やっとこさ異変開幕ですね…しっかり纏めようとすると日数がかかっていけない。
この物語は前回に続く激しい場面転換、唐突な新規登場人物(チョイ役)、稚拙な文章、厨二マインド全開でお送りしています。
それでも読んで下さる方は、ゆっくりしていってね。
♦︎ 洩矢諏訪子 ♦︎
空は快晴、秋の紅葉生い茂る守矢神社の境内には、妖怪の山に住まう妖怪達が見事な統率で以って私達に傅いていた。神の座す山の頂上で、利を齎され知を供与された天狗と河童の大部隊が集結する。
『今日この日…私は諸君等が起ってくれた事を、心から感謝している。そして後の幻想郷に、妖怪の山は此処に在りと末永く語り継がせる為に…我等守谷の三柱も共に戦うと誓おう』
静寂な空気の中、神奈子だけが独りでに口を開く。真っ当な産まれの神だけあって…背に後光を纏っているとさえ錯覚させる姿は、紡がれる言葉にカタチ無き力を伴わせた。
『神、妖怪、幻想に産まれ天地人に跋扈した我々は、今や外の世界で本来の威厳と畏敬を忘れ去られた過去の遺物。しかし、しかしだーーーッ!!』
神奈子は感情を乗せて、此処に集った誰もが抱く一つの意思を代弁する。凄烈で偽りの無い声の調は…ともすれば民衆を扇動する政敵の如く血気に溢れ、同時に民の労を慰る君主にも似ていた。
『我々は生きている! 決して終わってなどいない! ただ住処が変わり、時代が変わり、世界の在り様が変わっただけだ! 我々の為すべきは人間の信仰と畏怖を糧としながら、永劫変わらぬ崇敬と力を…己が存在を確たる物とする事!!』
幻想郷は私達を受け入れてくれた。そのままで良い…変わらなくて良い。ただ産まれ出でたままの誇りを胸に、自らの生を謳歌せよと…其処に神も妖怪も人間も関係無い。貴賎無く、萎縮せず、楽園でただ一つの掟である共存共栄の下に生き様を示せと…私だって、そのつもりだ。
『だが、それだけでは足りぬ! 神は、妖怪は、人に近く在りて尚最も敬われ恐れられるべきだと私は思う! これは蜂起ではない! 時の流れに埋没し失われた皆の、我等の、真の強さと尊さを取り戻す戦いだ! 我々の行いを異変と呼ぶならば是非も無い…ならばッッ!!』
我こそは天の意思…幻想に係るも其を導く者。そう高らかに表す様に拳を掲げ、万感の一声を同胞に浴びせる。
『我は! 八坂神奈子は! 幻想郷の果てから果てへ諸君等の威を轟かせ、妖怪の山と呼び捨てられたこの地が! 何よりも神々しく、美しく、此処に住む我々の何たるかを知らしめたいのだッッ!! だからこそ友よーーーー』
掲げた拳は宙で解かれ、再臨せし神は掌に天を収め宣言する。今こそ再誕の時…信仰、恐れ、何方も人間の魂に灯される心の火は、私達にこそ注がれるモノと。
『起ち上がれーーーーッッ!!!』
『『『『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおーーーーーーッッッッ!!!!』』』』
膝を付いていた者皆が一斉に立ち剣を掲げ、互いの盾を打ち鳴らし、槍を携え、弓も銃も、何だかよく分からない武器すら軒並み手にして咆哮を上げる。
神奈子は哮り叫ぶ同胞を、突き上げた掌の一振りで制すると、不敵な笑みを一層深くして指示を加えた。
『有難し……総員、持ち場に付け!! 解散!!』
最後の言葉に合わせて、私達を除く全ての同胞がその場から走り、飛翔して去って行った。閑散とした境内を暫し見届けて…漸くといった風に溜息を漏らした神奈子は、私と早苗に振り返りニッカリと笑う。
『いやぁー…ちょっと大袈裟だったかね? 神様らしくやろうとすると、昔を思い出してどうしても煽り過ぎてしまうよ』
『そんな事無いんじゃない? 寧ろ気迫たっぷりで送り出した方が、ヘマして倒れる奴は少なくなるよ』
軽々しく交わされる私達の会話に対して、早苗は双眸を輝かせて惜しみ無い拍手で迎え…興奮と感動を目一杯に答える。
『素晴らしいです!! 演説に思わず私も飛び出しちゃうところでした!! 神奈子様はやっぱり、偉大な軍神様です!!』
『うひひ、そうかい? そう言われると鼻が高いよ! 諏訪子も、今日までありがとうな!』
『何言ってるのさ、本番はこれからだよ! 私と早苗は此処を最後の防衛線として残るけど…神奈子は行くんだろ?』
神奈子は照れ臭そうに髪を掻き上げて、腕組みをして空を見上げる。視線を彷徨わせる軍神は、嘗て己を赤子同然に打ち負かした相手に何を想うのか。
『ああ…可笑しいな、またも児戯と遇らわれるのではと臆病風も吹いている訳では無い。武者震い…いや、やはりそれとも違うな』
纏まりの無い独り言は、誰に反応を求めるモノでも無い。私には分かるよ…腹が据わったんだ。ただ迫り来る強敵に想いを馳せた故に、歓喜と恐怖に浮き足立つ筈だった己に知れず打ち克ったのだろう。
『そんだけ落ち着いてりゃ大丈夫だよ! 深竜に勝ったら、祝杯あげようよ! 負けたらヤケ酒だ!』
『どっちにしても飲むんじゃないですか!? 酒代だって馬鹿にならないんですから、自重して下さい!』
『あうー…』
お財布事情は早苗に握られてるから、こりゃ本当に勝たないと飲めないね。神奈子は微笑みを浮かべ、背に備えた御柱を揺らして身を翻す。
『勝ったら飲むぞ! 戦勝記念は盛大にやるのが基本だ! なぁに…幻想郷の覇権を握れば、金や物資は意のままさ。少しくらい贅沢したって罰は当たらない、神が言うんだから間違いないよ! それじゃ』
神妙な表情から一転…何時もの不敵な笑みを取り戻してその場から緩やかに飛翔し、振り向く事無く堂々と…八百万の軍神が出陣する。
『ーーーーいざ、参るッ!!』
♦︎ 博麗霊夢 ♦︎
妖怪の山から、早朝から或る声明が発表された。
《博麗神社に告ぐ 速やかに営業を停止し 守矢神社の分社として名を改め 博麗の巫女は即時降伏せよ 山の神、八坂神奈子》
『馬鹿丸出しじゃないの、下らない…会ったことも無い神様の言い分に従うわけ無いでしょ』
『その通りだな! しかし今回は天狗も巻き込んでの騒ぎか…山の道中は烏と狼と河童でごった返してるぜ、きっと』
『コウ様は、約束が有るそうで此方には来られないそうよ…尤も、貴女達のやる事は変わらないけれど』
博麗神社の境内に再び揃った魔理沙と紫は、それぞれが好き勝手に今回の異変に物申している。
参加しないのにやる気出してる紫を見ると、他人事で気が楽ねと文句の一つも言いたいが…管理者としては幻想郷の根幹を揺るがしかねない事態は見過ごせないわよね。
『どうしたんだ? 紫の奴』
『あいつに断られて傷心なのよ。代わりにやる気三割り増しで暑苦しい』
『そこ! もっとしゃんとしなさい! そろそろ向かうんでしょ!?』
紫の呼びかけは、珍しく九皐から断ったらしい。
あいつが出てくれば異変は早めに終わるだろうから楽出来るだろうけど…これからはそれじゃ駄目なんだ。
私は元からそんな積もりは無かったのに、気付いたらあいつの働きは異変解決で当たり前のモノになってた。単に強いってだけじゃない…本人の人柄や幻想郷を愛すればこその行動を、いつの間にか当然の様に受け入れていた。
『だから、私も柄にも無く修業なんて始めたのね…』
『なんだ? 始まる前からビビったのか?』
『んな訳無いでしょ! ほら、さっさと行くわよ!』
境内から視界に捉えた妖怪の山へ向かって、全速力で飛翔する。魔理沙も遅れずに付いて来る姿は、まるで最初の紅霧異変の時の焼き直しみたい。
前と違うのは…波風立たなかった自分の心に変化が起きた事。だから、お互いに強くなる道をそれぞれ模索し始めた…魔理沙も私も、今と昔じゃ考えも状況も違う。
一つだけ変わらないのは…異変解決を役割として与えられた責任感というか、覚悟に似た感情。どんな内容であれ、私達に後退はあり得ない。
『昨日は引き分けたけど、今日はどっちが先に解決するか競走だ!』
『全くあんたは…そういう所は変わらないんだから!』
最初からそうだった。異変と呼べない小さな諍いや騒ぎでも聞き付けると魔理沙は誰より早く駆けつけようとする…人と妖の間に立って双方の為に奔走する彼女を、私は親友として誇らしくも羨ましく感じた。
真っ直ぐで、聞き分けが無い、ほんの少しの魔力以外何も持たなかった彼女が…自分よりどれだけ多くのモノを積み重ねて来たかを知っている。
『…だから、紫にも認められたのかもね』
『なんだー!? 風が強くて聞こえないぜ!!』
あんたはそのままで良いって話よ。何処までも突っ走りなさい…私も同じ場所に居るだろうし、あんた一人に任せると不安だもの。
『さて、もうじき着くわよ! 気合い入れて解決といこうじゃない!』
『おう! 私達が一番乗りだ!!』
目的地に危なげなく入ると、異変とは別に朱と紅の混じる景色の情緒に魅入られてしまう。
一番手薄そうな場所に私は入り、魔理沙は直前に何やら興味の惹かれる物を見つけたらしく空で別れた。
『さてと…いるんでしょ? 出て来なさい』
和やかさに隠された気配の主に呼び掛ける。さっきからそよぐ風と落ち葉の音に紛れて、鷹の目じみた鋭い視線を私に放っていた。
『あやや…これは失礼しました。何分、近頃はあんまり機嫌が良くなくて…昼寝を邪魔されますとどうしても気配がキツくなると言いますか』
『相変わらずバレる嘘つくのが得意ね…で? 文、これからどうするの?』
問いに応えるより先に、射命丸文は空を見上げていた。その表情は何処か虚ろで…世を儚む行者かと見紛う静謐さを湛える。
『そうですね…その質問に答える前に、私から伺っても宜しいですか?』
『……ええ、言ってみなさい』
跳ね除ける気には、不思議となれなかった。
横顔の怜悧さに圧されたんじゃない…此方が譲らなければ、危ういと直感したのと。これまでの彼女からは感じた事の無い懊悩を垣間見たから。
『ありがとうございます。聞きたいのはですね…私達天狗の事なんですよ』
『それで?』
『ええ…難儀な話でして。なまじ長生きな上に長らく好き勝手やって来ましたが、私にも断り辛い命令の一つや二つ有るんですよ。例えば、今回の異変とか天狗と河童はやる気満々で…私は全然ですが、平時には使わない立場や肩書きなんかが今は凄くーーーー苦しくて』
望む望まざるに関わらず、文は此処にいるってことか。
しょぼくれた姿は珍しいけど…何より声色から心底うんざりしているのが伝わってくる。
『天狗はガチガチの縦社会です。上には媚び諂い、下には幅を利かせる…ですが、そんな惨めったらしい組織にも意味は有る。少なくとも、平和ではいられる』
『…ある程度の秩序は必要よね。混沌としてるのも、別の視点では楽しいかもだけど』
『其処がまた、堪らなくむず痒いのよ…私はーーーー』
文の周囲に、風が集まっている…そろそろ、愚痴聞きも終わりになるか。私の成す事柄は変わらないが、自由を貴び、規則や仕来りに沿わざるを得ない天狗として生まれたこいつには…少しだけ同情してしまった。
『命令には気乗りしてない、かと言って反故にも出来ない。落とし所は、指示を遂行しつつ胸に蟠る憂さを晴らすことーーーーさっきの質問に答えましょう』
吹き荒れ始めた風は、やがて濁流とも例えられる乱れた気流を形成する。宙を舞う紅葉が、文の周囲へ集まる風に触れた途端…跡形も無く細切れに切り裂かれた。
『手加減してあげるから、本気でかかって来なさい』
『返答どうも。あと…手加減なんて余裕、あんたに有るとは思わないで頂戴』
♦︎ 九皐 ♦︎
朝の日差し眩しく、華やかなりし楽園に私は居る。見上げた先に映るは…唯一つの目的地、八坂神奈子の待つ場所。
『山の中腹に…待つか』
想外なのは、山の入り口付近に戦力が確認出来ない事。踏み入る者を退けると謳う妖怪の山にしては、各侵入経路は不気味な程開け放たれている。
山間に感じられる大きな気配が四つ、五つと何合目かに渡って分散され、内二つは守谷神社を動かず…其処に近い場所で最も大きな力が一つ。
『見られている、今か今かと』
そう焦るな八坂神奈子…直ぐに逢える。早朝の紫の話からすれば、時間的に霊夢と魔理沙は既に山に入っている筈だ。
証拠に慣れた気配が二つ、山の三合目程でより強い波を伝えてくれる。相手が誰か、は問題では無い…此度私の為すべきは八坂神奈子との再戦のみ、後は二人に委ねるが上策として行動を開始した。
『解析完了、座標固定』
空間に不自然に開いた孔が、自動で私の身体を包み込む。丸い暗がりの先に待ち構える幾多もの妖気は、現れるだろう私にどの様な持て成しをしてくれるのか。
『先ずは露払いだ。霊夢と魔理沙の途上に、余計な戦いは必要無い』
神の軍勢とは大仰だが、翼有る天狗、剣と盾を構えた白狼の群れ、奇妙な絡繰を背負った小柄な者…数えて凡そ百。
八坂神奈子より前に陣取った連中は、鬼気迫る剣幕で私を睨み付けた。
『白狼天狗、総員抜剣。河童援護部隊、構え!!』
空に漂う鴉の一団が号令と共に武器の砲頭を、鋒を向けて来る。狼は剣と槍で一斉に跳び掛かり、後方から絡繰による弾幕と、鴉の操る妖力が旋風を巻き起こした。
其れ等を無視しようとも、武器の先端は肌も通さず弾かれる。五体に刻まれる筈だった傷は残されず武具は歪み、旋風はただ身を撫ぜる大気の流れと同じ。弾幕は私の放つ力の奔流だけで効果を失い、霞の如く消え去った。
『ーーーーッ!?』
僅か数瞬の間に仕掛けられた攻撃は、想定していた対象を大きく上回る存在には無意味。溢れる銀の深淵が、緩慢な速度で歩く度に眼前の部隊を軒並み竦ませる。
『如何した…伊吹との一件で私に不平を持つ者も居るだろう。遠慮は要らん』
言葉は、時に剣よりも鋭く突き刺さる。侮蔑も嘲笑も無く、淡々と問い返す独りの化外に、山の勇士達は戦慄を露わにした。
『やはり貴様はバケモノだ…鬼を討ち神さえも冒涜するその力、誠に度し難い…!』
一匹の鴉が何事かを呟くと、私を除いた誰もが肯定の意を示す。信仰と盲信を履き違え、利に眩んだ眼に理を捉える事は出来ないと言うのに…咎は有らずとも憐憫が絶えない。
『……度し難いか、では何とする』
『知れたこと…ッ! 神奈子殿を待たず、死力を以って討ち取るまでーーーーッッ!!』
『ーーーーーそれで良い』
号令が発せられ、私へ疾駆する鴉が二十、衝撃を予見して備える白狼が五十…後方で援護すべく絡繰を再度動かした小柄な者達が三十。締めて百の勇士達が、私という外敵に無数の攻撃を繰り出した。
『数の差とは、双方が拮抗するからこそ有効なのだ』
身体を覆う銀の波濤が、ただの一つも我が身への干渉を許さず寄せ付けない。斉射される妖弾は幾度と無く霧散し、風は未だ涼しげなまま…怒り狂う形相の烏合の衆は斬りかかるが触れられず、疲労だけを蓄積させる。
棒立ちのまま待つこと二分。正確に刻んだ時を数え飽きた頃、固まった陣形の奥から先程言葉を交わした天狗が総軍を呼び戻した。
『これ以上の攻勢は無駄だ。今より、お前達は手を出してはならぬ』
痺れを切らした部隊の頭目が、豪奢な身形に違わぬ物言いで制する。その鴉天狗は前屈みの姿勢と右手に引き絞った手刀の照準を私へ定め、体内に押し留めた妖力を限界まで練り上げて行く。
何処かで見た事の有る型だが、鬼との縁が深い天狗ならではと言うべきか。伊吹が私と対峙した時に見せた《三歩壊廃》なる奥義と少しばかり手順が似ていた。
密度を高めた妖気は右腕に余さず収束され、爆発寸前の力の塊が確かな殺意を持って解き放たれる。
『はあああああああッッ!!』
『うむ…決死の覚悟は評価する。が、動きが鈍い』
一番槍として迫った鴉天狗の一体が、突き出した手刀に堰を切った妖力が渾身の意気を伴わせる。私は遅々とした感覚で見下げた攻撃を敢えて躱さず、両手を広げてソレを受け入れた。
『ーーーーーーーーぐっ!?』
『言った筈だ…動きが鈍い、速度が足りぬ。故に穿つ力が決定的に欠けている』
左胸を貫くと目論んだ手刀は、さして厚くも無い胸板の皮膚だけで押し返された。代償として手首はあらぬ方向へ折れ曲り、反動で砕けた骨が指の肉を内側から傷付けたらしい。
『肉を裂く感触も無かった…文字通り皮一枚に押し負けて、私の手はこの様か…ッッ!!!』
膝を付き、打ち拉がれる天狗の顔は窺えない。
分かるのは噛み殺した嗚咽、豪奢な身形を土に汚しても構わず地に堕ちた…この中で最も力有る
『世辞は言うまい、弱いぞ《
吐き捨てる様に告げた言葉に、集った者共は肩を落とす。身体から力が抜け切り、弛緩した手元は武器を捨てさせ…諦念と絶望の負が私の体内に滔々と吸収される。
詰まる所…一切の反撃もせず百名の部隊を無力化し、天狗の長たる名も知らぬ天魔に勝利した。最初に同じく緩慢な足取りで山の中腹を目指して歩き出せば、口惜しさと涙に崩れた九十九の顔が私を見届ける。
『ーーーー出直せ。無様に負け果せたと涙するなら、天狗の誇りとやらに懸けて…また何時でも挑みに来い』
言いたい事は言い終えた。
追う者は皆無、慟哭と敗北に浸る者百。山を行き、再戦の誓いを果たすべく登る私が独り…僅か五分、五分で山の最前線は決壊した。
後方では四つの気配が打つかり合っている。寄り道した甲斐も有って、山の半分を踏破するまでの道程は一度の邪魔も入らない。
辿り着いたのは、山間の所々を比べても稀有な開かれた場所。乾燥した風と紅葉の舞い散る朱の景色に…彼女は居た。
『ーーーー久方振りだな、深竜。約束の時だ』
『待った甲斐が有った。幾星霜の昔からは、信じられぬ程良い顔付きとなったな…八坂神奈子』
勇み足で挑み掛かって来た、あの時の軍神はもう居ない。泰然として揺るぎ無い心身は、以前よりも神々しく美しい。正に神たるは我と表した八坂神奈子に、私は喜悦を隠せない。
『そうか、待っていてくれたか…ならば私は幸運だ。幾年月を経ても貴様を忘れなかった。次こそは、次こそはと、自分なりに精進して来たよ』
『待たされるのは嫌いでは無い。物事には機が有る…刻んだ縁とは気紛れの一言だが、歯車が噛み合えば只素晴らしい。君との出逢いも例外では無い』
袖擦り合った縁も業も、神や竜とて変わらない。彼女は再戦を望み、雌伏の時をどれだけ超えたかが分かる。
『可笑しな話だ…つい昨日まで、貴様の真の名も知らなかったよ。改めて聞かせて欲しい…汝は誰ぞ』
『ーーーー我は深竜・九皐。神代の折、八坂なる軍神に土を付けた…深淵の主なれば』
仰々しい名乗りと共に、私と彼女は気を昂らせる。
彼女の背に控えた鉄柱は重々しく唸り、先端に私を捉えている。対して我は、在りし日と同じく構えも無く徒手にて応えた。
『山の神、守谷に降りし我こそは八坂神奈子。この名、汝の敗北の暁には刻んで逝け…』
『我は逝かぬ、神もまた死せず。心行くまで踊り狂おう…それが君の願いなら』
殺し合いでは無い、憎しみも悲しみも無い。互いの存在を確かめ合う為の戦いの火蓋が切られる。
『神に願いを問うかーーーーやはり貴様は、何にも代え難い宿敵だッッ!!!』
彼女との距離は一瞬にして詰められる。疾く、重い鉄柱の一振りが右腕に押し止められ…正真正銘、神代の闘争が幕開けた。
『勝つのは私だーーーーッッッ!!!!』
『その意気や良し…命を賭して掛かって来い』
♦︎ 霧雨魔理沙 ♦︎
山の何合目か、三つ、四つ位のデカい力同士がドンパチやり始めた。一方は静かだが鋭く、片割れが霊夢だと知ると不安も無い。だが、もう一方はヤバいの一言だ…戦闘に於ける凡ゆる面が集約された山の中腹は、正しく闘争の渦と言って良い。
『こりゃあアイツだーーーーコウだな、間違い無い』
箒に乗って、山の横側から侵入した私は、降り立った場所からビリビリ伝わってくる規格外の現象を感知した。
山の顔とも言える表側の中腹で、無尽蔵とも取れる魔力の流れとソレに対峙する清らかなるも凄烈な力が鎬を削っている。
紫の話では神様が二人、異変の首謀者として関わっているらしいが、あの澄んだ闘気みたいなのが神の発するモノなら…神力と呼ぶのが妥当だな。
『で? 盟友さんは行かないの?』
『彼処にか? 冗談じゃ無いぜ! 異変起こした神様ってのはもう一人居るんだろう? 私はそっちを倒す!』
問いを投げたのは、先程見かけて不意打ち気味に倒した河童の少女。側頭部に結った髪と、背負った緑っぽいリュックがイケてる可愛らしい見た目の…名前は、名前は。
『ガマシロヒトリ!』
『河城《かわしろ》にとり!! ワザとか!? ワザとでしょ!? 幾ら盟友だからって失礼だぞ!』
『あ、悪いな…別の事考えててうろ覚えだったわ』
川辺に聳える岩の上にどっかりと座ったにとりは、何とも不満気な表情で見返している。しょうがないだろ! 私だって気もそぞろで流し聞きする事くらい有る!
『もう…せっかく内緒で守矢神社に安全に行く方法を教えてあげようと思ってたのに』
『マジで!? 悪かったよにとりー、怒んなよー』
『うわ!? ちょ、急にベタベタ触らないでよ! 擦り寄るならきゅうり寄越せよ!』
今持ってる訳無いだろきゅうりなんて…河童だからきゅうりって好物が安直過ぎんだよコイツは。そんな思案を他所に、私を突き離したにとりは突如として微笑を浮かべる。
『にひひ』
『なんだ急に? きゅうり切れか?』
『何よきゅうり切れって…そんなんで笑い出したら頭おかしい奴みたいじゃない』
河童の皿だけに、か? いや、辞めておこう…我ながら薄ら寒い。自爆して血の気が失せた私に、にとりは改めて話し掛けて来た。
『そうじゃなくてさ…嬉しいなって』
『嬉しい?』
『うん…人里の人間も魔理沙みたいなのも含めて、もうとっくに妖怪の山に住む私達の事忘れてると思ってた。ほら、此処って閉鎖的でしょ? 特に河童は昔から人間と交流が深かったから、いざ引き篭もると中々盟友とは遊べなくて。だからかなぁ…異変手伝ってまで関わろうとして』
何だ…そんな事か。忘れちゃいないさ、何せ人里には幻想郷の歴史を記した書籍やら文献なんて何処にでも売ってる。夥しい量の歴史本には、当然河童や天狗の名前や似顔絵も描いてある…けど、それだけじゃ無いんだろうな。
『私達の生態とかじゃなくて…人間とどういう風に暮らしてきたか、覚えてる奴はそうそう残ってないよ。天狗もさ、自分達がどれくらい人間と近かったかを忘れてないんだ…引き篭もったのは自分達なのに、虫の良い話だよね』
『………そんな事無いぜ』
気分が乗らなきゃ他人に逢いたく無いなんて、誰しも有るさ。妖怪と人間じゃそこら辺の時間の感覚がズレてるだけで、何もおかしい話じゃない。
『これからだろ』
『え?』
『まだ始まったばかりじゃないか! 少なくとも、私はもうお前と友達の積もりだ! だったらこれから、飽き飽きする程一緒に遊べば良いのさ!』
『ーーーーーーうん、そうだね!』
私の言葉に、にとりは暫く呆けた後…満面の笑みで頷いた。さて、私もそろそろ行かなきゃな…図らずも新しい友達が出来たし、今日の私はとても運が良い。
『もう行くの?』
『ああ! 神様倒して、さっさと宴会始めなきゃいけないからな! 全員強制参加だから、にとりも逃げんなよ!?』
『えへへ…逃げないよ! 終わったら宴会ね、分かった! 仲間にも伝えておくから。あ、守矢神社に行くならこの先を真っ直ぐだよ! 一番手薄だから突破も楽でしょ』
それは良い事を聞いた、距離を考えれば箒でひとっ飛びすればものの数分で守矢神社まで行ける。山の陣営からすればにとりの行動は裏切りだが、人間と山の関係を想う気持ちを汲んで肖るのが手っ取り早いな! 私達が解決すれば全部チャラに出来る、そう思い込むとする!
箒に跨り、別れの挨拶代わりに手を振ってにとりの居た川辺を後にした。話してくれた通り、進む道には警備の目も無く山の誰もが表の激戦区へ出ている様だ…悪いな霊夢! 一足先に守矢神社に迫撃するぜ!
山道に敷かれた階段を飛翔し、其処にも天狗や河童は見当たらなかった。しかし…神社の境内に一つ、山の中腹で感じた神力とはこれまた違う不気味な気配を見つけた。
『おや? お客人かい? てっきり博麗の巫女が最初に来ると思ったけど…当てが外れたよ』
『ーーーーあー、そりゃアレだ。霊夢はこの後来るから、アンタを前座にするって話だろ』
『私じゃなくて、あんたが前座でしょ? 魔法使い』
ヤッベェよ何だこいつ…私が言えた事じゃ無いが、見た目は変な帽子被ったちんちくりんの少女なのに纏ってる神力が半端無い。奴を起点に境内に満ちる神力が泥沼みたいに淀んでやがる…これは間違い無い、アタリだぜ。
『神様にも色々いるんだな…山の真ん中で感じた奴は嵐みたいに激しかったが、アンタは違うな。べっとりとしてて、カエルみたいだ』
『私が、蛙? ふ、ふははーーーーあっはっはっはっはっは!!』
何だこの神、怒るどころか笑ってるよ…それだけに不可解かつ気味が悪い。的外れだが口汚い挑発にビクともしない、言うなれば…悪い神様か邪神と喋ってる気分だ。
『ハズレかなー、私は洩矢諏訪子。この神社の神様の片割れさ…もう片方の神奈子は天災と恩恵の神、私は地災と豊穣担当よ。と言っても、昔は祟りとかが専門だったけどねー』
よりにもよって祟りかよ! こいつ本当はロクでもない神なんじゃないか? まあ、帯びてる神気が格とか性質とかを物語ってるが…にしたって只者じゃないとしか言えないな。
『はっ…神様倒すのも楽じゃねえなーーーー!!』
『当たり前よ、神は人の信仰から恵みを与えるけれど…時には試練や罰も齎らす。ほいじゃ、神遊びと行こうじゃないかーーーーッッ!!!』
相変わらずコウは棒立ち多いですね。天魔様には可哀想な事をしましたが、主人公の実力を鑑みると山が無くなってしまいますので…自重です。
魔理沙は友達増やすのが得意なフレンズなんだねっ!
きっと彼女がいる事で上手く回る事態は多い事でしょう。その裏で霊夢や主人公が好き勝手やってしまうのが悲しいですが…。
戦闘回は次回に持ち越しですが、霊夢と魔理沙には秘策やら新たな技が備わっています。
長くなりましたが最後まで読んで下さった方、誠にありがとうございます!