グランブルーファンタジー ~STARDUST MEMORY~   作:怪鳥

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第四話 キハイゼル村にて 1

「うわぁっ!!」

 

 悲痛な叫び声を上げながら、ラスラはベッドから飛び起きた。

 肩が上がるほど、呼吸が荒い。まるで、バケツに貯めた水を一気に被ったのかと思うほど、汗が滲んでいた。

 辺りを視認する。四畳半ほどの室内にベッドやテーブル、椅子といった簡素な家具が設えられていて、四角い窓から小鳥のさえずりと共に、朝日が差し込んでいる。

 どうやらここは、どこかの家の一室らしい。

 

―――そうだ、俺は村に着いて星を見たんだ……それから意識が遠のいて……

 

 そして、夢を見た。

 恐ろしいほど生々しく、残酷な夢……。

 

―――あれは……何だったんだろう……

 

 額に手を当てて、考える。

 魔物に襲われるという異常な体験が生み出した、ただの悪夢か。それとも、本当に過去の記憶なのか……。

 もし過去の記憶の残滓なのだというのなら、誰かの命を奪っている事になる。

 

―――俺は……一体……

 

 がちゃりと、扉が開いた。

 

「ようやくお目覚めか、眠り姫。いや、違うな……爆睡王?」

 

 低い声でそう言い放つ男は、片足を引きずりながらラスラに近づいていく。

 手に持ったお盆には、湯気の立つ皿が載っていた。

 

「ほら、食え」

 

 男はお盆をラスラの膝元に置いて、近くの椅子に腰かける。

 状況がのみ込めず、ラスラはきょとんとした目で男を見つめた。

 体格のいい中年の大男だ。料理人が着ているような白い給仕服を身に着けているが、料理人にはとても見えない。むしろ、軍人か傭兵の方が、言葉は合っているだろう。

 

「えっと……どちら様で?」

 

 男がその言葉を聞くや否や、がはは!!と豪快に笑った。

 

「……こりゃ傑作だ!! それは俺のセリフだぞ、少年」

 

「……え?」

 

 ラスラは首を傾げる。

 

「俺の名はライル。ここザンクティンゼルで騎空士や旅行客相手に旅宿を営んでいるんだ。女房のエリザと一緒にね。」

 

「はぁ……、どうして俺がここにいるんでしょうか? 何が何だか、わからなくて……」

 

 ラスラは素直に疑問を口にした。

 ライルと名乗る大男は、悪い人ではなさそうだ。

 

「……ちょうど一週間前の晩の事だ。どういう訳か倒れているお前さんをシルヴァが運んできてな……。医者に診てもらっても原因不明、そんで、今の今までずっとぶっ倒れてたってわけさ」

 

 どうにか自分の置かれている状況を理解する。

 ライルの話によると、どうやらまたシルヴァに助けられたらしい。

 

「そうだったんですね……ありがとうございます」

 

「礼なら直接彼女に言ってやりな。ほら、腹減ってるだろ? 早く食っちまわねぇと、せっかくのメシが冷めちまうぜ?」

 

 ラスラは膝元に置かれたお盆を見やる。お盆の上に載った湯気の立つお皿から、胃袋をくすぐる良い匂いがする。目覚めてから……というか、森で目を覚ましてから何も口にしていなかったから、無性にお腹が減っていた。

 皿の中身は『おかゆ』だった。ラスラの体調を考慮しての事だろう。

 ラスラはいただきます、と言って、おかゆをスプーンでひとすくいすると、たまらず口に入れた。

 

「……美味しい!!」

 

 思わず声を上げる。

 動き出した手は、もう止まらない。何の変哲もないただのおかゆのはずなのに、涙が出そうなほど美味しく感じられた。おかゆにがっつくラスラの様子を見てライルは、「そうかうまいか!」と笑っていた。

 

 胃が落ち着いてきた頃、これからどうするか、ラスラは思案していた。

 これ以上シルヴァや村の人たちに迷惑をかける事は出来ない。それに一週間も

宿で世話になっていたというのなら、先立つもの、つまりお金が必要になるだろう。

 

―――お金になりそうなモノなんて……持ってないよなぁ……

 

 ラスラは深いため息をついた。

 

「そういや、お前さん。記憶喪失……なんだってな、シルヴァから話を聞いた」

 

「え……ええ。どうしてあの森の中で倒れていたのか、自分が何者なのか…… この村の事も、他の島の事も、何も覚えていないんです……」

 

「そうなのか…… 酷なことを言うようで悪いんだが、お前さんがこの島の人間じゃない事だけは確かなんだ。騎空士を引退して、十数年…… この村に移り住むようになってから、お前さんを見た事は一度も無いんだ。村のヤツらみんな家族みたいなもんだからな。これだけは断言できる」

 

「そうですか……」

 

 ラスラが俯きながら相槌を打つ。

 

―――俺は、この村の人間じゃない……

 

 島に一つしかない村の人間が言うのだから、間違いないのだろう。

 だがそれは同時に、一つの大きな疑問を呼んだ。

 村の人間では無いと言うのなら、他の島から何らかの手段を使ってこの島に来た、という事になる。

 

 島と島との間は、地続きで繋がっているのではない。

 そもそも各島々は大空に漂っているのだ。

 島間の交易や人の行き交いには、『騎空艇』と呼ばれる空を飛ぶ乗り物を経由しなければならない。

 

 もしそれらを使ってこの島に降り立ったとして、どうして森で倒れていたのか……。

 疑問は深まるばかりだ。

 

「ま、安心しな。当分の間は面倒見てやるからさ。」

 

「え、そんな……」 

 

 突然の提案に、ラスラは言葉を詰まらせる。

 

「……もしかして、嫌なのか? それとも他に行くアテがあるとか……」

 

「とんでもないです!! むしろ、こちらからお願いしたいというか……その……」

 

ラスラは、ぼそっと憂い顔で続ける。

 

 

「お金が……」

 

 

それを聞いたライルが、またも吹き出して笑った。

 

「―――ぷはっ!! んなもん気にすんなっての!! 家に一人増えたくらいで、どうこうなりゃしねぇよ。困ったときはお互い様……そうだろ?」

 

 ラスラは何度もお礼を言った。何か返せる事はないかと考えていると、廊下からコツコツと足音が聞こえてくる。

 

「あなた、そろそろ料理の仕込みをしなきゃ昼に間に合わないわよ―――あら?」

 

 勢いよく扉が開け放たれて、そこに立っていたのは若い女性だった。女性は、短く切り整えられた赤い髪を揺らしながら ラスラを見つめている。

 この人がさっき話に出てたライルさんのお嫁さんだろうか……にしては若すぎるだろう。と若干失礼な事を頭に浮かべつつ、ラスラは「どうも」と軽く会釈をした。

 

「おっといけねぇ……もうそんな時間か。俺は仕事があるからもう行くわ。何かわからないことがあれば、俺かエリザに聞いてくれ」

 

 ライルはそう言い放つと、そそくさと部屋から出て行った。

 

「ほんっと、抜けてるんだから……」

 

 はぁ……、と ため息をつくエリザと呼ばれた女性を横目に、ラスラはベッドから起き上がる。

 急に立ち上がったためか、体がふらついてしまう。一週間も寝たきりだったのだ、無理もない。鉛のような重い気だるさを全身に感じつつ、ラスラは上体を反らして伸びをする。

 

「大丈夫? まだ休んでていいのよ」

 

「いえ、大丈夫です。運動がてら、外の空気でも吸ってこようかな……」

 

「あらそう、それなら家の裏手に井戸があるから、顔でも洗ってきなさいな」

 

 ラスラは丁寧にお礼を言って、宿を出る。

 森で目覚めたあの日とは打って変わっていい天気だ。昇り始めた太陽から放たれる朝日が、目の前の麦畑を煌びやかな黄金色に照らし出している。

 新鮮な空気を胸いっぱいに吸ってから、宿の裏手に続く、石貼りのタイルの上を歩く。

 井戸には見覚えのある人影があった。どうやら先客がいるらしい。

 ラスラは見知った後ろ姿に近づくと、声をかけた。

 

「ん? ああ、君か。元気そうで良かったよ」

 

 シルヴァはいつもそうであるように笑顔で答えた。

 青いコートを着ていないせいか、肩やスカートから伸びる艶やかな白い素肌が露になっている。

―――こう見てみると、結構際どいよなぁ……

 目のやり場に困ったラスラは、頭をぽりぽりとかきながら、これ以上意識してしまわないように視線を移す。

 

「あの……助けてくれてありがとうございます。俺、色んな人に迷惑かけちゃってるみたいで……」

 

「迷惑なんて思っちゃいないさ。ライルさんもエリザも……みんな優しい人達ばかりだから、大丈夫。それより、これからどうするんだい?」

 

 うーん……、と唸ってラスラは考える。

―――自分が今できる事……か

 いくら宿の主が親切とはいえ、長い間何もせず居座るのはさすがに良心が痛む。

 それに、失くした記憶も探さねばならないのだ。何か行動を起こさねば。

 

「失くした記憶の手がかりを探そうと思います。この島で目覚めたのなら、何かあるはずです……俺につながる何かが……」

 

「……そうか、私も手伝いたいのは山々なんだが仕事があるんだ」

 

 シルヴァは青いコートを羽織り、愛用の狙撃銃の留め帯を肩にかける。

 

「仕事って……またあの森に行くんですか?」

 

「ああ、魔物の討伐も、騎空士の仕事の一つだからね」

 

「ずっと気になってたんですけど、『騎空士』って何なんですか?」

 

 森で助けてもらった時もそうだったが、シルヴァさんが口にした『騎空士』とは何だろう?とラスラは疑問を投げかけた。

 シルヴァは少し驚いた顔をして答えた。

 

「そうだなぁ……規模の大きい何でも屋だと思ってくれればいい。迷子のペットの捜索から魔物の討伐まで何でもする。この空の世界で、一番自由で一番危険な職業さ。私もこの島には魔物討伐の依頼で来ていてね……君も見ただろう?」

 

「ええ……あんな化け物と……」

 

 ラスラは森で襲ってきた魔物の姿を思い出して、思わず身震いする。

 目の前の彼女は、何度も死線をくぐり抜けてきたのだと感じさせる圧があった。

 

「……とは言っても、君が意識を失っていた間に、あらかた片付いたんだけどね。今日は見回りみたいなものだから、だいぶ気が楽だ。余裕ができたら手伝うよ……なんだか、妹を見ているようで放っておけなくてね……」

 

 最後に「行ってくるよ」と手を振って、シルヴァは歩き出した。

 

「……お気をつけて」

 

 ラスラはただ彼女が無事に帰ってくるのを祈るのだった。

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