――月の落下、終わる世界を救えるのはまだ見ぬ『フロンティア』と未だその真の姿を現さぬ『エンジェル』。
この研究所の職員達の間で流行っている言葉だ。
「やっぱり……セレナが世界を救うための鍵だって話は本当デスかね……調?」
「でもだとして……月をどうするの?フロンティアはまだ『逃げ』の為って予想がつくけど……」
そう、フロンティアはその名の通り『逃げ』の為の手段、EXODUSプランだという事が既に想定されている。
だが『エンジェル』、セレナに関してはさっぱりだ、そもそも話の出所すらはっきりしてないが、既に『救世主(ザルヴァートル)』としてセレナは認識されている。
「今日も無茶な実験なんかさせられていないといいデスけど」
調と切歌はあまりセレナとは話さない、というのもセレナには『記憶がない』故に何を話題にすればいいのかわからない、最近は時々マリアと共にライブをしているが、本当にそれぐらいしか話題がないのだ。
「マリアが悲しむ事にならなければ、私はそれでいい……」
時計の針は止まらない、少しでも何かを掴まねばという所員達が提案した『実験プランF』その実行が今日だ。
『プランF』
それはフォニックゲインの投与だ、これまで『再生』程度の特異性しか発揮して来なかったのは『発現』に足るだけのフォニックゲインが無かったからと推測され、ライブで蓄積されたフォニックゲインで『エンジェル』の機能を起動させてみよう、という話だ。
真っ白な実験室、全身をケーブルに繋がれたセレナ、防護壁の越しに不安げに眺めるマリア。
「マリア、何度もいう様に……」
「わかってるわ、マム……でもそのくらいいいでしょう?そうでもしないと私はやってられないの」
ナスターシャは一体どこでマリアの育て方を間違えたのかと内心で頭を抱えた、が確かにマリアは優しすぎて弱い事も確か、少女を実験体扱いできる心を持てないのは仕方のない事だろうと思う。
「実験を開始する」
コンデンサに溜め込まれたエネルギー、それがケーブルを通って流れ込む。
――なんかえらい事になりましたね……
当のセレナ……アスカは何故か、自分が世界を救う鍵扱いされているのは知らないし、この実験の内容も知らなかった。
そこへ流し込まれるエネルギー、アスカに電流走る(物理)。
――何!?一体何!?どう反応すればいいの!?
肉体に過剰に流れ込むフォニックゲイン、普通の人間ならショックで死ぬであろうエネルギーの流れも融合症例であるアスカには耐えられた、だが。
――胸が……熱い!?これはっ……!?
過剰なフォニックゲインは、胸の中に埋まる『欠片達』を目覚めさせた。
「強力なアウフヴァッヘン波形を検知!フォニックゲイン増幅!」
データを監視していた職員の一人が叫んだ、その時。
「ぁあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」
アスカが震えだし、胸を貫く様にして一振りの『剣』が生えた。
「セレナぁっ!?」
「座っていなさい!」
思わずマリアが立ち上がる、が即座にナスターシャによって引き止められる。
――天羽々斬じゃないですか!?わざわざこんな登場しなくても……ぐえええっ!
そして突き出た剣を引き抜くと今度は全身から翡翠色の結晶と白い羽が飛び出した。
「い゛っ゛ぁ゛あ゛あ゛ぁ゛ッ!?」
とてつもない劇痛に獣めいた叫びをあげ、よろめくアスカ、しかしフォニックゲインの注入は止まらない。
――なにこれ!?なにこれ!?なにこれ!?
しかしアスカの体を包んだのは劇痛だけではなかった、何か穏やかな気持ちが胸の奥から沸きだし困惑する。
――ああ、これは歌だ……これは……
その正体は歌、フォニックゲインにより復元された歌。
――翼さんの、天羽々斬の歌だ。
そしてフォニックゲインの注入が止まった時、アスカの姿が光に包まれ。
現れたのは『エクスドライブ状態』の様な『天使の鎧』を纏ったアスカだった。
「実験は、成功だ」
注入したハズのフォニックゲインは倍以上に増幅して貯蔵され、余剰分は溢れ出て金色の粒子となって舞い散る。
神々しき光を纏い、羽を広げた純白の姿はまさに『天使』そのもので――。
――なにこれ!?一体どうすればいいのッ!?
まさに神話の天使に見えるアスカを有り難そうに崇める職員達に、当の本人は超困惑した。
「ああ……主よ、どうか我らを導きたまえ――」
特に宗教に関しては熱心な職員がまるで神の使いを見るような目でアスカに問いかける。
――えっなんか言わなきゃダメ!?
周囲も何か期待している様子、アスカは期待を裏切れない少女(アホ)だ。
「……過ぎた時は戻らず、希望はいつでも未来にある、なら希望を得るには……今を生きるしかない、構わずに進め(Dead_or_Alive_and_Go)」
パニックのあまり、アスカは極めてテクニカルなセリフで微笑むしかなかった。
「おおおお!」
やたらと熱気が渦巻く実験室、何やら複雑な面持ちで見つめるマリア、微笑みの内心困惑しかないアスカ。
その日、さらなる勘違いを深めつつ、駄天使は舞い降りた。