ミッドチルダのカンピオーネ!   作:海豚

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ついに導入編の終わり。
気づいたら戦ってばかりの導入編。
最後までお楽しみいただけたら幸いです。


Memory;04 彼らと『神』の戦いの終わり

「よくここがわかりましたね。ヴィヴィオは伝えていなかったようですが」

「一度この変な結界は経験してるからな、結界の場所がわかればこっちのもんだ。それに俺を拒むつもりもなかったんだろ?」

「あなたはわたしの屠る対象ですから。まあ、あなたよりも先にヴィヴィオが来たのは少々驚きましたが」

「そいつは、俺も驚いたよ」

 

 アストが大げさに肩を竦めながらヴィヴィオに視線を向ける。

 その瞳には驚きと安堵が半々に宿っている。

 未だにヴィヴィオは目の前の光景が信じられないのか呆けた表情をしている。それでもその異色の双眸には溢れんばかりの涙がたまっているあたり、アストのことは認識できていた。

 

「なんで……」

 

 ようやく頭が回ってきたのかヴィヴィオが口を開く。

 何故ここがわかったのか? 怪我はどうしたのか? 何故、ここに来てしまったのか。

 言いたいことが山ほどあるが、言葉にする前にアストに遮られる。

 

「ヴィヴィオちゃん」

 

 視線を目の前の女性に戻し、アストが言葉をかける。その言葉には無視できない何かが込められていて、ヴィヴィオは口を閉じざるを得ない。

 アストは前を見据えたまま言葉を紡いでいく。

 

「言いたいことも聞きたいことも、たくさんあると思う」

 

 ここにきてヴィヴィオの考えていることがわからないなんてことはない。アストだってヴィヴィオの立場なら同じことを考えると、同じ気持ちを抱くとわかっているから。

 だから先に約束しておく。

 

「終わったら全部話すし、全部聞くからさ――」

 

 今は、休んでいてくれ。そう声に出さずとも伝わってくる。

 呆れているだろう。仕方のないことだ。一度敗北して殺されかけた相手に再び挑むと言い、勝つと言っているのだから。

 

「……勝算、あるんですか?」

「負けるつもりで戦ったことなんて一度もないよ」

「……」

 

 説得力の欠片も無い、そもそも答えになってるかも怪しい返事。

 だが、ヴィヴィオにはそれでも十分だった。

 

「……帰ったら、お話ですからね」

「……了解」

「信じてますから、だから……がんばって」

 

 この言葉以上に彼にかけるものはない。どちらにしてもヴィヴィオはしばらく動けないため、アストを止めることも共に戦うこともできない。

 ならせめて心は共に、そして、アストの勝利を信じるだけだ。

 狭まる視界に彼の後ろ姿が映る。

 再び薄れゆく意識の中、それだけでヴィヴィオは不思議な安心感に身を委ねていた。

 

 

 

 

 

 アストはヴィヴィオが眠ったことを後ろも見ずに感じ取った。

 自分が来たことに対する安心感か、それとも身体の疲労か、あるいはその両方かもしれない。

 

「お話は済みましたか?」

「なんだ、待っててくれていたのか?」

「辞世の句は必要でしょう?」

「…………」

 

 眼前の女性は冷徹な姿勢を崩さず問いかけてくる。挑発とも取れる言葉を言われたアストは姿勢を崩すことなくその場に留まっている。見る限り冷静でいて、自然体そのものでいる。

 

「疑問に思っていたんだ」

 

 静寂を打ち破ったのはアスト。

 その声音は静かに、それでいて感情の読み取れないものだった。

 声音から女性は『(つるぎ)』の少年の状態への理解を改める。

 彼は間違っても冷静なんかではない、その内の燃えたぎる業火を無理やり押さえつけているに過ぎない。

 そして、その業火は既に抑えきれぬほど強く、大きくなっている。

 

「あんたは俺を殺すつもりだったのに何で俺は生き残っているんだろうって」

 

 ヴィヴィオにも当てはまることでもある。

 あれだけの殺気を向けておいて自分はまだ生きている。いや、生かされている。

 気が変わった? 慈悲をかけた? もとからこうするつもりだった?

 この中に当たりがあるのかもしれないし無いのかもしれない。

 そもそも理由なんて最初からないということも考えられる。

 ここまでの道中、アストは考え続けていた。

 

 ――こいつ、言ってることと実際の行動がちぐはぐなんだ。

 

「考えれば考えるほどいくらでも仮説は立てられた」

 

 その声に感情が籠り始める。

 

「あんたに会ったら、まずは聞いてみようかなって思ったんだ。本当に俺たちは戦うことしかできないのかってさ」

 

 あの時、薄れゆく意識の中で最後に見た女性の泣きそうな表情が頭から離れなかった。だから女性に会ったらまずは話をしたいと思った。

 それは奇しくも今自分の後ろで体を横たえ眠っている少女が女性に対して行ったことだった。

 そんな言葉とは裏腹に、声に乗せられる感情はその色を濃くしていく。

 

「でもさ」

 

 それまで静かにアストの言葉に耳を貸していた女性の顔が僅かに強張る。

 

「そんなことは、もうどうでもいい」

 

 言葉を発した瞬間。

 咄嗟に女性が構え、すぐに紅蓮の刃が振り下ろされる。

 不意を突いたその一撃は女性が展開した『鎧』に阻まれるが、勢いまでは殺しきれなかったのか、アストが構わず振りかぶったことで女性は後方に大きく吹っ飛ばされる。

 

「傷だらけで倒れているヴィヴィオを見たらさ、ホント、どうでもよくなったんだよ」

 

 独白のように続けるアスト。抑えきれぬ激情を表すように紅い魔力がアストから溢れ出す。

 その深紅のように紅く黒い、鮮烈とは程遠い激烈な感情。

 女性に向ける深蒼の瞳に宿るのは――怒り。

 その激情の矛先は目の前の存在に対してか、それとも自分に対してか。

 どちらであっても、これからやることに変わりはない。

 力量差? それがどうした。

 ヴィヴィオが倒されたのだ。

 ならば目の前の存在だけは、自分の手で片を付ける。

 他の誰にだって譲るつもりなどない。

 

「いくぞ――『まつろわぬ神』 元いた場所にお帰り願おうか?」

 

 芝居がかった口調で宣戦布告、場の流れで受動的に戦わざるを得なかったあの時とは違う、己が意志で神へと挑む。

 

 女性の返答を聞くことなく、焔を身に纏い、大地を駆ける。

 

 

 さあ――再戦の時だ。

 

 

 

 

       ✟

 

 

 

 

 

「らあっ!」

「ふっ!」

 

 声を張り上げ、アストは紅蓮の炎とともに紅き刃を女性に叩き付け、斬撃を迎え撃つように、女性は鋼に覆われた拳を繰り出す。

 

 鋼がぶつかり合い、甲高い金属音が鳴り響く。

 

 剣と拳。その衝撃により紅蓮の魔力と虹色の魔力が放たれる。

 

 鍔迫り合いのように、互いの剣と拳を、互いの魔力をぶつけ合う。

 紅蓮と虹色がせめぎ合い、相手の存在を認めないかのように互いを取り込もうとする。

 

「爆ぜろ!」

『Sturm Ausbruch.』

 

 数瞬の拮抗の後、アストは刀身に籠められた魔力を眼前に向けて解放し、生み出された爆熱の嵐は至近距離から女性を飲み込むように襲い掛かる。

 だが女性は目の前の炎に対して怯むことなくことなく待ち構える。

 一点に収束されていない、散弾のような魔力。散り散りになり一発一発の威力は落ちるが、至近距離では有効な魔法だ。

 しかし、襲い来る炎の散雨は女性を覆う『鎧』に全て阻まれ、表面に傷一つつけることなく主を守り続ける。

 面での制圧力は高くとも、それでは女性を守る『鎧』を抜くことは敵わない。

 

「この程度の攻撃なら……」

「だが、目は潰したぜ!」

 

 元々、あのまま鍔迫り合いを続けても、使用できる魔力の絶対量が劣っているアストが飲み込まれるのはわかりきっている。ならば早々にそれを放棄し、次の攻撃に繋げることにあてる。

散り散りに襲い掛かった炎が『鎧』の前にあることで女性はアストの姿を捉えることができない。

 自ら生み出した炎の中に身を乗り出す。女性と外界を切り離すように守護し、淡く虹色に輝く『鎧』を視界に収め、素早く左掌の指を真っ直ぐに伸ばし『手刀』を形作り、体を捻るように左腕を引き――雄叫びを上げ一気に鎧に向け突き出す。

 

「くらえッ!!」

『Enbrazer.』

 

 『エンブレイザー』

 幼馴染の黒の剣士直伝のゼロ距離魔法――ほぼ体術頼みの魔法とも言えぬ魔法にアストの魔力変換資質により炎のアレンジが加えられたもの。

 魔力を充填し紅に輝く左腕から繰り出された貫手(ぬきて)は周りの炎を掻き消しながら進み、『鎧』にぶつかる。

 紅蓮の輝きと虹色の輝きが再度せめぎ合う。

 

「おおおおおおッ!!」

 

 紅に輝く左腕は相手の鎧を食い破らんと紅蓮の炎の勢いを増していく。

 

「…………」

 

 眼前に迫る貫手に対し女性は目を逸らすことなく無言でその場に立ち、アストを見つめる。貫手と鎧の接触点は虹色の魔力が一際輝いており、女性はそこを見つめている。

 バイザーから覗く女性の表情に、アストはどうしようもない苛立ちを感じてしまう。

 まただ、またあの表情だ。こちらを見据えるあの表情。

俺がどこまでできるのか試すかのように感じられる。

 何せ『鎧』と拮抗している状態の今の自分は、『鎧』で攻撃を防ぎ続けている女性から見れば隙だらけ、いつだって反撃の一撃を与えることはできるのだ。

 無論、それに対する策もあるのだがこうも相手が攻撃してこないのを見ると、鎧の内側にもある程度は衝撃、攻撃の余波は徹っているのかもしれない。

 

「くそっ!」

 

 攻撃をやめ、鎧を蹴りつけて女性から距離を取る。

 

(わかっちゃいたがあの『鎧』……いくらなんでも堅すぎんだろ!?)

 

 一度距離を取ったことで冷えた思考で最初に考えたのは『鎧』の異常な堅さ。

 最初の戦いで自分の渾身の『紫電一閃』の一撃を完全に防がれたのだからその防御力はかなりのもので、尚且つ、常に女性の前後左右や頭上を覆っている『繭』のような形状。

 全方向からのどんな攻撃も一切受け付けない、夢のような究極の鎧。

まさしく『絶対防御』と形容できるものだ。

 

(その内側は『絶対守護領域』ってか? ……笑えねえな)

 

 内心、思わず冗談交じりに愚痴ってしまう。

 あの『鎧』を破るにはそれだけ困難なことなのだ。

 とは言え、だ。

 

(まあ、さっきのは確認(・・)だからな)

 

 『エンブレイザー』よりもカートリッジを使用した『紫電一閃』の方が勿論威力は上だ。仮にカートリッジを使用しなくてもこの序列は変わらない。

 先ほど『紫電一閃』よりも威力の低い『エンブレイザー』を使用したのも、直前に発動した魔法を鎧に接触した状態で使ったことによるデバイスである片手剣にかかった負荷を減らすため、そして時間を置かずに発動できるからだ。

 女性を見れば未だその場に佇むようにこちらの様子を見ている。

 こちらを攻撃してこないのは出方を窺っているのか、余裕の表れか。

 

(こっちの動きを見てんだろうけど、どうしても余裕ぶってる風に見えちまうな……まあ――)

 

 ――その余裕ごと『鎧』をぶっ壊してやるよ。

 

 アストは右手の真紅の片手剣を見る。

 やはり至近距離での爆散魔法で負荷が大きかったのか、所々に小さな亀裂が走ってしまっている。この程度なら切り結ぶことはできそうだが魔法……特にデバイス自体を酷使する『紫電一閃』などは使えそうにない。

 デバイスを魔力媒体に射撃魔法や砲撃魔法などの中・遠距離を主としたミッドチルダ式のストレージデバイスなどと比べ、近接戦闘を主軸にしたデバイス自体を武器として使用するベルカ式のアームドデバイスはカートリッジシステムの運用も兼ねて頑丈な作りをしているが、こうも亀裂や罅があっては最悪の場合、戦闘中に武器を失いかねない。

 己の武器の状態を確認したアストは、剣を背中の茶色の鞘に納める。

 

『Wiederherstellung.』

 

 同時に修復魔法を使って自己修復を急がせる。

 本当なら待機状態に戻した方が修復に専念できるのだが、敵が目の前にいる状態でバリアジャケットまで解除してしまっては意味がない。

 ゆえにいつでも剣を引きぬけるように鞘を納めるのだ。

 

(まあ、本当なら『自己修復機能』なんてインテリジェントデバイスじゃない限り搭載されてないんだけど……)

 

 今はどうでもいいことだ。違う方向に走った思考を切り替える。

 

「武器を納めるとは……何のつもりですか?」

 

 一応、戦意が無くなったとは考えてないらしい。

 アストとしてもそんなつもり微塵もないが。

 

「何って……その邪魔な『鎧』をぶっ壊すんだよ」

「……剣も使わないで、この『鎧』が抜けるとでも?」

 

 怪訝そうに問うてくる。武器を使わないというのが考えられないことだろう。

 ふと、相手の態度とかが変わっている気もするが、そんなことは後で考えればいい。

 

「できるかどうかは……」

 

 そう言って自由になった拳を女性に向け、自らの思いを答える。

 

「――この力で示すだけだ!!」

「ッ!?」

 

 その言葉を聞いた瞬間、この戦いで冷徹さを崩さなかった女性が初めて動揺を見せた。

 

『Sonic boost.』

 

 女性の意識がアストから逸れた瞬間、加速魔法を発動させ音速の領域に身を移す。

 移動する場所は……女性の背後。

 本当に気が逸れていたのか、女性はこちらを完全に見失っていたようだ。

 

「いくぜッ!!」

『Enbrazer.』

 

 左腕を紅の魔力が包み、左手を貫手にして『エンブレイザー』を発動させる。

 左腕を振るい、淡く輝く虹色の『鎧』に貫手をぶつける。

 接触点からは虹色の魔力が吹き出し、貫手の進行が止められていた。

 

「っく!? 後ろかッ!!」

 

 女性の目がアストを捉える。時間にして2秒ほどアストを見失っていたようだが『鎧』があるためか、女性はすぐに体勢を立て直す。

 『鎧』は背後からのアストの一撃を防いでおり、その頑強さをもって主を守護している。

 だが、一撃で貫けないのはわかっている。だから……

 

「――もう一撃だ!!」

『Enbrazer.』

 

 片手剣を納めたことで自由になった右腕を使い、『エンブレイザー』を発動させる。

 疲弊した左腕を引き、今度は紅蓮に包まれた右腕を、先ほど左腕で穿った場所に再びぶつける。

 紅蓮の炎が『鎧』を侵食していく。先ほどよりも深い位置に徹ったとアスト自身感じられた。

 

「くっ……ですが」

 

 内部に衝撃が徹ったのか女性が苦悶の声を上げたが、それでも『鎧』を崩すには至っていない。

 

「お……おおおおおおッ!」

 

 咆哮とともに右腕から掌へと、手刀へと業火が集中し、炎の密度を上げていく。

 同時に右肩から放出された魔力が炎に変換され、戦艦のブースターのように右腕の、貫手の勢いと威力を底上げした。

 あと少し、あと少しで……!

 少しずつ鎧を侵食してきた一撃は表面に僅かな亀裂を生みだすまでになっている。

 女性は何かを見定めるように、何かを期待するかのようにこちらを見据え、構えを取り続けながら衝撃に耐え続ける。

 

「……やはり、無駄でしたね」

 

 アストの二連撃のゼロ距離魔法は『鎧』の表面に亀裂を入れるまでに至ったが、破壊することはできていない。徐々に肩口から噴射されている炎の勢いも弱まってきている。

 

「誰が……終わりだって?」

 

 だが、アストの瞳にも、その声音にも、『諦め』は感じられなかった。

 何を勝手に終わらせてくれているのだろう?

 まだ――こちらの攻撃は終わっていない。

 

「二撃で駄目なら……!」

 

 強化された右足で、亀裂の入った部分を思いっきり蹴り抜く。

 『鎧』に走る亀裂がその範囲を広げ、振り抜いた一撃は内部に衝撃を徹して女性の動きを制限する。

 

「くぅ……!」

 

 アストが右腕を背中の鞘に伸ばし、己が武器を掴み引き抜く。

 月下に晒された(つるぎ)は傷一つなく、紅の刀身は月光を跳ね返し、美しく紅色に輝いている。

 修復が完了した紅い片手剣が紅蓮の炎を纏い始める。

 

「三撃目だ!! スラッシュブレイブ!!」

『Explosion and Ignite.』

 

 薬莢が飛び出すとともに、刀身に纏わされた炎がその勢いを激増させる。

 前の戦いでは避けられない状況を創り出した、その上で完全に防がれた一撃。

 狙う場所は貫手二発、蹴り一発を叩き込み、罅が入ったところ。既に修復が始まっているらしく罅は塞がりつつある。

 再び避けられぬ状態にし、攻撃を重ね、『鎧』に罅を入れた今ならば――

 

「紫電一閃ッ!!」

 

 狙いすました場所に、寸分違わず紅蓮の業火を宿した斬撃が入る。

 剣と鎧が、三度目の拮抗を見せ、爆炎と虹色の魔力が一際大きく広がりを見せた瞬間――

 

 

 

 ――パリン

 

 

 

 まるでガラスが割れるように、静かに、女性を守り続けていた『鎧』がついに破られた。

 破られた鎧の破片が虹色のステンドグラスのように月光を反射し、周囲に散らばっていく。

 

「まさか、本当に破ることができるとは……」

 

 『鎧』を破られた女性。その表情から冷徹さは消え、純粋な驚きが見られた。

 女性は目の前の光景を事実として理解していた。

 

「今なら、『鎧』は無いよなあ……!」

 

 その声を女性が捉えたとき、再びアストの右手の剣に炎が宿る。

 先ほど『紫電一閃』を使ったばかり。そこから再び攻撃に移るだけの魔力を連続で抽出は難しい。

 だが、無いなら他から持ってくるだけだ。

 

「スライブ、カートリッジロード」

『Explosion.』

 

 ガシュン、ガシュンと片手剣の刃の根本のリボルバーからカートリッジの薬莢が二本排出される。

 再度、アストの魔力が二本のカートリッジにより爆発的に膨れ上がり、剣の炎が勢いを取り戻す。

 

「『(つるぎ)』の少年、ここまでできるように……」

「その身に刻め、紫電一閃――」

 

 右腕を弓のように(しな)らせ左側に強く引き絞り――宿りし爆炎を開放する。

 

「――焔重ね(ほむらがさね)

 

 深紅の軌跡を描く斬撃が紅蓮の業火とともに、女性に向かって降り注いだ。

 

 

 

 

 

 目の前に広がる火の海。

 最初に女性と戦ったとき、自分の一撃を放った後にも見た光景だ。

 自分の魔力資質の関係上、高威力の魔法は使うと大体こうなるが、今はどうでもいいことだろう。

 目の前に広がる火の海が突如、薙ぎ払われる。

 

「やっぱ、ダメか……」

 

 さもわかっていたかのように愚痴る。

 火の海を割り、現れたのは件の女性。

 その手には煌びやかな装飾が施された斧が握られている。

 

「『剣』を使わずしてこれほどの力。やはり、あなたは危険な存在です」

「手を抜いてたくせに、随分とかってくれてるんだな」

「人の身にて、一時とは言え『鎧』を破る。それだけで十分です」

「そうかよ」

 

 皮肉に対し、返されたのは真面目な反応。

 相変わらず自己完結していて、こちらに理解させるつもりは無いようだが。

 

「やれることは、やった」

 

 ぽつりと、アストは呟く。

 体術(ストライクアーツ)剣術(ブレイドアーツ)を掛け合わせた技術。自分が幼い頃から構築し、研鑚を重ねてきたもの。

 先の一連の攻撃は今まで集大成のようなものだった。

 両腕からの『エンブレイザー』に『紫電一閃』、とどめにカートリッジ二発を使った『紫電一閃・焔重ね』

 自分の持てる全てをぶつけたもの。

 しかし、それでも目の前の女性には両腕の籠手に罅を入れることしか叶わなかった。

 

「結局、『アイツ』の言う通りだったか……」

 

 彼女の『鎧』は一度破っても、時間が経てば修復される。

 女性自身の力も規格外で、『鎧』無しでも十分に強敵。

 今のアストでは女性には勝てない。今、目の前で証明されてしまった。

 アストには連続で鎧を破る術が無い。

 連続で攻撃できるだけの魔力が無い。

 攻撃の反動に耐えられるだけの武器が無い。

 

「なら……」

 

 女性が訝しげな表情をこちらに向ける。

 何かを探るようにこちらを射抜く。

 

「仕方ないよな……!」

 

 諦めてなどいない。

 だが、自分の力だけではもうどうしようもない。

 自分自身の力だけで勝ちたかった。こんな『力』に頼りたくはなかった。

 

「……」

 

 目を閉じ、己の中に意識を向ける。

 己の中にある、自分の『力』ではないものを探る。

 リンカーコアではない、普段使っている魔力ではない、別の力の流れを思い浮かべる。

 

 

 

 ――深層心理、真っ白な世界で会った少年との会話が頭に浮かんできた。

 

 

 

       ✟

 

 

 

「お主だけでは勝てぬよ」

 

 『まつろわぬ神』について一通りの教授を終えた黒髪の少年から告げられたのは、アストの今までの行動を、そしてこれからの行動を否定するものだった。

 どういうことだ、そう怒鳴りつけたくなる気持ちを飲み込み、しかし怒りを滲ませながら問いかける。

 

「なんでだ? まだ決まった訳じゃないだろう!」

「決まっておるよ。お主の力では神には勝てぬ」

 

 ぶつけられる怒りを柳のように軽く受け流し、間髪入れず返答する。

 こちらの反応を見て、さも愉快そうに少年の端正な顔が笑みに歪む。

 

「そも、人が神に勝つことはまず不可能。これがひっくり返るとすれば、何人も寄せ付けぬほどの戦いの才を持つ者か、神に対する特異な能力(ちから)を持つ者だけじゃ」

「それが一体なん……」

「話は最後まで聞け、人の子よ」

 

 黒髪の少年が無機質な声で、口応えは許さないと。

 一気に周囲の温度が下がったのかと錯覚させられ、口を閉ざすほかなかった。

 アストの態度に満足したのか、少年は再び笑みを浮かべる。

 

「お主は確かに才があるようだ。しかしそれは天武のもの、並び評されるものがないほどのものとは言えぬ。故に、お主の力だけでは勝てぬのだ」

 

 わかるだろう? 少年の問いにアストは沈黙をもって是とした。

 

「じゃが、お主の身には『我』が宿っておる。我が『力』を使えば、あるいはあの神に勝てるやもしれぬな」

「……どんな『力』なんだ?」

「一言で言うなら『神格を切り裂く智慧(ちえ)(つるぎ)』じゃな」

 

 少年の言った『智慧の剣』と女性の言う『剣』

 少しずつ、疑問が解けていく。

 

「が、『我』は紛い物、幻想の投影にすぎぬ。

 遥か昔、元となった神から『権能』の一部を奪い、それをただの人の子が使えるよう、異界の呪法を用いて作り変えようとし、叶わず、その性質を酷く変質させ、最早権能とも呼べぬほどに歪められた劣悪品。

 それが『我』じゃ」

 

 聞けば今の少年の姿も喋り方も、元となった存在の姿を模倣しただけらしい。

 

「先に『神格を切り裂く智慧(ちえ)の剣』と言ったが、それは『我』を表すものとしては正しくない」

 

 そこから少年の真の力を聞き、その代償を聞き、アストは顔を顰めざるをえない。

 確かに強力だが、あまりにもハイリスクだ。割りに合わない。

 

「不満そうじゃな」

「……別に」

「お主の力だけで勝ちたいのもわかる。その気概は我としても好ましいものだが……

まあ、『我』を使うも使わないも所詮はお主次第。好きにするがよい」

 

 だが、と未だ決心のつかないアストに少年は言葉を告げる。

 

「我を失望させてくれるなよ」

 

 その言葉は未だ迷い続けるアストの心に深く、打ち込まれた。

 

 

 

       ✟

 

 

 

 目を開けた時、広がっていたのは一面真っ白の空間。

 アストの目の前には、ローブを纏った黒髪の少年が目を閉じ、悠然と佇んでいる。

 少年の目が開かれる。

 黒曜石よりも濃い漆黒の瞳は真っ直ぐこちらを射抜く。

 

「決まったようじゃな、人の子よ」

「ああ」

 

 短く、はっきりと答える。

 もうアストに迷いはない。

 だからはっきりと告げよう。

 眼前の『(つるぎ)』に。

 

「俺に、力を……力を貸せ!」

「……よかろう」

 

 笑みを浮かべながらそう一言残し、少年が光に包まれ、その真の姿を晒す。

 黄金の剣。

 光が晴れた後、目の前には剣がその場に浮かんでいた。

 そう、この光だ。

 あの時、薄れゆく意識の中で力を望み、脳裏に浮かんだ存在。

 右手を伸ばし、黄金に光輝く剣をこの手に掴む。

 

 ――我に見せてみせろ、人の子が可能性を。

 

 剣の放つ光が、アストの想いに呼応するように強く輝き、黄金の光が純白の空間を染め上げた。

 

 

 

       ✟

 

 

 

「んぅ……」

 

 閉じられた瞼が上がり、虹彩異色の双眸が晒される。

 

「ここは……」

 

 身体を癒すための眠りから覚めたヴィヴィオが辺りを見回す。

 急速に思考が、気絶するように眠った前のことを思い起こさせる。

 

「そうだ、アストさんが、それにあの人は……ッ!」

 

 二人の姿を探そうと立ち上がった直後、

 

 

 黄金の光柱が夜天の空を切り裂いた。

 

 

「一体、何が……」

 

 感じる力は自分の知る魔力とは少し違う。

 

「アストさん……?」

 

 ふと、勝手に口が少年の名を紡いだ。

 もし彼がそこにいるならば、彼はまだ戦っている。

 確かめなくてはならない。

 回復してきた魔力で身体を強化し、光の方へと荒野を疾走する。

 彼がいるその場所へと。

 

「……待ってて」

 

 

 

       ✟

 

 

 

 莫大な光。

 今、女性――まつろわぬ神の目の前には黄金に光り輝く柱が夜天の空へと昇っている。

 光柱の根本、発生源にいるのは『剣』の少年。

 黄金の光から感じるのは身を焼くような、それでいて突き刺すような、そして自らの存在を否定するもの。

 わかる、あの光はまつろわぬこの身を侵す猛毒だ。

 

「ついに……『担い手』が現れた」

 

 戦乱の時代が遺してしまった『負の遺産』を打倒できうる『もう一つの遺産』

 『負の遺産』が招来しようとしている今、彼が『力』に目覚めることができぬのなら、まつろわぬ存在として顕現して彼らを殺し、この手で『負の遺産』を滅す。

 少年たちを殺すのは相手に彼らが持つ特異な能力を複製させないため。不確定事項は排除しなくてはならない。

 数多の次元世界と一つの世界。

 世界一つと少年たち。

 かつて王であった者たちがどちらを取るかなど、天秤にかけるまでも無い。

 だが、もしだ。

 もしも、この少年が『担い手』として目覚めたのなら……

 

『――この力で示すだけだ!!』

『――この拳で示すだけです!!』

 

 少年の言葉が、記憶の中の『彼』の言葉と重なる。

 だからこそ、試した。そして、きっとこれが最後。

 

「さあ、見せてください『担い手』よ」

 

 

 

       ✟

 

 

 

 光の奔流の中、瞳を開ける。

 精神的には数分ほどだったが、現実では刹那にも満たない時間だったようだ。

 右手に握った紅い片手剣を鞘に戻し、『力』を発動させる。

 アストの足元を中心に黄金に輝く魔法陣が展開される。

 ミッドチルダ式でもベルカ式でもない、見たことも無い文様の描かれた魔法陣からは黄金の剣が現出する。

 大剣とも言えそうな大きな剣。躊躇することなく掴み取り、光の奔流を断ち切るように一閃。

 引き裂いた光のカーテンに目もくれず、女性の姿を捉えたアストは地を駆け、女性に向けて剣を振る。

 鎧があることも気にせず放たれた斬撃は鎧に阻まれるはずだった。

 

 ――ピシッ

 

 一撃目で鎧に容易く罅が入る。

 

 ――ピシ、ピシ

 

 二撃目で罅が亀裂へと変わり、鎧を蝕む。

 

 ――バキンッ!

 

 三撃。

 いくつもの魔法を使い、攻撃を重ねることでようやく壊すことができた鎧。

 それほどまでに堅牢な鎧が、アストが武器を紅い片手剣から黄金の(つるぎ)に持ち替え振るわれた一撃は、呆気なく鎧を破壊した。

 

「あんまり時間は無いんだ、一気に決めさせてもらうぜ!」

「鎧を破った程度で、いい気にならないことです!」

 

 鎧が再度展開される前に鋭い斬撃を振るい、迎え撃つ形で女性が強烈な拳を放つ。

 

「その程度ですか? 少年!!」

 

 右手に戦斧を召喚し、右足を軸に回転しながら横に薙ぐ。

 これまではどこかアストに対して決定的な一撃をしなかったが、この一撃は右の胴を狙ったもの。身体を上下に分断する一撃。女性の攻撃に初めて明確な殺意が乗る。

 

「んなもん喰らうか、よッ!」

 

 寸前で黄金の剣を斬撃の軌道上に挟みこみ、そのまま押し返して女性の体勢を崩そうとする。

 だが、女性は弾かれた勢いを殺さずに身を任せるようにアストから距離をとる。

 素早く体勢を立て直した女性が鎧を展開し、アストに向かい地を蹴る。

 アストも間髪入れずに黄金の剣を掲げ、大地を駆ける。

 

「らあっ!!」

「ハアッ!!」

 

 アストの斬撃は女性の鎧を簡単に食い潰し、女性に迫る。最早アストには女性を守護する『虹色の鎧』は意味をなさないものになっていた。

 再度、黄金の剣と白銀の戦斧が轟音を周囲に撒き散らしながらぶつかり合う。

 

「おおおおおおおおォォォォォォォォ!!!」

「はあああああああああああッッ!!!」

 

 互いに雄叫びを上げながら剣戟を交わし、幾度も剣と戦斧を全力でぶつけ合い、金と銀の閃光が瞬く。

 隙を見つければ容赦なく斬撃を叩き込み、それを最小の動きを以て躱し、再び剣と斧を交わす。

 黄金と白銀の斬線が何重にも折り重ねられていき、二人の織りなす剣舞(けんぶ)は荒野を幻想的な空間へと変えていった。

 

「うらぁ!!」

「っく!?」

 

 永遠に続くように思えた剣舞を、アストは女性を吹き飛ばし終わらせる。

 両者の距離が開く。互いに防護服の上から身体のあちこちに傷を作っている。

 

「……」

 

 女性の持つ戦斧はあちこちに裂傷を刻んでおり全壊。刃の部分から二つに分かれ、虹色の粒子となって消えていった。

 女性の表情からは、バイザーに遮られていても既に余裕や冷徹さが無いのが見て取れ、あるのは濃縮された闘志と殺意。そしてそれらとは少し違った感情が微かに感じられた。

 

(戦斧が生成できない。それにこの身を侵す不快なものは……)

 

 顔を顰め、身体の異常を認識する。アストの『黄金の剣』と打ち合うたびに、身体の動きは少しずつ鈍くなっていた。両腕には不快な鈍痛まである。

 

(これが、わたしたちの遺した『剣』の能力)

 

 神性、神格、神の存在を否定する黄金の剣。

 

(だが、『彼』の(げん)では本来の在り方からは大きく変質したはず)

 

 なら何故、ここまでの力(・・・・・・)があるのか。

 考えても女性の頭には明確な答えは出ない。

 ならば考えても意味は無い。真に理解できているのは目の前の少年と『彼』だけなのだろうから。

 

「はっ……はっ……」

 

 目の前の女性を視界に入れながら、アストは肩で息をしていた。

 黄金の剣に持ち替えてから女性に対して優位に戦っていたが、ここにきて限界が近くなってきている。

 

(使える時間はそう無い。俺の肉体が耐えられない)

 

 この剣の基となったのは神の『権能』。変質し、大きく歪められた劣化品だとしても人間が簡単に使えるものではない。ここまで貶められたからこそアストは、この力を行使できている。

 それでも、人間であるアストでは僅かな時間が限界だ。それでなくてもここまでの数分ほどで既に身体は悲鳴を上げている。

 残った時間でケリをつけなくてはならない。しかし、今のアストでは女性を倒しきるまで身がもたない。

 

(せめて、せめて『知識』さえあれば……)

 

 この『剣』の本当の能力(ちから)を使えれば、女性を倒すことはできるかもしれない。この贋作にどこまでオリジナルと同じものがあるかはわからないが、能力発動のトリガーは似ているはず。

 だが、その能力発動に必要なのは『相手の神に対する知識』で、しかも変質した影響があるかもしれないため条件すら変わっている可能性がある。

 生憎自分には目の前の神がどんな存在かもわからない。知識を集めるのも不可能。

 本来、『知識』が無ければ使えない『剣』が使えたのは劣化した所為かは定かでないが、アストにとっては奇跡だったのだ。

 現状を打破する術がない。だが、考えが纏まらなくても相手は、『神』は待ってはくれない。

 

「ふっ!!」

「くっ!!」

 

 女性から繰り出される拳を黄金の剣で受け止めるが、そのまま女性は苛烈にアストを攻め立てる。

 剣による弱体化は女性も理解しているはず。それでも女性は攻撃の手を緩めない。

 あまりの怒涛の攻撃に防戦一方になる。相手の四肢から繰り出される連撃を剣で捌くだけで、反撃の糸口を見出せない。

 そして、気付かぬうちに限界は近づいていた。

 

「なっ!? 剣が……!?」

 

 黄金の剣が徐々にその輝きを失い、消滅する。同時に肉体に鋭い痛みが走る。

 その一瞬、意識が逸れたのを『まつろわぬ神』が見逃すはずがない。

 がら空きになった横っ腹に女性の蹴りがダイレクトに入れられ、肺の空気が強制的に吐き出される。

 

「ゴフッ!!??」

 

 急に息が吐き出されたことで視界が明滅している上に、身体が悲鳴を上げていて上手く受け身を取れそうもない。

 

(これは、さすがにやばい……)

 

 せめてもの悪あがき、直にくるであろう地面との接触で意識を失わないよう気を張る。

 

 

 ――――ガシッ

 

 

「は……?」

 

 予想していた衝撃は来なかった。いや、そもそも地面にも当たってもいない。

 背中には暖かな温もり。見れば肩に手が置かれ支えられていた。

 しばし呆然としていると後ろから声がかかる。

 

「ギリギリセーフってとこですか?」

「これ以上とないくらいナイスタイミングだよ……」

 

 誰? なんて聞く必要なんて無かった。

 なんか立場が逆になったなあと思う思考を頭の隅に追いやり、少女の名を呼ぶ。

 

「――ヴィヴィオちゃん」

 

 

 

       ✟

 

 

 

 高速で景色が過ぎ去っていく。

 自分が加速魔法を使用した時ほどではないが、それでもかなりのスピードで移動しているのがわかる。

 

「できるだけ距離を稼ぎたいんですけど……もっとスピード上げて大丈夫ですか?」

「俺の分まで障壁作ってくれてるのにそれ聞く? まあ体勢は立て直したいので距離を稼ぐのは賛成かな」

「じゃあスピード上げますね」

 

 先ほどまでの殺意溢れる空間から抜け出したアストとヴィヴィオ。

 『まつろわぬ神』との死闘で身体がボロボロのアストをギリギリのところでヴィヴィオに助けられ、体勢を立て直すためそのまま背負われて現在絶賛逃走中。

 

「……俺背負ってこのスピードとか。しかも治癒魔法まで。ヴィヴィオちゃん実力隠してたの? 俺自信無くしそうなんだけど」

「にゃはは……まあ色々ありまして。というかアストさん、この状況で意外と元気ですね」

「そう? ま、身体はボロボロだけどね」

 

 元気そうに振舞ってるだけ。実際身体はボロボロで、先ほどまで呼吸は乱れていたし、肋骨の何本かは折れている。内臓が破裂していないのは相棒(スラッシュブレイブ)がバリアジャケットへの魔力供給を一時的に増やしてくれたからだろう。

 頼れる相棒に感謝し、ヴィヴィオに背負われながらこれからを考える。

 このまま二人で逃げ切るのは無理だし、戦うにしてもこちらの切り札である『黄金の剣』が使えなくなっている。原因は幾つか思い浮かぶが実際のところはわからない。

 身体はボロボロだが途中で『剣』が消えたからか、それによる致命的なダメージは無い。

 怪我もヴィヴィオのかける治癒魔法で少しずつだがマシになってきている。

 

(どうする、どうすればいい……)

 

 ヴィヴィオと二人で戦っても結果は変わらないだろう。ヴィヴィオは幾らか回復したようだが、視界も朦朧としてきている上、アストは残りの魔力を身体強化に回してどうにかくらいだ。それでは絶対に勝つことはできない。

 

「まずいですね……そろそろ追いつかれそうです」

「……下ろしてくれ、ヴィヴィオちゃん」

「……」

 

 告げられたのは絶望的な状況、もうどうしようもない。

 ならばせめてヴィヴィオだけでも、先延ばしにすぎないとしても逃がしてあげたい。

 この身体でも多少の時間くらいは稼いでみせる。そのためならアストは命を捨てる覚悟があった。

 

「嫌です」

 

 だが、ヴィヴィオはアストの言葉を真正面から否定した。

 走るスピードはさらに上がる。アストを下ろす気は微塵も感じられない。

 そんなヴィヴィオに対してアストは語気を強める。

 

「いいから下ろせ、このままじゃ二人して死ぬだけだ。俺が時間を稼ぐから何とかしてこっから離れろ」

「嫌です!」

 

 ヴィヴィオの強情さに、痛みを訴える身体も無視してアストが怒りを露にする。

 

「いい加減にしろッ!! 死にたいのかお前は!?」

「アストさんこそ死にたいんですか!? ふざけないでください!!」

「もう時間がないんだ、どうしようもないんだよ!!」

「嫌です……もうわたしはアストさんを見捨てたくなんてないんです!! そんなの絶対に嫌なんです!!」

 

 ヴィヴィオがもう離さないと言わんばかりにアストを背負う力を強くする。

 アストを残してまた自分は見ているだけ。そんなのはもう嫌だった。

 

「最後まで一緒にいます! もうわたしも諦めませんから、だから……諦めないでくださいッ!!」

「ッ!?」

 

 静寂に響きわたる叫びとともに、ヴィヴィオの肩に乗せたアストの顔に涙が当たった。

 アストは息が詰まったように、彼女を諭す言葉を紡ぐことができない。

 それほどまでに、その涙と言葉は、今までに受けたどんな技よりも、魔法よりも、何よりも強くアストの心を打ちのめした。

 

「たとえ勝てないかもしれなくても、最後まで一緒に足掻きましょう。勝算が無いなら一緒に作りましょう。

 諦めたら……そこで終わりなんです」

 

 ――強いなと思った。

 技術とか身体がというのではなく、この絶望の中でも尚希望を見失ぬその心が。ヴィヴィオの持つその折れぬ不屈の意志が何よりも美しい、眩しいものだとアストには思えた。

 

 ――ああ、そうだ。

 自分だってこんなところで死にたくない。

 ヴィヴィオにだって死んでほしくない。

 こんなところで――諦めたくない。

 

「だけど、どうするってんだよ……」

 

 アストも感じ取れたこちらに向かってくる巨大な魔力。何かに引っかかっているのか、度々止まっているが間違いなく『まつろわぬ神』のものだ。

 

「あの剣は?」

「え?」

「アストさんが使ってた『黄金の剣』は? あれなら何とかなるんじゃ……」

 

 本当に最後まで二人で帰ることを諦めていない。だからヴィヴィオはこうして少ない情報からでも逆転の一手が考え付くのだ。

 確かにあの『剣』ならばどうにかなるかもしれない。アスト自身もそう考えている。だが……

 

「……駄目だ。あの剣を使うには『まつろわぬ神』……アイツに対する『知識』が必要なんだ。だけど俺にはアイツがどんな奴かなんて全く知らない。それに知識を調べる時間も、蓄えられる時間も無いんだ……」

 

 自らの内にいる異国の少年は、『剣』は何も答えてはくれない。

 見放されたか、幻滅されたか。アストにはわからない。

 己の考えが無理だと口にして改めて理解したからか、アストの表情は失意に彩られた。

 

「ねえ、アストさん」

 

 地面に下ろされたアストは自分の足で大地を踏む。ヴィヴィオの治癒魔法のおかげで立てるまでには回復した。

 正面に立つヴィヴィオを見る。

 武装形態の自分よりも少し低い身長のため、アストが少し見下ろすことになりヴィヴィオが見上げる形になる。

 長い金髪を一つに纏めた彼女の武装形態、本人曰く『大人モード』の姿だ。

 こちらに向ける綺麗な翠と紅のオッドアイは諦めを知らず、尚も不屈の意志を宿していた。

 

「本当に、あの人のことがわかればなんとかなるんですね?」

 

 その声に宿っているのは確認の意志だけ。そこに怯えや恐怖は無い。

 

「ああ、そうだけど……でもそんな方法なんて……」

 

 アストはそのヴィヴィオの言葉に疑問を覚えながらも答える。

 

「そっか、だからこんな『魔法』が……」

 

 アストの答えにどこか納得した様子でヴィヴィオは呟いた。

 絶望的なこの状況で、その顔に優しげな笑顔を作ってすらいる。

 

「逃げるのは終わりですか?」

 

 声の先には莫大な魔力を放つ女性、『まつろわぬ神』の姿。

 

 ――ここまでか。

 

 どこか冷えた頭でそう考えた。自分でも意外だったが、そう思いつつもアストの戦う意志は消えていなかった。先ほどまで諦めの色が強かったのに、もう『剣』無しでは絶対に勝てはしないのに。

 意識が変わった理由はヴィヴィオの涙と『諦めないで』という言葉があったから。

 何より彼女が隣にいるから……かもしれない。

 随分とこの年下の少女に助けられていると考え、ちょっと情けないかもとも思う。

 

(まあいいさ、それでも)

 

 アストたちと神との距離は数百メートルほど。魔導師からしたらすぐに埋まる距離だ。

 どれだけ無様な真似を晒すことになっても、精々足掻いて見せよう。

 アストが覚悟を決め、女性がこちらに仕掛けようと動いた瞬間、無数の虹色のバインドが女性を捕えた。しかしこの量でも拘束できるのは少しの間だけだ。触れた傍から消滅するバインドは、刹那すら稼げないかもしれない。

 

「逃げる必要なんてないですよ」

「ヴィヴィオ?」

 

 それでも眼前の『まつろわぬ神』に対し、ヴィヴィオは臆することなくそう答えた。

 

「確かにアストさんだけ、わたしだけじゃあなたには勝てないよ」

 

 でも、と続けながらヴィヴィオは隣に立ったアストの方を向いた。

 

「二人でなら、できるよ」

 

 お互いの視線を交わし、頬を僅かに紅に染めたヴィヴィオがアストに告げる。

 

 ――場違いにも、紅潮したヴィヴィオの笑顔にアストは見惚れた。

 

「だから、わたしからの勝利の魔法(おまじない)です」

 

 ヴィヴィオがアストの頬に両手をそえ、お互いの深蒼(ブラウ)の瞳と(ロート)(グリューン)の瞳が交差する。

 ここまでくればヴィヴィオが何をしようとしているのかアストにもわかってしまった。

 だがアストも止める気など無い。この行為に何の意味があるのかはわからない。ならヴィヴィオを信じるだけだ。

 視線を逸らすことなく徐々に二人の距離が狭まる。

 

 

 

 

 

 

 

 ――『黄金の剣の担い手』には、アスト・フレアカードには神への『知識』が無い。

 

 

 

 

 

 ――『聖王の複写体(クローン)』には、高町ヴィヴィオには神への『武器』が無い。

 

 

 

 

 

 ――二人だからこそ逆転の一手を手繰り寄せられる。

 

 

 

 

 

 永劫とも刹那とも感じられる時間(とき)の中、互いの距離が縮まり――二人の唇が重なる。

 

 

 

 

 

『がんばって、アストさん』

 

 

 

 

 

 そっと背中を押すような後押しとともに、ヴィヴィオからアストへと『知識』が教授され――異界の法則を宿し、神を殺す光を秘めた黄金の剣が再び世界に顕現した。

 

 

 

 

 

       ✟

 

 

 

 

 

「これは……」

 

 視界に収めた『まつろわぬ神』がその光景に言葉を失っている。

 アストの右手には再び『黄金の剣』が握られ、そこから莫大な黄金の煌きが夜天を染め上げるように放たれている。最初に手にした時の光とはそこに籠められた力も、密度も、量も、何もかもが違いすぎた。

 

「もう、終わりにしよう『まつろわぬ神』

いや……古代ベルカの戦乱を治めた最後の聖王『オリヴィエ・ゼーゲブレヒト』」

 

 目の前の女性――『まつろわぬオリヴィエ』の真名を言い当て、『黄金の剣』を構えるアスト。

 その顔にはもう諦めも絶望も存在しない。

 残った魔力を全てに身体強化の魔法に注ぎ込み、ただ前へ、神のもとへと大地を蹴り上げ疾走する。

 

「っく!? 枷が!?」

 

 オリヴィエが動こうとしても体に巡らされた虹色のバインドがそれを許さない。

 

「ここで終わりにするんです、邪魔はさせません!!」

 

 ヴィヴィオが全ての魔力とマルチタスクをもって、オリヴィエの動きを拘束する。

 限界まで魔力を注ぎ込み、すぐに消し去れてもその上から新たなバインドをかけ続ける。

 アストがオリヴィエのもとへ到達するまでの、たったそれだけのわずかな時間を全力で死守する。

 

「まだです!! まだわたしには!!」

 

 オリヴィエが虹色の『鎧』を展開し、全てのバインドを弾きとばした。

 全てのバインドを壊されたヴィヴィオだが、その表情には笑みが浮かんでいる。

 ヴィヴィオの視線の先には、虹色の『鎧』に黄金の光を宿す剣を掲げるアストの姿があった。

 

「はあっ!!!」

 

 右上段からの振り下ろし。

 一太刀を以て『鎧』――『聖王の鎧(カイゼル・ファルベ)』を切り裂く。

 

「――これで、終わりだ!」

「――ええ、これで終わりです!」

 

 鎧が破られるまでの刹那、『まつろわぬオリヴィエ』は籠手に包まれた右腕を引き絞る。

 アストは自らが最も信頼する魔法――『紫電一閃』の型を構える。たとえ炎は無くとも研鑚し続けた技を信じるだけ。

 どちらの一撃も戦いを終わらせるのに十分な威力を秘めたもの。

 

 

 

 

 今、この戦いに終焉の幕を下ろす最後の一撃を――解き放つ。

 

 

 

 

「うおおおおおおおおォォォォォォォォッッ!!!!」

「はああああああああああァァァァァァッッ!!!!」

 

 神を侵す黄金の輝きを秘めた剣と虹色の魔力が籠められた必殺の拳がぶつかり合う。

 アストの剣もオリヴィエの拳も必殺の威力を宿した一撃。

 どちらも何一つ譲ることなく莫大な力を相手にぶつけ合い続ける。

 

「とどけ……」

「とどいて……」

 

 黄金の剣を両手で握り、ありったけの思いを込めて――アストとヴィヴィオは叫ぶ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「とどけえええええええええええェェェェェェェェェェェッッ――――!!!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 互いの力が拮抗し、敵の武器を喰らい合い――オリヴィエの籠手が音を立て崩壊し、アストの斬撃が今度こそオリヴィエの身体を深く切り裂き、眩い黄金の光が炸裂した。

 その荒れ狂う余波でオリヴィエのバイザーが砕け――ヴィヴィオと同じ、翠と紅の虹彩異色が露になりアストの深蒼の瞳と重なる。

 

 

 

 

 

「――――わたしの敗北です。見事でしたよ、『担い手』アスト」

 

 

 

 

 

 ――黄金の剣から放たれる光に包まれる中でアストが見たのはどこか晴れやかな表情をした、光に消えゆく『オリヴィエ』の姿だった。

 

 

 

 




導入編終了。戦ってばっかりです。当初は9000文字位の収めるつもりがいつの間に空白抜きで16000文字突破。長いのを読んでいただき本当にありがとうございます。
タグに『SAO』が追加。まあキャラとソードスキルだけなんですが。
今回は『独自解釈』と『オリジナル要素』のオンパレードです。その辺りの説明も後々の話で入れていきます。
次回は閑話を差し込んでViVIdの予定。ついに『彼女』が出てくる予定。

以下、例の如く魔法の紹介です。もちろんとばして大丈夫。

『Sturm Ausbruch.』
オリ。近代ベルカ式。デバイスに蓄積した魔力を開放して相手にぶつける。

『Enbrazer.』
元はSAOソードスキル「エンブレイザー」。某黒の剣士から教わった近代ベルカ式魔法。作者お気に入り。

『Wiederherstellung.』
オリ。近代ベルカ式。修復魔法。

『紫電一閃・焔重ね』
オリ。紫電一閃からの派生。もう一度紫電一閃を叩き込む。

『ヴィヴィオの使った魔法』
おまじない。まあ……要するにあれです。
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