~森の中~
闘牙王は必死に駆ける。間に合わなくなる前に、自分の命が残っている間に十六夜と子供を助ける為に。
「無理ですじゃ!無茶ですじゃ!どうかお考えなおし下さい!親方様!親方様は竜骨精と戦った傷が癒えていないではないですか!」
闘牙王の毛に必死にしがみ付く冥加はそう叫ぶ。
「アレを死なせる訳にはいかん!………それに私はもう長くない」
「親方様!」
「ムッ!(この感じ)」
闘牙王は狗の姿から再び、人の姿に転じ立ち止まる。すると木の影から長男・龍牙王が現れ、道を塞ぐ。
「何処へ往く?」
「十六夜と子を助けに往く……邪魔をするか?」
「そんな身体で死ぬつもりか?」
「この身は竜骨精の毒が回っている……長くはない。ならば十六夜と子を助ける為にこの命を掛けるだけぞ」
「十六夜殿との子……産まれてくるのは半妖だぞ。何時の時代で在っても半妖が生きるには辛い、それは我が一番分かっている」
闘牙王は龍牙王がこれまでどれ程、苦労したのかを知っていた。だからこそ、半妖がどの様な目に合うかも分かっていた。
「だからと言って、見捨てる訳にはいかん。それに私の子だ、きっと強くなる。私の血がそうさせるだろう」
きっと自分の血がどの様な時でも生き抜くために力を与える。生きていればきっと……幸せになるチャンスは幾らでもある。闘牙王はそう考えていた。
「全く……命さえ助ければそれでいいって思っているのか……バカ親父!」
龍牙王は父に向かいそう叫ぶ。闘牙王にとって父と呼ばれたのかかなり久しぶりの事で、少し嬉しかった。
「うっ……むぅ」
「十六夜殿は強いが、この乱世の世をあの細腕の姫君が半妖の子供を抱え、どうなのか考慮しないんだ……母上や御母堂が聞いたら、殺されるぞ」
「ぐっ……」
戦に生きてきた闘牙王は一先ず命さえ助かればそれでいいと考えていた、確かにこの戦乱の世を十六夜と子供だけで生きて行けるかなど全く考えてなかった。
「はぁ…………全く、戦馬鹿め。困った父親だ……腹違いとは言え、我が弟だ。産まれた子が一人前となるまでは守るとしよう」
「スマヌ……お前には」
かつて息子より笑顔を奪った自分がこの様な事を頼める立場ではないのは分かっていたが、今は息子に頼るしかない。
「それ以上の言葉は不要………疾くと行け、バカ親父」
「十六夜と子を頼む」
息子の開けた道を行く闘牙王、すれ違い様に彼は見た。笑みを浮かべる龍牙王を……それを見て闘牙王は安堵する。言葉には出さないが、「後は任せろ」と言っているのが顔を見れば分かった。きっと息子に任せれば、十六夜と子は大丈夫だと。ならば心残りはない、全身全霊をかけて2人を助けるのみだ。
十六夜の捕えられた屋敷を一望できる崖の上に来ると、天に向かい咆哮した。
「グオォォォォォン!グオォォォォォン!(十六夜、今往く!)」
崖から飛び降り屋敷の門が見える場所に来ると、闘牙王は鉄砕牙を振り抜き、構える。
「風の………傷!!!」
鉄砕牙より放たれた風の傷が屋敷の門を破壊した。その衝撃で僧兵や侍達が吹き飛んだ。駆け出し、門から入ろうとするが生き残った者達が矢を射るが、突き刺さろうと関係なしに進み、再び風の傷を放つ。
「十六夜!十六夜!!」
壊した門から屋敷へ侵入すると、周囲を見回す。
「一足遅かったな……十六夜様は貴様の手の届かぬ所へ送った、この私の手でな!」
そう言って出てきた赤い鎧を着た1人の青年。
「確かお前は……刹那猛丸、まさか、十六夜を!」
この青年、刹那猛丸は元々は貴族である十六夜の家に仕えていた武士の1人だ。彼は密かに十六夜に好意を寄せていた、だからこそ妖怪である闘牙王の子を身籠った事が許せなかった。故に彼は十六夜をその手に掛けた。
「馬鹿がぁぁぁ!!」
闘牙王は駆け出すと、猛丸も駆け出す。2人の剣が交差するが、猛丸の左腕が斬り落とされただけだった。闘牙王は直ぐに屋敷の奥へと侵入する。
屋敷の何処に居るかは分からない。だが、彼の耳には聞こえた。懸命に生きようと泣く赤ん坊の声が……それに導かれる様に闘牙王は奥へ奥へと向かう。
道中、屋敷に火が放たれていた。だがその様なこと、気にしている暇はない。何とか十六夜と赤ん坊の元へ辿り着いた彼は十六夜の傷を見る。致命傷……そして既に息はない、それを見た闘牙王は直ぐ様、天生牙を引き抜いた。
「頼むぞ、天生牙」
天生牙の力で、十六夜に群がるあの世の使い達が見えた。闘牙王は使い達を斬り伏せた。それにより条件は整い、無事に蘇生した十六夜。
「ぅ……あっ……」
「十六夜……」
闘牙王は安堵すると、直ぐに十六夜に懐から出した火鼠の衣を被せた。これで火に焼かれて死ぬ事はなくなったが、急いで十六夜達を逃さねばならない
「ぐっ……はぁはぁ」
そこにやってきたのは、先程戦った猛丸だった。
「貴様とならば悔いはない、このまま黄泉の国に旅立とうぞ」
猛丸の言葉に応える様に、普段では絶対抜かない叢雲牙を引き抜く。
「生きろ」
「あなた!」
「………犬夜叉」
闘牙王はそう呟いた。
「なに?」
「子供の名前だ……その子の名は犬夜叉!」
「いぬ……やしゃ」
十六夜は自分が抱く子供を見る。
「往け!外で龍牙が待っている!」
「……はい!」
十六夜は振り返る事無く、走り出した。今、此処でこの子を死なす訳にはいかない。
闘牙王と猛丸が燃え盛る炎のからで剣をぶつけあう……だが既に遅かった、屋敷が崩れ落ちたのである。
これで闘牙王の話は終わりですが………その後と十六夜と犬夜叉の話をしようかと思います。