グランブルーファンタジー ~STARDUST MEMORY~   作:怪鳥

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第二話 出会い

 近くから感じる、殺気立った鋭い視線……

―――どこだ……どこにいるっ!?

 辺りを見渡してみても、深い茂みが邪魔をして視線の主を視認する事はできない。

 ラスラはその場から一歩も動く事ができず、呆然と立ちつくしていた。

 不意にぽとりと、頬に水滴が落ちてきた。今度は雨水ではない。雨はとうに上がっているし、水滴はねっとりとしていて、強烈な刺激臭が鼻につく。

―――まるで何かの唾液のような……まさか……

 

「グウウゥゥッ!!」

 

 ラスラが上を見上げるのと同時、けたたましい咆哮と共に()()は姿を現した。

 犬のように大木の枝に乗る()()は、狼を二回り大きくした巨躯に、剝き出しにした獰猛な牙。爛々と赤く光る瞳は、今にも飛びかかろうと視線を離さない。

―――なっ……何だコイツッ!

 異形の魔物を前にして、ラスラは思わず息を呑んだ。

 魔物からすれば、目の前にいる人間は、腹を満たすただの肉塊に過ぎないのだろう。ラスラが次の行動を考えるよりも早く、飛びかかってきた。

 さっきまでラスラが立っていた場所に、致死の一撃が放たれる。

 ほぼ奇跡に近いが、前方に転がり込むことで致命傷を回避する事ができたのだ。

 魔物を見ている暇などない。ラスラは無我夢中で走った。

 

「くそっ!! こんな所で、くたばってたまるかっての!!」

 

 すぐ真後ろから、魔物の呼吸音と足音が聞こえてくる。その音はどんどん距離を詰めてきていて、耳元で鳴り響いているかのようだ。

 

「―――っつ!!!」

 

 運悪く、地面の石に足をすくわれて、前のめりに倒れこんでしまった。

 すぐに立ち上がろうと足に力を入れるが、重石のようなものが邪魔をして立ち上がれない。

 ……魔物だ。魔物の足が重りになって立ち上がれないのだ。

 ラスラがそう気付いた時にはもう、魔物の醜悪な顔が目の前にきていた。

 鼻が曲がりそうなほどの強烈な臭いがする。金縛りのように動く事もできなければ、もう声を上げることもできない。

 魔物は抵抗のないラスラを弄ぶかのように、ぐいっと足に力を入れる。

 

「があっっ!!!」

 

 右足に激痛が走る。魔物がラスラの右足を折らない程度に力を入れたのだ。

 ラスラは反射的に落ちていた小石で、何度も何度も魔物を殴りつける。

 

「くそっ! くそっ!!」

 

 空しくも止めるどころか、魔物に傷一つ付けさせる事はできない。むしろ魔物は、その反応を楽しんでさえいるようだった。

 もうダメか…… 

 諦めかけた――その時。

 

 轟!という炸裂音が響くのと同時に、魔物が吹き飛んだ。

 

「早くここから離れるんだ!」

 

 ラスラは何が起こったのか分からぬまま、声の主に視線を向ける。

 声の主はフードを被っていて顔はよく見えないが、声と体格からして女性だろう。

 フードの女性は、身の丈を軽く超える狙撃銃の銃口を魔物へと向けていた。

 

「早く行け!」

 

 ラスラは立ち上がって全力で走った。さっきまでの金縛りが嘘のように足は動く。ぬかるんだ地面に足をすくわれても、お構いなしに走り続けた。

 息も絶え絶えになった頃、足を止めた。

 もう日は暮れていて、夜の帳が下りている。辺りは真っ暗だ。

 ちょうどよい切り株に、どっと腰を下ろす。

―――助かった……のか?

 正直、魔物から逃げた今でも、生きた心地がしない。

 ずきずきと痛む右足をさすりながら、ため息を漏らした。

―――助けてくれた女性は、大丈夫かな……

 フードの女性は銃を持っていたが、さっきのラスラのように、近付かれればひとたまりもないだろう。

 逃げてきた道に視線を移す。この先でまだ戦っているようで、銃声はまだ続いている。

 

「……行かなくちゃな」

 

ラスラは月明りを頼りに、来た道を引き返した。

 

 

 

 開けた場所に出ると、フードの女性と魔物がにらみ合っているのが見えた。

 魔物の姿はほとんど見えない。背の高い木々が月明かりを遮っているのだ。魔物は光の届かない茂みを利用して身を隠している。

 目を凝らして良く見てみると、フードの女性が絶妙な間合いで銃弾を撃ち込んでいるのが分かった。銃弾は魔物の近くを掠めるばかりのようだが、間合いを詰められないようにするだけでも、相当な銃の使い手だという事が窺える。

 何とかして魔物を照らさなければ、いずれ距離を詰められて殺されてしまうかもしれない……

―――一瞬だけでいい……何か……

 ラスラは、はっとした顔で無造作にポケットに手を突っ込む。

 取り出したのは、小さな小箱。湿気で使えなかったマッチだ。

 幸運というべきか、雨が止んでいる今なら、なんとか使えるかもしれない。

 

「すみません! 聞こえますか!」

 

 フードの女性は、突然の声に面食らった顔でラスラに意識を向ける。

 

「一体、何をやって……」

 

 ラスラは言葉を遮るようにして続けた。

 

「一瞬だけヤツを照らします! そこを狙ってください!」

 

 これは博打だ。マッチに火が灯らなければ詰み、見当違いの場所に投げれば詰み、狙撃の環境が整ったとしても致命傷を与えられなければ詰み……。

 どこか一つでも誤れば、魔物に喰い殺されてしまう事になるだろう。

 あのまま言われた通りに一人で逃げる事もできた。

 だが、見ず知らずの自分の為に誰かが犠牲になるくらいなら、魔物の晩メシになった方がよっぽどマシだ。

 ラスラは手を震わせながら、マッチを取り出す。

 

「……頼むぜ、点いてくれよ」

 

 祈りを込めてマッチを擦ると、小さな火が灯った。

 魔物のうなり声と、自分の勘だけを頼りに居場所を探る。

 一瞬だけ……赤く血走った目が見えたような気がした。

 離れた場所にいるフードの女性に聞こえるよう、声を張り上げた。

 

「今だっ!!」

 

 ラスラの合図を聞いたフードの女性は、牽制射撃の手を止め、片膝を地につける。

 衝撃で火が消えてしまうかもしれないが、お構いなしに全力でぶん投げた。

 ほのかな火を携えるマッチは、弧を描きながらゆっくりと飛んでいく。

 まるでスローモーションのような時間の中、ラスラは固唾を飲んで見守った。

 マッチの火が何かに当たって儚い火花を散らす。

その瞬間。

魔物の頭がほんの一瞬だけ、姿を現したのだ。

 フードの女性からすれば、その一瞬だけで十分だった。瞬きする間もないほど早く照準を付け、トリガーを引いた途端、辺りの木々や地表が薙ぎ倒されるほどの衝撃が走った。

 さきほどの牽制射撃の比ではない。まさに、必殺の一撃だった。

 轟音が止んで、ラスラが顔を上げると魔物はもう跡形もなく四散していた。

 

「やった……のか」

 

 ふぅ、と安堵のため息をつきながら、ラスラはフードの女性のもとへ駆け寄る。

 

「君、ケガはないか?」

 

 フードの女性が、深く被ったフードを取りながら、凛とした口調で言った。

 年は二十歳を超えているのだろう。ウェーブがかった銀白髪は、腰まで届くほど長く、美しい。少女のような可憐さ、というより美人といった感じの、大人の女性であった。

 

 「え……ええ、何とも。さっきは助けて頂いてありがとうございます」

 

 ラスラは少し動揺したような声音で答えた。

 

 「なに、礼には及ばんさ。君の助けがなかったら、私も危なかったし…… だが関心せんな、こんな時期に森に来ちゃ危ないだろう?」

 

 「え、えっと……実は……」

 

 もしかしたら、何か勘違いされているのかもしれない。

 ラスラは今、自分が置かれている状況を説明した。

 自分が見知らぬ森の中で目覚めた事。『ラスラ』という自分の名前以外の記憶を、何一つ思い出せないという事。

 フードの女性は嫌な顔一つせず、真剣に耳を傾けてくれた。

 

「記憶喪失……という事か。うーん、困ったなぁ……積もる話は後にしよう。森を抜けた先に村があるから、案内するよ」

 

「助かります!」

 

 地獄に仏とはまさにこの事だ。ラスラはコクリと頷くと、彼女の歩幅に合わせて歩き出した。

 不意に、彼女の足が止まる。

 

「おっと、自己紹介がまだだったね。私は騎空士のシルヴァだ。よろしく頼む」

 

 シルヴァは柔和な笑みを浮かべながら、手を差し出す。それに応えるようにラスラは手を握り返した。

 

「本当に……ありがとう……」

 

「……ふふ。村に着いたらゴハンでも御馳走するよ」

 

 彼女は苦笑しながら歩き出す。ラスラもまた、それに続いて歩き始めた。




《シルヴァ》ヒューマン。女性。相棒の狙撃銃と共に、騎空士稼業を勤める女狙撃手。ザンクティンゼルには、とある事情で降り立っているようだが……?

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