彼は幻想を愛している   作:ねんねんころり

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遅れまして、ねんねんころりです。
今回も戦闘がなく、淡々とそれに向けての布石回となっています。
この物語は稚拙な文章、亀更新、厨二全開でお送りしていきます。それでも読んでくださる方は、ゆっくりしていってね。





第九章 弐 廟と森

♦︎ 魂魄妖夢 ♦︎

 

 

 

先生に連れられて、私と咲夜さんは見知らぬ所まで来ていた。土地ではなく場所…というのも、先生の転移術で目的の地点へ直接出向いたわけだから、此処が何処にあるのかも私は知らない。

 

「二人とも、気を引き締めて行け。先方の気配が強くなった。面識が無いためか、少々警戒しているようだ」

 

それは私達を気遣っての言葉なのは明白だった。

ただ…さっきから目の前に聳え立つ不思議な建物から、尋常ではない気配を放っている何者かが居る。先生程の力量ではないが、私と咲夜さんだけで対処するのは手間がかかるかもしれない。

 

「妖夢、十六夜。今から此処の受付役と少し話をするが、絶対に先には仕掛けるな。向こうにその気が無くとも無意識に此方を挑発するような事を言うかも知れないが、気にするな」

 

「畏まりました」

 

「……斬り捨ててはいけないのですか?」

 

先生はかぶりを振って私の問いを諌めた。

先生を相手に無礼を働こうものなら、即座に素っ首を落としてやるのだが…どうも敵対している相手ではないらしい。

 

暫く建物の門前で待っていると、青と白を基調とした服装の女性が私達の前に現れた。奇怪にも…扉を開けず丸い穴を造って此方に顔を出したのだ。

 

「お待たせいたしました、九皐様。この度はお越し頂いてありがとうございます」

 

「うむ。霍青娥よ、首尾はどうなっている?」

 

「我らが首魁は、良きに計らえとの仰せでしたわ。配下の者二名も無事復活しましたので、本日は顔合わせと今後の展開をお話する積もりです。宜しければ、其方のお弟子さん達もどうぞ?」

 

その言葉に咲夜さんは後方に飛び退いて身構え、私は先生から一歩出て鞘に手を置いた。いつでも反応出来るよう、間合いギリギリを保って青娥とやらを睨みつける。

 

「何故私達が先生から教えを受けていると知っている? 返答次第では…」

 

「止めろ、二人とも。此度は招かれた側…先には仕掛けるなと言った筈だ」

 

先生の制止に、私と咲夜さんは渋々構えを解いて一礼する。どうやら先生とそこの青娥某は、私達の知らない所で交流があったようだが…何故得体の知れない相手の懐まで出向いた来たのか。それを確かめなければ。

 

「失礼しました。本日はお招き下さり、ありがとうございます」

 

「うふふ…真面目なお弟子さんですわね。そういうストイックな子、大変好みです。では、中へどうぞ」

 

青みがかった髪、柔和な笑みと妖艶な仕草、どれを取っても享楽を熟知した貴婦人のそれだが…軽薄な言葉とは裏腹に隙は見せない。霍青娥…先生とは如何なる経緯で知り合ったのか。しかし、彼女の奥底には先生への服従の意と微かな恐れが見え隠れしている。

 

「こちらです。お茶の席を用意しておりますから、話はそちらで」

 

促されるまま廟内のある一角で止まり、応接間と思しき場所へ通される。其処には既に二人の人物が座っており、どちらも白玉楼の蔵書に出てくるような烏帽子を被っていた。古めかしい服飾だが細部の施しが見事であり、一目で位の高い…つまりはこの場においても重役であると分かる。

 

「ようこそ客人、私は《蘇我屠自古》。こっちが…」

 

「《物部布都》という! ほれ、そんな所にいないでこっちへ座るが良いぞ!」

 

意外だが、どちらも妙齢の女性…ではなく少女の如き若々しさだった。私や咲夜さんと少ししか違わないどころか、もう片方の髪を結っている方は年下にさえ見える幼さを残していた。

 

「おいこら、あんまり失礼な態度をとるな!」

 

「ぎゃん!?」

 

片方の…緑を基調とした服の蘇我屠自古が、遠慮なく傍らの童女を小突いた。頓狂な声を上げて頭を抑える物部布都は、湯気でも立ちそうなほど痛烈な拳骨に涙目で蹲っている。

 

「クハハハ…中々に愉快だな。これから異変を起こそうというのに、豪気なことだ」

 

「…我々も騒ぎを起こすのは本意ではないが、主人の復活の為には仕方がないのだ。先程は失礼したな。今回は異変の前の打ち合わせと伺っていたのだが」

 

「どのように為すかは、私からお話致しますわ」

 

 

霍青娥の言葉に、先生はさり気なく目配せをした。そしてこの状況…段々と私達の役目が見えてきた。先生は先の異変と同じく、彼女らの手助けをして諸々のお膳立てをする積りなのだ。

 

「さて…お話したいのは進行に伴っての我々の役割分担でございます。本来ならあの方が目覚めるまでは内密に動く予定でしたが、此方の九皐様が、我々にお力添えしてくれるとのことで」

 

「そうだな…戦力的には足りているかも知れんが、人数が多ければそれだけ細かい事にも手が回る。なので、私の教え子を一時的に貸し出そうと考えている。妖夢、十六夜」

 

先生の呼び掛けに応じて、私達は先生が着いた席の前へ一歩出る。軽い自己紹介を含めながら、異変発生の際にこちらがどう対応するべきかも簡潔に説明する。

 

「…と、いう事態になると思います」

 

「ふむ…質問なのだが、その異変解決者とやらはそんなに強いのか? 如何なる力を持っていようと人間は人間、尸解仙の我々と其方らならば容易に倒せるのではないか?」

 

童女と見紛うほどの幼さを持つ物部布都が、打って変わって理知的な抑揚で問うてきた。

 

「私の所感だが…今の霊夢達に勝ち得る者は、私と教え子を除いてはこの場には在るまい」

 

先生の返答に、眼前の二人の眉がぴくりと動いた。どうにも不服そうな視線を此方に投げかけてくるが、相手を舐めていては勝てるものも勝てない。次第に、此方と彼方の空気が重く険悪なものに変わっていく。

 

「馬鹿な…何を言うかと思えば、貴様…!」

 

「待て布都。九皐殿…それはどういう意味だ? 特殊な力を持つとはいえ、ただの人間に我々が遅れを取るだと?」

 

「真実だ。今の妖夢と十六夜の実力は、異変解決者の三人と同等かそれ以上と見ている。せめてこの二人と互角に渡り合えなければ、君達の時間稼ぎも上手くは行かないだろう」

 

先生は鋭い殺気を込める蘇我と物部を平然と受け流し、先生は続ける。

 

たかが人間をやめた程度で(・・・・・・・・・・・・)彼女らに勝てるなら、幻想郷はとっくに群雄割拠となっていた。だがそうなっていない。その前提を認めないなら、どうあっても戦いにすらならん」

 

ダン! と目の前の机を叩いて、物部布都は立ち上がった。先生の物言いに我慢ならないのか、肩を震わせて怒りの形相を浮かべている。

 

「痴れ者めが…太子様直属の臣である我等を愚弄するか! そういうお前はどうなのだ!? 見たところ力のある妖怪の様だが、そもそもお前は何なのだ!?」

 

荒ぶる物部の指摘に、咲夜さんが更に前へ出た。私は鯉口に指を掛けて剣を抜く所まできていたが、彼女が任せろと言わんばかりに手で制した。

 

咲夜さんならばと、此処は成り行きを見守る。先生に手向かうなら、私が首を二つ落とせば済む。しかし先生が望んでいるのは不和による決裂ではない…あくまでこの新たな顔触れ達を楽園の流儀に従わせ、後々は適応させることが目的の一つと推し量る。

 

私の友人にして完璧なメイドと謳われる彼女は、瀟洒な振る舞いで礼儀正しくお辞儀し、二人を宥めるように柔らかな声で語り出す。

 

「初めまして、十六夜咲夜と申します。皆様が一廉の猛者であることは、直接見えれば分かります。ですが幻想郷で言うところの異変とは、ただ敵を征すれば決着するというものではないと…九皐様は仰りたいのです」

 

口元を僅かに緩めて、此方の発言に敵意は無いと暗に主張する。咲夜さんの一連の所作にさしもの物部も感服したのか。蘇我屠自古に連れられて再び席へ戻った。

 

「説明しろ。先の言葉、我等を愚弄したのでないなら何なのか?」

 

「はい。異変とは、楽園に移ってきた新たな徒が起こす事件の総称です。その方法や規模には統一性が無く、言ってしまえばどのような形でも一定の脅威と理由が有れば異変として認定されるのです」

 

「…成る程。それに照らし合わせれば、主の復活を遂げたい私らが異変を起こす側。そして、それを阻まんとやって来る連中が解決者というわけか」

 

「仰る通りでございます。なにも、異変解決者は頭ごなしに異変を潰しに来る訳では無いのです。これまでの経験上…楽園に直接の害が無ければ仮に戦って負けたとしても、本懐を遂げられる可能性の方が高いくらいです。要は…解決者とはあくまで楽園の住人と新参者が折り合えるかどうかを見定めに来る調停役に過ぎません」

 

そこまでを聞いて、物部と蘇我は瞑目し暫し考えに耽っていた。咲夜さんの語った内容に嘘はない。幻想郷での流儀を守る者なら、誰でも此処では暮らしていける。もし不満があっても、納得するまで霊夢や魔理沙は彼女らを追い立てるだろう。

 

勝っても負けても結果が同じなら、好きな方を選べば良い。勝負事に拘るなら勝ちに行くも良し。命蓮寺の皆がやったように、負けるまでを想定して望みを果たすも良し。

 

それについては自分達の問題なのだから、頭を使ってどうするか決めろということだ。どちらにしろ、出来るだけ当人達の意思に沿う形で先生は協力してくれる筈だ。

 

「委細承知した。ならば是非、九皐殿にも協力を要請する。我等とて結果が欲しい。しかし捨てられぬ矜持もある…可能な限り、勝って晴れ晴れとした気持ちで太子様にお会いしたい。頼めるだろうか?」

 

「勿論です。九皐様は、この楽園の凡ゆる価値あるモノをお認めになる御方です。必ずや、皆様の願いは叶うでしょう」

 

物部は蘇我と目を合わせ、自分達の総意を伝える。それに対して、先生より先に咲夜さんが答え右手を差し出して握手を求めた。

 

私はそこで気付いてしまった。いつもは涼やかな態度の咲夜さんだが、先に無礼をした相手を決してタダでは許さないことに。

 

しかも…向こうにすれば胡散臭さがあるとはいえ、先程から物部の先生への言動は無視出来ない。そして今まさに考えている。レミリアさんに己の主人と思って等しく仕えよと命じられた彼女が、この和議の中で自分達ばかりが下手に出るなど考えられない…と。

 

「む? 握手とは奇異なものよ。どれ、協定を結ぶなら此方も応えようではないか」

 

私は同時に悟った。

物部布都という尸解仙。神懸かり的に咲夜さんの琴線に触れ続けていた。私は当の彼女に止められたから俯瞰して考えていられるものの…咲夜さんと同じ状況ならどこまで我慢できたか。

 

その疑問に答えるが如く、物部が握り返した咲夜さんの手が不思議な軌道を描いて捩れた。ひねった、ではなくねじれたのだ。蛇が錐揉みしたかにも見える独特の動きと、相手が掛けた力を数倍にして返す捌きの技に、手首の動作だけで物部布都は呆気なく身体を宙に放り投げられた。

 

数人が難なく座れる大きな机を叩き割って、大の字になって失神する物部を目にして…一方は冷淡に見つめ、一方は驚愕の表情で眺めていた。

 

「……きゅう」

 

「…何のつもりだ? 確かに布都も慇懃な態度だったのは認めるが」

 

「最後に、御二方の勘違いを訂正させて頂きます」

 

遮った咲夜さんの冷たい声音に、鷹のような鋭い視線で蘇我は睨め付けた。

 

「勘違いだと?」

 

蘇我の問いに、咲夜さんの代わりに答えたのは霍青娥だった。

 

「ええ。此度の会談は九皐様たっての依頼でしたわ。私達を楽園で受け入れるかどうかは…なにせ彼と幻想郷の賢者様のご機嫌次第らしいとのことで」

 

「なに?」

 

蘇我屠自古は立ち上がり、青娥に視線を移した。よもや獅子身中の虫とは思っていないだろうが、理由も知らぬまま引けぬとばかりに返答を待っている。身体の所々に、バチバチと小さな電光を纏わせながら。

 

「私達はお願いする側。彼らは聞き入れるか検討する側ということですわ。本来なら一息吹けば飛ぶようなモノを、態々掬って頂けるというのです。それに賭けるのは、何も悪い手ではないでしょう?」

 

蘇我は益々分からないという風に顔をしかめた。その疑念に、青娥は明快な説明で返していく。

 

「つまり…九皐殿はそれ程の人物だと?」

 

「それ程もなにも…実質的な支配者と言っても過言ではありませんよ。楽園は誰のものでもない。けれど和を乱すことだけは許さない。その不可逆の掟で以って、数々の大妖怪を友として迎え入れられた方なのです。感じませんか? 貴女にも感じ取れますでしょう? もっとよく、彼の奥底を覗いてみて下さいな」

 

長年の同志の言は、彼女を動かすのに充分だったのだろうか。青娥に言われるまま蘇我は先生を見つめ、先程から黙したままの彼の奥底の気配を注意深く探り始めた。

 

「こ、これは……このような、人とも妖とも呼べぬモノが存在するのか…っ!?」

 

計り知れない先生の気配を探ったからか、蘇我の額から珠のような汗が噴き出していた。先の話から推察するに…未だ主人が目覚めぬ彼女らからすれば、先生への対応は酷く迂闊だったといい加減自覚しただろう。

 

「青娥、十六夜。そこまでにしておけ。話をこれ以上大袈裟にしてくれるな」

 

「申し訳ありませんでした。九皐様」

 

「そ、そのようなつもりではありませんでしたのよ? ただ、お互いに対等である事が後々の利であると友人にお教えしたかったまでで…!」

 

青娥は俄かに取り乱していた。私が門前で感じたものは正しかった。正確には、青娥は先生の力を恐れ…恐れる以上に先生の存在に酔いしれている。先生の傍に寄り添って、夢遊病じみた定まらない視線で彼を見つめる青娥は側から見れば操られていると見違える程に熱い視線で弁明を始める。先生はそれを止めて、銀の双眸をぐるりと客室全体に彷徨わせてから口を開いた。

 

「もう一度、皆落ち着いて席に座ろう。物部嬢には申し訳なかったが、此方も協力するのに吝かでない。新しい友が増えるかも知れない…それだけで充分な報酬になる。皆が言うほど、私はそう大した存在ではない」

 

「それこそまさかだ。そんな力を持っていて、幻想郷という箱庭で手に入らぬモノなどあるまい?」

 

蘇我屠自古の返答は懐疑的だった。力ある者が全く野心を持たないなど有り得ないと言いたげに。そこで。

 

「否、有るとも。ヒトの心を開かせるには、自らも心を開いて対せねばならぬ。幾つ歳を重ねようと、何をするにも独りでは詰まらないものでな。隣人や友人と何気ない話をしながら、互いの近況を報告し合う。そういった有り触れた事柄に、私はとても惹かれているのだ」

 

先生の思いがけない…ともすれば赤裸々な告白とも言える答えに、蘇我屠自古は目を見開いてそれを聞いていた。彼女の表情は、何処か過去を懐かしむような、暖かな気持ちが見え隠れしている。その真意は窺えないものの…彼女は納得したように溜息を吐いた。

 

「はぁ…全くとんだ協力者だ。仲間だと思っていた邪仙は丸め込まれているわ、うちの猪突猛進は逸って投げ飛ばされるわ」

 

重臣の苦労が滲み出ているというか、彼女は最後まで冷静さを保っていた。咲夜さんはどうか分からないけれど…ほんの少し気持ちが分かって悪い事をした気分になっている私、魂魄妖夢であった。

 

「苦労しているな、蘇我屠自古」

 

「そちらもね…あーあ。折角真面目に対応してたのに、無茶苦茶過ぎて面倒臭くなってきたわ」

 

周りというのは咲夜さんや青娥、今も部屋の端に雑に寄せられて横たわっている物部のことか。もしかしたら私も入っているかも知れない。かなり悪い事をした気になってきた。

 

「お互い苦労するわね…周りが元気過ぎると」

 

「クハハ…もう少し歳をとれば、その騒がしさも楽しみに感じられるぞ?」

 

「これでも幽霊歴長いのよ? この分じゃ、先は長そうだわ…。で、異変だっけ? どうやれば上手く事を運べる?」

 

何かの拍子に肩の力が抜けたのか、蘇我屠自古は先生に気軽に接し始める。

 

「うむ。先ずは……」

 

こうして数時間にわたって本格的な会議が行われて…気絶した物部が目覚めようかといった頃には、私達は来たる異変の実行日の為に一度各々の住処へと戻ったのだった。

 

 

 

 

♦︎ 蘇我 屠自古 ♦︎

 

 

 

 

「有り触れたこと、かぁ…」

 

もう何年、何百年前になるだろう。

…太子様、《豊聡耳神子》が私に似たような言葉を残してくれたのは。容姿どころか性別も違う…元の性格もきっと全然違う。そんな男が放った台詞は、それでも昔の思い出を浮かび上がらせるのに充分なものだった。

 

『良いですか屠自古。和を以て貴しとなす…ですよ? 一人で出来ることには限界がある。だから隣人や同僚とは仲良くするべきです。それらの人々はいつか貴女の友となり、貴女が友を大切にした分だけ、その友はいつか何処かで貴女の手助けをしてくれる筈です。信じなさい! 私を誰だと思っていますか? この国の未来を背負って立つ、偉大なる聖徳王ぞ!』

 

彼女は…神子は笑顔の絶えない人だった。下々の者を導く重責に耐えながら、いつも堂々たる姿で臣民を…私達を教え導いてくれた。そんな彼女と同じ様なことを言ったヤツに、不覚にもあの場で毒気を抜かれてしまった。

 

「早く…会いたいなあ」

 

有り触れたことでも…それが何より大切だと神子は言って、そうして…。

 

「絶対に、復活させてみせる!」

 

私も…私達も、そんな神子に付いて行くと心に決めた。あれから幾星霜の時が流れて、今も尚この胸の熱さは冷めやらない。この熱は神子がくれたもの。私も布都もこの熱さがある内は…神子の為に最善を尽くそう。

 

「すぴー…」

 

「ったく。いつまで寝てんだよ! 起きろっつうのこの猪娘!」

 

「ふぎゅ!?」

 

馬鹿みたいに寝こける布都に一発拳骨をくれて、私はこれからの先行きに想いを馳せるのだった。

 

 

 

 

♦︎ 九皐 ♦︎

 

 

 

 

「妖夢」

 

「なんですか? 先生」

 

廟での会談を終えて屋敷に着いて暫く。三人で卓を囲みつつ教え子の片割れに話かける。目の前に置かれた紅茶のカップを二、三度弄びながら、妖夢に何処から話すべきかを逡巡した。

 

「十六夜も、そのまま聞いてくれ。この異変…裏ではもう一つの陣営が独自に動いている」

 

「それは…どういう事でございましょう?」

 

十六夜の質問に、私は即答出来ないでいる。

異変での経験が浅い二人は、裏方として一つの異変に関わるだけでも大層気を揉むことだろう。しかし…二人を信頼するならば話さずにはおけないと考え直す。

 

「紫からの情報でな。廟に住まう陣営とは無関係だが、複数の妖怪が人里より外れの森深くで会合していたらしい」

 

「紫様はなんと?」

 

「遠巻きから聞いていた内容としては…叛逆、解放、そして復讐という言葉を発していたそうだ」

 

妖夢と十六夜は顔を見合わせて首を傾げた。二人には縁もゆかりも無い話題だろうが、私や紫にとっては非常に不味い事態と言える。

 

これまでに友となった勢力の皆には、須らく周辺地域への警戒と平定を頼んでいた。紫が取り仕切る会議の内容を聞けば、それ自体は上手くいっているそうだ。が…コミュニティの枠に入らない木っ端妖怪やその他の存在からすれば、これまで自由気ままだった所に理不尽な抑圧を強いられていると思われても仕方がない。

 

これは…私の我儘が招いた火種とも呼べる。元を正せば、我儘を押し通そうと決めた故の弊害だった。可能な限り平穏な日々を得る為に多くのモノを手に入れる。充実を求めた為に、それに肖れなかった者を蔑ろにした結果となったわけだ。

 

「……それがどうした」

 

初めから決めていた事だ。私と紫、そして私達と歩みを共にする仲間達のような、認め合える関係ばかりを築けない事は分かっていた。ならば答えは一つだろう。例え楽園の中から反乱分子が産まれたとして、互いの要求を飲めず況してや説得に応じなかったなら…その時は。

 

「…斬ります」

 

「妖夢…そうね。私達の答えは決まっています。貴方と共に行くと決めた者は皆、同じ結論を出す筈です」

 

二人は意を決した表情で、重ねて言葉を紡いだ。

 

「戦うべきです。叛逆を企てる者達が、我々に立ち向かい返り討ちにされたとしても…それもまた自由を貫こうとした者の当然の帰結です」

 

「我々が勝ち、其奴らがもし許しを請うならば…先生の仰る通りに慈悲を与えます。されど応じず殉じるならば、一息にこの剣の鯖と致します。此方は既に、覚悟は出来ている…!」

 

…頼もしい教え子達だ。主と自分の考えが違っていたらという疑いなど微塵も無い。深い信頼に結ばれた主従だからこそ、それぞれの代表も揃わないこの場でも迷い無く言ってのけられる。本当に、私は良い友と教え子を持った。この二人を預けてくれる西行寺とレミリア嬢には、改めて感服する。

 

「分かった…では私の方針を話そう。後で紫にも各陣営へ伝達を頼むが、二人は先んじて主人に私の言葉を届けて欲しい」

 

「何なりと」

 

「了解しました!」

 

深く息を吸い、これから伝える内容を吟味する。

何れの勢力も、先走って反乱分子を刺激してはならない。相手への恐れからではなく…向こうの準備が万全となるのを待ち、決戦の時に完膚無きまでに叩き潰すのが目的だからだ。

 

跡形なくあちらの思惑を打ち砕き、その上で機会を与え、自分達の意志で今後の振る舞いを決めさせる。それが楽園の、紫の掲げる全てを受け入れる事であり、また安寧の為に取る必要な措置だと私は思う。

 

 

 

 

 

「詳しくは紫から事前に説明が成されるだろうが、私から言えるのは一つだけだ。皆の力を借りたい。さりとて今はまだ動くべき時ではない…機を伺い、先方が起った時点で此方も動く。それまでは各陣牙を研ぎ、爪を磨いて待っていて欲しい。来るべき日には、私もまた先陣を切って戦おう。最後に、最重要人物の名を伝えておく。その者の名は–––––––––《鬼人正邪》。言葉巧みに他者を操り、力無き者を玩弄し強者へと嗾ける…天邪鬼の妖怪だ」

 

 

 

 

 

そうして私の言葉は…霊夢、魔理沙、早苗といった異変解決者を除く全ての徒へと伝えられた。

 

八雲紫とその配下及び、太陽の畑、紅魔館、白玉楼、永遠亭、守矢神社、地霊殿、命蓮寺、天人とその世話役、二人の鬼から森の人形師に至るまで余す事なく。後日紫からのスキマ通信で私の言葉を受け取った者達は、来たる決起の日に向けて準備を開始したのだった。

 

そしてそれよりも前に、新たな異変の予兆を誰もが感じ取りながら、更に先の雌伏の時を待つこととなる。

 

 

 





最後まで読んで頂き、ありがとうございます!
みょんちゃん…殆ど斬るしか言ってねえ! クールでスタイリッシュな彼女を今後書く予定(あくまで予定)なので、許してください!

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