グランブルーファンタジー ~STARDUST MEMORY~ 作:怪鳥
薄暗い森の中。
ラスラは狙撃銃を担ぐ女性、シルヴァの後に続いて歩いていた。
彼女はラスラにとって、命を救ってくれた恩人だ。魔物から助けてもらったうえに、安全な村まで案内してくれるのだと言うのだから、感謝してもしきれない。
けもの道をさらに進むと、人工的に踏みならされた道に出る。
背の高い木々たちはもうない。
また魔物に襲われる恐れもあったが、二人は無事に森を抜ける事ができた。
「……凄く綺麗だ」
ラスラは目を凝らして辺りを見回し、思わず声を上げた。
森の遥か後方に、どこまで続いているかわからないほどの長大な山脈が広がっている。雨上がりの雲一つない夜空には、満天の星たちがゆらゆらと瞬いていたのだ。
「そうだろう? 私も初めてこの島に降り立った時は、見惚れてしまってね。こんな景色、他の島じゃなかなかお目にかかれない」
「そうでしょうね……まあ、他の島で夜空を眺めた記憶なんて、忘れてしまったんですけど」
「……大丈夫さ! すぐに良くなるよ! ほら、もうすぐ村に着く」
シルヴァが指差す方に視線を移すと、整えられた道の先に、ぽつぽつと人工的な灯りが見えた。
幻想的な景色を目に焼き付けて、足早に村を目指す。
村に到着したのは、それからすぐの事だ。
村の入り口に、急ごしらえで作られたのか、木製の簡易的な門がある。門の両脇に、監視の為の小さな詰所が設置されていた。恐らく先の魔物が村に入らないようにする為だろう、とラスラは考える。
閉ざされた門の前で立っていると、詰所から腰に剣を提げただけの、およそ魔物と戦えるとは思えない格好をした男が近づいてきた。
「騎空士殿、ご苦労様です」
守衛が胸に手を当てて、軽くお辞儀する。
シルヴァが同じ所作で礼をしたので、ラスラも見よう見真似で礼をした。
「今日は、かなりの収獲があった」
収獲?何の話だろうか……。ラスラは頭に疑問符を浮かべた。
シルヴァの言葉に、守衛の顔が一層引き締まる。
「収獲……というと?」
「件の魔物の発生源……。魔物の棲み処なんだが、ある程度見当がついてね。明日にでも、下見がてら当たってみる事にするよ」
「おお! そうでしたか! これでようやく、村の皆も安心できる」
守衛はそこまで言うと、急にばつが悪そうな顔をした。
「我々がもっとしっかりしていれば……」
「……気に病む必要はない。どうしようもない時の為に、私達、『騎空士』がいるのだからな」
「ええ……頼みます」
守衛は二人に向けて、深々と頭を下げた。すると、そういえば……、と言って話を続けた。
「そちらの方は?」
思わずドキリとしてしまったが、正直に説明するしかなさそうだ。
さっきまで黙っていたラスラが口を開く。
「実は……」
言葉を紡ごうとした、その時。
シルヴァが手を横に出して、ラスラの言葉を制止した。
まるで、その先を言うな、とでも言いたいのか。もしかすると自分は、あまり快く思われていないのかもしれない。そこまで思案して、ラスラは押し黙る。
「ああ、そうそう。彼は騎空団からの応援でね。遅れて合流したんだ。そうだろう? ラスラ」
「え……ええ、そうなんですよ」
「なんと……これは大変失礼しました。騎空士殿」
理由はわからないが、話を合わせる事にする。
シルヴァの言葉に納得したのか、守衛は門を開けてくれた。
「では、私たちは先に失礼する。何かあれば、すぐに呼んでくれ」
シルヴァが村に入ると、ラスラも続いて門をくぐる。
二人が足を踏み入れた村……キハイゼル村は、小さな島と相まって、かなり規模の小さな村だ。
ザンクティンゼル島自体、一年を通して穏やかな天候であり、鮮やかな四季が彩る素朴な島である。島ではキハイゼル村にしか人は住んでおらず、その世帯数も20程度で、島民は主に農耕を営んで生活している。
夜だからか、村人は見当たらず、歩いているのはラスラとシルヴァ二人だけだった。
小川にかかる小さな石造りの橋を渡り、水車小屋の横を抜ける。
先に沈黙を破ったのはシルヴァだ。
「……さっきは、すまなかった」
謝罪の理由は恐らく、さっきの守衛とのやり取りだろう。
ラスラは首を横に振った。
「全然気にしてないですよ。むしろ、俺が迷惑かけちゃったみたいで……」
「そんな事ないよ。色々あるんだ……色々と……な。そういえば、村に来て何か思い出した事はないか?」
「いえ……何も」
ラスラは空の彼方に輝く星を見つめる。
自分がどこから来て、どこへ向かうのか星々が答えを知っているような……そんな気がする。
「お、今日は珍しいな」
シルヴァが空を見上げながら言うのと同時、びゅうっと一陣の風が吹いた。
風が止んで目を開けると、青い尾を引いた一筋の流れ星が夜空に通り過ぎていた。その流れ星を皮きりに、また一つ、また一つと星が夜空に流れていく。まるで光のカーテンになって星が降り注いでいるようだった。
「……流星群だ。今日はまた一段と綺麗だな……って、どうしたんだ? ラスラ」
シルヴァは不思議そうにラスラの顔をまじまじと見つめていた。
ラスラの頬に一筋の涙が伝っていく。
「何で泣いてんだろ……俺……変ですよね」
どうして涙を流しているのか、自分でもよく分からなかった。安全な村まで来て安心したわけでも、流星群を見て感動したわけでもない。強引に笑顔を作ろうとしても、作れない。頭の奥で何かがチリチリと音を立てて弾けていて、胸の奥が痛む。まるで締め付けられているかのようだ。
割れるような頭痛がして、思わずその場に屈みこんでしまう。
「大丈夫か! ラスラ!」
ずっと、永遠にこの景色を見続けていたい。終わらないで欲しい……。そんな感情だけがラスラの心に広がっていた。頭の中で誰かの声が響いている。
―――また三人で、星を見に行こうね―――
何度も、その言葉だけが繰り返し再生される。これは、記憶の断片なのか。
―――誰だっ! 誰なんだ!!
答えは返ってこない。ラスラは懸命に記憶の糸を手繰り寄せる。手繰り寄せようとする度に頭の痛みが増した。
―――もう少し、あともう少しなんだっ!! あと……もう少しなんだ……
意識がどんどん遠のいていく。
何かを掴みかけた、次の瞬間。ラスラの意識は完全にまどろみの中に沈んだ。
◇
―――起きて、ラスラ―――
―――誰だ? 俺は……どうなったんだ?
心地良い浮遊感を感じながら、ラスラは目を開く。辺りは何もない真っ白な空間で、中心に七色に光るひし形の石が鎮座している。目の前には、拳ほどの大きさの球体が淡い光を放ちながら、ゆらゆらと浮いていた。
―――ここは、あなたの夢の中の世界―――
声を聞いて、ラスラは周囲に視線を向けるが、もちろん誰もいない。
「夢の世界!? 俺に何をしたんだ!!」
―――ついてきて―――
「答えになってないぞ!」
声は、ラスラの頭の中に直接届いているようだ。
光を放つ球体が、ラスラを先導するようにゆっくりと進んでいく。始めこそ悪態をつくラスラであったが、結局は球体についていった。
七色に光る、ひし形の石の側まで来ると、球体が止まった。
球体が石の中に吸い込まれていく。
「この中に入れって事か?」
目の前にある物が七色に光る珍しい石とはいえ、無機物である事に変わりはないだろう。入れるわけがない。
石の前でじっとしていると、頭の中に声が響いてくる。
―――恐れないで―――
「わ……わかったよ」
ラスラは石の腹に手を触れてみると、ぐにゃりと石が歪んだ。手から虫が這いずってくるような気持ち悪さを感じて手を引っ込めたくなったが、構わずに体ごと押し込めていく。
―――ダメだ……また意識が……
石に飲み込まれた瞬間、再び意識が途絶えた。
◇
ラスラは、薄暗いらせん階段を上っていた。意識ははっきりとしていて黒く湿気た階段の質感や、鼻をつくカビ臭さまでもが、鮮明に感じられる。
ラスラの右手には鎖が握られていた。その鎖は、数段先を歩いている女性の後ろ手を縛める、錆びついた手錠に続いていた。
目の前の女性は囚人なのだろう。彼女の衣服は、ぼろぼろに引き裂かれた鼠色のシャツ一枚だけだ。露になった素肌には焼き印が押されて、顔を背けたくなるほどの拷問の跡が見える。
それでも彼女は笑っていた。
狂った笑みなどではない。友達や家族、愛する人に向けるような……そんな優しい微笑み。
「後は、任せたよ」
階段を上り終えて、眩しいほどの光が差し込む出口の手前、彼女はそう言った。
これ以上進みたくなかった。ずっと一緒にいたかった。一緒に逃げようと、伝えたかった。
だがラスラは口に出さなかった。
彼女を苦しめたくなかったから。彼女と……約束したから。
「そんな顏しないで、ほら……行くよ」
二人は外に出た。
右手には国の繁栄を象徴する、豪華絢爛の限りを尽くした王城が。そして、真王とそれを守護する11人の騎士たちがいる。左手には何も知らずに、国中から集められた大勢の民がいる。
民がどよめく中、二人は中央に設置された処刑台まで歩く。
「かの者、レイラ・バレスタインは、真王に忠誠を誓い、あまつさえ『王の剣』でありながら反逆を企てた。よって、かの者を斬首刑に処す! 陛下からの恩情だ……何か言い残した事はあるか」
「ああ、あるとも!」
さっきまでの可憐な女性の声ではなく、獅子のような凛とした声音で彼女は続ける。
「皆よく聞けぇぇッ!」
民のどよめきが彼女の覇気に圧倒されて、一斉に止んだ。
「貴様らが信じてやまないこの戦争は無駄なのである!! 空の民は皆、我らの存在を脅かす悪鬼羅刹と教えられてきた。私も最初はそうだった……。だが真実は違う!! 彼らは友と学び、人を愛する……私たちと変わらぬ心を持った人間なのだ!!」
彼女の言葉を聞いてざわめきが起こる。
「何をやっとる!!早くヤツを黙らせんか!!」
真王の側近の一人が、醜悪な腹の脂肪を揺らしながら喚き散らした。
それを聞いた真王が重々しい口を開く。
「良いではないか……面白い。最期の一瞬まで舞って見せよ……」
「私は今日ここで死ぬ事になるだろう!! だが断じて、無駄死にだとは微塵も思っていない!! 立ち上がるのだ!! 真実を隠蔽し続けた、真王に報いを!!」
彼女は最後に真王を睨みつけて叫んだ。
「……愚かなる真王よ、心しておけ。貴様の思い通りにはならんという事をなっッ!!!……以上だ」
彼女を助けるチャンスが訪れるのはもう無いだろう。
ラスラは腰元に提げた剣の柄に手を触れる。
―――運命は変えられない―――
頭の中でまた声が響くと、金縛りにでもあったかのようにラスラの手が止まった。
―――クソっ!! 何なんだよこの!! チクショウ!!
ラスラの意識に反して、体は勝手に彼女を処刑台まで連れていく。まるで操り人形にでもなってしまったかのようだ。
彼女が完全に拘束されてしまう。ラスラは処刑用の斧を手に持った。
―――やめろ!! やめてくれッ!!!
ラスラの手はわなわなと震えていて、なかなか構える事が出来ない。
それを見た彼女が咆えた。
「早くやれッ!! この臆病者!!!」
その言葉が後押しになって、ラスラは斧を構える。
斧を振りかぶる瞬間、一瞬時が止まったような気がした。
彼女が最後に笑ったのだ。愛する者に向ける、最期の微笑み……。
「……あの日交わした。三人でまた星を見に行くって約束……守れなくて……ごめんね……」
―――やめろぉぉっっッ!!!!
肉を断つ鈍い音が響き渡った。