初
――翼さん来てねえ!
「ちょっ!?あおいさーん!翼さんは!?」
『敵の装者およびノイズと交戦中です!』
「うーん……仕方ありません!こっちはどうにもノイズを出せない方の敵らしいので司令でも対応できるかも知れません!」
『……!?わかりました!風鳴司令!』
――……翼さん翼さん翼さん!助けに行きたい行かなきゃ!
いくら訓練をしていたとはいえ実戦経験自体はそんなに積んでいない、付け焼き刃の策が折られた事でアスカはパニックに陥っていた。
冷静な風に装って風鳴司令に応援要請したのも「多少ヤバい身体能力あるしノイズ相手じゃなければちょっと行けるのでは」というパニックの中で生まれた錯乱策である。
「はー……ようやくやる気になったか、全くちょこまかと逃げやがって……」
「ええ、私の勝てる場所にまんまと来てくれて助かりました」
「ああ……何だって?」
「響さん、ちょっと翼さんの事お願いしますね……こっちは司令が来てくれるまで足止めすれば何とかなりそうですが、翼さんの方はノイズも居るらしいので行ってくださ……いえ行け」
「えっ……アスカさ……」
「つべこべ言わずに行け、仲間を……翼さんを守り守られろッッ!」
「はっはい!」
それはいつものテクニカルな口調では無く獰猛な叫び。
元より精神的な余裕を持たないアスカが不測の事態で追い詰められていた。
「ちっ……まあいいか……どっちにしろお前をぶっ潰してから確保すればいいだけだ」
翼の元へ向かう響の背中から目の前の敵へと視線を移しクリスは吐き捨てる。
「私を潰す?バカを言わないでくださいよ……先程言ったばかりですよ……ここに来た時点で私の勝ちだと」
その手にしたルガーランスを構え、アスカはズンと踏み出す。
「これから始まるのは戦いじゃなく……狩りですよ」
その目に宿るのは獣の様な獰猛さと爬虫類めいた冷酷さと破壊衝動。
真琴明日歌は、いつになく暴走状態だった。
「はっ……言ってろよ!」
ネフシュタンの鎧から展開される鞭が振るわれ、それが戦いの合図となった。
アスカは鞭の初撃を左右に避ける事なく直進して回避しつつも距離を詰め、ルガーランスからレーザーを放つ。
「容赦ねえな!てめえは!」
連射こそ効かないが威力は高く、高熱で溶けた地面が今の一撃に込められた殺意を物語る。
まだ距離もある以上は間合いではないとアスカは瞬時に判断し、容赦なくルガーランスを投擲。
「マジで殺す気かよ!ホントにこいつイカれてやがる……!」
――フィーネが言うには真琴明日歌は一年前まではただの一般人で戦闘力も高くない、ターゲットである立花響はつい先日まで戦いのたの字も知らぬ素人、警戒すべきは風鳴翼くらいとたかを括っていたが見当違いだったって訳かよ!!
クリスは内心焦りながらも確実に鞭でルガーランスをはたき落とす、がその時にはアスカは新たに拳銃を手にしていた。
――やべぇ……ッッ!?
銃口は躊躇いもなく目線、バイザーに守られた眉間を撃ち抜こうとしていた。
流石に動かなければやられると気づいたクリスは鞭の防壁を構築しながら戦闘機動を始める。
なんとか放たれた銃弾は弾き落とすが、まだ油断ならない。
「あ゛あ゛あ゛!!」
「おああッッ!?」
詰めた間合いで獣の様な叫びを上げながらナイフを手にアスカ、カウンター気味に振るった拳はアスカの腹を強く打ち、降り下ろされた刃は左肩の装甲に突き刺さる。
「ごはっ!?」
「オラァッ!!」
「ぐ――かはっ」
流石のアスカも装甲の薄い腹を殴られれば止まる、そこにクリスはすかさずに追撃の蹴りを打ち込み距離を開ける。
だがアスカも只ではやられない、突き立てたナイフはマインブレード、刃を折る事で爆発する特殊武装だ。
「ぐあああっ!?」
クリスが突然の爆発の衝撃とダメージで大きく怯む間に、二度地面をバウンドしたアスカは飛行ユニットを展開しており、高速で地面スレスレを翔け抜け、再び距離を詰めた。
「翼さんは……わ゛た゛し゛がま゛も゛る゛!!」
蹴りのダメージで内臓を痛め血を吐きながらもアスカはタックル気味にぶつかり、ネフシュタンの鎧を纏ったクリスを大地へと押し倒しながらジェットエンジンを全開にする。
左手で首を掴み、右手で殴り、土を吹き飛ばしながらアスカはクリスを仕留めんともう一度マインブレードを手にする。
「な゛ぁめるなあああああ!!」
だがクリスの闘争本能にもまた火が付いた、鞭を自身の腕に巻き付けて構築するのは一本の回転槍、つまりはドリルだ。
「ぐぇ゛っ゛……あ゛あ゛あ゛っ!!」
腹部を守る装甲を貫き肉へと到達して血が舞い、臓物を掻き回す痛みがアスカを襲い、バランスが崩れた事で二人の体は強く地面に打ち付けられて吹っ飛ぶ。
先に起き上がったのはクリスだった。
視界を塞ぐ泥を落とす為に巻き付けた鞭を解除して右手でバイザーを拭うが中々視界は開けない。
「こんな所でやられるかよ……あたしは……パパとママの仇を討つまではっ…あ?」
何度擦ろうと視界は赤いまま、メットを外し右手を見る。
泥と赤に染まる右手から漂うのは記憶に残る鉄の匂い、それは返り血の匂い。
そして動かない敵の少女を見た、見てしまった。
「ああ……あ……あああっ……ぁ゛あ゛あ゛あ゛っ!お゛え゛っ゛……」
今しがた、自分がした事に気づいてしまった、見てしまったクリスは、吐き戻して泣いた。
だがざりっと何かが動く音にすぐさま視線を上げた。
「よくもまあ……やってくれましたね……」
そこには腹部を翡翠色の結晶で覆ったアスカが居た。
「ひっ……いいっ……!?う……わあああああッッ!?」
「あはは、何を怯えてるんですかあ?あなたがやってくれたんですよお?」
まさしくゾンビの様な動きでにじりよるアスカにクリスは悲鳴を上げて、逃げ出した。
「あっ……逃げた……本当に……勝ててしまいましたね……」
先程のドリルは常人であれば確実に死んでいたであろう一撃だった、というか翼や響、弦十郎でも食らっていれば流石に死んでいた一撃だ。
しかしアスカは死ななかった。
それは体内に残った「欠片」による再生再構築能力と痛みに対する異様な耐性……そして。
「……って翼さんを助けにいきませんと!!」
そのクソ重さが死を許さなかったようだ。