彼は幻想を愛している   作:ねんねんころり

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遅れまして、ねんねんころりです。
不定期な更新でまことにすいません!
見つけられた方、続けて読んでくださっている皆様、今回は厨二ズム全開の戦闘回となっております!
胸焼けとご都合展開に気をつけて、ゆっくりしていってね。


第八章 四 大いなる試練

♦︎ 雲居 一輪 ♦︎

 

 

 

 

 

「雲山ッ!!」

 

「オルルルルラララララィィッ!!」

 

私の指示に躊躇い無く吶喊する相棒は、桜色がかった雲で作られた両腕を豪雨の如く打ち出して行く。無数の千切れ雲のように腕から分離した雲達が、弾丸じみた速度を伴って対峙する三者へと向かう。

 

「雲だからか!? 身体の一部を飛ばしてそのまんま弾幕にしてやがる!!」

 

「本来の雲は気体と固体、両方の性質を備えています! 攻撃の時は氷のように硬く、防御や回避の際は水や霧と同じで掴み所がありません!」

 

「水と霧と氷ね…身体の比重を細かく作り変えて攻防に使ってるってことか」

 

三人の意思疎通が時間を追う毎に良くなってきている。此方が三人を撃破する必要は無いが、私の妖力が尽きれば雲山の支援もままならない。雲山一人ではどんなに頑張っても霊夢、魔理沙、早苗の内二人を足止めするのが限度…それに。

 

「夢符――――《封魔陣》!!」

 

「ヌウッ!?」

 

「くっ…! 法輪転がせ、梵字悉曇!!」

 

霊夢が放った御札に、雲山が包囲される寸前で対抗術式を展開し何とか難を逃れた。今のように、私よりも雲山に有効な攻撃を霊夢は繰り返している。博麗の巫女の的確な戦線維持と魔理沙の陽動、早苗の奇襲という陣形は中々に厄介だ。だが退く訳にはいかない…後ろに彼が控えていることに甘えて、もし万が一計画を阻まれでもしたら全てが水の泡だ。

 

「よく保つものね…雲山、だっけ? ソイツを守る為に術を使うのは良いけれど、無効化してる訳じゃないんでしょ?」

 

「…私達は二人で一つの妖怪よ。片方だけ助かるなんて都合良くはいかないわ」

 

「……そう、良い根性してるじゃない」

 

「だな! 本当ならもっと正々堂々倒したかったけど…」

 

「異変解決の為には、此処は押し通らせて頂きます!」

 

そう言って霊夢は右手の幣を天高く掲げ、再度魔理沙の陽動と早苗の挟撃が始まる。まともにやればもう回避するだけの余力は残っていない…雲山の実体を維持するだけの妖力も底を尽きかけている――――――でも!!

 

「此処では倒れない…! もう少しだ、あとほんのちょっとで助けられるんだ――――――!!」

 

雲山を前面に押し出して、追随する形で魔理沙が向かってくる方向へ突進をかける。我武者羅に繰り出した雲山の拳と、私が生成した弾幕を躱そうとした魔理沙に一瞬の隙が生まれた。

 

「うおおっ!? 玉砕覚悟かよ!? 流石に危ないぜ!!」

 

「ここだッッ!!!」

 

「マジかよ、私の箒に飛び乗った!?」

 

三人が築き上げた鉄壁の布陣に穴が空いた。

魔理沙の箒の先端を足掛かりにして、雲山と自分の身体を押しつけながら彼女の体勢を崩す。制御の難しくなった箒の速度が少しだけ緩まった気を測って、箒に乗せた両脚を強く蹴って一段高い空へと跳躍する。

 

「包囲が破られました!?」

 

「荒っぽい打開策ね、でも好みの手よ。私も今度試そうかしら?」

 

「やめてくれよ! 折れたらどうすんだ!?」

 

賑やかしいのもこれまでだッ!! 三人の上空を取った今、残った力を振り絞って畳み掛ける!!懐に忍ばせた最後のスペルカードを抜き放ち、有りっ丈の妖力を注ぎ込んで宣言する。

 

「――――――《華麗なる親父時代》――――――ッッッ!!!!」

 

裂帛の気合と共に、背に佇む雲山の身体がもくもくと膨張し始めた。数秒と掛からず変化が終わり、相棒の体は戦っていた領空を覆い尽くすほどの巨大さを手に入れた。

 

「堕ちろ――――――ッッ!!!」

 

「オオオオオオッ!! ウララララララララァァアアアアッッ!!!」

 

怒号にも似た雲山の咆哮に合わせて、大質量の拳の雨が下方の三人を蹂躙する。高速で撃ち出される雲入道の大技に、三人は――――――怯むことは無かった。寧ろ霊夢を先頭に固く寄り集まって、魔理沙の展開した障壁が此方の第一打を受け止めた。

 

「莫迦な!?」

 

「へへ、前からの攻撃なら防ぎ易いぜ!」

 

こんな事が、あってたまるか!!

渾身の攻撃を、高々魔力で張った壁程度で捌彼らなど!! 感情に任せて連続で雲山に壁を殴りつけている間、霊夢と早苗が発する微かな声が耳に届いた。

 

「汝が子 建御名方の名を以ちて願い奉る」

 

「其は高天原に立つる神 御柱に寄りて崇め奉る」

 

真言…神に祈りを捧げ、巫女の力を触媒に神事を行う詠唱。彼の情報では、こういった神降ろしの術を持つ者は居なかった筈…となれば異変に備えて予め準備をしていたということ。

 

「させるかァァアアアアッッ!!」

 

「―――いいえ、もう詰みよ」

 

「二人で同じ詔を交互に捧げれば、発現する御業も一足飛びに早く起こります。これで――――――」

 

詠唱が止まらない…!!

私は妖力の殆どを雲山に注ぎ込んだというのに、肝心の攻撃は魔理沙が行使した壁に次々と防がれている。届かない…? もし私が倒れたら、三人が纏めて船へと押し寄せてくる。そんなこと――――――、

 

「汝が子 我らが大神 この一璽に沿うならば 氷刃荒ぶ風となりて…!!」

 

「嵐の如く裂き候へ!!」

 

「くそ、くそくそくそ!! 畜生ォォオオオオッッ!!!」

 

どれだけ虚勢を張っても、どれだけ覚悟を示しても…ヒトには生まれもっての分というモノがある。冷酷に、余りにも酷薄に表れた敗北の瞬間に…雲山と私は冷たい嵐に身体を投げ出されていった。

 

「聖……姐さん――――――」

 

 

 

 

 

 

 

「間一髪だな、雲居一輪。今は休むが良い…君が稼いだこの時を、決して無駄にはしないとも」

 

 

 

 

 

 

 

♦︎ 東風谷 早苗 ♦︎

 

 

 

 

 

 

「勝った、勝ちました!」

 

「うーん、やっぱ次からはサシの勝負にしようぜ? 弾幕ごっこで多対一は違う気がするんだぜ」

 

「分かってるわよ…ちゃんと次からは――――――って」

 

浮かべた勝利の余韻は三者三様。各々が組み立てた連携に確かな手応えを持ちつつ、やはりスペルカードルールで多勢に無勢とは華がないという結論に達した時……氷柱入り乱れる嵐に巻き上げられる雲居一輪さんを、私達の良く知る《孔》から伸びた手が抱え取った。

 

「え…そんな、どうして」

 

自分はきっと、すごく間抜けな顔をしているんだろうな。霊夢さんの口は真一文字に引き絞られ、目元に深く皺を寄せて上空の孔を凝視していた。魔理沙さんは、何かを悟ったように帽子を深く被り直して…帽子の中から一輪さんを受け止めた腕の主を見据える。

 

「間一髪だな、雲居一輪。今は休むが良い…君が稼いだこの時を、決して無駄にはしないとも」

 

――――――――幻想郷に来てから、彼のいる日常が当たり前みたいに感じていた。初めて自分をありのまま表現出来る場所で過ごす日々は、本当に楽しくて。外の世界で、曇り切ってしまった私の心に新たな色を与えてくれた…大切なヒトの一人。霊夢さん達と同じくらい大切で、私達共通のお友達だ。でも――――どうして今、見慣れた筈の黒い孔が…あそこにあるの?

 

「冗談じゃ…ないみたいね」

 

霊夢さんの声が遠い…頭が他人事のように、必要な筈の情報を故意に聞き取らないでいるんだ。だって、

 

「異変にしちゃ、随分穏便な始まり方だったから拍子抜けしてたけどさ。一体全体、何でアイツが此処で出てくんだよ?」

 

悪態にも似た刺々しさを孕んだ魔理沙さんの声。アイツ…そう呼ばれたのはきっと、あのヒトだ。すらっとした高い背丈、服の中に見え隠れする岩肌を思わせる筋骨を備えた肢体。黒髪から覗く灰銀の瞳が、虚空の孔から身を乗り出したまま私達を見ていた。

 

「――――――――九皐…さん」

 

「如何した、何を驚く必要がある? 君達は異変解決者。そして今日の私は、ソレを阻もうとする謂わば敵だ」

 

両腕に抱えた一輪さんを、自らが空けた黒い孔へと優しく沈めて…まるで私達を挑発するかの様に、そんな言葉を紡いでくる。

 

「どういうつもり? あんた」

 

「簡単な事だ。私は彼女らから報酬を出される代わりに雇われた身…なれば君達を通さぬ為に、此処へ立つのは当然ではないか?」

 

「そうじゃねえって! だから、何でお前が! そっち側に雇われてんだって聞いてんだよ!」

 

「そ、そうです! でないと異変が――――」

 

この時にはもう、私と魔理沙さんは彼の齎らす重圧に飲まれていたのでしょう。取り留めも無い言葉で返された彼は、如何にも残念そうに口を開いた。

 

「この異変が終わらねば…何だ? 内容を問わず、ただカケラに誘われるがまま此処まで来たのだろう。其処に例え難敵が待ち受けようと、倒し押し通るのが君達の使命の筈だが?」

 

「―――――っ」

 

「それは…だって―――――」

 

「やり難いぜ…よりによって一番敵に回したくない相手が現れた」

 

私は…貴方や霊夢さん、魔理沙さんがいてくれたから。だから今度は私もって決意した矢先に、どうして貴方が其方にいるんですか…?

 

「一輪を倒したのは見事だったぞ。大いに喜べ…私も誇らしい限りだ。君達三人が力を合わせ、彼女を降してみせたのは実に喜ばしい成果だ」

 

「そ、それなら!」

 

「だが…まだ足りない。先の戦いだけでは、君達を進ませる事は叶わない」

 

彼から迸る銀色の奔流が、一瞬にして空の青さと雲の白さを掻き消した。タネも仕掛けもない本物の魔法のような、圧巻としか形容出来ない…瞭然な程の戦意を宿して。

 

「では、始めよう」

 

刹那の空白。

夥しい質量の銀の波濤が…一薙ぎに私達全員を更なる後方へと吹き飛ばした。私は…ただ訳も分からないまま上空の彼を見上げて宙空へ投げ出される。気付けば霊夢さん達に受け止めて貰う形で態勢を立て直し、ふと我に帰った。

 

「ぐっ!?」

 

「うわわわ!?」

 

「何で…? なんで!?」

 

「気合いを入れろ、人間達よ。此度の異変は私達が首謀者だ――――恐れずしてかかって来い」

 

銀の波濤が大きく蠢いた。

彼の身体から無尽蔵に溢れ出る其れ等は、何の指向性も持たない力の余波に過ぎない。大海のような底深い、果てのない唸りが、ただ其処に有るというだけで私達の動きを縛っていた。

 

「魔力が、削ぎ取られてやがる…!」

 

「もっと確りと練り上げろ、魔理沙。半端に道具に流し込むだけでは直ぐ溶けて消えてしまうぞ」

 

一番辛そうなのは魔理沙さんだった。一輪さんの猛攻を防ぎきった直後の連戦。小瓶から取り出した薬品を飲んでいるものの、発生させた魔力が銀色の波の中に次々と吸い寄せられていく。

 

「こ、んの…!! あんた本当に容赦なく奪ってくれるわね!?」

 

「良く耐えているな、霊夢。力の制御は三人の中では特筆すべきモノが有る。しかし…まだ足りん」

 

気合いを入れろというのはそういう事らしい。下手に動こうとすれば力を喰われ、動かなければゆっくりと蝕まれるだけの現状に、さしもの二人も練り上げた力を周囲に留めて耐える事しか出来ていない。

 

「私の、力なら――――」

 

神々に祈りを込めて、奇跡を起こす能力の発動を試みる。不可思議な現象として現れる能力であれば、霊力や魔力を媒介とする二人よりは幾らか制限が緩い筈。

 

「そうであろうな…だが、黙って見過ごす私では無い」

 

「なっ……!!」

 

彼が徐ろに左手をもたげて、掌の中に不可思議な光弾が形作られる。それは地球の表面を、蠢動する雲が取り巻く様な状態を保ってている。掌の上で規則正しく廻る銀の雲海の内側で、明滅する核と思しき小さな黒い球が、急速に周囲の力を吸い上げ始めた。

 

「アレは、なんなのよ」

 

「繭の中でナニカが産まれそうな、不気味な感じだぜ…周りのエネルギーを軒並み取り込んで、どんどん力が高まってやがる…!」

 

「あ、ああ…」

 

気付いてしまった。アレが示す動き、これから起こる私達に齎されるモノの正体を。あの球は星の終わりと始まりを表したかの様に…周りの凡ゆるモノを重力で引き寄せ、吸い上げ、膨張しているんだ。目に見えて分からなくとも、アレがどんな原理で彼の手に再現されているのかなんて知らない。だけど――――、

 

「退避です!!」

 

「早苗!? 逃げるったって、お前アレがなんなのか分かったのか!?」

 

「説明は後でします! ですから早く――――」

 

間に合うかどうか…!!

けれど一刻も早く彼の近くから遠ざからねばならない。球体の持つ特性は私が想像した通りの代物でしょう…まさか星の爆縮(・・・・)の再現なんてモノを、片手間で発動できるなんて…ッ!!

 

 

 

 

 

 

 

「我が仔よ 何ゆえ怯え 泣いているのか 木々の陰には何も無い それは只の幻だ お前が恐れ 死を予感するものなど有りはしない」

 

 

 

 

 

 

 

この場に相応しくない、然れど確かな意味の込められた言葉が彼の口から溢れている。しかも掌の球体と共に、九皐さんから飛散し出した力の気質、あの色は。

 

「魔力だって…!? おいおい、お前何でも有りかよ!? この前まで殴ったり蹴ったり、手からぶっ放したりするのが元のスタイルだっただろう!?」

 

「魔法というのは面白いモノだな、魔理沙。どれだけ術式が難解でも、一度理解し、実行してしまえば魔力次第で発現そのものはどうとでも出来るのだからな。尤も、私のコレは君達の扱う物より起源の古い…魔術と呼ばれる方法だが」

 

「チッ…そういうことか、ムカつくけど、それが差ってことなのね!」

 

「霊夢さん! 今は出来る限り離れて下さい!!」

 

魔術…今まで彼がそういった、特定の分野を用いて戦った話は神奈子様達からは聞いていなかった。でも知らなかっただけで、不可能だったわけじゃない…! 彼の口振りからして、魔術を学び始めたのはごく最近の事の筈。何故それをこの場で私達に…!

 

「特別な理由は無い。強いて言えば…君達を躾けるなら、スペルカードルールに則った方が公平だと思ったまでだ」

 

弾幕ごっこで、私達三人を圧倒すると。

彼は事も無げに言い放ち、掌で燻る球体の輝きが臨界点へと近づいていく。魔理沙さんは歯噛みしながら、霊夢さんは苦々しい表情で、私は焦りと純粋な脅威から逃げ出したい一心で空を垂直に飛び続けた。そして―――――――

 

「弾幕、開放」

 

発射三秒前のミサイルが背中目掛けて点火されている。頭の中が益体も無いイメージで塗りつぶされそうになりながら、開放の一声を聞いて更に飛翔の速度を上げた。彼の放つ銀の奔流が魔力の色を帯びたことで、暗い紫がかった濁流へと変貌する。

 

「大丈夫か? 大丈夫だよな!? こんだけ離れたら普通のスペルカードなら!」

 

「バカ! あいつに普通なんて例えが通じるもんかっての!」

 

「もう、これ以上は――――!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

♦︎ 九皐 ♦︎

 

 

 

 

 

 

 

「弾幕、開放」

 

楽園に至ったばかりの頃に、藍からの申し出でスペルカードルールによる決闘方法も修めておけと言われた当時を反芻する。あの頃に比べて、確かに霊夢や魔理沙は更に強くなった。多くの戦いと異変を経て、力が付いたのは言うまでもない。早苗が彼女らに追い付きたい想いから…八坂神奈子や漏矢諏訪子との鍛錬を日増しに激しくしていた事も知っている。

 

「だが…ただ強いだけでは駄目だ」

 

私は最初の異変で、フランドールの心を晴らしてやれない自分の不出来さを嘆いた。西行寺を助ける為に、紫に請われて冥界へと赴いたものの…最後には桜を枯らす為に救うべき亡霊の心を操った卑劣さを悔いた。それから幾度も異変に介入し…数え切れない程の大切な出逢いから、先の一件を機にこれまでの自分の在り方を見つめ直した。

 

「私なりの贈り物だ。楽園を守護する君達に、捻くれた年寄りから余計な世話を焼かせて欲しい…当事者にしてみれば、有難迷惑な話だろうがな」

 

幻想郷に来て、私の心に確かな熱が蘇ったのだ。独り惰眠を貪り、悪戯に時を費やしていただけの私に、真の安寧を与えてくれた楽園…此処に住む皆との出逢いは何物にも代え難い。末永く、願わくば永遠をと思うほど…健やかに、幸せで居て欲しいと願う。

 

「故に、育て上げたいのだ。私以外の誰にも負けぬ、雄々しく美しい君達を」

 

実直なままでも、奔放なだけでも、豪気なことだけでも未だ足りない。君達が大きな災いに直面した時、誰の庇護も無しで対峙した時…僅かばかりでも私との関わりが糧になるのなら。如何なる苦難にも希望を失わず、如何なる時も前へと進む勇者で在れと願って…この場を借りて彼女らをもう一つ上に鍛え上げる。

 

「大丈夫か? 大丈夫だよな!? こんだけ離れたら普通のスペルカードなら!」

 

「バカ! あいつに普通なんて例えが通じるもんかっての!」

 

「もう、これ以上は……!!」

 

この戦いで、必ずや君達を完膚なきまでに打倒しよう。苦しさに悶え、悔しさに震え…そうしてまた立ち上がった後、次なる異変へと向かうが良い。故に――――

 

 

 

 

 

 

「超流動――――――《崩れ逝く星(コラプサー)》――――――」

 

 

 

 

 

 

極限まで圧縮され、空を覆っていた銀と黒の螺旋が弾けた。彼女らの扱うスペルカード数枚分に匹敵する膨大な魔力塊が、衝撃と共に無数のパルスを発生させる。現象に対して威力や範囲の規模が極めて小さいのは、私なりの手心というものだ。それでも尚、眩い光の中で捉えた三人には相当の被害が認められた。

 

「ちっ…くしょう! やってくれるじゃないか、もう少しで死ぬかと思ったぜ!!」

 

「生きてるのが不思議なくらいの爆風だったわ…あれで再現率がいくつだって? 早苗」

 

「二…いえ、一割あるかどうかと言った所ですね。本物と全く同じなら、幻想郷どころか星丸ごと御陀仏でした」

 

素晴らしいではないか……軽口を叩き合いながら、初めて受ける私のスペルカードを耐え抜いたか。やはり持っているモノが違う。魔理沙は弛まぬ努力と幅広い魔法の知識に裏打ちされた確かな対策だった。障壁を自分達三人を含む広域に張り、早苗と霊夢が御札と法術を用いて強度を補填しての耐久。魔理沙の魔力が最も消耗していたために、余力を残していた二人が衝撃の大半を肩代わりした。

 

「そうでなくては、面白く無い」

 

「まだやる気? 正直あんたと戦っても一文の得にもならないから、さっさと抜けさせて欲しいんだけど」

 

なんとも霊夢らしい物言いに、私も思わず笑みが零れる。この戦力差を目の当たりにしてから、三人の誰より迅速に適応したのは霊夢だろう。時に魔理沙を、早苗を護り、そしてまた己の安全圏も確保する。言葉にするほど簡単にはいかない…驚嘆に値する勘の良さと冷静な判断だ。

 

「博麗の巫女此処に在り、といったところか」

 

「なによ、褒めるんなら御布施の一つでも寄越してくれて良いんだけど?」

 

彼女の平時と変わらぬ振る舞い…芯の強さは、早苗と魔理沙に不安や緊張を伝播させないという大きな役割を果たしている。この状態を維持するには、自身もまた巫女としての力量と持ち味を最大限に活かさねばならない。

 

「ったくよぉ…もう少しレベルアップしてから挑みたかったのにさ。年寄りが大らかってのは迷信か? コウはせっかちで面倒くさいな!」

 

「君も気が急いている点では同じだぞ、魔理沙。熟達した魔法使いになる為には、根気よく研究と反復を続けるべきだとパチュリー達が嘆いていたな」

 

「うぐ!? それを言われるとキツいぜ…」

 

だが、本人も自覚しての勇み足なら止める筋合いも無い。現にこの中で頓に伸び悩み易い魔理沙は、これまでの研鑽と完成度の高い戦術で数々の異変に臨んできた。魔法の才能に乏しくとも、それを決して言い訳にせず、自らが目指す高みを少しずつ進んで行く。故に彼女もまた一廉の強者である…油断しては此方が足元を掬われる。

 

「早苗」

 

「へ? は、はい! なんでしょう…か?」

 

「良く耐えたな。一方的に吹き飛ばしておいて何だが…私の魔術を見てからの即時後退と二人の支援を恙無く熟すとは、二柱によく鍛えられている」

 

「そ、そうですか!? そうですよね!? 九皐さんにそう言って貰えると鼻が高いです!!」

 

俄かに嬉しそうな反応だ。艶やかな長髪越しに頭を撫で着けながら、頬を赤らめる仕草は初々しくて良い。初めはどこか浮ついた印象の、頼りなさの残る少女だと思っていたが…八坂神奈子達が選んだだけあって素晴らしい成長ぶりだ。私と数度撃ち合っただけで、自分が仲間と連携しつつ繰り出す攻撃の間隔や神力の制御をより緻密に修正している。見た目に寄らず実戦に強い性格なのかも知れん。

 

「では、第二幕と行こう。脱線し続けて茶を濁しては、折角皆と競える時間が惜しいのでな」

 

「ちぇ…もう少し休憩したかったけど、しょうがねえか!」

 

「こうなったらとことんやってやるわよ! お爺が無理しても怪我しかしないって教えてあげる!!」

 

「九皐さんはお爺ちゃんじゃありません! まだまだピチピチです! でも、私達の方が勢いは断然上ですよ! こうなったら、意地でも負けませんから!!」

 

何とも重畳な事である。

若さに溢れる快活さと直向きさ、時折無茶にも思える行動を支える確かな自信。高みを目指すことを怠らない少女達との戦いは、未だ始まったばかりだ。

 

「老人の説教は兎に角長いぞ? 君達の未来は明るいが、やはり餌につられてやって来た安直さには折檻が必要だ」

 

身体に纏わりつく銀光を操り、細かに分裂させて弾幕として前方へ撃ち出す。其れ等を流麗な機動で躱し此方を伺う三人に、またも先んじて私からスペルカードを予告する。

 

「次のスペルカードは範囲と威力こそ弱いが、厭らしさだけは折り紙つきだ。そうだな…冬が前倒しで来るようなものと思えば良い」

 

「って、全然優しくないじゃない! 寒いのは嫌いなんだっての! しかもカード持ってないくせに次から次へとポンポン出すなっつうの!」

 

「詠唱を完璧に唱えなければ発動はしない。それを察知して対応するが良い」

 

「分かりにくいからカード作りなさいよ!」

 

紅魔館の書斎から本を借りて修得した多くの魔術は、あくまで皆が対応し得る範囲のモノを選んだが…私としても直接拳を交わす方が効率的だ。が、それを喰らって各々が風船の如く弾け飛んでは元も子もない。

 

「スペルカードを使われる前に、数で押し潰してやる! ふーんだ、これなら接近戦以外にやりようないでしょ!?」

 

「私の打撃で跡形無く消えても文句は無いと言うなら、一人ずつこの拳脚を受けてみるか?」

 

「是非遠慮させて頂くぜ! 霊夢もあんまり余計なこと言うなよな!?」

 

「そうですよ! 態々弾幕ごっこしてくれてるんですから空気読んで下さい!」

 

「あんたらどっちの味方なわけ!? 次が来るんだからそりゃ慌てるに決まってるでしょうが!!」

 

どう転んでも剣呑な雰囲気には転ばない面子だ。其々が口を挟みつつも息の合った動きで距離を保って応戦している。魔理沙は誘導型の弾幕で私の脚を止めにかかり、霊夢が陰陽の色彩を放つ大型弾で視界を遮り、空域を制圧。そして早苗が両者の弾幕に滑り込ませた菱形弾が、ものの数秒で七度、私の急所を的確に狙ってくる。

 

「頑丈さには定評がある…幾らかは受けよう。代わりに、次のスペルカードを馳走する」

 

「またさっきみたいなのが来るのか!」

 

「上等よ! こうなったら何が何でも受け切ってやるわ!」

 

「援護します! 二人とも私の近くに来てください!!」

 

先程と同じ手で私の次なる弾幕を捌くつもりか。愚直だが嫌いではない…ならば此方も、年長者なりの矜持を以って対峙するとも。搦め手は用いず、正面から彼女らの陣形を崩してみせよう…その方が、我慢比べのようで面白い。

 

「聞け 怒り立つ海の騒めきのように 岩底深く咽び泣く渓流の如く」

 

高位魔術の発動に不可欠な詠唱によって、立ち向かう三人は防御の姿勢で私を迎える。双方に交差されていた弾幕は静寂と共に止み、余分なモノの立ち入らぬ緊張を伴う。互いの高めた力と重圧が鍔迫り合い…紡がれる呪言の解放が今か今かと待たれる。

 

「打ち拉がれる苦痛を見よ 悲鳴と重なる涙の流れを 猜疑と不安は汝らの上にて揺れ動く」

 

手筈は整った。十全に費やされた魔力が術式として顕在化する。六芒星を描く魔方陣が背に現れて、残り一節の後に過たず発動した。

 

「然して是を何故に 罪ある者は永遠なれと歓喜に耽るか――――――――弾幕、開放」

 

三節の呪言に記されし、負の総体から汲み取られた力の一端が魔方陣から這い出でてくる。淀んだ闇によって形成された、九対の触腕が先端に光を灯し少女等へと向けられる。是等は全て我が深淵から零れ落ちたモノ。いつかの時代の地獄そのもの…炎無き時代、火の恩恵が人間に与えられる以前の世界。触れるものを凍てつかせるという、それだけに特化した一撃。

 

「……征くぞッ!!」

 

「「「来い――――――ッッ!!!」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

「超伝導――――――《三全音下の大冥洞(マイナス・ゼロ)》――――――ッッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

触腕が無作為に吐き出した極低温の波動が、膨大な魔力によって性質を歪められて霊夢達の備える一点へと収束してゆく。九対の何れもから産み出される放射状の冷気は、爆発的な気温低下を齎して周囲を凍結させた。

 

「ふむ、少し冷えるな…お前達はどうだ? 此処らで一つ、暖を取りに寝蔵へ引き上げてみる。というのは」

 

その問いかけに、応える者は居なかった。

辺り一帯は、不純物と大気の急激な冷却により白銀へと変貌している。霧と靄に包まれたこの場所に、私以外の誰も…声を発するモノは居なかった。

 

 







そして誰もいなくなって…いません。
次回に持ち越しになってしまって申し訳ありませんが、次回を暫くお待ちくださいませ。
最後まで読んで頂き、ありがとうございました!

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