ミッドチルダのカンピオーネ!   作:海豚

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サブタイトルが思いつかない……サブタイに限らずいいタイトルが思いつかないのが最近の悩み。


Memory;07 あなたは誰?

「“覇王”――そう名乗らせて頂いています」

 

 覇王。

 目の前の少女からその名を聞いたとき、フード被ったままアストの思考は急速に冷えていく。

 古代ベルカ史において『聖王オリヴィエ』とともに学者によって関係を変えながらも、共に語られることが多い古代の英傑。

 

「で、その覇王さんが俺に何を聞きたいんだ?」

 

 覇王と名乗った時、目の前の少女は二ヶ月前のオリヴィエのように『まつろわぬ神』として顕現した覇王本人かとも思ったが、即座にその考えを捨てた。

 明らかに魔力の質が『まつろわぬ神』のものと違ったというのもあったが、単純に相手が『まつろわぬ神』ではないと本能的に感じ取ったというのが大きい。

 それでも警戒を解く理由にはならないが、緩めるくらいは構わないだろう。

 

(ヴィヴィオの奴、『夜道には気をつけて』とか言ってたか……まさしくその通りだ)

 

 不審者極まりない相手ではあるが、とりあえず話を聞く位はしてもいいだろう。

 目の前の少女は瞳に強い意志を宿したまま、アストに告げる。

 

「伺いたいのは、聖王オリヴィエの複製体(クローン)と冥府の炎王イクスヴェリアの所在ついてです」

 

 告げられたその内容に、思わず相手を睨みつけるように目を細める。

 少女の声音からして二人が存在していることについては、どうにも確証を得ているように思える。

 どこで知ったかは知らないが、下手な誤魔化しは意味がない。

 

「……理由は?」

 

 会話が成り立っているとはいえ、一応相手は不審者(仮)である。

 たとえ相手が見た目自分とそこまで変わらない年で見目麗しい美少女だとしてもだ。

 おいそれと友人を売る真似などできないしするつもりもない。

 

「知りたいからです」

「何をだ?」

「強さ、と言えば伝わりますか?」

 

 強さ。

 アスト自身魔導師であるため、その言葉の意味が分からないわけはないがあまりにも漠然としすぎている。

 “強さ”なんてものは人によって千差万別の意味がある。

 なら目の前の少女が言う“強さ”とは何か?

 ……いや、バリアジャケットを纏ったその見た目で何となくわかってしまったが。

 

「このご時世に王様対決でもするつもりか?」

「可能ならば」

 

 自分の思いついた通りの答えとは言え、間髪入れずに返された言葉に勝手に頬が引き攣るのを感じてしまう。

 『覇王』対『聖王』と『覇王』対『冥王』

 一部の人間にしてみればとても魅力的な対戦カードではある。しかしアストからすれば目の前の少女には残念でしたと言わざるをえない。

 考えても見てほしい。

 少女がどれほどの実力を持つかはわからないが、オリヴィエの『記憶(ちから)』を持ち、近中遠全ての距離に対してオールラウンドに対応できるヴィヴィオに勝てるとは思えない。

 さらに冥王ことイクスヴェリアは現在原因不明の眠りについている。そもそも戦うこと自体が不可能。

 聖王と冥王に対して勝利すること自体が目的なのか、それとも戦うこと自体に意味があるのかは分からないが、イクスヴェリアは諦めてもらうほかない。

 だからと言ってヴィヴィオのことを教えるわけではないが。

 

「……仮に俺がその二人を知っていたとしても、こんなことするような奴に教えるつもりはねえな」

 

 威圧するように少女を睨みつける。

 別にどう受け取られても構いはしない。

 目の前の少女に知らないと受け取ればそれで終わり、知っていると判断されてもこっちには教える気はないということが伝わればいい。

 相手がどうかは知らないが、アストとしては穏便に済ませたいので、この辺りで引いてほしいところではある。

 

「……わかりました。それに関しては他を当たることにします」

 

 存外、少女があっさりと引いてくれたことにアストは少し驚いた。

 ならばこれで終わり。お互いに今日のことはなかった事にしてさようなら……そう思ったのだが、目の前の少女の視線は尚もアストに注がれたまま固定されている。

 こちらを見る視線は鋭さを増し、瞳からは『警戒』や『困惑』にわずかな『怒り』の感情が見て取れるにすらなっている。

 これにはアストも困惑してしまう。こんな美少女が知り合いにいた覚えもないし、そもそもそんな感情を向けられる理由がわからない。

 

「……身勝手とは思いますが、この質問には嘘偽りなく答えて頂きたい」

「何だ?」

 

 正直なところ、嘘偽りなく答えるかは質問内容による。しかし話を聞くだけなら自由だ。

 アストとしても何故そんな感情が向けられる理由も知りたいところでもある。もしかしたら自分が忘れているだけでこの少女とは会ったことがあり、その時に何かやってしまったのだったら謝罪するつもりでもある。

 

「あなたは、一体何者ですか」

「……質問の意味がわからないな」

 

 こんな待ち伏せみたいな真似をしていたにも関わらず、この少女は自分のことを知らなかったということなのか。言葉を額面通りに受け取ればそうなるが、しかしそうではないのだろう。

 相手の意図が一切見えてこない以上、困惑は解消するどころかその深さを増していく。

 そんなアストの態度が認められなかったのかはわからないが、少女は奥歯を噛み締めて、怒りにも似た感情を抱きながら拳を握る。

 理解できない、そんな思いを瞳に宿した少女は絞り出すようにアストに告げる。

 

「どうして、どうしてあなたから……オリヴィエの気配を感じるのですか」

「――!」

 

 一瞬、頭が真っ白になって少女の言っていることが理解できなかった。

 返す言葉も、反論の言葉も、隠蔽の言葉も、濁す言葉も、肯定の言葉も何もかも出てこない。

 掛け値なしに絶句していた。

 だから己の思考が機能を取り戻した時、アストは目の前の少女に対して警戒するとともに大いに困惑した。

 本当にわからない、一体どういうことだ。

 ()()()()を知っているのは自分とヴィヴィオだけなのに、何故この少女は知っているのか。

 目の前の少女は一体何者なのか。

 こちらが呆けていたのを見た少女が何を思ったのかはわからない。

 アストが注視する中、少女は気持ちを落ち着けるように息を吐きながら、ゆっくりと拳を握り見たことのない独特の構えをとる。

 

「防護服と武装の展開を」

「……何のつもりだ」

 

 アストが問うても目の前の少女は構えを崩さない。

 負の感情はなりを潜め、しかし確かな強い意思を異彩の瞳に宿して彼女は告げる。

 

「私と……戦ってください」

 

 

 

       ✟

 

 

 

 静寂の世界。

 夜の9時過ぎで季節は冬。

 あのまま路上でストリートファイトを演じてもよかったが、それでは近隣住民の方々に迷惑になるため、「場所を移す」と言うアストの一言で二人は近場の公園に来ていた。

 公園と言っても遊具の類はなく、どちらかと言えば運動場のように広い空間があるだけだ。

 移動の間も、こうして正面にいる相手の姿を見据えても会話はない。

 聞きたいことは互いにある。同時に話せないこともある。

 

「時間無制限の一本勝負」

「負けた方は勝った方の質問に必ず答える」

 

 互いに互いの存在に困惑し、話し合いができる状態では無くなっている。

 移動の間に少しは冷静さを取り戻しても、新しく得られた情報を整理することで困惑の度合いはさらに深くなる。

 少女は拳を握って構えをとる。

 これ以上会話する気はないと示すように。

 それに呼応するようにアストもフードをとり、コートのポケットから黒いカード――支給されたデバイス――を取り出す。

 

「セットアップ」

『Guest user, authentication. Stand by ready, Set up.』

 

 ゲスト認証を終えたデバイスがアストの魔力光を受けて黒いカードが紅に輝き、アストがバリアジャケットを纏う。

 バリアジャケットの衣装はアストのものではなく陸の武装局員のものとなっており、展開されたデバイスも深紅の片手剣ではなく、黒く無骨な様相の長杖となっている。

 

「管理局員だったんですか?」

「いや、こいつは借り物。自分のデバイスは修理中だ」

「……そうですか」

 

 若干、わずかではあるが少女のアストに向ける視線の強さが和らいだ。

 

「まあ、この程度のこと……関係ないけどな」

 

 アストは()()()武装形態の魔法を発動する。これによりアストと女性の肉体のリーチはなくなったと言える。

 右腕を振り上げて下ろした勢いで長杖のデバイスを地面に突き刺すことで、アストの両腕がフリーになった。

 

「片手剣ほどじゃあないが、別に体術(ストライクアーツ)ができないわけじゃない」

 

 アストのバトルスタイルは剣術(ブレイドアーツ)体術(ストライクアーツ)の複合。このスタイルを確立するためにアストは体術をある程度納めているし、その技術もノーヴェによって磨きがかかっている。

 剣が無いのは不安であるが、拳だけでも十分に戦える。

 使い慣れない長杖も、登録された魔法も、使えないなら必要ない。

 

「テメェに負けはしねぇよ」

 

 拳を握り、ノーヴェに教えられた構えをとる。

 戦いの雰囲気を感じ取り、頭に残る雑事を追いやる。

 思考は緩やかに冷えていき、歯車が噛み合ったようにアストの思考速度は急激に加速していく。

 次第に表情から困惑の感情が抜け落ちていく。

 

「“覇王”の拳に――」

 

 アストの言葉に返すように、少女は拳を握る力をさらに強め、瞳を鋭くする。

 そこにあるのは知りたいという欲求と勝利への思い。

 アストに対して得体のしれないものを感じ取っただけではなく、間違いなくその実力も確かなものを感じたのだ。

 油断などできはしない。

 何よりも『覇王』の悲願成就のために、少女は負けられない。

 

「――破れぬものなどありません」

 

 奇しくも、互いに残ったものは“勝利への渇望”だけ。

 己が拳を以て、眼前の敵を下すのみ。

 視線を交わし、両足に力を、魔力を注ぎこみ、大地を踏みぬく。

 

「おらぁッ!」

「はあっ!」

 

 互いに同じタイミングで駆け抜け、少女の右拳とアストの右脚が同時に振り抜かれる。

 籠められた魔力がぶつかり合い弾かれる。

 お互いに初撃が防がれようと、接近したことで互いに己の距離に相手を入れ、攻撃の手を緩めることはなく次の一撃を繰り出す。

 アストが左足を軸にし、弾かれる勢いのままに身体を右に回転させ、踵から右脚を振って少女の頭を狙う。

 しかし少女は目前に迫る踵に焦りを見せることなく、左拳で迫る右脚を下から打ち上げることで軌道を逸らして回避するとともにアストの身体を僅かに地面から離す。

 

「空中なら!」

「受け身は取れねぇってか? あめぇんだよ!!」

 

 地に足が着かなければ踏ん張りがきかないなど、格闘を主にしている者には足が地面から離れることは致命的な弱点になる。

 アストが使用している体術は基本的に陸戦を主軸にしたもの。地に足を着けて戦うことを想定したものだ。宙に投げ出された場合の対処法もあるが、それでもこのわずかな隙に対空中にできるのは基本的に防御だけであり、回避や反撃に移れるのは熟練した技術を持つ者だけだ。

 アストが主に使っているには剣であり、純粋な格闘技を学びだしたのはごく最近のことだ。その技もまだまだ荒削りで素のポテンシャルに任せるにも、あまりにも時間が少なすぎる。

 だがそれはアストが“純粋な格闘”を用いる魔導師であれば、さらに言えば二ヶ月前までのアストであればの話である。

 

「燃えろ!」

 

 少女の拳がアストの隙を突く前に、アストを中心に周囲に爆炎が放たれる。

 特別なことはしていない。指向性も与えていない、ただ自分の魔力を周囲に放出しただけの魔法とも言えないもの。

 だが、アストの持つ『炎熱』の魔力変換資質によってただ解き放っただけの魔力の波は灼熱の業火となる。

 

「くっ!?」

 

 迫りくる紅蓮の波に、少女は攻撃を諦めて素直に後退して炎を避けながら、一連の攻防に対し思わず歯噛みする。

 魔法陣の展開もない、指向性も与えられていないただの魔力ならば、その密度はそれほどではなかったのだろう。ならバリアジャケットを纏っていればダメージは大きくはなかったはず。

 臆せず炎の波に突き進んでいれば、決定的な一撃を与えられたはずだったのだ。

 己の心の弱さで、勝利を逃してしまったことの不甲斐なさもあるが、それ以上に相手の力量を見誤っていた自分自身に腹立っていた。

 相手から感じる“オリヴィエの気配”に気を取られていたなど言い訳にはならない。

 

「変換資質、ですか」

「『炎熱』だよ。牽制にはなっただろ?」

「はい……申し訳ありません。あなたの実力を見誤っていました」

「見誤ったままでいてくれた方が、俺としては楽だったんだがね」

 

 少女の謝罪にアストは肩を竦めながら応える。

 皮肉でも何でもなくアストにとってはその方が楽だった、と言うより()()()()()()()

 もっとも、そんなアストの心の内など少女の知るところではないが。

 

「拳はあまり使わないのですね」

「俺の手は基本的に『剣』を握るためにあるからな。足技に関しちゃ師匠譲りだ」

 

 この戦いでアストは拳を構えてこそいたが、実際に攻撃に使ったのは両足だけだ。

 それに対しアストは深くは答えない、少女もまた返答にはそこまで期待していなかったので返ってきただけ良い方だろうと納得する。

 それでも剣を使うとわかれば、足しか使ってこない理由はある程度見えてくる。

 片手剣にしろ両手剣にしろ、手が塞がるのだから両の手を使うことはないのだろう。

 アストにとって両手が空いている今の状態は、本来のバトルスタイルとかけ離れているはずなのだ。

 

「だからって、お前には負けねえけどなァ!!」

「それは、私もですッ!!」

 

 言葉を置き去りにしながら疾走し、再びぶつかり合う。

 少女は拳を、アストは蹴りを。

 互いに相手を打ち倒さんと振るい続ける。

 

「どうして、お前は、こんなことを?」

 

 互いに拳と脚をぶつけ合い、弾かれると同時に駆け出す。

 近づいた所でアストが少女に疑問をぶつける。

 

「……」

 

 拳を休めることはせず、少女は沈黙を以てアストに返す。

 

「別に答えなくてもいいけどさ。俺が絶対に聞きたいこととは違うし――なッ!」

「くっ!?」

 

 離れた所で、アストが地面を強く蹴り上げ少女の真上へと高くジャンプし、右脚を突きだし、少女に向かって落下する。

 重力に任せるだけでなく加速魔法も発動させ、その落下速度は凄まじい圧迫感を少女に与えるが、ギリギリのところで少女が回避し、アストが勢い緩めることなくそのまま着弾する。

 轟音を撒き散らすとともに、辺りに土煙が舞い散る。

 

「あんたの戦う理由は一体何だ!?」

「決まっています! “強さ”の証明、そして更なる高みへと!」

 

 粉塵晴れぬ中からアストの問いが続き、少女は迷うことなく答える。

 土煙で相手の姿が見えない中で相手の出方を窺い、時を置かずに土煙を掻き消しながらアストが飛び出してくる。

 十分に相手が接近したところで、再び拳と蹴りが交差し、体技の応酬が始まる。

 

「俺と戦った後も! こんなことを続けるつもりか!?」

「必要なことです!!」

「自分の強さを証明したいなら、大会にでも出りゃいいだけの話だろ!」

「――ないんです」

「あァ?」

 

 少女の攻撃を防ぎ、流し、回避しながらアストも師匠(ノーヴェ)直伝の足技を放つ。

 投げる言葉の語気も強まっていく中で、唐突に少女の声が小さくなる。

 距離を取って視界に納めた少女の姿は、障害を撥ね退ける“力強さ”と、今にも押し潰されそうな“弱弱しさ”という同時に存在するはずのない印象をアストに与えた。

 

「私が知りたい強さ……生きる意味は――」

 

 少女は右拳を腰まで引き、左手を前に出して独特の構えをとる。

 攻撃を受ける守りの構えではない、おそらくは少女から攻撃するための攻めの構え。

 アストと少女の距離はそれなりに開いているが、陸戦を主とする魔導師ならばすぐに埋まる程度の距離で、空戦魔導師なら空中へと戦いの場を移すには十分な距離だ。

 今のところ少女とは地上でしか戦ってはいないため、アストには少女が空戦可能かどうかはわからない。

 ならば射撃魔法、中距離(ミドルレンジ)もできるのか?

 そんなアストへの疑問の答えはすぐに示される。

 

「――表舞台にはないんです」

 

 その言葉とともに、少女の姿がアストの視界から消える。

 慌てて消えた少女を探し、すぐに視界に入ってきた少女はこちらに拳を放っていた。

 

「――なっ!?」

 

 紙一重で少女の拳を躱して思わず後ずさるが、少女は距離を離すことなく追撃してくる。

 アスト自身、速度には自信があった。たとえ後退りながらでも、たとえ()を抑えていても、少女の追撃から逃れられるものだと思っていた。

 

(力量を見誤っていたのは俺の方だったか!?)

 

 そう思い反撃に打って出ようにも、一度少女に傾いた天秤は元に戻りづらい。

 少女は苛烈に拳を振るいこちらを攻め立て、アストは回避に徹する他ない。

 もう一度魔力を我武者羅に放つことも考えたが、それこそ少女は対処法を持っているはずだ。二度目が通用するとも思えない。

 何より、まだ理由はある。

 

(この独特な歩法(ステップ)……ッ!?)

 

 少女はスピードに秀でている訳ではない。その速さはアストよりも明らかに遅いものだ。

 しかし少女は距離を埋めるのが非常に上手い。

 その理由が“独特の歩法”だ。

 それ故にアストとの距離をこうも簡単に埋められるのだろう。

 

「そこです!!」

 

 後退しながら少女の猛攻を捌き続け、反撃の機会を伺うのにも無理があったのか再びアストは隙を作ってしまった。

 その隙を今度こそ少女は見逃さない。

 右腕を大きく引き絞り、掌をアストに向けて打ち出す。

 

「覇王――空破断(仮)!!」

「ぐ……オオォ!?」

 

 近距離で掌底を、衝撃波の一撃をアストに解き放つ。

 避けることすら叶わず、アストは空中に投げ出され踏ん張りが利かぬまま吹き飛ばされる。

 

「……まだ立ちますか」

「ったりめーだッ! この程度はなぁ……」

 

 強い衝撃を受けたことでかなりの距離を吹き飛ばされ、両手両足を地面に着けて勢いを殺す。

 アストが吹き飛ばされた射線上に土煙が立ち込める。

 少女から強烈な一撃を貰ってしまったものの、これはチャンスだとアストは考えた。理由が不本意ではあるがアストと少女は今までで一番距離が離れている。

 加えてこの土煙で互いに視界は塞がれているため、少女もアストがいきなり動けるとは思っていないはず。

 決めるなら今しかない、そう考えたアストは即座に左手を手刀の形へと変え、魔力の流れを意識して収束させていく。

 デバイスの補助無しでもできるように繰り返し練習してきた魔法によって、左手は徐々に紅の輝きを灯し、次第にその輝きを炎へと変えていく。

 砂煙が微かに晴れる時を待ち、少女の姿が朧げに見えたところでアストは瞬時に少女に接近し――

 

「なんでもねぇんだよ!!」

 

 ――紅蓮の一撃を突き出す!

 爛々と燃える焔、根源的な恐怖を思い出させる一撃。

 だが目の前の手刀を見ても、少女は避ける素振りを見せない。

 迫る一撃を避けるつもりがない。つまりそれは……

 

(こいつ……まさか?!)

 

 “エンブレイザー”が、表情一つ変えずアストを見据える少女の右肩に到達する。

 何一つ妨害無く、阻まれることなく少女の右肩が火炎に焼かれていく。

 だが少女は痛みを堪えながらも、アストの左腕を決して離さぬよう強く掴み込んだ。

 

「お前……まさか最初から……!」

 

 ここにきてアストの表情が驚愕に塗りつぶされる。

 一切の防御を捨てた反撃への準備。最初からアストの一撃を躱すつもりも、防ぐつもりもなかったのだ。

 全てはアストの動きを封じるため。

 ここで終わらせるつもりだったのはアストだけではなく、少女も同じだったのだ。

 

「これで、終わりで――えっ?」

 

 今度こそ終わらせる、勝利を掴んだはずの少女は、目の前の少年のように驚愕に表情を変えることになった。

 捨て身の拘束、間違いなくアストの行動を完全に封じることができたはずだった。

 左腕を掴み取り、そこからバインドを用いてアストの身体を縛り上げて、自らの絶対の一撃をぶつけて、アストを下す。勝利を勝ち取るはずだった。

 間違いなくカウンターバインドは発動したはずだ。幾重にもアストを拘束しているはずなのだ。

 なのに、何故?

 

「バインドが、どうして……」

 

 思わず口から疑問が溢れてきた。

 それを聞いて、驚愕に彩られていたアストの表情がふっと和らぎ、代わりに苦い笑みを浮かべる。

 

「悪いね、俺、()()()()()()なんだよ」

 

 その言葉を最後にして横腹に強烈な一撃を打たれ、少女の意識は刈り取られた。

 

 

 

       ✟

 

 

 

「あっぶねえ奴だなあ……ホント」

 

 碧銀髪の少女が気絶したのを確認して、思わずやりすぎたとも考えたが、もう仕方ないと割り切るしかない。

 一息つきながらようやく肩の力を抜く。

 “エンブレイザー”を防御する素振りすら見せなかった時は本当に肝を冷やしたのだ。もちろん威力も籠めた魔力もできるだけ調節して抑えたつもりだったが、防御を完全に棄てた相手にぶつければどうなるかわかったものではない。

 

「加減するこっちの身にもなってくれ……」

 

 魔力も、身体能力も、加減するのには慣れていないのだ。

 地面に突き刺したままだったデバイスを回収して、バリアジャケットを解く。

 私服に戻り、これからどうするかを考えながら少女の方を見ると、気絶したからかバリアジャケットが解除される。

 

「え゛……」

 

 もう何度目かわからない、アストは目の前の少女を見て絶句する。

 薄い青色のワンピースの上から黒い薄手のジャケットを着ている少女。

 少女ではあることに変わりはないが、アストが想定していた年齢と明らかに違う。

 

「俺より年下……?」

 

 近づいてしゃがんで顔をよく見てみる。

 アストが年上だと思っていた少女は、自分と同年代か年下の少女。自分と同じように武装形態で変化していただけ。まあそれ自体はまだいい。

 幸い周辺に人影は無いが、こんな現場を見られた場合どっちが悪者か。

 答えは考えるまでも無い。

 

「どう、すっかなあ……」

 

 背中に冷や汗が流れるのを感じる。

 このまま放っておくわけにもいかないし、何より少女には聞かなくてはならないことがある。

 少し考えて、アストはデバイスのホロウインドウを展開してあるアドレスを打ち込み、相手に繋がるのを待つ。

 無機質なコール音が雪の降る空に響き、とてつもなく長く感じてしまう。

 まだか、と少し焦ってきたところでようやくコール音が途切れ、新しくホロウインドウが展開され、見慣れた赤髪の女性が写し出される。

 

《はい、どちらさん……って、アストか?》

「こんばんは師匠、夜遅くに悪いんですけどちょっといいすっか?」

《師匠って……せめてコーチにしてくれ。それでどうしたんだ? こんな遅くに》

「今、家に一人ですか?」

《ん? まあ父さんもスバルたちも今日は夜勤だったり泊まり込みだったりで家は私一人だけど》

「ちょっとそっち行っていいっすかね? 色々訳ありって言うか、面倒なことになりそうって言うか……」

《……もしかして、あっち関連の話か?》

「可能性としては」

《わかった。迎えに行った方が良いか?》

「あー……自分で行くんで大丈夫です」

《あいよ。話は来たらでいいから、早いとこ来いよ》

 

 通信が切れてウインドウが閉じられる。

 待機状態のデバイスをズボンのポケットに入れ、紅いロングコートを脱いで少女に着せる。体格の違いから少女の身体をすっぽりと覆う形になるため、寒さは和らぐだろう。

 

「放っておくこともできないし、これから知り合いの家に行くからな……まあ聞こえちゃいないだろうけど」

 

 多少気恥ずかしさを覚えつつも、碧銀髪の少女を優しく抱き上げ、おんぶする形で背中に移す。

 軽い。この年頃の他の少女の体重などアストは知らないが、それでも背負う少女は軽かった。

 フードを少女に被せて、頭に雪がかかるのを防ぐ。

 少女の腕を己の前に回して、背負い難さが多少なりとも解消された。

 

「……お前が誰かなんて、知らないけどさ」

 

 周りには誰もいない。雪の降る夜空の下を歩きながら、ポツリと、誰に向けた訳ではない独り言を言う。返事など期待しない。

 

「『求める“強さ”は表舞台にはない』……か」

 

 少し雪の積もった道を歩く。独り言は尚も続き、冬の空に溶けていく。

 

「お前も俺と同じ……ん?」

 

 不意に服を引っ張られる感覚を覚え、少女が起きたのかとも思ったが、右の耳元で寝息が聞こえてくる。起きた訳ではなさそうだから無意識の行動なのだろう。

 

「オリ……ヴィエ……クラウ、ス……」

「…………」

 

 起きてはいない、だから寝言なんだろう。

 悲しげな声で少女はオリヴィエの名を呟く。

 微かな震えを背中で感じ、少女の頭が乗っている右肩が少し冷たく感じた。

 降る雪は少女に遮られて、アストの右肩にはかからない。

 

「似てるんだよなあ……アイツに」

 

 アストの独り言は、やはり誰にも聞かれることなく雪の降る夜空へと消えていった。

 

 

 

       ✟

 

 

 

『こんなとこにいたんですか』

 

 誰かが呼んでいる。

 どうやら自分は眠っているらしく、声に反応して、目を開けようとするが一向に開かない。

 

(また『彼』の記憶……でも……)

 

 いつも見ている記憶(ゆめ)とは違う、今まで見たことのない、初めて見る『彼』の記憶。

 感じからして、随分と幼い頃の記憶だろうと思う。

 

『起きてくださいクラウス。外で寝ていては風邪を引いてしまいますよ?』

『んぅ……』

『……仕方ありませんね』

 

 急に体が――正確にはクラウスの身体が――眠り座っていたベンチから離され、人の温もりを感じた。

 

『あったかいな……』

『起きていたんですか?』

『ついさっきだけどね。相変わらず君の背中はあったかい……また眠たくなってしまうくらいだよ』

『ふふっ、まあ私とクラウスでは六つ違いますからね。今はまだ背負ってあげられますけど、もう一人で外に出て寝てはいけませんよ』

『わかってるよ……』

 

 背負ってくれている人の言葉に、クラウスは少し不貞腐れながら答える。

 その人はクラウスよりも背の高い、透き通るような声でいて、性別を把握させてくれない。

 緩いウェーブのかかった綺麗な長い金髪が目を引く人だ。

 

『おや……』

『どうしたんだい?』

『クラウス、目を開けて、空を見てください』

『空? わあっ……!』

 

 見上げた空からは、白く美しい雪が降ってきている。

 

『今年も降ってきたんだね……すごく綺麗だ』

『ええ、また綺麗に積もると思いますよ』

 

 そんな雪の降る空を見続けていると、次第に寒くなってきた。

 

『寒くなってきたね……』

『……そろそろ中に戻りましょうか』

『ねえ?』

『何です?』

『もう少し、背負ってもらっても……いいかな?』

『……ふふっ、クラウスは甘えん坊ですね』

『う……ダメかい?』

 

 そうクラウスが恐る恐る聞くと、目の前の人は碧色の美しい瞳をこちらに向けながら笑みを浮かべる。

 

『構いませんよ。何なら眠ってしまってもいいくらいです』

 

 それはとても印象的で、どこまでも優しさが溢れる笑顔だった。

 それを見て、クラウスもまた笑みを浮かべた。

 

『ありがとう、――――』

 

 そこでまた景色が霞んでいき、また違う景色が写し出される。

 

(幸せな記憶の後でも、またこの“記憶”……)

 

 周囲は瓦礫の山、墓標のごとく散乱した剣や斧に槍、そして全てを飲み込もうとする炎。

 そんな中にいるのは二人。

 クラウスとオリヴィエ。

 傷だらけで片膝をつくクラウスと悠然と立つオリヴィエ。

 自分はそれを観客のように、第三者の視点で見ている。

 見る『記憶(ゆめ)』は『覇王(クラウス)』の視点ときもあるが今回は違った。

 記憶を見ている以上、全てクラウスの視点でなければおかしいのだが、その辺のことは自分自身にもよくわからない。気にするつもりもない。

 だって重要なのは、そこじゃないから。 

 

(『彼』の後悔の記憶……)

 

 どんなに自分が手を伸ばしてもこれは記憶。決して届かない、決して変えることの叶わない過去の出来事。

 彼女の『死』という結果は変えられない。死地に向かう彼女を止めることなどできはしない。

 

『――ありがとう、クラウス』

『待って下さい、オリヴィエ――!!』

 

 自分は彼女の儚い笑顔を晴らすことすらできない。

 自分には彼を癒すことも、慰めることすらできない。

 

(だから私は……)

 

 

 ――強くならなければならない。

 

 

 それこそが自分の――アインハルト・ストラトスの生きる意味なのだから。

 




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