ミッドチルダのカンピオーネ!   作:海豚

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導入二話目。
まだプロローグ的な話なので少々展開が早いです。


Memory;02 彼と襲撃者の戦い

 ヴィヴィオとの手合わせした日から一月。つまりあの奇妙な女性との邂逅から既に一月経ったことになる。

 何か良くない事が起こるのではと、当事者の一人であるアスト・フレアカードは素人なりに警戒していたが、結局特に変わったことは無かった。強いて言えば日々の訓練にヴィヴィオとノーヴェとのものが加わったことくらいだ。

 一月という決して短くない月日は、さして興味のないことを忘却に沈めるには充分だったようで、あの不思議な女性も幻術魔法を使ったただのイタズラだろうとヴィヴィオは結論づけていた。

 しかしアストの頭の片隅には未だ件の女性のことが残っており、時折ふと脳裏に上がってきては考える事を繰り返していた。高層ビルが並びそびえ立つ街を歩く今も思考の一部を傾けていた。

 なぜ自分とヴィヴィオにしか見えていなかったのか。

 そしてヴィヴィオは聞き取れず、自分は聞くことのできた言葉の意味。

 何か条件があるのかと思い考えたものの、自分とヴィヴィオだけに当てはまることは――まだ知り合って一月というのもあるが――特にこれと言って思いつくことは無かった。

 結局推論を重ねても辿りつくのはここである。もう投げ出してもいいとは思うのだが、普段ならここまで考えても分からない事は知らずのうちに忘れてしまうようなものなのに、何故だか忘れられずにいる。

 さらにあの日以来アストの中には言い知れぬ妙な緊張感と焦燥感が絶えず燻っており、ここ数日その思いはさらに大きくなってきている。こうまでなると、どうしても考えてしまうのだ。

 

(『――言霊の剣を持ちし者、いずれ――』か、これだけじゃまるで意味がわかんねぇ……)

 

 仮にこれが自分に向けられたものとするならば、どうにも釈然としないことが一つある。

 

(『言霊の剣』って何だ? 確かに俺は剣を使っているけど、なら『言霊』ってのは何だ……デバイスの起動ワードのことか?)

 

 考えが纏まらず、苛立ちを抑えるように右手で軽く前髪を掻き上げる。

 元々平時はごちゃごちゃと頭の中で考えるのは苦手なのだ。どうにも性に合わないようで思考を重ねても全く以て纏まらない。

 それでも思考することを止めようとは思えない。あの女性にはアストにそうさせるだけの“何か”がある。

 

「アストさん? またぼーっとしてますよ?」

 

 再び思考の海に埋没しかけたところに声がかかる。アストの横を歩く、声をかけてきた方を向くとここ一週間で見慣れた顔がこちらを見ていた。

 金糸のように滑らかな金髪と紅と翠の虹彩異色の瞳をもつ少女――まあぶっちゃけヴィヴィオなのだが。

 なぜアストがヴィヴィオともにいるのかと言えば答えは単純で、用事が済んだ後特に当てもなくクラナガンの中央をぶらついていたアストをヴィヴィオが見つけたからだ。たまたま出会ったので話をしているとヴィヴィオが暇なら聖王教会に一緒に行かないかと聞いてきて、アストも文字通り暇だったため二つ返事で行くと答えたためこのようなことになっている。

 ちなみに聖王教会に何しに行くのかと聞いたところ、友達に会いにいくということでちょうどいいからアストのことを紹介したいということだった。

 そんなことで二人で目的地に向かう道中に他愛もない話をしていたのだが、アストがたまに思考の海に潜ってしまうのでヴィヴィオが引っ張りあげる。もう数回同じことを繰り返している。

 

「やっぱりあの女の人のことですか?」

 

 心ここに在らずと言った様相を見せるアストに、見ていてさすがに心配になってきたヴィヴィオが問いかけた。

 

「まあ……ね。あの時はイタズラかなとも思ったんだけど何だか頭から離れないし、胸騒ぎもするし……」

「う~ん……やっぱりイタズラではないんでしょうか?」

「……わからないな。俺とヴィヴィオちゃんが見えてたから見間違いとかじゃないとは思うんだけど、にしては曖昧にしか覚えてなかったところもあるしな」

「確かに……」

 

 今度はヴィヴィオが思考の海に沈んでしまうようだ。どちらもそんな状態になったら通行人にぶつかったりと流石に危ないのでアストが周りを確認して……異変に気づく。

 

 

人が、周りに人がいない。

 

 時刻は昼の二時過ぎ。家に帰るには早すぎる時間の上に、ここはクラナガンとベルカ自治領の境である。中央と比べて人口が多少なりとも少なくはなるが、十分都会と言えるここから人が一人もいなくなるなんてことはありえない。

 

「結界かこれ……でもどうしてこんな街中に……」

「え? どうしたんで……これは!?」

 

 ヴィヴィオも情況を把握したようで、しきりに周りを見渡している。

 周りに人がいないなんてレベルではない。これでは人が最初から存在していなかったかのように、アストとヴィヴィオ以外の存在が感じられない。

 

「……だめです。端末も使えないし、念話もアストさん以外には繋がりません……」

 

 不可解な現状に不安になってきたのかヴィヴィオがアストの左手を握ってくる。ヴィヴィオを落ち着かせようとアストも握り返すが、こうしていても事態は何も変わらない。

 

「いったい何が起こってるんですか……」

「わからない。俺にも何が何だか……ッ!?」

 

 アストは言葉を言い終えることができなかった。

 突如、自分たちの後ろから圧倒的なプレッシャーと存在感が発せられてきた。

 

「今度は何だよ……ッ!?」

 

 息をのみ振り向けば、遠くに人影が見えた。

 自分たち以外誰一人いなかった空間に現れた人影を視界に入れた瞬間、本能がけたましく警鐘を鳴らしてきた。

 ダメだ、アレは、何だ?

 目にした瞬間恐怖という感情が全身を支配し、体が硬直して動かなくなった。まともな思考ができなくなった。視線を外せない。叶うのなら直様視界から存在を消したかった。だがそれ以上にアレから目を逸らしてはならないと無視できない何かが警告している。

 理解できない現状と現象に、いい加減平静を保てなくなってきたとき、ふと身体が引かれたのをアストは感じた。

 ぎゅっ、と服の端が強く掴まれている。

 横目で人影を視界に収めつつ隣を見て――アストは無理やり思考を纏め上げた。

 

(俺がビビッてどうすんだ、ちくしょう!)

 

 隣には自分と同じように人影を見て、震えているヴィヴィオの姿がある。いつもなら笑顔を浮かべているはずの顔は不可解な恐怖に歪み、異色の双眸には涙がためられている。

 この場においてヴィヴィオが頼れるのは自分だけ。それを理解した今、アストが眼前の恐怖に対して屈するわけにはいかなかった。

 必死に己を叱咤し、奮い立たせ、ようやく動き出した思考を使って視界の情報を整理しようとするアスト。

 人影は女性、滑らかな金髪を白い布で纏め上げ、懐古的な印象を受ける騎士甲冑を身に纏い、両の腕にガントレットを身に着けた姿。顔は上をバイザーのようなもので隠され、わずかに口が覗いているだけだ。

 忘れもしない、一月前にアストとヴィヴィオが見た謎の女性。それが今、自分たちの前に再び現れた。

 

「……あんたがこれを?」

 

 問いかけたのはこの異常事態について。彼自身返答には期待していなかった。ただこの状況をより把握し、整理したかったため。

 だが意外にも女性はアストの問いに対し言葉を返してきた。

 

「この状況を創り出した、という問いでしたら」

 

 あっさりと、明かしてきた。

 アストはさらに危機感と警戒を強める。言葉を交わしたからか、相手の存在感と放たれるプレッシャーが段違いに強まった。

 

「なぜ……こんなことを?」

 

 声を絞り出し、質問を重ねる。

 

「わたしの目的のため、願望の成就のため、といったところでしょうか」

 

 詳細は一切わからない。酷く個人的な理由だということはよくわかったが。

 結局アストに理解できたのは、彼女は自分たちの敵であるということ。彼女を倒さなければこの結界からは脱出できないということ。

 

「構えなさい。『剣』の少年よ」

 

 剣の少年。その言葉の意味を理解はできないが、間違いなくアストの事を指しているといことはわかった。

 話しかけた時点で遅かれ早かれこうなることになっていたのだろう。

 狙いが自分で、そのために女性がこの状況を創り出したのなら逃げても無駄だ。

 アストが己のデバイスに手をかけ、ヴィヴィオにできるだけ離れるように告げる。

 

「ヴィヴィオちゃん、ここからできるだけ離れて」

「ッ!? アストさんはどうするんですか!?」

「……どうにも戦いは避けられそうにない。俺のことはいいから、早く」

「でも!」

「いいから!! 早くいけ!!」

 

 食い下がるヴィヴィオに語気を強めて言う。

 この一月でアストはヴィヴィオの性格を概ね理解していた。とても明るく、人の機微に鋭く、嬉しいことも楽しいことも悲しいことも共有でき、誰かのために涙を流せる、とても優しい女の子。

 あの存在に対し一人で戦うなど愚考の極みであることくらいアストもわかっている。だがそれでもヴィヴィオと戦うことはもっと考えられなかった。

 デバイスを持っていない、連携が拙い、色々と思いつく理由はあるが何よりも――

 

(――女の子を巻き込めるわけがないだろ)

 

 眼前の存在に対する恐怖は消えないし、逃げ出したい気持ちもある。今だって気を張っていなければ足が震え、体が固まり動けなくなりそうだ。狙いがアストだけなら十中八九背を向けて逃げていただろう。

 

 だが後ろにヴィヴィオがいる、狙いにヴィヴィオも含まれているのかもしれない。

 

 ならば、たとえ敵わない相手でも、逃げだすわけにはいかない。

 ヴィヴィオの気配が遠ざかるのを感じながら、アストは己の武器を呼び起こす。

 

「起きろ、スラッシュブレイブ」

『Get set.』

 

 音声と共にデバイスが起動し、アストの下に三角形の魔法陣――近代ベルカ式の魔法陣が展開され、真紅の光に体が包まれる。

 光が収まり、18歳ほどの外見――武装形態へとその身を変えたアストが現れる。

 自身の魔力光と同じ真紅のジャケットに、黒のインナーと同色のズボンに身を包み、右手に長身の紅い片手剣を持ち、ヴィヴィオとの模擬戦ではなかった右手以外の四肢に動きを阻害しない程度のガードがつけられた姿。

 目を細め、眼前の襲撃者を見る。その瞳には未だ様々な感情が宿っていたが、迷いは見られなかった。

 

「わざわざ準備が終わるまで待ってくれるんだな」

「構えなさい、と言ったのはこちらですから」

 

 さも当然といった具合で、女性が淀みなく返してきた。

 ……何とも騎士道精神溢れる襲撃者だが、この場において言葉以上の意味は無いのだろうが。

 

「よくヴィヴィオを見逃したな……狙いは俺だけか?」

「あの程度なら、あなたを屠った後で問題ありません」

「……」

 

 知らずのうちに剣を握る力が強くなる。

 負けられない理由がさらに強くなった。

 

「もう一度聞くけど、この結界を解除する気は?」

「言ったはずです。私には目的があると」

「そうかよ……」

 

 アストの平和的な提案は、考えるそぶりも見せず冷淡な言葉で返された。

 最早問答程度でどうにもならないとわかってはいたが、いい加減腹を括らなければならない。

 

「…………」

「…………」

 

 左手を紅の刀身に添え、剣を正面に構える。相手は籠手のついた拳を強く握り、既に構え終えている。

 襲撃者は一切の隙を見せず、アストの出方を窺っている。否、その視線は、ただ見ていると表現するべきかもしれない。

 お前程度は相手にもならない。そう言外で告げられたアストは、胸の内を渦巻く怒りを無理やり抑えつけ、油断なく相手を見据える。

 全身に張り巡らされた神経と、身の内に宿るリンカーコアを意識し、活性化させていく。

 魔力の流れを感じ、体に留めながら循環させ、身体強化魔法を限界まで重ね掛けしていく。相手は自分よりも遥か高見に存在する。始めから全力でいかなければならないと直感が告げる。出し惜しみなどできない。

 強化された膂力をもって襲撃者に接近し、同時に攻撃魔法を発動させる。

 

「スライブ!」

『Ignite.』

 

 アストの持つ『炎熱』の魔力変換資質により、魔力を流した右手の紅き剣がその色合いを増し、刀身に紅蓮の焔を纏わせる。そしてデバイスの発動した魔法によりさらに炎の勢いが増していく。

 接近した際の勢いを乗せ、紅く燃える剣を振り下ろす。当たれば現役の管理局員でもただでは済まない威力をもった一撃だが、襲撃者たる女性は未だこちらを見ているだけで動く素振りすら見せない。

 

(……この期に及んでその余裕かよ! ならその身をもって受けてみろ!)

 

 アストの怒りに呼応するように炎がさらに燃え上がり、躊躇いなく女性に斬りかかった。

 だが刀身と相手の距離がゼロになり当たると思われた瞬間、相手の姿が虚像のようにぶれ、剣は女性に当たることなく空を斬った。

 何が起こった。アストは疑問を浮かべるよりも早く答えを得た。

 女性は最小限の動きをもって斬撃を回避し、固く握られた拳をアスト目掛けて振りかぶられる。

 

『Sonic boost.』

 

 魔法が発動し、アストの姿が掻き消え、襲撃者から少し離れた場所に現れる。

 数刻前までアストのいた場には、襲撃者の一撃によって数十メートル先まで地面に裂け目ができていた。地面に陥没後ができてない所を見ると、この裂け目は先の一撃の余波で作られたことになる。

 先ほどまで冷静さを欠いていたが、目の前に広がる現実離れした光景に急速に頭を冷やされ、思わず苦い笑みが零れてきそうになるアスト。

 

(無理して加速魔法使って正解だったな……)

 

 体が軋む。無理して加速魔法を使った代償だ。

 通常時なら使った所でそこまで問題はない加速魔法だが、限界まで肉体を強化しているときはまず使えない。身体強化によるフィードバックを軽減することに手一杯な状態では加速魔法で生じる肉体への反動までに余力を回せないため、使うだけでダメージを受けてしまうからだ。おかげでバリアジャケットの一部が壊れてしまっている。

 それでも女性の一撃を見ると、アストは自分の考えが正しかったと認識できる。あんなものをくらえばバリアジャケットなど意味をもたず沈められるのがありありと想像できる。加速の反動は決して軽くはないが、あの拳を受けるよりはるかにマシだと確信できた。

 しかし、どうするべきか。

 冷やされた思考で状況を分析する。

 相手の技量は自分よりも上、パワーも強化した自分より上、戦闘経験も上だ。こちらが優っているのはスピードくらいだが、その速さも相手には目で追えてしまうレベルのもの。加速魔法発動時は違ったようだが、同時使用し続けるのではこちらの身がもたない。

 色々と考えてはみたが、アストにとれる戦法は一つだけだ。

 すなわち、スピードを活かした白兵戦で相手に一切の反撃をさせずに攻撃し続けること。

 目の前の女性相手に口で言うほど簡単ではないが、現状これしか相手と戦いに持ち込めそうなのはないのだからアストに選択の余地は無い。

 

「なら、やってみせようか」

 

 再度、紅く燃える炎を纏う剣を構え、身体強化のみで出せる最高の速度をもって襲撃者の傍を通り抜け、すれ違いざまに一閃。だが相手はこの速度なら、やはり目で追えるようで躱されてしまう。

 相手の反撃の拳が迫るが、アストは地面をけり大きく距離をとることで躱し、再び相手に近づき斬りかかる。やはり避けられるがすぐにその場を離脱し、再び同じ行動に移る。

 何度も相手に接近し、時には徒手空拳のフェイントを加えながらすれ違いざまに斬りつけていく。ここにきてわかったことだが、あの襲撃者はアストのスピードを目で追えてはいるが、肉体の反応はその域に達してはいないようで、途中からカウンターの動作が無くなって回避のみになってきているのがわかる。

 幾度も辻斬りもどきを繰り返し、相手の攻撃を躱し続けているうちに周囲の地面はいくつもの大きな亀裂ができ、高層ビルの窓ガラスは割れてしまっている。しかもそのほとんどが襲撃者の攻撃の副産物にすぎないのだから笑えない。

 数十、数百の攻防でアストの集中力も摩耗し、魔力も心許なくなってきたとき、ついにアストが狙っていた瞬間――相手の反応速度がほんの僅かに鈍った。

 その隙を見逃さずアストは迷うことなく、身体強化の上から加速魔法を発動させる。

 

『Sonic boost.』

 

 自身に出せる最速の状態に移行し、相手の懐に飛び込む。このチャンスを逃せば次は無い。後に襲ってくる凄まじい反動を度外視してでも、ここで決めなければならない。

 

「スラッシュブレイブッ!! ロードカートリッジ!!」

『Explosion and Ignite.』

 

 アストの叫びと同時にデバイスからカートリッジが排出され、魔力とともに剣に纏う炎が爆発的に膨れ上がる。纏わされた炎は獄炎と形容するに相応しい勢いと密度を誇り、内包された熱量と威力は計り知れないものとなっている。

 襲撃者たる女性がアストを捉えるが既に反撃できる時間も、回避するだけの隙も残されていない。

 自身に出せる最大の一撃をもって、この戦いを終わらせる。

 

 女性との距離は急速に狭まり、アストは業火を纏う剣を掲げ――

 

「紫電……一閃ッ!!」

 

 ――瞬間、解き放たれた緋色の爆炎が両者を包み込んだ。

 

 

 

       ✟

 

 

 

 高町ヴィヴィオがアスト・フレアカードと出会ったのは一月前。見かけるだけならもっと前からだが友達となったのはその時だ。ヴィヴィオにとって異性の、さらに年上の友達はアストが初めてだった。母親(フェイト)が保護責任者をしている子にも当てはまる子がいるが、彼はどちらかというと兄に近い感覚なので友達とは少し違う。

 ヴィヴィオから見て当初アストは大人びた性格で、遠目から見たときは少々取っつきにくいかと思っていたが、実際の彼は大人びただけではなく子供っぽい(本人が聞いたら機嫌を悪くしそうだが)ところが多々あり、年の差を感じることなくすぐにお互い友達と呼べるほどの関係を築くことができた。

 そんなアストと襲撃者の女性の戦いを離れていた場所で見ていたヴィヴィオはその戦いの密度に目を奪われていた。

 襲撃者の異常な実力もそうだが、アストの方にも驚いた。

 剣術と体術において高い技術を有し、高い魔力を保有しているのはこの一月で知っていたが、ここまで戦闘能力が高いとは思ってもなかった。

 戦いは最初、襲撃者がその攻撃力で圧倒していたが徐々にアストが持ち味である身体能力とスピードをもって襲撃者を翻弄し始め、そして隙をつく形で特大の一撃をぶつけた。凄まじい魔力を内包した焔の斬撃は相手に当たり、爆熱をまき散らした。炎に阻まれ姿は見えないが、あれを受けた襲撃者が無事だとは思えない。

 目を凝らし、アストを探す。彼自身あの炎では無事ではないだろう。何もできなかったのだから、せめて肩を貸すぐらいはしたいとヴィヴィオは思っていた。

 そうして探しているうちに、爆炎が街を焼く中で二つの影が確認できた。

 一つは片膝を地面につけて、肩で息をしている者。もう一つは両足で地面を踏みしめ、その場に佇んでいる者。

 ここにきてヴィヴィオは一つ失念していた。あの規模の戦いの終焉に目がいき、頭から抜け落ちていた。

 

「え……」

 

 そして知覚する。

 あの女性から発せられていた圧迫感が微塵も揺らいでいないことに。

 目の前の光景が信じられない。

 

「くそったれが……」

 

 剣を地面に突き立て、傷だらけで片膝をついていたのはアストで――

 

「確かに凄まじい威力でした。しかし……」

 

 傷一つなく、超然とアストを見下ろしているのは襲撃者の女性で――

 

「それでは私には届きませんよ。『剣』の少年」

 

 ――恐怖の根源は揺るぐことなくそこにいた。

 

 

 

       ✟

 

 

 

「くそったれが……」

 

 地面に剣を突き立て、片膝をつき寄りかかるようにしているアスト。バリアジャケットもボロボロで所々血が滲んでいる。

 

「確かに凄まじい威力でした。しかし……それでは私には届きませんよ。『剣』の少年」

 

 自身の最大の一撃。確実に当たるようにタイミングを作りだし、使った。そしてあの爆炎の一撃は襲撃者の女性に当たった。

 しかし()()()()()()。女性は傷一つ負うことなく悠然と目の前に立っている。

 斬ることができなかった、斬撃が到達するタイミングで何かに阻まれた感触が手に残っている。

 だがあの一瞬では防御魔法の発動なんて不可能な筈だ。

 

(何か……何か理由があるはずだ。防御魔法なんてもんじゃない、何かが……)

 

 戦闘の疲労と怪我の痛みから集中力が切れ、意識がとびそうになるのを気力で引きとめ相手に目を凝らす。

 見えてきたのは女性を覆う繭のようなもの。薄く虹色に染まってはいるが、周りが炎に囲まれていなければアストも気がつけなかったかもしれない。幾分勢いは収まってきているが、なおも燃え盛る炎を寄せ付けないように繭状のものが女性を守っていた。

 

「それが理由か……」

「気づけましたか。しかしわかったところで、今のあなたでは何も変りはしませんよ」

 

 尚も立ち上がろうとするアストに、どうしようもない事実が突き刺さる。たとえ相手の隠し玉がわかったところで何もできない。あの繭を突破する方法が無い。相手はほぼ無傷に加え、既に満身創痍の今のアストではこれ以上戦うことすら難しい。

 

「あなたはよくやりました。しかし時は、相手は待ってはくれないのです。残念ですが……不確定はここで……」

 

 女性が何か言っているがその言葉に秘められた意味が理解できない以上、アストには女性の思いも何も理解できなかった。

 女性が腕を引き、拳を構える。アストも体勢を立て直そうとするが体は動かない。同時にある種の覚悟を決める。

 女性の拳がこちらに迫ってくる。時の流れが急激に遅くなったように感じる。それでも体は動いてくれないので意識だけが加速しているのだと、妙に冷静な思考で結論づける。

 すこし遠くに、自分が守りたかった少女が見えた。その目からとめどなく涙が流れていて、必死にこちらを呼んでいるようだが何も聞こえてこない。

 

(できれば逃げきってくれ、あと……泣いてほしくなかったなぁ)

 

 泣かれてしまったのは仕方がない。自分に力が無かった、ただそれだけのことだ。

 女性の顔がすぐそばまで近づく。その表情はバイザー隠されている。

 だがアストには見えてしまった。

 

(何でそんなつらそうな顔してんだ……仕掛けてきたのはそっちじゃねえかよ……)

 

 今にも泣きそうな襲撃者の表情を見たアストは、不思議と怒りなどの感情は無かった。

 

 襲撃者とヴィヴィオ。

 

 何故か二人の表情が、アストには重なって見えた。

 だからなのか、アストの胸の内を占めたのは全く別の感情だった。

 

 女性の拳がアストの体に突き刺さる。

 

 

 ――力が欲しい。彼女を泣かないですむように、力が……あれば。

 

 

 

 アストが『力』を強く渇望したその瞬間、アストの脳裏に何かが浮かぶ。どこか神々しさを感じるものだが、ぼんやりと霞んでいて明確な正体がわからない。

 

 

 

 ――この程度か? まあ、我を使わずしてここまでできるとはな。意外だったぞ。

 

 

 

 唐突に声が聞こえてきた。聞いたことが無い声が。

 

 

 

 ――気に入った。よかろう。お主に一度だけ機会を与えよう。

 

 

 

 澄んだ少年の声。聞いたことなどないはずなのに、何故か知っている声が。

 

 

 

 ――今は休め。次の戦いのために、そして我を使い、勝利を掴みとってみせよ。

 

 

 

 最後まで声の主がわからないまま、凄まじい魔力がこめられた拳の一撃を受け、アストは辛うじて繋いでいた意識を手放した。

 

 

 

 

 

「アストさんッ!」

 

 女性の非情な一撃がアストの身体に打ち込まれ、紙屑のように吹っ飛ばされる。

 ヴィヴィオは女性の威圧に、ただ見ていることしかできない。

 そのまま背後のビルの壁面に叩き付けられ、重力に従い落下する。

 

「ッ!?」

 

 ようやく我を取り戻したヴィヴィオは迷うことなく大人モードを使った。未だに完全な制御は敵わないがなりふり構っていられない。

 強化された肉体を存分に振るい、落下するアストに追いつき地面に叩き付けられる前にギリギリで受け止める。武装形態もバリアジャケットもとけて、傷だらけの身体があらわになる。

 

「アストさん! アストさんッ!」

 

 ヴィヴィオが必死に呼びかけてもアストには全く反応がない。

 

「死んではいませんよ」

 

 襲撃者の女性が言葉を告げる。

 ヴィヴィオにはアストを庇うようにして相手を睨みつけるが、女性はさらりと受け流す。どこまでも冷淡な口調がヴィヴィオに突き刺さる。

 

「目が覚めたとき、少年に告げなさい。

 『古代の戦場において決着を』

 わたしはそこでお待ちします。しかし、これが最後です。

 あなた方が勝てぬのなら、このまつろわぬ身にて、わたしたちが遺した大いなる闇を討ち滅ぼします」

「……どういう意味ですか」

「今の少年になら通じます。あなたにも……わかるかもしれませんね」

「…………」

 

 ヴィヴィオと襲撃者。

 二人の視線が重なり、ヴィヴィオは何かを感じ取った。

 

(この人……もしかして……)

 

「しかと伝えましたよ。我が――」

 

 女性がその場から霞むように消える。

 ヴィヴィオには黙って女性が消えるのを待つことしかできない。

 最後の言葉が聞き取れなかった、だが聞き取る必要などなかった。

 ヴィヴィオには、否、ヴィヴィオだからわかってしまった。

 

「我が『ウツシミ』……ってことはやっぱりあの人はわたしの……」

「ぐ……」

「アストさん!?」

 

 考えている場合ではない。アストは生きているとはいえ傷だらけ、素人目に見ても早急に治療が必要だ。

 術者が消えたことで崩壊していく結界の中を走り、ベルカ自治領を目指す。あそこには聖王病院がある。

 

「アストさん……」

 

 その胸の内にある焦燥感を捨て去るようにヴィヴィオは走り続ける。

 晴れ渡っていた空は雲が立ち上り、今にも雨が降り出しそうなものへと変わっていた。

 

 

 

 

       ✟

 

 

 

「ん……?」

 

 アストが目を開き、飛び込んできたのは――白。

 見渡す限り、白、白、白、白。どこまでも白い空間が広がっていた。

 横たえていた体を起こして立ち上がり、自分の身体を確認する。襲撃者の女性と戦った時の傷は無く、服装も汚れ一つ無かった。

 

「なんだよここ……」

 

 身体に異常が無いのもそうだが、ここがどこなのかもわからない。病院の類ではないのだし、そもそもこの空間は現実味が無い。だとすれば……。

 

「天国か何かか? つか俺死んだのか……?」

「死んでなどおらぬよ」

 

 別に返答など求めていない、自分の中で現状を理解するための呟きだったのだが、答えは返ってきた。

 

「ここは我が統べる場。おぬしの意識だけをここに呼び寄せたのだ。現世(うつしよ)のおぬしは深い眠りについておるよ」

 

 澄んだ声とともにアストの前に現れたのは不思議な恰好をした黒髪の少年。

 見覚えのない姿、だが何故か知っている。

 あの時、沈みゆく意識の中で聞こえた声と同じ声。その声の主がこの少年だったのだとようやくアストは理解した。

 

「お前が、俺をここに?」

「言ったであろう、気に入ったと。敵わぬと知りながらも神に挑んだおぬしの覚悟、そしてその戦い。見事であった」

「見事……ねぇ? まあお前の意見はどうでもいいや」

「ならば、汝は何を望む? 知りたいことがあるのだろう?」

 

 少年がアストを見る。黒曜石のように美しい瞳はアストの全てを見透かすように。彼には隠しても無駄なんじゃないかとアストは思ってしまう。

 

「ヴィヴィオは無事なのか?」

「無事だぞ。おぬしが気絶した後、あの者はすぐに消えたからな」

「……よかった」

 

 本当によかった。アストにとって一番気がかりだったことが解決したことで、安堵のあまり思わず倒れそうになってしまった。

 だが他にもこの少年には聞きたいことがある。先ほどの口振りからして、この少年は自分の知りたいことを全て知っている。憶測、勘でしかない曖昧なものだが不思議とアストは確信を持っていた。

 ふらついた体を戻し、しっかりと少年を見つめ、再び少年に問いかける。

 

「さっき、お前は俺と戦った奴のことを『神』って言ってたよな。どういうことだ。何より、お前は何者なんだ?」

「ふむ。まあ話してもいいんじゃが……知れば後戻りはできぬぞ? それでも構わぬか?」

「……どうせ現実に戻ったらアイツと戦うんだ。必要なことは知っとかなきゃならないだろ?」

「……お主には愚問だったな」

 

 呆れと慈しみ、そして僅かな敬意が、その言葉には籠められていた。

 しばし瞑目して、少年は口を開く。

 

 

「ならば汝の疑問とあの者と同じ舞台に立つための知識。

 汝が戦う『まつろわぬもの』について。

 汝の身に宿る『剣』について。

 そして――――我という『存在』について。

 我自ら教授しようではないか」

 

 少年はどこか愉快そうに、嘲笑うように、慈しむように、それでいて何かを期待するように、口元に抑えきれぬ『笑み』を浮かべながら、言葉を紡ぎ始めた。

 

 




作中登場魔法の紹介
飛ばしても問題ないです。


『Ignite.』(オリ)
点火魔法。ミッド式。詳しいのは後の話で

『Sonic boost.』(オリ)
加速魔法。ミッド式。詳しくは(ry

『紫電一閃』
ベルカ式の基本、真髄にして秘奥。別に烈火の将専用技じゃない。
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