誰が為に華は散る【鉄血のオルフェンズ外伝】   作:deburi

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第11話:アスナの決意

     1

 地球。人類発祥の地であり、蒼い海と緑の大地が広がる星。澄み切った水色の空の下、洋上に浮かぶ巨大建造物があった。帆のような発電施設を各所に備えたそれは、戦争の抑止力として経済圏の監視、牽制を行う治安維持組織ギャラルホルンの本部だ。

 

 そんなギャラルホルン本部のテラスにて、色鮮やかな草木が植えられた花壇の前でしゃがみ込む一人の少女がいた。左右に黒いリボンをつけた桃色の髪を肩まで伸ばしており、前髪の隙間から覗く金色の瞳で鳥たちの飛翔する空を眺めている。どこかの侍女なのか、ロングスカートのメイド服を着ていた。

 

 まだ一〇代前半の可憐な少女のような幼い顔立ちをしていた。美しい蝋人形に命が宿ったかのように、細部まで醜さの一つもない純粋無垢さを全身で表現している。

 

「……あ、終わった」

 

 桃色の髪の少女は身を翻すと、そこにいた褐色の肌の青年―――ギャラルホルンを管理するセブンスターズと呼ばれる家門の一つクジャン家当主、イオク・クジャンの存在を無視しながら、空に向かって独り言を投げた。

 

「やっぱり白いのが勝ったなぁ。白いの? どっちも白かったぞ。あははー!」

「おい!」

 

 イオクの言葉に流石の少女も無視できないな、と無垢な瞳で彼のほうを向くと、

 

「お兄さん誰だっけ?」

「私はクジャン家当主イオク・クジャンだ! 見たところどこかの侍女だろう?」

「……うーん、うん! そうだよ、きゃははーっ!」

 

 少女は少し考えた後、悪い笑みを浮かべながらそう言った。しかしイオクはその笑みに気づかないまま、続ける。

 

「貴様、ここで何をしている!?」

「あそこでねー。廃棄コロニーらへん? すっごいモビルスーツ同士が戦っていて、とっても楽しかったんだよ? 面白いなー!」

「ど、どういうことだ……」

 

 空に向かって指をさした少女を理解できず、しかしサボっているということは分かったイオクは両手を組んで語り始めた。

 

「ここで油を売っていてはダメだろう! 侍女たるもの、主人の世話を全力で行うことこそが与えられた使命であるはず!」

「ラー油、ごま油、オリーブオイル、各種取り揃えておりますー」

「そういう意味ではない! 貴様、本当に侍女か!?」

「うん。えーっとねぇ、僕はマクギリス様の侍女なんだー! えへへー」

「そ、そうか……だが、もう少し貴様は目上の者に対する言葉遣いを覚えたほうがいいぞ。礼儀が人と人を繋ぐのだ。正しい立ち振る舞いこそ、全ての基本であろう!」

 

 イオクの説教する様子を面白がって少女は見ていたが、後ろから来る人影に気づくとそちらに注目した。

 

 老練、その言葉が彼ほど似合う男はギャラルホルンにはいないだろう。研ぎ澄まされた鋭い眼と全てを包み込んでしまうのではと思うほど大きな体。堂々とした立ち姿をしている彼は、月外縁軌道統合艦隊アリアンロッドの総司令官ラスタル・エリオンだ。

 彼は少女に説教をしているイオクの肩を掴むと、グッと自分の方に引き寄せて言った。

 

「イオク、あまり“彼”に関わるな」

「は、はい! 彼!? え、ええ、わ、分かりました、ラスタル様!」

 

 ラスタルの発言にイオクは混乱しつつも、彼はラスタルの背中に隠れるように身を引く。

 

「へぇ……僕のこと知っているんだね。あ、そこの馬鹿っぽい人―。僕は男だし、マクギリスの侍女でもないよー」

「ばっ……!」

 

 反論しようとしたイオクだが、またもラスタルに止められてしまい、言葉を飲み込んで退いた。ラスタルは明らかに子供に対して向けるものではない、鋭い瞳で問いかける。

 

「ベルフォーク家の一人息子がここに何の用だ」

「コスプレ撮影会だよ、きゃはっ!」

「真面目に答えろ。仮にもここはセブンスターズの関係者以外は許可が無いと立ち入ることのできない場所だ」

「出来心だったの。あまりにも空が透き通っていて、その向こうの宇宙で起こっている戦争が面白くて、どうしょうもなかったんだ。きゃははっ!」

「言わなければ警備兵を呼ぶ」

「ちぇーっ。んじゃあ、正直に言ったら見逃してくれる?」

「ああ」

 

 ラスタルの返事に安堵した様子の彼は、麗しき唇からその言葉を発した。

 

「アンドロマリウス」

「残念だな。あれはもうここにはない」

「……そっかぁ。じゃあどこにあるか教えてよ!」

「呪われた御旗を使って何をする気だ」

「さぁ? オジサンが教えてくれたら、僕も教えてあげよっかなー」

「ならば結構。だがこれだけは覚えておけ」

 

 ラスタルはイオクを連れてその場を後にする寸前、こう言い放って去っていった。

 

「世界は君の遊び場ではないぞ、カディア・ベルフォーク」

 

 この世界の秩序を守る男の瞳の前に、カディアは反論することなく静かに、睨み返した。まるで反抗期の子供のように。自分を否定する存在全てを敵と認識しているような、そんな目をラスタルに向けていた。

 

 ラスタルとイオクが立ち去った後、カディアは花壇の花を思いっきり踏みつけて、赤い花を引き抜いて海に投げ捨てた。何度も、何度も、何度も、自分の中の苛立ちが収まるまで。

 

「だから大人は嫌いなんだよ! 僕を、俺を縛るなぁぁ!」

 

 先ほどの可憐な少女の声から一変し、あらゆるものを噛み砕くような鋭い牙を持つ猛獣のような声調でカディアは叫んだ。

 

「……ねぇ、あんたは違うよね」

 

 そして後ろに佇む『男』にカディアは問いかけた。『男』は一言「ああ」と答えると、カディアの肩を叩いて言った。

 

「警備兵がこちらに向かっている。面倒なことになる前に、立ち去ったほうがいい」

「はいはい。やっぱり大人って汚いよね。きゃはっ」

 

 

 

     2

 警備兵をテラスに向かわせたラスタルはベンチに腰掛けると、隣にイオクを座らせ、目の前のガラスの向こうに広がる果てしない水平線を眺めながら語り始めた。

 

「お前には話していなかったな。ベルフォーク家のことを」

「名前すら聞いたことがありません」

 

 カディアとかいう少年は何もかもがイオクにとって異質な存在だった。髪の毛を桃色に染めていることも、男のくせにメイドの格好をすることも、月外縁軌道統合艦隊アリアンロッド総司令官のラスタル・エリオンにあのような言葉遣いをするのも、全てが理解不能であった。個性的、という一言では済ませられるはずもない。

 

「ベルフォーク家。厄祭戦ではイシュー家に並ぶ活躍をしたとされる名家だ。だが、セブンスターズになることはなかった」

「戦死……ですか?」

「いや、味方を裏切ったからだ。理由は不明だが、相当な死者が出たという。ゆえにセブンスターズの地位を手にするチャンスを失い、しかし功績は認められ権力だけは維持したまま現在に至る。功績が大きすぎたせいで、簡単に処刑してしまうわけにはいかなくなったとは何とも皮肉な話よ」

 

 表向きは、ベルフォーク家は貴族の名家の一つとしか公表されておらず、セブンスターズやギャラルホルンに関係しているとは言われていない。しかしながらラスタルたちセブンスターズ内ではベルフォーク家の存在は知られており、その話題を出してはならないという暗黙の了解が広まっている。おそらく知らないのはイオクぐらいだろう。

 

「そんなベルフォーク家の一人息子がカディア・ベルフォークだ。彼もまたギャラルホルンの兵士だが、問題行動は多いと聞く……」

 

 ラスタルは水平線を睨みつけながら、静かに呟いた。

 

「祖先の墓から穢れた剣を掘り起こして、彼は一体何をするつもりだというのだ」

 

 世界の秩序は守らなければならない。カディア・ベルフォークがギャラルホルンに溜まった膿であるとするならば、何としてもそれを取り除く必要がある。それこそどんな手段を使ってでも、この世界で好き勝手に暴れさせてはいけない存在なのだ。

 

 

 

     3

 多くの犠牲のもと、大きな戦いが終わった。

 アスナは鉄華団の母艦イサリビ内の医務室にいた。彼女の前には緑色の透明な液体で満たされた医療ポッドがある。傷の再生などを促進する装置で、シラヌイの艦内にはこのような設備が無かった為、イサリビで借りさせてもらっているかたちだ。

 

「ハナ、調子はどう?」

 

 医療ポッドの中に浮かんでいる花咲はアスナの問いかけに小さく反応すると、呼吸器越しに静かに答えた。

 

「うん。このお風呂みたいなの気持ちがいいね」

「そう……良かった」

 

 バルバトスと激戦を繰り広げた花咲は身体に深刻なダメージを負っていた。肋骨が何本か折れており、臓器の一部も損傷していたらしい。常人であれば痛みで気絶してしまうかもしれない状態で戦っていたのだ。

 

 さらに戦闘の最中、理由は不明だが何らかのリミッターが外れ、花咲の左腕の感覚を殆ど奪ってしまった。詳しいことは分からないが、阿頼耶識が限界まで調整されていたことと、激しい戦闘でアスモデウス側のシステムの一部が損傷したことが原因であるとされている。

 

「ごめんなさい。私がもっと早く何かできていたら、こんなことにはならなかったのに」

「うんん、アスナはまた私を救ってくれたの」

 

 アスナを安心させようと花咲は優しく微笑みかけた。

 

 鉄華団も過去に同じような事故があったらしく、バルバトスのパイロットもそれで右眼と右腕の感覚を失っているのだという。そのパイロットも花咲と同じ三本のヒゲ持ちで、ガンダムフレームに乗っている。

 

「私はアスナを信じていた。そしてアスナは私が信じたとおり、皆を救ってくれた」

「でも……」

「それで充分だよ。アスナは精一杯やった。だから、ジャックもコードンも、月輪の鷹団の皆も誰一人犠牲になることなく戦いを終わらせることができたと思う」

 

 花咲の瞳に悲壮感は無かった。どこか吹っ切れたようにアスナをまっすぐ見つめていた。少なくとも神を信仰する者の瞳ではない。心の底から無条件に信じることのでき、だからこそ安心して背中を預けられる、いうなれば戦友に向ける眼差しだった。彼女も戦いの中で何かに気づくことができたのだろうか。

 

「本当にありがとう、アスナ」

「うん……」

 

 迷いのない花咲の眼差しが、アスナに突き刺さった。彼女のもう迷いはない。しかし自分は迷ってばかりだ。その迷いでまた誰かを犠牲にしてしまうかもしれない。

 

 アスナは医務室を後にすると、鉄華団団長のオルガが腕を組んで手すりの上に座っていた。ジャケットスーツで腕組みをして佇んでいる姿には迫力があり、とてもじゃないが同じ目線で会話できるような相手ではなかった。

 

「おう、あんたか。親友の調子はどうだ?」

「は、はい。やっぱり左腕の感覚が殆どないようです」

「そうか」

 

 オルガはポケットから携帯食料のスティックとチョコレート味の飲料を取り出すと、アスナに投げ渡した。

 

「戦いが終わってからずっと飲まず食わずで動き回っていただろ」

「え、あ、そうですけど……」

 

 既に廃棄コロニーでの戦闘が終わって二〇時間が経過していた。モビルスーツの残骸や捕虜の回収などが終わり、シラヌイを含む武装解除された三隻の戦艦がイサリビに牽引される形で、テイワズの本拠地である歳星へ向かっている。

 

 その間、敗戦処理やモビルスーツの回収、書類の確認などに追われてアスナはろくに睡眠を取っていなかった。目の下にはクマができており、しかし意識ははっきりとしている。やらねばならぬことが多すぎて寝ている暇もない、と脳がアスナの体に鞭打っているのだろうか。

 

「寝れねぇなら、せめて食っておけよな」

「あ、ありがとうございます……甘っ」

 

 チョコレート飲料はとてつもなく甘く、喉の奥につっかえてしまいそうなほどドロドロしていた。それがまたやみつきになる味で、アスナはすぐに飲み干してしまう。

 

「美味しいです」

「ミカのお気に入りだからな」

「ミカって、バルバトスのパイロットの方ですか……あの人も確か」

「ああ、あいつも二年前の戦いで右眼と右腕の感覚を持って行かれたからな」

 

 アスナは思わず、飲料のボトルを握り潰してしまい、掠れた声で言った。

 

「ハナがこうなったのは私のせいです。私がもっと早くライオネルから指揮権を奪って、戦いをやめさせれば。そうしたら、鉄華団の皆さんにも迷惑をかけなくて済んだのに」

「……たしかにそうだな」

 

 自分は身勝手な人間だ、とアスナは思った。自分のせいだと思い続けることで、逆にそれから目を逸らそうとしているのではないか。誰かを犠牲にしてしまったという重圧から逃げたいのではないか。

 ならばどうすればいい。どうすれば誰かの犠牲から逃げないでいられるのだろうか。

 

「あんたの選択で沢山の犠牲が出た。それは事実だ」

「……はい」

「だがな。あんたの選択で救えた命があった。武闘派の組織の上に立つ者ってのは、そういうことの繰り返しだ。犠牲にして犠牲にして、犠牲にしていく。常に自分が正しい方向に進んでいるのかって悩んでは、それを振り切って進まなきゃならねぇ」

 

 これから先、アスナが進む道によっては月輪の鷹団の皆を犠牲にして進まなければならないこともあるはずだ。きっと彼女の何倍も多くの命を背負って、オルガという男は生きているのだろう。アスナにはそんなオルガの計り知れない重圧を背負いきれるのか不安で仕方が無かった。

 

 衣食住が保証された世界に生きていた自分が、この世界で切った張ったを繰り返す組織の団長としてやっていけるのか。

 

「どうしたらいいか私には分かりません……誰かが死んで、傷ついて、自分のせいだと分かっているのに罪滅ぼしもできずに。ただ背負い続けて前に進むなんて……私には」

 

 アスナは涙を抑えながら、震える体でそう言った。

 

 自分を守って死んでいった少年兵たちや、犠牲となっていったブリアンや、左腕の感覚を失った花咲。皆、自分がもっとちゃんとしていれば救えたかもしれないのに。反省して次に活かせなど、思うことはできても納得できない。命は消えたらそれまでだ。アスナがいくら反省しても、罪滅ぼしをしようとしても、どうしょうもない。

 

「あんた、一つ勘違いをしているぞ」

「え?」

「皆の犠牲が自分一人のせいだと言うのは、ただの思い上がりだ。たしかにあんたが強けりゃ救えた命もあるかもしれねぇ。だがな。それで立ち止まって悩み苦しむ悲劇のヒロインになるぐらいなら、前に進め」

 

 オルガは片目をつぶって、静かに、だがはっきりと言った。

 

「何があっても進み続けろ。歩みを止めるな。それこそ血を吐きながらでも進みやがれ。守るべき家族がいるなら、な」

 

 家族……アスナにとってそれが何なのか、まだはっきりと理解できていなかった。

 母親はアスナが物心つく前に家から去ってしまった。父の言うことを聞かず反発したため、隠居させられたらしい。結局、今まで一度も言葉を交わすことのできぬまま、どこかへ消えてしまったのだ。そんな冷たい世界が家族というのなら守る価値などない。

 

 だがもし、シラヌイでヒューマンデブリの子供たちと過ごした温かみのある日々がそうであるなら。アスナは守ろうと思った。月輪の鷹団の皆を、親友である花咲を、家族として。

 

「俺もな一度歩みを止めてしまったことがあった。相棒が自分のせいで死んだといって、塞ぎ込んじまった。でもな、まだやらなきゃならねぇことがあって、守らなきゃならねぇ家族がいた。だから俺は前に進んだ」

 

 オルガの横顔はどこか悲しげに、アスナには映った。きっと彼もまたどうしょうもなく苦しいのだろう。それでも前に進まねばならぬ理由があるから、今ここにいる。

 

「あんたは次、何をすればいいと思う?」

「私は……」

「常に考え続けるんだ。誰かの犠牲を乗り越えて、自分は何をするべきか……ってな」

 

 花咲はアスナを信じてついてきてくれている。彼女だけではない、月輪の鷹団の皆がアスナを信じている。最早、所有権があるとかないとかの話ではなかった。きっとあの時、暗礁宙域で誰一人犠牲にすることなく勝利を手にした時から、そうなのだ。

 

「……悪りぃな。切った張ったの世界の野郎が、あんたみてぇな人間に色々語ってしまって。人が殺し合う戦争なんざ知らないほうがいい。テイワズの上層部に掛け合って、あんたをカタギに戻してやるって選択肢もある。コロニーの実家のほうにもいずれ―――」

「私は前に進みます」

 

 次にどうすればいいか、既にアスナには見えていたのだ。見えているのにどうしょうもない泣き言ばかり口にして、前に進もうとしなかった。本当に許せなかったのは、立ち止まっている自分だった。

 

「月輪の鷹団の皆を、私が!」

「そう言うと思ったぜ、団長さんよ」

 

 オルガはアスナの肩を叩くと、彼なりに笑みを作って言った。

 

「このまま行けば、月輪の鷹団はテイワズの傘下に入るか、吸収というかたちになるだろうな。どちらにせよ、組織は維持されるはずだ。解体ってなると、団員の今後のことやらがあるし、そこまで面倒を見れるほど優しい世界じゃねぇ」

「はい。だからこそ、私が団長としてやっていきます」

「ああ、俺もあんたを見込んでここまでやっているからな。あんたは強い奴の目をしている。どんだけ殴られても立ち上がって前を向ける……そんな奴の目だ」

 

 心の底からアスナは彼という人間に憧れを抱いた。自分もこんな人間になれるだろうか。たとえ生まれた場所が違っても、育った環境が違っても、性別が違っても、いつか自分もこんな背中の大きな団長になれるだろうか。

 

 考えている暇はない。なりに行くのだ。なろう。

 

「誰かのために傷だらけになれる奴は、強い。さて、そうと決まったら俺は兄貴に話を通してくる。あんたは少し寝ておけ。今にも倒れそうだぞ」

「え、あ、そう見えますかね……」

「ああ、見える。団員に気を遣わせるなよ」

「は、はい!」

 

 オルガはアスナにそう言い残すと、その場を後にした。

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