吹く雪の祈り   作:マアア

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第一話・Ⅰ

 目の前には扉がある。道中、鎮守府内で見てきたどの扉よりも大きく、取っ手も少し派手なその扉。上には黒い板に白い文字で太く司令室と書かれている。

 

「――――」

 

 明石さんが司令室に入る前に呼ぶまで待てと言われて、早五分ほど。時間は立てども変化なく唯々時間が過ぎていく。

 

「……暇だなぁ」

 

 暇なのは嫌だなと思うけれど、しかし私から起こせる行為は何もない。此処から離れるなんてもっての外である以上待つ事以外やることはなくて、息を零す。幸いにして今が比較的暖かい時期なのか寒くはなく、また極端に熱くもない。故に待つ事にはそこまで苦労せず、その場に立ち続けて更に五分か十分ほど経過したところで漸く扉が開いて、中から明石さんが出てくる。

 

「失礼しました。―――っと、お待たせしました。提督に一応一通り話しておいたので、あとは聞かれたことを話すだけになると思います。あとは中に入って話をするだけですけど……大丈夫ですか?」

 

 何がだろう。と、思いながら、しかし特に問題はないだろうと大丈夫ですと肯定し、此処までありがとうございましたと小さくだけれど頭を下げる。頭を上げると明石さんは微笑んでいた。

 

「気にしなくても大丈夫ですよ。今は中規模作戦中で火急の修理は全部高速修復材に任されていたのでこちらもそれなりに手が空いていたので……では、そろそろ自分は医務室に戻らないといけないので失礼します」

 

「はい、えっと……本当にありがとうございました」

 

 改めてもう一度お礼を言って、明石さんは背を向けて歩き始め角を曲がっていなくなった所で改めて扉へと向き合う。腕をゆっくりと上げ、四回ノックをする。

 

『入れ』

 

「失礼します」

 

 促されて中へと入り、扉を閉めて五歩。歩いた所で敬礼をする。手を下げていいと言われた所で腕を下げ、改めて前へと注視すれば、男の人と女の人が一人ずついる。男の人が軍服を着て座っていて、女の人が露出の多い格好でその横に立っているのだから提督は男の人の方で、もう一人の女性は艦娘なのだろうか。そう思いながら視線を向けて―――女の人の鋭い視線と交差する。

 

「秘書艦の長門だ。貴艦の話は聞いている。記憶が無いそうだな」

 

「あ、はい。そうです……」

 

 一言。喋っただけで彼女、長門秘書艦の表情が鋭く険しいものになっていき、ソレに押されて徐々に言葉が尻すぼみになっていく。何かしてしまっただろうかと思うけれど特に思い当たる節はないまま、長門秘書艦は私に近づいて、ジッと凝視してきた。

 

「……」

 

「あ、あの……一体、何ですか?」

 

「……体に何か異常は?」

 

 無言の後、ようやく口を開いて言われたのは気遣いのような言葉だった。そんな言葉を言われると思っていなかったから少しだけ惚けて、でもすぐに気を取り直して問題ないと言えば、長門秘書艦は少しだけ私の襟元を捲ったかと思えばまた元の場所に戻り、司令官に小さく耳打ちする。

 

「・・り、d・・・・で・」

 

 近い距離の為、隠されても多少聞こえる声。しかしそれを聞こうとするのはマナー違反だろうと意識して耳を逸らす。所感を持たないままぼんやりと長門秘書艦が司令官に話しかけるのを見続けて、やがて司令官が長門秘書艦に返答を返したらしく頷いて、こちらへと再び長門秘書艦が視線をこちらへ向けた。

 

「待たせたな」

 

 少しだけ、先程よりも顰めた表情で長門秘書艦が私へとそう言ってから、

 

「貴艦は記憶が無いそうだが、戦力を遊ばせておくわけにはいかない。よって本日付で第三水雷戦隊に配備されることになった」

 

「は……え、はぁ?」

 

 告げられた言葉の意味を一瞬理解できずに惚けた声を上げて、直ぐに理解をしてまた疑問の声を漏らした。長門秘書艦は依然として険しい表情のまま、言ったとおりだと告げる。

 

「提督の命令だ。貴艦はこれより第三水雷戦隊に配属、そこで任務に従事せよ」

 

 普通に考えれば出来る訳がない。実戦経験もないのにそんなの無理だと否定の言葉がいくつも浮かび上がるけれど、しかし口に出さない。命令であると、そう言われたのであればと納得して、何かを言おうとして開いた口は静かに言葉を一つ零した。

 

「了解です」

 

 敬礼と共に返した言葉に、司令官は頷いた。長門秘書艦は表情を変えなかった。

 

 

 

 

 

―――……

 

 

 

 

 

 音を立てて扉が閉まる。同時に吐き出された溜息に男は苦笑交じりに長門へと言葉を掛けた。

 

―――不満かい? と。

 

「……不満であるないを語るのであれば不満であるとしか言いようがないかと」

 

 キツイ口調でハッキリと断言された事に男は苦笑いを隠そうともせずに、寧ろ納得さえ見せて悪いと謝る。だが長門はそれでは納得できないと、そのまま言葉を続ける。

 

「訓練もなしに実戦部隊に配備するなど前代未聞。ましてや連携を取れるのか、真面に航行可能なのか、それを抜いても戦闘に関して適性があるのか、どれ一つ取っても未知数な上、彼女は―――」

 

 そこで一度長門は言葉を区切る。思い返す様に、たった今扉から出て行ったその駆逐艦の姿を脳裏に浮かべて、続く言葉を。

 

「―――そもそも本当に艦娘なのか?」

 

 思い出し、疑念は強まる。現実を見ていないような空虚な表情を、諦めてしまったかのように感情を見せない瞳を、力尽きて今にも頽れてしまいそうな儚い印象を。

 

「自慢出来ることではないが私は艦娘の中でも長く、戦いに従事してきた」

 

 黎明期、深海棲艦が初めて現れた頃から長門は存在した。鎮守府という設備さえ完成していない中、戦い続けていた日々は長門の中で色褪せていない。だがそれは長門個人としては他の艦と比べて戦うことがそれほどないままに秘書艦として戦場に出向くことがなかった結果、生きているだけということであり、戦うものとして恥ずべきことだと感じている。だが、そんな長門だからこそ、ただ工作艦であるというだけで知っている『明石』や興味からそういうことを学んでいる艦娘よりも艦娘という存在について『深い』知識を得ている。

 

「そんな私ですら、あのような艦娘は初めて見る」

 

 似たような艦娘ならば見たことはある。長門ほどでなくともそれなりに戦い、生き続けている艦娘であるならばそうなってしまった艦娘を知っていない方が珍しい。そう言ったことを避けるために戦い、しかし避けようもないのが現実というものだから。

 

―――しかし。

 

「己の名前を知らない艦娘。そんなものは寡聞にして聞き覚えがない」

 

 記憶喪失。しかも己の名前を忘れてしまうというのは恐らく前例はないだろうと長門は確信している。『艦娘』と呼ばれる存在にとって名前とは切っても切れないはずのもの、たとえどうなろうと忘れるはずのないもの。例え変質してしまっても、本質的に変わるはずのないものだという認識を持っているからこそ、あの艦娘はあり得ないと再び断言した。

 

「―――――」

 

 男は、長門の言葉を肯定した。

 

「――――――――――」

 

 その上で、不安は必要ないと断言した。それを見て、長門は一つだけ思い至ることがあり、尋ねた。

 

「―――夢で見たのか?」

 

 長門の問いかけに男は頷いた。何だ夢か、と、一笑に付す者はこの場にいない。奇特なことだが、夢という言葉を男が用いた時は信用できるというのが長門の今までの経験から得たものだ。

 

「しかし不思議なものだな。正夢を見続けるというのはあり得んぞ?」

 

 正確に言えば違うけど、と男は否定する。

 

「わかっている。稀に見る夢の事だろう? これから起こる未来を予知したような、そしてその度に映る謎の艦娘の存在。彼女がそうだとでも?」

 

 それはわからないと男は返した。そもそも夢がどういう意味を持つのかは分からない。そして男にも何故そのような夢を見るのかは分からない。だが、しかし、その夢のおかげで最善に近い選択を出来たのだという部分は否定できないこともある。故に今回もそうであるならばきっと、彼女を第三水雷戦隊に配属したのは間違いではないのだろう。

 

―――だが、それでも鎮守府の中でも責任ある秘書艦として、長門は何処か虚ろな雰囲気を見せる彼女の事が気がかりだった。

 

 

 

 

 

―――……

 

 

 

 

 

「失礼しました」

 

 扉を閉めて提督と長門との話は終わりを迎えた。そして、それから改めてどうすればよいのかと疑問を覚え、ふと困った事に気付く。

 

―――私、第三水雷戦隊に配属されるのに場所知らないや。

 

「あのー……」

 

 当たり前のことだけれど私にこの場所の知識はない、そして明石さんは既にいない以上頼れない。

 

「あのー!」

 

 もう一度司令室に戻るべきだろうかと考えるが、しかしそれを選択するのは出たばかりという事もあり憚られた。

 

「あの!」

 

「―――あ、私、ですか?」

 

 軽い手詰まりのように思えて一旦思考を止めた所で、漸く先程から掛けられていた声が自身に向けてのものかもしれないと思って声のした方向へと視線を向ければ、短い濃い茶髪を切り揃えた同年代くらいの子が少しだけ困ったような表情でこちらへと視線を向けていた。

 

「はい、えっと……貴女が新しく第三水雷戦隊にくる子かにゃ?」

 

 頷けば、ほっとしたかのような柔らかい笑みを浮かべて、直ぐにキリッとした表情に戻ったかと思えば敬礼をした。

 

「そっかぁ! えっと、私は睦月型駆逐艦一番艦『睦月』です! 同じ第三水雷戦隊所属として宜しくするがよいぞ!」

 

 よいぞ? と、最後に少しだけ気を取られるけれどすぐに取り直して答礼をして、返答をどうするか少しだけ困る。

 

「私は特型駆逐艦です。名前は……名乗るものの程ではない、というべきでしょうか」

 

「……にゃ? それってどういうこと?」

 

 誤魔化そうとして失敗。どうやら私に嘘を吐く才能はないらしい。ならば諦めて言うしかないかと敬礼を下げて答える。

 

「えっとですね、睦月さん」

 

「もっとフランクでいいよ?」

 

「あ、はい……睦月ちゃん。私、自分が誰なのかわからないんです」

 

 笑みを浮かべていた睦月ちゃんはそこで首を傾げて困ったという感情を隠さない様相でそれってつまりと言う。

 

「『記憶喪失』って奴なの?」

 

「はい。ですが戦力に余裕はないからとりあえず配属と言われて」

 

 そっかぁ。と、眉を八の字に変えて睦月ちゃんはどうすればいいのかと呟いて、少し間をおいてから頷いた。

 

「とりあえず名無しちゃん。第三水雷戦隊旗艦の神通さんには会った? まだならまずは会いに行くべきだし、もしよければ私が案内するけど必要かにゃ?」

 

 お願いしますと頷いて、じゃあと睦月ちゃんが手を伸ばす。

 

「ついでに鎮守府内も案内するから手を取るがよいぞ!」

 

 頷いて、手を取る。

 

「うん、よろしくね。睦月ちゃん」

 

「うん、よろしくされたよ。名無しちゃん」

 

 出来れば名無しちゃんは辞めてほしいかなぁと、しかし他に名前もないなとか考えながら、手を取って歩き始めた睦月ちゃんに遅れないように歩き始めた。

 

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