姉ニモマケズ、金ニモマケズ   作:湯たぽん

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その7

「うーん、やっぱりロックがうちに来てから随分変わったわねー」

その日の売上を数えながら言うリーテは、ここのところずっと上機嫌だった。

 

(生活水準は変わってないんだけどなぁ・・・・)

相変わらず二人暮らしの小さな部屋で、双子の弟であるラットは商品である魔法がかかった短剣を磨いていた。

 

ラットの言う生活水準だけでなく、リーテとラット二人の生活そのものも実はそれほど変わってはいない。

エイン鉱山で貴重な魔法鉱石オリハルコンをしこたま手に入れた二人だったが、そのまま売るなどという事はしない。オリハルコン原石の良い仕入れ先を見つけました、とうそぶいて宝石屋に持ち込んでカット&研磨してもらい、魔法屋に魔法付与を依頼。そうして出来たオリハルコン魔石を今度はアクセサリ屋で、リーテのデザインで仕上げてもらう。

要は、今まで魔法石を仕入れに行っていた手間が失くなったかわりに、エイン鉱山のオリハルコンを魔法石に仕立てあげる工程が追加されただけなのだ。

 

「むっふー!」

しかし、売上計算結果に満足し上機嫌に鼻息を噴き出すリーテの言う"随分変わった"のも間違いではない。

オリハルコンは国の成り立ちの伝説になるほど貴重な魔鉱石。目立たぬよう小さな欠片に砕いて少しずつ売っているのだが、仕入れ値がタダというだけで儲けは莫大なものとなっていた。

 

「ロックのおかげだねー。あ、ロックそこのナイフ取ってくれる?」

目線は手の中の短剣に落としたまま、ラットがロックに話しかける。先程までラットが手入れしていたハンマーに、2つ目玉がくっついていた。

物に寄生して自由に動かすモンスター、ロックは近頃ではリーテだけでなくラットにも懐き、言うことを聞くようになっていた。ハンマーから離れて、目玉だけでコロコロ転がり、投げナイフに取りつくと、今度はラットのほうにナイフごとずるずると動き始めた。

 

「・・・・で?ここまでは順調だけど」

またも、武器の手入れをしたまま目線を上げずにラットが声を上げる。

 

ロックが自分以外に懐いてる事が若干気に入らないリーテは、返事をせずに視線だけラット・・・・と言うよりラットの手の中に収まったロックのほうを向いた。

 

「最初に言っていた"計画"ってのは、ここまでのことだけじゃあないんでしょ?この先どうするの?」

 

「当然でしょ。もう計画は次の段階へ進んでる」

くるりと、今度こそ身体ごとラットの方を向くとリーテは細い足をぴっ!と伸ばした。振り向き様に投げ出された足を板張りの床がかつん、と小気味良い音をたてて受け止める。

 

「まだ仕込みだけどね。本格的に動くのはもう少し先になるわよ」

リーテの性格はともかく、その商才は誰よりも認めているラットだったが。この時だけは何故か猛烈に嫌な予感に襲われた。形の良い眉毛をひそめながらラットはロックが取り付いたナイフを机に置いた。

 

 

「・・・・仕込みって、このところ毎晩こっそりロックと一緒に出掛けてること?危ないんだから気をつけてよね」

一瞬、リーテがあれ?という顔をした。深夜の外出がバレていないと思っていたのだろう。他人に対してはしっかりと警戒しビジネスライクな最適距離を保つリーテだが、身内には驚くほどに警戒心を持たない。こっそり出掛けているのも"つもり"なだけなのでラットが気付かないわけはないのだ。

 

「・・・・うん、まぁそうね。外では気を付けるから大丈夫よ。仕込みの効果はまだだけど」

珍しく居心地悪そうに、ロック付きの短剣を取り上げるリーテ。

 

「とにかく、私たちの目標はあくまでもアリアロス公爵家よりも金持ちになること。こんなオリハルコン成金で終わるわけにはいかないのよっ」

居心地の悪さを振り払うように、拳を握り決意を新たにするリーテを目の当たりにしても。

ラットの嫌な予感はどうにもぬぐえないのだった。

 

 

 

 

 

 

 

それから、およそ2ヶ月。冬本番を控えてリーテとラットのアクセサリ屋を訪れる客も急激に着太りし始める頃。街は2つの噂で持ちきりになっていた。

 

「どっちの噂もアリアロス公爵家にまつわる話っていうのが、ねぇ・・・・」

いつも通り、噴水前に広げられた絨毯の上で、いつも通り気だるげに頬杖をついたラットがつぶやいていた。

 

「あ!またアリアロス公爵の話?」

「カッコいいわよねー!」

ラットのつぶやきに反応したのは露店の客、貴族の娘達だった。つぶやいた本人そっちのけで、勝手に自分達だけで盛り上がりはじめた。

 

「成人もまだなのに、王国一の名家を継ぐなんて、って最初は思ったけどね!」

 

「とってもカッコいいし、物腰も穏やかで爽やか!」

新たに公爵の位に就いたアリアロス新公爵の話題だった。当然、ラットとは旧知の間柄で、非公式ではあるがリーテとは婚約者であるルイス=アリアロスのことである。数日前に電撃で行われた新公爵お披露目会は歴史上に残るとまで言われたほど贅を尽くした見事なものだったとの噂で持ちきりなのだ。

 

「ね?ラット君。ルイス様ってこのお店に来たこともあるんでしょ。どんなお方?」

ぼんやりと聞き流していたラットに、不意の質問。つい本音が出てしまうのは、えてしてこういう時である。

 

「え、あぁ~・・・・。女性を見る目は無いんじゃないかな・・・・ぁ」

途中で、しまったと思うが既に遅い。聞かれてはいけない者に聞かれてしまった。

 

 

ぐわし。

「ラット~ぉぉぉおおおぉ?」

ラットの肩を後ろからつかんだのは、案の定リーテだった。普段の五倍はあろうかという異常な握力でしめつけられる肩に悲鳴をあげるラット

 

「あ゛~ごめんなさいごめんなさいルイス様は完璧なんですよぅ」

完全に気持ちのこもっていない謝罪ではあったが、ゆるしてもらえたようでラットの肩は解放された。

 

「むっふん。分かればよろしい」

満足げに鼻を鳴らすリーテ。しかし今度はリーテのほうが貴族娘達に捕まってしまった。

 

「え、なになにリーテちゃんもルイス様のファンなの?意外!」

 

「・・・・ん?いやファンっていうか」

 

「ラット君と一緒にお会いしたことあるんでしょ?」

 

「えぇ。そりゃもぅ」

 

「わー!良いなあ。今度お店にいらした時はすぐに知らせてね!」

 

「・・・・はい」

さすがのリーテも、お年頃の貴族娘達のノリにはついていけないと見え一瞬、押し黙る。

 

しかし、すぐにニヤリとひとつ笑いを浮かべると

 

「それよりも、ご存知?アリアロス公爵家の家宝の噂」

なんとも胡散臭い低いトーンで話を切り替えた。顔を近付け口元に手を当てて密談をするように、しかし何故か声は大きなままで。

 

「・・・・!あの噂ね。もちろん聞いているわよ」

貴族娘達も同じように密談のフリだけして、大きな声で。

 

「アリアロス公爵家一番のお宝、"国護りのゴーレム"の噂・・・・ね」

あぁ、やっぱりリーテの仕業か・・・・。ラットが心の奥底でため息を漏らしているのをよそ目に、乙女数名が勝手に盛り上がり始めた。

 

「夜な夜な動くんですってね!」

 

「もともと美術品だったんじゃなくて、ホンモノのゴーレムだったのが目覚めたんじゃないかって噂よ!」

 

「お城の高名な魔導師様もお手上げだったんですって!」

口々に噂話をまくしたてる貴族娘達の話をうんうんと頷きながら聞くリーテ。ときおりこっそりメモまで取っているのが見えて、ラットにも薄々と噂の実態が見えてきた。

 

 

 

「どうも、ありがとうございましたー」

いつも通りのやる気の無い一礼でお客を見送り、ようやくラットは尋問の時間を得ることが出来た。

 

「・・・・まさかリーテの仕業だったとはね。立派に犯罪なんじゃないの?」

怒っているというよりも、呆れたような表情でリーテに問いただすと、当の本人は全く悪びれずに返事を返した。

 

「問題は無いわよ。"国護りのゴーレム"を動かしたのは事実だけど、私は侵入してないし。ロックが乗り移ればゴーレムが動いても音はしないから迷惑にもあたらないわ」

つまり、アリアロス公爵邸の外からロックを送り込み、建国の伝説をかたどった国一番の美術品、彫刻"国護りのゴーレム"にオリハルコンの時と同様に取り付き動かしたのだ。坑道の天井からオリハルコン結晶を剥がすのとは訳が違う。エイン鉱山でオリハルコンを得た後もロックの特性解明にこだわり続けたリーテにしか思い付かない芸当である。

 

とはいえ

「なんでこんなことを?まさかこのままゴーレムを邸外まで動かして盗もうって気じゃあないよね?」

しかも事前にゴーレムを動かすなど犯行予告にも等しい。しかも噂が広まっているのを念入りに確認までして。ラットには意図が全く読めなかった。

 

 

果たして、リーテはちっちっち・・・・と人差し指を左右に振ると偉そうに解説を始めた。

「あのゴーレムの価値を分かってないわね!」

価値とかそーゆー事言ってんじゃないんだけどな・・・・どや顔を不快に思いながらも、ラットが素直に頷いて続きを催促すると、リーテは部屋の奥に厳重に保管してあるオリハルコン結晶を収めた金庫を指差した。

 

「全てはあのオリハルコンが起点よ。"国護りのゴーレム"の、どこに一番価値があるか知ってる?」

実は、ラットは知らなかった。アリアロス公爵家の家宝である巨大彫刻"国護りのゴーレム"がどう造られたかなど、すぐに独立するつもりだったラットには価値の無い情報。だがリーテは知っていた。いずれ自分のものになるアリアロス公爵家の物は全て把握しているのだ。

 

「歴史的価値・・・・ってことは無いよね?建国の伝説で、最後の龍のブレスの前に立ちはだかり、初代王である"はじまりの勇者"を護って砕け散ったゴーレム・・・・でもこれは砕け散るその瞬間をモチーフにした美術品にすぎないよね?」

が、金銭的価値以外には興味が無かったのか伝説の内容には瞳をぱちくりさせ、リーテは答えた。

 

「もちろん、歴史的価値はアレには無いわ。あくまで美術品。でも、誰が彫刻を施したかの伝承は途絶えているし、黄金製のボディも私たちには持て余すわ」

 

「そういえば、あのゴーレム像って眼が特徴あったなあ。あの眼の素材って、もしかして」

アリアロス邸に住まわせてもらっていた頃を思い出してラットがつぶやくと、話の主導権を邪魔されたとでも思ったのかリーテの声は少し気勢の削がれたようになった。

 

「・・・・そうよ、よく覚えてるわね」

しかし、こほんとひとつ咳払いをするとすぐに気を取り直して、再び部屋の奥の金庫を指差した。

 

「そう、オリハルコンよ。ただし国一番の美術品と言われるからにはただのオリハルコンとは違う」

 

 

 

「はるかに価値の高い、濃縮オリハルコンなのよ」

 

 

 

 


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