さらなる急展開。
※タグに『原作キャラ強化』を追加しました。
ただ強化で済ませていいのか不安……
では導入三話目をどうぞ。
ベルカ自治領内聖王病院。
古風な外観とは裏腹に医療機器は最新の設備を整え、さらにその規模の大きさと積み重ねてきた実績と信用から緊急時の搬送先の一つに数えられる由緒正しき病院。病院内は廊下に淡い電灯が灯っているだけで、多くの病室はすでに夜の帳が落ちていた。
月明かりが照らす病院の一室。一人の少年と一人の少女。少年は清潔なベッドに寝かされていて深い眠りについていて、少女はベッドの近くにあるイスに座り、顔を俯けていた。
少女――高町ヴィヴィオは泣き腫らして目元を赤くした顔を上げ、今尚深い眠りについている少年――アスト・フレアカードに目を向ける。
アストの体は包帯やガーゼで巻かれており、見るも痛々しい様相になっている。治療を施した医者によれば命に別状はないが、右腕の火傷と肋骨が数本骨折、全身に決して浅くない切り傷が多数と酷いものだったようで、火傷の部分に治癒魔法をかける以外は自然治癒に任せるらしい。
そんな少年を見てヴィヴィオは再び涙が込み上げてくるのを抑えられなかった。
「陛下」
ふと自分の愛称が呼ばれ、目尻に溜まった涙を拭いながらドアのほうを振り向くと、シスター服に身を包んだ長髪の女性と執事服で少年のような容姿をした女性が心配そうにこちらを見ていた。
「ディードにオットー……どうしたの?」
どうしたの、と言ったもののヴィヴィオとしては何を聞かれるか大方の予想はついていた。
「……何があったのか聞かせていただけませんか? 今この場にいないお二人にも説明しなければならないので」
お二人とは、自分の母親であるなのはとフェイトのことだろう。むしろそれ以外思い当たる人はいない。
さて、予想通りのこととは言え、どこまで言っていいものかヴィヴィオにはわからなかった。
ありのままを伝える?
通常ならばそうするべきだろうが、今回はそうもいかない。あの戦いを見た者からすればできる限り巻き込みたくはない。母たち二人の実力を疑っているわけではないが、あの女性とは、下手したら自分の母親たちですら勝負にならないかもしれない。根拠も何もないヴィヴィオの直感では、あの女性に対抗できる存在は今眠っている彼か、よくて自分だけなんじゃないかと。……本当に根拠も何もないがある種の確信を得ていた。やはりこんなこと説明できないし、仮に話したところで信じてはもらえないだろう。
なら隠す?
それしかないのだが誤魔化せる相手ではない。
嘘の説明をする?
上と同様。それにいい嘘が思いつかない。
(……どうしよう)
胸に燻る焦燥感が、その勢いを加速度的に強くしていく。
もともと嘘をつくのも考えるのも苦手なヴィヴィオとしては正直かなりの難問であった。
「あの、陛下? やはりどこかお怪我が?」
「え? だ、大丈夫だよ。アストさんに守ってもらったからわたしは……」
そう言って再び現状を確認して再び自己嫌悪。本当ならすぐにでも助けを求めるべきなのに、自分の理性ではわかっているはずなのに本能と直感がそれを許さなかった。
対抗できるのは、あの女性と戦えるのは目の前の眠っている少年だけだ。そう、ヴィヴィオの本能は訴えてくる。
「ごめんね、二人とも……」
結局、こうやって先延ばしすることしかできなかった。
「陛下……わかりました。また後できますので」
「ごめんね」
「いえ、ではまた後で。今夜はできるだけ休んでいてください」
こちらを気遣ってくれたようで、二人とも病室を出ていった。
……時間を先延ばしにできただけだが、時間はできた。
「……」
病室から足音は遠ざかっていく。
(『あの人』が本当にそうなら、わたしは……)
あの時、女性を前にして感じた、圧迫感とは違う別の『ナニカ』
もしあの時感じたことを信じるならば――自分にとって無視できることではない。
頼れる母たちもタイミングが悪くミッドにいない。
(アストさん以外で、戦えるのはわたしだけなら)
「……あなただけを戦わせるわけには、いかないですよね」
ここまでの考え、全て直感。裏付けるものなど何もない。だがそれでも……。
「……行ってきます、アストさん」
双子のシスターたちに内心謝りつつ、今なお眠っている少年に聞こえていないであろう、戦場に向かう前の挨拶を送る。
オットーとディードが再び病室を訪れたとき、そこにヴィヴィオの姿は無い。
✟
夜天に浮かぶ二つの月。その光を受け朧げに、それでいて幻想的に淡く輝く大地。
「戦にはまだ、時間がありますね」
本来禁足地となっている場に佇む、戦装束に身を包んだ女性。二つの月が織り成す月光は女性の金色の髪を淡く照らし、その美しさを引き立たせていた。
女性が立ち、その瞳に映るのは見渡す限り荒れ果てた大地。この場所で大きな戦があったことを連想させる。
遥か昔、まだ非殺傷設定など作られてすらいない時代。ここで戦があったことを後世に伝え残すために、何百年もの間そのまま保存された場所。ここだけ時間が切り取られたかのように古代ベルカの時代を保っている。
かつての、血で血を洗う、本物の戦場を。
「あなたは、何故ここに?」
「わたしにとって、あなたは無関係ではないから、かな」
女性の問いに答えるのはヴィヴィオ。
その身は既に大人のように成長した姿で黒いバリアジャケットを身に纏っていて、吊り上がった双眸は女性を見据えている。
そこに襲撃者たる女性に対する怯えは無く、いつも浮かべている笑顔も見られない。
「少年が一時とはいえ守り抜いたその命、無駄にするつもりですか?」
「一時になんてしませんよ。ここであなたを止めます。そうしないと、あなたはこの世界のみんなを巻き込んで、何かするつもりなんでしょ?」
「……いずれ訪れる『災厄』 放置すれば全ての世界を破壊します。一つの世界と他の複数の世界。比べるまでもありません」
「……どうにもならないの?」
顔を悲しみに歪め、それでもヴィヴィオは問いかける。
彼女が言っていることは漠然とだが理解できた。
だが別の道はないのか? 手を取り合うことはできないのか?
言葉では、本当にどうしようもないのか。
「わたしがここに存在している以上、どうにも。
あなた方がわたしを倒すか、わたしがあなた方を葬るか。
選択は二つに一つだけですよ」
「……どうして、わたしたちを狙うの?」
「――あなたがわたしを倒せれば、お答えします」
戦いは避けられない。
否応にでも理解したヴィヴィオは拳を構える。
力量差などわかりきっている。だがここで戦わなければ自分とアストは再び狙われる。そうなればアストは再び戦いに挑むだろう。理由はわからないが、彼か自分しか対抗しえないのだから。
だが――ヴィヴィオはこれ以上誰かが傷つくのは見たくない。
「今度は、わたしが守る。
――――だから絶対にあなたを止めてみせます」
翠と紅の瞳に力強い意志を宿し、告げる。
「――――やれるものなら、我が『ウツシミ』よ」
ヴィヴィオと襲撃者の女性。
女性はアストとの戦いを見てわかる通り、非常に高い戦闘技術を持っている。保有する魔力も底なし、加えて使用した魔法は身体強化と不可思議な防御魔法のようなものだけで相手の
対してヴィヴィオは才能の片鱗を見せてきているものの、その実力は発展途上で低いものと言わざるをえない。保有魔力も一般に比べれば多いが、この場においては決してそうではない。
二人の実力の差は明白であり戦いはすぐに女性がヴィヴィオを下すものと思われていた。
しかし眼前の光景はそれを明確に否定する。
「はあっ!」
「……っ」
魔力を宿したヴィヴィオの左拳が女性の顎を狙い、紙一重でかわした女性が余波だけで地面を抉りかねない威力のカウンターを放つ。
「くっ!」
だがヴィヴィオはその返しを読んでいたかのようにギリギリで躱す。余波を受け生成したバリアジャケットが多少破けるが、身体強化の魔法を掛けているのか何とかその場に踏み止まり、再び肉薄して連撃を繰り出していく。攻撃を放つ四肢には収束魔法によって凄まじい密度の魔力が籠められており、女性が後退すればすぐさま右腕に充填された魔力を開放して収束砲撃を放つ。
「やあっ!!」
歴戦の魔導師でも撃墜を覚悟するほどの速度と威力を誇る一撃も、相手は大きく距離をとることで避けきる。
砲撃により両者ともに視界が虹色に染まり、その間に体勢を整え再び相手を見据える。
視界に見据えたヴィヴィオはかすり傷こそ見受けられるものの、決定的な一撃は与えられていないからか戦闘には支障はないようで、左右で色の違う瞳に宿る戦意は衰えておらず、両腕両足には魔力が収束し直されて虹色に輝いている。
何度となく距離を変え己が力をぶつけ合い、すでに短くない時間が経過した今でもヴィヴィオと女性は戦いを続けていた。これには襲撃者の女性も表には出さずとも驚いていた。
アストとの戦いで使った『鎧』を含め、こちらが切り札を一つも切ってないとはいえ自分にここまで喰らいついてくる。
女性はこの世界に『顕現』した時点で人とは文字通り次元が違う存在となっている。本来なら魔導師を含めた普通の人間には戦うことはおろか、傷を負わすことすらできない。
だが、今こうして死闘を演じているヴィヴィオは襲撃者の女性に一歩も引かぬ戦いぶりを見せている。
その動きはヴィヴィオが習っていたストライクアーツではない。戦いの中で洗練され、長い年月をかけて完成されたものであり、本来ヴィヴィオが持ちえているはずの戦技。体裁きだけでなく、魔力運用も無駄が極限まで削ぎ落とされた非常に効率の良いものになり、繰り出す魔法や体技も今のヴィヴィオが使えるはずのないものを使っている。
「ふっ!」
「くっ!」
再びヴィヴィオが距離をつめ、女性もそれに応じるように拳を振るう。
お互いの四肢から繰り出される攻撃を避け、僅かな隙を見つけ一撃を放つ。
奇しくも二人のバトルスタイルは似通っており、この攻撃と回避の応酬は一連の流れとなっていた。
「……
互いの拳が互いを狙う中、突然女性がそんな言葉を投げかける。
「
答えさせる気なんてないかのように、怒涛の勢いで拳を繰り出してくる女性に語尾を強めながら応じるヴィヴィオ。
返ってきた言葉に女性は己が感じた疑問に対する推論を確信に変える。
(やはりですか……)
ヴィヴィオは確かに相手の動きを予測して攻撃を避けることができる。一度アストとヴィヴィオの戦いを見ていたのでそれは理解できる。
だがそれはある程度避けることが可能なだけで、決して初見の相手で全てを避けられるわけではない。そんなことができるならアストとの戦いでも勝利を掴むことができたはずだ。
にもかかわらず女性の攻撃は今のところ
それは女性が弱くなったわけではない。
理由は単純明快。
ヴィヴィオの戦闘技術が短時間の間に爆発的に上がったから。そして
普通ならこんなことは不可能だ。一つ目は戦闘技術は日々の訓練と場数を重ねることで少しずつ磨きをかけていくものであり、二つ目は見せてもいないのに知るすべなどないからだ。
だが女性とヴィヴィオには普通ではない、不可能を無理やり可能とする、強い関係がある。
「わたしはあなたを基にして生まれた存在だから」
魔力が収束された拳と脚が女性の顎、こめかみ、眉間、鳩尾、大腿、およそ人体の急所と呼ばれる場所を容赦なく狙い、突きと蹴りが豪雨のように降り注がれる。
女性が反撃を試みるが、それを阻むようにヴィヴィオの攻撃は苛烈さを増していくため回避に専念するしかなくなってきている。
「理屈はよくわからないけど、あなたを見たとき少し昔の記憶を思い出した。あなたと戦っているうちに経験や技術も流れ込むようにわたしの中に入ってきた」
『ウツシミ』つまり『
ヴィヴィオはこの女性を基に生まれた存在。互いに限りなく近い存在。
ゆえに女性とヴィヴィオは強い縁がある。その縁により、いわば『オリジナル』である女性の記憶と戦闘技術、戦闘経験が『写し身』であるヴィヴィオに流れ込み定着した。
その結果、ヴィヴィオは短時間で大幅に強くなり女性の手の内の全てを理解した。
「だから今、わたしは戦える」
疾風怒濤。相手の反撃を許さず反撃の隙を与えない。
その戦い方は多少の差異はあれどアストが女性に対して行ったものと同一のもの。
アストの戦いがなければ思いつかなかっただろう戦術に、ヴィヴィオは戦闘中にも関わらず感謝の念を抱く。
アストの決死の戦いは、自分のことを命懸けで守ってくれた彼の思いは決して無駄ではなかったと胸に刻み、ヴィヴィオは拳を振るうスピードをさらに上げていく。
「だから!」
「ッ!?」
ついにヴィヴィオのラッシュを避けきれなくなった女性が咄嗟にガードの構えをとるが、完全に相手の動きを予測していたヴィヴィオがガードを崩し、女性の決定的な隙を作りだした。
「あなたは絶対にここで止めてみせる!!」
今のヴィヴィオは女性から流れ込んだものだけでなく、昔の記憶、事件の時の記憶を鮮明に思い出していた。そしてそのとき
身に定着した経験と技術をもとにマルチタスクを限界まで展開し、ヴィヴィオは女性の両手両足にありったけのバインドを重ね掛ける。
母のひとりである高町なのはが得意としている捕獲魔法『レストリクトロック』
大量に展開されたマルチタスクの大半を使い、莫大な量の演算を処理する。
「くっ!? こんなもの!!」
これほどの戒めさえも長く通用しないのか、すでに術式は破られはじめている。
だが今は一瞬、魔力を貯めるためのわずかな刹那を稼げれば充分だった。
ヴィヴィオは両手に収束された魔力を用い前方に高密度の魔力スフィアを形成する。
――この魔法はかつて
左拳でスフィアを保持し、右拳に再度魔力を収束させる。
女性は多くのバインドを解除しているがまだ残っており、こちらの一撃を阻止することは敵わない。
――そしてヴィヴィオがさらなるアレンジを加えた、『高町なのは』を象徴する砲撃魔法。
「これがわたしの全力全開!!」
加速させた右拳をスフィアに打ち付け、右腕に収束した魔力を上乗せして解き放つ!
「ディバイン……バスター!!」
母から娘に受け継がれた、自らの思いを貫き通すための魔法。
確実に当たった、とヴィヴィオは砲撃が相手に徹った確かな手ごたえを感じていた。
今の自分に生み出せる最大の威力を誇る魔法は、相手を戦闘不能とまではできなくとも少なくないダメージを与えることができたと確信している。
「見事です。この身に傷を負わせたのは称賛に値します」
土煙の向こう側から聞こえる女性の声。やはりというか、何というか、倒すまではいかなかったようだ。
再び油断なく構えるヴィヴィオ。四肢にはすでに大気中の魔力を収束させている。
「『鎧』は使えなかったみたいですね」
「ええ。超至近距離での砲撃魔法、おかげで『鎧』を展開することができませんでした」
「最初から使っていなかったあなたが悪いんですよ?」
「色々と条件があるのですが……あなたの力量を見誤っていたこちらの落ち度ですね」
そう語る女性の声は戦う前に感じられた冷淡さは消えていた。代わりに宿っているのは目の前の『敵』を葬るという闘志だけ。
明らかに変わった相手の様子に自然にヴィヴィオの表情も引き締まる。
「写し身……いえ、あなたの名前を教えていただけませんか?」
「へ?」
予想外の質問に思わず声を上げるヴィヴィオ。
(いきなり過ぎる上に質問の内容がさっきまでの雰囲気から出てくるものじゃないよ!?)
おかげで若干混乱気味にまでなってしまった。一体さっきまでの殺伐とした空気はどこにいってしまったのか?
「あなたにもあるのでしょう? 名前が」
だが聞いてくる女性からは純粋に知りたいという思いが伝わってきたため、すぐに落ち着きを取り戻し、その問いに答える。
「ヴィヴィオです、高町ヴィヴィオ。これが、今のわたしの名前です」
静かに、しかし力強く、誇りを持って自らの『名前』を言葉にする。
「そうですか……」
それを聞いた女性は何か考えるように黙り込み、しばしの後、口を開く。
「では
女性が初めて、ヴィヴィオを名前で呼ぶ。
名前で呼ぶ。それに籠められたものはヴィヴィオを倒すべき『敵』と認めたからか。
真の意味は本人にしかわからない。
「ここからは、先ほどまでのようにはいきませんよ――」
女性が右の掌を前に翳す。その所作だけで女性の纏う濃密な気配は濃度を増し、ヴィヴィオの全身から嫌な汗が流れ始める。
翳した掌で空間をゆっくりと握りつぶす動作をする。女性の緩慢な動き、隙だらけのはずなのに体が地面に縫い付けられたかのように動かず、目を釘付けにさせられる。
ゆっくりと掌を閉じていくと、そこを中心に空間が震えるように振動して女性をから莫大な魔力が放たれる。
咄嗟に前面に防御魔法を張ることでダメージは負わなかった。全方位に放たれたためか、威力はそれほどではなかったものの、放たれた魔力の残滓は周囲に漂い異様な圧力をかけられたかのように錯覚しそうになる。
女性が何かを掴んだように握れた右手を軽く払うように振るう。
たったそれだけの動作で周囲を漂っていた魔力残滓をまとめて薙ぎ払い、地面に亀裂を走らせる。調子を確かめるかのように軽く振られた右手には先ほどまでは無かった物が握られている。
白を基調として煌びやかな装飾が施された長い柄、月光を反射させ鈍く光る大きな銀色の刃が背中合わせに二つ付けれ、大きさは女性の身の丈ほどある。
「呆けている――」
「ッ!?」
「――暇など与えませんよ」
相手を見失ったと認識する前に、考えるよりも先に肉体を全力で動かしその場を離脱する。数瞬遅れて先ほどヴィヴィオがいた場所には戦斧が突き刺さり、辺りに破壊の傷跡を深々と刻みつけていた。
そのことに戦慄する間もなく、女性は戦斧を軽々と掲げヴィヴィオに迫る。
「ふっ!」
「ぐっ!?」
迎え撃つ形で応戦するヴィヴィオだが、場の流れは完全に女性に持ってかれていた。
拳から斧に武器を変えた女性に対応しきれていない。武器を持ったということは間合いが広がったということ。間合いの内側に入れなければ全ての攻撃が届かなくなってしまっている。
戦斧を手足の延長の如く自由自在に操る相手の技量は、ヴィヴィオ自身が一番理解している。間合いの内側に入るのは至難の技だろう。
「確かに、あなたは急激に力をつけられました」
女性から流れてきたことで豊富な戦闘経験、熟練の域に達した戦技、洗練された魔力運用の技術。およそ『戦闘』において必要なものをヴィヴィオは得ている。
しかし、元来ヴィヴィオが持ちえる『資質』までは、魔力量の差まではどうすることもできなかった。
「わたしとあなたでは使用できる魔力量には大きな差があります。あなたもそれを理解していたから、周囲の魔力を体内に取り込むことで攻撃手段とし残りを身体の強化に回した」
嵐のように苛烈に攻め立てる女性。ヴィヴィオも迎え撃つように襲い来る戦斧の軌道を予測して躱す。
だが女性のスピードは先ほどまでよりも明らかに上がっており、避けきれない斬撃がヴィヴィオの頭上に振り下ろされる。
「くっ!」
両腕に収束した魔力の密度を上げ、腕を交差させた上に防御魔法『プロテクション』を展開する。しかし生成された障壁は薄く心持たない。
振り下ろされた戦斧と障壁がぶつかるが多少勢いと威力を減衰させただけで障壁はすぐに破られ、できうる限り密度を高めた両腕に到達する。
「ぐぅ……」
「……」
戦斧は両腕そのものには届かなかったが編み込まれた魔力に刃が食い込み、相手が頭上からさらに力を加えてくる。
「……すでにあなたの魔力は枯渇寸前です」
やはり見破られていた、そうヴィヴィオは感じざるをえない。
女性と渡り合うための身体強化に膨大な量の拘束魔法、そして大技である砲撃魔法。収束魔法もほとんどは周囲に漂う魔力が使われるが自身の魔力も少しは使っている。
ヴィヴィオも豊富な魔力を持ってはいるが女性と戦うためには常に全力で魔法を行使しなければならなかった。
そんなことを続けて、魔力がもつわけがないのだ。
「っく!? それ……でもォ!!」
腹の底から、絞り出すように声を張り上げる。同時に頭に残る『敗北』の二文字を振り払う。
今諦めれば女性は自分を倒した後にアストを狙い、次は全次元を巻き込む戦いが起こるのだろう。
その過程で一体何人の人々が犠牲となるのだろう? 数えきれない犠牲の中にはヴィヴィオの大切な人も、家族や親友も含まれるかもしれない。
確かに自分と女性との間には埋まることのない差がある。だがそれがどうしたと言うのだ? そんなことは戦わない理由には――諦める理由にはならない。
頭上の斧を押し返そうと両腕に力を入れる。
「っ! まだこれほどの……」
どこにこれほどの力が残されているのか、女性は多少驚きを見せはしたがすぐに戦斧に力を乗せてヴィヴィオを押さえつける。
「ぐっ……」
頭上の圧力は増すばかりで押し返すことができず、ついにヴィヴィオは片膝立ちになる。
「いいかげん……」
「諦めませんよ……」
「何?」
「……絶対に諦めませんッ!!」
ヴィヴィオの叫びとともに両腕に収束された魔力が虹色に輝く。同時に魔力に指向性を与える。向かう先は――頭上。
「まさか!?」
「ブレイクシュート!」
その言葉とともに両腕の魔力が解放され、頭上の女性に放たれる。
ほぼゼロ距離での発射、常人ではまず避けられない。
それでも女性は戦斧を手放しその場を離脱することで回避する。だがその顔には苛立ちが見て取れた。
あの一撃を喰らうことは得策では無かった、それは間違いない。だがヴィヴィオは戦斧の戒めから解き放たれることとなった。相手の狙いに乗っかることになったのが彼女を多少なりとも苛立たせる。それはヴィヴィオに向けたものではなく、勝利を半ば確信していた自分に対して。
本来ならここまで心や思考が乱れることはなかったが、今は諸々の理由で自分に対する統制が上手くできないでいる。
だからだろうか。夜天の空を貫く魔力の奔流が収まり、夜天から虹色の魔力残滓が降り注がれ美しく彩られる。戦場には似合わない、場違いなほど美しい景色。
その景色を見たとき、女性にある記憶が思い出される。血みどろの戦場の記憶ではない、自分も友も皆がまだ幼く、純粋に『今』を楽しんでいた、自分にとって一番幸福であった時代。そんな時にこんな夜空を皆で見たことがあった。それは彼女にとって数少ない『幸福』な思い出。
(懐かしい……記憶ですね)
その記憶とともに、あの『出来事』が思い出され顔を顰める。これにより後世に遺してしまった『遺産』と、あの時の自分たちの『選択』に対する後悔が胸を締め付ける。
(だからこそ……わたしたちが成さねばならない)
――たとえ、数多の屍を積み重ねても、世界を犠牲にしてでも。
魔力の中心点を見ればそこにはボロボロの、満身創痍の様子でありながらそれでもなお立ち上がりこちらを見据える『敵』がいる。こちらを見てくるその異色の双眸には諦めを知らない、不屈の意志が見て取れた。
「……ッ!?」
「……」
互いに構え、ヴィヴィオが女性へと駈け出そうと一歩を踏み出したとき、全身の力を失ったように、彼女の身体が地面に倒れる。
「体が……もう……」
「あなたの不屈の意志は未だなくなってはいないのでしょう。ですが……」
ヴィヴィオはその不屈の精神力で身体を動かしていたが、やはり身体の方が先に限界を迎えた。むしろよくここまでもった方だと女性は考える。
「残念ですが……これで終わりです」
無慈悲な宣告。戦いの中で多少分かり合えたとしても、この結果は変わらない。
女性自身の心情など、目的の前には押し殺すほかない。
女性が再びその手に戦斧を召喚し、ヴィヴィオに対して振りかぶる。この距離で……外すことは、無い。
(だめ、だった……)
身体に力が入らない。女性がゆっくりと虹色の魔力を放ちながら戦斧を振りかぶるのが見えるが、指一本動かすことさえ敵わない。
(……ごめんね)
誰に対してでもなく、皆に向けたものでもある言葉を浮かべる。
虹色に輝く戦斧がゆっくりとその輝きを増していく。
その間に様々なことが思い出されていく。
二人の母と出会い、己の『存在理由』から救われ、新たな『自分』を。
『聖王のクローン・ヴィヴィオ』ではなく『高町ヴィヴィオ』としての生を始めることができた。……感謝しても感謝しきれない。
元機動六課の皆、ノーヴェやディードたち、学校に通ってできた初めての親友である少女。みんな自分の大切な人たちだと、守りたい人たちだと胸を張って言える。
そんな中で、最後に浮かんできたのは先月友達になったばかりの少年のこと。
一番知り合ったのが遅いはずだが、それでも死の間際に思い出されるのは少年のことだった。
少年のちょっと意地悪なところ、それでいて少々子供っぽいところ、でもとても優しい心を持っているところ。たった一月でしかなかったがヴィヴィオは少年のことをもっと知りたいと感じていた。他の人とは少し違う思いで、気付けば少年を目で追っていた。
だからこそ、自分を守り倒れた少年のためにヴィヴィオは女性に挑んだ。
そのことに微塵も後悔は無い。
(ああ、そっか……)
今になってようやく、なんとなく自分の気持ちがわかった気がする。
この気持ちの名前はわからない。でも……素敵な気持ちだと思える。
「すぐに『剣』の少年もそちらにいきます。――さよならです、ヴィヴィオ」
戦斧が眼前に迫る中でヴィヴィオの心に残ったのは愛する二人の母親に対する感謝と、少年を守りきれなかったことへの後悔だけ。
眼前に迫る死の刃に何も反応できない中でヴィヴィオは目を閉じて最後に、彼の名を呼ぶ。
「アストさん……」
――呼んだか?
――え?
聞こえるはずのない少年の声にヴィヴィオの意識が現実に引き戻された。
直後。
ヴィヴィオの眼前に迫っていた戦斧を紅蓮の炎が女性ごと吹き飛ばし、輝ける紅を纏った者がヴィヴィオを守るように降り立った。
その姿にヴィヴィオは信じられないもを見た表情を作る。
「うそ……だって……」
視界が涙で滲み、あまりのことに、目の前のことに対して言葉が出てこない。だってそこには……。
「ギリギリセーフ、ってとこだな」
纏った炎を消し、現れたのは武装形態でバリアジャケットを身に纏う少年の姿。いつものように右手には長い刀身の紅の片手剣が握られている。
肩口で切り揃えた茶髪に、深い色合いをした蒼い瞳。
「来ましたか……『剣』の少年」
吹き飛ばされた女性が体勢を整え、少年に呼びかける。
「待たせたみたいだな……」
――そこにはヴィヴィオが死の間際まで脳裏に描いていた少年。
「選手交代だ。リベンジさせてもらうぜ? 『まつろわぬ神』」
――アスト・フレアカードがそこにいた。
以下今回登場魔法の紹介(例の如く見なくともおk)
『レストリクトロック』
捕縛魔法。なのはさんならこの後に大体SLBが待っている。
『ディバインバスター』
半オリ魔法。基はスバル版ディバインバスター。厳密には元祖ディバインバスターとは別物。