誰が為に華は散る【鉄血のオルフェンズ外伝】 作:deburi
1
ブレードアンテナを頭部にもったガルム・ロディと三機の百錬は、暗礁宙域のデブリを避けながら撤退していく。
『仲間を見捨てろっていうのかよ、おい!』
「だって君一人ではあの機体は倒せないでしょー。ありゃおそらく阿頼耶識使いだ。ガンダムフレームに阿頼耶識使いっていうと嫌なイメージしかないねぇ」
百錬のコックピットにて軽口を叩く青年がいた。目は細く、小麦色の肌をしている。戦場でモビルスーツに乗るよりも、燦々と照りつける太陽の元サーフボードで波に乗っているほうがよっぽど様になっているような男であった。
今日の夜をどこで過ごすかも決めていない女性であれば、彼の言葉一つで肌を重ねることを許してしまいそうな声と外見をしていた。一言で表現するなら「チャラ男」といったところだろうか。戦場には似つかわしくない浮いた雰囲気を醸し出していた。
『だったらお前らも手伝えよ!』
「俺らはあくまで君たちを雇った依頼主って立場。露払いはしても、命懸けで強敵に挑むような仕事はしないつもりで来たわけで」
『お前……アンディとラサとバラデが死んだんだぞ』
「だけど彼らのおかげでこの宙域の支配権はテイワズに返ったも同然だし、ライオネルとかいう奴もマリーメル家を見限って逃げたわけだし。問題ないっしょ?」
『バカ野郎!俺はあいつらの仇を討たなきゃならねぇ! それをわかって言ってんのか!? やらせろ! 今すぐ俺が―――』
「あのねぇ、オッサン」
青年の目つきが変わった。先ほどまで女性を口説く時のように柔らかで軽やかだったそれが、一瞬にして研ぎ澄まされたナイフに変貌したのだ。
「俺っちもジャスレイの叔父貴(おじき)のメンツ賭けて仕事してんでさァ。こっちが下手打ったら、叔父貴の顔に泥を塗るようなことになっちまうわけで。昔から世話なった人に、ンなことできるわけねーだろ。そこんとこ理解してくれねーと」
青年の乗る百錬はライフルをコックピットに突きつける。
「互いに譲れねぇもんはあるのよ、オッサン」
元々はテイワズ内のタービンズと呼ばれる組織の航路として確保されていたこの宙域だが、月輪の鷹団に支配権を奪われた。その機を逃すまいと、タービンズとは密かに対立関係にあるテイワズ内の派閥がここを確保しようと乗り出したのだ。
その派閥の筆頭ジャスレイ・ドノミコルスの部下が青年、カズマ・シュレイナーである。ソードフィストはジャスレイ派に雇われている傭兵団であり、力関係で言えばカズマの方が上だった。
『く、クソが!』
「まぁ安心しなって。一隻は沈めた。所属している兵士の殆どは、ライオネルを始めとした重役様の脱出艇の護衛と称してズラかった。だけど幸運なことに標的のお嬢さんはまだ残っている」
『何が言いたい……』
「奴らが安全領域に逃げるまで、もう一回チャンスはあるようだぜーっと。この際、お嬢さんをナンパしに行くのもアリだと思うわけよ」
『だがこちらの戦力も心許ない。兵士はいてもモビルスーツがなければどうしょうもないだろう』
この二年間で戦いは大きく変わった。モビルスーツの重要性が見直され、最早モビルワーカーや戦艦の主砲だけでは戦場を支配できない時代がやってきたといっても過言ではないだろう。
「んじゃさ、前払いの報酬使ってウチからモビルスーツでも買っちゃう? テストパイロットって名目で実戦データをこっちによこしてくれるなら、試作機を安くで売ってもいいんだよ?」
『試作機、か』
「それにうちとしても、残った一隻は沈めておきたいわけで。もう二度と、うちのシマを荒らされねーためにもってわけ」
『わかった。それでいこう』
「んじゃ、取引は母艦に帰ってからしよう」
カズマはそう言って回線を切ると、録画していた戦闘の映像を見始める。そこに映るのは鮮やかな軌道を描き、ライフルの射撃を回避していくモビルスーツがあった。
「ガンダムフレーム、アスモデウス……か。恋しちゃったかもねぇ、こりゃ」
静かに沸き立つモビルスーツ乗りとしての気持ちを抑えつつ、カズマはコックピットシートの脇に挟んでいた成年向け雑誌を広げて読み始めた
2
一体何がどうなっているのか。
アスナには何一つ理解できずにいた。
「私は殺されそうになって、ハナが生きていて……ハナ、生きていた。私、守れなかったはずなのに」
赤く錆びたシャワーヘッドから降り注ぐ濁った水で髪を洗いながら、アスナは一人問答を繰り返していた。冷たい水がアスナの白い柔肌を伝って落ちていく。今こうして生きていることが不思議に思えるほど現実感がない。ふわふわと水の上を漂っている感覚がアスナの思考を支配していた。
ここは月輪の鷹団が所有する強襲装甲艦「シラヌイ」の中だ。とはいっても月輪の鷹団は事実上解散したも同然だ。構成員の八割はヒューマンデブリの少年たちで、残りの二割の大人たちはとっくに脱出艇で逃げ出している。天下のテイワズを敵に回しておいて、その看板を掲げて商売をやっていけるほど宇宙は甘い世界ではないということだった。
アスナはハナに助けられた後、吐瀉物まみれの宇宙服のまま、ここに残ったヒューマンデブリの少年たちにシャワー室まで連れて行かれた。彼らの居場所はここにしかなく、逃げる場所もなく、途方に暮れているようだった。
「私と同じだ……居場所なんかどこにもない。帰る場所も知らない、そんな―――」
思いつめていたその時、シャワー室のカーテンが突然開いた。
「アスナ、元気?」
「ひゃぁ!? ハナか、驚かさないでよ……」
思わず両手で乳房を隠す素振りをしたが、相手が花咲だと知るとそれもしなくなる。花咲はアスナの裸体をじっと見つめると、安堵を表情に浮かべて言った。
「火傷の痕、消えているようで良かった」
「あ、うん……」
対する花咲は顔の半分に火傷の痕が残っており、左手に至っては指が二本しかない状態だった。しかしその艶やかな金髪と凛々しい顔立ちは10年前とさほど変わらない。彼女は赤いラインの入った灰色のコートを着込んでいた。赤いライン、それは彼女が人としての尊厳を失った存在―――ヒューマンデブリであることを示している。
アスナはシャワーを浴び終えると、湿ったタオルで顔を拭きながら言った。
「ハナ、いったい何があったの?」
あの大怪我に治療費を誰も払ってくれない状況だ。生きていると思う理由が存在しない。
アスナは服を着てシャワー室を後にすると、すす汚れた灰色の鉄の壁がひたすら続く廊下に出た。所々にある血の跡に、アスナはぎょっとする。
「私、買われたの。傭兵の人に」
「傭兵に!?」
「うん。何度も生死の境を彷徨いながらも生き延びている私の噂を聞いてやってきたの」
花咲の後をアスナも続いて歩く。艦内の構造など知るわけないため、こうしていないとすぐに迷子になってしまう。
「彼は阿頼耶識の手術に耐えうる体を持った強い子供を探していた。私はその生命力を買われ、治療費を払ってもらう代わりに、阿頼耶識の手術を受け彼の元で少女兵として戦うことを約束したわ」
気づけば格納庫にたどり着いており、花咲は軽快な動作で床を蹴って飛び立つ。アスナも真似をするが上手くいかず、花咲に受け止められようやくなんとかなった。二人の傍には鋼鉄の巨人、ガンダムアスモデウスが佇んでいる。相変わらず鬼のような外見に、アスナは少したじろいでしまう。
「約束通り、私は三回の手術を受けた。いつかまたアスナに会えることを信じて、どんな痛みにも耐えてみせた。そして生き延びた。今日、この日まで」
花咲は自らの機体、アスモデウスを眺めながら続けた。
「たとえ身寄りのない子供として、ヒューマンデブリとなってでも生きながらえたい。今でもその気持ちは変わらない。アスナに会える日を思い描いて、どんな辛いことにも耐えてきた。どんな物でも壊してきた。どんな人間でも殺してきた」
アスナの手を握り締め、花咲は力強く言った。
「そしてようやく会えた。私が世界で唯一信じている貴女に。アスナ、私にとって貴女は神なの」
「へ? え、なんて言ったの?」
何かおかしい言葉が聞こえたが気のせいだろう。アスナは聞きなおす。
「神なの」
「誰が!?」
「貴女が!」
「え」
「アスナは私の神なの!」
おかしい。
アスナと花咲は親友であって、どちらか片方が信仰の対象になっていることなどあるはずもなかった。花咲と一緒に過ごした幼き日々の中に、そのような記憶は一切ない。あってなるものか、とアスナは思った。
「ずっとずっと、アスナのことを想いながら生きてきたわ。銃撃戦の最中でも、冷たい土の上で眠れない夜を過ごしている時でも……するとね、元気が出るの。アスナとまた会えるかもしれないって思うと、どんな辛い時でも元気を出して戦うことができた。だから、アスナは神なの。私にとって絶対的な存在なの」
「は、はぁ……」
瞳を輝かせて熱く語る花咲に、若干引き気味のアスナ。どうやら10年の間に花咲の中でアスナは親友から神になるという、近年稀に見る大躍進を遂げたらしい。
「待っていてね、渡したいものがあるの」
花咲はアスモデウスのコックピットに飛び移ると、中を探り始めた。そして何かを見つけたのか、まるで子供のように無邪気な笑顔を浮かべながら戻ってきた花咲は、アスナにそれを手渡した。
「これ、渡しそびれていたの」
それは所々が黄ばんでいたり、グシャグシャになったりしている誕生日カードだった。クレヨンで丁寧に塗られたアスナの似顔絵が描かれている。
アスナちゃん8歳の誕生日おめでとう
半分以上が汚れでまともに読めなくなっているものの、アスナにはちゃんと読めた。これだけを胸に花咲は今まで生き抜いてきたのか。
「遅くなって、ごめんなさい」
「うんん……」
その時初めて実感した。自分は親友を助けることができたのだと。炎の中、大人たちの都合も事情も、死の恐怖も全部投げ捨てて向かった自分は正しかったのだと。こうして花咲が目の前で笑っている。それだけで報われた気がした。
「ありがとう」
大粒の涙を流しながら、俯き加減にアスナは誕生日カードを受け取った。
彼女がヒューマンデブリになったことも、今まで辛い体験をさせてしまったことも、これから先どうなるか分からないことも。今は考えず、ただ喜ぼう。
親友が生きていてくれた喜びを実感したアスナは、静かに涙を流している花咲の小さな体をしっかりと抱きしめた。