一日目の聞き取りを終えて、櫻井さんが用意してくれた新居であるマンションへと辿り着くと既に夕暮れ、春とはいえ上着が欲しい程には寒い。
さて私の部屋であるが11階でエレベーターからほぼ11歩の距離にある111号室、しかもエレベーターホールには自販機まである!極めて縁起がいい!これで友達が出来た時なんかに総士ごっこが捗る!
さてと、家具は既にあるそうだし、お邪魔しま――
鍵を差し込み扉を開くとそこに広がるのは逆境に混沌とする荒野だった。
脱ぎ散らかされた衣服が屍の様に横たわり、勢いよく踏み壊されたリモコンの残骸、そして痛みに悶える少女の姿。
そっと、扉を閉じて部屋番号を確認した。
確かに指示された部屋番号だったし見間違いでなければぐったりと倒れていたあの少女は「風鳴翼」ではなかっただろうか?
いやよそう、私の勝手な推測で世間の「風鳴翼」のイメージを混乱させたくない……。
だが、ここでピンチに怯んだら世界の果てまで後退るぞ、もう行くしかないんだアスカ
ゲッターを信じるんだ、と再び扉に手をかけ。
「ナイトヘーレ、開もっぼべぇっ!」
私の覚悟は圧倒的エネルギーで追突してきた扉に弾かれ、おおよそ年頃とされる私達みたいな女の子が出してはいけない声が飛び出す。
「わ……わっ……すみません!大丈夫ですか!?」
それは逃れようもなく、かつてツヴァイウィングの胸が小さい方と呼ばれた少女、風鳴翼であった。
「きっ君が
「落ち着いてください、慌てすぎて翼さんじゃなくてズバババーンになってますよ」
「は…?ん??ああ……すまない、つい取り乱した」
どうやら私のテクニカル迫真ジョークは他人を落ち着かせる効果があるようでちょっとショックだった、ジョークだけに。
「しかし……同居人が付くとは聞いてましたがまさか風鳴翼さんとは……少しびっくりしました、プロの歌姫はリモコンを踏み壊せるのですね」
「や……やめてくれないか、ただちょっと片付けが苦手なだけなんだ……改善しようという努力は」
私の中のダメっ子センサー「ソロモン」がビンビンに反応!片付けられない娘型と断定!
ちなみに実家へ置いてきた「妹」はあるだけ使い込んでしまう「貯金できない型」なのできちんと叔母さんに金銭管理をしてもらうように言ってあるので極めて安心だ。
「早速ですが、私の実力を見せておきましょう」
「何の実力……?」
「女子力……」
「女子力とは……」
「まあ女の子として必要なモノだよね、翼さんには足りてなさそうだけど」
「私は……つ……剣で防人!女子力など……」
「でも歌姫だよね」
「うっ」
「まあ見ておいてください、これが「女子力」です」
まず足元のモノを分類し、足場を生成、戦に勝つにはまず地の利を得る事だ。
そして動けるようになったなら振るう杖は埃取り、カーテンレールなど高い所から順に埃を落としてゆく。
同時進行で洗濯を済まし、散らかっていたモノたちをそれぞれのあるべき場所へと導いていく。
学校にも行けずやることのない毎日を過ごす内で身に付いた家事スキルが火を吹くぜ。
そして数刻後。
「まあこんなものですよね」
「参りました」
まさか天上に住まうような存在である風鳴翼と同じ場所に住み、よもや家事で力の差を見せつけるなどと。
「ところでこれ何処かにカメラありませんか?」
ドッキリなのでは?アスカはいぶかしんだ。
「!?」
すると翼さんが思わず驚愕していた、いやまさか……えっ本当に……?
「まさかこんなに早く見抜くとは、やはり只者ではないか」
「えっまさか本当にドッキリだったんですか!?」
「えっ?」
んん?
「いや、ドッキリではなく、少し貴女の人となりを観察してみようと櫻井女史がこのリビングにだけ監視カメラを設置していたそうだ」
「あ、そうなんだ……」
うーん、なんとも「すれ違い」だ……それに距離感がよくわからなくて馴れ馴れしすぎてないだろうか……。
まあ、その辺は仕方ないよね……
生まれてこの方暮らしてきたのが閉塞的なコミュニティ(ド田舎ともいう)だし……それにしばらくは一緒に暮らすんだからきちんと仲良くしないと……。
「……うん、まあ……とりあえず改めて自己紹介をしようか、私は真琴明日歌、櫻井先生の紹介でこっちに出てくる事になったただの特異体質な明日歌だよ、後ついでに足がなんかメカみたいになってるけどちゃんと生身だからよろしく頼むよ」
「多分知っているとは思うが私は、風鳴翼、まあ歌手などやっていて長く不在にする事もあるだろうがよろしく頼む、それと櫻井女史から症状は聞いているから手が必要な時は遠慮なく言って欲しい」
それにしても世界は狭いな、まさかこんな有名人と同居する事になるなんて。
にしてもよかった、翼さん相手ならついうっかり『地雷』を踏まずにすみそうだ。
奏さん関係とノイズ関係を避けとけば大丈夫そうだし……。
「……それにしても翼さんすごいですね、独り暮らしって大変そうでちょっと私にはハードル高く感じますよ」
「ああ、完全に独り暮らしって訳でもなくて時々マネージャーの緒川さんや、叔父さんが様子を見に来てくれるからな」
そうなのか、一応覚えておこう。
「確かに様子を見に来ないと部屋が
「そっ……それは…そうだな……返す言葉もない」
「他のご家族とかは来ないんですか?」
「………少し……な」
あっ……。
「……すいません」
「き……気にしないでくれ、少し仲が……よくないだけだから……」
あー……やってしまった……地雷など踏むかと言ったそばから、これかー。
「でも……生きてる間に、仲直り出来るといいですね……私みたいに、いなくなってから悔やむのは苦しいですから」
「あ……」
あっ……ってぎゃああああ何言ってるの私!?確かに私も両親がいなくなってからもっと甘えておけばとかもっと思い出つくっておけばと寂しくなって悔やんだけど!悔やんだけど!!
今日会ったばかりの人に口出しできるような立場じゃないぞ私!
「少し。少し……余裕が出来たら……話してみようと……おもう」
お……おう……翼さんの心が蒼穹めいて広くて助かった……。
「すいません……なんか私よく余計な事を言ってしまうので……」
「いや、おかげで少し考える事が出来た……その…ありがとう」
――その後は特に地雷タップダンスなやり取りもなく、無事に一日が終わった。
だが、いつか私は知るだろう。
今日と云う日が、翼さんとの出会いが、私の運命を大きく変えてしまっていた事を。
翼さんが一番かわいいってそれ一番言われてるから(断言)