ミッドチルダのカンピオーネ!   作:海豚

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題名日本語訳=「戦闘準備」


Memory;13 Preparation for battle

 地上本部第四技術部。

 主に局員用デバイスの修復と開発を行っているここには、様々な機材が部屋中に鎮座しており、さらにその奥にはデバイスの試運転が行えるテストスペースまで完備されているこの場所で、三人の技術者が議論を重ねていた。

 三人の内、二人は女性で一人が男性。議論の内容は、クロノ・ハラオウン提督主導で極秘裏に開発を進めている、一つのデバイスについてだった。

 

「――構想は大分固まりましたね、主任」

「うん、デバイスの形状は近距離から超遠距離まで対応できるように、魔力伝達回路もアスト君の戦闘スタイルに合わせてミッド式・ベルカ式を同時に運用可能にしたものができた。けど……」

 

 第四技術部所属のアセナ・フレアカードと主任マリエル・アテンザが、空中に投影したデバイスの設計図を瞳に映しながら、議論を続けていく。二ヶ月ほど前から煮詰めていたデバイス開発は設計の段階が終わり、ようやく開発にあと一歩というところまでこぎ着けることができた。

 しかし、ここでどうしてもクリアできない問題が浮かび上がってきた……というより、当初からずっと解決できずにいた問題が残されたと言うべきか。

 

「問題はデバイスに使う素材ですよね……アスト君のデータ見ると、局員用のアームドデバイスに使われている素材でもアスト君の筋力と魔力量に耐えられないっていう、信じられない結果が出ているんですけど……」

「信じられんだろうが、データは正常に記録されたものだ。計測現場には高町も一緒だったんだ。お前とて理解できない訳じゃないだろう? フィニーノ」

 

 今回のデバイス開発において、クロノ・ハラオウンによって召集された開発の中心メンバーの一人であるシャリオ・フィニーノが、思わずと言った具合で問題をあらためて提示する。

 極秘裏に開発が進められていたのは、『カンピオーネ』アスト・フレアカードの専用デバイス。より正確に言うならば、アスト・フレアカードが『まつろわぬ神』との戦闘において、全力を発揮できるデバイスを作成することであった。

 

「ですよねぇ……魔力運用や伝達速度なんかは、伝達回路を複数搭載して並列処理すれば問題ないんですけど……」

 

 それでも最新鋭の魔力伝達回路を複数搭載しなければ、アスト・フレアカードは戦闘において高難度魔法を使用できない。シャリオは一流の魔導師、管理局で言うところのニアSやSランクオーバー、果てはSSランクの魔導師とも交流があるため、このような事例にも慣れていたつもりだったが、このアスト・フレアカードという少年に関しては度胆を抜かされたと言わざるをえなかった。

 再度シャリオはアスト・フレアカードのパーソナルデータに目を通す。生年月日などは改めて読むことではない。やはり目が留まるのは『魔力技能』の欄だ。

 

「『暫定的保有魔力量は測定不能。検査対象が魔力を使用した際計器の測定領域を超えたため、便宜上保有魔力量をEXランクとする』……EXって今まで仮想上のランクだったんですよね、先輩」

「八神のトンデモ魔力量でも測定できた機械が処理しきれなくてオーバーヒートしたくらいだからな。……言っておくが息子だからって俺がそんな魔力を持っている訳じゃないからな」

「わかってますって。一応ハラオウン提督から事情は多少なり聞いていますし……でも本当に、素材はどうしましょう……」

「やはりそこだな……」

 

 目下最大の問題が、設計中のデバイス本体に使用できる素材のことだった。

 アスト・フレアカードが『まつろわぬ神』と戦闘するにあたり、要求されるのは魔力を問題なく受け止めることができ、かつ全力で攻撃しても壊れることのない刃。

 しかし古代ベルカ騎士が扱う、アームドデバイスに使われる素材でもアスト・フレアカードの近接戦闘には耐えられない。魔力運用・魔力保有限界量が高い素材でもアスト・フレアカードの魔力量には耐えられない。

 結果、現在デバイスに使用されている素材では、どれもアストが望む性能を発揮することはできなかったのだ。

 

「デバイスの強度も、魔力保有限界量も妥協なんてできないからね……」

「でも素材が無いからと言って、これ以上開発を遅らせるわけにはいかないですよ。……いつ『まつろわぬ神』が出現してもおかしくないんですよね? だったら!」

「確かに、武器が有るのと無いのとでは大きな差だ。だが俺は……そんな状態で息子を死地に行かせるのは、死んでも御免だ」

 

 その時が来てしまえば、アストはデバイスが無くとも『まつろわぬ神』との戦いに臨むだろう。自分にしかできないことだからと、たとえ勝率が絶望的であったとしてもアストは戦う。

 それが避けようのない仕方ないことだとしても、アストの父親であるアセナには到底受け入れられることではない。

 

「それでもアイツは、前に進もうとするだろう……今、俺にできるのは、せめて万全の状態で戦いに臨めるように、コイツを完全な形で完成させることだけなんだ」

「確かにアセナ君の言う通り、半端なものを作るのが許される状況ではないわ。……でもシャーリーの言うように、これ以上開発を遅らせるわけにもいかない」

 

 今は『まつろわぬ神』が出現していないが、アストやヴィヴィオの弁ではいつ出現してもおかしくないのだ。これはクロノ・ハラオウンも同じ見解を出している。

 そして、ついにその時は訪れた。

 

「主任、騎士カリムから通信が来ている」

「繋げて」

 

 秘匿回線で通信が開かれ、壁面のモニターに映し出される。

 しかし写し出されたのは騎士カリムではなく、アセナの息子である件の少年だった。

 

『親父、今大丈夫か?』

「秘匿回線で通信かけてきたんだ。大丈夫も何もない。……アスト、何があった」

『色々と伝えたいことはあるんだけど、最優先事項だけ伝える。

 ――『まつろわぬ神』が現れた。ただ、すぐに戦うっていうことにはならないと思うけど、悠長に待っていられる相手じゃない』

「……わかった。開発を急がせよう」

『頼む。武器ができるのを待つような奴だけど、鵜呑みにはできないし……この辺は後で直接』

「ああ……あまり繋いでもいられん。通信を切るぞ」

『了解……頼んだぜ、親父』

「任せておけ」

 

 通信が切られる。秘匿回線とは言え、そう長く繋いでいられるものでもない。他にも伝えることがあったようだが、それは後で直接聞けば済むことだ。

 なにより、事態は予想以上に切迫していた。

 

「主任、フィニーノ。聞いていた通りです」

「ええ。もう本当に、時間がないわね……」

「設計ができてるとは言え、試作から実用化まで最低でも二週間はかかります……今からでも取り掛からないと!」

「……現状用意できる素材で作り上げるしかないわね。時間がない以上、手を拱いている暇はないわ」

 

 敵が現れた以上、いつ戦闘が起こってもおかしくはない。アストの話ではすぐに戦うことはないなどと言うが、いつまでも待つわけでもないはずだ。ならば一刻も早く、デバイスを創り上げなければならない。

 しかしそこで、アセナが一人別の行動を起こし始める。

 

「時間がない以上、仕方がないか……」

 

 マリエルとシャーリーの会話を無視して、秘匿回線を使い、手早く通信を繋げる。

 通信先は次元船クラウディア艦長――クロノ・ハラオウン。

 

『――こんな時に繋げてくるとはね。もうじきミッドに着くから僕も技術部に行くつもりだったんだが?』

「時間がない。今から送付するデータを見て、質問に答えろ」

 

 言葉遣いを上官に対するそれから、信頼できる友人に向けるものへと変え、アセナはある物質のデータをクロノへと送信する。

 送られてきたデータに素早く目を通し、クロノは口を開く。こちらの事情を把握しているからかデータを見ただけでアセナの考えを理解したようで、その表情には焦りは見られない。

 

『もう時間がないんだな?』

「既にアストから報告を受けているだろう。まあ、最初から時間なんてなかったがな」

『そうだな……ならアセナ、これをボクに()()()()()()()()()?』

 

 

 親友からの望んだ返答に、アセナはわずかに表情を動かして笑みを形作る。

 

 

「単刀直入に言おう。手に入るか?」

『可能だ。中級危険指定のモノではあるが、再度能力解析という名目でそちらに回すことができる』

「そうか……なら、あと俺が言いたいことはわかるな?」

『少し待て…………確認して見たが、今から面会申請を出しても一日はかかる。一応僕も同席するが、構わないな?』

「構わない。取引材料は既に用意してある」

『了解した。準備が整い次第、こちらから連絡する』

「ああ、頼んだ」

 

 アセナはモニターを消し、完全に蚊帳の外にいたマリエルとシャーリーに視線を移す。二人ともアセナとクロノの会話についていけなかったのか、早く説明しろと言いたげに、訝しげな視線を向けてくる。

 アセナとしても隠す意味がないため、簡潔に説明するべく口を開いた。

 

「デバイスに使う素材……正確には素材に使える物質が手に入ることになった」

『……はぁ!?』

 

 二人の反応は至極当然だろう。

 今まで目途すら立っていなかったものが、手に入ると言うのだから。これまで試行錯誤して悩んでいた時間はなんだったと言いたくもなる。

 だがアセナから続けられた言葉に、再び二人は驚かされることになる。

 

「『ロストロギア』なんぞ、できれば使いたいような代物ではないからな。使わなくて済む代案があったならよかったんだがな」

 

 ――ロストロギア。

 簡潔に表すならば超古代の遺産(オーバーテクノロジー)失われた叡智(ロストテクノロジー)の塊である。

 過去に消失した次元世界、滅びを迎えた古代文明で造られたモノで、その多くが現存する技術では到達しえない超高度技術の結晶ともいえる代物であり、その使い方次第で『世界』一つを文字通り消滅させることすら可能なものすら存在する。

 時空管理局はこれらの回収・保管を行っており、それは“世界消滅”という最大級の次元災害を未然に防ぐと言う意味合いが大きい。

 

「そうは言いますけど……」

「仮にロストロギアを使うとして、貴方はそれをどうやってデバイスの素材に使えるようにするのかしら?」

 

 確かに失われた超古代の技術の結晶ともされるモノを使用できれば、破格の性能を持ったデバイスの作成が容易に可能となるだろう。あくまで“使用できれば”であるが。

 実際の所、ロストロギアと指定されたものは、これらを回収・保管している管理局ですらほとんど解析すらできていないようなものばかりであり、その本来の用途すらわからないようなものばかりなのだ。

 そんな代物をデバイスの素材に使用する。なんてことは無謀と言えることであり、封印を施していなければほんの少しの刺激で内部の高密度エネルギーが解き放たれて、よくて辺り一帯が消失、最悪の場合は次元振を引き起こして世界消滅……なんてことが本気で起きかねない代物ばかりなのだ。

 

「俺自身はそんな技術を持ってはいない。だから、そんな技術を持っている奴に聞きに行くんだよ」

 

 さも当然とアセナは言うが、それ自体がありえないようなことを言っている自覚はあるのだろうか。話を聞いているだけの二人にはそう思わざるをえなかった。ロストロギアを加工できるような技術を有するならば、それは次元世界レベルで有名な人のはずだが、少なくとも二人にはそんな人物は思いつかなかった。

 

「主任もフィニーノも知っているはずだ。特にフィニーノは思い当たる奴がいるんじゃないか?」

「あのねぇ……どんなロストロギアでも、安全な利用法を確立できるだけで技術者の歴史に名を残すようなことなのよ? そんな技術を有していれば、少なくとも私たちの界隈では確実に名が売れているわ」

「そうですよ先輩! そんな有名な人なら、尚更私たちが知らないはずがないですよ!」

 

 二人の反応も至極当然のものであり、アセナもそんな反応が返ってくるだろうなと言う予測もついていたようで、普段あまり変えない表情に薄く笑みを浮かべている。

 そして、この言葉を二人に聞かせた後の反応もまた、アセナには予測がついている。

 

「ちょ、アセナ君? 笑顔が凄く怖いんだけど?」

「あの、先輩? この状況でその笑顔は怖いですし……ちょっと引きますよ」

「……日頃あなた方が俺をどう見てるのかよくわかりました」

 

 この反応はアセナも予想外だったのだろう。先ほどまで浮かべていた笑みが完全に引き攣っていて、目がスッっと細められた。それを見た再び二人がまた『怖い!』と若干怯える。

 別にアセナが予想していたのは発する“言葉”での反応であり、決して自身の“表情”ではないからどうということもないのだが。

 切り替えるように溜め息を一つ零し、改めてアセナが口を開く。

 

「名は広く知られているぞ? 良い意味では、知られていないがな」

「良い意味で……?」

「てことは、悪い意味で……?」

 

 アセナの言葉を受けて、マリエルとシャーリーが考え込むように頭をひねる。

 ヒントは与えたため、その相手がわかるのはもう時間の問題だろう。それこそ後数秒で声を上げるだろうと言うことまで、アセナには予想できていた。

 

「まさか……」

 

 ようやく合点がいったのか、シャーリーが若干顔を強張らせて恐る恐るといった具合で、アセナを見やる。少々非難めいた視線を向けており、もしかしたら睨んでいるのかもしれない。

 

「本気ですか先輩っ!? いくらなんでもそれは!」

 

 非難の言葉を受けてもアセナの表情は変わらない。最初から予想できていた反応故に驚くようなこともなく、むしろ目を細めてシャーリーの視線に合わせていった。

 

「何もおかしくはないだろう。俺が知る限り、アイツ以上にロストロギア利用に精通している奴はいない」

「だからって……息子さんのデバイスに使うんですよ!?」

「提供してもらうのは技術だけ。デバイス自体を作成するのは俺たちだ」

「でも……」

 

 尚も納得できないと突っかかってくるシャーリーに対し、アセナはわずかに苛立ちを醸し出しながら言葉を突き刺す。

 

「俺とてアイツの力を借りる形になるのは不本意だ。……だが現実はそうは言っていられん。俺たちだけではアストの望むデバイス(モノ)を作れない以上、俺は例え犯罪者であっても利用するぞ」

 

 静かに強い口調で、そして誰に向けたわけでもない、自分自身に向けた悔しさと怒りを滲ませながらアセナはシャーリーに告げる。アセナが醸し出す気迫も相まって、告げられた言葉は刃のような鋭さを放ち、シャーリーはグッと言葉を詰まらせて二の句を言えなくなる。

 シャーリー自身、アセナの言っていることは痛いほど理解できる。だがどうしてもアセナが言う()()()()の手を借りることには、言いようのない拒否感が残っているのだ。

 

「……技術提供を求められても、あの男がそう簡単に頷くとは思えないのだけど。その辺りアセナ君は何か考えているの?」

 

 ことの成り行きを見守っていたマリエルが、懸念事項をアセナに問うてくる。あの男、と断定していることから、アセナが誰を指していたのか理解したようだが、その反応はシャーリーとは異なる静かなものだった。

 それに対しアセナは、その言葉を待っていたかのように淀みなくその答えを返した。

 

「無論です。勝算が無ければ、そもそもクロノが許可を出すはずがないでしょう?」

 

 そう言い切ったアセナには絶対の自信があるようで、口元に不敵な笑みを浮かべてマリエルを見やった。

 しばしマリエルはアセナと視線を交わし、深いため息をついて視線を落とした。

 

「そこまで準備ができてるなら、止めても意味はなさそうね」

「止めるつもりなら、この状況を打破できる代案の提示をお願いしますよ、主任」

「……まあ、アセナ君が失敗する可能性もあるからね。成果が出るまでは私とシャーリーで代案を考えておくわ。あなたもとりあえず納得しときなさい? シャーリー」

「……わかりました」

 

 

 マリエルが何とか折り合いをつけたところで、シャーリーも不承不承と言った具合で渋々同意を口にした。そんな彼女の様子に多少笑みを深くしながら、アセナは改めて二人に告げる。

 

 

「まあ、お膳立ては済んでるんだ――絶対に上手くやりますよ、絶対にね」

 

 

 

       ✟

 

 

 

 学院の冬休み終了をあと数日に控えた一月九日。

 キリト・ソラードインは家の近くの公共運動公園で息を切らしながら寝転んでいた。

 

「っく……」

 

 途切れる息を整えながら視線の先の輝きを見やる。

 夜空に浮かぶ月が淡く地上を照らして、周囲の建物の輪郭を浮き彫りにさせる。時期と時間の関係からか、今ここにはキリトしかいないため寝そべっていても注意するものはいない。

 

「…………」

 

 沈黙が周囲を満たしていき、熱くなった肉体と共に思考が冷えていく。そうすると、ふと思い出したように考え出す。

 健全な学生であれば既に眠りに着いているであろう時間に、何故自分はこっそり家を抜け出してまで公園に来ているのだったか。

 

「俺は……」

 

 どうにも寝付きが悪く、身体を動かせば疲れて眠くなるだろう……そんな感じだった気がする。しかし実行した結果、程よく体がほぐされたせいか寧ろ目が冴えてきてしまい、完全に逆効果だったと言わざるをえない。

 

「あー……徹夜か、こりゃあ……」

 

 そんなことを思いながら、そそくさとデバイスを待機状態に戻して横たえていた体を起こす。よくよく考えれば人通りが少ないとは言え、こんな時間に誰かに見つかれば下手したら管理局に通報である。そうでなくとも要らぬ誤解を与えかねない。

 しかしこのまま家に帰ってそのまま眠りに着くのは無理だろう。キリトには朝までバッチリ起きているであろう確信があった。どうにか時間を潰しておきたいところだが……。

 

「……バレる前に帰るか」

 

 家で眠っている家族を考えて、暇つぶしの手段は帰ってから考えようと思い公園を出ようとしたとき。

 

 

 

 ――PiPiPi! PiPiPi!

 

 

 

「うおっ!?」

 

 夜中に突然鳴り響いた電子音に思わず声を上げる。

 周囲に民家は無いものの、この音を聞かれて誰かに来られてもマズいと焦って音の発生源に目を向けると、自分の右手に握られたデバイスが空気読まずに着信音を振りまいていた。

 

「焦った……でもこんな時間に誰だ、一体……」

 

 発生音の正体に安堵するも、ホロウインドウに表示されたアドレスが登録されていないモノであることに気づき、キリトは訝しげな表情を作る。

 深夜と言える時間に知らないアドレス。はっきり言って不審でしかないないが、最近になってデバイスを変えた友人がいたことを思い出し、アイツならこんな時間でもかけてきそうだと思い至った。

 一つ、大きなため息を吐く。冷える大気で息が白く色付いたのを見て、今尚鳴り続ける着信音に少々うんざりしながらデバイスを操作して通信を繋げる。

 案の定と言うべきか、展開されたホロウインドウに映ってきたのはキリトの予想通り、肩口に切り揃えた茶髪に深蒼の双眸を持つ少年の姿だった。

 

『お、やっと繋がった』

「お前なぁ……今何時だと思ってんだよ。アスト」

『どうせ起きてそうだったからな。案の定起きてたし』

 

 そうかよと、もう一度はっきりと画面越しに判るようにため息をついて見せる。

 一体コイツは短期間に何度デバイスを変えているのだろうか。父親がデバイスマイスターとはいえ、そう安いモノでもないのに。

 それに本当に起きていたから良いものを、自分が眠っていたらどうするつもりだったのか。まあ起きているだろうと思わせるキリト自身の生活態度にも多分に問題がありそうではあるが。

 

「で、どうしたんだ。こんな時間に?」

『あー……今周りに誰かいるか?』

「見てわかると思うが、外出中でな。周りに人影は……ないな」

『暗闇でどうやって見分けられんだ……』

「元々目は良いしな。そもそも今日は雲が無いし、満月だ。月光で割と明るいんだよ」

『そうかい……』

 

 どうにも歯切れが悪いのが気になるが、キリトはそこに触れることなく自然体で会話を繋げていく。

 同時に人に聞かれたくない話らしいので、家に帰るのを取りやめて公園のベンチに座る。多少冷えているが気にすることでもないだろう。

 

『ちょっと頼みがあるんだ、お前に』

「頼み? 冬休み中の課題は見せないぞ」

『違ぇよ。……なんでさも当たり前のように勉強の話になるんだよ?』

 

 自分の日頃の行いと勉強態度を考えてみろ。少なくともクラスメイトは自分の言葉を支持するはずであると、キリトは内心大真面目に考える。

 

「じゃあ何だ?」

『……差し支えなければでいいんだが、魔法を教えてほしいんだ』

「魔法か。まあ、魔法の種類にもよるな」

()()()使()()()()()“飛翔魔法”と“剣技魔法(ソードスキル)”。片手剣用の術式が欲しい』

 

 親友の言葉を聞き、感じたのは()()()違和感だった。

 別に指定された魔法を教えるのは構わない。自分の手の内を晒すことにはなるが、真に切り札としているモノをおしえるわけではないし、これまでにも何個かアストには自信が作製した魔法は教えている。

 だがそれはキリトがアストの戦闘スタイルに合うであろう魔法を見繕って教えていたもので、実はアストから教えてほしいと言われたのは初めてだった。

 

「お前からってのは珍しいな。まあ別に構わないんだが……理由、教えてくれないか?」

『……あまり詳しくは話せない。ただ、時間をかけて徐々に飛翔魔法を慣らしていく時間がもう無いんだ。必要無いと思っていたものが、どうしても必要になったんだ。だから……』

 

 相変わらずと言うか何と言うか、非常に要領を得ない答えに思わず頭を抱えそうになる。明らかに不審な所があるし情報量が不足し過ぎで、これでは自分に話せないことがあると言っているようなものである。

 しかしおかげで一つ納得がいった。それにデバイス越しに聞こえる声音や、ウインドウ越しに見える表情には、こちらをからかっているようなものは窺えない。むしろ鬼気迫るようなものすら感じさせる。

 

「いいぜ。お前の魔力変換資質を考えれば、普通の飛翔魔法よりも俺たちが使っている魔法の方が相性良さそうってのは、わかってたことだしな。

 剣技魔法の方は二、三個見繕っておく。使うデバイスは片手長剣でいいんだよな?」

『あ……ちょっと待ってくれ。今作成中のデバイスの形状の設計図送るから』

「なんだ。片手長剣じゃないのか?」

 

 あと設計図って部外者に見せてもいいのかと思ったが、アストに持たせているのは問題無いモノなのだろう。デバイスを作成しているであろうアストの父親(アセナ)が気を付けているはずなのだ。気にする必要はない、と思いたい。

 

「これって……」

『確認したか?』

「ああ……随分と風変わりな形だな、コイツは」

『……正直使いこなせるか、今から不安なところなんだよな』

 

 そりゃあそうだと、設計図に目を落としながらキリトは思う。

 形状は確かに“剣”の系列ではあるが、アストが今まで使用していた片手長剣とは似ても似つかないものだ。ある程度は片手長剣を振るっていた経験でカバーできるだろうが、これを十全に扱うには根本的な慣れが必要だろう。

 

「とりあえず“コイツ”で使えそうな剣技魔法(モノ)を抜き出して、俺が微調整してみる。データを送るのは今繋げてる端末でいいのか?」

『ああ、よろしく頼む』

「了解したよ……じゃ、もう遅いし」

 

 意外な所から、この暇を有意義に潰すものができたのだ。キリトとしては早速取り掛かりたいものだった。

 しかしそう言って通信を切ろうとしたところで、アストから待ったがかかる。

 

『……聞かないのか?』

 

 何が、とはキリトは聞かないしアストも明言しなかった。

 今までのアストの言動や態度からして、自分に限らず誰も巻き込みたくないというのは想像できている。巻き込まれる“何か”はわからないが、それなりに面倒事であることも想像できる。

 

「気にはしてるぜ? ただ、お前がそこまで隠そうとする意味を自分なりに考えてみて、お前から聞き出そうとするのはやめたってだけだ。それに態度が変わったからって、別にそれで悪くなったわけじゃないんだし」

『でも俺は……』

「別に友達だからって、隠し事しちゃいけないわけじゃないんだ。それに今回のことはそのうち話してくれんだろう?」

『まあ、そうだけど』

「それにだな、アスト」

 

 

 この友人は結構重要なことを見落としているのだ。

 

 

「別に聞き出すつもりもないけど、勝手に推察するのはいくらでもできるんだ。

 お前が自分から話す前に俺が全部知っちまうことも考えておけよ?」

『……そうか、……そうだな』

 

 溜め息でもつきそうな表情で言葉を絞り出す。

 アストの言葉には多量の諦めと、安堵の感情が見て取れた。

 

「何なら、今話しちまってもいいんだぜ?」

『言ってろ。お前が知る前には終わらせてるさ』

 

 少しおどけたように軽口を叩けば、相手からもいつものように軽口が返ってきた。

 それはいつも通りの、キリトの知るアスト・フレアカードのものと全く変わらないものだ。

 

「んじゃあな。明後日くらいには術式のデータは送っておくよ」

『おう、ありがとな。キリト』

「ああ。……そうだアスト、最後に一つ」

『何だ?』

「さっきから見切れてる橙の髪色の子と碧銀の髪の子、ついでに金髪の子ってお前の彼女たち?」

『は!? ちょ、ま――』

 

 言いたい事だけ言って、反論も聞かずにさっさと通信を切る。

 まあ見切れていた少女たちとの関係が気にならなくもないが、目的はアストをからかうことだったので彼女云々はもちろん冗談であり、アストの反論自体はどうでもよかった。面白い反応も見れたことだし。少女たちについては休み明けに詳しく聞かせてもらおうと思う。

 

「さて、と。さっさと家に帰るか」

 

 どこか生き生きとした気持ちを抱えながら、キリトは公園を後にした。

 尚この後家に帰って、何故か起きていた妹にこっぴどく説教を喰らうことになるのは完全なる余談である。

 

 

 

       ✟

 

 

 

 最初に目に付いた印象は、どこまでも人を拒絶する冷たい鉄の檻。

 第9無人世界にある「グリューエン」起動拘置所。

 クロノと共に本局の転送ポートからアセナは、ある一人の次元犯罪者が収監されている部屋の前にいた。

 警備している看守たちも下がらせており、今ここにいるのはアセナとクロノの二人だけ。誰かに聞かれる心配はない。

 

「やあ、待っていたよ」

 

 ガラス張りで遮断された向こう側から、こちらに気づいた一人の男。

 肩口で揃えられた紫色の髪。見る者に知性を感じさせる整った顔立ちは四年前と変わらず、相手に対し年齢不詳な印象を与える。

 だがそれ以上に彼を印象付け、目を引くのは彼の瞳だ。

 こちらに向けられる金色に爛々と輝く瞳。そこに宿る圧倒的なまでの狂気が、男に対する印象を完膚なきまでに覆す。

 

「……こちらの要件は聞いているな?」

 

 クロノが要件を切り出す。面会時間があまりないのもあるが、クロノ自身があまりこの男と対面していたくないのもあるのだろう。それほどまでに目の前の男は不気味だった。

 

「ああ、聞いているとも。……そこの彼がそうなのかね?」

 

 

 クロノに向けられていた金色の双眸が、狂気を伴って傍に控えていたアセナを射抜く。

 

 

「そうだ。ここからは俺が話そう」

 

 

 その瞳に臆することなくアセナは男の前に立ち、クロノが入れ替わるように後ろに下がる。

 

 

「さて、早速だが交渉を始めよう」

「おや、強制的な依頼ではないのかい?」

「お前がこちらの指示に従う意志が微塵も無いのは、半年前のことも含めて十分に理解している。お前に無駄な時間を楽しむ暇はあっても、こちらには無いんだよ」

 

 そう切り替えし、口早にアセナは改めて今回の要件を告げた。

 あるロストロギアの加工技術の提供。元々相手にはここに来る前に予め伝えているため単なる確認にすぎない。

 アセナは話しながらガラス越しに件のデバイスの設計図を見せる。同時にそれらに付随する情報を展開していき、男の瞳はそれら全てを俯瞰するように眺めている。

 

「確認するが、お前はこちらが要求する技術を有しているんだな?」

「その問はイエス。しかし提供する意思にはノーと答えよう」

「理由は?」

「私が君たちに協力する意味が無ければ理由も無いんだよねえ……先に言っておくと、私はここの生活に不満を抱いていない。刑期の短縮や条件付きの釈放なども、興味は無いのだよ」

「……まあ、この時点で協力の意志が無いのは解りきっているからな……何を望む?」

 

 この男の厄介な所は、大半の犯罪者に通用する『刑期削減』などの交渉材料が一切通用しないところだ。見栄でも何でもなく、事実として獄中で満足していると自ら言ってのけるような男に、常識など端から意味を成さなかった。

 男はアセナの言葉を待っていたかのように笑みを深め、問いかけてくる。

 

「なら、こちらの質問に答えてくれないかい?」

「何だ?」

「何故、こんなものを作る必要がある?」

 

 人に嫌悪感を与える笑みを携えながら男は核心を貫く。金色の双眸からは全てを見透かしたように、わずかに表情を歪めるアセナを映している。

 やはり油断できない相手だ。四年前もそうだが、どんなにこちらが隠しても僅かな情報の残滓で、この男は真実に辿り着く。最初から隠すことが意味を成さないのなら、さっさと事実をさらけ出せばいい。

 結局こうなると、ある程度覚悟していたアセナは、展開していたウインドウを閉じ、()()()()()を開く。

 

「これが、その問いに対する()()だ」

 

 他にも交渉材料は揃えてきたが、どうせそれらは意味を成さないだろう。

 この男に半端な虚は意味を成さない。

 だからこそアセナ・フレアカードは初手で切り札を提示する。

 ただそこにある事実を、偽りのない現実を。

 

「……ククッ。…………ハハ、アッハハハハハハハ!! そうか、なるほど! ああ、そうだなァ!! これでは確かに必要だ!! 普通のデバイスなどゴミ屑同然だろう!」

 

 口を開かず、ただ開かれたデータを見ていた男が唐突に笑い出す。くつくつと耳につく笑い声は非常に大きく、思わずアセナとクロノは顔を顰める。

 だが男はこちらを意に介すことなく、ただただ狂ったように笑い続ける。

 

「実に興味深いね()は! 何故こんな魔力を有して()()していられるのか、全く以てわからない! ああ、許されるのなら今すぐにでも細胞単位で調べつくしたいものだ!」

 

 男はゆっくりと狂気の笑いを収め、男は冷笑を浮かべながらアセナに目を向けた。

 金色に輝く双眸に相変わらず底なしの狂気と知性を宿して、男はアセナに向けて口を開いた。

 

「――条件を付けよう」

「応えられる範囲ならば」

「デバイスが完成した後、この少年と共に私のもとに来てほしい。それだけで構わないよ」

「…………」

 

 

 アセナは背後に目を向け、クロノは可能だと頷く。

 

 

「俺たちも立ち会うが、構わないな?」

「ああ、全く問題ない。交渉は成立だ。」

 

 

 交渉はここに成立した。

 これによって、デバイス作成における最大の課題が解決したことになった。

 次元犯罪者であり、最高峰の技術と狂気を携えた科学者の手を借りることによって。

 後方でことの経過を見ていたクロノが、纏めるように口を開いた。

 

 

「ジェイル・スカリエッティ。君にロストロギア『オリハルコン』に関する技術提供を依頼する」




まさかの通信でしか現れなかったオリ主。
次回こそは見せ場がある……はず
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