誰が為に華は散る【鉄血のオルフェンズ外伝】 作:deburi
第6話:導く者たち
1
作戦は成功した、誰ひとりとして犠牲になることなく。
花咲の乗ったアスモデウスがシラヌイに帰投すると、既に大勢の団員たちが格納庫に集結して彼女の帰りを待っていた。今までにない戦いを繰り広げ見事勝利を勝ち取った彼らは、誰も死ぬことのない戦争に歓喜の声を上げていた。
「ハナ!」
そんな理想の戦争を実現してみせた少女、アスナ・マリーメルは格納庫に到着するやいなや、花咲の乗るアスモデウスの前に飛び移った。無重力にもだいぶ慣れてきたようで、すぐにコックピット前に降り立つと、中にいる花咲のほうを見る。
花咲は急加速に耐え続けていたのだ。あの状況であれば青犢を仕留めることができたのは花咲だけであったがゆえに仕方のないことだが、彼女に無理をさせすぎてしまったという責任感がアスナの心を締め付けていた。不安が広がっていくなか、アスナはハナに声を掛ける。
「大丈夫!?」
「ええ、むしろちょっと楽しかったかも」
花咲は顔をゆっくりと上げて、アスナの声に静かに応えた。阿頼耶識の接続を解除し、アスナに向かっていく。そして差し伸べられた手をしっかりと握ると、花咲は言った。
「アスナの言った通り、あいつは私が殺したよ」
「無茶させてごめんね……」
「うんん。言ったじゃない。アスナのためなら何でもするって」
「まったく」
花咲がアスナのために何でもするというのであれば、アスナは花咲が最大限に“何でもできる”よう、団長として最良の指示を出すべきだ。花咲の言葉の重圧に押しつぶされるのではなく、花咲の言葉に応えてみせよう。アスナはそう考えながら、花咲の手を握り返した。
「じゃあ私はその何でもするハナを、全力でサポートするわ」
「アスナ……」
「ハナが生きて帰る場所を、このシラヌイを守ってみせる」
アスナと花咲がコックピットの外に出ると、団員たちの歓声が響き渡った。
「「「我らがアスナ団長と、月輪の鷹団の悪魔―――花咲の姐さんに万歳!!」」」
「……悪魔って」
エースという意味を込めて花咲のことをそう呼んでいるのだろうが、若干ズレたネーミングセンスにアスナは苦笑いをせざるを得なかった。当の本人はまんざらでもないようで笑っていた。が、おそらくあまり意味を理解していない。
格納庫の端の壁にもたれて腕を組んでいるジャックを見つけたアスナは、彼のほうに向かっていく。自分が立ち直ることができたのは彼のおかげでもある。礼はちゃんと言っておきたいと思ったのだ。
「ジャックさん」
「よう、本日のヒロインたち! 敵モビルスーツを八機撃破したけど、異名の一つも付かずに放置されている天才美少年がここに―――」
ジャックは戦闘中とは打って変わって陽気な声調で、右手を上げて言った。そんな彼の陽気な態度とは正反対に、アスナは前に立って深くお辞儀をした。
「あの時は叱咤激励してくださって、本当にありがとうございました!」
「え、あ、ええぇぇ!?」
アスナの行動に、ジャックのみならず周囲の子供たちもそして花咲も驚愕した。彼らからしてみれば、アスナは道具に対して最大限の敬意を持って接している奇人に見えたのかもしれない。そもそも誰かに頭を下げられたという経験がないため、それがどういう意味なのかもあまり理解できていない様子の子供もいたぐらいだ。
「あ、頭を上げてくれ! どう反応すりゃいいか分からない!」
「私、私……ジャックさんのこと尊敬しています!」
「は、はぁぁぁぁぁぁ!?」
「諦めかけていた私に勇気をくれた恩人です!」
「えっと、もしかして俺ってば、罪な男になっちゃった?」
ジャックのその発言に性意識に目覚め始めた男子+花咲が反応し、殺意の視線を殺到させた。次の戦闘で、アスモデウスがジャックのユーゴーに“誤射”をされてしまうかもしれないレベルで命の危険を感じるものであった。
「ああ、えっと、うん、とりあえず頭を上げてくれ団長」
「はい!」
大粒の涙を流しながらもアスナは、ジャックをまっすぐ見た。ヤバイ泣かせてしまったと思ったジャックは一歩下がろうとしたが、後ろが壁であることに気がついてどうしょうもなく追い込まれた感覚に陥ってしまう。
「ゴホン」
とジャックは咳を一つ。
「団長はさ、もっと堂々としていたらいいと思うぜ」
「え?」
「それは俺たちがヒューマンデブリだとかそんなんじゃなくて、団員が団長を支えるのは当たり前じゃないか? 俺たちだって団長の世話になってるわけだし」
「それはそうですが……」
ジャックはアスナの肩に手を置いて、通り過ぎる間際にこう言い残した、
「もっと肩の力抜きなよ、団長」
今までアスナは碌な男しか知らなかった。権力にものを言わせて出世しか頭にない父親、その権力を手にするために女を使う許嫁。自分の家柄をアイデンティティにして自慢話に明け暮れるハイスクールの同級生たち。皆、アスナの容姿や家柄に寄ってきて優しいように振舞ってくるが、打算的で利用価値のあるもの、もしくは自らの欲求を満たしてくれる存在としか見ていないことが分かった。
ゆえに男の手は冷たいものだと、生まれてからずっと思い続けていたし、将来的にそのような存在に処女を捧げなければないという現実から逃れたいと何度も思ったことがある。
しかし今、アスナの肩に触れている男の手は暖かかった。計算や欲求が全く存在しない、純粋な感情によるもの。胸の奥に静かに収まっていくこの感情は一体なんなのだろうか。アスナは自分でも不思議になって、胸に手をあてて高まる鼓動の理由を自らに問いかけた。
「……うそ」
いや、嘘だ。嘘に違いない、間違いだ。
火照った頬は疲労によるものだし、さっきまで戦闘状態にあったのだから心臓がドクドク脈打っているのは当たり前だし、そもそも―――アスナは自分の中で必死に言い訳を展開していく。
アスナの元を去ったジャックは、後ろに控えていた団員の男どもに揉みくちゃにされて悲鳴を上げていた。彼自身“そういう自覚”は全くないのだから悪質だ。
そして花咲はというと、先ほどから延々と「やはりあいつは殺すしかない。仲間だろうと関係ない。アスナに近づく男は全員殺す殺す殺す殺す殺す殺す……」と小声で物騒なことを呟いているなど、格納庫は非常に混沌とした状況になっていた。
「……うん、違う! 違うから!」
「何が違うの?」
「ハナ、忘れて! さっきの私の顔は忘れて、命令よ、絶対に!」
「うん、分かった」
そう言って花咲は壁に思いっきり頭突きをして、アスナの方を見て静かに親指をグッと立てた。次の瞬間、頭に巻いていた包帯が外れて、ハナの顔面はみるみるうちに鮮血に染まった。
2
作戦終了から30分後。暗礁宙域を漂うモビルスーツの残骸を回収する、ゲイレールの姿があった。パイロットはゴードン・セリック。まだ幼さの残る黒人の少年兵であった。彼もまた阿頼耶識使いで、コックピットシートと背中のコネクタが繋がっている。
『ごめんね、作戦終了したばかりなのに仕事頼んじゃって』
「いえ、俺は戦闘には参加していなかったので、そんなに疲れていませんよ」
ゴードンはゲイレールを使ってカスミの甲板に爆弾を設置したり、モビルワーカーを取り付けたり、準備が必要な花咲やジャックに代わって裏方の仕事をしてくれた。
「それに今のうちに回収しておかないといけませんからね」
月輪の鷹団は犠牲者こそ出なかったものの、今回の戦闘でモビルワーカー五機と大量の推進剤を失った。資金面でも不安が残る今、金になるものは少しでも回収しておきたいというのが現状である。
「アスナ団長、俺……これで良かったんですかね」
『どうしたの?』
「いえ。ただ、兄の仇を取らなくて……。今までだと自分の仲間や家族を殺されたら、命を捨ててでも仇を取りに行くっていうのばかりで」
おそらく周りの大人たちが都合よく囮になってくれるよう、子供達に復讐心を刷り込んだのだろう。やられたらやり返す。一人殺されたら、殺し返さなければいけない。
「前の団長はよく言っていました。殺されたら殺し返さないと、死んだ奴の心は晴れないんだって」
そういう大義名分を作って、彼らを洗脳していく。道徳を教える大人のいないのだから当然だ。そうやって、いくつの命が消費されてきたことだろうか。
「不安なんです……兄さんが俺のことを恨んでないかって」
『大丈夫』
回線の向こうでアスナは堂々と答えた。
『貴方は皆の命を守ったの。誇っていいぐらいよ』
「でも仇は必ず……」
『ええ。機会があればね。だけど今じゃない。皆を守って散っていった人たちの意思を無駄にすることなく、前に進んでいかなきゃいけない時なの……』
「はい」
本当はゴードンも分かっていた。仇討ちなど出来ないことを。そもそも誰が兄を殺したのかも分からないし、もしかすれば知らないうちに誰かに殺されているかもしれない。
そう、今ゴードンが回収しているモビルスーツのひしゃげたコックピットの中に、兄を殺した傭兵がいるかもしれないのだから。
しかしならば、どうやって自分は自分の命を消費すればいいのか。
どこで散らせばいいのか。
分からないまま、ゴードンは回収作業を続けた。
3
モビルスーツの残骸と強襲装甲艦カスミの残骸を回収したシラヌイは航行を開始した。部品を解体する時間も惜しいということで、カスミの船体の中に回収したモビルスーツを詰め込んで、それを牽引するという形で回収してある。
シラヌイの薄汚れた廊下にアスナはいた。目の前にはガラス越しに宇宙空間が広がっており、その手前にある鉄の手すりに腰掛けて、スティック状の携帯食料を口にしていた。ヒューマンデブリの少年たちが朝昼晩と口にしている携帯食料らしく、味はともかく一食で必要な栄養を補給できるという。
パッケージはごく一般的なスーパーマーケットに売ってそうなバランス栄養食にも似ていたが、製造会社は聞いたことのないところだった。おそらく、低コスト大量生産で軍事関係の団体に売っている企業なのだろう。アスナのような上流階級の人間には目にする機会すらもないブランドだった。業務用を取り扱っている店に行けばあるかもしれない。
「味のない湿ったパンみたいだけど、少し苦味があるなぁ。これが栄養……」
THE・栄養、という味がした。栄養分を粗悪な製造方法で強引に凝縮しているのだから、当然ながら美味しいという感想は抱けなかった。しかしチーズフォンデュとかにしたら苦味がむしろアクセントになって抜群に美味しそう……そんな可能性を秘めた携帯食料であった。
(ここらへんでチーズフォンデュとか出てくるあたり、貴族思考なんだろうな……私)
男たちの支配する世界とはいえ、こことは比べ物にならない環境でアスナは育ったため慣れるのには時間が掛かりそうだ。歩くごとに鉄の音のする足場も、一日一回シャワーを浴びる習慣のない男たち汗の臭いも、文化の差による圧倒的なアウェー感も、アスナにとって初めての体験で戸惑うことばかりだった。
「でもこれ便利かも。テーブルマナー気にしなくて済むし、気が楽だ」
テイワズ襲撃からずっと生きた心地のしない張り詰めた緊張感の中にいたアスナにとって、ようやく訪れた休息の時。今後の指示や方針も何とか決めることができたし、あとは目的地に付くのを待つのみだ。その間に敵の襲撃がないことを祈るばかりである。
目的地。
「ドルトか……実家に帰るのは何ヶ月ぶりだろう」
暗礁宙域を抜けてしばらくした場所に、地球四大勢力の一つであるアフリカユニオンの公営企業ドルトカンパニーが所有するコロニー群がある。アスナの実家は地球出身の富裕層が多く住むドルト3で、アスナの父はドルトカンパニーと深い繋がりがあった。
ドルトコロニーは二年前の労働組合の大規模クーデターによって反体制の機運が高まっている。最終的に組合側の勝利となったあの騒動により、反体制派の武装蜂起が頻発するようになったという。アスナの父はドルトカンパニーと繋がりを持つ一方、裏では組合側の武装蜂起にも手を貸しているため、アスナも騒動に関しては色々と知っていることは多い。
父が死んだ今、マリーメル家はアスナが継ぐことになるだろう。反体制派との繋がりも利用できるということだ。そこで鹵獲したモビルスーツなどを反体制派に売り込むことで、今後の活動資金を確保するべきだとアスナは考えたのだ。
「今後の活動、ねぇ」
月輪の鷹団は名目上、運送業を行う会社だが、やっていることは違法な海賊行為だった。これから先も同じことを続けていけば、今回のように様々な勢力を敵に回しかねない。いくら背後に巨大企業があり、隠れ蓑にできるからといっても危険は付きまとう。
ならば今後の活動は違法なものは極力避けていくべきだ。例えば民間軍事会社として月輪の鷹団を再編して、宇宙での運輸の護衛を担当するなどという道もある。圏外圏での輸送は今やタービンズ一強といっても過言ではないが、それ以外の運送業者も少なからず存在する。父の築いた人脈を伝っていけば、仕事は見つかるはず。それとも―――。
休息するべき時でも色々と思考を回してしまうアスナは、ガラスの向こうに広がる暗礁宙域に意識を飛翔させていた。
そんな中、同じように携帯食料を持って花咲がアスナの隣に立った。彼女もアスモデウスの調整が終わり、ようやく休憩に入れるといったところか。
「お疲れ、ハナ」
「うん。アスナこそ、本当にお疲れ様」
花咲はアスナが握り締めていた携帯食料の包み紙を指差して言った。
「アスナはもっといいもの食べないと」
「いいよ、こっちのほうが早く食べれるし」
「食堂のほうにはハンバーグランチとかあるよ」
おそらく大人たちにはちゃんとした食事が振舞われており、対するヒューマンデブリの子供たちはアスナの手にしている携帯食料しか与えられていなかったのだろう。
「うんん、それは皆で分けて食べましょ」
「でも」
「私とみんなは同じ人間なんだから。同じものを一緒に食べたほうが気分いいじゃん」
「アスナがそれを望むなら……」
花咲はこくりと頷くと、アスナと同じ方向を眺め始めた。
ふとアスナは花咲の横顔を見る。顔の左半分に火傷の痕があり、左眼は白くなっていた。おそらく殆ど見えないのだろう。普通なら髪型とかで隠したりするはずだが、花咲はそれをしていない。
「ハナってさ、火傷の痕とか気にしていないの?」
「むしろ私にとってこれは証なの。私が私である証拠みたいなもの……私は神に助けて貰ってここにいるんだって」
「……神、か」
「あ、ごめんなさい。しん、ゆー、だったよね……」
「いいよ、神で」
アスナはむしろその言葉を受け入れて、微笑んでみせた。
「ハナが思いたいように思えばいいよ。それに、今すぐ気持ち切り替えられるわけないもんね。これから先、親友になっていけばいいんだって思うの!」
「アスナ……」
「ハナは私の親友よ。この世界でただ一人、冷たい世界で手を取り合って生きていけた人。それ以上それ以下でもないの」
「……うん。今はまだアスナは神様……それでいいなら、私はアスナを信じ続ける。アスナに全てを委ねる。アスナを守るため全力で戦う。アスナの進む道を私が切り開く」
花咲は今まで感じたことのない気持ちに戸惑いながらも、柔らかな笑顔でそれに答えた。今まで見せていたヒューマンデブリの花咲ではなく、屋敷の庭で語り合っていた頃の彼女に戻ったように、アスナには感じられた。
「ええ。お願いしていい、ハナ?」
「もちろんよ。そのために私はいる。アスナの為なら何だってやる」
花咲は命を賭してアスナのために戦うと宣言した。それを否定するわけじゃない。ならば、アスナも花咲と同じ場所に立ち、戦えばいいのだ。
「じゃあ私はハナを連れて行くわ。いつか、ハナが銃を持たなくていい場所に」
今すぐではない。
ただ月輪の鷹団を立て直して、事業を拡大していけば、いつかモビルスーツによる戦闘要員が必要にならない事業にも手を出すことができるだろう。そうなれば、花咲は背中についた阿頼耶識という三本の呪縛から逃れ、戦争のない世界で暮らしていける。
花咲だけではない。ここにいるヒューマンデブリの子供たち全員が、もう戦わなくていいのだ。
しかし道のりは険しい。一〇年後、二〇年後、もっと先になるかもしれない。
だが実現してみせる。
アスナは決意した。
「それってどういう場所なんだろ」
「教えてあげるわ。これから先、歩む道の中で……きっと分かるはず。だから私についてきて。私がハナを導いてみせる」
神なら神らしく、信徒を導かねばなるまい。
アスナは花咲の手を握ろうとした。が、なぜか力が入らない。
「だから、ハ――――う――――ぐ……―――……」
眠気だ。緊張が解け、決意し、ついでに食欲も満たされたらこうなるのは当然である。アスナは花咲の胸に飛び込むように倒れると、そのまま寝息を静かに漏らしながら瞳を閉じた。
「……アスナの寝顔、久々に見たな」
花咲はアスナの尊い寝顔をしばらく見た後、米俵を担ぐように右肩に熟睡するアスナを乗せて、艦長室のベッドまで運んでいった。
4
暗礁宙域での月輪の鷹団とソードフィストの戦闘から三日後。
圏外圏で絶大な影響力を持つという巨大複合企業テイワズの本拠地である、大型惑星間巡航航船―――歳星。その居住区で一際異彩を放つ、レンガ造りの屋敷に一人の青年は訪れていた。
JPTトラスト所属のモビルスーツパイロット、カズマ・シュレイナーである。ショッキングピンクの柄のアロハシャツを着込み、日差しが強いわけでもないのにサングラスをかけて格好を良く見せていた。両手に紙袋を持ち、屋敷の扉の前に立つ。
「土産物が叔父貴の口に合うかねぇ~っと」
カズマがインターホンを押す前に向こうも気がついたのか、扉のオートロックが解除される。おおっ、と軽い声を上げながらもカズマは中に入っていく。灰色のスーツを着た部下数名に「ちーっす、ひさしぶり!」と軽く挨拶をすると、奥の部屋へと向かっていく。
万年無重力空間にいるような彼の態度を誰も注意しようとはしなかった。注意しても無駄だろうという嘆息がいくつか聞こえてくるが、カズマは無視して進む。
「遠征から帰ってまいりました、叔父貴」
カズマは奥の部屋にて、ウィスキーグラスを片手に窓の外を覗いている男に深くお辞儀をした。先ほどの態度から一転して、畏まりすぎな声で言った。なんとも切り替えの早い奴だ、と男は笑みを浮かべながら振り返る。
「よく戻ってきたぞ、カズマ」
黄色のコートに金色の装飾品を身に纏い、茶色の髪の毛を横に流していた。常に周囲を威圧する銃口のような目に、二つに割れた顎……その男、ジャスレイ・ドノミコルス。カズマの所属するテイワズの下部組織JTPトラストの筆頭であり、テイワズのナンバー2の実力者である。
「これ、土産もんです」
「洋菓子か。ジジイの出す菓子は不味いから助かるぜ」
「ビターチョコの詰め合わせです」
カズマの手土産をジャスレイは受け取ると、袋を破って中を取り出して一口食べる。
「苦いが、ウィスキーに合いそうだ」
「そう思って用意して参りました」
もう一方の紙袋の中に入っているウィスキーを取り出し、カズマは部下に用意させたグラスに注ぐ。グラスの中にある丸い氷がちょうど浮かぶあたりで止めて、滑らかな動きでジャスレイの前に出した。
「お前はいつも気が利くな。ほら、お前も飲め」
「叔父貴だけにですよ、そういうのは。ではお言葉に甘えて」
カズマはジャスレイの前に座ると、グラスにウィスキーを注いで飲み始める。
「で、どうだった?」
「予定通り、航路はこちらで確保しやした。月輪の鷹団の筆頭であるフィゲルの死亡は確認。あと試作機のことですが、武装の耐久面で問題があったようで戦闘中の不具合が原因で撃墜されました。ですが、モビルスーツの売上金は既に指定の口座に振り込ませて、もう叔父貴の財布の中にありますぜ」
「ご苦労。まったくあの試作機は売り物にならねぇな。開発資金の援助は取りやめだ。モビルスーツの開発なんぞ、名瀬みたいな男に任しておけばいい」
「ではそのように工廠に伝えておきます」
カズマはウィスキーを一口飲むと、報告を続けた。
「ただ月輪の鷹団のお嬢さんは今も生きているらしく、ヒューマンデブリどもを使って傭兵団を退けたようです」
「なんだと?」
「あのお嬢さん、かなりのやり手かもしれねぇですぜ」
「鉄華団の奴らといい、宇宙ネズミどもはタチが悪い。まぁいい。航路は確保したし、お前の口車に乗った傭兵団相手に商売もできた。勝ちってことでいいなぁ、こりゃ」
「ええ、叔父貴の勝ちです。が、まだ奴らには落とし前をつけて貰っていねぇのでは?」
奴ら―――月輪の鷹団。テイワズの航行ルートを不法占拠し利益を貪っていた海賊ども。コロニー企業の後ろ盾があるからといって調子に乗っていたのかもしれないが、見逃しておくわけにもいかない。このまま放置しておけば、またテイワズに不利益なことをやらかす可能性も高く、そうなれば月輪の鷹団を完全に潰さなかった傭兵団とそれを雇ったJTPトラストの責任問題にも発展する。
ここは徹底的に潰しておいたほうが、今後のためでもある。自分の立場が弱くなれば、ただでさえ目障りなタービンズとその下部組織の鉄華団を台頭させかねないのだから。
「しかしこちらが動くにしてはリスクに見合った利益がねぇなぁ。何かいい考えがあるのか、カズマ」
「叔父貴にとって鉄華団は邪魔な存在ってぇなら、いい話がありますぜ」
カズマはタブレットを取り出し、ジャスレイに見せた。
「これはドルトコロニー周辺の航行記録です。この船団はマリーメル家の娘の許嫁、ライオネル・ランスローのものです。おそらくここで月輪の鷹団の強襲装甲艦と合流するはずです」
タブレットに表示された地図をカズマは指さした。そこはドルトコロニー群から少し離れた場所に存在する廃棄コロニーであった。厄祭戦時に多大なダメージを受け廃棄が決定されてから長い間、放置されているものだ。資材の確保のため外装がいくつか剥がされているものの、経年劣化が激しく使えるものが少なすぎるため誰も確保しに行こうとはせず、海賊たちの急場しのぎの隠れ場所ぐらいにしか使われなくなっている。
「この宙域を航行しているもう一つの船、それが鉄華団のイサリビです。歳星の工廠で改装されたマン・ロディの輸送と定期連絡を地球支部にした帰りみたいですが、ちょうどいい。鉄華団に月輪の鷹団の討伐依頼を出しましょうぜ」
「鉄華団に俺が依頼するだと!? 馬鹿言え、冗談じゃねぇぞ!」
ジャスレイはウィスキーを一気に飲み干して、グラスを机に叩くように置いて声を荒らげた。しかしカズマは動じることなく続けた。
「叔父貴からの依頼となっちゃ、名瀬の犬でも受けねぇわけにはいかねぇでしょう。それにいい機会です。月輪の鷹団に鉄華団を潰してもらいやしょう」
「それはどういうことだ?」
「月輪の鷹団にライオネルの船団、増援が来ることを隠して依頼し、戦力的に不利な状況で一気に叩かせる。月輪の鷹団にはあらかじめこちらから情報を流しておき、名高い鉄華団を討ち取る機会だと調子づかせる……。鉄華団を討った月輪の鷹団は本格的にテイワズに喧嘩を売ったことになり、そこで叔父貴が仇討ちだという名目で月輪の鷹団を討って落とし前をつけさせる。完璧なシナリオじゃないでしょうか、叔父貴」
カズマは携帯端末を取り出して、テイワズ本部と連絡を取る準備をし始める。
「鉄華団が勝ったとしても、月輪の鷹団は壊滅し、叔父貴の危惧している状況は避けられる。どちらにしても叔父貴には利益だけ落ちてきやす。依頼に関しても俺に一任してくだせぇ。上手く誘導してみせます」
「なるほど。さすがはカズマだ。これで鉄華団が潰れれば、名瀬の野郎の立場も危うくなるというもの……クズはクズ同士、潰しあって貰わねぇとなぁ」
ジャスレイという男は狡猾さとその口調、表情、態度、行動の全てで表現しているような男であった。如何なる手段を使ってでも敵は排除する。自分が成り上がるための道に邪魔者がいれば、どけと言う前に拳銃を引き抜いて殺す人間だ。
だからこそナンバー2にまで上り詰めたのだろう、とカズマは彼の上機嫌な様子を見て、携帯端末を耳にあてた。
(さて、俺が恋したガンダム乗りは、この窮地をどう切り抜けるかねぇ)
叔父貴にいい顔ができたということよりも、どこかカズマは楽しみにしているようであった。まるで何かに期待しているような。
そんなカズマの様子を気にすることなく、ジャスレイの高笑いが屋敷に響いた。