序章
海から吹く春の風、舞い散る桜、そして綺麗な空。
この世に生まれ落ちて十と四年、親の顔より見た景色も今日で見納め。
これが最後で、二度と生きてここへと帰る事は無いかもしれない。
それもこれも生まれ持っての「特異体質」が悪化し、より医療設備が充実した病院に移らなければならなくなったが故だ。
「さよなら、青き日々よ……か」
外の景色程ではないが幾度と繰り返して読んだ漫画へと目をやる。
地球外生命体と人類の対話を描いたいわゆるロボットモノのアニメを漫画化したソレは、他のどんな娯楽よりも私の心をがっちり掴んで離さなかった。
カッコいいロボット、ちょっと拗らせ気味な友情、不思議な敵、悲劇と犠牲、それでも進む世界。
そして何よりも、希望を掴むために戦う「命」の輝きが何よりも美しくて。
私はまだ生きる事を選ぶ。
「おねーちゃーん!迎えの人来たよー!」
妹が呼ぶ声に窓から家の前の通りを見下ろせば、視界に映るのは見慣れない車と何度か合わせた顔。
医者ではないが、私の「特異体質」を研究したいとの事で、今回の病院移動を受け持ってくれた櫻井了子さんだ。
「わかった、今行くから。5秒待て!」
「おねーちゃーん!急がずゆっくりで大丈夫だから!落ちて来ないでね!」
「大丈夫だ」
腰にさした折り畳みの杖を支えに私は二本の「金属質の足」で立ち上がる。
やや見た目は異質だが、それは義足ではなく、生身の足、私の体。
ただちょっとシリコン化合物の皮膚で普通とは違う内部構造をしていて、地に座ると立ち上がりが大変なだけの、神経が通った足だ。
ちゃんと跳ねたり走ったり登り降りしたりできるのだが、いかんせん立ち上がりだけがうまくいかず。
動作に体力と意識を使うので、すぐに息切れしたり、周囲への注意が行かずぶつかりやすかったり、ついでに体調を崩しやすいといった欠点もあり。
その症状が近頃悪化してきたので、このド田舎から引きずり出される事となっただけなのだ。
とはいえ。
「都会って人多いんだよな……大丈夫なんだろうか」
この体に関する理由ではなく、精神的なモノ。
私は、超がつくほど、人とのコミュニケーションが下手なのだ。
「大丈夫かな……」
意気揚々の出だしも、不安に曇りだした、そんな新しい日々の始まり。
――慣れ親しんだ場所への別れ、かつて日常の終わり、未知への不安、新たな日常の始まり、そして出会い。
全ての事象は「終わり」に向かって「始まる」。
いつか君は知るだろう。
「出会い」は「別れ」の始まりである事を。
生まれ落ちて、終わりへと進んでいく命で、私達は何を成すのか、何を残すのか、そして何に「生まれ変わる」のか。
――私の「命の使い方」を見つける為の、歌が始まる。
◆◆
「うーん、やっぱり材質はシリコンよねえ……知ってる?シリコン型生命体が地球上の動物のように活動にはするには相当なエネルギーを必要とすると言われてのよ」
「知ってます、好きな作品にケイ素生物が出てたのでそこから知りました、シリコンなだけに」
「…………多分、体力を使いすぎる理由はそこにあると思うのよね~」
「……そうですね」
渾身の友好的コミュニケーション手段を無視されながら、私は櫻井先生の診断めいた調査を受ける。
「それとやっぱり気になるのはレントゲンだけに写るお腹の「影」よね、実際開いたら何も無かったんでしょ?」
「はい、死んだ両親が書き残してた記録には、私が2歳の時、初めて症状が出た時のレントゲンで見つけたそうです」
広げられた資料から出てきたのは一枚のレントゲン写真。
私の腹部にあたる場所に鳥の羽のような形をした影が写るそれは先日撮影したものだ。
この体質が発覚してから、ずっと疑惑の存在なのだが、実際に開腹しても何もないが故にやっぱり謎のままのそれを櫻井さんもやはり怪しいと感じてるようだ。
「……前にも一応聞いたけど……何処でその症状が出たの?」
「父の実家に古い蔵があってですね、祖父が集めたガラクタを溜め込んでいた場所らしいのですが、その中だったそうです」
祖父はどうにも曰く付きの品を集めるのが趣味だったらしく、美術品としての価値よりついた曰くを重視する変人だったらしい。
「その後で蔵で何か無くなっていたとか、そういうのは?」
「私が生まれた時には祖父は既に亡くなってて、何が何だかという状態でした」
ちなみに祖父の最期はなにやら変な病気にかかったらしく、呪いだとか言われていたそうだ。
「そう……もしかしたらそのガラクタの中に原因となるモノがあるかも知れないわね」
もしかして蔵に侵入した私も祖父同様に呪われたのかも知れないな、と冗談めいて笑う。
だが私はオカルトは信じていないし何よりも、全ては遅かった。
「その蔵の中身は……私の治療費の為に父が売り払ってしまいまして……」
「……へ?」
蔵の中身は祖父の知り合いの「でいんはいむ」さんに買い取って貰ったのだ。
ちなみにその受け取りに来たキャロルって子と少しの間だけ話したのだが、どうやら趣味でそういうオカルトを研究してるそうだ。
その時に運良く研究成果も見せて貰えたのだが。
「姿を消す道具」の試作品らしく、ガスで鏡の様に光を反射して景色に溶け込むそれにステルス界の革命を見た、偽装鏡面の実現は近い。
それはさておき。
「……マジ?」
「はい、というわけでちょっとその辺りは手遅れ感があります、連絡先を知っていた父ももういませんし」
「……それは……仕方ないわね~……」
世の中、割りと頑張れば全て科学的に解決できると私は信じているので命が有る限りは気長に行こう。
だがそれはそれとして。
「それにしても……あのエレベーターとか凄かったですね、まるでSF作品に出てくる研究施設みたいです」
まさか学校の下にこんな施設があるとは、都会恐るべし……まるでアルヴィスみたいだ……。
「ここで見たモノとかここの場所とかは秘密よ?一応は国家機密扱いだから漏洩したら捕まるわよ」
「国営の研究施設ですしまあ当然ですよねって……ってそんなにですか?」
国家機密など一生縁がないと思っていたが人生は不思議なものだ。
「そうよ、世の中の不思議なモノを研究したりする、そういう機関だけど中には門外不出の技術があったりするのよ」
「なるほど、具体的にはどんなのですか?」
「そうね~言っても大丈夫な範囲だと……『ノイズ』への有効な対処法を探したり、オーパーツを解析して今の技術にいかせないかとかそんなものね」
「ノイズ……ノイズか……」
「……そういえばあなたのご両親もノイズ災害で亡くなられてるのね」
ちょっとノイズに思うところがあるのを表情に出してしまっていたらしく、櫻井先生が申し訳なさそうにする。
「ええ……でも憎いとかは無いんですよ、どっちかというと」
「ちょっと憧れるんですよね」
「凄く傍迷惑な憧れなんですけど、死ぬ時は意味のある死に方をしたいんですよね、敵を道連れにしたり、誰かを守ったり」
「だから、誰かがノイズに襲われてて私が犠牲になればその誰かが救われるならば私が犠牲になって、その誰かの中での恩人になりたい……みたいな」
「まあ…ただ拗らせた英雄願望みたいなものです、実際そう上手くはいかないでしょうから」
つまりは
『両親が死んだのは仕方のない事です、そういう運命だっただけで。ただ私は同じ様に死ぬ運命になった時せめて何かを成して死にたい』的な事を伝えたかったのだが、このコミュニケーション下手な舌はうまく言葉を製造できないらしくまた極めてテクニカルな台詞を射出しよった。
「そ……そうね、とりあえず命は大事にしなさい……」
当然の如く櫻井さんに可哀想なモノを見る目で見られた。
極めてテクニカルなポエムの難易度が高すぎる事を、私は知った。