龍牙王を除き、戦国最強の妖怪と呼ばれる殺生丸は日ノ本の西国を支配する闘牙王とその奥方との間に産まれた。
幼き頃の殺生丸は強き父と強き兄に憧れ、彼等について回っていた。
「兄上~修行して下さい」
「殺生丸は可愛いなぁ……そうだ、
などと兄の思惑にのせられ、後に後悔する殺生丸なのだが……幼い頃の彼はまだ知らない。
殺生丸の力は成長するにつれて強く、高みへと昇り幾千の敵を前にしようと、殺生丸は怖れる事もしなくなった。己の死すらも怖れる事もなくなった。
そんな時だ、父が死んだのは……しかも人間とその間に産まれた半妖を助ける為に命を賭けた。彼は許せなかった、自分が倒す筈だった最強が奪われた事が。
故に彼は最強である為に、父の形見である【牙】を求めた。
一振で百の妖怪を凪払う【鉄砕牙】、一振で百の亡者を甦らせる【叢雲牙】を。自らは一振で百の命を救う【天生牙】を譲り受けていたが、【天生牙】は斬れない刀であり殺生丸には必要のない物であった。
殺生丸は残りの牙を持つ兄・龍牙王の元へ向かった。
「兄上……牙を渡して貰いたい」
「お前には天生牙があるだろう……それに今のお前じゃ、叢雲牙も鉄砕牙も扱えない。親父が遺言通り天生牙だけで我慢しろ」
「この様な斬れぬ刀など……」
「はぁ……全く力ばかり求めおって」
龍牙王は鉄砕牙を引き抜いた、錆刀から龍牙王の妖力を得て巨大な妖刀へと変化する。
彼はそのまま、鉄砕牙を地面に突き刺す。
「なんのつもりだ?」
「お前は言葉よりも実際に体験した方がいい」
「……」
殺生丸は兄が下がったのを確認すると、鉄砕牙へと手を伸ばす。
だが殺生丸は鉄砕牙の結界により拒絶された。
「っ! ……どういう事だ! 兄上!?」
「鉄砕牙は人の護り刀だ……親父は犬夜叉の母、十六夜殿を護る為に己の牙から打ちだしたものだ。
人を見下している今のお前には使えんよ。それに鉄砕牙はいずれ犬夜叉に渡す」
龍牙王はそう言いながら鉄砕牙を引き抜くと鞘に納めた。
「何故あのような半妖に渡す必要がある!?」
「鉄砕牙は人を護る刀であると同時に犬夜叉を護る為の物だ。半分は人間である為に我等よりも庇護がいると言うことだ。
我は叢雲牙を封じる為に、犬夜叉には護り刀である鉄砕牙を、それぞれに意味がある。親父は意味なくお前に天生牙を残した訳じゃない。
その意味を考えろ……とは言えそれで納得するお前ではないか。こいつは闘鬼刃、鬼の牙から打ち出した剣だ。まずはこいつで自分を鍛えるがいいさ」
龍牙王はそう言うと身を翻し、その場を離れようとする。
「何故だ……何故、父上も兄上も人間などを護ろうとする? あんなにも弱く、愚かな存在を」
「お前にもいずれ分かるだろうさ」
それだけ言うと、龍牙王はその場を去っていった。
兄の言葉が何を指すのか分からなかったが、今は目の前の剣を取り己の敵となる存在を探しに向かった。
旅の途中で、従者となる小妖怪と出会う……以上。
「えっ!? 儂の紹介これだけ?!」
「黙れ、邪見」
「えっでも……」
キッと睨まれ黙る邪見……哀れ。
それから豹猫族や様々な妖怪の一族と戦った殺生丸なのだが、彼の心が満たされる事はなかった。
戦い、戦い、戦いの日々、ある日、ある噂が耳に入った。
異母兄弟である犬夜叉が人間の巫女と生きる為に妖怪の力を捨てたと言う事を。
幾度か犬夜叉と顔を合わせた事があるが、その頃の犬夜叉は力を望んでいた……それが何故と言う疑問があるが、彼には理解出来ないでいた。
それから少しして、再び鉄砕牙を手に入れる為に兄に戦いを挑んだ。
結果は勿論……敗退。
真正面から鉄砕牙の風の傷を受けてしまう。重症を負ったのだが、天生牙の結界により違う場所へと転移させられる。
重症を負った殺生丸は森の中に転移させられ、倒れていた。
この場に来てどの位の時が経ったか……そんな時、物音がした。重症を負っている為、普段はする事のない威嚇をする。
「シャ──!」
茂みから出てきたのは驚いているボロボロの人間の少女だった。
少女は威嚇に驚いていたが、恐る恐る近づいてくる。
それから少女は、水や魚、山菜を採って来て殺生丸の前に置いた。殺生丸がそれに手をつける事はなかったが、ある日、ボロボロな少女に声をかけた。
ただ怪我をしていたのを聞いただけであったが、それだけの事で少女は笑った。
数日経ち、ある程度怪我が治ったので移動しようとしていたが、少女の血の匂いを嗅ぎとりその方向へと向かう。
そこには盗賊と自分の元を訪れていた少女がいた。どうやら少女は盗賊達に斬られた様だ。盗賊は殺生丸の爪にて引き裂かれた。
「殺生丸様……あの人間の娘を知っているので?」
殺生丸は邪見の言葉に答える事なく歩を進める。何を思ったのか天生牙を引き抜いた。
「試してみるか…」
そして天生牙の力により見えたあの世の使いを斬り捨てる。そして少女は蘇った。
少女・りんはそれから殺生丸と共に行動する事になった。
りんと行動する様になって、少ししてから兄が突然現れた。
「久しいな、殺生丸……お前が人間の娘を連れ歩くとは」
「……」
「誰じゃ貴様! 殺生丸様を呼び捨てにするなどどういうつもりじゃ!?」
と龍牙王の事を知らぬ邪見が声を上げる。
「兄弟の間の事だ、邪魔をするな、小妖怪」
「えっ……兄弟?」
「我はそこな殺生丸の兄だ……さて、殺生丸よ。兄の質問に答えておくれ」
「貴方には関係ない」
「はぁ……昔はあんなに素直だったのに、何でこんな性格になっちゃったのかねぇ?」
と呟く龍牙王を睨む殺生丸。
「まぁいい……」
次の瞬間、龍牙王から凄まじい妖気が発せられる。
それに素早く反応した殺生丸は、直ぐにりんの前に立ち、龍牙王の妖気からりんを庇った。
それを見て龍牙王は妖気を収めてにっこりと笑った。
「直ぐに我に斬りかからず、その娘を庇うとは……昔なら嬉々としてこっちに襲いかかってきただろうに。
それなりに成長したと言う事か」
嬉しそうに笑う龍牙王は、鉄砕牙を腰から抜き殺生丸の前に差し出す。
「どういうつもりだ?」
「お前も少しは成長してると思ってな……鉄砕牙を使えるか、否かはお前次第だ」
そう言うと兄、殺生丸は訳が分からない顔をしているが鉄砕牙に手を伸ばす。以前に鉄砕牙の結界で拒絶された殺生丸であるが、今回は拒絶されなかった。
そして、鉄砕牙を鞘から抜こうとしたが全く抜けなかった。
「ぁ~まだその段階までいってないか……まぁいい。鉄砕牙が拒絶しなかったからお前に預けておこう」
龍牙王はそう言うと、殺生丸の横を通り抜けりんの前にしゃがみこむ。
「悪かったな怖がらせて」
そう言うと彼は尾の中から御守りを取り出すとりんに手渡した。
「せめてもの侘びだ、ではな」
そうして龍牙王は去っていった。
殺生丸は抜けぬ刀に何の意味があると思いながらも鉄砕牙を捨てる事は出来ず腰に納めた。
それから一年が経とうとしていた。
この一年、りんと行動を共にする内に殺生丸に変化が起きた。
大量の血の匂いを感じとある村に立ち寄った時だ。そこでは妖怪に喰い散らかされた人々を見た。以前なら全く何も感じなかった筈だが、この時は言い知れぬ何かが彼の胸で蠢いていた。
人々を襲っている妖怪が殺生丸に気付き此方を向いた。その口には小さな子供が咥えられていた。
それを見た瞬間、その子供がりんの姿と重なり、気が付けば爪で妖怪を切り子供を助けていた。
何故自分がこの様な事をしたのか彼には理解できなかったが、何とか生きていた妖怪が声を上げる。
『ナゼダ……妖怪ガ何故人間ヲ助ケル? 人間ナド我等ノ餌デアルコトシカ価値ガナイノニ』
「……黙れ」
ドクッと鉄砕牙と天生牙が脈動を打つ。殺生丸は自然と鉄砕牙に手を伸ばすと、鉄砕牙を抜き「風の傷」で妖怪を滅ぼした。
この時は、殺生丸は鉄砕牙を扱える事ができ、更に天生牙に封じられていた「冥道残月破」を解放できた。
それは殺生丸に「誰かを慈しむ心」が芽生え始めたからである。