BIOHAZARD:OBLIGATION   作:麦ご飯

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Chapter〈A〉:1-4

「これで、しばらく〈奴ら〉の侵入を食い止めることができるだろう。小室くん、平野くん、助かった」

 

 サーシャは小室孝と平野コータらと協力し、職員室の戸口に机や資材などでバリケードを構築した。

 いま、この場にいる生存者は7名。

 サーシャ、冴子、静香の3人。それにコータと高城沙耶の2人に、孝と宮本麗の2人を合わせて7人だ。

 

「ねえ、皆これ見て!」

 

 パソコンを操作していた麗が、皆を集める。

 ディスプレイには、とあるニュースサイトの記事が掲載されていた。情報網は死んでいないようだ。

 

「感染は床主市全域にまで達しているみたい。政府は非常事態宣言を出して市を封鎖する方向だって……」

「な!?それじゃあ、ぼくたちは閉じ込められたってのかよ!」

「落ち着いて孝。続けるわね……現在は自衛隊や警察を中心に避難活動が行われているみたい。すでに20万人の人たちが市外への脱出に成功しているわ」

 

 その数字が多いか少ないかは判断に苦しむところだ。

 なぜなら100万人の人口を抱える床主市にとって、まだ80万人が取り残されていることになる。

 ……いや〈奴ら〉の数を考えると、犠牲者はその半数を超えていてもおかしくはない。そして、これからもっと増えていくだろう。

 

「宮本くん、なにか他に情報はないか?」

「あっ、はい。ちょっと待ってくださいね」

 

 サーシャの問いかけに麗はF5キーを押して画面を更新する。

 すると、数分前にアップされた記事が掲載されていた。

 

「日本時間の14時、NGO団体〈テラセイブ〉日本支部が自衛隊と合流。検問沿いにて避難活動にあたる模様……と。

 ふむふむそれから……同時刻、国連は〈BSAA〉を床主国際空港へ派遣した声明を発表した……び、BSAAだって!?」

 

 ひょこりと顔を出し、記事を読みあげたコータは立ち上がり、興奮を隠そうともせずに声を張り上げた。

 

「ばか!そんな耳元で!」

「ご、ごめん……でも、あのBSAAだよ?世界中のバイオテロに対処すべく組織された、国連直轄の対バイオハザード部隊だよ!?ああ、でも、元を辿れば民間のNGOだったんだけど、今の国際的な部隊になる前は〈FBC〉っていう組織があって……」

「やかましいのよ、このデブオタ!」

 

 なおも熱弁するコータの頭を、給湯室から戻ってきた沙耶が引っ叩く。先ほどまではひどく錯乱していた彼女だが、冴子や孝のケアによって、ひとまずなんとか立ち直れたようだ。

 

「高城くん、もう大丈夫のようだね」

「あ……サーシャ、先生……」

 

 微笑みかけるサーシャに、沙耶の表情が曇る。

 少し前、彼女は抑えきれない感情をサーシャに向けて爆発させた。

「あんたがこの災厄を持ち込んだんじゃないの!?」と。

 

 サーシャは何も言えなかった。

 なんせ、自分がバイオテロの講演をやった後で、待ち構えていたようにバイオハザードが起こってしまったのだから。

 

 彼が引き起こしたのではない。しかし、なんらかの原因となっていたのかもしれない。

 例えば、講演を開くということそのものがテロリストたちにとって不都合だったとか。

 もしくは、かつて自身が引き起こしたバイオテロの被害者たちによる復讐なのかもしれない。

 

 それに、あのとき自分が適切な指示を出していれば、体育館はいまも避難所として機能していたかもしれない。戸市出流も、生きていたかもしれない。

 

 頭がネガティブに塗りつぶされていくサーシャは、ただ一言「信じてくれ」としか言えなかった。

 

 そして現在。沙耶は、自分がどれだけ愚かな行為を働いたのかを恥じていた。

 

「その……あんな暴論を吐いちゃってすみませんでした」

 

 沙耶は頭を下げた。

「信じてくれ」という言葉の意味を汲み取ってくれたことに、サーシャは胸が少しだけ軽くなった気がした。

 

「ありがとう」

 

 

 沙耶は口を尖らせつつ、ぷいと顔を逸らした。

 表面上は捻くれているが、根は素直な子なのだろう。

 

「高城くん、きみはこの状況をどう見る?」

 

 そのままのポーズにさせても申し訳ない。

 サーシャが問いかけると、沙耶は一瞥するとディスプレイに向かった。

 

「そうね……そこのデブチンの言う通り、BSAAやテラセイブが派遣されたとなれば、周辺の混乱はある程度は抑えられそうね。床主国際空港を拠点に部隊を展開するのであれば、ここまで救出部隊が到着するのは、はやくて3日後だわ。この地区は封鎖地点からも空港からも遠いから」

「で、でも、部隊総出で市内全域にヘリを飛ばせばそんなにかからないんじゃ……」

「デブオタ、あんたってホント馬鹿ね。いい?BSAAは世界中に支部を持ってる。逆に言えば、世界中が彼らの戦場なの。部隊総出でなんて、空いた箇所を攻撃してください、ってテロリストに言っているようなものだわ。

 よって、派遣されるのはせいぜい中隊1個2個が限度ね。おそらくは、いちばん戦力が充実している北米支部あたりじゃないかしら。

 さらに言ってしまえば、BSAAの全隊員が救助活動に出張る訳じゃない。空港で活動する分にも人員を割かなきゃいけない。つまり、わたしが言いたいこと、わかる?」

 

 サーシャは舌を巻いた。

 沙耶は自身を天才と称する手前、それに相応しい頭脳を持ち合わせているようだ。

 このような状況でも物事を客観視できる冷静さもある。

 

「このまま籠城するは得策じゃなくて、やっぱり脱出に向けて行動したほうがいいんだよな?」

 

 そう提案したのは孝だった。

 彼もまた、よい判断力と決断力をもっている。

『はやくて3日後』という言葉は、大抵の人間は都合よく『3日後には助けがくる』と解釈する。しかし彼女の言葉は、物事をすべてうまくいく方向で仮定した『はやくて3日後』なのだ。

 そうなる可能性もあるが、うまくいかないのが世の常である。それでも人間は、希望的観測に縋らざるを得ない。

 普通ならば、なにがなんでもここで救助を待つという結論に至るところを、孝は考え得る最悪のシナリオを避けるための行動を選択した。

 なんとなくだが、彼にはリーダーの素質があるのかもしれない。

 

「では、結論が出たところで、次は実際に行動する上でのプランを明確にせねばならんな」

 

 静かに腰を下ろしていた冴子が、おもむろに口を開く。

 

「やはり車輌での脱出がベストであると考えるが、鞠川校医の私物では全員は乗れまい?」

「うぅ、確かに……」

 

 当初は4人乗りの自家用車に、冴子とサーシャを乗せるつもりであったが、今の人数では到底詰め込むことは不可能であった。

 やはりな、と冴子は息を1つ吐くと、

 

「部活遠征用のマイクロバスはどうだ?そこの壁掛けにキーがあるが」

「あ、バス、あります」

 

 コータはブラインド越しにバスを確認した。

 

「学校を出たらどうするの?」

 

 静香が尋ねる。

 

「まずはそれぞれの家族の安否を確かめます。BSAAを信用しない訳じゃありませんが、やっぱり高城の言う通り、ここへの救助に時間がかかるとしたら、こっちで早いうちに動くべきだと思います。近い順に家を回るとかして、必要なら助けて……高城、市外への検問と空港、どっちが近いかな」

「なんとも言えないわね……でも、どちらかを選ぶんなら空港じゃないかしら」

「空港か。だったら、御別橋を渡るのがベストだ。あっちの方面には高城ん家もあるし、麗の親父さんが務めてる東署もある。それに、おれの母さんが務めてる第三小学校も……あ、でも、平野や毒島先輩、鞠川先生はいいんですか?」

 

 3人は首を振った。

 静香の両親は既になく、コータと冴子の親も共に海外にいるらしい。沙耶は、コータの完璧過ぎる家族構成に頭を抱えるが、それは割愛する。

 

 そんな訳で、一同はバスで学校を脱出し、御別橋を目指す方針となった。

 無謀とも取れるかもしれないが、このまま立て籠もるよりかはずっとマシなプランに思えた。

 

「決まりね。バスへは正面玄関を通るのがいちばん近い……あ」

 

 はっ、と沙耶は口をつぐんだ。

 確かにそれがいちばんの近道であるが、ここから辿り着くまでは、スロープのない階段を下りる必要がある。そのルートでは、サーシャを連れていけない。

 かと言って、遠回りも現実的ではない。

 

「……どうやら、ここまでのようだ。君たちは『いきなさい』。わたしはここに残る」

 

『いきなさい』

 そのワードが孝たちには『行きなさい』にも、『生きなさい』にも取ることができた。いずれにせよ、真意を察するには充分すぎた。彼はここで死ぬ気だ。

 

「馬鹿なこと言わないでください!」

 

 サーシャの申し出に真っ先に反論したのは静香だった。意外な人物が声を荒げる姿に、サーシャをはじめ全員が目を丸くした。

 

「自己犠牲のつもりですか!?そんなの許しません!死んだら悲しむ方がいるはずです……いや、います!あなたはそんなに寂しい人間なんかじゃない!だから、絶対に諦めないで!」

 

 肺の中の空気を、伝えたい想いをすべてぶち撒けたのだろう。静香は息を荒げていた。俯いた彼女の表情は前髪に隠れて窺い知れない。

 

「鞠川校医の言う通りです、コザチェンコ講師」

 

 冴子は静香の肩にそっと手を添え、真っ直ぐにサーシャを見据えた。

 

「自ら命を絶つおつもりですか?」

「……」

 

 サーシャは答えない。

 

「……答えてはくれませんか。酷なようですが、しかしこれだけは言わせてください。我々は生者である以上、自ら命を絶つという選択肢はない。それがたとえ死よりも残酷な結末に向かうとしても」

 

 サーシャは目を閉じ、鼻から思い切り息を吸い込んでピタリと止まった。

 

 冴子の言わんとしていることは理解できた。

 彼女は『共に苦しみを味わえ』と言っているのではない。『命の限り生き抜け』と言っているのだ。

 奇しくも、かつて東スラブでのレオンとのやり取りと似ていた。

 

「……平野くん、なにか使えそうな工具はあるか?」

「え?あ、はい、ちょっと待っててください!」

 

 息を口から吐き出したサーシャはおもむろにコータに頼み、工具を入れた袋を持ってきてもらう。

 中身をすべて広げてみると、5本入りの彫刻刀が2ケースあった。

 

「これがいいな。これなら、わたしでもみんなの役にたてるだろう」

「……サーシャ先生!」

「すみません鞠川先生。どうやら弱気になっていたようです」

 

 静香の瞳は潤んでいた。どうやらひどく気を揉ませてしまったようで、サーシャは申し訳ない気持ちになる。

 

「大丈夫っすよ、そんときはぼくがサーシャ先生を背負いますから!」

「わ、わたしも、車椅子くらいだったら運んであげるし!」

 

 孝がどんと胸を叩き、沙耶が口を尖らせつつもそう言ってくれた。

 

「……本当にすごいな、君たちは」

 

 なんて心の強い子たちだろう、とサーシャは孝たちを見渡す。

 死の恐怖から目を逸らさず、それでいて生きる希望を見失わない彼らの表情に、尊敬の念すら抱ける。

 それは非常に危うくもあるが、今はそれが頼もしく思え、闘志を湧き上がらせてくれる。絶対に生き延びるのだ、という闘志を。

 

「生存者は可能な限り拾っていこう」

「ええ。もちろんです」

 

 バリケードを取っ払い、入口のドアを開け放つと、数体の〈奴ら〉がゆらゆらと歩み寄ってくる。

 そこをコータがすかさず杭打ち機で〈奴ら〉の頭を撃ち抜いた。

 

「いくぞ!」

 

 孝の合図に全員が駆け出す。

 皆が、生きるために地獄のど真ん中へ飛び込んでいった瞬間だった。

 




今後の目標

・巨大B.O.W.
・ロケットランチャー
・カプコンヘリ







かゆい

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