そこは深い闇の中だった。
自分が今、地面に立っているのか、それとも寝ているのかさえ分からない。そもそも地面が存在しているのかすら怪しい。
眼を開いている感覚はあるが、真っ暗で何も見えない。
匂いもなく、何に触れているかすら分からない。
この闇では自分の姿がどういう状態なのか目視することが出来ない。
周りに人の気配すらなく、何があるか確認できない。
気が狂いそうだ。
まるで闇そのものが質量を持ち、押し潰してくるかのよう。
闇が全てを押し潰し、自分が自分で無くなる。自分という境界がそのまま闇に溶けてしまいそうで。
それが怖くなり、堪らず走り出した。本当に走っているのか分からない。実は、全然進んでいないのかもしれない。
心が折れそうになるが、それでも走る。
何かが変わって欲しくて、この状況から助けてもらいたくて、我武者羅に走る。
どれくらいの時間走り続けたのか分からないが、視界の端に光が見えた。
今までの疲れなど忘れて光に向かって走り出した。
光は円状になっており、向こう側はどうなっているか分からない。
それでもこの状況からおさらば出来るのなら、と思い切って光に飛び込んだ瞬間、視界一杯に光が弾けた。
※※※※※※
始めに感じたのは冷たさ。そして自分が横たわっているという事だった。段々と意識が覚醒するにつれ、自分の状態を把握できるようになってきた。
(冷たい...... ここは.......)
土臭い..... そう感じ、目を開け起き上がった。
「俺は、トラックに....... そもそもここは何処.......?」
見渡す限り木、木、木..... どうやらここは森の中の様。しかも木のサイズが異様にデカい。どのくらいかと言うと、一本一本が屋久杉ぐらいデカい。
OK。状況が分からない時こそ、冷静になろう。深呼吸だ。
確か、俺は学校帰りで......
「うっ......!!」
頭がっ!! くっ...!! はっ?! そうだ、俺はあの時トラックに......
「あれ? なんともない?」
急いで確認してみるが、体に異常どころか、かすり傷一つない。
それに驚きつつも、それ以上に気になることがあった。
「制服がぶかぶかになってる?! 何で?!」
体が縮んでいるのだった。声も自分の知る物より高くなっている。
正確には縮んでいるというよりも、幼くなっていると言った方が正しいのかもしれない。
若返った? んな、馬鹿なことがあるかい、とその考えを頭から追い出す。
「まあいい、それより問題なのが、ここは何処なのかということだな」
何事も切り替えが大事なのだ。俺は出来る男なのだ。
今いる場所は森の中でもぽっかりと穴が開いたように何もない場所だった。
せいぜい背の低い草が生えている程度だ。
いつまでもここに居ても仕方がないので移動しようと思う。
取り敢えず水の音が聞こえるので、そちらに向かってみることに。
サバイバルにおいて水の有無は、これからの生存率に直に関わってくる。
川だったらいいな。
※※※※※※
しばらく歩くと、川が見えた。
「川だー! これで勝てる!」
何に勝てるのかはさておき。今現在の自分の体の事が大事だ。
ここまで明らかな変化なのだ、ただ事では無い。
ここに来るまでに簡単に確認してみたが、何かの実験で異形の姿になっている、とかは無さそう。普通に人間の体だった。
それでも不安な物は不安で、びくびくとしながら川を覗き込む。
そこには少女の姿が映っていた。
「っ!?」
今居るのは俺だけのはず。なのに少女の姿が映っていたので、驚いてバッと勢いよく後ろに振り向く。が、誰も居ない。
ここに来て嫌な予感が。腹をくくってひと思いに、もう一度川を覗き込む。
そこには黒髪の美少女が映っていた。驚きの表情で口をパクパクさせている。
若返りなんて事あるか、と思っていた自分をぶん殴ってやりたい。想像以上だよ馬鹿野郎。
どう考えても俺ですね。分かります。
「いや、なんでやねん......」
拝啓、お父さんお母さん、俺は息子から娘になってしまいました。
※※※※※※
あれからしばらく放心していた。
OKOK~ ここは落ち着こう。百歩譲って映っている少女が本当に俺だとしても。
......もう一回だけ確認してみよう。
右手を頬につけてみると、川に映る美少女も同じように動く。そのまま抓ってみる。映る少女も同じように抓る。おまけに痛みつきで。
夢ではない......と。
結論、間違いなく、俺だ。
「何がどうなっているんだ.......」
切り替えの早さが取り柄だが、これは完全に予想外だった。いや、本当は途中で分かってた。ただ認めたくなかった。夢であってと。
取り合えず水を飲み、落ち着いたところで改めて自分の体を観察してみた。
「体は完全に女になっているな。だけど服は男の時のままだ。どういう事だ?」
正確にはトラックに轢かれる前の服装。
体の表面件は、現状ではどうしようもないので置いておく。
体の表面と表現する辺り、実は裏も問題、というか違和感がある。裏と言っても普通に体内のことだ。
そりゃ、性別が変化して内臓とかも変わっているだろうが、他にも何か妙な感覚がある。
暖かいような冷たいような、どちらとも言える奇妙な感覚。
「何なんだろうこの感覚?」
それこそラノベ脳で考えるならば、定番は魔力とかその手の物だろう。
そんな馬鹿なことが有るかと思いつつも俺も(元)男の子。
無いと分かってても試したくなちゃうお年頃。
メ〇!と某RPGの呪文を想像しつつ手を前に出すと。
あら不思議。ぴぃるるるる~と弧を描きながら火の玉が発射され、そのまま地面に着弾するとぼおぅと小さな火柱が上がる。
「あ、あれ?」
マジすか..... 冗談のつもりだったのに.......
そうだよ、思えばここに来るまでにも同じようなことあったじゃん。変なフラグ立てたら本当のことでした、と。
だがこの現実を受け入れてくると、かつて無いわくわく感が、体の内からこみあげてきた。
「おおっ!! マジで魔法かよっ!! 何か分らんけど、すげぇ!!」
興奮しすぎて、語呂が少々おかしくなってきてる。だがその時の俺は、それほど興奮していた。
それから火と水を出しお湯を作ってみたり、風を起こしてみたり、魔力を単純に塊として撃ち出してみたりと思いつく限りの事を行った。
驚いた事に空を飛ぶことも出来た。これにはもう一週間は不眠不休でも活動が出来そうなほどテンションが上がった。
あと面倒なので、体内に感じている不思議な物体の事をもう魔力と呼ぶことにした。
あと気づいたことが、空の色が変わり始める頃までぶっ続けで遊んでいても、魔力は底をつくことがなかった。後先考えずに全力でぶっ放していても。
このことから、俺の魔力は相当な量があると思われる。やったね。
魔法に夢中になりすぎてこれからのことを全然考えていない。
どうしようかと途方に暮れたが、森の中にはどデカい木が乱立していたのを思い出し、夜はそこで過ごそうと思い、すぐそこに向かった。
木に登るときはよじ登るのではなく、飛んで上まで登った。地面から足が離れていき、普段見ることのできない景色と、どんどん浮いていく不思議な感覚がもう堪らない。
ああ、超楽しい。
それから、木の上で寝ようとしても興奮していてなかなか寝付けなかった。