ジリリ。と、音が鳴る。目覚まし時計のけたたましい音は眠っていた意識を叩き起こし、安眠を貪ろうと誘惑する思考に蹴りを叩きこんで起きろと殴りつけてくる。もう少し寝たいと思う欲求をグッと堪えて、枕元に置いてある目覚まし時計に腕を伸ばして止めてからゆっくりと起き上がり―――、
「―――っ! あいたぁ!?」
ゴン。と、鈍い音が響いて頭に鈍痛が奔る。涙が目に浮かんでくるレベルで痛むこの鈍い痛みに、一体何に当たったのかと思いながら見上げれば思っていたよりもずっと近い位置にある天井、三段ベッドの上の寝台を支える木が見えて、これにぶつかったんだと納得しながら頭を擦る。
「いやぁ……大分すごい音がしたのね。吹雪ちゃん、大丈夫かにゃ?」
既に起きていたらしい睦月ちゃんが少し笑いながら、だけど心配そうにこちらに声を掛けてくる。
「あぁ……睦月ちゃんおはよぉ……凄く、痛い」
「だろうねぇ……氷とか、何か冷やすものいる?」
ううん、大丈夫。そう言いながらベッドの中から這い出て、改めて立ち上がる。窓から朝の光が入っているのを見ながら軽く深呼吸をして、改めて室内を見まわして、アレ? と室内の違和感に疑問を零す。
「夕立ちゃんは?」
「朝はいないの。いっつも日が昇る前に外に出てるみたい。でも、朝ごはん前にはちゃんと帰ってくるからほっておいて大丈夫だよ」
睦月ちゃんの言葉に、ならまあいいかと特に考えることなく覚えた疑問を横に流して、そろそろ着替えようと思い、服棚へと歩き、制服を取り出して今着ている薄い青色のパジャマを脱いで、制服に着替えてからパジャマを折りたたむ。それから腰のホルダーに輪とカードを差し込んで準備完了と、小さく言う。
「睦月ちゃん、朝の動きはいつから?」
「えっと、後30分後に朝食だねぇ、それまでの自由時間なのです」
そっかと、呟いてから、じゃあと睦月ちゃんに一言。
「それまでには戻ってくるから、ちょっと外出してくるね」
「こんな時間に? 今から?」
訝し気な表情で、しかし睦月ちゃんはまあいいかと呟いてから行ってらっしゃいと見送ってくれた。ありがとうと返してから靴を履き、扉を開けて人気のない通路を歩き、外に出てから軽く走る程度の速度で道を歩き、昨日司令官に会った大碇の元に辿り着いた所で息を整えて、それからポケットに入れたままの新品のハーモニカを口元に寄せて、吹き始める。
『―――――――――』
ハーモニカの音が響き渡る。
ちぐはぐで、ゆっくりで、音が外れて。だけどあの時一度聞いただけのメロディーを思い出しながら一から順番に音を出していく。子守歌のように落ち着くあの曲に少しでも近づくように努力しながら、されど時間の事を気にしつつハーモニカを吹かせ続けた。
―――……
朝ごはんはお米に味噌汁、焼き魚と漬物に生野菜のサラダ。シンプルで美味しいそれを味わって食べ終え、食後に一杯のお茶を飲んでから部屋に戻る。歯磨きを終えればそろそろ八時過ぎという時間帯。学校という形で日々装備などについて学んでいる駆逐艦は当然、そろそろ艦娘寮から出て学校設備に向かう時間だ。
「夕立ちゃん、準備はいいかにゃ?」
「出来てるっぽーい」
鞄を
「それじゃあ行ってくるね、吹雪ちゃん」
「行ってきまーす」
「うん。二人とも行ってらっしゃい」
手を振りながら二人を見送り、扉が閉まった所で降ろしながら息を吐き出す。
「……今日は暇、かぁ……」
至極当然、当たり前の事だったけれど私は今日、学校に行くことが出来ない。何故なら準備が出来ていないからだ。そもそも私が目覚めたのが昨日の事、そして私が他の鎮守府所属の艦娘でなく、身寄りのない艦娘だと分かったのも昨日で、考えてみれば当然だけれど教科書や体操服、そして机などに至る備品から書類に編入するクラスまで含めてまだ準備が整わず、故に今日は学校にいけないため、予想外の休日になってしまった。
―――しかし、悩む。
「……何しよう」
暇だった。やる事、為す事が見つからなくて横になって唯々寝ころぶ。日差しが当たるしそのまま寝てしまおうかなぁと、思うけれど食後だというのに目が冴えてしまって眠れそうにもない。またハーモニカでも吹こうかなと思い、ポケットに入れていたハーモニカを取り出して、そういえばまだ手入れしていないことに気付いて、流し台に向かい、軽く口を付けた部分を水洗いする。そして日当たりのいい場所に置いて、本格的にやることがなくなってしまったなぁ。と終わってから呟いた。
どうしようか。と、困って呟いた時、ドアを叩く音が聞こえた。
『吹雪さん、いますか?』
聞き覚えのある声。神通さんの声だ。
「はい、います。ちょっと待ってください」
何の要件だろうと思いながら靴を履いて扉を開ければ、予想通りというべきか少し困った様子の神通さんが開いた扉の前に立っていた。どうやら川内さんと那珂ちゃんはいないらしい。
「どうしたんですか?」
「実はつい先ほど、秘書艦の長門さんから吹雪さん宛にこちらに連絡が届きまして」
そういえば電話は艦娘寮内では基本的に大衆が集まる場所と旗艦の部屋にしかなかったなと思い出しながら続きを促す。
「今から第一演習場に来てほしいとのことです」
「第一演習場……?」
聞いた覚えがなくて、聞き返す。
「はい。艦隊の演習行動をする場所です。必要であれば案内しますが、どうでしょう?」
場所がわからなかったから神通さんの提案によろしくお願いしますと、一も二もなく飛びついて、少し困った様子で笑いながら歩き始めた神通さんに着いて行く。ゆっくりとした歩調でぶれなく歩いているその姿を追いかけていれば、ふと、思い立ったように神通さんは声を掛けてきた。
「初陣はどうでしたか?」
「どうって、どういう意味ですか?」
「すみません。質問が悪かったですね。……どう思いましたか?」
どう思ったのか。そう言われて、どう思ったのだろうかと少しだけ悩む。戦っている時はそこまで考えこむ余裕はなかったし、戦いが終わった時には既に私はまともに動けなくなっていて、意識が直ぐに落ちていた。
「一言で言うのは難しいです」
「なら、思い出せるだけでも言えないでしょうか?」
「はぁ……」
やけに押しが強い。少しだけ、今までの若干気弱なイメージとは違う姿に小首を傾げつつ、ぽつぽつと言葉を紡ぐ。
「始めは、怖かったです。敵は思っていたより大きくて、主砲は撃ってみれば予想以上に反動が強くてまともに撃てなくて、混乱しました。でも、神通さん達に教えてもらいながら戦って、何とか倒せたときは私でも出来るんだって思いました。エリート級に食べられそうになったときは、諦めたくないと願って、戦いが終わった時は足手まといになってるって、恥ずかしくなりました」
「……そうですか」
歩みを止めて、振り向いた神通さんはほっとしたような表情ではにかんだ。
「少し、安心しました」
「えっと、どういうことですか?」
「恥ずかしながら、吹雪さんがどういう人なのか捉えられなくて怖かったんです。初めて会った時の透き通るような表情と、あの戦いであった特異な姿。その二つの姿があまりにも違い過ぎて、混乱しちゃってました。……戦場では私情を殺して指揮することは出来ますが、実生活でも普通にいられるか不安だったんです」
でも、と神通さんは続ける。
「今の話を聞いて、吹雪さんも唯普通に生きる艦娘なのだと、漸く実感できた気がするんです。死のうとするか、前向きに生きようとするか、どの未来を選ぶかは私達自身の意思で、その意思があると理解出来たから」
先程までの不安げな雰囲気はない。まるで別人のように優しくも、しっかりとした芯のある瞳で神通さんは手を伸ばした。
「改めて宜しくお願いします。吹雪さん。第三水雷戦隊旗艦、神通。貴女の命を預かって共に戦いたいと思います」
差し伸ばされた手に手を伸ばして、しっかりと握る。暖かく力強い掌に、気付けば私も笑みを浮かべていた。
「こちらこそよろしくお願いします。神通さん。まだまだ未熟者ですが頑張っていきたいと思います」
握手を解いて、改めて歩き始めた神通さんの姿を再び追いかけ始めた。
―――……
第一演習場は艦娘寮から歩いて約十分、出撃ドッグから更に少し離れた場所にあった。海にはポールや的などが浮かんでいる場所で、海に面したコンクリートの道が続いている。
「ここまでありがとうございました、神通さん」
「いえ、こちらとしても話せてよかったと思います。では、私は失礼しますね」
案内してくれた神通さんが去った所で、改めて何処に行けばいいのだろうかと少しだけ首を傾げた所で、呼ぶ声が聞こえ、そちらへと顔を向ければ其処には色々な機材を持った明石さんがいた。
「おはようございます。吹雪さん」
「明石さん? えっと、私長門秘書艦に呼ばれて此処に来たんですけど?」
「はい! 私も長門秘書艦に任されて此処にいます」
一体どういう用件なのだろうか? 首を傾げれば、明石さんがつい先日の戦闘ですが、と話を切り出す。
「神通さんから挙げられた報告書内で吹雪さんが未確認の力を使った。とのことで、それが何なのか調査するために今日、この場で調べることになったんです」
「未確認の力……融合昇華の事ですか?」
「融合昇華! そんな名前なんですかその力は!」
ずずい。と、迫るように明石さんは食い気味にいくつか質問してきて、押されがちになりながらとりあえずわかっていること、カードの艦娘と融合する見たいだという事をいい、何とか腕で明石さんの肩を抑えることで離れてもらう。
「いやはや気になります! 今から実演して貰ってもいいですか? 艤装などは既に運び込んであるのであとはやってもらうだけで大丈夫です!」
テンションが高い、というよりもはや拒否権なんてない勢いでそう言う明石さんに、まあいいけれど、と思いながら艤装を取り付ける。脚部艤装を取り付け、背中に本体を背負ってから接続。立ち上がってから道の上から海へと軽く飛び跳ね、大きな水柱を立てながら両足に力を籠めてしゃがむようにして勢いを殺し、着地する。
「えっと、始めて大丈夫ですか?」
明石さんから了承の意が示された所で、左のホルダーから輪を取り出し、右のホルダーからカードを取り出して構え、リードする。
「綾波ちゃん!」
読み込まれたカードが光になり、綾波ちゃんの像を作る。続いて二枚目を取り出し、構えて―――、
「暁ちゃ―――」
「はいちょっとストップしつれしまーす!」
「うぇ、わ!?」
カードをリードしようとした瞬間に明石さんからの鋭い声でストップが掛かり、バランスを崩しかける。何とか転ばないようにして、一体なんですかと尋ねようと前を向けば、いつの間にか艤装を装着していた明石さんが綾波ちゃんの像に触れようとして、そのまま透過していた。
「一体何してるんですか!?」
叫ぶけれど、明石さんは動いたその像に集中していてまるで此方を見ていない。一体何をしてるのと困って言葉を吐いても返事はなく、しきりに見つめておよそ二、三分たった所で漸く像の正面から離れて、こちらを見た。
「吹雪さん、ちょっと手を挙げてもらっていいですか? どちらでも構わないので」
「あ、はい……」
言われた通りに腕を動かして、伸ばせば同じように綾波ちゃんの像も動く。それを見てやっぱりと明石さんは言った。
「この綾波さんの像と吹雪さんは連動しているみたいですね。動きが全く同一です」
「はぁ……」
そんなこと見ればすぐにわかるんじゃないかと言いかけて、それぐらいしかまだ掴めないんだろうとそう言い聞かせて、続きをしてくださいと言われたこともあり、再び暁ちゃんのカードを構える。
「暁ちゃん!」
再びカードが光となり、今度は暁ちゃんの像が生まれる。また、明石さんがストップするんじゃないだろうかと見るけれど、今度は黙って動かず、続きを促しているようだった。なら、そのまま続けるべきだろう。
「お願い―――二人の力を貸して!」
掲げた輪が音声を読み上げると共に光が私と綾波ちゃんと暁ちゃんを包んで、一体化し、混ざり合う。やがて光は私の腹部辺りから放出されるかのようにOの字に飛ぶように消え、後には私の変わった姿が残った。
「―――これでいいですか?」
「なるほど……これが融合昇華。確かに未知の力ですね。とりあえずスペック分析に入るので少し動いてもらっていいですか? 具体的にはあちらに見える的の辺りまでまっすぐ行って帰ってくるだけでいいので」
頷いて、すぐさま目標の的まで向かい、そのまま辿り着くと同時に振り向いて先程いた場所まで直ぐに戻る。
「おおう、結構早いですね。島風ほどじゃないですけれど40くらいは出てそうです。じゃあ、次は……」
言われたことをこなしていく。この姿になると冷静に、落ち着いた感覚になるからか特に間違えたりミスしたりすることなく円滑に進んでいく。正直に言って、かなり便利だ。普段と違って航行している時も自然と身体がバランスを取ってくれるため、戦う時には常にこの姿でいようかなと思うほど。
「かなり凄いです。砲撃スペックは並みの重巡クラス、雷撃は駆逐艦の中でも飛びぬけていて速度は平均以上。あとは装甲が厚ければいう事なしにかなりの有用性です。あと調べることと言えば……そういえば後一枚、カードがあるって言ってましたよね?」
「はい、このカードですね」
右のホルダーの中に今唯一入っているこのカード。昨日の戦闘の時に手に入ったカードで、裏面は共通の青い模様が入っているけれど、表面は綾波ちゃんや暁ちゃんのカードとは明確に違う。
「戦艦『比叡』さんのカードです」
「そのカードでも融合昇華って出来るんですか?」
「ちょっとわからないです。試してみますか?」
お願いしますと言われて、そういえばどうやって戻るのだろうかと少しだけ悩む。とりあえず念じてみれば、それであっていたのか光が解けるように身体が解れ、やがて元の私の姿に戻る。
「う、わわ……」
どっと疲れたような感覚が満ち、バランスを崩して座り込む。大丈夫ですかと聞いてくる明石さんに平気ですと言ってから何とか立ち上がり、再び輪とカードを構えて綾波ちゃんのカードをリードし、再び像が浮かび上がる。次に今度は比叡さんのカードを取り出して、構えた。
「比叡さん!」
カードが読み込まれ、光が溢れて私や綾波ちゃんとは明確に違う体形と艤装を持った比叡さんの像が生まれる。そして、手を上に掲げて叫んだ。
「二人の力、お借りします!」
しかし、融合昇華という声は聞こえなかった。アレ? と、思い首を傾げた次の瞬間綾波ちゃんと比叡さんの像が私と一つになり―――、
「―――が、ぁあ!?」
〈きゃあああああ!?〉
〈ひええぇぇぇ!?〉
急に、それこそ本当に唐突に身体が内側からバラバラになるような、感覚が溢れ出た。
「吹雪さん!? いったい何が、大丈夫ですか!?」
「わから、ないです! 急に、身体がぁ―――」
言おうとしたところで、更に強い衝撃の波が身体を襲い、手を離れ、胸部に移っていた輪の青いOの光が急に赤く点滅し始める。身体が
「グ、ウゥ―――アァ!」
火を見るより明らかなこの状況に、咄嗟に海面から地上へと飛び移れば、そのタイミングで激しく点滅していた胸の光が消え――――虚脱感と共に融合昇華が解除され、がくがくと足が震えて倒れこんだ。
「吹雪さん! 大丈夫ですか! 吹雪さん!」
「だ、大丈夫、で――――」
身体が重い、瞼に力が入らない、疲労困憊で意識を保つことが不可能になり、やがてプツリと音を立てて意識は途切れた。