ミッドチルダのカンピオーネ!   作:海豚

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新章突入、第一章。


第一章
Memory;05 変化する日常


 新暦78年12月23日。

 ミッドチルダのほぼ全ての教育機関が新年に向けて一旦の休みに入る日。多くの生徒たちは来たる大型連休に胸を躍らせている。

 それはSt.ヒルデ魔法学院も例外ではなく、今は初等科と中等科の生徒が講堂に集められている。

 終業式と言う名の苦行も、ついに最後の難関である終業式における学院長の挨拶に差し掛かっていた。

 学院長の挨拶は他の学校に比べればそれほど長いわけではないが、当の生徒たちにはとっては知ったことではないことだろ。

 

「――であり、来年度での選択授業の二回目の希望調査など――」

 

 生徒たちの行動はまちまちであり、隣の友人と休みの予定を決める者や早く終わらないかと落ち着かない様子の者、立ったまま眠りそうになる者、また少数ではあるが真面目に話を聞く者もいる。

 いかに進学校と言っても、この辺りは他の学校の生徒と変わらない。

 教師やシスターたちもいつもなら細かく注意するのだが、今日に限っては仕方ないと半ば諦めの境地に達し、大目に見ているところがある。

 

「……ハァ……」

 

 そんな中で周りの人と話すわけでもなく、かと言って真面目に話を聞いているわけでもない、アスト・フレアカードはただ一人ため息をついていた。

 

「どうした? ため息なんかついて」

 

 そこまで大きなため息をついたつもりはなかったが隣にいたキリト・ソラードインの耳には届いていたようで、学院長の話を聞く気も無いのかアストに声をかけた。

 

「いやなキリト……人生ってわからないもんだなって思ってさ」

「爺さんかお前は」

 

 アストの言葉に呆れながらキリトが返す。

 随分と失礼なことを言われた。確かに今のアストを見たら爺さんという表現も頷けるのかもしれないが。

 いや、並の爺さん以上に異常に濃い経験は送っているのだが、それも二ヶ月前から。

 信じられるだろうか?

 数百年前に実在した、今や次元世界に広く信仰されている宗教の『神』

 古代ベルカの戦乱の時代を終結へと導いた『英雄』

 その身を犠牲に戦争を終わらせた『最後のゆりかごの聖王』

 実在した人物ではあるが、その生涯は正しく『伝説』と評されるもの。

 オリヴィエ・ゼーゲブレヒト。

 信じられるだろうか?

 そんな彼女が何の因果か、人々に災厄をもたらす『まつろわぬ神』としてこの世界に顕現していたということを。

 信じられるだろうか?

 後世、現代において『神話』とも言われる古代ベルカ時代の史実で最強と評される『戦女神』

 そんな『まつろわぬオリヴィエ』と死闘を演じたということを。

 信じられるだろうか?

 運だけでは決して成しえぬあらゆる意味での実力と数多の奇跡によって、人の身にて『まつろわぬオリヴィエ』を討ち滅ぼし、アスト・フレアカードは神殺しを成しえたということを。

 

(いや信じねえよ。当事者じゃなかったら俺も信じてないし)

 

 まあ、無暗に人に話していいことでもないので、相手が信じる信じないに関わらず無闇に話すつもりはないが。

 正直なところ、当事者たるアストも『まつろわぬ神』や『カンピオーネ』について詳しく知っているわけではないのだ。ある程度の、概要くらいしかわかってないのではと思っている。

 

「爺さんとはなんだ爺さんとは。まあ、色々とあったんだよ」

「色々と、ねえ……」

「……なんだよ」

「選択授業の希望を『魔法実技』から『応用魔導学』に変えたのも、色々とあったからか?」

「あー、それなあ……」

 

 考えるよりも早く、気だるげな言葉が勝手に出てきた。

 本当に鋭いやつだと思いながらちょうどいい『言い訳』を考える。

 キリトが疑問に思うのも当然のことではあるのだ。

 

(俺が『応用魔導学』に変えれば、そりゃあなあ……)

 

 『応用魔導学』というのは主に魔法プログラムの解析や術式の理解、最終的には自分で魔法のプログラムを組み上げたり、新しい魔法を作り上げたりするなど魔法の開発技術を学べる授業でメインは座学となる。

 対して『魔法実技』は講師として聖王教会の修道騎士や、たまに管理局の魔導師を招いての実戦形式での戦闘訓練がメインとなる授業で将来的に管理局や騎士団に入ることを目的にしている生徒が好んで選択している。

 たまに座学が嫌で選択する者もいるが、大抵はあまりの過密で苛烈な訓練内容に選択したこと後悔して地獄を見ることになる(主に臨時でやってくる陸戦AAA+の修道騎士や空戦S-の古代ベルカの騎士の所為らしい)

 

「お前、座学……っていうか頭使うの苦手だろ?」

「暗にバカって言ってんのか? ケンカ売ってるんだよな?」

「バカとは言ってないだろ。ただ『座学で頭使うのは苦手だろ』って言っただけで。

 戦闘に関したら別だよ」

「褒めてんのか? それ?」

「戦闘時はな。それ以外はまた別だ」

「ひでえ言い草だ……まあ、言い返せないんだがな」

 

 そう、言われずとも理解している。

 キリトの言ったとおりアストは座学が苦手だ。具体的に言えば座学の成績がよろしくない。テストの点数は平均以下、先生からの評価は六年間連続『もっと頑張りましょう』だ。

 アストも当初は何とかしようと頑張ってはいたが、当たり前のことだが苦手なことは続かない。その結果、今に至ってしまった。

 戦闘においてはかなりの思考速度を誇るが、こればかりは本人の性格によるもの。

 それをキリトも知っているからこそ『戦闘に関しては別』なのだ。

 とは言え、アストが座学を苦手としているのは事実。しかし選択授業でアストが選んだのは座学がメインの『応用魔導学』

 アストをよく知っているキリトからすれば大いに疑問なところだった。

 

「色々あってな、やる必要が出てきたんだ」

 

 だが、話すことはできない。これは『色々』に抵触してしまうから。

 だからぼかして伝える。必要があるというのも嘘ではない。しかし真実でもない。

 キリトも気づいている。何かあったことくらい気づいている。

 だてに幼馴染やっているわけではない。意識せずとも変化は気づけてしまうのだろう。

 

「そうか」

 

 ただ一言で納得してくれる。

 ここは引いておく。いつか話してくれると思うから。そう考えてくれたのだとアストは思った。

 お互い伊達に何年も親友やっているわけではないのだ。

 

「ありがとな」

「おう」

 

 だから今は、これでいい。

 

「――では生徒の皆さん。規律を守って、よい休みを――」

 

 話している内に学院長の長い話も終わったらしい。

 先生の指示に従って、他の生徒はぞろぞろと講堂を出ている。

 アストとキリトも流れに乗るように講堂を後にする。

 

「ところでキリト」

「なんだ?」

「お前、この後の予定は?」

「とりあえずミカヤさんと一緒に買いも――あ……」

 

 キリトが口を滑らせた途端、アストの口が嗜虐的な笑みに形を変える。

 傍から見れば、面白い弄りネタ(オモチャ)を見つけたと言わんばかりの、悪魔のような笑みだった。

 そんな笑みを浮かべていると、ようやくキリトも自分の失言に気づいたようだ。

 さっきまでのしんみりした雰囲気がくすぐったかったこともあったのか、キリトもアストの言葉に乗っかって場の空気を変えようと思っていた。ゆえに先ほどの発言もそこまで考えてのものではなく、何気ないものだった。

 それだけにさっきの自分の言葉には自らの考え――思いがダイレクトに反映されていた。

 

「その話、詳しく聞かせてくれるんだよな?」

 

 とっても楽しそうに声を弾ませ、とってもイイ笑顔でそんなことを言ってきたアストを見てキリトは悟る。

 自分は目の前の悪魔(しんゆう)にとんでもないモノを与えてしまったようだ、と。

 

 

 

       ✟

 

 

 

 ガードの堅いキリトから珍しく弱みを手に入れたアストは学院を出た後一度家に戻り、レールウェイを乗り継いで首都クラナガンに来ていた。

 ミッドチルダの今の季節は冬。雪こそ降っていないが空気は冷たく、ストリートを歩く周りの人々は皆暖かい服装をしている。

 アストも学院の制服ではなくポケットの多い黒のカーゴパンツに赤いジャケットに身を包んでいる。

 家に一度戻ったのも制服では外が思いのほか寒かったためで、普段であれば用事がある場合直接その場に赴いている。

 ふと、上を見る。

 時刻は五時を過ぎたあたりだが日が落ちるのが早いからか、既に空は黒に染められていて、周りには街灯が作りだす人工の光が暗い空を彩っている。

 

「結局あいつ、一体何がしたかったんだ?」

 

 何気ない言葉が口から勝手に出てきた。

 空を見ていると二か月前の戦いが思い出される。

 この二ヶ月間、色々考えてはみたが『まつろわぬ神』として現れたオリヴィエのことは全くわからなかった。とにかく彼女の目的が見えてこない。

 自分やヴィヴィオを消そうとしていたかと思えば見逃し、見逃したかと思えば本気で消そうとしてきた。

 だが最後に見たあの儚げな笑み。

 あれが嘘だったとはアストには思えなかった。

 そんな彼女の矛盾した数々の行動のおかげで、判断材料が多すぎてどのようにも解釈できてしまうし、その全てが否定できてしまう。

 とは言え、だ。

 

「わかんねえなあ……」

 

 キリトにも言われたことだが、戦いの中で『考える』ことは得意だが、今のようにただ『考える』のは苦手なのだ。

 何とも可笑しな話だがこれが自分なのだからどうしようもない。

 そんな風にごちゃごちゃと考えながら人混みの中を歩いていると、十分ほどで目的の場所に着いた。

 

「相変わらずでっけえな……」

 

 クラナガンの中心にそびえ立つ超高層タワー。その高さは周りの市街地のビル群とは一線を画すほどのもの。

 時空管理局地上本部。

 これまで何度も来たことのある場所ではあるが、未だにこの大きさには驚かされる。

 見上げてもその頂上は見ることができず、天高くどこまでも蒼穹を貫いているようにも見えてしまう。

 このまま遠近法じみた光景を見ていても正直飽きないのだが約束の時間もあるので、見上げていた首を戻し建物の中に入り、慣れた感じで迷うことなく受付に向かう――

 

「アスト」

 

 ――前に声をかけられた。

 誰か、と問うまでも無くアストは声の主を知っている。

 ここに来たのはその人に会うためなのだから。

 しかし何故ロビーにいるのだろうか?

 振り向けば一人の男性。180ほどの細身の長身に茶髪と群青色の瞳でメガネをかけて、管理局の制服の上から白衣を羽織っており一目で研究職の人間だとわかる。

 アストが思い浮かべた人物がそこにいた。

 

「あれ? 研究室に居たんじゃねえの?」

「お前を迎えに来たんだよ。受付に行かないで俺を待っていろと言っただろ。何のための非公式だと思ってんだ」

「あ、わり。普通に忘れてたわ」

「お前なあ……まあいい、他の人を待たせているんだ。早く行くぞ」

「げ、俺待ちかよ」

「そうだ、だから早く行くぞアスト」

「わーったよ、親父」

 

 親父――アセナ・フレアカードとともにロビーを抜け、長い廊下を歩く。

 途中、勤務中の管理局員とすれ違ったが特に何ごとも無く歩を進める。

 

「あれ? 研究室よらねえの?」

「言っただろ。人を待たせている上に、技術室を抑えていられる時間も少ない。はっきり言って時間が押してるんだよ」

「マジか……」

「いくらアイツの地位でも、無理はあまりきかないからな」

 

 なんて会話をしていると目的の場所に着いた。

 アセナにつられるようにアストも中に入る。

 中は様々な機械がそこかしこに置かれており、奥の方にはかなり広めのスペースも見受けられる。

 ここ四年でアストも見慣れた部屋でもある。

 周りにはアストがお待たせした人たちがいる。そのほとんどが顔見知りだ……管理局の有名人までいるのには驚いたが。

 

「ぼさっとするな、とっとと測定を始めるぞ」

「はいよ」

 

 ここ、本局第四技術部代理技術室で行われることは測定。

 二ヶ月前に色々と変化があったアストを秘密裏に検査することだ。

 

 

 

       ✟

 

 

 

 地上本部臨時第四技術室。4年前の公開意見陳述会襲撃事件で壊滅的な被害を被った地上本部に、機能復旧を目的に本部内に期間限定で設立された部署。人員は本局第4技術部のメンバーがそのまま持ってこられている。

 第四技術室内に併設されたデバイス運用試験に使われる広大なテストスペースにアストは立っていた。

 デバイスの運用試験に使われるここのシュミレータは本局の最新式のように空間ごと設定できるタイプではないが、エネミーの設定はほぼ同一規格となっていて最新式のものとも見劣りしないものとなっている。

 

『体調は大丈夫かな?』

「はい、大丈夫ですよ」

 

 設置されたスピーカーから女性の声が聞こえてくる。制御室に視線を向けると何人かの人影が見て取れる。

 

『今回の担当をさせてもらいます、ここ第4技術部主任のマリエル・アテンザです。よろしくね、アスト君』

「お久です、今日はよろしくお願いしますマリーさん」

『ふふっ、いつも通りでいいよ。相変わらず敬語苦手でしょ?』

「んじゃいつも通りに」

 

 マリーはアセナの上司にあたるため、アストとも面識がある。

 アストの性格も知っているので、今では敬語無しでの付き合いだ。

 

『あと、今日は私の他にも立会人がいるから。まあ知ってるだろうけど一応紹介しとくね』

『本局戦技教導隊所属の高町なのはです。わたしも敬語はいらないから、よろしくね? アスト君』

「よろしくっす」

 

 普通に返したが内心割と動揺していた。

 こんなことで管理局のエースと会えるとは思っても見なかった。

 なんせ今回のこれは父の友達である提督主導の極秘のことだ。外部は勿論、他の管理局員にも開示されない上に、データも残さないように徹底している。

 完全に提督の信頼できる身内の人間だけで囲んでいるのだ。

 

(これは親父の人脈が凄いのか、親父の友達の提督さんが凄いのか……まあ提督さんだろうな。ん? でも提督さんが友達にいるってことはやっぱり親父も凄いってことなのか?  と言うか『高町』ってまさか……)

 

 意外にも世間は狭いのでは? と考えているとマリーから説明が入る。

 

『今回アスト君にやってもらうのは出てくるオートスフィアの殲滅。制限時間内に規定数のスフィアを撃墜してもらいます。また、時間と撃墜数が増えるごとにスフィアの出現数とパターンが変化するから気を付けて』

「了解」

『そして、今回使っていい魔法は『身体強化魔法』『加速魔法』の二つだけ(・・・・)。カートリッジも使用禁止です』

 

 本来こんな制限は本局の武装隊でもやらないことだ。

 まして学生であるアストにやらせることでは決してない。

 だが、アストに同様は見られない。至って自然体だ。

 

「そんじゃ、早いとこ始めようぜ。時間も無いんでしょ?」

『そうだね。じゃあ準備はいいかな?』

「いつでもいいぜ」

 

 既に私服から黒いズボンに紅いジャケット、四肢に黒銀に鈍く輝くガードが取り付けられたバリアジャケットを展開して武装形態も済ませてある。

 右手には深紅の片手剣(デバイス)が握られている。

 

『それじゃあ……試験開始(テスト・スタート)!』

 

 合図とともにアストの眼前に広がる空間にいくつものスフィアが出現する。

 同時にアストに向かってスフィアから魔力弾が一斉に放たれる。

 

「スライブ」

『Sonic Boost.』

 

 加速魔法の発動とともにアストは地面を跳び、放たれた魔力弾を全て躱す。

 天井に足をつけ、そのまま加速を維持した状態で天井を蹴りつけ、真下にいるスフィアの群体に向かって落下する。

 すれ違いざまに大きく剣を一閃。

 そのまま地面に着くと同時に地面を蹴り、無理やり勢いを殺す。

 今の一撃で最初に出現したオートスフィアの半分を倒しただろうか。スフィアの方を見れば群体の数が目に見えて減っている。

 

(相変わらず化け物染みてんな、オイ)

 

 魔力を宿していない、身体強化と加速の勢いを乗せた一撃だけでスフィアの半分を撃墜した。

 密集していたとはいえ、たったそれだけの一撃。

 紫電一閃のように炎の二次効果があるわけでもない。砲撃魔法や広域殲滅魔法のように一度に大量の敵を倒すための魔法を使ったわけでもない。

 

(これだけの力があっても、アイツみたいな奴とは同等以下なんだよな)

 

 再度スフィアが出現し、今度は散開して多方面からアストを狙う。

 逸れた思考を切り捨て、目の前の相手に集中する。

 あらゆる方向から大量の魔力弾が迫ってくる光景は凄まじい圧迫感を感じそうだが、アストの思考はどう切り抜けるかを冷静に考え、すぐに実行に移す。

 思考は酷く、冷えたままだ。

 

「スライブ、加速だ」

『Sonic Boost.』

 

 まず正面からこちらを狙うスフィアたちに加速しながら近づく。

 放たれる魔力の弾幕にスピードを緩めることなく突き進み、剣でスフィアを横に薙ぎ払う。

 

「はあッ!」

 

 その一撃でスフィアの群れの一つを倒し、その場を離脱して再び加速魔法を使う。

 

『Sonic Boost.』

 

 別のスフィアの群れに向かって同じように切り付け、再度離脱。

 多方面から絶え間無く迎撃される以上、足を止めることはできない。

 ならば足を止めることなく、スフィアの反応速度を超える速さで近づき、殲滅すればいい。

 二ヶ月前のアストにはできなかったが、今の(・・)アストにはできることだ。

 

 加速して。

 

 スフィアを切り裂き。

 

 離脱して。

 

 再び加速して。

 

 他のスフィアに近づく。

 

 これをスフィア撃墜数の規定値まで繰り返す。

 たったこれだけ。これだけのこと、できないなんてありえない(・・・・・)

 

(つまんねえ……)

 

 気分は一切高揚しない。

 これは戦いでも試験でもない。

 自分にとってはただの作業。

 縛りがあればどうかとも思ったが結果はこれだ。

 ここに来るまでのほんの少しの希望など、期待などもうない。

 

「まあしょうがない、とっとと決めるか」

 

 加速とともに無機質なコンクリートを蹴る。

 単調な作業(・・)を終わらせるためにアストは再びスフィアに突撃する。

 ターゲットスフィア撃墜数達成のアナウンスが流れたのは、作業を開始してからほんの数分後のことだった。

 

 

 

       ✟

 

 

 

 測定を終えたアストはバリアジャケットを解除して、スペースから出てマリーたちのもとへと向かっていた。

 汗はかいてはいないし、息も乱していない。

 かなり動いたはずだが、シミュレータ程度では意味はないのかもしれない。

 まったく、とんでもない存在になったものだと思ってしまう。

 

「お疲れ様、アストさん」

 

 声をかけてきたのはヴィヴィオだった。

 

「あんがとヴィヴィオ。いつここに来たの?」

「アストさんがシュミレータを始めた時かな? ばっちり見させてもらっちゃった」

「あちゃあ……どう思った?」

「うーん……すごくつまらなそう、って感じ?」

「ドンピシャ、正しくその通りだ」

 

 ヴィヴィオとの関係も二ヶ月前から少し変わっていた。

 アストはヴィヴィオを呼び捨てで呼ぶようになり、ヴィヴィオはアストに対して敬語を使わなくなっている。さん付けこそしているが、これはなんとなくらしい。

 お互いに年齢を感じさせない間柄になっていた。

 ちなみに敬語を使わなくなった理由をなんとなく聞いたところ、『秘密です』と音符マークでも付きそうな感じで笑顔とともに返されてしまった。……秘密なら仕方ない。アストとしてもヴィヴィオには敬語を使ってほしくないと感じていたのだ。そう思いだしたのもあの戦いの後だったが。

 制御室の中に入るとマリーとなのは、アセナがこちらを出迎えた。

 

「お疲れ様、アスト君」

「おつかれ~アスト君」

 

 長い茶髪をサイドポニーに纏めて、白を基調とした教導隊の制服に身を包んだなのはが労いの言葉をかけてくる。

 気の抜けるような声とともにマリーが続けた。

 アセナはこちらを見た後すぐにデータの方に顔を戻した。

 

「あ、はい。お、お疲れ様です」

「いや、それアストさんのセリフじゃないよ?」

 

 隣のヴィヴィオがクスクスと笑っている。

 表には出さないようにしたが、相手は管理局の超が付くほどの有名人。

 テレビや雑誌をあまり見ないアストでも知っている人。

 そりゃあ、少しは緊張もするものだ。

 

「あはは……仲がいいのはとっても良いことだけど、ちょっといいかな?」

 

 こちらのやり取りを見ていたなのはがタイミングを見計らって話を切り出す。

 

「とりあえず、検査お疲れ様。結果は今までのものと統合してまた後日に教えることになると思うから。

 今日はもう帰って大丈夫だよ」

 

 マリーとアセナはと言えばこちらに背を向け、計測されたデータを見ながらせわしなく指を動かしている。

 まだ残って色々とやることがあるのだろう。

 

「わかりました。なのはさん、マリーさんお先に。親父、先に帰ってるから」

「わたしもアストさんと先に帰るね。なのはママ」

「うん、二人とも気を付けてね」

 

 アセナはこちらを見ずに左手を振り、マリーはアセナを見て苦笑いしながらこちらを向いて「またね」と一言。

 ……この間、二人ともキーボードを叩く指が一切止まることがないのは技術者故だろうか?

 

「それじゃ帰りましょう?」

「あいよ」

 

 二人で技術室を後にし、そのまま地上本部を出て外の冷たい空気を浴びる。

 時刻は6時過ぎくらいだろうか。既に外は真っ暗だ。

 そのままヴィヴィオとメインストリートを歩く。

 

「そういやヴィヴィオ、なのはさんって……」

「うん、二ヶ月前のこともアストさんのことも大体知ってるよ」

「ていうかヴィヴィオのお母さんってあの(・・)高町一等空尉だったのな」

「気付かなかったの?」

「あの戦いの後に会ったのってフェイトさんだけだったし。まあヴィヴィオのことを考えればそんなもんかとも思える」

「概ねそんな感じかな」

 

 特に気にした風もなくヴィヴィオが返す。

 ヴィヴィオの生まれが人造魔導師であり、あのオリヴィエのクローン体であることはあの戦いの後にヴィヴィオから聞かされたことだ。別にアストはヴィヴィオがクローンであることに忌避感などさらさらなかった。むしろ『人間』という観点から見ればアストの方が人間離れしていると言える。

 

「てか、あんな検査しなくても自分の身体のことくらいわかるっての」

「あはは……まあ、必要なことだから仕方ないって」

「そうなんだけどなあ……」

 

 苦笑いとともにヴィヴィオに宥められるように言われ、思わず茶髪の髪をかく。

 なんとなく空を見上げる。

 二時間前にも見た空は、随分と黒の色合いを増しているように思える。

 

「オリヴィエの『記憶』には『カンピオーネ』や『まつろわぬ神』に関することは無かったんだよな?」

「うん、オリヴィエが言ってた『来たるべき災厄』もわからなかった。わたしも全部の記憶を手にしたわけじゃないから、そこだけ抜けているのかも」

「なるほどなあ」

 

 オリヴィエの記憶を得たヴィヴィオにもわからないこと。

 当時のオリヴィエでも知らないことだったのか、ヴィヴィオの『記憶(ちしき)』の得ていない部分なのか。ヴィヴィオ本人にもそれは判別つかないことだ。

 

「カリムさんが『『カンピオーネ』と『まつろわぬ神』について、ハラオウン提督が何か知っているかも』って言ってたか?」

「クロノさんが?」

「ん? 知り合いなのか?」

「わたしから見て伯父さんに当たる人だよ。フェイトママのお兄さん」

「交友関係どうなってんだよいったい。なのはさんも親父と知り合いみたいだったし」

「むしろ今までよくお互いに会わなかったね」

 

 本当にそう思う。

 アセナはクロノと友達だし、その関係でアストも会ったこともある。

 クロノの妹がフェイトで親友になのはがいて娘にヴィヴィオがいる。

 アセナもなのはと知り合い以上の仲に思える。少しアセナはなのはに対してよそよそしい感じがあったが。

 これならもっと早い段階で会っていてもおかしくない。

 

「あの戦いより前のときだけど、なのはママにアストさんのこと話したらすごく驚いてたよ。『フレアカード』ってところにすごく」

「それ、やっぱ親父と知り合いだよなあ……昔なんかあったのか?」

「それはわからないけど……」

「まあ、無理に詮索することでもないよな」

「うん……あれ? 話逸れてるね?」

「あ、そうだな」

 

 思わぬところで会話が弾み、思いっきり逸れた。

 お互い顔を合わせ、思わず笑ってしまう。

 歩みを止めないよう周りに注意ながら話を続ける。

 

「言ってただろ。戦いの後、カリムさんたちが俺たちを保護してくれたときにさ」

「そういえば……言ってたかな?」

「覚えてないのか?」

「……オットーとディードを宥めるのに必死だったから」

「ああ……ありゃ凄かった。あの二人『陛下! 陛下!』って。凄くあたふたしてよな、ヴィヴィオが」

「思い出さなくていいよ、恥ずかしいから……」

 

 ヴィヴィオが少し顔を赤くしながら口をとがらせる。

 自分でもあれはあまり人に見られたくないところだったらしい。

 あまり突っ込んでほしくないのか、流れを戻すように慌ててヴィヴィオが口を開く。

 

「で、でも、その時もっと大事なこと言ってたよね、カリムさんが」

「ああ、『予言』だろ? あれを見る限りだと俺これからまた戦うんだよな……」

「まだ戦う相手も『負の遺産』についてもわからないんだよね」

「戦う相手は『まつろわぬ神』だろうけど、『負の遺産』についてはなあ……」

 

 アストは神殺しを成し、その身を『カンピオーネ』へと、予言の中の言葉を使うなら『神殺しの魔王』へと変えている。

 『まつろわぬ神』が出てくる以上、殺し合う運命(さだめ)にある。

 それはアストも理解していることだ。

 できればそんなこと御免だが、『まつろわぬ神』に対抗できるのは原則として『カンピオーネ』だけだ。

 

「俺がやるしかないんだよなあ……」

 

 アストにすればそんな戦いなどあまり乗り気ではない(・・・・・・・・・・)のだが。

 『カンピオーネ』になったことで色々と人間離れした肉体と能力(ちから)を手に入れたがそれでも、といったところなのだ。

 

「大丈夫だよ」

「ヴィヴィオ?」

「どんなときでも、わたしも一緒だから。ね?」

 

 完全に見透かされていたようで、ヴィヴィオが左手を握り、笑顔を浮かべながらアストに言う。

 

「……ありがとう」

 

 その言葉と左手から伝わる温かさを感じながら、アストも笑顔で返した。

 手を繋ぎ、確かな温もりを感じながら帰り道を歩く。

 そして中央の公民館を通り過ぎたあたりで、アストが口を開く。

 

「さて、またか(・・・)?」

「また、だね」

 

 周りを見れば世界は少しだけ色を変えている。

 人がいないのは時間や季節があるので変わらない。

 アストもヴィヴィオもこの事態は初めてではない。共通の認識を得ている。

 二ヶ月前の戦いの後から、何度かこんなことがある。

 二人が一緒の時でも、一人の時でもだ。

 

「手伝う?」

「一人で十分だよ」

 

 そこまで心配もしていないのだろう。言葉も確認程度に過ぎない。

 それだけヴィヴィオはアストのことを信じている。

 数メートルほど離れたところに現れるのは――異形。

 全身を闇に紛れるような色合いの毛に身を包んだ三メートルほどの巨体。四足歩行で強靭な四肢に鋭い爪を持ち、犬と狼の中間のような凶悪な面構えの頭を三つ備えている。

 

「Gruuuuuuuuuuuuuuuuuu――」

 

 怨嗟のごとく低い唸り声を上げてこちらを睨みつけてくる。

 全身から魔力が揺らめいている、おとぎ話にでも出てきそうな、まさしく異形の存在。

 アストが自分の肉体を、『カンピオーネ』の肉体を知ることができたのは、その力を振るう相手がいたからだ。

 それこそが、目の前の存在。

 

「さてスライブ、いくぜ」

『Get Set.』

 

 デバイスの起動とともにバリアジャケットを展開。

 ヴィヴィオも大人モードになりながら場を離れる。

 戦う準備は整った。

 この程度(・・・・)の相手、一人で十分。5分とかからない。

 『神殺し』なら、『カンピオーネ』なら当然のことだ。

 

「Guooooooooooooooooooooooo――ッ!!!!」

 

 シュミレータを相手にしたより高揚する心。

 敵は叫び声を上げながらこちらに向かってくる。

 目的も何もわからない。

 だが、今はどうでもいい。

 足元に深紅のミッド式(・・・)の円環魔法陣を展開させながら敵を迎え討つ。

 

「さっさと、終わらせようか」

 

 

 

       ✟

 

 

 

「ふむ、やはりこの程度では無理ですね」

 

 とある高層ビルの屋上に彼女はいた。

 闇のように深い色合いの黒に、血のように深い赤の線が入った殲滅服(バリアジャケット)に身を包んだ少女。

 星光の殲滅者(シュテル・ザ・デストラクター)の視線の先には自らが張った特殊な結界がある。

 『魔王』と『聖王』を閉じ込めた結界。中には魔獣を解き放っているが『魔王』と『聖王』相手では無意味だろう。

 結界内を見れば、魔獣は深紅の炎を受けてその存在を維持できなくなっている。

 

「貯めた魔力も多くはありませんし……目的も十分達成できてます」

 

 自分たちのマスターの目的のために、自らの悲願のためには魔力を集めなくてはならない。

 これも必要なこととは言え、未だ集まりが悪い魔力は無駄にはできない。

 

「『覇王』も見つかりましたし、この辺りが潮時ですね」

 

 自分が張ったもう一つの結界を見る。

 そこにいるのは魔獣を打ち倒した、碧銀の髪に虹彩異色を持つ少女。

 これで『聖王』と『覇王』は見つけた。力量に関してはこれからだが。

 あと二人。

 

『……』

「おや、マスターですか? 珍しいですね、あなたからこちらに話しかけてくるのは」

『……』

「ええ、わかっています。王もレヴィも順調にすすんでいるようです」

『……』

「それは仕方のないことです。『永遠結晶』を起動させなければあなたは真の意味では目覚めない。そして起動させるためには純度の濃い『魔力』が必要なのです。今、できるだけ目立つことは避けたいのです。どうかご理解を、マスター」

『……』

「ご理解、痛み入ります。ええ、では」

 

 念話が切れる。

 魔力が必要だ。それはマスターのためでもあり、王やレヴィのためでもあり、自分のためでもある。

 

「高町なのは、そして高町ヴィヴィオ……わたしたちの目的を達した時、あなた方は我が魔導と矛を交えるに値することを……期待しています」

 

 口元に僅かに笑みを作りながら結界を解き、高層ビルを後にする。

 そしてすぐにその表情は変わり、無表情に限りなく近い……不満顔に。

 

「というか、いい加減マスターは言葉を使って喋ってはくれないでしょうか。

 何ですか、念話まで『……』って。

 念話でも意志を読み取らないといけないこちらの身にもなっていただきたいものです。

 そもそも……――」

 

 そんな彼女の愚痴とも言える呟きは、冬の夜空へと消えていった。

 

 

 

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