月の昇る夜に、空を翔るのはアスカのイカロス。
いつもと違うのはその背に背負う飛行ユニットが漆黒の巨大なモノであるという事と乗せて運ぶのが二人である事。
「もうすぐ現場ですがこれだけの規模……多分仕掛けてくると思います」
「ああ、だからアスカは立花を頼む」
「その……足手まといにならないように頑張ります……!」
「……翼さんも、気をつけてください」
ついに4日連続のノイズとの戦闘で、先日よりも遥かに大きな規模。
既に装者二人は聖遺物を操る何者かが仕掛けて来るという確信を得ていた。
「打ち合わせの通り、何者かが仕掛けて来るとしたらおそらく同時ですので無理せずに合流しましょう、目印はあの公園です」
戦力の分散をせざるを得ない状況、となれば足止めか各個撃破を狙ってくる。
敵の規模こそわからないがせめて互いにカバーでき、最悪アスカのイカロスで逃走できる様にと練られた策。
「とはいえ、敵に背を向ける前提とは……」
「この状況では死んで戦いに勝っても実質こちらの負けですからね」
「死っ……!?」
「すみません言い過ぎました、ですが相討ちは負けですので逃げても次に活かせれば勝ち、決して無理はしないように」
「わかっている……」
「わ……わかりました」
ここまではいつものように特に考えもなく、流れる様に口にされるアスカの言葉は要約すればただ単に「死ぬな」というだけの意味だった。
しかし防人である翼はまだしも、まだ経験の浅い響に対してはかなり重くのしかかる。
「さて、見えてきましたけど……翼さん」
さてここまでならただのテクニカルな後先考えないいつものアスカだが今日は違った。
「……何だ?」
「翼さんは私より先には死ねませんので、もしもの時はお願いしますね」
「…ッッ!?」
天才的なセンスを持っているが経験の浅い為に後ろに下がる響、戦闘経験豊富な翼の二人と違ってアスカは装者の中では最も弱い。
今日のアスカはその事実を既に知っていて、いざという時は自分が犠牲になる事で力のある二人を守る事を決めていた。
「まあ積極的に死ぬつもりはありませんけど……色々な意味で翼さんの事、命に代えても守りますからね」
それは孤独だった少女が初めて放つ「守る」覚悟の言葉。
アスカ自身は気付いていないが、それはいつもの変な「責任感」から来るものではなく、純粋な「親愛の情」から来る覚悟だった。
「ああ……わかっている」
――この視線を、裏切れない……!
とはいえ翼としては、その重さが堪ったものではないのは変わり無いのだが。
「あ……あの私も頑張りますから……その死ぬ死なないとかは」
そんな二人のテクニカル関係に盛大においてけぼりを食らう立花響。
「じゃあ響さんは今を生き残って明日に活躍する事を目標に頑張るように、はっきり言うと経験が浅いから今日はまだ期待しません」
「ひっひどい!?」
「ふっ……」
アスカの遠回しな響への「期待」の意図を珍しく「齟齬無く」読み取れて翼は少し笑みを浮かべた。
「今日に歌えなくても、明日に歌える様に、まあ頑張ってください」
この一年で生きられる時間が長くなり、生きられる世界が広くなって、出会える人が増えた。
それが、ただ今が終わるのを待つだけだった真琴明日歌にほんの少しでも「明日を考えさせる」には十分な切っ掛けだった。
戦いの前に踏み出した小さな前向きの一歩が、アスカの運命を決めた。
◆◆◆◆
奇しくも二課で保管される完全聖遺物と同じ「デュランダル」と大層な名付けられた拳銃が火を吹き、放たれた弾がノイズを破壊する。
「敵はしっかり仕止めたか確認してから目を離すんですよ、ノイズは崩壊寸前でも平気で突っ込んできますからね」
「はい!」
翼と別行動を開始して既に10分、未だ敵は仕掛けて来ないので戦いの中で響に教えて置くべき基礎の基礎を簡単にレクチャーするアスカ。
二人に比べると戦闘センスこそ微妙、一年はスパルタ教育を受けて適合率もそこそこに高く真面目にやってきた。
相対的に最も弱くはあるが基礎は確かなモノだ。
「後いくら慎重にやれと言っても急がなければなりません、まあ一撃多殺で素早くまとめて消す格闘戦闘は司令にきちんと教わってください、私は特殊なので」
当然の様にルガーランスから放たれるビームの薙ぎ払いでノイズを片っ端から焼き尽くし、その数を確実に減らし。
その撃ち漏らしを確実に仕止めるのは響。
「これでこの辺りのは粗方片付きました、次で――!」
見渡す限りのノイズを蹴散らしアスカが飛び立とうとした時、アスカの頬を桜色の鞭が掠めた。
「ついに来ましたか……打ち合わせ通り引きますよ!」
「は……はい!」
ちらりと相手を見るとそれは白い鎧を纏った少女、簡単にその姿を覚えるとアスカは直ぐ様に響の手を引いて駆け出す。
「おとなしくし――なッ!?いきなり逃げるのかよ!?」
鎧の少女――雪音クリスが面食らったのも無理はない。
戦士たる者、初見ならば様子を見てから逃げるか戦うかを選ぶ。
だがアスカはその存在を確認しただけで背を向けて、スモークグレネードを放って逃げ出した。
「なっ……こっちの事はお見通しってかよ!」
それを慌てて追うクリス、その目的は立花響の誘拐であり逃げられる訳にはいかないし、殺す訳にもいかないのだ。
アスカがここで逃げたのは間違いなく最善だった。
◆◆◆◆
「とぅー…とぅー…とぅーとぅとぅー」
同じ頃、風鳴翼もまた敵と遭遇していた。
「アスカの読み通り……だったな」
ノイズを侍らせる赤い髪の女を目の前にして、翼は合流の為に引くタイミングを測っていた。
「へえ、問答無用で斬りかかってくるかと思ったけれど……なかなか理性的だね君は」
「生憎こちらには頭の切れる仲間が居るのでな、お前"達"の存在は想定の範囲内だ」
「へえ、ぜひとも会ってみたいよ」
「何、直ぐに会う事になる」
「合流するつもりかい、でもそれは難しいだろうね」
「何?」
不敵な笑みを浮かべる女に翼は油断なく向き合いながら、ゆっくりと距離を測る。
「何故なら君は僕と戦わなければならないのだから」
――赤いペンダントをかざし紡がれる聖詠。
聞き覚えのある、懐かしい旋律、かつての日々を思い出させる尊い旋律が今目の前で奏でられる。
「貴様っ……それは……」
もはやこの時点で風鳴翼に引くという選択肢はなくなったも同然だった。
「魔槍ガングニールさ」
返り血の様に汚い赤黒の鎧を纏い、アリーは殺戮の歌を紡がれる始めた。