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駆逐艦『吹雪』。あの空間で、機械の音声で謡われたその名前が私の名前だという保証はどこにもなく、しかし確信はあった。聞いた瞬間にストンと落ちるような、バラバラだったピースが填まり込むような感覚があり、故に自然とそれが、吹雪が私の名前なのだろうと理解した。
「吹雪? 吹雪ちゃん? ……思い出したの?」
睦月ちゃんが知らないものを見るような表情で呟くように言った。どうしたのだろうと思いながら頷いて、視線は海面に映る自分の姿を捉えて――――開いた掌を見つめる。
「……変わっている」
自身の姿が変わっているという事に驚くほどに、驚きは少なかった。それどころか、今現在進行形で意識は高ぶりを見せずに沈静した状況を保ち続けている。まるで耳を澄ませているように穏やかで、
「っ! なな、吹雪ちゃん後ろ!」
「わかってる」
心で感じているかのように敵の悪意が手に取るようにわかる。睦月ちゃんに言葉を返しながら左足を軸に振り向きながら右足を振り上げ、再び噛みつこうとしていた敵の歯の部分を蹴り飛ばし、腕部に接続される様に取り付けてある主砲を突き出し、撃鉄を降ろす。
『―――――――!?』
砲撃の直撃を喰らったエリート級が、あっさりと悲鳴を上げながら沈んでいくその姿に、こんなあっさりと倒せてしまうのかと少しだけ拍子抜けして―――まだ終わりじゃないと知る。
「睦月ちゃん気を付けて」
「へ……な!?」
睦月ちゃんの驚きの声と同時に、
「エリート級が三隻!? 一旦退いて、吹雪ちゃん!」
睦月ちゃんの悲鳴のような撤退しろという声に、しかしその暇はないと判断する。敵は既にこちらに狙いを定めており、今にも主砲を撃たんと、否、撃ちながら襲い掛かってきた。
「―――っ」
息を飲んで、撃たれる主砲の方向を見極めそれを避けるために回避運動を取る。避けた結果着水した弾丸が爆発し波を作り水面を荒れさせるが、その波に乗るように敵へと近づき、背部の主砲と手に持った主砲、時間差と場所をズラした位置に狙いを付けて砲撃を行う。敵はバラバラに回避機動に移り一発目は完全に外れども、二発目は回避機動を取った先に撃たれた主砲に敵の一体が直撃する。
『―――――!?』
良い場所に命中したらしく一撃で沈んでいく敵に一瞬目を向け、すぐさま残った二隻の動きを目で追い、挟撃しようとしているとその動作の事由を見抜く。
―――厄介な。
小さく言葉を吐き、しかし動きを阻害するために主砲を撃つては止めない。その傍らで睦月ちゃんのいる方角へと視線を向ければ、エリート級でないけれど敵艦船が攻撃を開始してそれに対処している姿が見えた。同時に神通さん達の姿も確認でき、程度はあれど大事なく応戦しているのを見てあちらは間もなく決着が着きそうだと判断し、意識をこちらに戻すと同時に背後に回った敵の砲撃を右足を起点に、左足を内側に向ける様にしながら横に大きく開きつつ腰を捻るように体重を右足に掛けることでその場で回転しながら紙一重で交わす。
「いっけぇ!」
その動きのまま腕を伸ばせば動きの終わる位置、百八十度廻った場所に敵の姿を捉えられ、引き金を引けば吐き出された砲弾が敵を打ち抜く。爆発と共に破片が飛び散るのを確認してすぐさまその場所を離れ、直後最後の一体が撃ったらしい砲弾がその場所に着弾した。砲撃の方向、そして感じる敵の悪意のようなそれから位置を割り出し、目を向けた先にそれがいると確認して、前へと踏み出す。
『―――――!』
咆哮、こちらの動きに呼応するかのように突撃の姿勢を見せるその姿に対し、揺るがぬ強い意志を持って怯まず突き進む。敵との距離がみるみる縮まり、敵が口を開けながら砲撃か、跳躍してからの噛みつきかとこちらを振るような動きを見せるが、それを見ながらも変わらず進み―――、敵が跳躍を選んだ決定的な瞬間、勝利のカギを掴んだ私は足を前に向けて伸ばしながら体をグッと倒し、スライディングをして相手の真下を通り抜ける。敵が頭上を通過しきった瞬間に振り返りながら立ちあがり、脚部に装備していた魚雷を敵に向けて起動する。
「酸素魚雷、いけぇ!」
脚部から海に投下されるようにばらまかれたそれは雷跡を残しながら敵へと進み、敵がそれに気づいて避けようとしたタイミングで手と背中の主砲から砲弾を放ち、敵の左右至近距離に着弾させることで動きを止め、結果魚雷が命中して敵は爆発した。
「――――終わった」
避けられない状況故に必中の酸素魚雷が敵と共に爆発を起こして破片をまき散らし、その後になって生まれたのは先程までとは打って変わった静寂。敵の声や、悪意を感じさせない、この場での戦いの終わりを告げる、静かな幕引きだった。
―――トクンと、胸が高鳴る。
「――――? これは……」
導かれるように腕を海面へと伸ばせば、海の底から浮かび上がってきた一枚のカードが手に触れる。拾い上げればそれは綾波ちゃん、暁ちゃんのカードと同じ種類のカードだった。
「一体どこから……?」
わからない。けれどこれが今浮かび上がってきたのはただの偶然じゃない。それは直前に感じた鼓動がそうだという証明だと思いながら右腰のホルダーに収納して、軽く息を吐く。瞬間、気が緩むと同時に身体全身を巡っていた『力』が薄れていくような感覚と、その後身体全身を光が包んだかと思えば消失していくように解けていき、力が解除されたのかと思えば唐突に身体が重たくなり、まずいと思う間もなく倒れこんで―――、
「吹雪ちゃん!」
抱き留められる感覚に、少し前にもあったようなと思い出しながら顔を起こせば睦月ちゃんの心配そうな顔が見えて、大丈夫と言葉を零す。
「全然大丈夫そうに見えないのね! それに、それに、さっきのは一体なんなの?」
確かに。先ほどまでの力は、『融合昇華』という力をなぜ私が使えるのか。しかし考えても答えは出ないためわからない。と返しながら抱き留められた姿勢から手を退けてもらい立ち上がろうとして、身体に力が入らずに転びかけて今度は肩を支えられる。
「……夕立ちゃん?」
「無理はしない方がいいっぽい……えっと、吹雪ちゃんでいいの? まあ名前はともかく、さっきのアレ何、ホントにわからないの?」
頷く。正直に言ってわからないのだからそれ以上に答えようがない。夕立ちゃんにゴメン、ありがとうと言って再び一人で立とうとして、身体はふら付いて上手く立てないまま倒れこみそうになって結局睦月ちゃんと夕立ちゃんに支えられる。
「あ、れ……なんで上手く立てないんだろ」
立てない。それ処か、眠気と疲労が一気に来たかのように思考さえ重く、微睡んでいく。まずい、止めなきゃと思うのだけれど歯止めが利かない。それでも何とか起き上がろうとして前を向けば、神通さん達三人が私に対して探るような、測るような視線を向けていた。
「あ、あの……」
「先程の事なら今は喋らないでいいです。事由はどうであれ味方で、有用なのであれば調べることは後からでも出来ます。ですが……」
そこで言葉を区切って神通さんは眉を顰める。川内さんは何を思ったのか私の後ろに回って、艤装に手を掛けた。
「神通、間違いないよ」
「やはり、そうですか」
「な、なんなの神通さん? 吹雪ちゃんは何か悪い状況なの?」
「いえ、症状としては唯の燃料切れみたいです。ですが……」
神通さんがどうしましょうと呟く。そうだろう、まだ戦いは終わっていない、作戦は終了していないのだから私たちはまだ戦わなくちゃいけない。だけど、なのに、もう体は動いてくれそうになかった。
「どうする? 続行する?」
「でもこのままだとこの子、えっと吹雪ちゃんが危ないよ? 轟沈は避けなくちゃいけないし……」
川内さんと那珂ちゃんの話が耳に入る。明らかに私はお荷物だった。それが恥ずかしくて、まだ戦えると立ち上がろうとしても身体は動いてくれない。もう、限界と言わんばかりに身体は動かない。
「無理しちゃダメだよ、吹雪ちゃん」
「神通さん、夕立たちが曳航するからそれで作戦続行、ていうのは?」
「――――いえ、その必要はなくなりました」
夕立ちゃんの提案に対し、柔らかい口調で神通さんはそう返した。どういう事? と、睦月ちゃんが尋ねて、神通さんは司令部より連絡ですとその内容を読み上げる。
「『第三水雷戦隊に通達。第一機動部隊並びに第二支援部隊が敵泊地への強襲に成功。交戦を終え、敵泊地の撃滅に成功しました。作戦終了。これより帰還してください』とのことです。よって、これより帰投します。睦月さんと夕立さんはこのまま曳航をおねがいします」
了解と二人が叫んで動き始める。急に変わった事情に少しだけ意識が追い付かなくて、でももう戦いが終わったのだと理解した瞬間に気が緩んだからか、意識はプツリと途絶えた。
―――……
明滅。目覚める前、微睡にも似た霞んだ意識が光を浴びてはっきりと輪郭を得始めている。少しだけ呻き声の様な声を漏らしながら、明るい光の眩しさに徐々にはっきりとしてきた思考が目を開けようと頭に命令を送って、双眸がゆっくりと開かれる。
「―――まぶし」
夕暮れの日が沈むギリギリの明るい光で視界は真っ白、痛くなるほどで、顔を顰めながら何度か瞬けばそのうちに目が慣れてきて木目の入った天井が瞳に映る。
―――少し前に見た光景だ。
そう感じ、此処が医務室だと理解してどうして私はまた此処で寝ているのだろうかと考えた所で直ぐに戦闘の事を思い出して運ばれたのかと納得して、起き上がる。
「あ、起きました?」
「……明石さん」
カーテンが閉められていなかったからか直ぐに気付いたらしい明石さんがこちらへと近づいてこんにちはと声を掛けてくる。それに返答したところで、明石さんは私の座るベッドの横に立って、触診を始める。
「んー問題なし。補給もして微小な損害も治療したので肉体的にはもう大丈夫ですね。えーっと、自分の事は分かりますか?」
「はい。名前も思い出せました」
「それはよかったで……え!?」
目を見開いて驚く明石さんに、まだそこ辺りの話は出ていないのかと思いつつ、問い詰めてくる明石さんに名乗ってから一旦離れてもらい、ベッドから降りて立ち上がる。今度は衣装が変えられていないらしく、制服のままで寝かされていたようで、腰に着けているホルスターの中にも碇の様なアイテムとカードも入ったままだった。
「えーっと……うん。とりあえず聞きたいことは色々ありますし起きたばっかりでなんですけれど提督が起きたら貴女を提督室の方に連れていくように言っていたので着いてきてもらって大丈夫ですか? なんでも今回の戦闘の事で話があるようで」
「今回の事でですか……分かりました」
心辺りがあり過ぎるし、私としても気にしている事だったから明石さんの発言に従って直ぐに医務室を出て移動を始める。何を聞かれるのだろうかと不安に思ったり、途中で何度か何時名前を思い出せたんですか? 等色々聞かれたりして、ソレについて返答したりしながら歩いている間に直ぐに提督室に着いた。
「失礼します……って、大淀?」
「あら、明石さん。どうかしましたか?」
中にいた司令官と長門秘書官ではない別の艦娘、どうやら『大淀』というらしい人と明石さんが話初めたのを見ながら提督室の中を見るけれど、司令官はいない。どこに行ったのだろうかと首を傾げた所で、明石さんがちょいちょいと肩を突いてきた。
「吹雪さん今の話は聞いてました?」
「あ、ごめんなさい。……聞いてなかったです」
「えっと、提督が今ちょっと外出中で、場所はわかっているんですけれど……こちらで待つかそれとも会いに行くか、どうします? 私はまだやることがあってこの案内が終わったらまた戻らなきゃなんだけど……」
ここで待つか、それとも司令官に会いに行くか。執務中でない時間帯の司令官に会いに行くのは少しだけ憚られて、でも提督室っていうあまり広くない室内で初対面の大淀さんと並んで待つというのは遠慮願いたかった。そのため会いに行くことを選択して、場所を聞いてから明石さんと大淀さんに一礼して、部屋から出て足早にその場所、
―――鎮守府のはずれにある大碇の元へと向かう。
鎮守府内における施設、その全てから離れた場所に建てられている大碇。行った事はまだないけれど、遠目で見てもわかるほどに特徴的であるために直ぐに目的地まで直ぐに到着して、その場所に司令官の姿を見つけて声を掛けようとした瞬間、
―――音が響いた。
音の発生源は司令官の口元に近づけられた楽器。遠目で分かりづらいけれど何故かわかる。あれは、ハーモニカだ。
「―――優しい音?」
その音を言葉で表すとして、私には難しくてそうとしか言えなかった。ただ、聞いているだけで安らぐような、落ち着くような、何度も聞いていたくなるような音色で、気付けば声を掛けることすら忘れて音に聞き入った。
やがて、音が止んだと気付いたときには司令官はハーモニカを手に持って、碇に身体を預けたまま口を開いた。
―――待っていたよ。吹雪。
「え、あ……待たせてしまってすみません。司令官」
待たせるのは失礼だと謝るために頭を下げようとして、下げる必要はないと止められる。止められたのに下げるのもまた失礼だから、恐る恐る頭を上げて、司令官と目が合う。
―――最初に提督室であった時には見えなかった瞳は、見守るような温かい瞳だった。
「―――――――――――」
その時言われた言葉を、話した言葉を私はきっと、忘れない。
気付けば話は終わっていて、私は鎮守府内を走って、艦娘寮の第三水雷戦隊の部屋に飛び込むように入った。
「わ、吹雪ちゃん!? 大丈夫なの!? まだ入渠してたほうがいいんじゃ―――」
「あのね、睦月ちゃん、夕立ちゃん!」
「なんかテンション高いっぽい?」
逸る心臓を深呼吸をするように息を吸って落ち着けて、
「まだ、未熟かもしれない。上手くできないかもしれないけれど、精一杯頑張るから、だから―――これからもよろしくお願いします!」
頭を下げて二人に言えば、二人はおかしなものを見たと言わんばかりに、可笑しそうに笑った。
「改めて、これからよろしくするがよいぞ、吹雪ちゃん」
「改めて、これからよろしくね、吹雪ちゃん」
「―――うん!」
一歩。踏み出して響いたのは未来への足音。希望への鼓動だと信じて。
―――私の戦いは此処からきっと始まる。
前書きにも書きましたが活動報告にてアンケートを取ります。
宜しければご参加ください。