誰が為に華は散る【鉄血のオルフェンズ外伝】   作:deburi

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第5話:理想の戦争(前編)

     1

「よくぞここまでモビルスーツを短時間で用意してくれた。感謝するぞ、カズマ・シュレイナー」

『うちら裏稼業の商売は早さが命ってわけでさぁ。まぁ感謝するなら、ジャスレイの伯父貴に頼むぜ、旦那ァ』

 

 カズマは回線越しにいる傭兵団ソードフィスト団長の、クライス・フィレッジに軽い口調で言った。

 暗礁宙域に浮かぶ機影。全部で十一機あり、そのうちの九機は民間でも作業用として使われているモビルスーツ、スピナ・ロディである。傭兵や民間警備会社にも広く普及しており、ロディフレーム特有の扱いやすさを追求した信頼性の高い非常に優秀な機体として知られている。

 

『えーっと、隊長のオッサンはこれで良かったわけで?』

 

 カズマの乗る百錬はデブリの影に隠れる。カズマの目的はあくまでも試作機の実戦データを持ち帰ることにある。戦闘には参加しないようだ。

 

「もちろんだ」

 

 クライスは岩のようにゴツゴツとした顔に力を入れ、厳かに返事をした。ファンタジーに出てくるトロールのような怪物を彷彿とさせる表情、そして巨大な体をしていた。怒りが彼を怪物にしているのかもしれない。

 

『とはいえ、これだけのモビルスーツを仕入れたら報酬入っても赤字なんじゃね? 提案した俺が言うのもなんだけどさ』

「かまわん。これは弔い合戦だからな。それに数で圧倒しなければ、確実に奴らを仕留めることはできないだろう。万が一、逃げられてしまったら報酬も貰えない」

『ま、そりゃそーなんだけど。んじゃ、俺はこっちで試作機の動きを観測しておくから、あとはよろしくね』

「御意」

 

 クライスはそう言って回線を閉じ、自機を前に出してシステムを戦闘モードに移行させた。

 両肩に後ろに伸びた長いスラスターを備えており特徴的なフォルムとなっている一方で、胴体から下は百錬を元にした堅実な設計となっていた。両肩にはグレネードランチャー、両脚にミサイルポッド、バックパックに二丁のライフル、両手にナックルガードを持った重火力型の装備で、深い青の装甲を身に纏っている。

 

「テイワズから貰い受けた試作型モビルスーツ、青犢(せいとく)で仇を討たせてもらうぞ―――月輪の鷹団のガンダムフレーム!」

 

 青犢の頭部にある六つの目が鋭く煌めいた。

 

 

 

     2

 アスナは急いで艦橋に向かうと、既にヒューマンデブリの少年たちがオペレートを行っていた。暗礁宙域のため広範囲索敵が難しく、既に敵モビルスーツからの攻撃を受けているようだ。戦艦のナノラミネートアーマーが機能しているとはいえ、衝撃は艦内に襲いかかってくる。

 

 艦内が大きく揺れ、アスナは艦長席にしがみつきながらも指示を出そうとした。しかし何をしたらいいのかまるで分からない。

 

「こんなに早く敵が仕掛けてくるなんて……」

 

 どうすればいい。

 月輪の鷹団の子供たちを統べる身として自分には何ができる?

 

「そ、そうだ! 早くモビルスーツを出さないと……!」

 

 モビルスーツ対戦艦の状況において、まずモビルスーツ側が最優先で狙うべき部位はモビルスーツデッキだ。艦載機の発進を阻止しなければ、敵戦力の増加を許してしまう。アスナは男たちの会話にもついていけるようにと、昔から父親にそのような戦術論を叩き込まれてきたのだ。

 

 社交パーティーで成り上がりの傭兵や軍事会社の社長と話せるようになるために学んでいた知識が、まさかこのような状況で役に立つとは。

 

「モビルスーツ、お願いします! あと、できる限りモビルスーツデッキに被弾させないように動いてください! あそこを壊されたら戦えなくなります!」

「了解!!!」

 

 リウの大声が艦橋に響き渡る。

 敵影は全部で四つ。数では劣っているものの、戦艦の支援砲撃を加えれば有利に戦いは進められるだろう。ここで敵を追い払って、早く暗礁宙域から脱出しないと。

アスナは焦る気持ちを抑えて、指揮を続けた。

 

 

 

     3

 モビルスーツ格納庫では、帽子を深くかぶった整備班の少年が現場の指揮を行っていた。彼の名前はブロック。十二歳にして、整備班の少年たちを纏めている。

 

「アスモデウスは推進剤の補給が終わり次第、出撃っスよ! 向こうさんは、もうこっちに銃口を向けてきているようっスから!」

 

 アスモデウスの全身から伸びていたチューブがパージされていく。パイロットスーツを身にまとった花咲は軽快な動作でコックピットに入ると、慣れた手つきでシステムを起動させる。

 

「うッ……」

 

 モビルスーツと背中にある三本の阿頼耶識接続コネクタが機体と繋がっていく感覚が、花咲の体中を駆け巡った。まるで全身に針が刺さるかのような鋭い痛みは、何度経験しても慣れることはないだろう。しかも前回の戦闘で駆動系にズレが生じており、少しだけぎこちない感覚がした。

 

『……いちおう調整はしておいたっスけど、まだシステムに負荷が掛かっているようで……整備マニュアルは大人たちが持ち出していたようで全部は修正できなかったっス。申し訳ないっス……』

「十分よ」

『……顔色が悪いのもシステムの負荷のせいっスか? 無理はしないでくださいっスよ』

「問題ないわ。ちょっと分からないことがあっただけだから」

 

 分からないこと。

 どうしてアスナは自分を拒絶したのか。自分が命を捧げて戦うことのどこに、アスナにとってのデメリットがあったのだろう。やはり自分は信用されていないのか。アスナの命を守り切れるように見えないのか。

 

 ならば戦功を立てて、それを証明しなければならない。

 アスナに信じてもらえるためなら百人だろうと、千人だろうと殺してやる。

 

 花咲は決意を胸に操縦桿を握る。

 

「ブロックは十分やってくれているわ。ありがと」

『……そう言ってくれると嬉しいっス。ご武運をっス』

 

 整備班の少年たちはアスモデウスから離れていき、モビルスーツデッキが展開を始める。背中にメイスと滑空砲をマウントしたアスモデウスの巨体は格納庫の開いた床の向こうにある、カタパルトまで移動。元々、競り市の商品として扱われていた為、アスモデウスは装備も鉄華団のバルバトスを意識してある。

 回線が入り、アスナの顔がモニターに映し出された。花咲は彼女の目をまっすぐ見つめながら、静かに一言。

 

「さっきはごめんなさい」

『うんん、大丈夫』

 

 カタパルトが展開され、くぐもった暗礁宙域の宇宙(そら)が眼前に現れた。

 

『ハナ、まずは先陣を切って、敵モビルスーツ部隊を引きつけて。ジャックさんとブリアンさんの出撃が完了次第、各個撃破で』

「了解」

 

 何があろうとアスナのために自分は戦うだけだ。それが自分の命の使い方なのだから。それがアスナのためになる。花咲は迷うことなく、前を向いた。

 

 オペレーターであるリウの大声が響くも、花咲は軽い返事でやりすごす。

 

『いつでも出撃どうぞ!!!!!』

「ええ。花咲レゴリス、ガンダムアスモデウス、出るわ」

 

 カタパルトのレールをアスモデウスが滑走する。火花が四散し、鋼鉄の巨体が真空へと解き放たれた。アスモデウスは姿勢を立て直すと、展開したバックパックから伸びたアームが滑空砲を右手まで運ぶ。五本のマニピュレーターで滑空砲の持ち手をしっかり掴むと、双眸を煌めかせ目の前の敵に向かっていった。

 

「敵、四機だけか」

 

 アスモデウスは滑空砲を構えて、敵機のスピナ・ロディに照準を向ける。大口径から放たれた弾丸はそのままスピナ・ロディの胸部に直撃、ナノラミネートアーマーの装甲を僅かに削り、弾かれた弾丸が右肩のフレームを破壊した。

 

「くる!」

 

 ハンドアックスを振りかざして迫ってくるスピナ・ロディにアスモデウスはメイスで応戦する

 

「これやっぱり使いにくいわ」

 

 バルバトスに似せる為に急造した何の変哲もない鉄の塊のような武装であることに加えて、花咲自身、鈍器というものが性に合わなかったというのもある。しかし今、花咲が使える近接武器はこれしかない。

 

 花咲はもう一つの敵の気配を察し、振り返る。背中に向けて、スピナ・ロディがバスターソードを振り下ろしてきた。しかしバスターソードはアスモデウスを叩き斬ることなく、弾かれて飛んでいく。

 

『ヒュー! お待たせ!』

 

 シラヌイの甲板の上はジャックのユーゴーが対物ライフルを構えていた。銃口から放たれた弾丸はちょうどバスターソードを持つスピナ・ロディのマニピュレーターに炸裂していた。

 

『もう一発!』

 

 ジャックのユーゴーは仰け反ったスピナ・ロディの頭部にめがけて銃弾を撃ち込んだ。銃弾はメインカメラに炸裂し、敵は戦場を目視でしか確認できない状態になってしまう。こうなれば大抵の敵は撤退するだろう。目の前しか見えないモビルスーツは戦場では何の役にも立たない。

 

「待っちゃいないけど、ありが」

 

 アスモデウスはぶつかり合っていたスピナ・ロディのハンドアックスをメイスで弾く。

 

「と」

 

 そしてガラ空きになっている右脇腹に思いっきり鉄の塊を叩き込んだ。ひしゃげていくコックピットの中にいたパイロットは、崩壊する自機の装甲板やフレームによって押し潰されて絶命する。

 

 アスモデウスが一機撃破したのを見ると、残りのスピナ・ロディは背中を向けて撤退していく。味方が一機やられただけで逃げ出すとは、やはりその場で雇った安物の傭兵なのだろうか。少なくとも逃げる場所があるということはヒューマンデブリではない。

 

『敵が逃げていくな……』

 

 到着したブリアンのユーゴーが花咲のアスモデウスと向き合う。ブリアンは一〇代後半であることを感じさせない低い声で花咲に言う。

 

『追った方が良さそうだな』

「でも追撃するかどうかアスナに聞かないと」

『やめとけ。あの子は俺たちの所有者だが、つい先日まで戦争なんて知らない世界で生きてきたんだ』

「アスナを疑うの? ブリアンでもそれは絶対に許さ―――」

『逆だ』

 

 ブリアンのユーゴーはアスモデウスを横切って、撤退していくスピナ・ロディたちに向かっていく。

 

『信じている。守らなければいけないと思っている。だからこそ、何でもかんでも今のあの子に答えを求めちゃいけない』

「だけど」

『指示を求めすぎると、それがあの子にとっての負担になる』

「……わかったわ、やりましょう」

 

 アスナのことを信じていないわけではなかった。が、やはり戦争について多くのことを知っているのは自分たちであることを、花咲は否定しなかった。

 撤退する敵を見逃せば、自分たちの位置や戦力を相手に教えてしまうことになる。そうなれば戦力を立て直した敵がこちらに奇襲攻撃を仕掛けてきたり、大きく上回る戦力を用意して物量作戦に切り替えてくるかもしれない。

 

 撤退するからといって絶対に見逃すことはするな。殺せ、一人残らず。自分を拾ってくれた傭兵の男が口癖のように言っていた言葉だ。

 花咲は脳裏に浮かぶ地球での戦争の記憶を振り払い、アスモデウスを撤退中のスピナ・ロディたちに向かわせた。

 

『追撃戦ね、了解っと!』

 

 ジャックのユーゴーも狙撃姿勢を解除して、暗礁宙域のデブリに乗ってスコープを覗く。

 

 ちょうどアスナたちの乗るシラヌイと、追撃隊の距離が開いた時だった。ジャックはスコープに映る敵影に気がついた。デブリの影にモビルスーツが隠れていたのだ。

 

『アスナ、ブリアン! こいつらは囮だ、逃げろ!』

「敵!?」

『畜生、待ち伏せか!』

 

 花咲はメインモニターに浮かぶ敵影が三つから九つに変わったことに気がついた。デブリの影を利用して待ち伏せしていたのだ。しかもご丁寧に、接敵までエイハブリアクターを停止させることで反応を消していた。

 

 ブリアンのユーゴーはバスターソードを手に取って、右からくるスピナ・ロディを斬り払うが、左と前方からくる射撃をかわすことはできずに被弾してしまう。左脚部のスラスターが火を噴く。

 

「ブリアン! 今、助けるわ!」

 

 アスモデウスは取り付いてきたスピナ・ロディを振り払うと、ブリアンのユーゴーに向かってスラスターを全開にさせて助けに向かう。

 

『お前の相手はこの俺だ!』

 

 接触回線で男―――クライスの怒りに染まった声が聞こえたと同時に、アスモデウスは横から割り込んできたモビルスーツのナックルガードを胸部に受けてしまう。衝撃でコックピットが揺れ、花咲は顔面をモニターに打ち付けた。

 アスモデウスはそのまま吹き飛ばされてしまい、デブリに背中を打ち付けてしまう。

 

「こいつ!?」

 

 アスモデウスの目の前に現れたのはテイワズの試作モビルスーツ、青犢であった。全身に重火器を装備しているにも関わらず、まるで高機動モビルスーツであるかのように素早い機動でアスモデウスに迫ってくる。

 

『貴様を討ち取る為に用意した、青犢の性能! とくと味わうがいい!』

「邪魔だぁぁぁあぁぁあぁぁぁぁ!!!」

 

 花咲の咆哮とともにアスモデウスのメイスは青犢に向かって振りかざされる。しかし、またも腹部にナックルガードを打ち込まれるだけで終わった。素早い機動でメイスの範囲から逃れ、同時に懐へ潜り込まれたのだ。

 衝撃でヘルメットが割れ、額から血が流れる。

 

「そこか!」

『甘い!』

 

 青犢が脚部を展開させると、そこからスラスターが出現した。そしてスラスターを吹かせて縦に一回転し、アスモデウスの放った滑空砲の銃弾をやりすごす。青犢は脚部のミサイルを発射、同時にナックルガードを破棄してライフルに持ち替え、射撃を開始した。

 ミサイルの誘導を切るようにアスモデウスは動くが、その先にあるライフルの射撃までは回避することができずに、右肩と左足に被弾した。黒煙の中、アスモデウスは怯むことなく滑空砲を構えて撃つ。

 

「邪魔だ邪魔だ邪魔だぁぁぁぁあぁぁぁああぁぁぁぁあぁ!」

 

 早くこいつを殺さなければ、ブリアンがやられてしまう。

 焦る花咲の気持ちとは裏腹に、滑空砲の弾丸は青犢に当たらない。機動性でも火力でも相手の方が一枚上手なのだ。どれだけ正確な射撃ができても、動きの速い機体を捉えるのは至難の業であった。

 

 そもそもモビルスーツ戦における阿頼耶識のメリット一つは、人機一体を実現することによって反応速度を飛躍的に向上させることにある。しかし敵が阿頼耶識の反応速度でも追従できない機動をしてきた場合どうなるだろうか。

 

「死ね! 死ね! 死んでしまぇぇえぇぇえぇっぇぇ!」

 

 当たらない。

 

 白兵戦において絶対的優位の阿頼耶識も、射撃戦になった途端にそれを失ってしまう。

 感覚で照準補正を行っている花咲は、その感覚が青犢の高機動に追いついていないのだ。今まで相手にしたことのないタイプの敵に、花咲は錯乱状態にあった。高機動で動き回る相手が大火力で自分を攻撃しているのだから、当然の結果と言えよう。

 

 右側の腰のスラスターがライフルの射撃によって破壊された。メイスは爆風で吹き飛んでしまい、バックパックのアームがひしゃげる。滑空砲を庇うように機体を上方に向けるが、そこに殺到したミサイルが機体前面のナノラミネートアーマーを焼き焦がす。

 

『終わりだ、ガンダム!』

 

 

―――皆に死んで欲しくないのなら、向かってくる敵を全て殺す。この命に代えても、絶対に皆を守りぬく。

 

 

 アスナに誓った自分の言葉が、花咲の脳裏を駆け抜けた。

 約束したはずだ。そうだ、自分には皆を死なせたくないというアスナの願いに答える義務がある。自己を犠牲にしても。

 どんな手を使ってでも、目の前の敵を殺さなければならないのだ。

 

 今まで自分を救い続けてくれた、世界で一番尊い存在を守るために。

 

「私の神様のために!」

 

 アスモデウスは滑空砲を構え直し、照準を定める。青犢本体ではなく、その近くにあったデブリにだ。もう何年も前に撃墜されたであろうモビルスーツ、マン・ロディの残骸で、当然ながら機能は停止している。

 

「私はあんたを殺さなきゃいけない!」

 

 滑空砲はその残骸に向かって放たれた。弾丸は残骸に炸裂すると、経年劣化して脆くなっている装甲板の破片が四散し、ちょうど付近を飛んでいた青犢に殺到していく。破片は青犢の両脚に突き刺さり、ミサイルポッドを破壊した。

 

『な……ッ!』

 

 花咲はデブリを撃つことにより破片を撒き散らし、高速機動で動き回る青犢にぶつけることで散弾の代わりにしたのだ。所詮は阿頼耶識を搭載していない普通のモビルスーツだ。動きはコンピューター制御であるぶん単調で、反応して照準を合わせることは困難でも、ある程度の軌道を予測することはできた。

 

「こいつを殺して―――」

 

 その時、ジャックから通信が入った。

 

『撤退だ、花咲! いつも通りに、な!』

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