立花響にとって、真琴明日歌の帰還は素直に嬉しいものであった。
キャロルとの戦い、そして父との再会で少しばかり沈んでいた心が癒された。
思い返せば、それほど長い付き合いではない、それに深い付き合いでもない、けれど大切な仲間であり、立花響がここまで強くなれた理由の一端でもある。
信じる事、ただ守る事だけでなく、守られる事の大切さを教えてくれたのは他でもないアスカだ。
「アスカさん、いっつも勝手に一人で突っ走っていくし……きちんと説明はしてくれないからなぁ」
ただし反面教師的な形だ。
そう、今までのアスカの言動を思い返せば、意味深・テクニカル・勘違いされる様な言動ばかり。
おまけにそれを真に受ける翼に状況が引っ張られる事がとても多い。
信じてもいいけど、言葉を真に受けると大体ロクな事にならない、櫻井了子、もといフィーネが言う「バラルの呪詛」という相互理解を妨げる呪いの様に、本当に言葉だけじゃ伝わらない様な人間、それが真琴明日歌だ。
おかげで少しばかり立花響は大人に……と言うほどではないが、若干聞き分けや割り切りがよくなってしまった。
「とりあえずお父さんの件は殴って手打ちにして後はお母さんに任せ……いや殴っちゃダメかも、お父さんヒョロヒョロだし……」
分かり合う為には言葉だけではなく知識やどうしようもなくなった時の武力も必要、フロンティア事変までを振り返り、ただ手を繋ぐだけではどうしようもならなかった「裁定者」の様な相手の事を考える。
「それでも、だとしても……」
心が通じるのなら手を伸ばす事を諦めたくない、フィーネの時の様に、マリア達の時の様に、分かり合う事を諦めたくはない。
何も決して、諦めるものか。
奇跡の様に帰ってきた彼女を思いながら、覚悟を改めて。
◆◆◆◆
時は過去に遡る。
まだ明日歌が幼かった頃の話、彼女がイカロスと一つであった頃の話。
真琴の家は錬金術師の家だった、今となっては多くを知る者は「二人」だけとなってしまったが。
ある意味、最も真理へと近づいた錬金術師の家系だった。
「それで、娘の中の聖遺物は取り除けるのかしら?」
「2割程だな、はっきり言って中身が何なのかわからない以上下手に手出しは出来ない」
「あなた程の錬金術師がそう言うなら、どうしようもないのね」
「完全に肉と混ざってしまってるからな、死体ならまだしも生体の成分分解などしようものなら死ぬ、だろうな」
錬金術師、というのはあまり交流を持つ事はない。
だが偶然にも縁があった、真琴明日歌の母である明日菜の姉である明日葉がキャロルと偶然にも関わりを得た。
そうして、明日葉経由で明日歌の症状を知り、報酬と引き換えに手を貸す事にしたキャロルだったが、あまりにも手の出し様のない状態に頭を抱えた。
だが、永くを生き、多くを知る錬金術師という自信がここで引く事を拒んだ。
「だが、聖遺物に負けない程の体を与えてやればいい、そうすればあの娘は生きられる」
まだ実践には移していない構想の段階だが、地球のレイラインを使えば人間一人の肉体をより上位のモノに変える事が出来るかもしれない。
その事を明日菜に伝えた。
それが運命を、彼女を狂わせてしまった。
真琴明日菜はこの地のレイラインについて多くを知っていた、それが神の力へ至る、道であるという事も。
そして錬金術の到達点の一つ「賢者の石」を作る手段をも不完全ながら真琴の家は確立していた。
それは「無垢なる胎児」を使った外法の禁術である。
キャロルがそれに気付いた時、すでに事態は取り返しのつかない場所まで来ていた。
レイライン周辺の人間、数十万人を生贄としエネルギーへと変換し、真琴明日歌に埋め込んだ賢者の石を核として神の力を手にする。
その計画が実行されれば確かに真琴明日歌は助かるかもしれない、だが多くの人命が奪われ、レイラインは大きく破壊され地球全体が崩壊する可能性さえある、そして何よりも。
万象黙示録を完成させる事ができなくなる、故にそれを止めようとした真琴明日葉に手を貸し、己自身もファウストローブを纏い、アルカノイズを操り、真琴明日菜とその夫を討った。
そして真琴明日歌には両親はノイズに襲われて死んだと、伝えた。
自分の錬金術が、父のくれた錬金術が悪魔の力として、罪の無い少女の運命を狂わせた事に、酷い罪悪感と自己嫌悪を感じない事もなかった。
だからキャロル・マールス・ディーンハイムは真琴明日歌に出来る限りの処置をして、逃げ出した。
それが、全ての始まり。
彼女の気まぐれめいた過去の情けが、残酷な奇跡となって、今、形を得た。