誰が為に華は散る【鉄血のオルフェンズ外伝】   作:deburi

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第1部:暗礁宙域編
第1話:華、燃る(前編)


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 燃え盛る炎の中、少女は手を伸ばした。

 

「死にたく……ない。怖いよ……誰か、誰か」

 

 屋敷の中を漂う煙は金髪の少女の小さな体を瞬く間に包み込み、すべてを焼き尽くすそれは迫っていた。煙を吸いすぎて意識が朦朧となっていくなか、それでも赤いカーペットの上を這い続ける。

 自分の皮膚が炎に飲み込まれていく。

 人間は死が迫る状況になればなるほど、口数は少なくなっていくものだ。死にたくない、痛いよ、熱いよ、助けて助けて助けて……思考の中では何度も叫んだ言葉も、口に出すことができないまま衰弱していくのだ。

 

「…………」

 

 それでも手は動いた。右手で親友の誕生日カードを掴み、こればかりは何としてでも燃やしてたまるものかと抱きしめる。この狭い世界で唯一、心を通わせることのできた人。その人を想って慣れない色鉛筆を使い、精一杯書いたもの。

 

「あす、な……」

 

 左半身が炎に包まれながらも絞り出したのは、親友の名前。

 騙し合い、嘘、建前の蔓延する世界で唯一信じられる―――その人に向けて書いた手紙が炎に飲まれていくのは我慢ならなかった。

 これだけは。

 これだけは。

 これだけは。

 少女―――花咲レゴリスは炎に包まれて爛れた左手を伸ばした。それは人間が死ぬ寸前の動作であった。体の節々が勝手に動く、神経が溶けていく、思考が消えていく。

 花咲が死ぬ寸前、彼女は爛れた左手に微かな感触が伝わった。

 光が消えた白い左眼に映ったのは―――。

 

「ア……」

 

 

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 アスナ・マリーメルは暗礁宙域を漂う強襲装甲艦の中で、くぐもったガラスの向こうに映るデブリを眺めていた。

 手入れの行き届いた艶やかな黒髪と白磁のような肌、ヒラヒラのついたカッターシャツにチェック柄のミニスカート。顔立ちも17歳という年齢に似つかわしくない、ジュニアハイスクールに通っていたほうがしっくりくる幼いものであった。女性の気品より可憐さを強調した服装が余計にそういった幼い少女な雰囲気を高めている。

 

 ガラスに映る自分の姿はまるで、男の目の保養のためだけに着飾られたものであり、アスナは嘆息せずにはいられなかった。

 事実、これはアスナが好んで着ている服ではない。許嫁が可愛いから着ろと渡してきたものだ。拒否すれば許嫁との関係にヒビが入り、そうなれば親からまた折檻を受ける。だから着る。

 

 アスナの生きる世界では、男こそ法律であり、男こそ女が幸せになる唯一無二の手段なのだ。

 

「お父様が私をこんなところに連れ出すなんて……あいつの言いなりになっているだけじゃないの」

 

 ここは300年前の大戦、厄祭戦時代の遺物が今でも見つかるという宇宙の墓場。着飾った女が来る場所ではない、とアスナ自身も自覚していた。では何故、自分はここにいるのか。

 答えは簡単。美しい女性を隣に置いておくほうが、男が栄えると考えている俗物がいるせいだ。

 

「やぁ、こんなところにいたのかい、アスナ」

 

 俗物がきた、と露骨に嫌な顔をため息とともに吹き飛ばし、作った笑顔でアスナは返事をした。

 

「はい。どうにも人が多いところは苦手で」

 

 アスナの隣にやってきたのはライオネル・ランスローという、こんな場所に似合うはずもない綺麗すぎる真っ白のスーツを着込んだ男だった。金髪の大男であったが、筋骨隆々とは程遠い体格をしていた。顔立ちも彫りが深く細い目をしており、彼の狡猾な性格が見事に現れていた。

 

「こういう船で働いているのは、ろくにシャワーも浴びていない汚れたヒューマンデブリどもが殆どだからな。もう少し我慢してくれないかい?」

「はい」

 

 アスナの父は宇宙における運送業を行う会社の社長だ―――というのは表向きで、実際はヒューマンデブリを使った海賊行為を行っている。月輪の鷹団、といったか。民間宇宙船を見つけては、通行料と称して積荷を強奪している。ろくな護衛もない民間宇宙船相手に、多数のモビルスーツをもって威嚇するなどと大人げないことをしていた。

 そしてライオネルはコロニーで有名な資産家であり、アスナの父親と手を組むことで美味い汁をすすろうという狐のような男だ。つまるところアスナは、ライオネルと父親が協力するための理由付けでしかなかった。ついでに言えば人質のようなものか。

 

「今回は通行料として頂いた積荷や、デブリ帯で発見した骨董品の競り市も兼ねているからな。屋敷で家事をしているだけじゃ退屈だろう。こんなところでもいいから、外の空気は吸っておかないと、と思って君を招待したんだ」

 

 嘘だ。

 ライオネルのその笑顔の裏に、アスナは強大なエゴを感じ取った。

 その時、アスナはガラスの向こうの暗礁宙域を駆け抜ける一筋の閃光を見た。モビルスーツか。中に本物の巨人で入っているのかと思うほど人体に近い滑らかな機動で、デブリを避けていた。

 

「阿頼耶識、ですか」

「そうだね。認めたくないが、あれを一番上手く乗りこなせるのはヒゲありの宇宙ネズミどもだから」

 

 ライオネルは少し悔しそうにそう言った。どこか自分もあれに乗って戦いたいと思っているような口調で、野心というより子供の駄々のようにアスナには思えた。

 

「あれは普通のモビルスーツとは違うようですね」

「ちょうど今回の競りでも一番の高値がつくといわれている商品」

 

 双眼の頭部には二本のブレードアンテナが伸びており、白と青を基調としたカラーリングが施されていた。滑空砲を右手に持っており、それで周辺に浮かぶ大小さまざまなデブリを一発も外すことなく撃ち抜いていく。

 

「ガンダムフレームだよ」

 

 その名前をアスナは知っていた。部屋に篭ってやることなど、勉強かバイオリンぐらいしかなかったゆえに、アスナは博識であった。それも、いい大学に入るためではなく、男たちの話題についていけるようにという父親の英才教育によるものだが。

 

「72機しか生産されていないレアフレームですよね」

「あれはアスモデウス、という名前らしい。二年前までは少し珍しいもの、とそこまで相場も高くなかったガンダムフレームも、エドモントンの一件で名を上げた鉄華団っていう組織が使用するモビルスーツと知れ渡った途端に高騰していった。我先に第二の鉄華団になろうとする傭兵団からの需要が急激に高まってね」

 

 ふと、アスモデウスの顔がこちらを向いた。

 

「まぁこいつを手にしたところで、鉄華団の悪魔にはなれないだろうけど……そいつに近いカラーリングと外装をするだけで食いつきも良くなるし、こちらとしては良い商売をさせてもらっているよ。―――ん、どうした?」

 

 アスモデウスの中にいる者が、ずっとアスナを見ているのが分かった。ライフルを撃つ手を止め、暗礁宙域にて鋼鉄の巨人は佇んでいる。その様子にライオネルも気づいたようで、ガラスに手を付いて苛立ちを込めて叫ぶ。

 

「あいつ! せっかくの商品紹介の時間だというのに、ふざけているのか!?」

「あいつ、とは?」

 

 アスナは無性にアスモデウスに乗っているパイロットのことが気になった。

「名前は知らない。ヒゲを三本も付けているヒューマンデブリのパイロットだよ。まったく、やはりあんな手術を何度も行ったから頭がおかしくなったんじゃないか……」

「阿頼耶識の手術を三回……」

 

 幼い身体に麻酔無しでナノマシンを流し込む手術のことだ。成功率は60%とも、それ以下とも言われるそれを三度も。アスナは驚きを隠せず、呆然とアスモデウスを眺め続けていた。

 

「与えられた仕事すらもできないのか、ゴミどもが!」

 

 ライオネルが壁を思いっきり蹴り飛ばして毒づく頃には、アスモデウスはアスナの視界から消えていた。

 

 

 

     2

 月輪の鷹団が暗礁宙域を競り市の場に選んだのには理由がある。

 

 宇宙での兵器の取引というものは常に、秩序の番人であるギャラルホルンの監視の目がついて回る。それはつまり傭兵にとって、世界で一番巨大な軍隊に目をつけられると同義で、それだけで出来る仕事の半分は消えてしまう。

 ましてやモビルスーツの競り市となれば、禁止兵器の取引だと証拠を偽造させられて摘発される可能性もある。マッチポンプによる不穏分子の排除はギャラルホルンのお家芸といってもいい。

 

 そのため彼らの監視の目が届きにくい場所でやる必要があったのだ。

 艦内にある大広間では傭兵やら海賊たちが、どの兵器をどれぐらいの値段で落札するかを話し合っていた。彼らは皆、月輪の鷹団と協力関係、もしくは不可侵条約を結んだ者たちだ。

 

「しかしここは確か、テイワズの輸送航路だったはずですが」

 

 アスナは舞台横に控えるライオネルの後ろに座っていた。

 

「それに関しては問題ないさ。この宙域の支配権は2ヶ月前、月輪の鷹団のものとなったのさ」

「それってどういう……」

「海賊のやることってそういうものでしょ? 僕らスポンサーには関係のない話だけど」

「戦い、ですか」

 

 アスナの両隣に控えるのは、彼女の背丈の半分もない少年兵たちだった。小さい身体とは不釣り合いなアサルトライフルを持っており、洗濯された形跡のないほど汚れた灰色のコートを着ていた。コートに引かれた赤い線は彼らが人権の剥奪された身分、ヒューマンデブリであることを示している。

 

「彼らは銃を撃って敵を殺す道具だよ。ならば、銃を撃てる場所に連れていってやるのが優しさというものだろ?

 

 人と思うな。道具は使い潰すのが正しい使用方法だ」

 

「……はい」

「消耗品に愛着が沸くなんてことはないようにしてね」

 

 ライオネルという男は自分より立場の下の者を人とは思っていないのだろう。ヒューマンデブリも、彼の出世の踏み台となっているアスナも。

 そんな彼だが、立場の上の者に対する接し方は非常に、嫌なぐらいに丁寧だった。

 岩のようにゴツゴツとした顔と広い肩幅の男が前を通ろうとすると、誰よりも早く起立して頭を下げ挨拶をした。彼こそがアスナの父、フィゲル・マリーメルその人だ。

 

「お久しぶりです、お父様!」

「おお、ライオネルか。娘と仲良くやってくれているか?」

「はい。先日も一緒に劇場に行き演劇を鑑賞いたしました。日頃から家事のほうを任せてしまっており気分転換も必要だろうと思い、連れて参りました」

「そうか。アスナは君のようないい男に愛されて幸せ者だな」

 

 そう言うとフィゲルは舞台に上がり、競り市に向けた挨拶を始めた。ライオネルは足を後ろにやると、つま先でアスナの足を踏んで小声で言った。

 

「君も、もう少し笑顔と気持ちのいい言葉を覚えてくれ。男を立てるのが女の役目だろ」

「はい」

「分かればいいんだ。でも今度それをやったら、許さないからな」

「はい」

 

 まるで自分は首輪に繋がれたペットだ、とアスナは自嘲気味に笑った。

 フィゲルが壇上に立ち競りが始まろうとしていたその時。

 銃声が轟いた。

 アスナが舞台のほうに視線をやると、そこには頭を銃弾で吹き飛ばされて脳漿を撒き散らして倒れている男が一人いた。フィゲルであった。自分の父親であった。

 

「あ、あぁっ! お父様……お父様!」

 

 思わずアスナは舞台に上がろうとしたが、両隣にいた少年兵に制止される。

 

「落ち着いて! 貴女の命も狙われているかもしれない!」

「でも」

 

 決して自分を愛してくれたとは言えない父親でも、目の前で銃弾に倒れてしまえば、悲しみやら絶望やら混乱で思考がぐちゃぐちゃになってしまうものだ。一筋の涙を瞳から流しながら、アスナはその場に崩れた。

 

「ひぃっ!」

 

 ライオネルはというと護衛として控えていた月輪の鷹団の団員とともに、早々に会場から逃げ出していった。フィゲルがやられたとなると、その後継者とされている自分も命を狙われていると思ったのだろう。

 

「逃げましょう! 僕たちが護衛します!」

 

 アスナにそう言ったのは短髪の黒い肌をしたヒューマンデブリの少年だった。凛々しい顔立ちで、とても少年とは思えない雰囲気があった。彼は場馴れしているのか、もう一人の少年兵にも的確に指示を送っている。アスナは彼に連れられて会場を脱出し、脱出艇のある場所へと向かった。

 

 どうやらフィゲルを撃ったのは競りに来ていた傭兵団らしい。混乱する団員たちの会話を聞くには、テイワズが攻めてきたとも。やはり目先の利益のために強引に宙域の支配権を奪ってしまった結果、月輪の鷹団は天下のテイワズを敵に回してしまったらしい。フィゲルを撃った傭兵もテイワズに金で買われたのだろう。

 

 ガラスの向こうに広がる暗礁宙域ではテイワズ製のモビルスーツ、百錬が飛び交っていた。あれはテイワズの主力モビルスーツの一つで、あの機体の所属する組織を敵に回すと明日の保障はない、と傭兵たちに畏怖される存在だ。深緑の機体色をしたモビルスーツ、ユーゴーと交戦状態にある。おそらくは月輪の鷹団の所有物であろう。

 

「外でも戦闘が始まっているなんて……」

「奴ら、この船ごと沈めるつもりですよ」

 

 少年兵に連れられて、脱出艇のある格納庫まで向かうと、既にライオネルや彼と繋がりのある権力者たちがそれに乗り込もうとしていた。

ライオネルはちょうど脱出ポッドの前に立ち、パイロットスーツを着た長髪の大男と打ち合わせを行っている。美青年という表現が適切な顔立ちに、パイロットスーツの上からでも分かる盛り上がった筋肉が特徴的な男だった。

 

「外にモビルスーツだと!? 他の奴らはどうした!?」

「私たち以外の者は皆、自分の船に戻り逃げ出す準備をしていますよ。所詮は利益のみで繋がった関係。テイワズを敵に回した月輪の鷹団と手を組んでいると思われたら、自分たちまで狙われてしまうかもしれない」

「やはり君たちしか頼れないようだな」

「ええ。私たちは月輪の鷹団の戦士……脱出ポッドの護衛は任せてください」

「それでこそ、うちのエース、シドレー・アルカラッドだ。頼りにしているよ」

 

 ライオネルはシドレーの肩を軽く叩くと、脱出艇の入口まで向かう。そこでようやくアスナに気づいた彼は苦い顔をしながらも、すぐに表情を和らげ優しい声で言った。

 

「アスナか! 無事で良かったよ。外はモビルスーツがいて危険だ。君は艦内にある避難スペースにいるんだ」

「貴方は……」

「僕は脱出ポッドで助けを呼びに行ってくる。大丈夫、すぐに戻るよ」

 

 アスナは彼の嘘を追求する気力もなくなっており、気づけば脱出ポッドの扉は閉まっていた。一緒に逃げようとは最後まで言ってくれなかった。

絶望に暮れているアスナをよそに、脱出艇は発進する。

 

「そうよ。私はいつだって操り人形」

 

 所詮、自分はフィゲルという権力者の娘でしかなかったのだ。フィゲルが死んだ今、兄弟姉妹のいないアスナが自動的に彼の資産と月輪の鷹団の支配権を手にすることとなる。だがアスナが死ねばどうだろうか。彼女と婚約しているライオネルにその全てが渡るように仕組まれるかもしれない。

 むしろライオネルにとって、今のアスナは“死んでしまったほうがいい存在”なのか。

 

 わかっていた。

 

 自分はいつも利用されるだけの存在だと。

 だがそれを、死という最悪なかたちで見せ付けられるとどうしょうもなくなり、アスナは跪いて動かなくなった。

 

「私は男たちの所有物なんだ……都合のいいように使われて、いつも、いつも、いつも!」

 

 なにも守れない。

 なにも生み出すことができない。

 

「私もサブナックで出撃しましょう。ここも長くは持たないですからね!」

 

 格納庫でシドレーの声が響き、艦に残っているモビルスーツは全機脱出艇の護衛に回った。

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