誰が為に華は散る【鉄血のオルフェンズ外伝】   作:deburi

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第4話:所有者として

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 アスナは今まで裏稼業で生きている者で、人間的に尊敬出来る者を一人も知らない。

 

 今回もそうだ。月輪の鷹団に所属していた大人たちは、拠点としている戦艦「シラヌイ」に一人もいなかった。彼らは子供たちを見捨てて、自分たちだけで逃げ出したのだ。テイワズを敵に回し、彼らが動き出したことを知るやいなや、すぐに。

 

 ここにいる中でまともに読み書きが出来る子供は花咲一人だけ。彼女以外は文字も読めないし、複雑な計算も知らない。だが銃の解体と組立はそんじょそこらの兵士よりも素早く行える。それがヒューマンデブリの子供たちの実態である。

 

 戦争や過酷な労働に関する知識だけを身に付けさせ、それ以外は教えない。文字が読めて複雑な計算ができれば、ここよりも遥かに待遇が良く、人間扱いしてくれる働き口が見つかるかもしれないからだ。

 

 ゆえに教育の剥奪こそが、彼らをヒューマンデブリという身分に縛り付ける最大の要因といえよう。

 

「で……これから先、どうするかっていうことよね」

 

 格納庫にいたアスナはいつしかヒューマンデブリの子供たちに取り囲まれていた。前列にいる少年三人は見たところアスナと同じか少し下ぐらいの年齢だったが、それ以外は皆、十歳前後の少年ばかりであった。数えてみたらちょうどアスナを含めて五〇名がこの船に取り残されているらしい。

 

 つまり子供しかいない戦艦ということになる。この状態で暗礁宙域を抜けなければいけないわけで、しかもテイワズの追撃もやり過ごす必要が出てくるわけで……。

と。頭痛で脳みそが押しつぶされそうになっているアスナの横にいた花咲が口を開く。

 

「アスナのお父さんは不在なのよね?」

「死んだわ……銃で撃たれてね」

 

 実の娘に理不尽な暴力を振るう男だ。死んだところで悲しみに暮れてどうしょうもなくなるような人間ではない。アスナはそんな人間のために少しでも涙を流した自分自身が許せなくなった。思い返せば自分を育てていたのではなく、マリーメル家の看板として調教していたのだから……愛情の欠片も、アスナは感じたことがない。

 

 そして遂に、愛情を向けることなく死んでいった。それだけのことだ。

 

「じゃあアスナが私たちの所有者になるわね」

「所有者!?」

「うん。私たちは名義上、マリーメル家の所有物になっているから。だから、ここにいる皆に貴女を守る義務が課せられている。もっとも、義務が課せられていなくても、私は全身全霊をかけてアスナ守るけど」

「は、はぁ……」

 

 人間は道具じゃない、などと彼らの人権を主張できる状況でないのはアスナも承知している。ならば彼ら、月輪の鷹団のヒューマンデブリの子供たちの所有者として、今の自分に何ができるか考えよう。アスナはそう思い、声を張り上げて皆に言った。

 

「父、フィゲル・マリーメルの死亡を以て、貴方たちの所有権は私に移った……ってことでいいかな」

 

 異議はなかった。皆が素早く頷く。

「つまり、アスナが月輪の鷹団の団長ってこと。いいわね、皆?」

 

 花咲が余計なことを付け加えた。

 

「だ、団長!?」

「そういうことになるんじゃないの?」

「まぁそうだけどさぁ……」

 

 つい先週まで豪華な屋敷で家事をしていたり、習い事のバイオリンの練習をしていた自分が、成り行きとはいえ海賊の団長になるなど。アスナには想像すらできなかった。実感など湧くはずもない。

 

「え、ええ、っと……団長らしく……」

 

 しかし今のアスナは月輪の鷹団の団長でなくてはいけない状況だ。まずはかたちから入ってみようと、彼女は右拳を天に掲げて、

 

「じゃあ、いくぜ、野郎ども、お、おら―――……」

 

 途中で恥ずかしくなってアスナは赤面を両手で隠して、アスモデウスのコックピットまで逃げ込んだ。何があったのかと花咲が様子を見に向かうと、コックピットシートに丸まって小さく震えるアスナがいた。

 

「どーしたの、アスナ?」

「ごめん無理……」

 

 アスナの羞恥心を察することなく、格納庫内では居場所を見つけられたヒューマンデブリの少年兵たちによる「アスナ団長!」コールがいつまでも続いていた。

 

 まるで宇宙空間に生身で出たような息苦しさと薄ら寒さがアスナを襲う。

 

 

     2

 気を取り直して。アスナは人員の把握と状況の整理を行うため、メモとペンを持ち艦内の廊下を歩いていた。花咲はその横を歩き、中を案内していく。

 

「まずは艦橋の場所の把握と……」

 

 灰色の強襲装甲艦「シラヌイ」は海賊や傭兵団で使われている一般的なモデルの宇宙戦艦だ。エイハブリアクターを搭載しているため耐久性もあり、先ほどの襲撃でも積極的に狙われなかったということもあってか、砲台は全て機能するし、スラスターの調子も良好だ。対するアスナたちが乗っていた戦艦「カスミ」は残念ながら使い物にはならないだろう。スラスターやモビルスーツデッキといった航行に必要不可欠な部分が破壊されている。艦内の重力制御装置も潰れており、宇宙服無しでは中に入ることすらできない。

 

 しかし色を含めて外観と設計は殆ど同じなので、損傷していない部分をストックしておけるだろう。余裕があれば、エイハブリアクターだけでも回収していきたいところだが、今の状況ではそれも叶わない。一刻も早く宙域を離脱しなければ、テイワズとソードフィスト傭兵団の追撃部隊の強襲を受けてしまう。

 

「ここが艦橋よ」

 

 艦橋には席が五つあった。前方の二席が航行を行う場所で、左右が戦況分析や索敵システム、艦内制御を行う場所。そして中央にあるのが艦長席だ。アスナはそこに座ると深呼吸をした。

 

「ふぅ……何か変な気分」

 

 今まで戦場を渡り歩いてきた少年兵ではなく、自分がこの席に座っているのが果たして本当に良い事なのだろうか、とアスナは頭の中で何度も疑問を覚えた。しかし部隊の指揮に関しては、どちらも素人同然なので大して変わらない。そうアスナは結論づけた。

 

 アスナが艦長席に座ると、前方の席で航行システムの操作を行っている少年が立ち上がって挨拶をしてきた。スキンヘッドで顔立ちからアジア系であることが分かる。アスナよりも少し歳が低いであろう少年だった。彼がハイスクールに通えたならば、十中八九ベースボールクラブに入団していたであろう……そんな感じだ。

 

「ご苦労様です、アスナ団長!」

「だ、団長……」

 

 やっぱり慣れない。今まで社交パーティーで何度も「お嬢様」とは呼ばれていたが、団長と呼ばれたのは人生において今日が初だった。

 

「俺はリウです。これからよろしくお願いします!!!」

「よ、よろしくー……」

 

 ヒューマンデブリというと礼儀も何も教えられていないゴロツキのようなイメージがアスナにはあったが、彼は非常に礼儀正しい好青年であった。ただ一つ、声が馬鹿でかいことを除けば。

 

 花咲曰く、文字の読み書きができなくとも戦艦の運用に関する知識はあるらしい。文字ではなく「ここを押せばこうなる」というように大人たちから仕込まれたとか。一見、文字を教えたほうが手っ取り早い気がするが、そうすれば彼らヒューマンデブリを自分たちの元に縛り付けておけなくなる。認めたくはないが合理的な手段であると言えよう。

 

「現在、団長の指示通り、暗礁宙域を抜けるルートで航行中であります!!!」

「あ、ありがと……」

 

 艦橋のモニターには今後の航路が映し出されていた。暗礁宙域は一定のルートを通らなければ安全に航行はできない。デブリ帯を避けて行く必要があるため、もどかしいがアスナたちは回り道を強いられていた。

 

 アスナは艦橋を後にすると、再び格納庫に向かった。格納庫にはアスモデウス以外に三機のモビルスーツが格納されていた。一機はバスターソードにロングライフルという一般的な装備の灰色の装甲色をしたユーゴーで、テイワズの百錬と戦っていた機体だ。右腕を損傷しているが、それ以外は問題なく動くらしい。

 パイロットはブリアンという筋肉質な角刈りの少年で、数少ない年長組の一人でもある。その中でも特に大人びた顔立ちをしていた。熟練の戦士、といっても過言ではないほどの貫禄があったのは、長く生き延びている証拠なのだろう。

 

「あれもユーゴーだよね。なんか装備が違うようだけど」

「ジャックの機体よ。遠距離射撃が得意だから、ああいうカスタマイズになっているの」

 

 もう一方のユーゴーは紺色の機体色で、右手には機体の全長と同じ大きさの巨大な対物ライフルを装備していた。それに伴い両肩とバックパックをグレイズのものに付け替えられるなど微調整が行われており、横幅を狭くすることで隠密性を向上させていた。

 

 そうこうしていると、アスナの目の前に茶髪で背の高い青年が降り立ってきた。毎日シャワーを浴びているのか小奇麗な雰囲気と、長くもなく短くもないストレートヘアーから、ハイスクールにでもいそうな好青年に見える。

 が、やはりヒューマンデブリの象徴である赤いラインの入った灰色のコートを身にまとっていた。それでも周りと違って袖に手を通していなかったり、どこかお洒落に着こなしている様子だった。

 

「やぁやぁ新しい団長さん。俺の名前はジャック・ヒューゲル、よろしく」

「は、はい!」

 

 容姿端麗という言葉は彼のためにあるのではないかというほど美しい顔立ちに、アスナは思わず仰け反ってしまう。こういうタイプの男性に会うのは初めてでどう接すればいいか分からず戸惑っているわけで、一目惚れとかそういうのではない。おそらく。

 

 アスナのそんな様子を、流し目で花咲は見つめる。なんだかよく分からない感情が花咲の中に芽生えた。人はそれを嫉妬と呼ぶが、彼女はそのような言葉を知らなかった。

 

「人は俺のことをこう呼ぶ……天才、と!」

「はぁ……」

「百発百中、狙った獲物は逃さない。きっと俺には天賦の才があるのですよ」

「ええ……」

「この美しき天才、ジャック・ヒューゲルに―――」

「もういい。行こう、アスナ」

 

 花咲はアスナの手を引き、その場を後にしようとした。

 

「あいつはちょっと自信過剰なの」

「ぞ、俗に言うナルシストってやつね」

 

 ヒューマンデブリとはもっと暗い人ばかりだと思っていたが……アスナの予想に反して、一癖も二癖もある面子がここにはいた。

 

「まぁジャックの実力は本物よ。彼に拳銃を渡したら、片手撃ちでも50m先の標的の頭を撃ち抜けるもの。前の団長も、暗殺任務は彼に一任していたわ」

「本当に天才だったんだ……」

 

 あの明るい笑顔の裏で、彼のまた人を殺す仕事をしていた。

 

「黙っていれば、そう言われていたでしょうね」

 

 しかし現在のシラヌイには携帯火器は一切なかった。全部、大人たちが持ち出して逃げたという。敵に乗り込まれたら終わりだな、とアスナはそうならない為にこれから先のことを考えるのに集中した。

 

 

 

     3

「ふぅ……これで少しはまとめられたかな」

 

 アスナは食堂のテーブルの上でメモを広げて、情報の整理をしていた。横には意味もなくちょこんと花咲が座って、アスナをじっと見ていた。

 

 二機のユーゴー以外に、ギャラルホルン製のゲイレールという機体があるらしいが、それは元々、売り物だったようでパイロットは決まっていないのだという。もっとも阿頼耶識のコネクタが接続されていないため、扱える人間は限られてくるだろう。年長組の三人には既に決まったポジションがあるため、パイロットになってもらうとなるとそれ以外の一〇代前後の少年の誰かに頼むしかない。

 

 その他にも宇宙用のモビルワーカーが五機存在する。年少組の子供たちはこれに乗っていつも戦っていたのだという。

 

 当然、致死率も年少組の方が高い。この船に一〇代後半の子供が少ない理由でもある。

 

「戦闘にはならないのが一番なんだけど、戦力は多いほうがいいし……」

 

 ゲイレールにモビルワーカーの阿頼耶識を取り付ければ誰も動かせるようになる。それほど時間のかかる作業でもない。だが、しかし、だ。

 

「うぅ、でも子供たちをモビルスーツに乗せて戦わせるのは駄目な気がするし」

 

 月輪の鷹団の大人たちのとっていた手段が合理的であり、ヒューマンデブリという戦うための教育しかされていない子供達を最大限に活かせるものであると、考えれば考えるほどアスナには思えてきた。

 

 子供だろうが関係ない。モビルスーツがあるなら乗って戦えと命令しろ。たとえ敵がモビルスーツでもモビルワーカーで足止めぐらいはできる。どうせ死んでも大した損失にはならない。ヒューマンデブリは使い捨ての道具として使い潰せ。

 

 アスナの知っている男たちならきっとそう言うだろう。それが一番、簡単で安定した選択しだからだ。

 

「でも……もう誰にも死んでほしくはない。だから私は―――」

 

 アスナを守って死んだ少年兵たちは、自分のことを道具だと思いながら幼い命を散らしていった。自分の命の本当の価値も知らぬまま。もうそんなこと繰り返してはいけない。アスナはそう思ったからこそ、本気でこの船にいる子供たちを守るために考えようと思ったのだ。

 

 皆で生き残るための道を。

 

 でも理想論であった。こうしてテイワズという巨大な組織から狙われている以上、戦わなければいけない。この中の誰かを前線に出して、戦わせなければいけない。そしてそれを決めるのは月輪の鷹団の団長であるアスナであった。

 

 誰も死なない状況を望んでいる場合ではない。ではないのだが、アスナはそれを中々受け入れることができず、手のひらを流れる汗を苛立ちに任せて握り締めていた。

 

「アスナ、疲れてる」

 

 そんなアスナの様子を見た花咲は、彼女の背中に静かに寄り添い言った。

 

「皆に死んで欲しくないのなら、私が向かってくる敵を全て殺す。この命に代えても、絶対に皆を守りぬく」

「でもそれじゃあ、ハナが犠牲になるじゃない!」

「アスナ」

 

 花咲はアスナを後ろから抱きしめ、静かに囁く。

 

「私にとってアスナは神様なの。だから怖くないよ、死ぬのは。神様のために死ねるなら本望だもの」

「やめて……」

「命令してよ、アスナ。次は何をすればいいの?」

「やめて」

「安心して、私はどんなことでもするよ」

「やめてよ!!!!!」

 

 アスナは花咲を振り払って叫んだ。花咲は抵抗することなく柱に背中を打ち付けると、それでも痛がる様子を一切見せずにアスナをまっすぐ見つめ続けていた。自分はアスナに使われるために生まれてきた武器だ―――花咲の瞳は彼女にそう訴え続けていた。

 

「一〇年前、貴女は命懸けで私を助け出してくれた。それからずっと、貴女の存在が私を守り続けてくれたの。だから今度は私がアスナを守らなきゃいけないの」

「ハナ、もうやめてよ……」

「大丈夫、アスナは何もしなくていいんだよ。私が全部殺してあげるから、壊してあげるから。あの日、あの時から、私は貴女のために命を捧げるって決まったのだから」

「やめて……」

「どうして? どうして、アスナは泣いているの……」

 

 そんなために助けたわけじゃない。

 花咲の気持ちを受け止めきれずに、アスナは静かに泣き崩れてしまう。どうしたらいいのか余計に分からなくなり、頭の中がグシャグシャになっていく。

 

「アスナ、ごめんなさい」

「いいの……私が、私が覚悟を決めなきゃいけないんだ。きっとそういうことなのね」

 

 ゆらりとアスナが立ち上がったその時。

 敵襲を知らせる警報がシラヌイ艦内に鳴り響いた。

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