神樹暦300年
あの日からこのトレーニングルームが僕のセカンドルームのようになっていた。
299年になるまでに身体を徹底的に鍛え上げ
昔以上に動ける身体を作り上げた。
その後あの男に詰め寄り、約束通り師匠と呼べる人を付けてもらった。
師匠との修行は奇妙なものも多かったが、おかげで目を閉じても周りの気配が読めるくらいにはなれた。
(師匠はその状態で周りの人の表情や感情まで読めるらしいが。。。)
このトレーニングルームも随分と人が減った。
僕のように師匠を付けてもらってここを離れた人もいるらしいが
基本的には勇者の適合検査で落ちてしまったからだ。
僕はまだ検査を受けてはいない。
怖いのだ。
勇者になるのがではない、勇者になれないのが、だ。
この2年で考えられるだけの修行はしてきた。
夏凜ちゃんがどんな訓練を積んできたのか知らないが
今の僕ならきっと勝てる、そう思えるくらいに強くなったと確信している。
それでも僕より強い人間はいる。
その上、勇者としての適性はそんな事とは関係ない。
そもそも、今の勇者候補の少女たちは訓練すらしていないらしい。
適合率の高い者を中心に事情を知る者とチームを組ませ、有事に備える。
四国中に適合者の探索範囲を広げた結果、そんな状況に陥ったそうだ。
だとすれば、訓練は意味が無い。。。?
いや、夏凜ちゃんの例がある、訓練自体は必要なのだ。きっと。
そんな不安が、僕を適合者検査から遠ざけていた。
「しっかし、変われば変わるもんだねぇ。」
仕事中に、しげしげと僕を見ながらチーフが言う。
「なんですか、いきなり。」
「いきなりじゃないよ、この2年でアンタが頑張ってるのは皆が知ってる。」
「あのポッチャリさんが…」
「いいんですよ、おデブって言い切っても。」
「あっはっは、それは今の自分に自信があるからかい。」
「自信なんてそんな。。。」
どれだけ身体を鍛えても自信は。。。心は鍛えられない。
「ここだけの話、アンタの事、良いって言ってる娘も何人かいるんだよ。」
耳打ちするように言う。
そんな訳無いのに、チーフってば気を使っちゃって。
「そうなんですかぁ。」
おデブだった僕を知ってるここの女性が、僕なんかに好意を持つわけが無い。
僕の心を見透かして励ましてくれているんだろう。
それでも尊敬するチーフに褒められるのは悪い気はしない。
「自信、持っちゃってもいいのかなぁ。」
「ま、アタシゃ、前の方が気に入ってたけどねぇ。」
「え?!」
意外な言葉に本気で驚いた。
「アレだけ蹴り甲斐のある尻はそうそう無いからね!」
「尻だけが目的ですか!」
思わず突っ込んでしまう。
「そんな突っ込み、ここに来た頃にゃ聞けなかったしねぇ。」
「それは引き篭もりの後遺症でまともに話せなかっただけでしょ。」
「それにしても。。。」
「ん?」
「”尻だけが目的”ってなんか卑猥ですね。。。」
真面目な顔で言ってみる。
「…なるほどね。」
チーフも真面目な顔で答え
「って、バカなこと言ってんじゃないよ!」
スパーン!
お互いに大笑いしながら、久し振りに尻にいいのを貰った。。。
「…」
今まで笑っていたチーフが静かに僕を見つめる。
「いつまでここにいるつもりだい。」
「え?いつって。。。」
「勇者になればここにいる暇なんてなくなる。」
「。。。」
「適合検査をまだ受けないのはなぜだい。」
「まだ。。。バーテックスは出てきていません。。。」
「もう少しここにいても。。。」
「ここが居心地いいって言ってくれるのは嬉しいけど」
「食堂を勇者候補生のモラトリアムにする気はないよ。」
「。。。」
「アンタがその気にならなきゃ、意味が無いけどねぇ。」
わかってる、本当に勇者を目指すなら適合検査は早い方がいい。
きっと訓練も修行も、適合検査自体には影響を及ぼさない。
でも、周りがどんどん”不適合”の烙印を押され、去っていく中
やはり男である自分達には無理なのかと何度も考えた。
その度に、自分は違う、自分こそが勇者に、と鍛え上げてきたのだ。
現時点で男の勇者が出たという話は聞かない。
何を頼りにすればいいのか、拠り所が見つからないのだ。
適合検査に落ちれば、自分の2年は無駄になる。
夏凜ちゃんが勇者になってしまう。
夏凜ちゃんが乃木園子のように身体を削って戦う事になる。
嫌だ。。。イヤだ。。。それだけはいやだ。。。
自信など湧かない。
検査で落ちたときの夢ばかり見る。
心を鍛える修行だってしてきた。
でも。。。鍛えたはずの心は本質的な弱さを取り繕う鎧でしかない。
いや。。。そんなものはただのメッキだ。
剥がれれば弱さを露呈する、薄っぺらなメッキだ。
・
・
・
・
・
「おい!遂に出たらしいぞ!」
食堂がにわかに騒がしくなる。
出たって。。。まさか。。。
「乙女座のバーテックス!」
「当たったのは讃州中学勇者部、犬吠埼班だ!」
犬吠埼。。。?
「三好!お前も行くだろ?ミッションルーム!」
「う、うん。。。」
走りながら聞く。
「なあ、犬吠埼班って。。。」
「ああ、あの犬吠埼さんの娘さんだ。姉妹らしいぜ。」
「姉妹で。。。勇者?」
モニター前で大勢の職員が見守る中、記録映像が再生される。
あれが。。。犬吠埼姉妹。。。
もう一人の勇者候補。。。
そして。。。
「あの車椅子。。。まさか」
「鷲尾須美だよ。今は東郷美森って名前らしいが。」
誰ともなく答えてくれた。
勇者へと変身する犬吠埼姉妹。
敵の攻撃。
鷲尾須美は。。。車椅子で怯えている?
「なんで。。。?一番戦闘経験があるはずじゃ。。。」
「無理もないよ、戦っていた時期の記憶が無くなっているらしいから。」
満開の人身御供システム!
彼女の足を奪っただけでなく、その記憶まで!
戦っていた時期って。。。乃木園子や銀の事は。。。
考えていると画面で爆発音が聞こえる。
犬吠埼姉妹がやられた?!
変身できずにいる鷲尾須美ともう一人の子に向かう乙女座
「駄目っ!逃げて!友奈ちゃんが死んじゃう!」
鷲尾須美の悲痛な叫びが響く中、変身もせずに敵に向かっていく少女。
彼女に敵の攻撃が轟音を立てて命中した。
「そんな。。。あっさりと。。。」
また犠牲者が。。。そう思ったとき、爆煙の中に桃色の光が見えた。
光は少女の左の拳から放たれていた。
一瞬現われたのは。。。精霊?
次々に繰り出される敵の攻撃を蹴りで潰していく。
その度に攻撃した部位が光を放っている。
跳躍し、右拳で攻撃を潰した頃には全身がピンクの勇者服に包まれていた。
髪が伸びて色も変わってる。。。?
その勢いのまま敵に向かっていく少女は叫んでいた。
「うおおおおおおお!」
「ゆうぅぅぅしゃ!」
「ぱあああああああああんち!」
敵の身体をぶち抜くその拳は素人とは思えないものだった。
「すげぇ。。。でも『勇者パンチ』?」
「あの子が”結城友奈”。四国で最も勇者適性値の高かった少女だ。」
「だから”鷲尾須美”を傍に置き、”犬吠埼”姉妹を係に当たらせた。」
「鷲尾須美じゃなくて、”東郷美森”な。こっちが生家の名前らしいぜ。」
「鷲尾須美はわかるけど、犬吠埼姉妹はなぜ。。。?」
「2年前の戦いで犠牲になった両親の敵討ちさ。」
「事情を知る勇者候補の中でも最も戦う意思が強かったって聞いてる。」
「もっとも、さっきの様子からすると事情を知ってるのは姉の方だけみたいだけどな。」
流石は少女大好き勇者応援隊の皆さんだ。
打てば響くように疑問に答えてくれる。
そうこうしている内に敵を3人で囲み、何かを始めている。
「おとなしくしろぉっ!」
犬吠埼姉の叫びと大剣の振り下ろしで始まったそれは。。。
「魔方陣。。。?」
「封印の儀だよ。」
「勇者が新たに手に入れた力の一つ。」
「敵を撃退じゃなく」
「討伐できるようにする儀式さ。」
。。。
「ほら、やつらの急所が晒されてる。」
「御魂って名付けられてる。」
「あれを潰しさえすれば!」
「でも、結城友奈の攻撃が効いてない。。。」
「今度は犬吠埼姉の攻撃!」
「風ちゃんって言うらしい。」
「おお!御魂にひびが!」
。。。ええと
「なんか、樹海の色が変わってませんか。。。」
「ああ、アレの現実世界への影響も調査が始まってるらしい。」
「やばいな、封印の儀のエネルギー残量が少ない。」
「あれが零になったら倒せなくなるんだっけ?」
「それだけじゃない、勇者のエネルギーが切れるから戦いにならなくなる。」
。。。なんか
「おお!結城友奈がトドメを刺したぞ!」
「御魂は光に、本体は砂になるのか。」
「でも実際、本体ってどっちなんだろな?」
「急所の御魂か見た目の体か。」
「まあ、体って字も付くし、御魂と本体って分け方でいいんじゃない?」
「樹海化も解除、初陣は大勝利って感じだな。」
「東郷美森ちゃんの変身が見れなかったのは残念だけどな。」
。。。親切すぎないか?解説陣。
なんでこの人たち一つの説明をわざわざ複数の人で分けて話してんだ?
大体、詳しすぎない?
クスクス
?オペレータの人が笑ってる。。。
「もうここで何回も再生してるんですよ、この映像。」
「誰か一人連れてくる度に解説しながら皆で見てるんです。」
「暇人か!ここの応援隊はっ!」
「応援隊って…」
苦笑いするお姉さん。
「これでも最初は皆、ハラハラして少女達を見守ってたんですよ。」
「でも誰も犠牲にならなかったって判ったら、はしゃいじゃって。」
「気持ちはわかるけど。。。」
今後の戦いを考えたら能天気すぎないか。。。?
「三好君はまだなんでしょう?適合検査」
「え。。。」
いきなりの切り返しにドキリとした。
「私達は駄目だったから…」
「それで諦めてしまったから…」
「隣に並んで戦う事を…」
「こうして応援して、託す事しか…」
泣いてる?いや。。。でも
「ごめんなさい、別に責めてるわけじゃないの。」
「でも、可能性があるなら」
「手遅れにならないようにって」
応援隊の皆も僕を見ている。。。
でも。。。
「あっ…」
僕はミッションルームから逃げ出してしまった。
期待なんてしないでくれ。
僕も皆と同じかもしれない。
それが判るのが怖くて逃げ続けてるだけんなんだ。
でも、もう敵は現れてしまった。
一刻も早く勇者になる必要がある。
でも。。。
「兄貴!」
「え?」
「あの日以来ね、いつもここにいるの?」
「ちゃんと大赦の仕事してるんでしょうね。」
「勇者である私の兄貴なんだから、恥ずかしい行動は控えてよね。」
夏凜ちゃん。。。
「ん?なんかちょっと雰囲気変わった?」
「そ、そうかな。。。?」
「前よりカッコよくなったんじゃない?」
「い、いやあ、そんなことは。。。」
「ナニ照れてんのよ、冗談よ。」
「あ、そう。。。」
なんか、妹に手玉に取られてるな。。。
「夏凜ちゃんはどうしてこっちに?」
「奥の施設でずっといるって聞いてたけど。」
「聞いたでしょ、バーテックスが出たのよ。」
!。。。
「ついに私の出番って訳、ミッションルームの方達とも連携を取らないとね。」
「今回の戦闘データの精選も必要だし。」
「兄貴も見てなさい、私の費やした年月の成果を!」
「満開だって使いこなして見せるわ!」
体が。。。心が震える。。。
「満開って。。。」
「そんな事も知らないの?」
「戦闘経験値を貯めることで勇者はレベルが上がり」
「より強くなる!それを満開と呼んでいるわ。」
「満開を繰り返す事でより強力になる。」
「これが大赦の勇者システムよ!」
「讃州中学の勇者達はトーシロばかりだって聞いてるし」
「ここからは私の独壇場ね!って…」
自慢げに話す夏凜ちゃんを置いて、僕は駆け出していた。
やはり大赦は夏凜ちゃんに話さなかった!
誰も夏凜ちゃんが満開するのを止めない!
僕が、僕だけが止められるんだ!
医療ブロックのある部屋へ飛び込み、僕は叫んだ。
「三好春信!適合検査!お願いします!」
過去編その9
遂にTV本編第1話の時間軸までやってまいりました。
なんか、僕の書く春信君って夏凜ちゃん夏凜ちゃんで、彼女がいないと何もしない人になってるような…
長かった過去編もいよいよ次で最後です。
その後も話は続きますが。