オーバーロード〜禍巫女様と骸骨様の物語〜 作:禍津の巫女様
西暦2138年。
環境と言う環境は破壊し尽くされ、
それでも人類は致命的な代償を物ともしない科学の上に成り立っていた。
それは娯楽においても例外はない。
否、失われた自然は大きな娯楽要素でもあり、娯楽への注視が高まるのは当然と言えた。
DMMO-RPG《YGGDRASIL(ユグドラシル)》
ゲームの世界に直接入ってアバターに乗り移り、遊ぶ。
そんな100年以上前から創作のネタとして使われていた題材はここでは現実だ。
その中でも、日本国内に置いて絶大な人気を誇ったゲーム、ユグドラシル。サイバー技術とナノテクノロジーの粋を集結した体感型ゲームの略であり、その中でも燦然と輝くタイトルの1つである
このゲームの最大の特徴とはなんといっても、自由度が異様な程高いことだ。
広大な世界、膨大な職業、課金すれば自由自在なアバターの外装、それに合わせた比類なき自由度、運営の暴走度、アバター以外にも脅威の課金要素とあらゆる面で日本人の心を掴んだ神作。配管工ほどとは言わないが、プレイヤーの誰もが後世語られ続けるゲームだと確信する。
それによって爆発的な人気を誇り、社会現象とも成った程の、まさに究極の作品である。
……だが、それも最早昔のはなしだ
……始まりがあれば終わりがあるもの。そう、そんな人気と栄華を誇ったゲームも、遂に終焉を迎えるのだった。
より高性能なゲーム、より革新的なシステム。それによりユグドラシルは既に旧式の型落ちであり、運営はとうとうサービス終了を告知した。
最後をユグドラシルで。
サービス終了日、最後の輝きと賑わいをみせるユグドラシル。
それでも引退した者が復帰することは珍しく。寂寥の雰囲気が払われることなく、偉大なゲームの歴史は閉じられたのだった。
そんな中、ユグドラシルにある異形種だけのギルド。そのギルドの中にあるとある部屋――そこには41人分の豪華な席がすえつけられた、巨大な円卓があった。
ここは、ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』本拠地、ナザリック地下大墳墓、第9階層――通称、円卓の間。
――――――――――――――――――――――
「――ふざけるな!」
ガツンッ、という音が、自分一人しか居ない一室に響く
「ここは皆で作り上げたナザリック地下大墳墓だろ!何で皆そんな簡単に捨てることが出来る!」
激しい怒りを吐き出すのは、豪奢な漆黒のアカデミックガウンを羽織った骸骨。その眼窩に浮かぶ赤黒い光は、憤りと悲しみに満ちていた
それは先程まで円卓の間に居た、古き漆黒の粘体(エルダー•ブラック•ウーズ)、ヘロヘロに向けられたものだったのか、かつてこの地を去った仲間達に向けられたのか
彼こそが、ナザリック地下大墳墓を拠点とする、アインズ・ウール・ゴウンのギルドマスター
『モモンガ』だった
「……ふぅ」
溜息を一つ。
落ち着かなければならない、とモモンガは思った。
ユグドラシルというゲームが終わる今日と言う日の為に1週間以上の余裕を持って
かつてのギルドメンバー達に誘いのメールを送ったのはモモンガ自身だ。
もしかすると、まだ来ていないギルドメンバーが次の瞬間にもログインしてくるかも知れない。
その事を考えるとこれ以上、仲間たちへの文句を感情に任せて叫ぶことなど出来なかった。
モモンガとて、わかっているのだ。 これはゲーム。ゲームより現実の生活を選ぶのは当たり前。仲間達の判断は正しい。
寧ろ、ゲームにここまで執着する自分の方が異常なのだ
頭ではわかっているのだ。でも、ここを捨てることは出来なかった。現実に拠り所の無い自分にはここしかないのだ、仲間たちとの思い出以上に大切なものはないのだ
モモンガはそう思いながらも立ちあがり、ギルドの象徴《スタッフオブアインズ・ウール・ゴウン》の前まで歩く
「行こうか、ギルドの宝…いや―我がギルドの証よ」
円卓の間を後にしたモモンガは、玉座の間にて最後の時を迎えようとしていた。といってもまだ30分程度の余裕は有るのだが
そして当のモモンガは、アルベドの設定を確認して苦笑しているところだった。
「ながっ!?」
モモンガは驚愕していた。設定魔だったタブラがただでは済まないとは思っていたが予想以上の書き用におどろいたのだった。
「……ん?『ちなみにビッチである。』って。そう言えば、タブラさんギャップ萌えだったなぁ」
そんなことを思いつつ、文字を消すモモンガ。
「さて、消したは良いけど…なんて入れようかな」
アルベドの『ちなみにビッチである。』という一文を消したは良いが、なんと入れようかと悩んでいた
「『モモンガを愛している』…は、流石に恥ずかしいかなぁ…でも最後だし。いいよね!」
もう好きにしていいよね?
そう思い、文章を付け加わえた。……その時
「くくく。随分と面白いことをしておるな、童よ」
「――ぅおっふぅ!?」
モモンガの背後から突然声が聞こえビックリするモモンガ。慌てて振り返るとそこにいたのは……
「な、ナツルさん。いつの間にログインしていたのですか?」
「ふむ。その質問に応えよう、つい先程だ。」
「で、でも連絡は来てないですよ?」
「おや? 私の仕事場をもう忘れたのか? これでもこのユグドラシルを作ったゲーム会社の社長だぞ?……と言っても"元"が付くがな。
後継に任して引退してから、かれこれ3年になるがな。この3年で随分と技術が進んでしまった。……私と仲間で作ったユグドラシルもとうとうその幕を閉じる。むしろ良くぞここまで続いたと言うべきだ。作った当初は正規版から始めたとしても良くて3年も持たないと思っていたんだがな。ハハハハ!」
愉快そうに笑う彼女。病的なまでの色白い肌に、銀色の腰まである髪、血のように赤い瞳、腋がでている変わったデザインの漆黒の巫女服、そして左目から腕にかけて不気味に光っている呪印。そんな特徴的なキャラクターをしていた。
「ナツルさんもあいも変わらずですね。流石はユグドラシル3人の創設者の1人にして最強の異型種。昔から何も変わりませんね」
そんな彼女に向けて呆れたように懐かしそうに言うモモンガ
「ふははは! 我は不変、故に不滅。我を倒せる者など同じ創設者だけよ。伊達にα版の時からこのゲームをしておらん………といっても、その創設者ももはや我1人だがな。姉様も兄様も引退なされた。結婚しているから仕方がないがな。ゲームなどより家庭の方が大切じゃ」
胸をはりながらドヤ顔マークのアイコンを頭の上に出すナツル。
「……そんなナツルさんは結婚なさらないのですか? 」
「ん? 私か? それはそうさ。私はモモンガよりも年上だが、私は生涯を1人でと決めている。たとえ子孫を残さなくてはならないとご先祖さまに言われようとも、兄様も姉様もいるのだ。遺伝子という意味ではそれで充分じゃろうて。 故に私は生涯1人でのびのびと自由に生きるのだ。好きなように生き、好きなように死ぬ。
人生なんてものは楽しまなきゃ損でわないか。そう思わないかな?」
モモンガの問に楽しげに笑いながら聞き返すナツル
「……そう、ですね。僕もそう思います」
モモンガは確かにと言った感じで頷いた。
「くくく。ならそれでいいでわないか! このユグドラシルとてその想いで作ったのだからな! 世界には不思議なことでいっぱいだ。いまは人が住める環境ではなくなったが……せめて、このVR世界だけでも人が楽しめる、心躍る世界にしたかった。だから作った。人は自由に生きてもいい、だからこの世界を自由にしたのだ。
といってもR系統の行為はダメだがな。」
「確かに自由なゲームでしたよね……いささか自由過ぎた気もしませんけど。主にアイテムについて」
ナツルは楽しそうに言うが、モモンガはアイテム。特に"ワールド"の名のつくアイテムや、所詮ネタアイテムと呼ばれる物たちを思い出し嘆息していた。
「よいではないか。その分面白みのあるものだって沢山あっただろう? 例えばこの『ぶっ飛び花火くん』のようにな」
『ぶっ飛び花火くん』
またの名を『花火砲』5セット300円のネタアイテムである。
それは、所詮花火だが。武器としても装備が出来る花火だ。しかもおかしな威力をしており、攻撃力が1から始まり、下手すればワールドエネミーを一撃で倒してしまうほどの威力を出す、ランダム式の武器アイテムなのだ。
しかし、その玉は全部で20発しか入っておらず、しかも大抵は1〜100のダメージしか出ない。しかし、それでも大抵の低クラスのモンスターは狩れるので、初心者にはありがたかった。魔力も何も使わず雑魚処理としては大いに役立つアイテムである。
何より使われるのは祝い事に打ち上げられる花火だ。装備だけではなく、設置型トラップとしても活躍でき、時間設定やトラップ設定をする事で自動的に玉を発射することができ、よく使われていた。いまも、このゲームが最後と言うことであちこちで使われている。
「ああ〜それですか。懐かしいですね。昔はみんなでよく遊んでいましたね」
「そうだったな。初めて開発し世間に出した時はまさかあそこまで売れるなどと思っても見なかったから私はビックリしていたがな」
「そう言えばそんな話をしていましたね……ただ、るし★ふぁーやらペロロンチーノやらが1000個もの花火砲をギルド内で撃ちまくった時は本気で焦りましたけれど」
モモンガが思い出しているのか心底疲れた様な顔つきになった。
「そう言えばそうだったな。しかも何発か神運レベルで出ないはずのワールドエネミークラスを一撃で倒すほどの玉が出てきた時は死を感じたがな」
笑いながらそういうナツルに嘆息していたモモンガ。
「はっはっはっはっ! ……む。そろそろ時間か」
ナツルが時計を見てそう発言する。モモンガもつられて見ると残り時間は3分を切っていた。
「……もう、時間ですね」
刻一刻と迫る時間に寂しそうにいうモモンガ。
「…………また、会えますかね。ナツルさんや皆さんに」
「……さぁ、わからぬな。――だが、いつかきっと、会える日が来るだろう。この世界で生きている限り、必ず。そう信じていれば会えると私は思うがな。ならば、そう信じていればいいではないか。だから私はいつも別れ際に"さよなら"は言わぬ」
「では、なんと?」
「ふっ。言わなくても分かっているだろう?モモンガよ」
「――ッ!そうですよねナツルさん!」
「くくく、ではの――」
「ええ、それでは――」
「「また、会う日まで!」」
モモンガは頭上に飾られている紋の刻まれた旗の主を読み上げてゆく。
残り時間―00:00―――1、2、3……
―――――――――――――――――――――――
「…………む? ログアウトしないだと? 何が起きている」
「そうですね。何が起きているのでしょうか……サーバーダウンの延期? はっ!まさか、ユグドラシル2が」
モモンガは期待に満ちた目でナツルを見るがナツルは首を振る。
「残念じゃがそれは無いだろう。それなら真っ先に私に連絡が来るはずだ。だがその様な連絡は一切来ていない。
それにな。いきなりだが私の後継はあまりにも真面目でな。ある時私が拾ってからそれ以来努力で時期社長へと上り詰めたんだが、私への恩を返すと言ってきてな。ことある事に私にユグドラシルの報告をしてくる、たまにアドバイスなども聞きにな。それ以外では旅行や誕生日プレゼントなども送られて来たりするな。
つまりだ、奴は何かユグドラシルに関係することがあればそれがたとえどんなに小さな出来事でも一々連絡をしてくるのだ。そんな奴がこんな大切な事を連絡しないはずが無い」
「へ〜そうなんですか」
「うむ。じゃから今回のユグドラシルが終了すると決まった時なんかは私の家にわざわざ足を運んで泣きながら部下と一緒に土下座をしに来たほどだ。やつも奴じゃが社員も社員でな。皆一斉に泣きながら土下座をされた私の身としては困ったものだよ」
初めて困った様に嘆息しながら言うナツルに苦笑するモモンガ。……そしてモモンガはふとある事に気がついた。
「……ナツルさん。ひょ、表情が…顔が、動いてます」
モモンガは震える手でナツルを指さした。
「なんだと?」
ナツルは手持ちアイテムが一つ。『どこでも空鏡』というアイテムを取り出した。このアイテムは空中に固定し設置する魔法の鏡であり、その大きさを自由に変えられ大きなものでは全身を映し出せるほどの大きさになる。
そんなアイテムで顔を映しいろいろな表情をするナツル。
「……うむ、確かに動いているな。ユグドラシルの世界では表情など動くわけがなくましてや口など開くはずもない。しかし、今現在で私が喋ることに合わせて口は動いておる。それにそれだけではないな、感覚……つまり5感もある、人が生きてく上で必要な視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚、全てが感じられる。」
本来であれば、リアルの身体ではない違和感を感じる筈が、触覚や嗅覚の不足もなく、システムの動作補助などの違和感もなく、あくまで自然に、リアルの身体よりもスムーズに力強く動く事に何の違和感も感じなった。
「そ、そんな事って……」
「あるからこうして驚いているのではないか」
驚くモモンガにナツルも驚いていると言う……しかし、いつも道理の無表情にも見えなくもないほど、少なくとも驚いた様には見えない。
「(……すみません、ナツルさん。驚いているようには見えないです)」
モモンガはそう思うのだった。
「……モモンガよ、なにか失礼な事を思っているのではないか?」
「い、いえいえ、そんなことはありませんよ? ええ、決して」
ナツルは鋭い目線でモモンガを睨む。睨まれたモモンガは慌てて誤魔化した。
「……まあ、そういうことにしておいてやろう」
視線を逸らしたナツルにモモンガはホッと一息ついた。そんな彼は早速、運営に連絡しようとGMコールを押そうとしたが……
「――どうかなさいましたか?」
――モモンガは思わず固まった。なぜなら、この場では聞こえるはずの無い、別の女性の声がしたからだ。
その声の主は果たして………アルベドであった。
ナツルとモモンガ。
何も返さない二人に不安に思ったのか、アルベドはあせったように詰め寄る。
「いかがされましたか?何か問題がございましたか?」
「(……ふむ。いくら自由が売りのユグドラシルの自由度が高いからといって、NPCは自動ではしゃべらない、ましてや表情を変えたりはしない。そもそもそんな技術は持ち合わせていない。少なくても私はそう認識しているのだが……)」
そんな常識を覆すかのように振舞うアルベドを見て、ナツルは困惑していた。対して女のナツルから見てもナイスバディーをしているアルベドに迫られているモモンガはNPCが動いていることと、美人でナイスバディーなアルベドに迫られている緊張で混乱は極みに達しようとしていた。するといろんな意味で詰め寄られていたモモンガが緑色に発光し、その光が消えると一転、モモンガは冷静になっていた。
「なんでもない……なんでもないのだ、アルベド。ただ……GMコールが効かないようなのだ」
玉座から聞こえたモモンガの声に視線を上げれば、自ら動き出したアルベドがモモンガの元へと歩み寄り、間近に立って気遣わしげにモモンガの顔を覗き込んでいた。
――するとアルベドは、懺悔する様な声で…
「……お許しを。 無知な私ではモモンガ様に問われました、GMコールなるものに関してお答えすることが出来ません。」
すると、やはり口が動き、感情があった。アルベドはなおも許しを請う言葉を続けるが、驚愕しているモモンガには届かない。
「(ふむ、やはり私の予想通り5感は私以外にもありそうだ。NPCであるアルベドが動いているとなると、他のNPCも動いているのだろう。とりあえず"動き"は何とかなる。次の問題は魔法なのだが……)」
……が、考えてばかりいてもしょうがないと思ったので、ダメ元でモモンガに対して『伝言(メッセージ)』を発動するナツル。これは対象と念話をする魔法だ。
すると、一コール目でモモンガにつながった。
『どうやら魔法は使えるようだな』
『ええ、そのようですね。少なくとも伝言は……それより、どうなっているんですか?何かのバグでしょうか…………ナツルさんならなにかわかりますか?』
『いや、わからぬな。むしろ此方が聞きたいぐらいだ。……すまんな。ユグドラシルを作った者なのにも関わらずなにも力になれなくて』
『いえいえ、大丈夫ですよ。私も無理をいってすみませんでした』
そう言って会話を切った。
「(……うむ。これはいったいなにが起きているのやら。果たしてそもそもの問題だがここは本当にあの"ユグドラシル"なのか? 確かに場所はナザリックなのには変わりないが、"外"はどうなっている? そもそもここは"ゲーム"の中なのか? ここまでリアルだとまるで"現実"の様ではないか……ゲームの世界が現実となる。まるで大昔に存在していたとある小説の様なものだな…もしもそうだとしたら、笑えない冗談だ)」
そう考えながらふと思う。
「(――しかし、まぁ、だからと言って仮にここがその現実となったゲームの世界だとしても元いた現実世界には何も未練はないがな。あるとしても姉様と兄様にもう会えない所か。しかし、それも些細な事だ。人はいずれ忘れ去られるもの、あの2人には家庭がある。そんな家庭に私が入り込むのは愚の骨頂。それに、あの2人からは私が幼い時に死んだ両親の分まで沢山の愛情を貰った。故に私はもう未練などない! だから、両親と姉様兄様の願い通り、気楽に楽しく人生を生きて行こうではないか!)」
ナツルはこの世界で生きていく事に決めた。ナツルはそもそも端から戻ろうとは思っていないようだ。
すると、モモンガがこちらに視線を送っていたのに気付いた。
『ナツルさん……あなたはどう思いますか?今の状況』
『伝言(メッセージ)』をしてきたモモンガは骸骨なので表情は変わらないが不安そうな声で聞いてくる。
『そうだな。まずは何よりも情報だ。この状況の情報が必要不可欠だ。なんせ、生きていく上において情報というのは何よりも武器になるからな。さて、さっそくだが他の者にまずはナザリック周辺を調べてもらおう、本当にここがユグドラシルの世界であるならばナザリックの周りは毒沼のはずだからな。それに、本来なら出れるはずのない拠点NPCがどこまで動けるかもわかる』
『わかりました。まずは情報集めからにしましょう。セバスでいいですかね』
『ここではギルド長はお主だ。自分の思った事をすれば良い』
『ありがとうございます、ナツルさん。ならそうさせてもらいますね』
「セバス、玉座の前に」
「はっ!」
モモンガが早速行動を開始しセバスを呼ぶ。呼ばれたセバスが玉座の前の皆の横に並び礼をとる。
「大墳墓をでて、周辺地理を確認せよ、もし知的生物がいた場合は友好的に対応しろ、行動範囲一キロに限定、戦闘行為は極力避けろ」
「承知いたしました、モモンガ様」
本来は本拠地を守るために創られたNPCが外に出られるという、ユグドラシルでは不可能なことが可能になっている。
モモンガはスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンから手を離す。
すると、スタッフは中に浮き、物理法則を完全に無視したような光景だが、これはゲームのままのようだ、ユグドラシルでは手を放すと空中停滞するアイテムは珍しくない。
モモンガは腕を組み、思案しながら辺りを見回した、モモンガの視線の先には8人の人物がいる。
「(ナツルさんにアルベド、さっきまで後ろにいたセバスに、少し離れた場所で綺麗に並んで立っているプレアデス6人か。
とりあえずは上位者として行動しておけばいいだろう、何か問題が起きた場合はナツルさんと相談して決めればいい、そうと決まれば行動第一だな)」
モモンガはスタッフを手に取り、声を張り上げた。
「プレアデス達よ、これから九階層に上がり、八階層からの侵入者が来ないか警戒に当たれ。 直ちに行動を開始せよ」
「畏まりました。モモンガ様」
静かな部屋に声が響き、セバスと戦闘メイド達は玉座に座るモモンガと、そばに居たナツルにそれぞれに跪拝すると、一斉に動き歩き出す。
巨大な扉が開き、セバスとメイド達の姿が向こうに消え、自然に閉まる。
そしてモモンガは、最後に残ったNPC、アルベドに視線を向けると、すぐ側に控えていたアルベドは優しい笑みを浮かべ、モモンガに問いかける。
「ではモモンガ様、私はいかがいたしましょうか?」
「あ、ああ……、私の元まで来い」
「はい」
心のそこから嬉しげな声を上げて、アルベドがにじり寄っていく、モモンガ以外の者から見れば愛しい人に呼ばれ浮かれているように見える。
「触るぞ」
「あっ」
モモンガは手を伸ばし、アルベドの手首に触れる、
トクントクンと繰り返される鼓動、それは生物なら当たり前のものである。
モモンガに触れられ、アルベドの頬は紅潮し、体温が上がっていく。
「(……む。モモンガに触られているアルベドの肌が赤い。AIにその様な機能は付いていないが……やはり、現実となった可能性は確率が高くなっているようだな)」
普通なら有り得ない話だ。NPCであるなら喋るどころか頬を染めるなどといった表情は出来ないはずだ。ましてや、相手はAI。AIにはそのような機能は付いていないからだ。
考え込んでいるナツルを他所にモモンガは更に行動を始める。次の――そう、最後の一手。これを確認すれば、すべての予感が確信に変わる、今自分達が置かれている状況、現実と非現実の狭間から、その天秤がどちらかに傾く。
だから、これはしなくてはならないことだ。
モモンガは意を決して口を開く。
「アルベド……む、胸を触っても良いか?」
「え?」
「―――は?」
空気が凍ったようだった。
アルベドは目をぱちくりとさせ、思考の海に入っていた筈のナツルは一瞬あっけに取られるも、モモンガが確認しようとしている事に察しがつき、納得したような顔をした。
そんなモモンガは言ってから、悶絶したい気分に襲われていた。
仕方無いとはいえ、女性に向かって何をいっている。自分は最低だと叫びたい気分だった。
上司としての権威を利用したセクハラなど最低で当然だ。ましてや、目の前のアルベドと同じ女性でありギルドメンバーでもあるナツルがいるのだ。余計にきついのだろう。
「(でも仕方が無い、そう、これは必要なことなんだ! きっと、創立者であるナツルさんなら分かってくれるに違いない!……きっと…たぶん)」
自分に強く言い聞かせ、精神の安定化を試みる、上位者としての威圧を精一杯に込めて言う。
「構わにゃ……ないな?」
だが、モモンガは自分の想いも虚しく、盛大に噛んでしまい、緊張しているのがバレバレだった。
「(あやつ、この大切な場面で噛みおった。これが愛の告白なら爆死確実だぞ。リアルでは一人ぼっちで女に免疫がないと聞いてはおったがここまで酷いとは……そもそも、ギルメンの女性メンバーの中でも私は特に人間に近いはずなのだがな。喋るだけは大丈夫だったのだろうか?)」
そんなモモンガの言葉に、ナツルは呆れていたが、対してアルベドは花が咲いたような輝きを持って微笑みかける。
「もちろんです、モモンガ様、どうぞお好きにしてください」
アルベドがぐっと胸を張る、豊かな双胸がモモンガの前につき出された。
もし唾を飲むということが出来たなら、確実に何度も飲み込んでいただろう。
大きくドレスを持ち上げている胸、それを今から触る。
「(大丈夫だ。これは、そう! これはあくまでも実験、確認なんだ! 今後もこの世界で生きていく事になったとしても言いようにと実験なんだ! あれ、そんなんだっけ? いや、でも、うん大丈夫、俺はギルド長だ。きっと大丈夫だよな)」
あきらかに混乱して脳内がおかしくなっており、挙動不審なモモンガを見抜いたナツルは呆れ小さく嘆息していた。
ふとアルベドを窺うと、なぜか目をキラキラさせながら、さぁどうぞといわんばかりに胸を何度もつき出してくる。
モモンガは、緊張しつつも、ドレスの下には僅かに固い感触があり、その下で柔らかいものが形を変えるのがモモンガの手につたわる。
「ふわぁ…あ……」
濡れたような声がアルベドから漏れる中、モモンガは実験を終了させた。
ユグドラシルに限らず、全年齢対象のDMMORPGであれば18禁に触れる行為は禁止だ、それを違反すればアカウント停止、最悪削除されかねない。
今回の行為は通常であれば警告が出てくるはずだ、だがそれが出てこない。
―――仮想現実が現実になった。
受け入れ難い事ではあるが、こうなってしまっては受け入れるしかない、
よくよく考えてみると、モモンガにとってはそう悪いことでは無いように思えてくる、家族も恋人もなく、ユグドラシル以外の趣味もなく、家と会社を往復する毎日……。
モモンガがそんな思考の海に浸っていたとき
「……い……おい、モモンガよ」
「はっ!?」
モモンガはナツルの言葉に思考の海から意識が蘇る。
「お主……いつまでアルベドの胸を触っているつもりだ? アルベドの顔がリンゴの様に真っ赤に染まって倒れそうだぞ」
いまだ胸を揉んでいたモモンガは慌てて手を離した。……決して柔らかかったから手が離せなかった、とかいう理由ではない、……おそらく。
「ア、アルベド、すまなかったな」
「ふわぁ……」
頬を完全に赤く染め、アルベドが体内の熱を感じさせるような、息を吐き出す。それからモモンガに問いかけて来た。
「ここで私は初めてを迎えるのですね?」
「………え?」
モモンガは言葉の意味を一瞬だけ理解できなかった。
「服はどういたしましょうか?」
アルベドが矢継ぎ早に問いかける。
「自分で脱いだ方がよろしいでしょうか? それともモモンガ様が?…着たままですと…その…汚れて……いえ、モモンガ様がそれがいいと仰るのであれば、私に異論はありませんが…
――あぁ、でも、私はとうとう愛しのモモンガ様と……私は最高に幸せでございます!」
アルベドは完全に暴走していた。それも隣にいるナツルに気づいていないように
「え? ちょっ、アルベド!?」
モモンガは慌てて周りを見てそしてナツルに視線を向ける。
「ふふふ、モモンガよ。 それは、お主が招いた結果だアルベドと頑張ってしっぽりとしておくがいい。アルベドよ、私が許す。存分にモモンガと愛し合い子作りに励むがよい。私はお邪魔虫なのでな、ひとまず退散するよしよう。
アルベドよ、後で私の部屋に来い、モモンガとの結果を報告しにな、楽しみにしておるぞ?」
「―――〜〜ッ!? はい! ありがとうございます、ナツル様ッ!! さぁ、モモンガ様! 許可は降りました!私と一緒に子作りしましょう!」
ナツルは心底楽しそうに笑いながらモモンガとアルベドに言う。そんなナツルに許可を貰ったアルベドは感激のあまりに涙を流しそうになるが、そんな事よりも目の前の愛しのお方に初めてを捧げられる事に嬉しさで頭がいっぱいだった。
「さて、モモンガよ。アルベドの設定変更した責任はとってあげるのだな。私は自室でお主たちの結果を楽しみに待っておくのでな。では達者でなぁ」
ナツルはそう言い残すと巨大な扉に向かって歩き始めた。
混乱により少し思考を停止していたモモンガだが、アンデット特有の精神安定現象が起きる前に慌てて気づいた。
「ちょっ、まっ! よ、よすのだアルベド」
モモンガはあわててナツルを呼び止め、アルベドの説得を行う。
「は? 畏まりました」
「今はそのような……いや、そういうことをしている時間はない」
「も、申し訳ありません! 何らかの緊急事態だというのに、己が欲望を優先させてしまい」
ばっと飛び退くと、アルベドはひれ伏そうとする、それをモモンガは手で抑える。
「よい。諸悪の根源は私である、お前のすべてを許そう、アルベド。それよりは……お前に命じたいことがある」
「何なりとお命じください」
「各階層の守護者に連絡を取れ、六階層の闘技場まで来るように伝えよ。時間は今から一時間後、それとアウラとマーレには私から伝えるので必要はない。」
「畏まりました、六階層守護者の二人を除き、各階層守護者に今より一時間後に六階層の闘技場まで来るように伝えます」
「よし、行け」
「はっ」
少し早足でアルベドは玉座の間を後にした。