誰が為に華は散る【鉄血のオルフェンズ外伝】   作:deburi

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第5話:理想の戦争(中編)

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『どうやら追撃に向かった二人が待ち伏せをくらったらしい! 狙撃でこっちも援護しているが数が多すぎる!』

 

 ジャックの通信が艦内に響き渡った。

 

「待ち伏せ!? 相手は三機のはず……」

 

 冷静になって考えてみると、モビルスーツを搭載した戦艦相手に四機で挑むことが不自然であった。見方によれば強行偵察と考えることもできたが、この状況で行うとは思えない。

 しかし敵がこれほどの戦力を短時間で揃えてくるなど、誰も予想していない状況だ。

 アスナは頭を抱えて次の指示を考える。

 皆が生きて帰れる指示を。このまま敵をやり過ごせる指示を。誰も死なない指示を。

 

「は、ハナとブリアンさんに撤退指示を!」

『この距離じゃ回線は繋がらない!』

「え、あ……じゃあ、えーっと……」

 

 ダメだ。こんな時どうすればいいかなど、アスナは知らない。冷えた頭なら考えることはできたかもしれないが、今の混乱した頭では何一つ思いつかなかった。言葉を出すのに精一杯だった。

 

『俺のユーゴーを中継地点にして回線を繋ぐ! 少し待っていてくれ!』

 

 ジャックのユーゴーが狙撃地点を離れ、スラスターを全開にして二人の元へ向かった。

 

「どうすれば……こんな時、こんな時!」

 

 自分があの時、違和感に気づいていれば。ちゃんと指示を出せていれば。

 

「戦艦ごと向かわせ、駄目だそれじゃ危険すぎる。主砲で援護射撃は、届かない」

 

 アスナは頭をかきむしりながら必死で考える。流れる汗も気にせず、ひたすらに考えた。

 自分の判断で人が死ぬかもしれない。

 もう誰も死んで欲しくないと言ったのは誰だ。

 

 考えろ。

 考えなきゃいけない。

 そうでないとハナが、皆が死んでしまう。

 

「ブリアンさんのユーゴーから通信が届きました!」

「こっちに回して!」

 

 モニターには灰色の砂嵐が吹き荒れていた。しかし声はノイズが激しいが何とか聞こえた。

 

『団長か! こっちは敵が多すぎて逃げることもままならない』

「ブリアンさん、もう少し持ちこたえてください! こっちでゲイレールを発進させます」

 

 もうそれしか方法は無かった。誰でもいいから残っているモビルスーツのゲイレールに乗せて、援軍として送り込む。だが愚策であることはアスナも自覚していた。

 そもそも発進準備もしていないモビルスーツをすぐに出せるわけがないし、阿頼耶識の移設作業もまだ行っていなかった。たとえ間に合ったところで物量の差は覆るはずもなく。

 

『駄目だ。ジャックに花咲を回収させて、シラヌイは戦線を離脱するんだ』

「でもそれじゃあ、ブリアンさんは!」

 

 誰かの犠牲を以て、自分の命が助かるという状況だった。

 自らの命を捨ててアスナを守った少年兵の姿が脳裏に浮かぶ。ブリアンも彼らと同じように、さも自分の命が「手段」であるような口調で言っていた。死という現象に恐怖を覚えることも、ヒューマンデブリのまま死んでいくことに疑問を一切抱くことなく、彼は犠牲になろうとしているのだ。

 

「駄目よ! もう誰かが死ぬようなことは―――」

『今までと同じだ。俺たちの命は誰かが生き残る手段として使われる。俺もそうやって仲間の死によって生かされてき……たッ!』

 

 回線越しに鉄が砕ける音がした。

 

『ついに俺の番がきた、そういうことだ』

「やめて……」

 

 ガラスが飛び散る音がした。

 

『団長。花咲とジャックが離脱したら、前方に煙幕弾を撃ってくれ』

「逃げて……」

 

 爆発音がした。

 

『それで撤退の時間は稼げる。いつもそうやって逃げていた』

「……」

 

 鉄がひしゃげる音がした。

 

『あと数回、誰かが囮になれば、暗礁宙域からも抜けられるはずだ』

 

 ブリアンだけではない。これから先、逃げるためには犠牲を出し続けなければいけない。モビルスーツが勿体なければ、モビルワーカーでもいい。爆薬を積んで特攻すれば、モビルスーツ相手でも多少の足止めはできる。

 

『俺たちの命を使って生き延びてくれ、団長』

「そんなの、認められないわ! 逃げて! 今すぐ逃げてよ!」

『大丈夫だ。これがヒューマンデブリの死に方なん―――』

 

 肉と骨が潰れていく音がし、通信が途絶した。

 

 

 

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 それから後のことはあまり覚えていない。

 

 アスナは艦橋で泣き崩れ、指揮を放棄。判断は現場の子供たちに任された。

 

 結論から言うと、シラヌイは撤退に成功した。ジャックが暴れる花咲を無理やり戦線を離脱させ、それを確認したシラヌイは煙幕弾を発射した。

モビルスーツの索敵機能では暗礁宙域の闇に消えた敵影は追えない。

 しかし撤退ルートは完全な後退であった。シラヌイは襲撃を受けた場所に逆戻りしていた。撃沈した戦艦カスミの残骸がある宙域は周囲をデブリで囲まれており、戦艦で離脱するにはもう一度同じルートを通らなければならなかった。

 

 格納庫では船員の子供たちが総出でアスモデウスとジャックのユーゴー、そしてゲイレールへの阿頼耶識の搭載作業が行われていた。アスモデウスは右腰のスラスターが大破、各部のナノラミネートアーマーが剥離しているなど、損傷もひどい。武装もメイスを失い、残弾の少ない滑空砲と、回収したブリアンのユーゴーのバスターソードだけだ。

 

 アスナはその様子をただ眺めていることしかできなかった。

 スパナすら持ったこともないアスナに、手伝えることは何もない。

 壁に背中を預けてその場に座り込んで、ただ恐怖に震えるばかりであった。

 

「ああ、あぁぁっ……」

 

 自分の判断が人を殺した。そしてこれから先も殺し続けるであろう現実。自分が死んだほうがマシだと何度思ったことか。モビルワーカーなら何とか手動で動かせるし、自分が囮になれば皆が助かのでは。アスナは立ち上がってモビルワーカーのほうを見つめた。

 

 ダメだ、戦い方の一つも知らない自分がモビルスーツの足止めをできるわけない。

 なら今の自分に何ができるか。

 格納庫で必死に頑張る子供たちに向けて、バイオリンの演奏でも行うか。

 

「どうして、私はいつもこう……」

 

 自分一人では何もできないのだ。バイオリンを演奏することはできても、演奏の場を作り出せる人間ではない。男たちが権力を手にするための道具になることはできても、自らが権力を手にすることはできない。守られることはできても、守ることはできない。

 

「アスナ、ごめんなさい」

 

 花咲は、座り込んですすり泣くアスナを見つめながら、静かにそう言った。ヘルメットが割れて負傷したのか、頭に包帯を巻いていた。

 

「私が、私が悪いの……私がブリアンさんを殺したの……私が指示を出さなかったから!」

「それは違うわ。あれは現場の判断で―――」

「そうさせたのは私が何もできない、豪華な屋敷に閉じ込められた人形だったからよ!」

「アスナ……」

「私を傭兵団に差し出して。それならもう皆死ななくて済むでしょ……」

「それじゃあアスナが殺されてしまう」

「だったらどうすればいいのよ!」

 

 もう嫌だ。逃げ出したい。こんな地獄からは……。

 

「アスナ団長」

 

 ヘルメットを担いで現れたのはジャックだった。彼は、座り込んで何も指示を出すこともできずに、ただ己の未熟さを嘆いているアスナにそう言った。

 

「指示を頼む」

「ジャック! 今、アスナは苦しんでいるの。急かすようなことは言わないで。殺すわよ」

「花咲、お前には言っていない」

 

 止めようとする花咲の右拳を、見ることなくジャックは左手で受け止めて続けた。

 

「指示を頼む」

「なんで私なの!? さっきので分かったじゃない! 私よりもブリアンさんのほうが的確に指示を出せた。誰かを犠牲にして生き残るための指示を! 私にはできない。私は指示を出す立場じゃいけないの」

「……それでもあんたは俺たちの所有者だ。俺はあんたの指示でしか動けない」

「私を傭兵団に差し出して」

「それはダメだ」

「敵は私の命を狙っているんでしょ? だったら私が殺されれば、皆は助かるよ」

「帰るべき場所を失ったヒューマンデブリは殺されるだけだ」

「じゃあ今すぐ私を殺してよ! 私が死んだら、貴方が指示を出す立場になれるんじゃないの!? 貴方、天才なんでしょ!? だったら私よりも良い指揮官になれるわよ! 屋敷の中で男たちのためにバイオリンを弾くだけの私よりも、ずっと!」

「駄目だ」

 

 ジャックは引こうとはしなかった。

 

「俺は射撃に関しては天才だ。ついでに美男子だ。だけど文字を読むのは苦手だ。どうして生身で宇宙に出たら死ぬのか知らない。何を使って戦艦が前に進んでいるのかも知らない。金属がなんで錆びるのかも知らない」

 

 腰を落として座り込んでいるアスナの頬を、掴んで上げてジャックは言った。

 

「俺にはバイオリンというものが、何かすら分からないんだ」

「ジャックさん……」

「でもあんたは知っている。俺たちヒューマンデブリや、敵の傭兵たちが知らないことをたくさん知っているはずだ。だから俺は団長のことを信じてついてきている」

 

 アスナはジャックの差し伸べられた手に掴まって、ゆっくりと立ち上がる。まだ足元はふらつくし、目眩もした。

 

「さっきまで誰も死なないで生き延びようなんて、平和ボケたこと言っていたのよ。そんな私を信じていいの?」

「確かに団長の言っていることは誰もが夢見て止まない、そんな戦いだ。誰も死なない戦いなんて、今までなかった。必ず誰かが犠牲になった」

 

 それがヒューマンデブリの戦いなのだ。銃を撃てば銃弾が消費されるのと同じように、戦いになれば消費されるのがジャック達だった。しかし、

 

「言ってしまえば、団長の知っている戦争は、戦争を知らない人が描く理想かもしれない。だけど―――」

 

 ジャックはアスナの両肩を掴んで、力強く言った。

 

「俺たちの知らないことを知っているあんたには、出来るかもしれない。誰も犠牲になることのない……そんな理想の戦争が!」

 

 そうだ。

 アスナは屋敷の中で飼育されていた女ではない。たとえ権力の人形になっていたとしても、アスナは知ろうとすることはやめなかった。父親から叩き込まれた社交パーティーで話題になる安っぽい戦術論だけではない。

 この世界の科学を、歴史を、文化を。

 

「だから俺たちに指示を出してくれ。頼む」

「……後悔しても知らないわよ」

「へっ、あんたみたいな美人の命令に従って全滅なら本望だよ」

 

 ジャックは笑って、アスナの背中を叩いた。アスナはよろけることなく前に出ると、花咲の前に立って言った。

 

「心配かけてごめん、もう大丈夫」

「本当に、大丈夫なの……?」

「私がやるしかない。言ったでしょ、私も覚悟を決めなきゃいけないって。私も戦う。皆を呼んでくれない? これから先、どうやって生き残るかを考えたいの」

 

 生き残るための起死回生の一手が見つかったわけではない。

 ただ考える頭が戻ってきただけ。

 アスナは再び考え始めた。今まで身につけてきたあらゆる知識を総動員させて。

 

 戦争が始めよう。誰も犠牲にせず生き残るための、理想の戦争を。

 

 

 

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 考えてから行動しては駄目だ。考えながら行動しなければ間に合わない。

 

 アスナは皆が集まってくる間も必死で考え続けた。

 

 この宙域は周囲をデブリで囲まれており、戦艦一隻が抜けられる道は一つしかない。モビルスーツでもデブリ群を抜けるようなリスキーな真似はしないだろう。デブリに衝突すれば、モビルスーツであってもただでは済まない。

 ゆえに敵が現れる位置は一つしかない。撤退が功を奏したのか、偶然ながらもこれまでにない迎撃ポイントとなっていた。

 

 だが戦力差がありすぎる。敵は九機のモビルスーツに対し、こちらは二機しかいない。しかも花咲のアスモデウスは損傷も激しく、敵の中にいる試作機に乗ったエースと正面からぶつかればやられるだろう。現在、阿頼耶識の搭載作業を行っているゲイレールを足しても焼け石に水だ。いずれにせよ全滅は避けられない。

 

「モビルスーツだけじゃ駄目よ。他に戦力になりそうなものを探さなきゃ」

 

 戦力差を埋めるためにはこちらの戦力を増強させるか、敵の戦力をモビルスーツ以外の手段で削ぎ落とす必要があった。しかしアスナの手札はあまりにも少なく、頼りないものだった。シラヌイの砲台は撤退戦時にかなりの数が破壊されてしまった。残るはシラヌイの直上に漂う、撃沈した強襲装甲艦カスミぐらいだ。

 

「ねぇ、ジャック。この戦艦ってデブリの中を航行できたっけ?」

「不可能ではないかな。だけどデブリにぶつかれば、当然ただじゃ済まない。続けて損傷するとナノラミネートアーマーも剥がれて、最悪沈むかね」

 

 ジャックは少し苦い顔をした。嫌な思い出でもあったのだろうか。

 

「不可能ではない、か……」

 

 暗礁宙域のデブリ帯は迷いの森とも言われている。センサーが全く反応しなくなるのだ。ゆえに目視で航行しなければいけない場合も多く、しかし逆に言えばルートさえ間違わなければ最高の奇襲ルートなりえる。

 

「デブリ群を抜けて敵の本艦に奇襲……は無理そうね。敵の本艦の場所を特定できそうにない。だけど―――」

 

 答えが見えてきた。

 アスナの招集に応え、ヒューマンデブリの子供たちが格納庫に集まってくる。アスナを取り囲んで彼らは指示を待っていた。

 

「これで全員ね。今は私が貴方たちの指揮官よ、いいわね?」

 

 異論は無かった。

 

「この船に爆弾ってある?」

「……遠隔操作で起爆できるヤツなら、第二格納庫の物置にいくつかあるっス。TNTだったっけ……数はあるっス。だけどモビルスーツを吹っ飛ばすには威力不足っスね」

 

 ブロックはアスモデウスの整備の片手間で答えた。

 

「じゃあ推進剤の予備ってどれぐらいある?」

「……モビルスーツの推進剤ならそこの巨大タンクの中に入っているっス。モビルワーカーの推進剤のタンクは取り替え式だから、第二格納庫のほうっスね」

「取り替え式?」

「……ほら、宇宙用モビルワーカーに尻尾みたいについてあるやつっス。カスミのほうのモビルワーカーの予備タンクも全部こっちで保管してたっスから、数はかなりあるっス」

「分かったわ」

「……ただモビルワーカーのほうの推進剤は取り扱い注意っス」

「可燃性の物質が入っているってことかしら?」

「……そうっス。下手に扱うと爆発する感じっスね。安全性の低い安物っスよ」

「自己着火性の推進剤か。あとモビルワーカーって遠隔操作できたわよね」

「……いや、左右に曲がったりはできないっス。前進させることは可能ではあるっスけど」

「前進できたら十分よ」

 

 理想の戦争を実現するためのピースが埋まった。あとは準備を行うだけだ。

 

「じゃあ、新たにモビルスーツに乗ってもらう子を……」

「それなら俺にやらせてください!」

 

 勢いよく手を上げたのは、アスナよりもずっと背の低い黒人の少年だった。無造作に切り揃えられたボサボサな髪の毛が印象的だが、その瞳に子供っぽさはなく研ぎ澄まされていた。アスナはその顔立ちに見覚えがあった。自らを犠牲にしてアスナを助けた少年兵の顔にそっくりだったのだ。

 

「貴方は……」

「ゴードン・セリックです。兄さんの仇を取らせてください!」

「……」

「俺の兄さんはカスミに乗って貴女の警護をしていました。ここにいないってことは、きっとあいつらに殺されたんだ……だから、この命に代えても復讐させてください!」

 

 ゴードンはアスナに詰め寄る。だがアスナは引くことはせず、堂々と言い放つ。

 

「私が貴方にして欲しいのは自己犠牲の復讐なんかじゃない」

 

 そう言うと、アスナは皆に向けて言った。

 

「自分が犠牲になるとかそういうことよく言うわよね、貴方たちは! どうせ自分は使い捨ての道具でしかないとか、自分の人間性を否定しているんでしょ。だけど私は認めない! 自分から進んで犠牲になるようなこと絶対に認めないんだから!!!」

 

 今まで思っていたことをアスナは我慢することなく、喉の奥から吐き出した。

 

「っと……取り乱してごめんね」

 

 アスナは気を取り直すと、ゴードンの肩に手を当てて静かに語りかける。

 

「ゴードン。貴方は皆を守るため……貴方のお兄さんが守ろうとしたものを、今度は貴方が守るの。その為にモビルスーツに乗ってくれるのなら、私は認めるわ」

「は、はい!」

 

 ヒューマンデブリは自分の命を道具だと思い込んでいる。だからこそ、アスナが人間はそんなんじゃないと彼らに教えなければいけないのだ。文字も算数も生きるための希望も、これから教えていけばいい。

 こんなところで誰も終わっていいわけないのだ。

 

「じゃあ、皆、今から私の指示に従って動いて。大丈夫。この作戦が成功すれば、誰一人死ぬことなく暗礁宙域から脱出できるわ!」

 アスナの指示とともに作戦は開始された。

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