないんですか?」
「やってないというか……やらなくならざるを得なかったというか……」
「……?」
奥歯に物が挟まったような言い方の俺にルビィちゃんは首を傾げる。そんなに純真無垢なお顔で見ないでほしい。
「『松月の二番煎じ』とか『劣化版松月』とかネットで叩かれてね。だからやめたんだよ」
「えぇ……」
ルビィちゃん、ちょっと引いとルビィ(2回目)。
考えてみたら分かるけど、松月は喫茶店でウチは農園。そもそも求められてるものが違う。実際いくら美味しいと言っても本職の松月さんに勝てるなんて思えないし。
「いや〜、あの時は俺と父さんどちらも相当へこんだよ」
「……でも」
イーストサンの黒歴史なので、この話はおしまいにしようとしたらルビィちゃんが俯きがちに何か言った。
「ん?」
聞き返すと、勢いよく———ガバッ! 顔を上げてまっすぐ俺の目を見てくる。
「松月さんも美味しいけど、信一さんが作ったお菓子も負けないくらい美味しいです!優しくて、美味しく食べて貰おうって気持ちがいっぱい篭ってて…だから……あっ」
突然決壊したダムのような勢いで言い放つルビィちゃん。驚いて目を丸くしてたら、彼女も自分が大声を出してることに気付いたらしい。
「だから……そのぅ…えっと……」
「ふふっ……ありがとう、ルビィちゃん」
今のは———ちょっと嬉しかったな。
父さんの受け売りだけど、結局商売で1番重要なのは“事実がどうであるか”より“大勢がどう思うか”なんだよね。そこを履き違えて今も作ったお菓子を売り出し続けてたら、たぶんイーストサンは潰れてた。
みかんの品質がどうこうではなく、ネットの評判で。
だけど……うん。松月さんも美味しく食べて貰おうって気持ちはちゃんと篭めて作ってるはずだけど、それでも評判に左右されない賞賛っていうのは凄く嬉しいものだよ。
「ルビィちゃんさ、言う時は言うよね」
「うぅ……忘れてください……」
「難しいかな」
「信一さん、ちょっと意地悪です」
「そう?」
「はい」
赤くなったほっぺたをプクっと膨らまして睨んでくるけど……え、それ睨んでるの?言ったら怒りそうだけど、むしろ癒されるわ〜。
にこにこ笑ってルビィちゃんの怒ってるらしき顔を堪能すること15秒くらい。プイっと顔をさらに赤くしてそっぽ向いちゃった。
ルビィちゃんの可愛らしい仕草に和んでいると———トットットっと廊下から軽快な足音が聞こえてきた。そしてリビングの扉が開く。
「お兄ちゃ〜ん、何か甘いものある〜?」
「お疲れ様。休憩?」
「うん。こんを詰め過ぎるのは良くないからさ」
「そうだね。みかんタルト作っておいたから少し待ってて」
「ありがと、お兄ちゃん♡」
ちゅ———入れ替わりで席を立つ俺の頰に信夏はキスしてくれる。
冷蔵庫から取り出して持ってくるだけの作業に、俺はアニメの最終話でラスボスを倒す主人公並みのやる気に満たされた。そこを動くなよ……みかんタルトォォォォォオ!!
朝比奈一家のおやつタイムは基本、甘いもの+甘くない飲み物という構成なので、信夏の分のコーヒーを淹れる。信夏が飲むのだから真心はもちろん、全神経、全細胞、全能力を込めてフィルターにお湯を注いで抽出していく。
「はい。お待たせ」
テーブルにカップを置き、座りながら信夏のおでこにキス。自分で前髪を上げて待機していた信夏は嬉しそうにはにかんでるよ。相変わらず天の川がゴミ溜めにしか見えなくなるような素晴らしい笑顔だね。
「あれ?お兄ちゃんの分は?」
「俺のはルビィちゃんにあげちゃったんだよ。お客さんにおもてなししないのはダメでしょ」
「ルビィちゃん……あ、ルビィちゃん!?」
「こ、こんにちは、信夏ちゃん」
一応対面に座っていたはずだけど、信夏は今の今まで目の前に座っていたルビィちゃんに気付いてなかったみたいだね。
「ごめんね。お兄ちゃんの背中に見惚れてて気付かなかったよぉ……」
「あはは、ありがとう信夏。でもルビィちゃん怒ってないよね?」
信夏は良い子なので、悪気がなかったとしても自分に非があると判断すればちゃんと謝る。申し訳なさそうに謝罪する信夏の頭を撫でてあげながら対面のルビィちゃんに笑顔を向けておこう。
もし怒ってる、なんて言おうものなら———わかるよね?
コクコクコクッ!! 俺の気持ちを察したルビィちゃんはツインテールを使って垂直の赤い流れ星を作るような勢いで首を縦に振ってくれた。君のような勘のいいガキは好きだよ。
「だ、大丈夫だよ信夏ちゃん!ルビィ全然気にしてないから!」
「良かった♪わたし、ルビィちゃんに怒られたら泣いちゃうところだったよ〜」
ふぅ……危なくルビィちゃんが駿河湾の藻屑になっちゃうところだったよ〜。
安堵のため息を束の間、信夏が形の良い鼻をヒクヒクと動かして首を傾げた。可愛い。
「なんかいい匂いがする。お兄ちゃん、なんか焼いてるの?」
「クッキーだよ。ちなみにルビィちゃんのお手製」
「ルビィちゃんのお手製……!!」
ぱぁ!と、信夏の目が輝く。可愛い。
「ルビィちゃんがクッキー作ったの!?」
「あ……うん。ルビィね、今日は信一さんにお菓子作りを教えてもらいに来たの」
「だったら絶対美味しくなるね♪」
大輪の花が咲いたかのような幻覚を見せるほど輝かしい笑顔をルビィちゃんに向け、俺への絶大な信頼を述べる信夏。
さて、皆さんもご一緒に———可愛い!!
「でも、なんでいきなりお菓子作りなの?」
コテンっと首を傾げて尋ねる信夏へルビィちゃんは、俺にした説明をもう一回してあげてる。なんか小動物っぽいルビィちゃんと当たり前のように銀河一可愛い信夏が話してる光景って尊いなぁ。
「ダイヤさんにサプライズか〜」
「変……かな?」
「ううん。何かがすっごく間違ってる気がするけど、とにかく変じゃないよ!」
あ、やっぱり信夏もそう思うんだ。そりゃあ自分の誕生日を祝ってくらる相手にサプライズなんて何かが違う気がするよね。
「でもルビィちゃんのサプライズか〜。いいなぁ……」
ゴクゴクゴク———熱々の淹れたてコーヒーを腰に手を当てて一気飲みしながら信夏は羨ましそうにそんなことを言った。
「信夏ちゃんはサプライズとかしてもらったことないの?」
「なくは無いけど、お兄ちゃんサプライズ下手っぴなんだよね〜」
「いや、あまり驚かせ過ぎて信夏の心臓が止まったら大変でしょ?」
「過保護すぎません!?」
「でも、わたしのことを1番に考えてくれるお兄ちゃんが大好きだよ♡」
「俺もだよ」
身を寄せてくる信夏の肩にそっと手を回し、抱き締める。
そんな俺たち兄妹をルビィちゃんは凄く変なものを見るような目で見てるけど、何かおかしいのかな?
それから3人で軽くおしゃべりすること10分。オーブンレンジが音を鳴らし、クッキーが焼き上がったことを教えてくれる。
「「わぁ……!!」」
信夏とルビィちゃんがオーブンレンジから出したクッキーを見て目を輝かせてるね。
きつね色のクッキー。その真ん中に宝石のようなみかんジャムの鮮やかな黄色が輝き、思わず見惚れてしまう。これはルビィちゃんの入れたジャムの量がかなり絶妙だったってことだ。
「イエローダイヤ、か……」
「え?」
「そういう宝石があるんだよ。黄色のダイヤモンドね」
いつだったかは忘れたけど、みかん狩りに来た外国人観光客の1人が着けてたな。イエローダイヤが嵌ったブローチを着けてて、それが今目の前にあるクッキーとよく似てるから思い出した。
「イエロー……お姉ちゃん……」
「ぶっ!?」
何気なく言ったであろうルビィちゃんの呟きに俺は吹き出した。クッキーの乗った耐熱皿を持ってる為、口元を抑えることができないので横を向いて。
「あんまり笑わせないで……ふふっ」
「……ごめんなさい。信一さんの笑いのツボが分かりません」
ガチトーンで言われたけど、笑いが止まらない。それに……ほら。信夏も蹲るように体を丸めて床バシバシ叩いてるし。もしかして俺たち兄妹の笑いのツボが特殊なのかな?
「とりあえず味見していいかな?」
「ど、どうぞ」
「ルビィちゃん、わたしもいい?」
「もちろん」
ルビィちゃんの許しももらえたので、俺と信夏はお互いにあーんをさせ合って食べる。朝比奈家のおやつタイムではごくごく日常的な風景だ。
「おっ」
「うん〜!」
クッキーのサクサクとした馴染み深い食感と甘さに透き通るようなみかんの香りがしっかりマッチしてる。
これは……美味いぞ!
「うん、美味しいよ」
「花丸満点!」
頭の上で大きく丸を示す信夏の言う通り、満点の味だ。
ぶっちゃけ、適当に教えてたのでここまで上手にできるとは思ってなかった。材料の分量とか言ってないし、本来は粉ふるいを使う箇所でもバサァーと入れさせたし。
案外ルビィちゃんはお菓子作りの才能があるんじゃないだろうか。
「ほら、ルビィちゃんも食べてごらん」
一個摘み、ルビィちゃんの口元へ。ルビィちゃんはびっくりした顔で俺と俺の手にあるクッキーを交互に見てる。なにそれ?
横で見てる信夏は何故かニヤニヤとしてるし。
そんで、クッキーを食べるだけなのにどうして必要なのか分からないがんばルビィの仕草を小さくして———パク。俺の手にあるロシアン・クッキーを食べた。
そして顔を赤くしてる。焼き立てだけど、そんなに熱かったのかな?
お土産に持たせてくれたみかんジャムの瓶が入ってる紙袋を揺らしながら、信一さんの家に最寄りのバス停へ肩を並べて歩いてます。
「本当に良かったの?作ったクッキーもらっちゃって」
「はい。お礼……って言うのも変ですけど、信夏ちゃんが美味しいって言ってくれましたから」
「まぁ、それは疑いようもなく良い事なんだけどさ」
「あはは……」
信一さん、本当に信夏ちゃんのことを大切に思ってるんですね。少し思い過ぎな気もするけど……。
「帰ったら改めて作ってみます。材料は一応あると思うので」
「そっか」
時間を確認して信一さんの家を出たので、バスは5分くらい待てば来るでしょう。
「信一さん」
「うん?」
「お姉ちゃん……喜んでくれると思いますか?」
「どうだろうね」
ルビィのそんな突然の質問に、信一さんはこちらを見ずにそう言いました。その横顔は、夕陽に照らされて凄く綺麗で……
「ルビィなんかのサプライズで、喜んでくれるのかな?」
……だから少し甘えたくなっちゃった。
「さぁ。俺はダイヤさんじゃないから分からないな」
でも、ルビィは知ってます。本当は信一さんにとってルビィは……とってもどうでもいい人だということを。
信一さんがルビィに優しいのは、信夏ちゃんの担当する家の子で、お客さんだからということを。
それでもその仮面みたいな優しさに……今はすごく甘えたい。
「だけど、さ」
信一さんは少し考える素振りをして、ゆっくりと目を合わせてきました。
「ルビィちゃんはサプライズをしてあげたいって思うくらいダイヤさんのことが大好きなんでしょ?」
「はい……」
「なら、きっと喜んでくれるんじゃないかな。ルビィちゃんに大好きって思われるようなことをしてくれるダイヤさんだからね。まぁ、絶対とは言えないけど」
その優しい笑顔も実はただの営業スマイルということを、ルビィは知ってます。
「あ、でも絶対って言うのもあるよ」
「絶対、ですか?」
「うん」
珍しい。信一さんが絶対って断言することは、あまり無いらしいからです。
もし絶対と言って、それが外れた場合の保険だと付き合いの長い花丸ちゃんは言ってました。
夕陽が照らす顔で、信一さんはまた優しく笑いかけてくれます。
「妹からのプレゼントを喜ばない人はいない。これは絶対だね、うん」
「本当ですか?」
「うん。というか妹からのプレゼントを喜ばない奴なんて、たぶん人間じゃないよ」
「それはさすがに言い過ぎな気が……」
まぁ、信夏ちゃんをあれだけ溺愛してる信一さんならそれは普通なんでしょう。価値観は人それぞれだとお姉ちゃんもよく言ってます。
「ま、だからさ」
ポン———ルビィの肩に手が乗せられます。男の人の手なのに……不思議と怖くありません。それはたぶん……
「勇気出して渡してごらん」
信一さんだからでしょうか?
はい、いかがでしたか? やっぱりルビィちゃんの持ち味は誰かの為に一生懸命になれる健気さだと思うんですよね〜。そのあたりは花丸ちゃんともよく似ていて、だからこその一期4話や二期8話、9話は泣ける話になったのかと思います。ちなみに自分は目頭が熱くなった側です。
シスコンである信一と、お姉ちゃんが大好きなルビィちゃんって案外面白い関係だと思うんですよね。もちろん個人的な意見ですけど。
さて、2017年も今日で終わり。明日からは新年ですね。
この小説も面白いと言ってくれる人、応援してくれる人がいてくれたおかげでここまでやってこれました。二次創作ごときが生意気、と思うかもしれませんが、案外書いてる側は1つ感想をもらえるだけでも舞い上がってしまうほど嬉しいものなんですよ(*≧∀≦*)
では、皆さん。良いお年を!この小説が皆様の2017年に彩りを加える一助になれたと思い込んで締めさせていただきます。
あ、ちなみにダイヤちゃんのお話は3年生が加入してからにしますね。happy birthday storyとはなんなのか……。
それでは改めて———良いお年を!!