グランブルーファンタジー ~STARDUST MEMORY~ 作:怪鳥
よろしくお願い致します。
第一話 蠢く影
大地が大空に漂う島々に、数多の種族が共生している。そんな空の世界。
かつて、数千年にも及ぶ大きな戦争があった。
突如として現れた『星の民』は、圧倒的な軍事力を持って空の世界の侵略に乗り出し、結果、空の世界全域が、星の民によって支配される事となる。
だが、それだけでは終わらなかった。
占領下で星の民の技術を吸収した空の民が、反撃に出たのだ。
血で血を洗う凄惨な戦いが続き、空の民は勝利し、世界を取り戻した。
その戦争は後に、『覇空戦争』と呼ばれた……。
―――また、三人で星を見に行こう……
がしゃり、がしゃりと重々しい足音が薄暗い洞窟に木霊する。
夜影を思い起こさせる漆黒の板金鎧に身を包んだ男は、ゆっくりと、歩を進めていた。
男の足元には、黒ずんだ頭蓋や、何のものか判別のつかない骨が無数に散らばっていたが、さして気にも留めていないのか、ただ真っすぐ一点を見つめているだけだった。
不意に男の足が止まる。
「……目覚めよ」
男がそうつぶやくと、柱に立て掛けられていた松明が一斉に灯り、見つめていたものがはっきりと姿を現したのだ。
視線の先にあるもの、それは、《星晶》であった。
人の手で切り取られたのかと錯覚するほどの綺麗なひし形に、洞窟の天蓋まで届かんばかりの巨大な星晶。どれほどの年月が経っているのだろうか、本来持っていたであろう淡く透明感のある輝きはとうに失われ、男の板金鎧のように、どす黒く濁っていた。
男は星晶に右手をかざすと、静かに口を開く。
「空の民に報いる時が来た……古の亡者達よ、我が声に応じるのだ」
その時だった。
洞窟全体がうなりをあげて大きく揺れる。まるで、人の叫び声のような音が、禍々しく輝く星晶から発せられたのだ。男は眉根一つ動かさず、体勢を維持した。揺れと叫び声はしばらく続いたが、幾分か経つと、どちらも完全に収まった。
男はかざしていた右手を下ろす。
すると今度は、星晶と男を取り囲むように、もうもうと灰色の霧が立ち込め始めた。霧はどんどん広がっていき、とうとう洞窟内全てを包み込む。
男の周囲から何かが湧いてくる。それも一つや二つなどではない。もっと膨大な、数えきれないほどの気配。
気配はやがて影となり、影は少しずつ形を整えていく。
「おお……」
男はおもわず、感嘆の声を漏らす。
槍を持ち、巨大な爬虫類のような化け物……《飛竜》にまたがる者もいれば、魔物の皮をなめした軽鎧に身を包む兵士たちもいる。
男は霧から現れた影の軍団を見渡すと、不敵な笑みを浮かべた。
―――もう一度、この空に怨嗟の声を……
◇
ファータグランデ空域
~ザンクティンゼル島 金露森林~
――ぴとりと、頬に当たる冷たい何かを感じて、ラスラは目を開いた。
視界には、どんよりと曇った空。頬に当たっていたのは、どうやら雨水のようだ。
ラスラは大の字で寝転がったまま、左手を閉じたり開いたりした。
―――大丈夫……みたいだな
ゆっくりと上体を起こし、軽く伸びをする。
頭を針で突かれるような痛みを感じるが、特に目立った傷もない。
こめかみを押さえながら、周囲に視線を走らせる。
辺りには背の高い木が間を置かずに生えていて、枝葉が風になびく音や小鳥のさえずりが、絶えず聞こえてくる。一言で表すならば『森』だ。
―――どこだ……ここ
どうやら見知らぬ森の中で気を失っていたようだ。
とりあえず、近くにある大木の根元に腰を下ろす事にする。少しくらいの雨なら凌げるはずだ。
―――そもそも、どうして俺はこんな場所で倒れていたんだ?
ラスラは顔を曇らせながら、考える。
鳥や木、土や花といったものは、もちろん理解できる。
それは知識として脳に記憶されているからだ。だが、自分の事……家族や友人、自分が何をしていたのか、まったく思い出せない。記憶の糸がぷつんと途切れている。
覚えているのは『ラスラ』という名前だけ……
一過性の記憶喪失だと願うばかりだが、どうすることもできない。
「はぁ……」
あまりの状況に思わず、ため息が漏れる。
そんなラスラを嘲笑うかのように空は曇っていて、あとどれくらいで夜が来るのか、見当もつかなかった。自分の現在地すらわからないのに、入り組んでいるであろう森の中を移動するのは、自殺行為以外の何物でもない。
八方塞がり。正直言って、詰みだ。
―――こんな仕打ち……ないぜ、神様……
ラスラは膝を抱えて、いるかもわからない神を恨んだ。
ふと、くたびれた上着のポケットに手を突っ込むと、なにやら小さな箱が出てきた。
マッチだ。
何の解決にもなりはしないが、これがあれば夜を過ごすことが出来るだろう。
―――ちょっとはやるじゃん、神様
まだ運は尽きてない!とラスラは顔を綻ばせたが、現実はそんなに甘くない、というのが世の常である。
試しに箱から一本取り出して、マッチを擦ってみる。
……………………点かない。
いくら擦っても結果は同じで、火花すら……上がらない。
神がいるとするならば、ラスラを見捨てているのは明白であった。
「くそっ……バカにしやがって……」
怒りに任せてマッチ箱をぶん投げる……気力すら湧かず、うなだれてしまった。
…………
何時間か経っただろうか、雨は上がり、雲は晴れて、茜色の空を映し出している。
動くなら、雨の上がった今が絶好のチャンスだったが、時すでに遅し、もうじき夜が来る。
という事はつまり、火も食料も無い中で一晩明かさねばならないという事だ。
―――俺は一体、どうなるんだろう……
ラスラは押し寄せる不安から逃げるように、膝を抱えて目を閉じた。
すると突然、獣の鳴き声や鳥のさえずり、風の音までもがぴたりと止んだ。
……え?
目を開けて確認してみると、辺りは異様な静けさに包まれていた。
明らかに、何かがおかしい……
背筋がぶるると震える。本能的な恐怖を感じて、ゆっくりと立ち上がる。
雨上がりの蒸し暑さか、それとも別の何かか……
吹き出る汗を拭う事もせず、ラスラはそのまま固まってしまった。
「だ……誰かいるのか!」
返事の代わりに返ってきたのは、ねっとりとした、気味の悪い視線……
どちらにせよ、好意的なものでは無さそうだ。
ラスラは、顔と目だけを動かして視線の主を探す。
みしっと、木の枝を踏み抜く乾いた音が、すぐ近くで聞こえた。
―――何かがいるっ!!
《鎧の男》???
《ラスラ》ヒューマン。男性。ザンクティンゼルの森の中で目覚めた折、名前以外のすべての記憶を失っていた。