BIOHAZARD:OBLIGATION   作:麦ご飯

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Chapter〈B〉:1-3

 2階。

 

 食品を扱うエリアなだけあり、フロア全体の温度は低めのようだ。

 そこかしこに設置されてある冷蔵庫の冷気が、緊張に汗ばんだ体に心地よい。

 各店舗から漂ってくる様々な香りで、本来ならばさぞ居心地が良いフロアだったのだろうが、あいにくと、そこらを歩き回る者たちが漂わせる死臭のせいで台無しだ。

 

 フロア内に突入した〈ビースト〉の面々を、さっそく感染者の群れが出迎える。

 

「食うもんには困らねえだろうに」

「よほど舌が肥えていると見たね、おれは」

 

 田島とピアーズが言葉を交わした瞬間、7つの銃口が光った。

 マズルフラッシュが明滅するたび、次々と感染者が倒れていく。

 その音に引き寄せられ、さらに感染者は集まってくる。

 寄ってくるたびに、頭を撃つ。それを繰り返しながら、ピアーズたちはフロア内を前進していく。

 

 数分の内にフロアの約半分は制圧に成功し、精肉コーナーに差し掛かったとき、ふと先頭をいくピアーズの足が止まった。

 

「どうした?」

「あれを見ろ」

 

 死体の傍に落ちたビニール袋に群がる影がある。

 

「〈犬〉だ」

 

 何匹もの犬が、袋に群がり中身を貪っているのが見えた。

 後方と側面をそれぞれ1人ずつ警戒させると、残りの隊員たちが一斉に銃を構える。

 なにせ、〈犬〉は〈人間〉よりもやっかいな敵だからだ。

 

「ピアーズ、発砲許可をくれ」

 

 隊員の1人、マシューが人差し指に力を込める。

 

「……いや、ちょっと待て」

 

 ふと異変を感じ取ったピアーズは、銃を下ろす。

 いや、本来ならば異変ではないのだが、この場に至っては正常であることのほうが異変だった。

 

「あの犬、生きているぞ」

 

 犬たちの目には、漏れ無く生気が宿っていた。彼が貪っていたのは、精肉店が販売している、すき焼き用の牛肉だ。

 

「おいおい、ありゃあグラム800円はくだらねえぜ……まったくいいもん食いやがって」

 

 緊張のほぐれた田島は、そう鼻で笑う。

 

「ったくよ! ヘイ、ワンちゃんたち、そいつはドッグフードじゃないぜ?」

 

 マシューは犬たちを追い払うために近寄る。

 すると、牛肉の購入者であったろう女性の死体が動き出し、マシューの足を掴んだ。

 

「マシュー!」

「くそっ! だれも肉をとったりしねえよ!」

 

 マシューは足首をカリカリと引っ掻く〈感染者〉の眉間に銃口を当てた。

 その途端、精肉店のカウンターの影に潜んでいたもう1体の感染者がマシューの背に覆いかぶさり、歯を突き立てた。

 

「マシュー! クソッタレめ!」

 

 ピアーズたちは急いで駆け寄り、マシューに群がる感染者を引き剥がすと、それぞれの頭を潰す。

 

「おい、しっかりしろ!」

「いや、なんとか大丈夫だ……まったく、このクソッタレが!」

 

 幸いにも、マシューが噛み付かれたのはベストの襟部分だった。足首にも噛まれた形跡はなく、運が良いとしか言いようがない。

 マシューは倒れた感染者の頭を蹴り飛ばす。身なりからして、精肉店の従業員のようだ。

 

「ピアーズ、まずいぞ! 奴らが集まってきやがった!」

 

 いつの間に、いや、どこからそんなに集まってきたのか、三叉路の真ん中に固まる〈ビースト〉のメンバー目がけ、正面から、左手から、そして背後から。ゆうに100は超えているであろう感染者の群が腕を前に突き出し歩いてくる。

 

「応戦しろ!」

 

 3方向へ向け、一斉に弾丸のカーテンが張り巡らさせる。

 BSAAの隊員は、厳しい訓練を乗り越え、鍛え上げられた戦士たちだ。たかがゾンビの群れに囲まれたからと言って、嘆くようなヤワな精神は持っていない。

 

 引鉄を引くたび、銃口が光るたびに一歩一歩前進していく。

 それに合わせ、感染者たちの包囲網はゆっくりと後退していった。

 

 ふと、田島は感染者たちの足元で吠える犬たちを見た。

 

(興味がないのか……?)

 

 事前に聞いていた情報によれば、感染者は新鮮な肉ならばなんでも『食う』。それは犬とて例外ではない。

 しかし、今はどうだ。

 奴らにはまるで関心がないように、ただ咆哮を発するモノであるかのように、一直線にこちらへ向かってきていた。

 

「ピアーズ!」

「分かってる。これでも愛犬家なもんでね」

 

 彼もそれに気付いていたようだ。

 2回目のリロードが終わった時、彼らと犬たち以外に立っているものはいなくなっていた。

 ビーストのメンバーは誰1人欠けることなく、精肉店の前へ集合する。

 

「一網打尽ってやつだな。群がって来たのが幸いした」

 

 田島は大きく息を吐き出す。通路は夥しい数の死体が積み重なっていた。

 

「だが、まだ仕留めきれていないやつや、這いずってるやつが潜んでいる可能性もある。各員は二手に分かれて残りの感染者の排除にあたれ。トイレまでくまなく探せよ。おれと田島はバックヤードを調査する」

 

 マシューらの姿を見届けると、ピアーズと田島は精肉店のカウンターの後方に設置されたスイングドアを見る。ここからバックヤードへ入れそうだ。

 

 簡単に開くドアだけに、2人は銃を構えて慎重に近付き、耳を済ませる。

 感染者が出す独特の物音は聞こえない。ドアを押すと、向こう側からなにかが積み上げられているらしく、開かなかった。

 仮にいたとしたら、銃声を聞きつけて真っ先に飛び出してきて、四方からの襲撃になっていただろう。こればかりは幸運だったと2人は頷いた。

 

「あいつら、壁沿いの店舗からもわらわら出てきやがった。バックヤードに繋がっているドアもあるはずだよな」

 

 その隣、直接フロア内へ繋がっているスイングドアがきいきいと揺れていた。さまざまな資材が散乱しているあたり、ここが破られてしまったのだろう。

 

「……いこう」

「ああ」

 

 ピアーズはバックヤードへ首をもたげ、田島を促す。

 ちらほらと鳴る銃声を背後に、2人はバックヤードへ足を踏み出した。

 節電のためか、点いている蛍光灯の数は少なく、薄暗かった。呻き声や足音はない。

 正面には従業員の荷物置き場であるロッカーが立ち並んでいる。

 左右にはそれぞれ、事務所と思しき箇所の入り口と、休憩室があった。

 休憩室の扉はガラス越しにバリケードを構築した影がみえ、隙間から光が漏れていた。

 一方の事務所は、扉が開け放たれ、夥しい量の血が飛び散っている。

 

 しかし、ただの静寂は訪れていなかった。

 先ほど確認した犬たちがロッカーの合間に向かって吠えている。その鳴き声に引きつけられ、数体の感染者が、のそりと姿を現した。

 

「まだいやがるとはな」

「ずっと突っ立ってたんだろうよ。怠け者どもめ」

 

 感染者らの頭にレーザーサイトの照準を向けたとき、

 

『助けてくれ! まだ誰も噛まれていない!』

『お願い、はやく!』

 

 休憩室の扉の向こうから、助けを呼ぶ声が聞こえた。

 

「落ち着いて! まだ出てきてはいけません!」

「外の安全が確保されるまで、しばらくそこに留まっていてください!」

 

 感染者の目がそちらに向かぬよう、より大きな声で意識をこちらへ向かせ、2人は引鉄を引いた。

 休憩室から悲鳴が上がるが、すぐに収まる。おそらく中の従業員たちが落ち着かせているのだろう。

 数発の発砲音の後、寄ってくる感染者の気配はない。

 

「クリア」

 

 今度こそ、バックヤードから感染者を掃討した。

 

 

「もう少し速ければ……ってのは、思い上がりかね」

 

 事務所の方の惨状を横目に、田島は歯噛みした。

 

「……ここではずっとそうさ」

 

 ピアーズは田島の肩に手を添えた。

 すると、バリケードが取り除かれていく様子が見え、2人は生存者が篭る場所へ駆け寄った。

 

 休憩所に避難していた生存者は、27名。

 

『こちら〈ビューティ〉3階の制圧に成功。生存者は2名だ』

 

 クリスからの通信だ。

 

「〈ビースト〉了解。こちらも制圧完了。バックヤードにて多数の生存者を確認しました」

『了解した。では、こちらから生存者を連れて向かう。2階のバックヤードで合流しよう』

 

 通信が切れる。

 それと同時に、足下からけたたましい銃声が轟く。

 

 どうやら屋外の部隊が周辺の掃討を完了し、1階へ突入したようだ。

 作戦は、早くも仕上げの段階に差し掛かっていた。

 

 


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