床主フェリーターミナル。階層は3階からなり、比較的大きなターミナルだ。
静か過ぎる夜の中、屋上を2筋のサーチライトに照らされながら佇むそれは、言いようのない不気味さを醸し出している。
建物の周りには検問が敷かれ、バリケードが張り巡らせていたが、一部が破られ、そこから感染者の侵入を許してしまったようだ。
無数のサーチライトに照らされる内側には、行き場を見失った〈感染者〉が、ちらほらとうごめいている。
「屋上に感染者を確認。数は16。階下への扉は閉まっている」
ブラヴォーチームが乗るヘリのパイロットから報告が入る。
おそらくは、屋上に避難した際、その中に噛まれたものがいたのだろう。
『了解。ただちに掃討にかかれ』
もう1機のヘリにいるクリスから命令が下る。
「了解」
ピアーズは愛用の〈対物狙撃銃〉の安全装置を外した。
「田島、お手並み拝見だな」
「努力するよ」
田島もまた、狙撃用〈M1500〉の安全装置を外し、サイトに目を当てた。
「まずは1発!」
まず引鉄を引いたのはピアーズだった。
射出された弾丸が、確実に感染者の頭を捉える。
「さすが12.7mm弾、えげつねえ……」
頭に向けなくとも、体のどこかに当たれば充分ではないだろうか。
その光景は、『撃ち抜く』というよりも、むしろ『弾け飛ぶ』と言ったほうが正解だった。
その威力に身震いしながらも、田島はサイトから目を覚まさない。
サイト越しに捉える感染者の男は、ターミナルの制服を着ていた。彼はきっと、最後まで職員としての使命をまっとうしたのだろう。そのあげくがあれでは、あまりにも報われない。
田島は心で念仏を唱え、勇敢な犠牲者を地獄から解放した。
その様をピアーズは一瞥すると、ふたたび狙撃態勢をとる。
サイト越しに感染者が倒れた。こちらからではない。アルファチームのヘリからだ。
狙撃しているのは、南リカだ。彼女が引鉄を引いた数だけ、同じ数の〈感染者〉が倒れていくのが見えた。
「……田島、訂正するよ」
「なにを」
引鉄を引きつつ呟くピアーズの隣で、同じく引鉄を引いた田島が尋ねる。
「あんたらは本当の戦士だって言いたいのさ」
ピアーズもまた、正確な射撃で次々と撃ち倒していく。
「そいつは光栄だ」
確認できる個体は1体。最後の1発を田島は打ち込んだ。
……が、感染者の脇腹を通り抜け、コンクリートの床を軽くえぐる。
すかさず〈ビューティ〉のヘリから発射された1発が、本当に最後の1発だった。
「……そこはビシッと決めろよ」
「返す言葉もねえ」
とにかく、制圧に成功した〈ビューティ〉、〈ビースト〉両チームのヘリは、屋上へ降り立つ。
討ち漏らしがないかを再度確認し、内部への扉に到達した。
「鍵がかかっている。こちらからは開けられない」
先頭に立つクリスが首を振った。
「感染者の中に鍵を持っている者がいるはずだ。各自、捜索にあたってくれ」
隊員達は、ひとりひとり所持品をチェックしていく。
「ぶち破ればいいんじゃねえのか?」
田島はピアーズに尋ねる。もちろん、爆薬を使用しての開錠のことだが、クリスあたりなら殴って破れそうだ、とも思えた。
「日本製だからじゃないか?まあ真面目な話、隊長は昔からこうなんだ」
武器をアサルトライフルに持ち替えたピアーズが笑いかける。
「そんなもんかね」
気にしてはいけない、と田島は、自身が狙撃した職員の遺体を調べる。
予想は当たっていて、ズボンのポケットに鍵が入っていた。
「ナイスだ!」
ピアーズが田島の胸を叩く。
「あんたたち、いつの間に仲良くなったの?」
すると、2人の前にリカが歩み寄ってきた。そしてピアーズと対峙する。一瞬だけ身構えたが、それも杞憂に終わった。
なにも言わず扉まで歩き去る。ただ、すれ違いざまに、彼女を肩をポンと叩いた。
「素直じゃないわね」
「どの口が言うか。ま、おまえだって嫌いじゃないだろ?ああいうの」
「まあね」
2人はふっと笑い合い、ピアーズの後を追った。
(そういや、なんであれが扉の鍵だってわかったんだろう、おれ)
ふと田島は考えるが、すぐに頭の外へ追いやる。
今はただ、任務に集中だ。
「田島。突入のまえに、建物の構造について再確認を」
クリスが尋ねた。
「はい。ではまず1階から」
田島は1つ喉を鳴らした。
「1階はチケット売り場とフェリーの待合室、及び船着場への連絡通路となっており、非常に見渡しやすいフロアです。見渡しやすいがゆえに感染者の数も多いでしょうが、比較的対処はしやすいでしょう。ただ、北側のフードコートにはそれなりに死角があるため注意が必要です。
2階はお土産屋など、食品や雑貨を扱う専門店街です。店舗数が多く道も入り組んではいますが、マーケットの形をとっていますので比較的見晴らしは良いかと。
最後に3階フロアですが、こちらは展望スペースと小規模の資料館があります。資料館には鍵付きの扉があり、生存者が立て籠もっている可能性が高いですね」
「ひとつ忘れてるわよ」
リカが小突く。
「なんかあったっけか」
「あんたねえ……」
田島は頭に「?」を浮かべた。
「まあいいわ……各階にはスタッフ専用のバックヤードがあり、
リカの補足に、クリスは頷いた。
「了解した。では、おれたちアルファチームは3階を行く。ブラヴォーチームは2階をあたれ。制圧後は、速い方のチームが救援へ向かう。味方を撃たぬよう、通信を怠るなよ。その後は、地上部隊と連携して1階の〈感染者〉を掃討する。いいな?」
「了解!」と13の声が重なった。
みな、無線のチャンネルを設定していく。
この無線はクエント・ケッチャムお手製の高性能無線機で、4つある送信ボタンにそれぞれのチャンネルを設定できるようになっている。
部隊全体を『1』。アルファチームを『2』。〈ビューティ〉を『3』。〈ビースト〉を『4』に設定すると、
「よしいくぞ!」
クリスが扉を開け放ち、ピアーズと共に突入すると、隊員たちも二列縦隊で次々と後に続く。
非常階段を駆け下り、3階フロアに続く防火扉まで到達したところで、〈ビューティ〉は待機。〈ビースト〉は通り過ぎ、2階へと降りていく。
ーーピアーズ、みんなを頼んだぞ。
ーー了解です。手早く片付けて、救援に参りますよ。
すれ違い様、クリスとピアーズはアイコンタクトでそう交わした。
ーーそういうことだ。活躍の場、残しといてくれよ?
ーーやれやれ、あたしはあんたの方が心配だっての……
リカと田島もアイコンタクトを交わした。
外での戦闘の音が聞こえてくる。
戦力は充実している。しかし、壁1枚を隔てるだけで、こんなにもここにいる14人が孤立している気分になるのは、おれが臆病だからだろうか?まったく、あれだけ大見得切っといてこのざまとはな。
田島は早鐘を打つ心臓の鼓動を抑えられなかった。
だが、それは自分だけではないことを、田島は理解する。
〈ビースト〉の隊員たちはみな、荒い呼吸を必死に飲み込んでいる。ピアーズは、トレードマークである襟巻きがびっしょりと汗に濡れていた。
恐怖という感情のない人間などいない。
みんな、それぞれの恐怖を押し殺し、そして乗り越えて闘っているのだ。
なんのために?決まっている。
『皆で生きて使命を全うする』ためだ。
鼻息を1度強く吐き出すと、田島は短機関銃〈H&K-MP5〉のグリップを握り直した。