人の上には立てない。
―斎佳宏―
三両編成とアナウンスが鳴ってからも丹生谷が動くことはなかった。
バレるくらいなら、というやつか。
一人で納得して、俺は遅れてきた電車に乗る……、素振りをせず、またベンチに座った。
ちら、と横目で丹生谷を見ると、かなり動揺している。
ほら、早く来いよ、と言いたいところだが、俺はそこまでSじゃない。
落し物を届けないとな。
普段なら女子に近づいたりしないが今の俺には、落し物を届ける義務がある。
俺は立ち上がり、少しずつ丹生谷との距離を詰める。
そして、我関せずとばかりに、棒立ちしている丹生谷に声をかけた。
「あの、さっき落としましたよ」
俺はそう言うと、丹生谷が落とした『生徒手帳』を渡した。
もちろん、開いた状態で。
「なっ……」
言葉に詰る丹生谷。
固まってしまって、受け取ろうとしない。俺は仕方なく、促した。
「おい、受け取らないのか?……モリサマー」
2度目だが、そこまでSではない。
「だ、誰のこと? 私の名前は鈴木カトリーヌだけど?」
どれだけ動揺しているのか分からないが、語尾を上げ気味に裏声で誤魔化そうとしていた。
三度目だが、俺はそこまでSじゃないので、記憶にある限りの闇聖典の内容をプレゼントしよう。
「マビノギオン七色の写本、第三章一節――」
「やーめーてー!」
よほど辛いのか、ホームで転がり始めた。
……なるほど。これが防衛機制の一つ、退行か。
冷静にかつ馬鹿にして、内心で笑ってはいたがここはホームだ。
次の電車待ちの人も数人いる。
「おい、やめろモリサマー。人がいるんだから」
俺は屈んで、モリサマーに注意を促す。
「やめてー!」
「分かった、すまん丹生谷。一回落ち着け」
「……はぁはあ。比企谷!」
「なんだ、お前。俺のこと憶えてたのか」
……冨樫といい、丹生谷といい、意外と忘れられてないんだな。
いや、こいつらは忘れられないのか。
「そういえば、お前さっき冨樫って言ってたけど、もしかして富樫勇太か?」
「……なに、知ってるの?」
丹生谷はさっきの悶え方も恥ずかしいと気がついたのか、顔が赤い。
「ああ、お前と同じ中二病だったぞ。天才系じゃなかったけど――」
「やめてって言ってるでしょ! 次言ったら呪い殺すわよ」
呪い殺す、ってやっぱりまだ……。
口に出せば呪い殺され(笑)てしまうので、思うにとどめる。
次の言葉を出そうとした所で、電車が到着した。
どうやら、丹生谷のおかげでアナウンスさえ聞こえなかったようだ。
ほとんど俺のせいだけど。
降車する人を待ち、乗り込んだ。
するとすぐに丹生谷は俺から離れていく。
「じゃ、ばいばい。もう会うことはないだろうけど」
「おう、じゃあな」
× × ×
丹生谷が違う車両に移動してから、俺は一人で電車に揺られていた。
次は――、とアナウンスが流れ、いつもの駅につく。
改札を出て、駅の西口に向かう。
駅から出たところで、時間を確認するために、暇つぶし機能付き目覚まし時計を取り出した。
だが、手を滑らせてしまい硬いコンクリートの地面に落としてしまった。
すぐに拾い上げようと屈むと視界の端に、人影が映った。するとそのまま手が出てきて、俺よりも先にスマホを拾い上げた。
細く伸びた綺麗な白い腕で、その人とは向かい合うような形になった。
「すみません、ありがとう――」
「いえ、当たり前のことを――」
お互いに顔をみて固まった。
ほらな、フラグは回収されるんだ。
だがいつまでもそうしている訳にもいかない。
そして互いを確認するように呟いた。
「……ニブタニ」
「……ヒキタニ」
あまりアニメは見ないけど、ガウリールドロップアウト面白い。