グランブルーファンタジー ~STARDUST MEMORY~ 作:怪鳥
森へ見回りに行くというシルヴァを見送ったラスラは、井戸に吊り下がった木製の桶を落とした。ロープを引いて、桶いっぱいにくべられた水を傍らの手桶に移す。
手がかじかんでしまいそうなほど冷たい水で顔を洗い、一息つく。頭にこびりついていた浮遊感と眠気はもう完全に吹き飛んでいた。
―――あれ? 何か着けてる
ラスラは水を張った手桶を見つめる。映り込んでいるのはもちろん自分自身の顔だったが、首元にひもで何かを提げている。
ひもを手繰り寄せて確認してみると、どうやらネックレスのようだった。
華美な装飾は施されていないが、六角形に切り取られた黒ずんだ石が、首元の交差部分にある型にはめ込まれていた。
―――気味の悪い石だなぁ……
あまり気にも留めず服の下にネックレスを戻し、手で水を軽くすくって飲む。
陽の光が届かない井戸水はとても冷たくて、少しだけ甘い味がした。
―――これからどうするか……だな
”記憶の手がかりを探す”と言っても、漠然としすぎている。ただ闇雲に動いたところで、何の成果も得られないだろう。もっと具体的な行動案が必要だった。
一番は自分が倒れていた森を当たってみるのがいいかもしれない、とラスラは考えるが、すぐにその案を頭から振り払った。
森には凶暴な魔物が出る。丸腰で向かうには、あまりにも危険すぎるのだ。
それにこの村に入る前のシルヴァと守衛との会話に、どこか引っ掛かりを感じる。
―――シルヴァさんはあの時、俺の事『騎空士』って言ったよな……なんで嘘なんかついたんだろう
頭を捻って考えるが、答えは出ない。この村に何か事情があるのだろうか。
後で直接本人に聞いてみようと、ラスラは思う。
―――状況了解。とりあえず情報を集めないとな。考えるのはその後でいい
当面の行動方針は決まった。まずはこの村について知る事、その途中で記憶の手掛かりが掴めればもうけものだ。
「よし、行くか!!」
「行くってどこに行くんだ? 騎空士のあんちゃん」
「うおっ!」
背後から突然声がして、ラスラは驚いてしまった。
後ろを振り返ると、年端もいかない子どもが二人。一人は首に赤いスカーフを巻いた少年と、もう一人はその少年の背に隠れてラスラを見つめる少年だ。
「ほら、これタオル。母ちゃんに頼まれて持ってきたんだ。」
「ありがとう……母ちゃんってエリザさんかい?」
少年からタオルを受け取って顏を拭きながらラスラは言った。
「うん、そうさ! オレはパル。んで、こっちが弟のペルってんだ」
両親によく似た笑顔を浮かべて、パルは胸を張る。元気な男の子なのだろう。
「ラスラだ。君のご両親には色々と迷惑かけてるみたいで……二人ともよろしくな」
ラスラは身を屈めて二人に視線を合わせる。太陽のようなパルの笑顔につられて、ラスラも自然と笑顔になった。
パルの後ろに隠れているぺルの方はというと、目を合わせようとする度に顔を引っ込めてしまう。気恥ずかしいのだろうか。
「ほら、ちゃんと挨拶しろって」
パルに急かされて、ぺルは渋々ラスラの前に出てきた。
「……ぺルです」
「ああ、初めまして。そんなに遠慮しなくていいぜ」
ラスラはできるだけ優しい笑顔を向けて、ぺルの頭をなでる。
「はうぅぅぅ!?」
逆にびっくりさせてしまったのか、ぺルは声を裏返してパルの背中に戻ってしまった。
「……昔からこうなんだ。あんちゃん、あんまり気にしないでやって」
はぁ……、とため息をついてパルが言った。
「ところでさ、さっきでっけー銃担いだねーちゃんが森に向かってたんだけど、あんちゃんは行かなくていいのか?」
「そ……そうだなぁ……」
ラスラは困り顔で空を見上げた。パルの口ぶりから考えると、やはり『騎空士』だと思われているらしい。ここは素直に本当の事を話してみようかと考えたが、何も情報がない以上、かえって話がややこしくなりかねない。結果的に嘘をつく事になり、少しばかりの後ろめたさを感じつつも、ラスラは流れに身を任せることにした。
「……あ、そうそう! 俺、さっき一週間ぶりに目覚めたばっかだしさ、今日まで休ませてもらう事にしたんだ」
「……ふーん、そうなんだ」
パルは訝しげな顔でラスラを見つめた。
少し間を置いて、ぺルがひょこっと顔を出す。
「……仕方ないよ、パル兄さん」
「でもよ、村に着いた途端、一週間も寝込むなんて信じらんねぇぜ……船酔いでもしたのか?」
「まぁ……そんなところかな。俺、三半規管弱いし」
それを聞いたパルは呆れて肩をすくませた。
「はぁ……騎空士が聞いて呆れるぜ……グラン兄ちゃんとは大違いだな」
最後にボソっとぺルが「……情けない」と言い残すと、二人はどこかへ行ってしまった。
―――とりあえず何とかなったな……
ラスラはホッとして胸を撫でおろす。
それにしても、あそこまでどストレートに呆れられては、少し心が痛む。
「あっ……タオルどこに返せば……」
タオルを持ってきてくれた二人はもういない。
ここは一旦、宿に戻ることにした。
◇
酒場『旅風亭』と刻印された扉の前に立って、宿じゃないんだ、と思いつつ中に入る。
どうやら酒場が主のようで、宿はあくまでもそのおまけなのだろう。室内の一階部分が酒場で、二階部分の空き部屋を旅宿として利用できるようにしているようだ。
酒場と聞くと、どことなく『汚い』イメージがあったラスラだったが、自然とそんな気は起こらなかった。
整然と並べられた、どこか年季の入ったテーブルや椅子を見ると、むしろ上品さすら感じられるほどだ。
―――さっきからいい匂いがするなぁ……
扉を開ける前から胃袋を刺激するいい匂いがしていた。
何か調理しているようで、ぐつぐつと何かを煮込む音が室内に響いている。
ラスラは匂いに導かれるがまま、厨房を目指した。
「よっ! さっぱりしたか?」
厨房にはスープを煮込んでいるライルと、芋と人参の皮むきをするパルとぺルの姿があった。
やはりいい匂いの正体はここだったようだ。
「ええ、おかげさまで目が覚めました。タオル、ここに置いときますね。朝から料理の仕込みですか?」
近くのテーブルにタオルを置いて、ラスラが言った。
「ああ、今日はまた特別でなぁ……夜から村のもんみんな集まって宴会なんだ。今から準備しねぇと間に合わねぇ」
「俺も何か手伝いますよ!」
ラスラは腕をまくりながら、山積みになった芋の皮をむき始める。
「そりゃ助かる!! でも……なんか悪いな」
「お世話になっていますから……これくらいさせてください」
それからしばらくの間、仕込みを手伝うこととなった。
始めは悪戦苦闘するラスラであったが、すぐにコツを掴みだし話をする余裕も出てきた。
「あの、ライルさんって騎空士だったんですよね?」
ラスラの言葉に「そうだ」とライルは頷く。
「騎空士だった頃の話、聞かせてもらえませんか?」
「俺も父ちゃんの話聞きたい!」
「……僕も」
全員の賛同にライルは「そんなおもしれぇ話じゃねぇぞ」と言って、語り始めた。
「……ガキの頃から一緒だった親友がいてな。そいつはいつも、おとぎ話にしか出てこない星の島……イスタルシアに行くってうるさくてよ。ラスラ、ちょうどお前さんくらいの歳になって、そいつと一緒に空の果て目指して旅に出たんだ。」
「うんうん、それでそれで?」
パルとぺルは目を輝かせて話に食いついていた。ラスラもどんな物語が飛び出すのだろうかと、ゴクリと生唾を飲み込む。
「そんでまあ……色々あって今に至るって話だ」
ライルは言葉を濁した。
「なんだよそれー!!」
想定外の答えにパルとぺルは不服の声を上げる。無理もない。この場にいた全員が聞きたかったのは、旅の途中に何が起きたのか、どんな冒険譚だったのか聞きたかったのだ。
「結局、空の果てに辿り着く事は出来たの?」
「いや、俺が旅の途中で怪我しちまって船を降りてな……そっからどうなったのか、俺もよくわからねぇんだ」
どこか残念そうな表情を浮かべるライルの横顔を、ラスラは見つめる。
「……大丈夫ですよ、そんな気がするんです」
「……ああ、お前ならきっと……」
最後の言葉は共に旅をした親友に向けてなのだろうか。ライルはどこか遠くを見つめて呟いた。
「父ちゃん、もったいぶらずに教えてくれたっていいのに……」
「ガキにはまだ早い。てか全員手止まってるじゃねぇか!? ほら、早く片付けちまうぞ。この調子じゃ朝までかかっちまう」
それっきりライルが旅の仔細を口にすることはなかった。