ミッドチルダのカンピオーネ!   作:海豚

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エタッてないよ(震え声
時間が取れなかったのですが、それでも三月分の投稿を作ろうとした一週間前。
書いては納得できず消して、書いては継ぎ足して。
どこまで詰め込もうかとしていたら三月終わりました……。
こんなペースですがお付き合い頂ければ幸いです。



Memory;14 掲げた正義/望まれない願い

 ――仕方のないことだったのだろう。

 

 

 『まつろわぬ神』と『カンピオーネ』

 どちらの存在もこの世界では前例のないことであり、またこの二つに関する情報はあまりにも少なかった。

 

 如何なる理由か地上に顕現し、その身に宿した力を以て世界を変質させ、人々に一切の抵抗を赦さず蹂躙する神々――まつろわぬ神。

 

 そして如何なる奇跡か、天上より降りし神々を殺戮し、殺めた神より至高の力を奪い取った一握りの存在――カンピオーネ。

 

 知り得たわずかな情報すらもどこか空想染みた……まるで幼子に読んで聞かせるお伽話のような、現実味のないもの。それ故にそれらの情報は酷く誇張が入ったものだと考えられた。それらの情報に、何一つ偽りなど無いと言うのに。

 

 人々は理解できなかった。それを正しく思い描くことができなかった。信じることができなかった。

 いくつか理由はあったが、その世界には『魔法』がごく身近に存在し、広く普及していたからというのが最もな理由だろう。何より、災厄とも称される神を倒しうる存在が居たということも大きかったのかもしれない。さらにその存在の中には、魔法のような特別な異能を持たずとも成し遂げる者が居たのだ。

 さながらこの世界にも古くから伝わる、人々の夢と希望によって形作られた英雄譚のように。ならば自分たちが、魔法という強力な異能を持ちうる自分たちが集まれば、不可能な事ではない。そう考えた。

 

 だからこそ人々は、自らの身を以て理解するしかないのだろう。

 その身を以て、自分たちの常識を遥かに超越した存在を。蹂躙という言葉すら生温い、顕現せし神の力を。そして神を殺し、文字通り軌跡を引きずり出した、覇者たる魔王の力を。

 

 

 ――故にソレは、人々の思想と行動によって定められた、必然の出来事だったのかもしれない。

 

 

 

       ✟

 

 

 

 どこにでもいる普通の少年。

 八神はやてがアスト・フレアカードと初めて会ったときの印象はまさにその一言に尽きた。十年以上の古くからの友人の息子ということで、希少技能持ちの近代ベルカ式魔導師などの特筆すべき情報は又聞きで耳にはしていたが、いざ本人と会ってみたときの第一印象は『普通の少年』というもの。

 無論、その印象は本当に最初だけであり、彼が魔法の練習をするところを見た途端、普通などと言う印象は完全に吹き飛んでしまった。

 

「――――ッ!」

 

 短い息遣いが、断続的にはやての耳に届く。

 聖王教会内の訓練場。その一角に張られた結界の中で、一人の少年がデバイスを振るう。そこには型も何もない。ただ片手に握ったデバイスを上段から下段へと勢いよく振り下ろす、それだけのもの。

 たったそれだけの動作で、少年が振り下ろしたデバイスは大気を引き裂き、生み出された衝撃は大気を伝い結界を震わせた。

 それを肌で感じ取った少年は、今度は連続でデバイスを振るう。上段からの斬り下ろしから始まり、続けて左半身を軸にして左から右へと逆袈裟に振り抜き、その回転の勢いを乗せながら右一文字に一閃。一つ一つの動作がその年齢に不釣り合いなほど力強く、剣身が霞んで見えるほどに速い。その度に同年代に比べ、少し長い襟足が上下に揺れている。

 

「間近で見て、どうですか? はやて」

「……自分の目と感覚を疑いそうや。感覚だと魔力ほとんど使ってないってわかっとんのに、こんな動き見せられたらなあ……」

 

 隣に立つカリムからの言葉に、はやてはどこか疲れた声音で言葉を返す。

 目の前の光景は身体強化に秀でた熟練の魔導師なら不可能ではない動きだが、あくまで不可能ではないだけで、言葉通りに実行できる者は僅かだ。しかしアストはこの高速の剣舞を、その身に内包する魔力をほぼ用いずに行っている。

 はやての身内にも、アストと同様に剣を用いる『烈火の将』シグナムがいるが、彼女のモノはある種完成された剣技であり見慣れた彼女の動きは流麗であり、正しく剣舞という言葉が当てはまる美しい印象を受ける。しかし目の前のアストの剣技は、まるで嵐のような荒々しさが目立った獰猛な印象を受ける。アストを中心に大気が鳴動し、縦横無尽に吹き荒れる様を見れば、その姿はまさに“暴風”と称すのがぴったりだろう。

 幾重もの剣の軌跡を描きながら、締めるようにアストは左手を翳し、上段で右腕を引き絞るような構えをとる。ここにきて初めてアストは魔力を体に走らせていき、その延長線上にあるデバイスが深紅に淡く輝き――

 

 

「せいっ!!」

 

 

 ――瞬間、ジェットエンジンのような轟音がはやての鼓膜を激しく突き刺した。

 

 

 薄く吐き出された息ととともに、目の前の“空間”に撃ち放たれたデバイスは深紅の剣線を描き、力づくで大気を強引に突き破り、結界内に爆風と爆音を撒き散らした。これにはアストから遠く離れていたはずのはやて達も、突き刺してくる轟音に思わず耳を抑え、吹きすさぶ突風に大きく体を後退させられる。

 

「ちょ、洒落にならないでこれっ!?」

「……しがみついた木まで揺れましたよ」

 

 現場よりも書類仕事の方が多い高官とは言え、管理局員としてそれなりに体を鍛えているはやては立ったままで何とか堪えられたが、基本事務的なことしかないカリムは耳を抑えるのを我慢したようで吹き飛ばされないように近くの木に掴まっていた。それでもわずかな間とはいえ掴まっていた木まで揺れていたというのだから、余波だけでも凄まじいものがある。……苦笑いで済ませている辺り、カリムも意外と余裕があるのやもしれないが。

 

「……えっと、大丈夫すか?」

 

 カリムの意外なポテンシャルに少々驚いていると、はやて達の惨状に気づいたアストがそばまで駆け寄ってきた。口調は年相応の少年らしいものだが、遠慮がちに向けられた言葉にはこちらを気遣う思いが籠められているのが感じられた。

 

「心配せんでも大丈夫や。これでも鍛えとるからな。にしても凄いなあ……あそこ地面抉れとるで」

「あ、それはいつものことなんで気にしなくていいっすよ」

「いつものことなんかいな……」

「だからいつも訓練に困るんですよ。それなりに魔力使おうとすると結界張ってもらわないといけないし、そのための場所も必要になるんで……カリムさんにはいつも感謝してます」

「いえいえこれくらいは……アスト君のお役に立てたなら私としても嬉しい限りです」

 

 確かに、とはやては考える。

 目の前の彼からしてみればこの程度のことは肩慣らし、準備運動程度のことなのだろう。魔力を使うのにも必要以上に気をつけなければならないし……もしかしたら魔力を使用しない訓練(フィジカルトレーニング)すらも場所を選ぶのかもしれない。

 

「結界の中なら、全力出せるんか?」

「……たぶん無理ですね。試したことはないですけど、全力で魔法使ったらまず結界が持たないと思います。それこそ古代ベルカの失われた特殊な結界魔法でも使わない限りは。……さっき俺が使った剣術魔法だって、少しだけしか魔力は流してないですし」

「……あれで少しかいな……ホント規格外やな」

 

 湧き上がってくる驚愕を、できるだけ表に出さないようにしながらはやては思考を走らせる。先ほどのアストの剣舞で感じ取れた魔力だけでも、優にAAAランクのモノを越えていたにもかかわらず、アストからすればあれで本気ではないと言うのだ。地面を剣圧だけで抉り削ったことから、そこに籠められた魔力が凄まじいモノだったと言うのは間違いないし、それでいて疲労が微塵も見られないのだから彼としては本当に流す感覚だったのだろう。自分が言うのもなんだが、途方もない魔力量だと舌を巻かざるをえない。自身も並以上の魔力を誇ると自負しているが、あれ以上のペースで魔力を使っていてはすぐに底をつくのが目に見える。

 

「新しいデバイスには慣れましたか? アスト君」

「これ自体は新しいデバイスじゃないんで形だけだからあまり魔力は使えないけど、慣れてはきましたね。俺のデバイスが完成するときまでには使いこなせていると思いますけど……」

 

 違和感はまだ拭えない。

 そう言ってアストは右手に握る独特な形状のデバイスを軽く振って見せる。

 

「アセナさんに言われて持ってきたけど……本体はそないな形してたんか」

「“近接戦闘に重きを置きつつ、近距離(クロスレンジ)から超遠距離(ハイ・ロングレンジ)まで……全距離(オールレンジ)の魔法発動に対応できるデバイス”の完成試作型らしいっす。中身の……何とか回路? は積んでるけど肝心のフレーム部分は普通のデバイスに使われる素材だから『俺』に耐えきれないんで、実践じゃまず持たないですけど」

「あくまでも練習用なんやね……」

 

 感嘆混じりのため息をつきながら、はやてはアストに振られるデバイスを目で追う。試作型と銘打っているが、アストが振るうソレは並の局員ならまず扱えない代物だ。扱う人間側がデバイスのスペックを活かせないという意味で。最先端技術の粋を限界まで詰め込まれたこのデバイスのスペックを十全に引き出すには、近距離、中距離、遠距離、超遠距離における戦闘用魔法を扱え、尚且つSS以上の魔力量を持っていなければならないのだ。

 はっきり言ってそんな魔導師はまずいない。“全距離の魔法を扱える”と言うのなら、友人のフェイト・T・ハラオウンが当てはまる。だが彼女の魔力量は多く見てもS+。後者の“魔力量”という観点からならば、自分がSS+程なので条件を満たしているのだが、自分は生粋の後衛魔導師であり近接戦闘は心得程度だ。持ち得る技能という点で条件が合わない。

 

(私らで扱える人がおれへんようなデバイス……それでもアスト君の魔力には耐えられない。アセナさんたちもよう頑張ったなあ……)

 

 正直試作型でも十分すぎるほど高性能だが、それでもアストの魔力と身体能力についていけないのだ。だがアセナたちは要求されるスペックに耐えうるデバイスを開発できるようになったのだから、凄いと言うほかない。

 尚このデバイス開発にかかる費用は全てハラオウン家持ちらしい。……あの一家は貯蓄どんだけあるのだろうか。

 

「はやてちゃ~ん! カリムさ~ん!」

 

 思考が逸れかけたところで、聞き慣れた声にはやては現実に引き戻される。声がした方に目を向ければ、遠くから金髪の女性と三人の少女がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。

 

「お、シャマル。検診は終わったんか?」

「ええ、滞りなく。結界の方は大丈夫だった? 維持の方ははやてちゃんに任せっきりだったけど……」

「……途中大分ヒヤッとしたけど、まあ大丈夫やったで。ちょっ~とカリムが吹っ飛びそうになっとったけどな」

「はやてもあまり人のこと言えなかったと思いますけど……」

 

 はやてのからかいにカリムが苦笑を浮かべながらもアストの方に視線を移し、つられるようにしてはやてとシャマルもそちらを見やる。

 

「三人とも検診は終わったのか?」

「わたしは怪我なんてほとんどなかったからね~。すぐにシャマルさんのお手伝いしていたよ」

「私の怪我はヴィヴィオさんに治していただきましたから」

「一番時間がかかったのは私ですね」

 

 アストの周りに集まった三人の少女――ヴィヴィオ、アインハルト、イクスヴェリアがそれぞれ彼の言葉に答えていく。

 先ほどまで三人はシャマルとともに聖王病院に行っていた。ヴィヴィオとアインハルトは一昨日の結界内での戦闘における怪我の治癒、イクスヴェリアは目覚めたことによる全身の検査。もっともヴィヴィオとアインハルトは精神的な疲労はともかく肉体的な怪我は既に治癒しきっていたので、メインとなったのは原因不明の昏睡から目覚めたイクスヴェリアだったようだが。

 

「どうだったんだ、イクス?」

「異常なしでしたよ。マリアージュの機能も含めて、全部」

「……そっか! よかったなあ、イクス!!」

 

 イクスヴェリアから問題ないと告げられ、アストは自分のことのように喜び、それを表すようにデバイスを手放してイクスヴェリアの手を握り、上下に大きく振る。明らかに考えるより早く行動に移しているのが遠目からでもわかったが、イクスヴェリアの嬉しそうな表情を見れば、アストが特に力の加減を間違えているようなことはなさそうである。

 

「本当によかったね、イクス。スバルさんも喜ぶよ!」

「ええ。どこにも異常が無くて何よりです」

「ありがとうございますヴィヴィオ、アインハルト。しばらくは時間を置いて見るということですが、それが済めば大きな運動もできるので、その時はお手合わせお願いしますね? アインハルト」

 

 その言葉を聞いた瞬間、アインハルトが固まった。あまり感情が表情に出ない()ではあるがその顔はわずかに口角を上げて引き攣っていて、何とも言い難い歪な苦笑いを作ってしまっている。

 

「えっと……イクスヴェリアさん? それは、そのぉ……」

「イクスで構いませんよ? アインハルト」

「……イクスさん? どうしてそれを……」

「え? アストが言っていましたよ? アインハルトが“私と戦ってみたい”と言っていたって」

「……アストさん?」

「え……言っちゃだめだったか?」

「そういうわけではないんですけど……ですけどッ!」

 

 アインハルトが顔を赤くしながら、イクスの手を握ったままのアストに詰め寄る。どうにも語気が少し強くなっているようだが、おそらくアストと自分との間で見解の相違でもあったのかもしれない。

 

「アインハルトさん、アストさんの前だと結構表情出るんだね……」

「二人とも仲が良いんですね~」

「……アインハルトさん、アストさんと会ってそんなに経ってないと思うんだけど……考えすぎかな。まあそれ言い出したらイクスもそうなんだけど……」

 

 詰め寄られるアストと詰め寄るアインハルトを見て、思ったことを話すイクスヴェリアと何か釈然としない難しい表情を浮かべるヴィヴィオ。

 微笑ましい光景に口元を緩めながら、はやてはイクスヴェリアに視線を移し、彼女たちに聞こえない程度の声量を意識してゆっくりと口を開いた。

 

「ほんで、シャマル。ホントのところ、イクスヴェリアの検査結果はどうやったん?」

「身体の方は本人も言っていたように健康そのもの。でも……原因の方はさっぱりわからないわ」

 

 この場における原因とは“イクスヴェリアが目覚めたこと”だ。原因不明の病と評していたが、実際の所イクスヴェリアは病などにはかかっていなかった。いや、かかっていたという表現も適切ではないのかもしれない。仮にかかっていたという表現を用いるならば、彼女は“ある魔法”にかかっていた。

 『冥府の炎王』イクスヴェリアの肉体には、古代ベルカの治癒魔導師であるシャマルですら、解析がままならないほどに高度な魔法が発動していたのだ。

 

「騎士シャマルでも解析できなかったということは、イクスヴェリア様の魔法は古代ベルカ以前のものだったということですか?」

「『古代ベルカ』という時代で考えるなら、発動していた魔法も古代ベルカのものですよ。しかしその術式は現代に残る『古代ベルカ式』ではないんです」

「“現代に残る『古代ベルカ式』じゃない”ゆうことは……私らが使っている『古代ベルカ式』とは違う『古代ベルカ式』って言うことやね」

 

 情報を整理したはやてがいち早くそれが示す事実に辿り着き、カリムも遅れながら指し示す事実に気づく。

 二人が理解をしたのを確認してシャマルは続ける。

 

「私たちが使っているベルカ式とは術式の体系が全く違ったことから、多分現代に残らなったベルカ式の体系だと思うんです」

「『失われし超古代魔法(ロスト・エンシェント・ベルカ)』……本当に言葉通りの意味やったんやな。夜天の書にも記録されてない術式の魔法やったんやろ?」

「ええ……私がもっと昔のことを思い出せれば良かったんだけど……」

 

 シャマルは人間ではなく、彼女は元々はやての持つ『夜天の魔導書』の守護騎士(ヴォルケンリッター)の一角を担う存在である。それに伴い、夜天の魔導書が存在した古代ベルカ時代にもシャマルは存在していたのだ。しかし様々な事情により、現在シャマルの古代ベルカ時代の記憶は摩耗している。それは他の守護騎士たちもおそらく同様である。

 はやてとしては、夜天の書に記録が無かった時点で家族(シャマルたち)たちが当時の記憶を有していても、そこにイクスヴェリアに関する魔法の知識は無かったとも考えているが、別に指摘することではないだろう。意味も無く家族を落胆させる必要は無いと考えた次第でもある。

 

「まあそれは仕方ないことやて。……でも結局のところ、イクスヴェリアが回復した理由はなんやったん?」

 

 思い出したようにはやてがシャマルに質問する。今の話で自分たちの手で解決できなかった理由はわかったのだが、イクスヴェリアが目覚めた原因が不明瞭ではっきりしていない。

 

「それはね、はやてちゃん。

簡潔に言うと、彼女の身体の機能不全を起こしていた原因の術式が無くなっていたの。

それで身体の機能が正常に戻ったから、彼女は目覚めることができた……そう考えられるわ。……肝心な所はイクスちゃんにもわからないままなのだけど」

「機能不全を起こしていた術式も解析できずに突然消滅して、突如術式が消滅した理由も不明、か」

「ううっ……お役に立てなくてすみません……」

「あ、いや、責めてるわけやないんよ。ただ、シャマルにも全くわからんとなると……正直私らは完全に手詰まりやなって思ってな」

 

 結局のところ、こちらが何かをすることなくイクスヴェリアは回復してしまった。それは全てが謎のまま闇に葬り去られたということになる。

 

(いや。手掛かりはある、か)

 

 イクスヴェリアが目覚めた理由は、肉体の機能不全を引き起こしていた原因の術式が消滅し、身体が正常な機能を取り戻したから。これは間違いないだろう。

 ならば術式が消滅した原因とは何か。極自然的に、突然消滅したなどとは考えにくい。何せ目覚めた状況が状況である。それが偶然にしろ必然にしろ、何かしらの要因はあったはずだ。

 そしてその要因たり得た存在こそが、今はやての視界に映る一人の少年。

 

「『カンピオーネ』……『魔王』。アスト・フレアカード」

「え?」

「クロノ君もアスト君も、まだ何か隠しとるんやろうな……」

 

 クロノ・ハラオウンとアスト・フレアカード。

 先日守護騎士(ヴォルケンリッター)と共に秘密裏に招集されたはやては、イクスヴェリアやアインハルトらとともに異界の理を聞かされた。

 正直、一体何の与太話かと思った。はやての故郷でもある第97管理外世界『地球』に隠された魔法技術。『まつろわぬ神』に『カンピオーネ』という常識外の存在。公私共に付き合いが長いクロノとカリムからの話とは言え、簡単に信じられるものでは無かった。

 実際に『まつろわぬ神』と対峙した()()()ヴィヴィオ、そして神殺しを成し『カンピオーネ』に成った()()()アストの言葉を聞いても、やはり信じ難いものであることに変わりはなかった。

 だが、その認識は改めるべきなのかもしれない。

 

(やっぱりアスト君が、カリムの『予言』に記された『剣』……『神殺しの魔王』なんか)

 

 彼が予言に記された存在だということは、カリムたちが間違いないと太鼓判を押していることだ。そうすると記されていた『災厄をもたらす神』は『まつろわぬ神』ということになる。そして『古代戦乱に死せる王』とは、すなわち『災厄をもたらす神』ということ。クロノたちはその人物について間違いなく知っているはずだが、しかし口を割ることはなかった。できるだけ内密に……とのことらしく、自分たちにはその『神』についての一切を聞かされることはなかった。これには守護騎士一同含め反発したが、結局時が来たら話すというとこまでしか譲歩されることはなかった。

 しかしそれでも、確かな『現実』をこの目で見ることはできた。アストが行った剣舞。その姿を通す形で、『カンピオーネ』という存在の『異常』を垣間見ることができた。聞いた話全てを鵜呑みには出来ないでいたが、あの光景を見た今ならば、少なくとも全てが虚構ではない事は受け入れなければならないだろう。

 

(本っ当にクロノ君も、らしくないで……)

 

 散々疑いの目を向けてはいるが、無論協力はするつもりだ。隠し事があるのはもちろん気になるところだが、しかしそれは四年前もあったことだ。こればっかりはその時が来るのを待つしかないだろう。

 

「はぁ……こないな事だけでも頭痛いのになぁ……」

 

 現状、はやての頭を悩ませているのは二つ。

 一つは先に挙げたように『まつろわぬ神』や『カンピオーネ』関連。二つ目はヴィヴィオとアインハルト、並びにノーヴェたちが結界内で対面した八神はやて(じぶん)に酷似した魔道師の存在について。どういうわけかデバイスには彼女の存在が一切記録されてなかったため、実際に対峙した彼女たちからの口頭のみの情報ではあったが、顔形は瓜二つ。しかし髪や瞳の色が異なっていたり、口調がやたら尊大であったりと、あくまで似ているのは外見のパーツだけらしい。

 最初聞いた時はプロジェクトFを用いた人造魔導師かと考えたが、それは直接対峙したヴィヴィオから否定が入った。

 曰く、科学的な存在ではなかったとのこと。つまりはその少女もまたヴィヴィオやアストが関わる側の存在であるということだ。こうなると、そちら側の理に詳しくないこちらは、とりあえず否定せずに受け止める他ない。

 しかしそれを肯定するなら、一体彼女たちは何者なのだろうか。

 

「もう、わからないことだらけですね……いろいろありすぎてどこから手を伸ばしていけばいいのやら……」

「でも、わかっていることもあるやろ」

「え?」

 

 与えられた情報は穴だらけ。裏を取ろうにもそれに繋がる糸口すら見つけられない。目先のことはほとんど、全てと言っていいほどにわからないことだらけで、八方塞がりだ。

 しかしそれでも、だからこそわずかに与えられた情報から知ることができたものは、強く理解できている。

 

「『神殺しの魔王』はアスト君で、『災厄をもたらす神』は『まつろわぬ神』

 そして魔王と神は互いに戦う運命にある、と。

 簡単に纏めると、こういうことやろ?」

「まあそうなんだけど……」

「ざっくりしすぎですよ、はやてちゃん……」

「ええやん、別に。これではっきりしたんやから」

 

 少しだけ苦みを含んだ困ったような笑みと、どこかジトッとした目を向けられたが、それでもはやては正面から受け止めて、尚且つ笑みまで形作る。

 見た者にどこまでも自信を窺わせる、過剰さをと窺わせるほどの不敵な笑顔。

 ああ、そうだ。

 現状自分たちがわかっていることは、事実はどこまでも明確に、はやてが述べた言葉に示されてあるのだから。

 

「相手が神であれ、どんな相手であれ、や。

 アスト君一人を戦わせるわけにはいかへんよ。

 どんな理由があったとしても、それが子ども一人を戦わせていい理由には……絶対にならないから」

 

 しがらみも色々とあり制約も多々ある。だが、八神はやてが動く理由は多くはない。多くはいらない。必要なのはこれだけで充分だった。そしてそれは決して自分だけじゃない。なのはやフェイト、家族(ヴォルケンリッター)の皆だって同じである。

 だからこそ彼の行動が酷く、浮いて見えてしまうのだ。

 

(……そんなの、納得できるわけがない)

 

『……なお、原則として出現した『まつろわぬ神』の相手は『カンピオーネ』であるアスト・フレアカードに一任することとする』

 

 会議の最後、締めの一言にクロノが言い放ったその言葉。

 はやても守護騎士たちも、信じられなかった。

 あのクロノ・ハラオウンが、中等科の子ども一人を未曾有の災厄に対してぶつけることを良しとするなど。

 当然反対意見は出るものだと思っていた。はやて達が言わずとも、それは当然のことだと、そう思っていた。

 しかしクロノの発言に意を唱える者は、はやて達以外誰一人いなかった。カリムは会議のはじまりより一切表情を変えず、シャッハは多少表情を歪めながらも、それでもクロノに意見することはなく、当事者であったアストとその傍らに居たヴィヴィオに至っては寧ろ当然と言った具合で臆する様子すらなかった。

 その光景が酷く歪に映ったのは、当然のことだった。

 

「本当は、ああしているのが普通なんや。あの子たちは」

 

 視線の先には、仲良さげにしている四人の姿がある。顔を赤くしてアストに詰め寄っていたアインハルトがアストに宥められていて、そんなアストは宥めるのが得意ではないのか、チラチラと後方にちょっと離れているヴィヴィオとイクスヴェリアに助けを求める視線を向けている。ヴィヴィオはアストの視線の意味を理解したようで、仕方ないなあとでも言いたげに、小さく笑みを浮かべてアストの方に歩き出し、どうしようかと考えているであろうイクスヴェリアも、ヴィヴィオの後を追うようにして着いていった。

 少年一人に少女三人と男女比はかなり偏ってはいるが、ああしていると本当に普通の子どもたちだ。この光景こそが彼らの本来あるべき姿のはずなのだ。

 そしてそのために、この光景を守るために管理局員(自分たち)はあるはずなのだ。

 

「……そうですよね。はやてちゃんなら、そう言うと思ってました」

「私じゃなくても、なのはちゃんにフェイトちゃん。もちろんシャマルたちもそう言うはずやで」

「ええ、もちろん」

 

 だからこそ――アストたちを矢面にさせはしない……絶対に。

 当たり前の決意を固めたはやては、言葉にするまでも無く、そう誓った。

 

「…………」

 

 そんな自身を見やるその顔に、様々な感情と思惑が入り混じった、どこまでも複雑な表情を浮かべたカリムに、最後まではやてが気づくことは無かった。

 

 

 

       ✟

 

 

 

 結界内での戦闘からちょうど二週間が経った1月25日。

 夕暮れ特有の深い赤色に色付くクラナガンの街並みの中を、アスト・フレアカードは脇目も振らずに走っていた。

 時間が時間であるためメインストリートでも人通りは少ないものの、それなりの速さで走るアストの姿は周りから酷く浮いていた。

 しかし今のアストに周りの目を気にしていられる余裕はなかった。正直強化魔法の類を用いずに、あくまで常識的なスピードに留めて走っているだけでも奇跡ともいえるかもしれない。

 

「はっ……はっ……」

 

 小刻みに呼吸しながら緩やかに、徐々に走る速度を上げていく。

 つい先ほど、目の下に決して薄くない隈を作ったマリエルよりデバイス完成の報せを受けたアストは、キリトから送られた魔法の見直しを切り上げて地上本部に足を動かしていた。

 

(ようやく、ようやく完成したんだ……!)

 

 開発の着手から約三か月。試作から完成形に至るまでわずか二週間ほどで作り上げてしまった。特注品(ワンオフ)とは言え、これは破格の完成速度と言えるだろう。

 しかしそれでもアストは、完成が遅いと、そう思ってしまった。無論マリエルや父たちが睡眠時間や休日を返上して製作してくれたことは、アストとて十二分に理解している。少し前であれば、随分早く出来上がったとすらおもえていただろう。

 だが、そうも言えなくなる事態が起きてしまった。

 あまりにも唐突で早すぎた、まつろわぬ神との二度目の邂逅。突如としてミッドチルダに現れた二人目の神の存在は、否応なくアストの焦燥を加速させることになった。目の前に宿命づけられた敵が存在するにも関わらず、直ぐに戦うことにならなかったのは、偏に神がこちらを見逃したが故のことだ。相手にどのような思惑があったのかはアストの与り知ることではなかったが、あの時戦闘になっていれば自身の勝利は万に一つも無かったと言える。口では何とでも言えたが、満足に戦う術を封じられていた状況では、勝負になるのかも怪しいところだ。

 だからデバイスが完成したと言うのを聞いたとき、アストは安堵したのだ。五分の戦いができるかはわからないが、それでも自分の全力を振るうことができるようにはなった。いつ来てもおかしくない未曾有の災厄に対して、張りつめていた意識を幾分和らげることができ、ようやくその意識を、ただ神を屠る。ただ一つに向けることができるようになった。

 焦燥感が鳴りを潜め、比較的前向きな気持ちで走り続けるアストの視線の先に高くそびえ立つ白亜の塔――時空管理局地上本部を見つけ、ようやく速度を緩めて“走”から“歩”へと変えていく。そして誰にも不審に思われることなく地上本部の中に入ったところで、局員の制服を着たマリエルの姿を見つける。

 

「……時間ピッタリ。アセナさんの言った通りの最短ルートで来たみたいだね」

「そんな俺解りやすいんですかねえ……ビルを跳んでくことも考えたんすよ? そもそもそういうのは――」

「『本当に緊急の時にしかしない』――最低限のモラルは教えたはずだ、ってお父さん言ってたからね」

 

 クスクスと、徹夜続きにも関わらずそれを感じさせない朗らかな笑顔でマリエルはアストの言いかけたセリフを繋げてきた。……それ以上に我が父はそんな事を言っているのかと思うと恥ずかしいと言うよりも、何もかも見透かされているような少々げんなりとさせらる。

 

「お見通しかよ……」

「まあ親はそんなものじゃないかな? もう少し大人になれば変わるかもね」

「ですかね。……あの、デバイスは……」

「待ちわびた、って感じかな? じゃあ行こうか?」

 

 最早通貨儀礼とも言えるように受付のゲートを抜け、マリエルの先導で第四技術部に向かう。

 

「そういや親父は? こういうの親父がしそうだと思ったんだけど」

「アセナ君には最後の詰めの部分をやってもらってるの。こればっかりはアセナ君にしかできないからね。もう終わってると思うけど……」

 

 最後の詰め、と聞いてまさかまだ未完成――とも思ったがしかしそうではないようで、アストは表には出さないように安堵した。

 マリエルが扉のロックを外し、扉がスライドされると同時にアストが技術室に入る。室内には様々な機器や工具がいつも以上に雑多に置かれ、その中で見慣れた少女二人が目に入った。

 

「二人も来てたのか?」

「一時間くらい前にね。アストさんのデバイスを見に来たって言うのもあるけど、メインは私のデバイスの最終調整かな?」

「私はデバイスを作っていただくにあたってデータを採ってもらいにお昼頃から」

 

 二房に纏めた金髪とオッドアイが特徴的なヴィヴィオと、綺麗に纏めた長い碧銀の髪と、ヴィヴィオとはまた違うオッドアイが特徴的なアインハルトが各々答えてくる。

 ヴィヴィオのデバイスを作製していたのは知っていたが、アインハルトのモノも作製していたことにはアストも少々驚いた。しかしこちらの問題に巻き込まれるような形とはいえ、同じように異界の理に足を踏み入れたのだから、ある意味当然の措置だとも思った。最も、自分たちのデバイス全てを第四技術部で作製することになっているとは考えてもみなかったが。

 

「それで、俺のデバイスは?」

「それならこっちだよ」

「先ほどまでアセナさんがデータを入力していたんですが……終わったみたいですね」

 

 ヴィヴィオに促されながら奥に進みながら、アインハルトの視線の先を見やる。そこには備え付けの椅子に腰掛けながら、展開されていた多数のホロウインドウを順に閉じていき、首を回して解している父の後ろ姿があった。

 

「……来たな」

 

 いつもと同じ大人の男特有の低い声音。それでも肩の荷が下りたという気持ちは抑えきれてないのか、振り向いた顔は無表情ながらも決して薄くない疲労の色が見られた。

 

「随分待たせてしまったが……」

 

 そんなことはない。そう言おうと思ってもそれが上辺だけの言葉だと、父には見破られてしまうのだろう。開発速度など、どう考えても早いはずなのに『待たせてしまった』なんて言葉が出てくるのがその証拠である。

 ……敵わない。そう思いながらも返す言葉が見つからず、アストは場を濁すように頭を掻いた。その表情はどこか面白くなさそうに、不貞腐れているようにしているのが、左右に立つヴィヴィオとアインハルトにはよく見えた。

 

『……戦っている時と印象が全然違いますね、やはり』

『まあお父さんの前ですからね。多分考えが見透かされているのが面白くないんだと思いますよ?』

 

 二人に念話で色々言われているが、アストは気づかずに父親との会話を続けている。一方の父親であるアセナは会話しながらも、ヴィヴィオとアインハルトの方を軽く一瞥したため、念話には気づいていたようだが。

 

「……んで、それが俺のデバイス?」

「ああ。……先ほど最終調整が終わってな。後はお前のマスター登録を済ませるだけだ」

 

 アセナの後ろの台に横たえられた、自らのデバイスに目を向ける。先に渡された試作型で完成したものがどんな形状かは知っていたが、やはりその独特の形状の剣はアストに新鮮さを感じるのに十分なものだった。

 

「持ってみろ。コイツも、お前を待っていたからな」

 

 そう言ってたアセナは、道を空けるようにして体を横に逸らした。それに応える様にアストはゆっくりと台に近づき、今一度、自分の為に生み出された武器を見つめる。

 曇り一つなく、銀色に静かに光る傷一つない刀身の美しさに、アストはこれまで抱えてきた緊張も焦燥も忘れて、思わず見惚れてしまった。

 

「これが、俺の……デバイス」

 

 アセナたちの注目が向けられる中、アストが半ば無意識にデバイスに手を伸ばし――。

 

 

「――たっ、大変です!! アセナさん! 主任!」

 

 

 静寂を保っていた室内に、悲鳴染みた声が強く響き渡る。

 その声にアストも思わず伸ばしていた手を止め、その悲鳴の発生源の方を見やる。

 そこには聖王教会のカリムや、次元船にいるクロノとのコンタクトの際に使用されるために設置された通信制御盤の前に座るシャリオ・フィニーノが、眼鏡の奥の瞳を揺らした姿があった。

 

「……どうした、何かあったのか?」

 

 尋常ならざる様子のシャリオを見やり、アセナができるだけ落ち着く様に促しながら静かに声をかける。アセナの声を受けて多少持ち直したものの、それでも瞳の揺らぎは大きくなる一方でシャリオの顔からは既に血の気は引いている。緊急の事態が起こっているのはその様子からでも明らかだった。

 途切れ途切れの言葉を震わせながら、その内容を伝える。

 

「い、今聖王教会の騎士カリムから、き、緊急の通信が入って……」

 

 騎士カリムからの緊急の通信。その限られたワードだけでアストとヴィヴィオ、そしてアセナは恐れていた事態が起こってしまったことを理解できた。

 預言にも記された、避けられぬ災厄の招来。アストが確認していた『まつろわぬ神』が、伝えた言葉通りに、その行動を開始したのだろう。アストが十全に戦える状態になった、この時を狙って。

 故にいち早く状況を把握した三人が動き出そうとして――。

 

 

「……八神二佐たちが、結界内で『まつろわぬ神』との、戦闘を開始した……とのことです」

 

 

 ――今度こそ室内の全員が、言葉を失い、動きを止めた。

 

 

 世界が、夕暮れ色の深い紅から、常闇を思わせる深い藍へとその色を変えていく。

 

 これで二度目、『カンピオーネ』となってからは最初となる、まつろわぬ神との戦い。

 

 戦いの火蓋は、アストの予想だにしなかった、望まぬ形で切って落とされた。

 

 考えられうる、どこまでも最悪のカタチで。

 

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