ただし後々書き直すかも……(特に後半)
今の自分の限界かも()
現代に蘇った二人の王。
『聖王女オリヴィエの複製体』である高町ヴィヴィオ。
『覇王イングヴァルトの子孫』であるアインハルト・ストラトス。
開戦と同時に魔力で強化した脚力を以て飛び出した二人は、迷うことなく互いに拳を振り被る。
魔力が注ぎ込まれた拳は寸分たがわず相手の拳に当たり、結界内に轟音を撒き散らし、外部から隔絶された空間を震わせた。
「うおッ!? アイツらいきなり飛ばしすぎだろ!?」
開始の直前まであくまで『試合』を見るつもりであったアストだったが、ヴィヴィオとアインハルトから感じた魔力の密度によってそんな考えは根こそぎ吹き飛ばされてしまった。
試合開始とともに後方に『エアライナー』を展開し、二人から一気に離れたノーヴェが、鼓膜を突き刺す轟音が鳴る中でアストに向かって声を張り上げる。
「アストォ! 無事か!?」
「無事っすよ! 誰に向かって言ってんすか!」
張り上げられた声に合わせるようにアストも声を大にして返す。
最初に驚きこそしたものの、一度理解してしまえば思考を切り替えるのに時間はかからなった。
自分が戦っている時ほどではないものの、アストの思考は平常時よりも遥かに澄みきっている。
それ以前に『カンピオーネ』であるアストにはこの戦闘の余波程度、どうということもない。
「アスト様、防御魔法は?」
「覚えてねえよ。防ぐくらいなら避けるから」
オットーからの当然ともいえる質問に、二人の戦闘を視界に収めながら答える。
今のアストにとって、戦闘における仮想敵は『まつろわぬ神』
基本的に『まつろわぬ神』との戦いは一対一での戦闘であるため、アストの戦闘スタイル上、持ち前の速度と反射神経を活かしたものとなる。
近接戦闘なら武器で打ち合えばいいし、遠距離からの魔法攻撃は比類なき機動力をもって回避すればいい。使ってくるかは判らないが、広域殲滅魔法に関しても対策は考えてある。無論防御魔法無しでだ。
「流石魔王様。相変わらずデタラメだね……」
「カンピオーネだからな。つっても、避ければいいって考えは元々だけど」
呆れた声に軽く返し、後ろを見やる。
オットーもディードも自力で退避したようで目立った怪我は見受けられない。
大きく後退したノーヴェも
「ったくアイツら……あたしが近くにいたこと忘れてたんじゃないだろうな」
「開始と同時に真正面から突貫ですもんねえ。にしても……」
「陛下、少し見ない間に随分と強く……」
「……アインハルト様も負けてないね」
二人の闘いは熾烈にして苛烈。
最初の拳のぶつけ合いから数度打ち合った後、ヴィヴィオは飛翔魔法で高く空に躍り出た。
対してアインハルトは構えを崩さずその場に留まっている。
先制してヴィヴィオはアインハルトに向かって、虹色の魔力弾を撃ち放つ。
数は二十ほど、牽制目的なのか誘導弾ではないが、弾足の速い直射弾が広い範囲をカバーしながらアインハルトを狙う。
向かってくる魔力弾をアインハルトは体に掠らせることなく躱していく。
広範囲にばら撒かれた魔力弾は逃げ道を無くすためのものだろう。時間差で襲い掛かってくる弾も含めて、アインハルトはその場に留まるようにして避け続けた。
撃ち終わり、地上に相手の姿を確認したヴィヴィオが鋭い角度で急降下し、アインハルトに素早く接敵。同時に体を捻りながら魔力を籠めた右足を後ろに引く。
アストともにノーヴェから教わった体技。すでに自己流にアレンジされた一撃が、アインハルトを捉える。
「アイツ、避けないのか!?」
「迎え撃つ気か、アインハルト」
アインハルトもただ待ち構えているわけではない。
急降下して迫るヴィヴィオを捉え、迎え撃つように構えを変える。
左の足で地面を強く踏み込む。左足を中心として蜘蛛の巣のように広がった亀裂が生まれ、籠める力に比例しながらその深さと範囲を広げていく。
足先で練り上げた力を、後ろに引き絞った右腕を伝わせ、練られた魔力を拳に集中させる。
ヴィヴィオも迎撃の構えをしたアインハルトを確認するが、速度を緩めることなく距離を縮めていく。
降下するヴィヴィオと迎え撃つアインハルトの間の距離が容赦なく近づいていく。
「こりゃまたデカいのが……ノーヴェさん!!」
「わかってる。オットー、ディード!」
「ご心配なく!」
「自分の身は自分で守ります!」
余波の大きさを感じたアストたちが衝撃に備え動き、ノーヴェは結界の維持に力を入れる。
「リボルバー――」
「覇王――」
アストたちには目もくれず、ヴィヴィオとアインハルトは互いを自らの射程に収める。
「――スパイクッ!!!!」
「――断空拳ッ!!!!」
両者の引き絞られた拳と足が空気を裂きながら振り抜かれ、凄まじい勢いでぶつかり合う。
互いの一撃がせめぎ合う中で、結界内に荒れ狂う暴風が無差別に放たれていく。
衝撃に対して十分な強度を誇るはずの倉庫群が、鉄骨を揺らしながら低い音を立てながら身を軋ませる。
「二人とも強いね。本当に……」
「ファイトです、ノーヴェ姉さま」
「クソッ! 結界張ってるこっちの身にもなりやがれ!」
目の前の二人の戦いに半ば唖然としながら感嘆を漏らすオットーに、明らかに凄まじい負担がかかっているであろうノーヴェに他人事のようにエールを送るディード。
そんな双子の妹に対して、結界を維持するノーヴェは思わずと言った具合で悪態をつく。
「……陛下がお強いのは承知してたけど、アインハルト様もここまでとは……」
二人の攻防を目にしたオットーが思わずといった調子で呟く。
アストから見ても古代ベルカの王の血を引く二人の戦いは、見る者を魅了し圧倒するものがある。
互いの獲物が己の肉体という泥臭さ満点の代物だが、四肢から繰り出される体技は二人の荒れ狂う魔力も相まって、二人の優美さを際立たせながら結界内を美しく染め上げていた。
だが、だからこそアストには違和感が残る。
「なあ、ノーヴェさん」
「言いたいことはわかる。でも、アイツも何か考えがあるんだろう」
「……どういうつもりなんだ?」
再び二人が動く。
アインハルトが前にアストに使った独特の歩法でヴィヴィオに迫るが、即座にヴィヴィオは自分の周囲に魔法陣を展開。無数の直射弾を前方に連射しながら後退するが、直後アインハルトのとった行動にアストたちの顔が驚きに染まる。
「おいおい!?」
「うそぉ……」
「あれはちょっと……」
「対策早すぎだろ、アインハルト……」
迫りくる弾幕を前にアインハルトは止まることも避けることもなく、一瞬の躊躇もなく弾幕の中に飛び込んだ。
数刻の後、弾幕を突破したアインハルトがヴィヴィオを至近距離に捉えた。
弾幕の中を突き抜けたにも関わらずアインハルトはその身にほとんど傷を作ってはいない。
そのままヴィヴィオが体勢を整える前に、勢いを加えたアインハルトの拳がヴィヴィオに放たれた。
「はあッ!!」
「ぐぅ!?」
避けることを諦めたヴィヴィオは、両腕を胸の前で交差させながら前面に
突き飛ばされたヴィヴィオは飛翔魔法を用いて空中で姿勢を制御し、滞空しながら周囲に魔法陣を展開して、追撃に備えながら相手を見やる。
両腕で拳を受けきったことで直撃は避けたとはいえ、その威力は腕を伝わってヴィヴィオの身体に少なくないダメージを蓄積させた。両腕も魔力で堅牢に強化していたとはいえ、僅かに痺れが残っている。
「浅かったですか……」
「……それでも十分効きましたけどね。それに、まさか魔力弾の中を躊躇いなく突き進んでくるとは思いませんでしたよ」
「前に似たような経験がありましたので。防壁を展開しながらであれば突破できると判断しただけです」
極めて冷静に、構えを崩すことなく体に魔力を循環させ続けながらヴィヴィオを見据えて答えるアインハルト。
ヴィヴィオも戦闘中とは思えないほどにこやかに会話しつつも油断はしておらず、自らの周囲の魔法陣は消さずにいつでも発動できるようにしている。
お互い突然仕掛けられてもすぐさま迎撃できる体勢だ。
「ヴィヴィオ……アインハルト……」
違和感は拭えない。だがそれでも信じると決めた以上、アストは傍観に徹するだけだ。
荒れ狂っていた空気中の魔力素の流れも収まり、再びヴィヴィオとアインハルトがぶつかろうかとするとき。
「ッ!?」
ゾクリと、突如として全身の毛が逆立つような感覚がアストを襲う。
即座にデバイスを展開し、バリアジャケットを纏いながら周囲を確認する。
「どうした、アスト?」
ノーヴェが怪訝そうな顔をしながら問いかけてくる。
アストの雰囲気にノーヴェだけでなく、オットーとディードも同じようにアストを見てくる。
ここでアストは、この感覚に陥っているのは自分だけだということに気づく。
ヴィヴィオとアインハルトは変わらず互いに動きを牽制しながら出方を窺っている。ノーヴェたちはこの感覚を覚えた訳ではなく、アストの気配がおかしいことに気づいただけのようだ。
この感覚に晒されているのは、否。この
それはつまり――
「……見つけた」
己の感覚だけを頼りに、射抜いてくる視線の方角を割り出す。
相手の姿は見えない。結界によって外界と阻まれているからか、それとも単純に距離が離れているのか。あるいはその両方か。
――どうでもいい。
そう思考を断ち切って全身に魔力を走らせる。
どれにせよ、これからやることに変わりはない。
「ノーヴェさん、あとはよろしく!」
「え、おい!? アスト!?」
「「アスト様!?」」
ノーヴェたちに一方的に言い放った後、結界を抜け出して倉庫街を疾走する。
魔力で強化された脚力ですぐさま倉庫街から表通りに移り、スピードを緩めることなく手近な建物の屋上へ跳躍し、着地すると同時にそのまま別の建物に向かって再び跳躍。飛翔魔法が使えない以上、最速で目的地に行くにはこれしかなかったのだ。管理局員の目など気にしていられない。
かなりの速度を維持したまま走り続けているというのに、向けられる視線は寸分たがわずこちらを射抜き、近づいていくごとにその圧の密度を増していく。
誘っているのだ、
そんな相手はいったい誰なのか?
そんなもの――――
「決まってんだろッ……!」
いつも以上に冷静に、急速に加速し続ける思考が結論を導き出すのに時間はかからなかった。
✟
一進一退の攻防。
相手が勢いよく降下してくるのと、自分が大地を蹴り抜いたのはほとんど同時だった。
射程圏内に入れた自分が空気を引き裂きながら拳を突き出し、彼女もまた合わせ鏡のように鋭く拳を突き出す。
互に魔力の籠った拳。並の相手ならこれで片がつく一撃。
相手は重力による加速を乗せ、自分は『断空』によって力を重ねたもの。
一瞬の交差。
放った拳は狙い通り相手の右頬を打ち抜き、同時に相手の拳が左肩に届き激痛が走った。
下がるか?
だがまともな一撃を入れることができた今、これは戦いの流れをこちらにつけるチャンスだ。
故に痛みを度外視して追撃に出ようとしたが、目の前の少女はそれを予測していたのだろう。瞬時に
誘導性を捨てて速度を上げられた一撃は寸分違わず左肩に突き刺さり、思わずに痛みに呻きながらその場に留まる。
追撃を免れた相手も先の一撃は効いたようで、少し離れたところで顔を顰めながらこちらを見ていた。それでも全身を魔力で強化しているため、ダメージは蓄積できたがまだまだ戦闘は可能だろう。体幹に揺らぎは全く見えていない。
そしてこれはアインハルト自身にも言えることでもあった。
「っ……効きましたよ、今のは」
目の前の少女が自分に話しかけてくる。
一房に纏めた長い金髪を揺らしながら、先ほど拳を受けた痛みに顔を歪めながら、それでも目の前の少女は笑みを絶やさない。
――クラウス。
「……ッ!」
何故、どうしてだろう。
目に映る顔立ちは彼女と瓜二つだ――当然だ、彼女は複製体だと言っていたのだから。
聞こえてくる声色は彼女となんら変わりない――当たり前だ、彼女が複製体だと言っていたじゃないか。
だけどそれだけだ。
それだけのはずなのだ。
目の前の少女と彼女は違う存在だ。
彼だって、アストだってそう言っていたはずだ。
――どうして
勝手に腕に力が籠る。痛みが残る左腕も気にせず、自分でも気付かないうちに。
親の教育の賜物であろう、礼儀正しい敬語口調のその喋り方も。
見た目よりも少し大人びた、それでいて年相応のものも持つその雰囲気も。
似ている部分もある。でも似ているだけだ。
――どうしてッ
勝手に拳を形作る両手にさらに力が籠る。
全ての距離で魔導を使うその戦い方も。
少女の師匠譲りのその構えも。
その身に纏う防護服も。
今浮かべている笑みだって。
ほら、全然違うじゃないか。彼女とは何もかも違うじゃないか。
――――なのにどうしてッ!!
再び、目の前の少女と、記憶の中の彼女の姿が重なる。
頭でわかっているはずなのに。
彼女はオリヴィエじゃない。
似ている、けど
だが、何よりも不可解だったのは、『オリヴィエ』を見て湧き上がってきた感情は『後悔』と言うものではなく――どうしようもない『
――――え?
「今度はこっちから行きますよっ!」
離れていた思考が、一気に目の前の現実に引き戻される。
視線の先の少女は己を囲むように虹色の魔力球を五つ形成する。それに魔力弾としての機能はない。あの魔力球の機能は弾丸を撃ちだす砲台だろう。
「ソニックシューター・アサルトシフトッ!!」
少女の掛け声とともに、浮遊している魔力球から鋭い魔力弾が連続で放たれる。
開かれた砲門から放たれる魔力弾はこれまで以上に速く、籠められている魔力の密度も目に見えて多い。最初の魔力弾を避けることができても、次の魔力弾を避けることは難しいかもしれない。避けられたとしてもあるいはその次で。そうなれば後は激流のように迫りくる魔弾に飲み込まれるだけだ。
「……確かに凄いです。普通ならこれで詰みですが」
先ほどの動揺を押し殺し、冷ややかに対抗策を体現する。
自分にはここまでの魔力弾に対抗できるほど魔弾を生成できる技術はない。
だが対抗策なんてものは、何もそれだけじゃない。
これまでとは違う“攻め”ではなく“受け”の姿勢をとり静止。冷静に迫りくる虹色の魔弾の一弾一弾の流れを見極める。
最初に到達するのはどれか。次はどれか。三つ目、四つ目、五つ、六つと。視界に映る無数の魔弾を、知覚できるもの全てを残すことなく見定める。
「覇王流――」
魔弾の第一波が限界まで迫ってきたところで、アインハルトはその魔弾を
魔力弾を覆っている
そして、そのまま集めた魔弾を両の手を重ね合わせるようにして圧縮する。
通常魔弾同士の弾殻が反発し合うのを、魔力を流して一時的に弾殻を中和し、無理矢理一つの魔弾に
――自分でもここまでできるとは思っていなかった。
本来は掴み取った魔弾を投げ出す。その技を使うつもりだったのだが、アインハルトの身体は自然と行動に移した。
覇王流『旋衝破』、その先の派生技。
いくつもの魔力弾を強制的に一つの魔弾に収束させたことで、その魔力の密度は凄まじいものになっている。
迫りくる第二波、第三波の魔弾の軍勢を見据え、今にも爆発しそうなほど不安定な魔力の塊を右手で掴み、己が肉体を拳銃のように右腕を引き絞る。
さらに震脚、左足を振り下ろし得た『断空』の力を右腕に集中。
魔弾の激流全てに、その先の少女目掛けて――魔力の塊を撃ち放つ。
「――旋衝断空破!!」
撃ち出された魔力はさながら砲撃魔法の如き威力と規模を誇って、迫る魔弾の激流を飲み込むようにして掻き消した。
そして勢いを緩めることなくその先の少女に到達する。
しかし――
(――手ごたえが無い? しまった、魔弾自体は囮……ッ!?)
それを悟った時、後方から魔力の圧を感じた。
「ここです……!!」
迎撃に入ろうとしても、オリヴィエの姿をした相手はは既に自分の懐までに入り込んでいた。
今から拳を振ろうにも威力は期待できない上に、間違いなく相手の攻撃の方が早く到達する。
「一閃必中……」
振りかぶられた拳がスローモーションでこちらに迫ってくる。
もはや防御する刹那すらない。
「アクセルスマッシュ!!」
振り抜かれた拳は、何に阻まれることもなくアインハルトに到達した。
✟
クラナガンの高層ビル街。
普通ならありえない、人の気配がない閑散とした街をアスト・フレアカードは疾走する。
その中でも最も高いビルの正面に息を切らすことなく辿り着いたアストは、改めてビルの屋上から感じるプレッシャーを感じ取る。
深く短く、一呼吸入れて――――跳躍。
凄まじい高さを誇るビルを人間離れした脚力を用い、三角跳びの要領で建物の壁面を蹴って屋上を目指す。この方がわざわざビルに入って階段やエレベーターを使うよりも、時間を大幅に短縮できる。
数度壁を蹴り抜き、プレッシャーの発生源に辿り着く。
「…………」
柵の無い広大な屋上に人の姿が一人、アストに背を向けて屋上の端から眼下に広がる世界を見下ろしていた。
遠目から見てもわかる、上質な黒いスーツを着こなした長身の男。
一瞬か、それとも数分だったのか。
ようやく目の前の存在は視線を上げてこちらに振り返る。
――やっぱりな。
相手の目元を隠すサングラス越しにアストと目が合う。
たったそれだけのことでアストのリンカーコアは熱く脈動し、体に張り巡らされた筋肉と神経の 隅々まで魔力が循環していく。
身体のコンディションの良さは、遠くから心臓を鷲掴みにされているようなプレッシャーを感じていた時の比ではない。
やはり自分の直感は間違っていなかったということなのだろう。
右手に握ったデバイスを、壊れるかと思うほど強く握りしめる。
――くるか?
肉体のコンディションは万全だが、今アストが使えるのは借り物のデバイスだけ。
オリヴィエとの戦いで手に入れた『権能』があるとはいえ、敵の実力が未知数である以上劣勢であるのは否めない。
それでも
「…………」
だがアストの考えとは裏腹に、目の前の存在はこちらを一瞥した後、背を向けて再び外の景色に視線を移した。
「――今の君と戦うつもりはない」
先に口を開いたのは目の前の存在。
こちらに背を向けたまま視線を向けることなく、まるで独り言のように言葉を告げる。
「……どういう事だよ」
相手の考えが解せない。こちらの調子を崩すことが目的なのかとも思えるくらいだが、この存在がそんなことをするようには思えない。
……
「言葉通りだよ。今の君と戦っても何の価値も無い。自分の武器もない時点でわかりきっている」
「んなもん、やってみなきゃわかんねえんじゃねえか?」
「その姿勢は
「……意味だと?」
そう言って男は一方的に会話を切り上げ、そして――
「これが、彼女が救った『世界』か……」
世界を隔絶する結界越しに、男は眼下に映る『世界』を、そこに住む人々を見て、そう言葉を零した。
独白のように静かに紡がれたその言葉はアストの耳にも届いた。
アストも男も口を開くことなく、静寂が周囲を満たす。
だがそれも長くは続かなかった。
「――なっ!?」
感じ取ったのは目の前の男とは別の『存在』
感じられたのは二体。だが目の前の男ほどの神性は感じられない。
現れた場所は――倉庫街の方角と、聖王教会本部の方角。
「テメェ、まさかこのために!?」
「私の与り知るところではない。が、これはこれで好都合か」
「何を言ってやがる……!!」
「仮にこれが私の仕組んだことだとして、君はどうするつもりだ? 今ここで、私と戦うか? ……愚かな選択を選ぶ君に価値はない。それならば今ここで殺してやるよ神殺し」
そう言って男は先ほどまでとは比べものにならないほどの濃密な殺気をアストに向けてきた。普通の人ならそれだけで失神しかねないものだが、アストはそんな中で思考を重ねていた。
激昂しかけていた心が急速に冷えていく。
優先順位を間違えるな。相手に戦うつもりがないのなら放っておけ。
目の前の『存在』の考えなど疑いだしたらキリがない。
思考を止めるな。
今自分が成すべきことはなんだ?
俺がやらなきゃならないことは――
✟
「……行ったか」
男は神殺しが駆けていった方向を見て呟く。
どうにも自分が展開した結界と、別の存在が展開した結界がほとんど隣り合わせで存在するようで、神殺しの少年は周りの目を気にせず、肉体のポテンシャルを余すことなく発揮している。
あれほどの速さならば、飛翔魔法を使わずとも数刻で辿り着くだろうことが目に見えた。
「その選択で、それで救えるならば及第点だが……
誰に言ったわけでもない言葉。
返ってくる言葉も無く、そのまま虚空に消えていく。
男はアストが向かわなかった方向に視線を移すが、そこで僅かに男が驚きの色を浮かべる。
「……それが、
見えたのは一つの影。
その姿にどこか懐かしさを感じ、同時にアストが結界から脱したことを感知する。
結界を解いた男はその場に居た痕跡を残すことなく、霞みがかったようにして姿を消した。
✟
『もう、やめましょう』
荒れ果てた大地。地面にいくつも突き刺さった武器。瓦礫の山。広がり続ける炎。
――ああ、またこれか。
クラウスとオリヴィエが対峙しているこの光景。
『これ以上続けては、私はあなたを……』
『何と言おうと、ここは通しません』
どこか困ったように笑みを浮かべるオリヴィエ。
頑なに譲ろうとしないクラウス。
二人はどこまでも平行線で、話合いでは解決しないが故に、こうして二人は武技を以て対立する。
傍から見れば滑稽に映るかもしれない。
だがクラウスがここまで必死になるのも当然のことだ。
ここを通すことは、
『だけど、私は――』
彼女は優しく、諭すように語る。
自分が『ゆりかごの王』になれば、永らく続くこの戦乱の世を終わらせることができるかもしれないと。
困ったような笑顔で、語る。
『そんなことのために、あなたは全てを――!?』
彼は激情に駆られながら、嘆くように叫ぶ。
『ゆりかごの王』になることは自分の命や運命、正真正銘全てを捨て去ることだと。
悲しみに顔を歪めながら、叫ぶ。
だがクラウスの悲痛な思いを聞いても、オリヴィエは止まらなかった。
『それでも、私は……』
もう決めたことだと。
彼女は儚い笑みを作って、そう言った。
そこからはいつも通りだ。
だけど自分が感じたものは、いつもと
――彼はずっと後悔していた。
オリヴィエがゆりかごに向かうのを地に伏せて見送ることしかできなかった。
そこから彼の人生は武技の研鑚にのみ費やされていった。
彼女を止められなかった自らを罰するように。
いつしか『覇王』と呼ばれ、彼が生涯を通して研鑚し続けた武術は『覇王流』と呼ばれるようになった。
いつしか彼は、笑わなくなった。
そして彼はどうすることもできない思いを抱えたまま、一生を終えた。
――どうして彼が、ここまで苦しまなくてはならない?
――これではまるで『■■』ではないか。
――死後も『クラウス』が思い続けた『オリヴィエ』
――死後も『覇王』を縛り続けた『聖王女』
……こんな風に考えてしまったのは初めてだった。
そこまで考えて、初めて本当の“自分の”感情に気づく。
……ああ、そうか。そうだったのか。
私はオリヴィエに――
✟
「まだ立ちますか……」
荒れ果てた結界内の倉庫街。
地面にはいくつもの亀裂が刻まれ、倉庫自体も余波で倒壊しているものがいくつか見受けられる。
まるで古代の戦場のような景色を作りだした二人の少女。
バリアジャケットに多くの傷を作りながらも、身体の芯を揺るがすことなく立ち続けるヴィヴィオ。
防護服に傷を作っているのは同様だが、それ以上にボロボロの様相で片膝を作りながらヴィヴィオを強く見据えるアインハルト。
「……えぇ……まだ、わたしは戦えます」
そう言って立ちあがる。満身創痍とまではいかなくても、立ち上がるのが億劫になるほどのダメージは与えられたはずなのに、彼女は立ち上がる。
「どうして、そこまで……」
「……たぶん、言ってもわからない……」
だけど、と。
どこかこれまでと違った表情でアインハルトは続ける。
「負けられないんですよ……」
現実の時間にして一瞬、気絶にも満たないほどの刹那で見た『夢』
そこで理解してしまった。
天地に覇もって和を成す。そんな『王』であることがクラウスの悲願だった。
それを自分は成したかった。
そう思ったのは彼の記憶と感情が自分にも感じられたからだ。
でも、違った。
最近になって増えた、彼の『記憶』を追体験するだけでなく第三者の視点で見ることで疑問を覚え、先ほどの『夢』でわかってしまった。
それは『クラウス・イングヴァルト』の思いであって『アインハルト・ストラトス』の思いではない。
自分の本当の思いは、クラウスの悲願を叶えることで彼を少しでも『救い』をあげたい。
そういうことだった。
同時に『アインハルト・ストラトス』がオリヴィエに抱く感情を正しく理解できた。
自分は無意識にオリヴィエに嫉妬していた。
彼女のことは好きだ。たとえクラウスの『思い』が切欠だとしてもこれは本物の思いだ。
でも、同時に嫉妬もしていたのだ。
自分ではどんなに頑張ってもクラウスを救えない。
“本当に”彼を救えるのはオリヴィエだけなのだと、そう無意識に思ってしまったから。
でもだからこそ――
「私は『彼女』に負けられない、負けたくない……!」
――生きる指標の一つでもある『クラウスの悲願』を諦めるつもりはなかった。
負けを認めてしまうようで嫌だった。
だが今の自分では、『クラウスが混在したまま』の自分ではもっとダメだ。
そんな自分で悲願を成しえても価値は無い。
なぜだか、そう思うのだ。
「やっと……」
「え?」
「やっと、アインハルトさんに会えた気がします」
ほっとした、そう言いたげな優しい笑顔。
でも、彼女とは重ならない。
この暖かな笑顔は
「ヴィヴィオさん」
初めて、少女の名を呼ぶ。
心のどこかでオリヴィエと彼女を重ねて見ていたから、今まで彼女を名前で呼ぶことができなかった。
でも今は、詰まることなく言うことができた。
目に見えて彼女が驚きの表情を浮かべる。
「身勝手な話です、理解できないかもしれない。たぶん、ただの八つ当たりなんです。でもどうか私の我儘に……付き合ってはいただけませんか?」
本当に身勝手な話だ。
自分と彼女に特別な縁があるとはいえ、会ったばかりの少女に頼むことじゃない。
でも心のどこかで、彼女なら……と。
『
『覇王』の悲願をぶつける相手ではだめだ。
でも『アインハルト』の思いなら、受け止めてくれるかもしれない。
そう思い黙って彼女の答えを待つ。
「――私で、『高町ヴィヴィオ』でいいなら、よろこんで!!」
太陽のような笑顔で、そう言ってくれた。
うれしい。だからこそ喜びを噛み締める前にやらなくてはならない。
今一度、互いに拳を構える。
一撃でいい。
思いを込めた拳の一撃。
『クラウスが混在している自分』を区切るための一発を形作っていく。
長く待つ必要は無い。
示し合わせたように同時に駆ける。
「「――ッ!!」」
バキッ、と鈍い音が耳に響く。
互いの拳が、互いの顔面を捉えた。
彼女は崩れることなく立ったままで、自分は前のめりに倒れ込む。
ぎゅっ……と優しく抱き留められる。
自然と、言葉が溢れてくる。
「――はじめまして、ヴィヴィオさん。……『アインハルト・ストラトス』と言います…………ありがとう」
「――どういたしまして。アインハルトさん」
拳は届かなかった。
しかし気分は今までと違って、どこまでも清々しいものだった。
完全に吹っ切れたわけはないだろうと思う。
だが“区切る”ことはできたはず。
だからこそ、ようやく始められそうだ。
――アインハルト・ストラトスとして。
『……レヴィ、準備は良いか?』
倉庫街の上空。
そこから展開された結界を見ている一つの影。
肩先に揃えられ、先端が黒く染まった銀髪。
背中に三対の黒い翼を作り、剣十字の杖と紫色の本を持った少女。
『いつでもオッケーだよ、王様!』
こちらの狙いは聖王と覇王。レヴィは冥王。
準備は整った。
「では、始めるぞ」
『おうっ!』
足元に紫紺のベルカ術式を展開する。
眼下に張られた結界に割り込みをかけ、その制御を完全に乗っ取る。
レヴィの方も上手くやっているのだろう。結界が張られたのを感じられる。
先ほどまで聖王と覇王が何やらやっていたようだが、こちらとしては好都合だ。
薄く、冷酷な笑みを浮かべながら『王』は開戦を告げる。
「さあ! 始めようか古代の末裔たちよ! 精々我らの、『闇』の復活の糧となってくれ!!」
『覇王流・旋衝断空破』
オリ、性能は文中通り。
独自設定
・アインハルトが見る『クラウスの記憶』には「覇王自身の視点」と「第三者の誰かの視点」がある。
・上記に伴いアインハルトの考えに原作に比べて大きな違い。
ご意見、ご感想、お待ちしております。