ミッドチルダのカンピオーネ!   作:海豚

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Memory;08 覇王を受け継ぐ少女

 あたたかな温もりを感じる微睡の中、アインハルト・ストラトスが目を開くと見知らぬ天井が広がっていた。

 

「私は……」

 

 どれくらい眠っていたのか。如何せん長い眠りから覚めた様な気分でもあるし、それこそ気絶から起きた様な気分でもあったため、正確な時間の経過すら推察できない。

 周りを見渡せば、カーテンの閉められていない部屋の窓から日の光が差し込んできていることから、朝は迎えるほどには眠っていたらしい。差し込んでくる暖かな日の光を浴びていると寝ぼけていた脳が活性化してきたのか、ようやく眠る前のことを思い出し始める。

 確か自分は“オリヴィエの気配を持つ少年”と戦って、勝利を掴むために捨て身の策で少年の炎を纏った手刀を受け、少年が無防備になった隙をついて拘束魔法を発動して、しかし発動したはずなのだが何故か少年には効いていなくて……呆けている間に横腹に少年の強烈な蹴りを入れられた。

 

「……負けたんですね、私は」

 

 ――負けてしまった。

 

 少年は強かった。彼の放つ蹴りは一撃一撃が重たい上にそんな蹴りを怒涛の勢いで繰り出してきた。『炎熱』の魔力変換資質を巧みに利用した拡散攻撃には苦汁を飲まされたし、最後に使ってきた紅蓮の手刀は凄まじい威力があった。だがそれらは負けてしまった要因にはなっても理由にはならない。

 束ねたままの碧銀の長髪が目に映る。この体は“覇王の資質”を受け継いだもので間違いなく強いはず。それなのに負けてしまった。それはつまり自身の技量不足ということだ。“覇王流”を完全に修められていないから。

 自分はこんなところで負けていられないのに。少年のことを蔑ろにした訳では絶対にないが、これでは自身の目的も、『彼』の悲願を叶えることもできやしない。そう考えていると胸が苦しくなりどうしても気持ちが沈んでくる。

 

「……今、考えても仕方ないです」

 

 どんなに後悔して悲痛な思いを抱いても敗北の事実は変わらない。ならこの経験を糧として更なる修練に身を費やすことこそが必要なことだ。

 そう思い直し気持ちを切り替えて横たえていた体を起こし、これからどうするかを考える。自分が眠っていたベッドは自分の家のものではないし、周りを見ても自室とは明らかに違う様相のインテリアが目に入る。少なくとも自分の部屋ではないことを確認したところで部屋のドアが開けられる。

 

「おっ、目が覚めたみたいだな」

 

 部屋に入ってきたのは鮮やかな赤髪を持つ女性だった。この人が自分を運んできてくれたのだろうか?

 

「はい、ここは……」

「ここはあたしの部屋。昨日のことは覚えているか?」

 

 女性の質問にアインハルトは頷いて返す。

 

「派手にやりあったらしいけど、どっか痛むとこあるか? 一応右肩と左の脇腹のとこは簡単に治療しといたんだが」

 

 そう言われて目を移すと右肩と脇腹には湿布の上から包帯が巻かれている。結構痛々しい様相ではあるが包帯は単に湿布が外れたりするのを防ぐためだろう。右肩も少年の紅蓮の一撃を防護服の上から受けて火傷を負うまでにはなっていないようだ。

 

「いえ、特には……っ」

「顔を引き攣らせて言っても説得力ねぇぞ。まぁ、とりあえず湿布替えてやっから」

「……お願いします」

 

 昨日から着たままであろう服を脱ぎ、女性に丁寧に湿布を変えて包帯を巻き直してもらう。新しく貼り直した湿布のひんやりとした冷たさを感じるとともにチクチクとした痛みも感じる。発生場所はもちろん右肩と左の横原である。

 服を着直してふと疑問が浮かぶ。今しがた着直した服は昨日着ていた服とは違うものだ。今さらにそんなことに気づくとともに色々と聞きたいことが出てくる。

 

「あの……」

「まあ聞きたいこともあるだろうけどさ、とりあえず朝飯にしないか? 話は食いながらでもしようぜ。あたしたちも聞きたいことがあるし」

 

 そう言われると現金な胃が急に空腹を主張してくる。はしたないとも思うが顔には出さないようにしているためギリギリセーフだと思いたい。話にしてもこちらだけ聞くのも、それはおかしなことだと思い了承する。

 

「よし、なら飯にするか。あぁ無理に動かなくていいぜ。朝食はこっちに持ってくるからさ。……おーいアスト! 悪いけど運んできてくれー!」

 

 はーい! とドアの外から声が返ってくる。どこか聞いたことのある声、と言うか間違いなく昨晩聞いた声だ。その声を聞いた女性はベッドの上に病人用のテーブルを取り付け始める。

 しばらくして女性がテーブルを取り付け終えると同じタイミングで、朝食の料理がおぼんに乗せられて運ばれてくる。

 アインハルトは運ばれてきた料理よりも運んできた人に注目し、少々驚いた。先の声でわかっていたとはいえ、昨日の今日でこうして顔を合わせるのも少しおかしく思えてしまう。

 

「朝食の配達ですよー。冷めてたんで温め直してきましたけど、待ちましたか?」

「いや、こっちもテーブルの準備が今終わったからな。グッドタイミングだ」

 

 それはラッキー、と朝食を運んできた少年は女性に返し、会話を切り上げてこちらに視線を移してきた。

 肩口に切り揃えられた茶色の髪に深い蒼色の瞳。白い無地の長袖インナーに沢山のポケットがついている黒いカーゴパンツを着ている少年。彼自身もアインハルトを見て同じようなことを考えていたのか、少し苦笑染みたものを含みながらも柔和な笑みを浮かべて口を開いた。

 

「よう、体は大丈夫か?」

「少し痛みますがお互い同意した決闘で受けたものです。あなたが気に病むことはありません」

「俺も少しやりすぎたかなと思っていたんだが、そう言ってくれると気が楽になるよ。……まあお互い聞きたいことはあるけど、とりあえずは朝飯食べながらでもな」

 

 その言葉を皮切りに、昨夜と同じ服装の少年と赤い髪の女性とともにアインハルトは運ばれてきた朝食を食べすすめた。

 

 

 

       ✟

 

 

 

 朝食のメニューはベーコンエッグにバターロール、野菜たっぷりのサラダにオニオンスープとミッドでもお馴染みのラインナップ。その味は一度温め直していても十分に食欲を満たしてくれるもので、母親がおらず父親が中々家に帰ることが難しい上にどちらも料理ができないフレアカード家のアストにとっては久々の手の込んだ食事だ。

 

「んじゃ、とりあえず自己紹介からしとくか」

「そうすっね。いつまでも『お前』や『君』って呼ぶのもあれですし」

 

 三人が朝食を大方食べ進めたのを見計らって、少女の座るベッドの横のイスに腰掛けたノーヴェが口火を切る。タイミングも丁度いいため、コップに注がれたミルクを飲みながらアストも同意する。少女の方も異論は無いようでこちらを見ながら首を縦に振っていた。

 

「それじゃ俺から始めるか、St.ヒルデ魔法学院中等科一年のアスト・フレアカードだ。よろしく」

「あたしはノーヴェ・ナカジマ、一応所属は救助隊になる。よろしくな」

「St.ヒルデ魔法学院初等科五年のアインハルト・ストラトスです。よろしくお願いします、アストさん、ノーヴェさん」

 

 この自己紹介でノーヴェは二人が同じ学院に通う先輩後輩の関係だったことに驚いていたが、アストは特に気にすることでもなかったのか淡泊な反応で、アインハルトはアインハルトでどうやらアストが学院に通っていることは知っていたようで同じくあっさりとした反応。

 ちょっとした認識の差異があったものの、各々が互いの名前を確認して早速本題に入る。

 

「とりあえず俺から聞いてもいいかな?」

「はい、約束ですから。ですが……」

 

 昨夜は色々あって素の口調で話していたが、一応まだ知り合って間もないのだからと言うことでアストはできるだけ口調を優しくするように心がけながらアインハルトに尋ねる。……正直今更感が否めないが。

 そんなアストの問いに、少し言葉を濁しながらアインハルトはノーヴェを見やる。何故ノーヴェを見るのかとも思ったが少し考えて合点がいった。

 

「ああ、ノーヴェさんには昨日のこと大体話してあるから。ここで話しても大丈夫だよ」

「そう、ですか」

 

 一応ノーヴェには立会人役として話に参加するよう頼んである。間に一人挟んだ方がアインハルトも話しやすいという理由もあるが、今回においてはアストの個人的な懸念と事情からというところが大きかった。

 

「聞きたい事とは何でしょうか?」

「まあ大体察しているだろうけど……何で俺から感じる“気配”が“オリヴィエの気配”だって断言できたのか、かな」

 

 アインハルトの言う“オリヴィエの気配”について。

 これに関してアストには心当たりがあるし、この“気配”の理由は『カンピオーネ』の特性を知っていれば大方わかることではある。しかしながらアストが『まつろわぬオリヴィエ』と戦い『カンピオーネ』となったことはごく一部の人しか知らないことであり、厳重な情報規制を行っているため一般人にはまず知ることはできないはず。

 故にここで疑問が浮かんでくる。

 何故アインハルトは“アストから感じる気配”を“オリヴィエの気配”だと断言できたのかということ。アストには彼女が『カンピオーネ』や『まつろわぬ神』について知っているようには思えない。だがそれではアインハルトが“オリヴィエの気配”を知っていたことに説明がつかないのだ。

 この問いに対しアインハルトは少し考えるように目を瞑り沈黙していたが、考えが纏まったのか、虹彩異色の瞳でこちらを見ながらゆっくりと話し始める。

 

「アストさんから感じる“気配”を“オリヴィエの気配”だとわかったのは、私が“オリヴィエの気配”を知っていたからなんです」

「……“知っていた”ってどういうことだ?」

 

 今まで聞き役に徹していたノーヴェが疑問を口にする。それは至極当然の疑問だ。一体どこで数百年前の人物の気配を知ることができるのか。

 そんな疑問に答えるようにアインハルトは続ける。

 

「古代ベルカにおいて『覇王イングヴァルト』が『聖王女オリヴィエ』と交友があったことは知っていますか?」

「ああ、そりゃあ知ってるけど……」

 

 関係こそ歴史学者によって解釈が異なり現代の歴史研究でも明らかになってはいないが、互いに面識はあったとするのはどの文献でも共通しており、これに関しては間違いないとされている。

 

「覇王の血は長い歴史の中で薄れていますが、血を受け継ぐ子孫はこの時代でも潰えることなく残っているんです。そしてその子孫の中には、稀にその血が強く蘇る者もいます」

「そういえば……」

「ノーヴェさん、何か知ってんすか?」

 

 ノーヴェを見れば驚きながらも考えるように腕を組んで目を瞑っている。今のアインハルトの言葉で何かわかったのかもしれない。

 

「いや、あたしの友達に古代ベルカ諸王時代について調べている子がいるんだが、その子が前に言ってたんだ。『覇王イングヴァルトには“碧銀の髪”に“虹彩異色の瞳”という特徴がある』って……」

 

 つられるようにしてノーヴェの視線の先を見ればそこにはもちろんアインハルトがいる。

 長い碧銀の髪に、左右で色の違う青と紫のオッドアイ。

 会った時は珍しい髪色だなくらいにしか思っていたが、ノーヴェの話を聞いた今ではそれらが示す意味は全く変わってくる。

 こればかりはアストも驚きを禁じ得ない。

 何故こんなにも詳しいのか。当然のことだ。アインハルトが言っているのは紛れもない“彼女自身”のことなのだから。

 

「お前、本当に……」

「はい。私は“覇王イングヴァルト”の『身体資質』と『覇王流(カイザーアーツ)』、そして……クラウスの『記憶』を継承しています」

 

 

 

       ✟

 

 

 

 話合いを含めた朝食を終えた後、アインハルトはまだベッドの上にいた。骨折こそしてないにしろ未だ痛みは残っていて無理して動かない方が良い、今日一日はゆっくりしていろと言うノーヴェからのお達しで御厄介になっている。

 アストはと言えばアインハルトの看病役だ。別に彼女が風邪を引いているわけではないためほとんどやることはないが、一度アインハルトが無理を押して帰ろうとしたため逃げないよう監視の役割も含んでいる。

 

「なんで無理すっかな、君は」

「しかし、これ以上ご迷惑になるのも……」

「別にノーヴェさんは迷惑だなんて思ってねえよ」

「ですが……」

「……怪我させてなんかあったら、俺の罪悪感がヤバいので大人しくしてください」

 

 意外と強情なアインハルトに対して、思わず投げやり気味に答える。

 卑怯な言い方ではあるがアインハルトの性格を考えてみればアストの言い方は非常に有効だと言える。実際「むぅ……」と言いながらもベッドの上で大人しくなった。

 だがこうなるとまた別の問題が出てくる。

 

「……」

「……」

 

(会話が続かない……)

 

 ノーヴェはアインハルトの大人しい性格を考えて、年の近いアストを残した方が良いだろうという判断だったが、アストからすれば同性の方が良かったんじゃないかと思わずにはいられない。

 最初会った時のように怒りの感情を向けては来ないが、どうにか会話しようにも話のタネが見つからない。何より昨日戦った相手ということで互いに気まずい感じになってしまっている。

 

(俺にどうしろってんだ……)

 

 別にアストは異性と話すことに気後れするような性格ではない。異性を意識してないわけではないが、幼馴染のキリトの傍にいると同年代の異性と関わる機会が多かったため苦手意識は生まれなかった。だからといって、こんな空気で気軽に話しかけられるほど図太い神経をしているわけでもないのだ。

 

「あの……」

 

 そんな感じでアスト一人考えているとアインハルトが話しかけてきた。

 正直彼女の方から話しかけてきてくれるとは思っていなかったが、降って沸いたこのチャンスに乗らない手はない。

 

「どうした?」

「少し、お聞きしてもいいでしょうか?」

「そりゃいいけど、何をだ?」

 

 ここから会話を弾ませていければ御の字だが、そうは甘くないだろうことは予想できる。

 

「アストさんは、どうしてそんなにお強いですか?」

(あ、予想的中だ)

 

 ある意味予想通りの質問ではあった。短い時間とはいえそれと無くアインハルトの性格を理解していれば予想できることではあるからだ。

 さて、どう伝えたものかとアストは考える。色々と話すわけにはいかない部分にも抵触しかねないため、どこまで話せるか、あるいはどう誤魔化すべきかをよく吟味しなければならない。

 うーん、とわざわざ口に出しながらあからさまに期待の眼差しを向けてくるアインハルトを視界の端に収める。かまわないと口に出してしまった手前、答えないのは失礼だろう。どうにか彼女が納得のできる理由を考えなければならない。

 

(……しかし何も思いつかない)

 

 自分の頭が恨めしい。戦闘時におけるアストの思考速度は『カンピオーネ』になった現在も日常生活では一切発揮してはくれない。戦闘時はキレや集中力、冷静さがさらに増したというのに日常では相変わらずの低速思考である。

 纏まらない低速思考で必死になってこの状況を乗り切る手立てを考える。この時点で冷静さ既に存在しなかった。

 視界の端に収めた少女の様子を窺いながら後頭部にほんの少し冷や汗を感じた結果、アストにこの状況を乗り切れるであろう一つの閃きが生まれた。

 

「そりゃあ……努力したからなあ……」

 

 生まれた考えは、それっぽい話で濁すこと。

 すなわち完全な逃げの一手だった。

 アインハルトの性格を考え、現状一番有効ではとアストの思考が導き出した答え方である。

 非常に情けない、ヘタレな方法ではあるがこれで再び時間を稼ぎ、自分にとって話しやすい内容を考えようとする。

 だが、アストの見通しはまだまだ甘かった。

 

「その、差し出がましいですが……どんなことをされたのですか?」

 

 相変わらず回転してくれない頭の中で必死に組み上げていた代替案があっさりと瓦解した。がらがらと気の抜けるような音がアストの中で繰り返される。表情が固まりつつも動揺を表に出さなかった自分を褒めてあげたい気分だ。

 背中は俄然冷たくなったが。

 

「……そぉ、だなあ……」

 

 気づけばアストの口から勝手に相槌の言葉が出てきてしまった。何言ってんだ!? そう思っても後の祭り。こうなってしまっては、もうこの話題で会話をするしかない。彼女の真摯な眼差しを見て逃げ場がないことも悟る。場を濁すのが通用しないのは経験済みだ。

 ここらが潮時、そろそろ腹を括るべきなのだろうかとも思う。別に『カンピオーネ』関連のことを話さなければいいだけなのだ。そう難しいことでは無い筈、無い筈なのだ。そこに目を瞑ればアストとしても非常に話しやすい話題なのだ。アストとアインハルトの共通の話題でもあるため会話も自然とできるはず。

 そう考えて、今度は自分の意志で口を開く。これ以上黙っていればアインハルトに要らぬ気遣いをしまいそうである。

 

「練習と言うか訓練と言うか、そういうのは結構昔からやってたんだ」

「昔から、ですか?」

「具体的には3、4歳からだったかな?」

「そんなに早くからですか!?」

 

 感情の起伏があまりないアインハルトが目に見えて驚いた。異色の瞳を丸くしているのは少し可愛いと思ってしまう。

 やはりこの話題はやりやすいとアストは感じざるを得ない。考えなくとも内容が自然と頭に浮かんでくる。

 

「親父がデバイスマイスターだからさ、『魔法』に触れる機会もデバイスを手にする機会も早かったからな。自分の適性がわかるまでは色々な魔法を練習していたよ」

 

 練習と言っても当時使えた魔法は身体強化モドキくらいなものだったため、体内のリンカーコアを認識して魔力の流れを感じ取り、それを体に纏わせたり放出したりするような簡単なことだけだったが。

 ちなみに魔力を放出した際に『炎熱』の変換資質によって家の父の仕事場が小さな火の海になったことは今でも覚えており、申し訳ないことをしたと未だに思っていたりする。

 この出来事によって自分が『炎熱』の魔力変換資質を持っていたことが判明したことをアインハルトに話すと少し困ったように苦笑していた。

 

「自分の向き不向きがわかってきたら、あとは自分の得意なことを重点的に伸ばしてたな」

「得意なことだけ、ですか?」

「ああ。俺は適性が近距離(クロスレンジ)だったから身体強化と近接技能の向上をな」

 

 最初は体の動かし方を知るためにストライクアーツを学んでいたのだが、その後ある少年との出会いを契機に『剣』を使い始めたのだ。

 剣術と体術、アストは二つを並行して学んで自分のバトルスタイルを確立していき、中距離と遠距離の魔法はほとんど練習しなかった。『カンピオーネ』になる以前は自身の体質で使用できなかったから仕方のないことではあるのだが。

 体質が改善された現在では使うことができるようにはなったが、デバイスの補助無しでは安定した術式の形成ができないため、どうにか人並みに使えるようになるのが今後の課題である。

 

「かれこれもう10年近くになるかな……」

 

 本格的に技術の向上を目指して練習しだしたのは8年ほど前だが、それ以前のことを含めれば10年にもなるのだ。

 よくこれだけの年月を飽きずに続けてきたものだと、少し不思議にも思ってしまう。

 

「……アストさんは」

「ん?」

「アストさんは、どうしてそれほどまでに修練を重ねたのですか?」

「……」

 

 控え目ながらもはっきりと告げられたアインハルトの質問に、アストは自然と腕を組みながら少し考える。

 何故そこまで訓練したのか。何故それほどまでに練習したのか。何故10年もの間努力を重ねたのか。

 正直なところ、アストはそんな“努力の理由”を今まで考えたことがなかった。

 最初は魔法を使うのが楽しかったから、ただそれだけのはずだった。

 だがそれだけなら等の昔に自分は努力をやめていたはずだ。砲撃や射撃などの魔法に比べ、アストが使える魔法には子どもが憧れるような派手さは無かった。『剣』にも出会っていなかった時代では、苦しい努力を継続するだけの『原動力』は無かったはずなのだ。

 

(はず、だよ……な?)

 

 子どもにとっての『原動力』は大体が“楽しい”かどうかだ。そう考えると自分にとって『魔法』とは果たして“楽しい”ものだったのか。

 幼かった頃のことはあまり覚えていないが、それでも昔から魔法の訓練をしていたことよくは覚えている。父親であるアセナもこのことはよく言っていたのだから、自分の思い違いと言うわけではない。

 ならアスト・フレアカードにとっての『原動力』とは一体何だったのだろうか。

 

「わっかんねえや……」

「え?」

「『強くなりたい』ってのはあったんだが、そこに至るまでのものが俺にもわからないんだよなあ……そういや昨日、お前言ったよな。『求める“強さ”は表舞台にはない』ってさ」

「……はい」

「実は俺もなんだよね、それ」

「……え?」

「まあアインハルトみたいに成したいことがあるわけじゃないんだ。ただ大会には興味ないって感じなんだけど」

「じゃあ、管理局員になりたいのですか? それとも騎士、ですか?」

 

 確かに、『大会』に出ないのに強くなろうとしているなら思いつくのはそんなところだろう。時空管理局か、聖王教会か。

 だがアストにそれらは当てはまらない。

 

「いや、どれも違うな」

 

 ちょっとおどけた風に、軽い調子で返す。

 

「じゃあ一体……?」

 

 ここまで来たら多少無礼でも知りたいのだろう。尚もアインハルトはアストに問いかける。

 

「さあ?」

 

 さも疑問符を語尾に着けた様子であっけからんとアインハルトに返したアスト。

 アインハルトは返された言葉に唖然としているのか……アストから見ても何とも言えない微妙な表情をしている。

 

「な、何ですかそれは……」

「いや、なりたいものなんて今はホントに無いしな。俺らの年齢で考えても仕方ねえしさ」

「……そうですか」

 

 呆れたとともに後半のアストの言葉には納得したのか、それ以上アインハルトから追求されることはなかった。

 どうにか当初の目的通りにアインハルトの意識を違う方に向けることができたようだ。

 

(『原動力』……なあ)

 

 お互いの間に流れる空気は酷く穏やかなものになっていた。

 そんな中でもアストは一人アインハルトの問いを考える。

 

(俺が忘れているだけなのか、それとも最初からそんなものなかったのか……それとも、全く別の『何か』があったのか)

 

 かつてキリトにもアインハルトと同じようなことを聞かれたことがあった。その時は『何故か、漠然と強くならなければならない気がした』とか、そんな風に答えた気がする。この言葉が真実だったとしてもやはり疑問は残る。

 

(……何なんだろうな)

 

 考えても堂々巡りで、望む答えは生まれそうにもない。

 

「わたしの……」

「ん?」

 

 アインハルトがこちらを見てゆっくりと口を開く。

 

「わたしにとっての『原動力』は、クラウスの“記憶(思い)”なんです。彼の『覇を以て戦乱の大地に和を為す』という思いが」

「そっか……アインハルトにはあるのか」

 

 おそらくそれだけではないのだろうと思いつつも口には出さない。その記憶には哀しみや後悔も多いことは昨日のアインハルトの流した涙からアストにも感じ取ることができる。

 

「はい。ですから、その、えっと……」

 

 少し慌てながら、言葉を選び、アインハルトの瞳がアストの深蒼の瞳をしっかりと見つめる。

 

「きっと、思い出せるはずです。アストさんの『原動力』も」

「…………」

 

 アインハルトの言葉の真意に気づき、思わず目を丸くして呆けてしまった。会ったばかりの女の子にも励ましの言葉を送られるほどにわかりやすかったのだろうか、自分は。そう考えると感謝を感じるとともに少々情けなさも感じてしまい、思わず笑みが零れてしまう。

 

「あ、あの、アストさん?」

「ああ、ごめんごめん。……なんか最近、俺より年下の子に励まされてばっかりだなって思ってさ」

 

 ヴィヴィオやアインハルトが人の機微に敏感なのか、それとも単にアストがわかりやすいだけなのか。

 おそらく前者だろうと考えるが、全員を知っている人からしてみれば『どちらも当てはまる』みたいな答えが返ってくるのだろう。

 

「ありがとな、アインハルト」

「いえ……お力になれたのなら」

 

 そう言ってやわらかく微笑む彼女は、覇王とか関係ない普通の少女にしか見えなかった。

 だからこそ、アストは目の前の少女を放っておけなくなった。

 

「アインハルト」

「はい?」

「聖王の複製体と冥王本人と戦いたいって、言ってたよな」

「ええ、アストさんには嫌な話だったとは思いますが……」

「ああ、そうじゃなくてだな」

「?」

 

 アストは別にアインハルトに謝罪を求めているわけではない。そしてこれから聞くことは一応の確認だ。

 

「別に恨みとかがあるから、二人と戦いたいわけじゃないんだよな?」

「誓って、そんなことはないと」

「……そうか、悪いな。嫌な質問してさ」

「いえ、それはわたしが言葉足らずだったのですから構わないのですが……その、一体何故?」

 

 アストの意図がわからないのか、若干困惑した表情を作りながらアインハルトはアストに聞き返す。

 

「俺も確認しなきゃいけないし、アインハルトの望みが叶うかはわからないけどさ」

 

 ここで言葉を区切り、改めてアストはアインハルトの青と紫の瞳を見て言葉を紡いだ。

 

「会ってみないか?」

 

 ――この時代に生きる聖王と冥王(ふたり)にさ。

 

 

 

 




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