ほとんど月一更新状態なので、内心かなり嬉しかったり。
いや、だから更新が早かったってわけではないんですよ?
ヴィヴィオたちが結界に囚われたのと同時刻。
ミッドチルダ北部のベルカ自治領聖王教会本部を一人の少女が訪れていた。
「まさかこんな上手くいくなんてね……」
明るい群青色のツインテールを揺らし、
本来修道騎士や参拝客で賑わっているはずの教会は今、人一人いない奇妙な静けさを漂わせていた。
「流石王様とシュテルんだよね……たしかに時間かけて結界作っただけはあるよ」
レヴィはさらに歩を進める。
この特殊な結界は本部の敷地全域を覆うようにして展開している。もともと
自身が同じようなことを行っているディアーチェとより先んじてそれなりに長い時間をかけ特別な結界を作り上げたのは、ひとえに“自身の性分を抑えるため”にというシュテルとディアーチェの指示だったりする。
「別にボクだって誰彼構わず戦うわけじゃないのに……」
レヴィとて、戦闘行為が好きだという自覚はもちろんある。
強い相手がいれば手合せしたくなるし、自らの武を以て下したいとも思う。その相手が一人だろうと複数だろうとだ。
もちろん理性的な行動は当たり前のようにできるし、『目的』のためなら『戦い』よりも優先することも可能だ。
しかし自分は『力』を司るマテリアルであり、すなわちそれは何物にも負けぬ『力』の体現者ということなのだ。
最初から戦うことを避けることを強いられるとなると、さすがに幾分不満も出てくるのだ。
「あ~あぁ……あの龍強かったなあ……」
正直『冥王』が狙いならシュテルがやればいいじゃないかとも思わなくはなかった。
大衆に気づかれたくないのなら尚更自分ではなく彼女が適任だとも思った。それは戦闘スタイルではなくあくまで性格的な問題ではあるが。
それでも『理』を司る彼女はレヴィに任せたのだ。その真意は聞かされていないし伺い知ることもできないが、意味のある選出なのだろう。だから異を唱えることはしなかった。
そうしてうだうだとしながらも、ようやくレヴィは目的の部屋を見つける。
唇を尖らせながら仏頂面だった表情は瞬く間に満面の笑みに変わっていった。
「み~つけたっ!」
手に持ったバルニフィカスを振るって扉を破壊する。どうせ結界を解けば全て元通りなのだ。気にしたことではない。
室内はそれなりに広く清潔感に溢れていたようだが、扉を壊したことで多少荒れていた。
そんな中で身動き一つせず、ベッドに横たわる一人の少女が居た。
千年ほど前に存在したガレア王国。その国の王である『冥府の炎王』イクスヴェリアその人。
この少女こそがレヴィが、ひいてはマテリアルズが探していた存在の一人であった。
ここに彼女がいることは事前に知っていたが故に、彼女だけは結界内に残すようにしたのだ。
「さて、それじゃあ早速……」
そこまで言いかけたところで、レヴィは言葉をとめた。
『レヴィ、聞こえますか?』
『シュテルん? どうしたの? 冥王なら今見つけてこれから色々とするとこなんだけど』
『今すぐそこから離れてください』
『え? なんでぇ!? 冥王はいいの?』
突然の仲間からの念話に応えながらも、当初の目的を済ませようと術式を展開し始める。
そもそも作戦中に念話の類は感づかれるかもしれないから御法度だったのではないのだろうか?
『いいから離れなさい――『魔王』がそちらに向かっています』
それを早く言え! と言う前に巨大な魔力を感知する。
その魔力発生場所は――レヴィの頭上。
半ば本能でその場を離脱したと同時に――強烈な破砕音が鼓膜を刺し、降り注いだ爆炎によって天井が文字通り滅せられた。
『……どうやら一歩遅かったようですね』
「ホントだよっ!! ごっ丁寧にボクにだけ被害がくるようにしてくれちゃってさあ!?」
天井が灰燼に
レヴィが突然の襲撃に対応できたのは『力』のマテリアルとしての性質と、寸前とは言え事前にシュテルから聞かされていたからだろう。
何せ相手が結界に入ったのをレヴィは感知できなかった。つまりそれは結界の侵入と同時にこちらに攻撃を仕掛けてきたということなのだから。
「やってくれたじゃないか……『魔王』」
「うるせえ。テメェこそ何者だ?」
視線の先には一人の少年。その姿は聞いていた武装形態のものだろう。
身体の至る所から炎を生み出しながら、冥王とレヴィの間に立ちはだかるその姿は、まさに賊から王を守護する騎士といったところか。
いつの間にか突き刺さっていたデバイスも手にしており、容赦なくこちらに向けられている。
「まさかこっちに来るとはね……聖王や覇王は見殺しにしちゃったのかい? まあそっちに行ったら冥王がねえ……」
「
「……」
割と自分にとって最悪の状況だったが、レヴィは自然と笑みを浮かべていた。
当初の予定とは外れるがこれはこれで悪くない。まあ全体の思惑からは外れるがレヴィ個人の戦闘意欲を満たすには格好の相手だ。
『レヴィ、いけませんよ。今の我々では絶対に勝てません』
『……何もせず退けってこと? それはちょっとなあ……』
『寧ろそれ以外の選択肢がありますか? 以前よりも余裕はありますが潤沢ではないのです。
もう一度言います。レヴィ、
「……わかったよ」
渋々と言った具合に、レヴィはデバイスを下げる。
魔王がこちらに向けてくる視線の圧がさらに強まる。
そんな姿を見てレヴィはため息とともに、身の内で燻る衝動は収めにかかる。強者からの敵意はどこか心地良く、今すぐにでも嬉々として戦斧をぶつけたくなってしまう。
「仕方ないね、君と戦うのはまた今度にしよう」
「随分と勝手すぎじゃないか、オマエ。……逃がすと思ってんのか?」
「そう言わないでよ。ボクだって君とは戦ってみたいんだ……けど他にもやらなきゃならないからさ。仕方ないね」
「イクスヴェリアを狙った理由はなんだ?」
「答えるとでも思った?」
「……狙いはイクスヴェリアだったんだな」
「……あれ、嵌められた?」
「……俺は聞いただけなんだが」
「…………」
「…………」
このやり取りでどう思ったのか、魔王がこちらに向ける視線にわずかに憐みを乗せてきた。
『レヴィ、それ以上ボロを出す前にとっとと帰ってきなさい』
『ちょ、ちょっと待っててシュテルん。あと少しだからさ……』
『……なるほど、タイミングは合わせますよ』
『ありがとう!』
あと少し。こちらは結構なリスクを覚悟で冥王の前に来たのだ。敗北が目に見えているため戦闘は御法度だが、だからといって何もせずに引き下がるのは納得いかない。
レヴィは先ほどのボロを出した動揺を隠しながら、魔王との会話を続ける。
「ま、まあ好きに考えればいいよ! それが当たっているなんて証拠はないんだからさ!」
「オマエ……やる気あんのか?」
「それはもちろん。でも今は逃げさせてもらう」
「できると思ってんのか?」
暗に逃げれるのかと少年が問いかけてくる。
確かにレヴィと少年の関係上、無傷で離脱するのは正直厳しいものがある。相手もレヴィが誰かは知らないが、どんな存在かは感じ取っているのだろう。
レヴィも承知の上だが、それでも逃げ切れると考えている。
「そうだね、今の僕じゃちょっと辛いけど……」
ほとんど流れに乗っただけであり、意図的ではないが時間は稼いだ。この辺りが潮時といったところだろう。
「でも、いいのかな?」
再びボロを出す前に、魔王を確実に封じるための手札をレヴィは切った。
「――後ろの眠り姫は大丈夫?」
「なにっ!?」
気づいたところでもう遅い。
言葉を受けた魔王が振り向き目にしたと同時に、冥王を覆う円環魔法陣は淡く水色に閃いて消滅した。
最初に展開した術式は完了し、当初の目的は成しえた。
足元に転送用の緋色の魔法陣が敷かれるのを確認し、レヴィはバルフィニカスを振り結界内の至る所に水色の魔法陣を展開する。
燃え滾る紅蓮をおさめた相手は、左手で冥王を抱きかかえながら深い蒼の双眸でこちらを睨みつけてくる。
レヴィの予想通り、効果は劇的だった。
「彼女に何をしたっ!」
「ボクは目的を果たしただけだよ。キミには教えてあげないけど」
実は先ほどの魔法自体は特に人体に影響が出るようなものではないが、別にそれを少年に教える必要はないだろう。揺さぶりは随分と効いたようだ。
「それっ! ついでだ!」
水色の魔法陣から四足の魔獣、巨大な爪牙を持つ魔獣たちが次々と生成されていく。他の所でディアーチェも使ったものだが、レヴィが作った魔獣は全身が帯電しており、“雷刃の襲撃者”たる自らの色が強く出たものとなっている。
「コイツらは……ってことはやっぱりあの魔獣もお前が!」
「君の言うアレがボクかどうかわからないかな? まあボクたちのものではあるね」
今さら誤魔化してもあまり意味がない。だからと言うわけではないが、レヴィは特に隠すことなくことなく答える。
「まあこいつらだけじゃ心許ないから……コイツもおまけ!」
一際大きな魔法陣から、巨大な影が躍り出る。
雄大な翼を蒼穹に雄々しく広げ、その巨体を淀んだ黒い鱗が全身をびっしりと覆っている。
強靭な両脚と両腕には研ぎ澄まされた剛爪、見る者をすくみ上らせる頭部には禍々しい紅眼、わずかに開かれた口からは刃物を思わせる鋭利な牙と燻った炎がちらつく。
バチバチと、大気中の魔力素に反応して全身からは蒼白い紫電が迸っているその巨体は、お伽話に登場する悪魔にも酷似した異形の姿。
すなわちそれは――
「ドラゴン……!」
「ボクたちが
「っ……!」
「ちなみにコイツら倒さないと結界は解けないから。まあ破壊なんてしたらどうなるかわかってるよね?
まあ魔王様だから、別に見捨てても何もおかしくはないけどさ……」
――キミは絶対に守るんだよね?
嘲笑うわけでもなく、ただ純粋に自分の思ったことをレヴィは少年に向ける。
魔獣だけなら時間を掛けずとも、ドラゴンだけなら時間を掛ければ勝てるだろうが、意識が無い相手を守りながらではそうもいかない。少年が倒されることはないだろうが、冥王くらいはあるいは……。
「それじゃあボクはこれで。まあまた近い内に会えるさ。全力のボクとキミ、矛を交えるのもそう遠くないだろうから」
「っ、待て!? オマエ一体――」
そこでふと、レヴィが思い出したように口を開く。
「
✟
転送されていった少女を、アスト・フレアカードはただ黙って見送る。
それ以外、許される状況ではなかった。
「クソッ……厄介なんてもんじゃねえぞ」
夥しい数の魔獣に四方八方を完全に囲まれていて、さらに上空には悠然と黒いドラゴンがこちらを睨みつけていて、敵はいずれも紫電に帯電している。
自前の武器が本来の得物ではないものの、アストにしてみれば魔獣の群だけならばすぐに駆逐できる。あの黒い竜であってもそれなりに時間を掛ければ問題なく倒せる範疇の相手だ。
だがそれは、あくまでアストが一人であった場合である。
「まずいな……」
苦々しい思いが口から溢れ出す。
アストの腕にかかる重みが一際存在を主張してくる。
イクスヴェリア。
原因不明の眠りについている少女はやはりその瞳を深く閉ざしていて、ぐったりとした身体は力が抜けている。否が応でも意識が無いことをアストは悟るしかなかった。
「……どうしたもんか」
汗ばむ左手でイクスヴェリアを抱え直し、強く抱きかかえる。
年齢通りの肉体では無理があったがアストの肉体は武装形態で青年のもの。そのため十歳ほどの肉体年齢であるイクスヴェリアは比較的すっぽりと収められる形になった。それでも人一人抱えながら戦うなんてことはアストも初めてのことであり、厄介なことこの上ない。
そもそもアストは誰かを守りながら戦うのは人生で二度目であり、一度目も守護対象は自力で防衛行動できる子であった。今の状況とは似ても似つかないものであり、唯一の経験も正直当てにできない。
先に結界を突き破って外に出ようとすれば、結界内の魔獣たちがミッドに散らばることにもなりかねない。誰かを呼ぼうにも結界に阻まれて念話も、デバイスの通話機能も遮断されている。教会の結界に気づいてくれるかとも考えたが外の人々はおそらく認知すらできていないのだろう。
今のアストには自力で敵を殲滅する以外、最善の考えが浮かばなかった。
「結局、やるしかないんだ――」
――キミは絶対に守るんだよね?
青髪の少女の言葉がアストの頭に響く。
愚問だ。今さら考えることではない。
あんな得体のしれない敵に言われずとも、アスト・フレアカードに“見捨てる”なんて選択は存在しない。だが状況は最悪と言ってよかった。
左腕はイクスヴェリアを抱えていて、常に気遣わなくてはならず、使えるのは右手に握った杖状のデバイスだけで、体術も接敵しなければならない以上は控えなくてはならない。
相手が意図したかどうかわからないが、現状アストの得意分野は根こそぎ封じられていた。
そこまで考えたところで、ついに敵が明確な動きを見せた。
滞空していた竜がしびれをきらしたのか、口を開き――灼熱のブレスを地上に向けて吐き出してきた。
「他のヤツもお構いなしかよっ!?」
悪態をつきながら、高く跳躍して燃え広がる炎から身を離す。
屋根に上り地上を見れば、赤黒く揺れる業火が魔獣ごと周囲を焼き尽くしているのが目に映ってきた。少なくない数が焼かれたはずだが、それでも数多くの魔獣が結界内に点在しているようで、こちらを補足してその爪牙を振るってくる。
「プロテクションでも使えてりゃあ……まあ、無いモノねだっても意味ねえな」
黒炎を避けながら地上に降り立ち、跳びかかってくる魔獣をイクスヴェリアに被害が及ばないレベルの力で捌いていき、ある程度スペースを確保したところでデバイスを正面に構えて術式を発動する。
緋色に閃くミッド式の魔法陣が展開されていき、アストの周囲に五つの魔力が形成されていき、球状の魔力は揺らめきながら徐々にその形を“深紅の刃を持つ長剣”に変えていった。
その剣の造形に、それほど時が経っていないにも関わらず、アストは寂寥ともつかない懐かしさ覚えた。
装飾や細部の作りはないが、漂う五つの剣はいずれもアストの愛機だったデバイス――スラッシュブレイブに酷似したもの。
「切り裂け――!!」
『Blaze sword bullet assault shift.』
刀身を淡く閃かせた剣弾を周囲に向け解き放ち、魔獣たちを悉く切断していく。
自身が今制御できる剣弾の限界は五つ。できる限りの魔力を籠めた五つの剣は並の相手では防げるものではない。
アストの性質に合わせて調整されたこの術式は、一般的なシューターよりも切断性能と持続性、耐久性を上げたもので、その形を欠かすことなく魔獣たちを切り刻んでいく。
「グルアァァァァアアアアアアアアアッ!!」
「またテメェか!」
ある程度魔獣を駆逐したところで、地上より遥か上空に移動した黒い竜からの二度目の攻撃が放たれる。
二撃目はブレスと言うよりは炎弾。しかし感じられる熱量も魔力も先ほどとは飛躍的に上がっている。避けたところで地面にぶつかって周囲に爆炎をばら撒くことになり、周囲に熱量が加速度的に増していくことになってしまう。
バリアジャケットを纏うアストは急激な温度上昇も問題ないが、イクスヴェリアはその熱波を直接受けることになる。今でさえ額には汗が浮かんでおり、さらに温度が上がれば命を落としかねない以上、自分たちよりできるだけ上空で火球を爆発させなければならない。
「いけっ!」
アストは分散していた剣弾を周囲に集め、内一本を迫る黒炎の塊に向けて放つ。
その速度は迫りくる黒炎よりも遥かに速く、形状も相まって減速することなく大気を引き裂いていき、黒炎の塊に到達して突き刺さる。
『Ignition burst.』
デバイスから音声が鳴り響き、火球に突き刺さった剣に籠められた魔力が爆散する。剣弾を内部で爆破された黒炎はアストの狙い通りに上空で拡散し、小規模な火球が辺り一帯に降り注いだ。これで爆発的な温度上昇は防げた上に、地上の魔獣たちを火球で動きを牽制できる。
「……火球が降り注ぐのは考えてなかったけどな。つか、いったいどんだけいるんだよコイツらはっ!?」
それなりの数の魔獣が消滅していったはずだが、未だその群勢は衰えを見せていない。
(イクスヴェリアを守りながらじゃ限界がある!)
如何にアストが圧倒的な魔力量とスタミナを誇っていても、精神的なものまではどうしようもなく、このままではジリ貧である。
魔獣の群れを一掃するにはある程度時間をかけて術式を発動すればいいのだが、それには上空に鎮座するドラゴンが大きな障害となる。逆にドラゴンを先に叩こうとすれば周囲を包囲する魔獣がこちらのアストの動きを阻むことになり、どちらか一方に集中させないようにさせられている。
何よりも慣れていない『誰かを守りながら』と言うこの状況で、最初からアストに余裕はなかった上、集中力も少しずつ散漫になりつつあった。
「っ……だったら先にアイツを潰してやる!」
再び周囲に集まりつつある魔獣を感じながらデバイスに命令を下し、剣弾を操作する。
もはや思考の時間すら残されていない。
手元にある四本の紅の剣弾、その全ての剣先を黒い竜に向ける。行うのは先ほどと同様に剣弾をドラゴンに突き刺し爆発させ、竜の方を先に消し去る。
デバイスを握る右手がじっとりと汗ばみ、イクスヴェリアを抱える腕にも力がこもるのを自覚する。
加速度的に募りくる焦燥感を振り払い、残る四つの剣弾を発射する。
「刺し穿てッ! ソードバレット!」
放たれた剣弾が紅の軌跡を描き、黒竜の頭部、下腹部、二つの大翼に紅剣が突き刺さる。突き刺された部分から血飛沫のように黒龍を構成する魔力が吹き出し、制御を失われた紫電が周囲に四散していく。
アストは深々と黒龍に刺さる剣弾を見やり、その剣の姿に躊躇いを覚えつつも、強引に振り払って命令を下す。
「終わりだッ!!」
『All ignition burst.』
四つの剣弾が淡く閃き――紅蓮の爆炎が黒龍ごと蒼穹を塗り潰した。
魔力爆発の余波が上空から地上に向けて拡散していき、周囲の魔獣たちも動きを止める。
「どうだ……」
黒煙の中からパラパラと、砕けた黒龍の肉体が燃えながら周囲に四散していくのを確認する。
これで存在が維持できないほどのダメージを与えられていれば、消滅していれば最良なのだが……そうもいかなかったようだ。
大気を震わす咆哮とともに暴風が吹き荒れ、一気に黒煙が晴れていく。
黒煙の中から姿を現したのは、片翼と下腹部を失い、至る所から黒色の魔力を吹き出しつつも、消滅には至っていない黒龍。頭部も集中的にダメージを与えたはずだが、やはり防御力は他の部位よりも高いのか、ほぼ原形を保っていた。
黒龍の身体がふらつき、魔獣の密集地帯に落下していく。
巨体にもかかわらず落下時の衝撃は思いの外少なく、このまま魔力素に還るのも時間の問題かとアストは考えてしまった。
「……なんだ?」
落下した黒龍と周囲にいる魔獣が妖しく発光し、光の密度を増していく。
徐々に光が歪んでいき、光が晴れると――傷一つない黒龍が再度顕現した。
「……周囲の魔獣を喰らったのか!?」
欠損した部位の魔力を補填するために魔獣を吸収した、と言うのが正しいのかもしれない。大量の魔獣が消滅したが、それ以上に黒龍が完全に復活してしまったのが痛手だった。
復活した黒龍が一際大きくなった翼を振るい再び大空に飛翔し、咆哮を上げる。それに呼応するようにアストの周囲の魔獣たちが紫電を撒き散らしながら殺到する。
「グオオオオオオオオオオッッ!!!!!」
「ッッ!! クソッたれが!」
アストが本気で迎撃に移れば、自分の攻撃の余波でイクスヴェリアに被害が及ぶ。しかしそれを覚悟しなければ最早状況を打破する術が見つからなかった。
(やるしかないのか……)
アストが反射的に迎撃に移ろうとしたところで、左腕に掛かる重さが急になくなった。
それが指し示す意味に、アストは心臓が鷲掴みにされた感覚を覚え、敵のことすら忘れて恐る恐る左腕を見やる。だがアストの予想に反し、イクスヴェリアはそこに収まったままだ。
ならば何故? と考える前にアストの視界にこちらに爪を振るう魔獣が映る。
「ちっ……って、何だ?」
アストが数瞬遅れてイクスヴェリアを庇うようにして迎撃に移ろうとした時、突如目前まで迫っていた魔獣が攻撃を止め、地を蹴って大きく距離をとってきた。
その姿は、アストではない何か警戒しているようにも見える。
『――敵を確認。これより殲滅行動を開始します』
突如、女性の無機質な声が響くと同時に、アストと魔獣たちの間に複数の人影が現れる。こちらに背を向け、魔獣に剣や槍、砲口を向ける女性のような姿にアストは見覚えがあった。
数か月前の『マリンガーデン事件』の現場でアストが見かけ、一時的に戦闘になった存在。
ガレア王国の『冥府の炎王』が使役していたとされている屍兵器。
「確かマリアージュ、だったか?」
「……はい、そうとおりです」
凛とした声が、アストのすぐ近くから聞こえてきた。
初めて聞いた声だが、それを聞いただけでアストの中で掻き立てられていた焦燥が消えていき、心に余裕が生まれて頭が冷却していく。そして一度冷えた思考が、ようやく現実をしっかりと認識していった。
やはりというべきか、そういうことなのだろう。突然左腕にかかる重みが減ったことも、マリアージュが出現したのも、彼女が目覚めたからだった。原因不明の眠りについていたということだったが……。
「……とりあえず初めまして。お目覚めいかがですか、イクスヴェリア様?
あと俺の名前はアスト・フレアカード……怪しい者じゃないですよ」
「ええ、初めまして。アストの腕は中々の心地ですよ。あと私にも敬語も様も要りませんよ?」
「りょ、了解……」
イクスヴェリアからの柔らかな微笑みとともに返された言葉に、アストは心拍数を上げる。
こんな状況で、しかも自分と彼女との間に直接の面識はなったためほとんど初対面だったのだが、アストの心配を余所に相手はこちらに理解を示してくれた。
主張する心臓の脈動を落ち着けつつ、そのことに安堵しつつ周囲を見渡してみると、情況は一気に変化していた。
マリアージュたちはそれぞれ武器を以て魔獣に相対する。無骨な戦刀を以て魔獣を叩き斬り、長槍で横薙ぎに切り払い、砲撃を放ち、群勢を纏めて消し潰していく。
突然のその光景に少し唖然としつつも、アストはイクスヴェリアと会話を繋ぐ。
「イクスヴェリア……イクスで構わないか? ヴィヴィオからはマリアージュたちは君の命令では動かないって聞いたんだが……」
「ええ。そのはずだったのですが……どうも指揮権が復活しているみたいなんです」
「……なら自衛手段はあるのか」
イクスの言葉を聞き、今ならばこの状況を打破できるとアストは感じた。
「イクス、少しコイツらを頼んでもいいか? 俺は先にあのドラゴンを潰してくる」
アストが上空の黒龍を見やり、イクスもつられるように上を見て目を丸くする。
「……アルザスの竜? しかも幻獣種が何故ここに……」
「頼めるか? イクス」
「……大丈夫なのですか?」
イクスが気遣わしげに上目づかいでアストを見てくる。
幻獣種だとかはアストにはわからないが、確かにあの黒龍は強力な個体だと言える力を有している。イクスが心配するのも無理はない。
だがマリアージュによって魔獣が抑え込まれて戦闘が拮抗している状況で、今あの黒龍に戦線に加われては覆らされてしまう。横槍を受けずに屠るには今しかないのだ。
それに、である。
イクスが安心できるよう、アストはできるだけ自信に満ちた笑顔を作って答える。
「大丈夫、これでも火力と魔力には自信があるんだぜ?」
「……わかりました。あなたを信じます……頑張って」
「ああ、すぐに終わらせてくる」
ゆっくりとイクスを下ろし、マリアージュが守護についたのを確認して、アストは空に悠然と佇む黒龍を鋭い眼光で見据える。
相手もアストを紅眼に映し、相対するように双翼を広げてこちらを威圧してくる。
ついに本気になったようではあるが、アストからすれば遅すぎだとしか言えない。
「一気に決めるッ――!!」
両脚に強化魔法を重ね掛けし、跳躍と同時に足裏で魔力を地面に向けて爆発させる。
地面が深く陥没するほどの力で飛び出したアストは、黒龍の遥か上空へと躍り出る。上昇の圧力を体感しながら、アストはデバイスに魔力を流し、先端に紅の魔力刃を形成させた。
アストの保有する魔力は『カンピオーネ』となった今、現存するデバイスでは耐えきれないほど強大であり、局員用のデバイスは優秀なスペックを誇るがアストの本気の戦闘には耐えられない。
だからこそ、アストが狙うは一撃必殺。
「……こりゃもう使えないな」
苦肉の策ではあるが迷っていられるほどの時間もない。できうる限り素早く、そして精密にデバイスが保有できる魔力限界まで、魔力を注ぎ込む。
刃が紅の輝きを強くし続け、蒼天を緋色に染め上げていく。
その輝きに気づいた黒龍がようやくアストを補足し、これまでとは比べものにならない密度の黒炎弾を発射する。青白い雷撃を蓄えたその一撃は、正真正銘黒龍の全力の攻撃だろう。
ああ、だがもう遅い。黒龍の対応は確かに迅速だ。それこそ大方の魔導師であれば反応も出来ずに、その黒き煉獄に身を焼かれることになるだろう。しかしその動きは『カンピオーネ』を前にして、致命的なまでに愚鈍であると言わざるをえないものだった。
蒼を宿す瞳で黒龍を捉え、槍投げの要領でデバイスを逆手に持って右腕を強く引き絞り――
「いっ……けぇええええええええええッッ――――――――!!!!!!」
――火球越しに黒龍に向けて勢いよくデバイスを投合する。
大気を引き裂く音を撒き散らしながら飛翔するデバイスは、火球を容易く切り裂き、蒼穹に緋色の軌跡を残して黒龍に深々と突き刺さり、緋色の刃は鱗に守られた外皮を貫通して黒龍の体内へと到達し、天空に歪な花弁が咲いた。
到達した瞬間、デバイスの負荷が限界に達し、内部に籠められた魔力を黒龍の内部で暴発したものが紅の花を創り上げる。
爆発の炎は黒龍を完全に飲み込み、その肉体を残すことなく完全に滅却していった。
✟
「あとは下の魔獣だけだが……」
一撃のもとに黒龍を消し去ったアストは、重力による落下にしばし身を委ねながら、魔獣が群がっているであろう地上を見ると、埋め尽くすほどいたはずの魔獣の姿が消え失せていた。
「これは……おっと」
屈伸の要領で落下の衝撃を殺して大地に降り立ち、すぐにイクスの姿を見つける。傍に付き従っていたマリアージュたちも、イクスがアストを見つけるとその姿を消していった。
「大丈夫か? それに魔獣たちは……」
「私は大丈夫です。魔獣はアストがあの黒龍を倒したら、消えていきました」
「……アイツが魔獣を制御していたってことなのか」
本当にあの群青のツインテール……確かレヴィ・ザ・スラッシャーと言っていた少女には面倒な真似をしてくれたと言わざるを得ない。
「あの、アスト」
「どうした? どこか具合が悪くなったのか?」
「い、いえ。そうではなく、確かアストはヴィヴィオの名前を言っていましたよね?」
「ああ、言っていたけど……」
「私が目覚めて眠ってから、どれくらい経ちましたか!?」
どこか興奮気味にイクスがアストに詰め寄ってくる。
戸惑い半分恥ずかしさ半分で、アストはイクスの質問に答えた。
「あ、あれからまだ半年くらいしか経ってない、まだ新暦79年に入ったばかりだよ」
「そう、ですか……」
それを聞いたイクスは喜びを噛み締めるように、静かに目を閉じて笑みを零した。
そんなイクスの笑顔を見たアストもまた、自然と笑顔を作ることができた。
「ん、結界が解けたのか」
「そういえば結界の中だったんですね……」
アストがバリアジャケットと武装形態を解くとともに、結界が解除され、アストたちが立っている大地にも緑の芝生が戻ってきた。
「それがアストの本当の姿なんですね……私より少し大きいですね」
「ああ、イクスとほとんど同じ年だよ」
崩壊しかけていた教会本部も、結界が解けたことで何事もなかったかのように元に戻り、人々の喧騒が帰ってきた。特に変わらない人々の行動から、本当に誰も結界に気づかなかったのだと改めて感じられた。
イクスが気づかなかったのも、目覚めたのが結界の中だったのだから仕方ない。
「あ」
「? どうしました、アスト?」
「いや、イクスがここにいるってことはさ。眠っていた部屋には今誰もいないってことだから、つまりシスターシャッハやセインさんたちが探してるんじゃ……」
そう考えるとさっさと騎士カリムたちの誰かを探さなければならないだろう。
倉庫街の方も結界が解かれているため、ヴィヴィオたちの安否も確認しなければならない。
イクスのこともあるが、それだけじゃない。
「心配しているだろうし、戻ろうぜ」
「はい。あ、あとアスト」
「何?」
「あの、色々と教えてくださいね? 今回のことも」
強い眼差しがアストの深蒼の瞳を射抜く。
本人が意識しているかはわからないが、その姿は静かな風格を漂わせているようにアストには感じられた。
そしてその申し出に関しては、アストにとっても好都合だった。
「……そうだな。もうイクスにも無関係じゃないだろうし」
その時はヴィヴィオにも一緒に、と言うかヴィヴィオと一緒じゃなければ説明するのは厳しい。アインハルトの方もおそらく話さなければならないだろう。
イクスを見つめながら、アストは他の考えを巡らせていた。
ヴィヴィオたちも心配だが、アスト自身ヴィヴィオの実力は把握しているし、ノーヴェたちも一緒だ。途中出会った『まつろわぬ神』がこちらに手を出さないと言った以上、大丈夫だと言う確信があった。
アストが考えていたのは自分のことだ。
自身の魔力に耐えられるデバイスが無ければ、満足に力を振るえないことの厳しさは、今回の戦いで嫌と言うほど痛感させられた。『まつろわぬ神』ではない相手でさえ、デバイスが無いだけであそこまでの苦戦を強いられたのだから。
やはり必要なのだ。
自分の魔力に耐えきれる、己の力を受け止めてくれる、『カンピオーネ』アスト・フレアカードの“全力”振るうことができる
まずは父親のアセナ、そしてクロノたちに連絡を取らねばならない。
アストやヴィヴィオたちを狙う正体不明の相手の存在。
そして――新たな『まつろわぬ神』との戦いがすぐそこまで迫っていることを伝えなければならない。
だけど今は――
「行きましょう、アスト」
――イクスヴェリアが目覚めたことをみんなに伝えてあげたい。
まずはそこからでいいだろう。
彼女の優しげな笑みを深蒼瞳に映しながらアストは、イクスをエスコートするように手を引いて、ゆっくりと教会に向けて歩み始めた。
ヴィヴィオたちがディアーチェに戦慄していた裏では、騎士と王様やってたという。