渋谷地震から一年後、昏睡から目覚めた拓留にとある生理現象が襲う

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思春期の介護(拓留、世莉架、乃々)

※思考盗撮で記憶を覗けるものとしています。あとオン・オフ式。

宮代拓留が昏睡から回復して早一ヶ月。その日もまた世莉架は彼の見舞いにと青葉寮に訪れていた。

「タク、のんちゃん?入るよ」

ガチャリと音をたてて入室した世莉架が目にしたのは慌てたように飛び退く乃々と茫然自失として天井を見つめる拓留の姿だった

「せ、世莉架!?……えっと、それじゃあ?拓留?私は下に行くわね」

入室した世莉架に気がつくと、顔を真っ赤にした彼女は、らしくもなくそそくさと逃げるように部屋を出ていってしまった。一方でベッドに目を向けると、そこには世莉架に気がつく様子もない放心状態の拓留が横たわっていた。拓留が昏睡から回復してから早一ヶ月。宮代拓留と来栖乃々との間でトラブルが発生するのは珍しくもないが、こんな様子は初めてだ

「う?タク?どうしたの?」

「……」

「ねえ、タクってば。聞いてる?」

「……」

「ねぇ、本当に大丈夫?タク?聞こえてないの?」

いくら体を揺さぶっても全く反応がない。明らかな異常事態だが、会話すらできそうになく事態がさっぱり把握できない。

仕方がないな。タク、思考盗撮させてもらうね。と、すかさず世莉架は拓留の思考を読み取ろうとした。しかし、拓留の思考は文字通りの意味で真っ白だった。どうやら、完全に放心状態となっているようだった。さて、どうしたものかと世莉架は思案する。

うー……のんちゃんがタクに危害を加えるとは思えないんだけどなー。でも、何かあったのは間違いないんだよね…

部屋から出て行く間際に乃々の思考も盗撮していたが、彼女からもまた有効な情報が得られなかった。拓留が一面の白ならば、乃々は大昔の白黒テレビのノイズであった。思考状態がこんな様子では二人から会話によって状況を整理するよりか記憶を探ったほうがはやい。思考盗撮は使いようによっては記憶を垣間見ることもできるのだ。

ホントにタクは世話が焼けるなーと、いよいよ世莉架は再度能力を用いた。とりあえず、およそ10分前の記憶から遡ればこの状況も把握できるだろう。そこで宮代拓留に何が起きたのか?世莉架は目を細め、目の前で呆けている彼を見据えた。

 

脳裏に浮かんだのは、一子纏わぬ来栖乃々の姿だった。

 

「ふぇ?……ええええええ!?」

なにこれ!?なによ、これ!突如現れたのが自分の良く知る人物の裸体で、世莉架には状況が全く理解できず、心の中で絶叫した。混乱する世莉架をよそにどんどんと記憶が進行していった。

全裸の乃々は、四つんばいになり歩み寄ってくる。そして、横たわり動けない自分、いや、そうか、これはタクか、を抱きしめる。もしかして、これは俗に言うアレなのだろうか?と、世莉架は一つの仮説を立てるが、おあいにくさま断片的な知識しか持っていなかったので断定できなかった。しかし、来栖乃々のような生真面目が絵を描いたような少女が裸で抱きしめてくるというのが並々ならぬ事態であることは理解していた。

よりにもよってこの二人が。あまりの衝撃に自分がどういう感情で受け止めているのかも世莉架には分からなかった。とにかく凄まじい感情の奔流がこの身のうちを駆け巡っていることだけを、世莉架は理解していた。

 

「拓留。拓留ってば」

記憶の中の乃々は拓留に呼びかける

「拓留。ほら、服脱がすわよ」

そうか。アレの手順とはまずお互い裸になることなのか。世莉架は一つ学んだ。

「もう拓留ったら、今日は甘えん坊ね」

来栖乃々の声からは慈しみと愛しさが溢れている。じっと拓留を見つめていたかと思うと、やがて、目を伏せどんどんと顔を近づけてきた。

瞬間、それはダメだと世莉架は直感した。

ダメ絶対それはダメ。タクはそんなことしない。来栖乃々なんかに絶対渡さないん――

「でも、もういい時間よ。ホラ、体拭いてあげるから、さっさと起きなさい。起きないようなら、勝手にオシメ取り替えますからね」

――あ、あれ?チューじゃないんだ。よ、よかったぁ、と世莉架は安堵した。いや、しかし、何かおかしい。脳裏に映る映像には一面に乃々の顔が映っていた。これはもう完全にチュッチュな距離だ。

しかし、次の瞬間、世莉架は、記憶の中の拓留の顔に熱いものを押し付けられていることを知覚した。その熱いものは適度に湿っていて少しゴワゴワとしていた。さらにソレはまず顔を前後左右、満遍なく移動して、首に到達する。そして、肩、腕、胸、腹とどんどんと拓留の体を這いずっているようだ。

これってタオル?それに、熱いお湯につけて絞った後だよね…?

世莉架はその正体について適切に判別した。これがタオルということは、先ほどの言葉の通り、乃々は拓留を拭いていることになるはずだ。しかし、目の前の乃々はとても体を拭く動きをしていない。

少しだけ冷静さを取り戻した世利架は、記憶の中の視覚情報と聴覚、触覚情報の食い違いに気づき、ほどなくして、理解した。

ああ、これってタクが見てる夢なんだ。

つまり、拓留は寝ぼけているのだ。今目の前に映る光景は彼の夢で、視覚以外の五感が覚醒しているのだ。それを裏付けるように、なるほど、視界に映るのは来栖乃々だけで、それ以外の光景は白くモヤがかかったかのように実像を結んでいない。おそらく現実は、その宣言通りなのだろう。

……はぁ……全くタクは人騒がせなんだから……。フフフ、そうだよ。私がタクのこと一番よく分かってるはずなのにね

もし、拓留が乃々とチュッチュなことに興じているのだとしたら自分は一体なんなのか。己の存在理由すら揺さぶる大事件が、実は未遂ですらないことに、世莉架は再び安堵の息をつく。

ふんふーん、やっぱりタクの一番は私だよね。タクの望みがえっちなことじゃないのはちゃーんと分かってるからね。……フフフ、まぁ、タクが望むならえっちなことだって私が――あれ?そういえば、どうして、タクの夢に……

来栖乃々が出てきたのか?そのいろんな意味で最大級の地雷となる疑問にたどり着こうとした瞬間、大音量によって彼女の思考は中断された。

 

~~

 

「キャァアアアア!た……拓留!?貴方、これ!?……」

耳をつんざくような乃々の悲鳴とともに、突如拓留の視界が切り替わった。

そこには、熱烈なキスを浴びせる乃々の姿はなく、代わりに今しがた脱がしたのであろうとオムツを震える手で掴み、顔を真っ青にする彼女の姿があった。

「……あれ……乃々?なんで……」

茫然自失の乃々を目の前に拓留は状況を把握しようとする。ほどなくして、さきほどまでの情景が夢であったことに気がついた。拓留は思わず肩を落とし、ため息をついた。

「お……おはよう、乃々。ごめん、体……もう拭いてくれてたんだな」

昏睡から目覚めて早一ヶ月。はじめこそオムツや着替え等々の介護を乃々が行うことについて反発していた拓留であったが、眠り続けていた肉体は身動き一つ取ることができない。そういった自己の状況と、掛け値なしの美少女である乃々が無償の愛情で世話をしてくれるという状況から、拓留はすっかり参ってしまい、一週間もたつころには気恥ずかしさはありつつもされるがままを受け入れていた。

「乃々?ちょっとこのままだと恥ずかしいんだけど……」

オムツは乃々の手にあるのだから当然拓留の下半身はスッポンポンだ。一向に新しいオムツを履かせてくれる様子もなく、拓留は焦った。いくら慣れつつあるとはいえ、女の子の前で丸出しで放置されるのは流石に辛い。

一体彼女は何をもたもたしているのかと、拓留は乃々に目をやり、ようやく彼女の様子がおかしいことに気づいた。

おい、乃々。どうしたんだ?何かあったのか?今まさに言葉を発しようとする拓留の前に乃々がゆらりゆらりと近づき、手に掴むものを差し出した。

「乃々……?これ、僕のオムツ……か?」

中学生にもなってオムツを履かされていることは、拓留にとっては屈辱の事実で、あまり目にしたくはないものだった。

「拓留……どうして……」

しかし、それを見せ付けた彼女は、唇が震え、か細い声で呼びかけるばかりだ。その表情はまるで全てに裏切られたかのように絶望に彩られ、この世の終わりだと言わんばかりだ。そんな様子を見た拓留は瞬間、心中の嫌悪感を捨てることにした。短い付き合いながらもこの信頼に足る少女がこんな表情をするというのはよほどのことだ。

拓留は意を決して、オムツの中を覗きこんだ。

 

そして、そこに白くべたつく何かを確認した

 

拓留にはそれがなんなのか分からなかった。排便にしては液体にすぎるし、尿にしてはおかしい。こんな色はしない。オムツに付着しているということは、こんなものを自分が体内から吐き出したということになる。もしかして、自分は何かとんでもない病気にかかってしまったのだろうか?あの乃々がこれだけうろたえるのだから。

得体の知れないものを目の当たりにして、急に不安になった拓留は目線でその正体を乃々に問うた。

対する、乃々はと言うと不安げに自分を見つめる視線に気づき、ようやく我に返った。青白んだ顔は生気を、虚ろな瞳が輝きを取り戻し―たのも、一瞬のこと、今度はリンゴもかくやというほどに頬を紅潮させ、意志の強い瞳は伏せてしまった。

「拓留……これ、なんだか分かる?」

普段の勝気な彼女からは想像もできないほどモジモジとして問いかけてくる。

「いや、僕もこんなの始めて見るけど。……なあ、乃々。これ、病気なのか?」

「そ、そう……。えっと……これは、多分病気じゃないわよ。」

「え?そうなのか?……なんだ、驚かさないでくれよ、乃々」

身構えて損した。とばかりに拓留の緊張が解けた。

「え……ええ、そうね。ごめんなさい、拓留。私もちょっと驚いちゃって。でも、病気とかそういうのではないはずだから。……だから、その、この件はこれで終わりにしましょう?」

そうして、強引に話を打ち切ろうとする乃々だが、拓留にとってみれば冗談ではない。たとえ健康に害はなかったとしても、こんな気持ちの悪いものが自分の体内から出たというのはぞっとしない。どうやら彼女はこの粘液について知っているようだし、追求するしかないではないか。

「え?ちょ……乃々!これってなんなんだ?知っているなら、教えてくれ。」

「……ごめんなさい。私にもその……よく分からないのよ。だから、いい加減なこと言うわけにはいかないでしょ?」

「なんだよ、それ……。それじゃ、なんで問題ないなんて言えるんだよ?僕の体のことなんだから、僕には知る権利があるはずだろ」

非常に困ったことになった。乃々は焦っていた。

自分だって本当によく知らないのだ。ただ授業で習ったことや、学校でいわゆる進んでいる女子から一方的に聞かれた知識を総合的に判断して推測しただけだ。そして、その結論は思春期の女の子にとって、ちょっと重たい内容だったのだ。

こんなこといくら拓留にだって、いや、拓留にだからこそ口に出したくない。彼に言わなければならないと思うだけで、乃々は羞恥心で身が焼かれる思いをした。それに、おそらく、聞かされる拓留にとっても、この内容は酷く屈辱的であるはずだ。まして、それを家族から言われるとなるときっと心に深い傷を負うことだろう。

しかし、きっとそう説得したとして、彼は納得しないだろうということも乃々は理解していた。昏睡から目覚めて一ヶ月の付き合いだが、彼女は拓留の性格を把握していた。知らないことは、なにがなんでも知りたがる。情報を得ることに対して、過剰なまでの貪欲さと無鉄砲さを持つのが宮代拓留という人物だった。

「お願い、拓留。貴方にイジワルしたいわけじゃないの。だから、分かってちょうだい?」

結局、彼女にできたことは懇願であったが、これは拓留にとってはむしろ逆効果である。

「……なんだよ……なんで教えてくれないんだよ……。隠し事はしないって言ったのは自分だろ……!」

突然かんしゃくを起こしたかのように拓留は怒鳴り散らした。

隠し事はしない。それは、来栖乃々にとっての最大のタブーだ。この言葉を出され、彼女が抗えるのはこの世に1つしかない。一瞬、泣きだしそうな表情を見せるも彼女はしぶしぶ折れることにした。

「わかった。わかったから、拓留。落ち着いて……ね?」

拓留をなだめ、優しく語りかける乃々。やがて、拓留のかんしゃくもおさまっていった。

「でも、何度も言うようだけど私も詳しくは分からないから、間違っていても怒らないでね?」

「それでもいいよ。僕は乃々の意見が聞きたい」

「拓留。えっと、それとね。私も直接は言えない内容なの。だから、ヒント。ヒントなら言えるから。それじゃあ、ダメ?」

なるほど、ヒントと来たか。拓留は思わず再度かんしゃくを起こしそうになるが、なんとか飲み込んだ。ここまで自分に尽してくれる彼女が渋るのだから、直接言わせるというのは想像以上に無理難題を吹っかけているのでなかろうか?と考えたのだ。その考えは、一瞬追求をやめるべきかというところにまで波及したが、結局拓留は欲求を優先させた。

「わ、わかったよ。ヒントでもいい。後は自分で考えるから」

「そう?ありがとう。拓留」

無理を言っているのはこちらなのに。逆にお礼を言われることにばつが悪く拓留は視線をそらした。

「でさ、結局なんなのさ、それ」

「……そのね、拓留……」

いよいよ答える段となったのだが、やはり乃々の歯切れは悪い。

「乃々?」

「わ、分かってるわ。えっと、その……ね?」

「うん」

「拓留は……その保健体育の授業ちゃんと覚えている?」

「ほ、保健?」

返ってきた答えは拓留の想像からあまりにもかけ離れていた。

「保健。保健か。まぁ、人並みの知識はあると思うけど……」

拓留は小学校を不登校にしがちであったが、情報強者たるものの務めとして学習内容については自習で修めているつもりだった。

「そ、それじゃあ、拓留。その、ね?二次性徴で……その……こういう現象があるってなかった?」

「――え?」

二次性徴。その単語を聞いた途端、ひどくいやな予感が走った。

二次性徴とは、男女の体が明確に分かれてくる成長段階を指す言葉だ。女の場合は、胸が大きくなったり、月に一回体調が悪くなったりする。教科書にはそう書かれていた。

では、男の場合は?そう、男の場合は喉仏が発達したり、それによって声変わりするとあった。あとは確かひげが生えたり、精通といって……。その先の情報を思い出し、拓留の顔からサーッと血の気が引いた。

いや、まて、そんな馬鹿な。そういえば、今まで自分は一度も経験したことがなかった。じゃあ、それが今になって?いや、それは性急だ。そうとは限らない。他の可能性だってあるはずだ。そもそも目の前のこれがそれだっていう証拠は……。

そのとき、唐突に拓留は、@ちゃんねるの有名なコピペを思い出した。そのコピペはまさに今危惧している事象についてネタにしているもので。たしかその特徴も書かれていたはずだ。カルピス?

拓留は再度、乃々の手にあるオムツの中身を確かめた。

白くて、濁っていて、粘性があって。どう見てもカルピスです。

「ーーーーーーーーーー!!!」

声にならぬ悲鳴を上げ、火山の噴火の如くあふれ出る羞恥心とともに、拓留の意識ははるか彼方へと飛び立っていった。

 

~~

 

「……ふぎゃぁ!」

ドン!

拓留の記憶から送られてくる情報量が爆発した。そのあまりの勢いに世莉架は尻餅をついた。

「いたたた……。もうなんなの?」

来栖乃々から疑問の回答を得るまでは、拓留の記憶を正しくトレースできていたのだが、そこから先は追いきれなかった。拓留は脳裏に何かが閃いたようだったが、直後に膨大な情報の検索が走り、それが世莉架の脳に叩き込まれた。それは感情の奔流を伴い、世莉架ではその全てを受け止め切れなかったのだ。

うー、結局、保健体育とカルピスしか分からなかったし……。まぁ、いいや。とにかく、タクがおかしくなったのはこれのせいってことだよね、とごちて、世莉架はガバッと掛け布団を引っぺがした。そこには、着替え途中のままの拓留の下腹部とそこに付着する白濁物があった。そして、世莉架は顔を寄せて、件のブツをよくよく観察した。

なるほど、確かに独特の粘性と異臭を放っているのだが、排泄物に比べれば不快感はない。どうということはないじゃないか。実は、世莉架も寝たきりの拓留の世話を手伝っていたので、目の前の代物もなんてそのだ。

まったく。のんちゃんもまだまだ甘いね。これがなんだって、タクのならいいじゃん。世莉架は知らずニヤニヤと笑みを浮かべた。ベッドの脇を見ると、体を拭くための桶とタオルが残されたままだった。

「ふふ、ちょうどいい。ふがいない来栖乃々に代わって私がお前を綺麗にしてやろう。宮代拓留」

普段の彼女から考えられないほど暗い笑みを浮かべ、彼女はタオルを手にした。

 

それからおよそ5分ほどで世莉架は拓留の全身をタオルで拭き、その作業も終わりをさしかかる頃に、拓留の意識が戻ってきた。

「……お、尾上?どうしてここに?」

「あ、タク?気がついたんだ。もう、ずっと前から居たよ?タクったら全然気づいてくれないんだもん」

「ご、ごめん。えっと、尾上。乃々のヤツしらないか?」

「のんちゃん?今下にいるよ?」

その言葉を聞き、拓留はもしかしたらさっきの出来事は夢だったのではないかと考えた。というかそうであってほしい。あれは自分の人生の中で一、二を争う汚点だ。しかし、そんな淡い期待はすぐに潰えた。

「それより、ほら、見て見て。タクが、ぼーっとしてる間にちゃんと綺麗にしておいたからね」

えへんと胸をそらす世莉架。それまるでボールを取ってきた子犬が褒めて褒めてと飼い主に甘えるかのように微笑ましい光景だった。手に持つタオルがなんなのか知らなければ。

「お……尾上!?それ、それ!右手の」

「う?これのんちゃんがさっき忘れていったのだよ。いつもタクの体拭くやつ。使っちゃダメだった?」

「じゃなくて!おま、それでな、なにを……」

「なにって、タクがこぼしたカルピス、だっけ?ちゃんと拭いといてあげたよ。ほら」

世莉架は、右手のタオルを突き出し、見せ付けた。そこにはべっちょりと白くベタつく何かが付着している。思わず拓留は卒倒しそうになる。

姉に見られただけに留まらず、幼馴染にその始末をさせる。最低だ、オレって。拓留の心は絶望に染まる。ただ、幸いなのは、どうやら世莉架もその正体については知らないようであることだ。

「そ、そうか。ありがとう。尾上。じゃあ、早くそれを片付けてくれ」

なるほど、自分の身に降りかかってようやく拓留はさきほどの乃々の態度を理解した。

これは気まずい。絶対に知られたくない。何がなんでも闇に葬らなければならない。でないと、僕は死ぬ!そして、乃々ごめん。本当にごめん!

話を打ち切ろうとしたさきほどの乃々の心中を察して、拓留は心の中で彼女に何度も謝罪した。

「おっけい。じゃあ、今片付けるね」

よし!追求はなし!拓留は心の中でガッツポーズをした。が、やはり、そうは問屋が卸さなかった。悲劇は繰り返す。

「でさ、タクはこのネバネバしたのが何か知ってる?」

小首を傾げる世莉架。拓留は心の中で膝を屈した。

「え!?……いや、ぼ、僕にも何か分からないな!アハハ、情報強者としては失格だよな。というわけだから、この話はこれで終わりにしよう」

拓留は、世莉架が知る限りで過去最大級の狼狽を見せた。これでは、能力を使わずともバレバレである。そんな彼の様子が可愛らしく思えて、世莉架は拓留に気づかれないようにクスリと笑った。なんだか無性に拓留をイジメてあげたい。そんな気持ちになってきてしまったのだ。

「本当に?タク、もしかして、心あたりあるんじゃない?」

「いやいや!ない!断じてないから!」

「ふーん、そうだよね。タクは私に隠し事なんてしないよね?」

これは先ほど拓留自身が乃々に向かって言ったのと同じセリフ。拓留はさきほど乃々を責めた自分を呪う。

「も……勿論だろ。尾上に隠し事なんて、ぼ、僕がするわけないだろ。アハハ」

そんな拓留の回答に、世莉架はちょっとだけ失望した。へー、ふーん、タクってば私に嘘つくんだー。ちょっと残念だなぁー、と。

そんなにもこのカルピスは、知られたくないことなのだろうか。が、しかしだ。尾上世莉架は宮代拓留の望みをかなえるための存在なのだ。彼のことはなんでも知っていなければならないというのが世莉架のポリシーと言ってもよい。なに、たとえ、拓留が自分に知られることを嫌がるような情報であったとしても、知らぬ振りを演じればいいのだ。そして、なにより。拓留と乃々の間で共有される秘密というのが、彼女には気に食わなかった。

うん、のんちゃんが知ってて、私が知らないなんてダメだよね。だから、タクごめんね、と心の中で拓留に謝罪し、いよいよ世莉架は思考盗撮を開始した。そして、拓留の知識が流れ込んできた。

 

「尾上?」

自分が件のカルピスについて誤魔化した後、こちらをじっと見つめていた世莉架であったが、急に変化が現れた。

顔が青ざめ、唇はわなわなと震え、最後には両の肩を自ら抱きしめたのだ。

拓留は全てを理解した。どういう手段で知りえたのかのは分からないが、自分が隠したかったことの全てを彼女が知ってしまったことを。

そして、再び意識が天に昇る直前、拓留は確かに見た。青ざめた顔が反転、真っ赤に染まり、自分と同様声にならぬ悲鳴をあげ、自分の頬を張る世莉架の姿を。

「ふ……ふぇええええん!!!タクがヘンタイになっちゃったよおおおお。の……のんちゃん!のんちゃーん!!!」

ものすごい勢いで階下に下りる世莉架の泣き声と、騒ぎを聞きつけた乃々の怒号なんかこのとき既に拓留の耳には入らなかったのである。

 

 

~完~

 

 

……

それからさらに数時間後。拓留の部屋には養父である佐久間が訪れていた。

「ははは!なるほどな。だから、乃々と尾上のお嬢ちゃんがあんな慌ててたわけか」

「ううう……」

はい、親バレまでしました。さめざめと涙を流す拓留の心には決していけない傷が刻まれた。

「なるほどなるほど。まぁ、でも、これは良かったかもな。拓留よぉ」

「……よかった?よかったって……何がだよ」

姉にバレ、幼馴染にバレ、おまけに父親にまでバレて、もうこの世から消え去りたい思いだ。(階下からガタッという音が聞こえたが気にしないでおくことにする)

これで何が良かったというのだろうか?

「おうおう、そう睨むな。ちゃんと説明してやっから。……いいか、拓留。お前はあの地震で、強いPTSDを受けた。おまけに、そのショックで一年間も眠ったまんまだったんだ」

「そ、それは前に説明してもらったけど、それがなんの関係があるんだよ……」

「大ありだ。いいか?人間ってのはちゃんと健康な体を動かしていくことで成長していくんだ。なのに、お前の状態は普通じゃなかった。寝たきりっていうだけでも人間体が弱くなるもんだが、PTSDとまで来てはなあ」

ここまでは分かるな?目線で問う佐久間。

しかし、拓留にはいまいちピンとこない。色々とショックのある出来事だったけど、鬱病や自殺願望が生じたわけではない、と思う

「そんなに……その僕は強いストレスだったのかな?あまり自覚がないんだけど」

「ん……。まぁ、な。自覚できないストレスってのもあるもんだ。でな、正直言うとだ。引き取ったはいいが、俺にもお前がこの後健康な体で生きていけるのか見当もつかなかったんだよ」

「え!?」

急に明かされる事実に不安になる拓留。

まぁまぁ、落ち着けと佐久間は押し留めた。

「そういう意味だと、今回の件はお前がちゃんと男として肉体的な成長をしている証になるわけだ。健康だって確認できたわけだよ。これから、きっと身長も伸びる。だから、これが喜ばずしてなんになるよ?」

「そ、そうなんだ……」

実の親からネグレクトを受けていた拓留にとって、ここまで自分に対して親身になって、本当の意味で心配してくれる大人は佐久間がはじめてであった。思わず涙がこぼれそうになる。

「それになあ。夢精ってのは小便なんかと同じでごく普通の生理現象なわけよ。別にエロいことを考えてなるわけではなくて、精巣の容量をオーバーしそうになると自然となっちまう男の排泄機能の一つなんだ。だから、恥ずべきことじゃ決してないんだぜ」

「う……そ、その話はもういいよ。やめてくれよ」

「ははは!そうだな。そう言われたってお前くらいの年頃じゃ割り切れんわな。……さて」

佐久間は、話を打ち切るかのように腰を上げた。

「どこか行くの?用事?」

「いや、乃々達をこのままにしておくわけにもいかねーだろ?俺がちゃんと誤解を解いてやるよ」

それは傷口に塩の塗るような行為だったが、いたしかたない。このままでは二人に合わせる顔がない。拓留は佐久間に任せることにした。

「じゃ、じゃあ、お願いするよ」

「おう。……って、ああ、そうだった。こればっかりは聞いておかないとな」

今まさに部屋から出んというところで、佐久間は何かに気がつく。拓留の元に戻ってきた。

そして、拓留の肩に佐久間はその大きく分厚い手を置き、こう言った。

「で?結局、どっちがでてきたのよ?」

「へ?」

「だから、今朝の夢だよ。あんな美少女二人を侍らせてるんだ。出てきたんだろ?どっちかよ。それとも、二人ともか?」

笑みを浮かべながらトンデモないことを尋ねてくる養父を前に。

「そ、そんなこと言えるわけないだろ!!!!」

拓留は絶叫した。

 

 

なお、この日以降、宮代拓留の夢をチェックすることが尾上世莉架の日課となったという。


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