グランブルーファンタジー ~STARDUST MEMORY~ 作:怪鳥
「シルヴァさん見てください! 森の方から火の手が!」
ラスラは、もうもうと立ち上る黒煙を指差しながら叫んだ。
さっきの音は恐らく爆発音だ。それも、人為的な何かが働いている……。
本能的にそう感じずにはいられなかった。
「ああ、判っている! ここは一度、店に戻ろう!」
「はい!」
シルヴァの行動は速く、もう既に走り出していた。
ラスラもそれに追従する形で後を追う。
砂地の道沿いを走っていると、今度は”ぴぃぃ”という甲高い鳥の鳴き声のような音が聞こえた。
「今度は何なんです!?」
「……風切の笛の音。今の音は、何かが起きた時の為の知らせなんだ」
「もしかして……魔物が?」
シルヴァは唇を噛みしめながら、首を横に振った。
「……判らない、でも、もしそうだとしたら……」
それ以上、シルヴァは言葉にしなかった。
風切の笛の音は、サイレンのように断続的に聞こえてくる。
森で何かが起きた事だけは、確かなのだ。
店に着くと、シルヴァは勢いよく扉を開け放った。
店内にいた全員の視線が二人に集まる。さっきまでの楽しげな表情とは打って変わって、みんなどこか、不安げな表情だった。
「シルヴァ! 装備はもう用意してある。この場は俺に任せて行ってくれ!」
声を上げたのはライルだ。二人がすぐに戻ってくると予測していたのか、手にはシルヴァの狙撃銃と、予備の弾薬を入れた専用のポーチを持っている。
「……頼みます」
シルヴァは腰元のベルトにポーチを装着し、
ラスラはどうする事もできず、ただ茫然と、その場に立ち尽くす事しかできなかった。
「みんな、不安だとは思うが家には戻らないでくれ」
幸いと言っていいのか、その場には門を守る数人の守衛以外の村人、全員が揃っていた。
妙な静けさが、店内を包み込む。
爆発は度々起こって、その音が聞こえる度に、全員の不安が高まっていく。
「おい、お前!!」
歳はラスラと同じくらいだろうか。村人の一人が立ち上がって、店の入り口で立ち尽くすラスラに近付いていく。少年はラスラのすぐ目の前に立つと、声を荒らげながら言った。
「こんなところで何やってんだよ!! アンタ騎空士だろう!?」
「……」
「くそ……黙りやがって!! 何とか言ったらどうなんだ!!」
少年の不満は、ラスラの事情を知らないほとんどの人が胸に抱いていたものだ。
栗色の髪を揺らしながら、少年はラスラの胸ぐらを掴んで殴りかかろうとした。
拳が振り下ろされたその時、まだ若い母親に抱かれた赤子が泣き出した。
少年の拳が、顔面に痛打を与える前に止まる。
「やめろアーロン!! もっと冷静になるんだ。その人は何も悪くない」
アーロンと呼ばれた少年の父親とライルが割って入って、二人を引き離した。
「ラスラ、ちょっとこっち来い」
ラスラはライルに連れられて厨房の方まで移動した。
「すいません……俺……」
ラスラは両の拳を握りしめて、歯噛みする。
ただ何もできない自分に不甲斐なさを感じていたのだ。
「気にすんな……お前さんは何も悪いことなんて、しちゃいねぇんだから……」
ライルはいつもの笑顔を向けて言った。
「それじゃ、俺はもう行くからな。お前さんは、ほとぼりが冷めるまでココにいりゃあいい」
「……待ってください」
―――もう、腹は括った
語気を強めたラスラの言葉に、ライルは振り返る。
「俺、今からシルヴァさんの後を追います!」
突然の宣言に、ライルは目を丸くして驚いた。
「おい……一体何を考えてる。もし本当に魔物が原因なのだとしたら、死んじまうかもしれねぇんだぞ!?」
何度も死線をくぐり抜けてきた猛者が言うのだ。言葉の重みが違う。
「判ってます……けど、このまま何もしないままなんて、絶対に嫌なんです!! それに、この騒動自体、俺が関わっているのかもしれない……」
「馬鹿言ってんじゃねぇ!! お前さんをみすみす死なせに行くわけには……」
「俺は……本気だ」
ラスラの眼を見つめて、思わず言葉を詰まらせた。
戦士の眼だ……。覚悟の闘志を宿した、純粋な瞳……。
ライルは今まで生きてきた中で、その眼を二度見た事があった。
一度目は、親友が空の果てを目指して旅をすると言ったとき。二度目は、その親友の息子が父親の後を追って島を出たときだ。今、目の前に立っているのはまごう事なき”戦士”そのものだった。
「わかった……ちょっと待ってろ」
ライルはそう言い残すと、右足を引きずりながら厨房の奥にある物置部屋へと歩いて行った。
しばらく待っていると、古めかしい麻の布袋を抱えて戻ってきた。
ライルは布袋をテーブルに置いて、ふぅ、と一息つく。
「丸腰じゃ、話にならねぇ。こいつを持って行ってくれ」
ライルが勢いよく布を取ると、そこから現れたのは剣だった。
剣の名は、『アガートラム』
大きさは1メートル弱ほどで、一般的なロングソードに分類される。
この剣の最大の特長はまるで、小鳥の羽根でも持っているのかと錯覚するほどに軽いのだ。
ラスラは鞘から剣を抜くと、耳を震わせる鞘鳴りの音と共に、白銀に輝く美しい刀身が姿を現した。素人目からしても、ただの剣では無い事が窺える。本物の業物だ……。
「……良い剣です」
剣を鞘に収めながら、ラスラが言った。
「だろう? その剣は親友から預かったものだ。元は親友のせがれに渡すつもりだったんだが……色々とあってな。それとだなぁ……」
ライルは小さな麻袋をラスラに手渡した。
中を開けて確認してみると、金の装飾が施された中に液体の入った赤い小瓶2つに、毒々しい紫色をした丸薬のようなものが入っていた。
「これは?」
ラスラは袋の中身を、ライルに向けながら疑問を口にする。
「赤い小瓶はエリクシール……傷口にかければ、大抵の傷ならすぐ治しちまう。そんで、小さい豆みたいな物がソウルシード。こいつは植物の種で、食ったら一時的にだが、強力な強壮効果が見込める。あと……」
ライルはラスラの目を見つめて続けた。
「……絶対に死ぬんじゃねぇぞ。命あっての物種だ。少しでも危ないと感じたら、すぐ逃げろ……いいな?」
ラスラは首を縦に振って頷くと、腰元の剣帯に剣を留めて歩き出す。
厨房を抜けて店の裏口にあたる扉に手をかける。すると、後ろから声をかけられた。
「あんちゃん!! 魔物なんかやっつけて早く帰って来いよ!!」
振り返ると、パルとぺルだった。
二人は事の始終を見届けた後、心配になって駆け付けてきたのだ。
「おにいさん、頑張って」
ラスラは精一杯の笑顔を向けて言った。
「……うん、行ってくるよ」
―――大切なものは、俺の手で必ず……守って見せる
どこか胸の奥底で懐かしさを感じながら、ラスラは決意する。
この先に自分に繋がる何かがある。それが失われた記憶なのかどうかはわからない。
このまま足踏みしているだけでは、絶対に後悔してしまう。そんな気がするのだ。
だから今は、前に進もう。
力強く始めの一歩を踏み出して、ラスラは森へと向かった。
◇
あともう少しで森へと続く門が見えてくるはずだ。
石造りの小さな橋を越え、大きなため池の横を走り抜ける。
道中、誰とも出会う事はなく不自然なほどの静けさに包まれていた。
何かの間違いであればいい、とラスラは願ったがその願いもすぐに裏切られる事となる。
「なっ!?」
ラスラは驚いて目を見張った。
炎に巻かれて焼け落ちた門から、狼に似た魔物”リンヴルウルフ”が入り込んでいたのだ。
魔物をこれ以上入らせまいと、シルヴァを先頭に3人ほどの守衛が戦っている。
守衛の装備はお世辞にも上等なものではなく、牛革でしつらえた胸当てと小振りの短剣だけというお粗末なものだった。
「クソッ! 無限に湧いてきやがる!」
一人の守衛が叫ぶ。
焼け落ちた門の向こう側から、醜悪な魔物が何頭も押し寄せてくる。
最前線でシルヴァが魔物を食い止めてはいるが、数頭ほど門を超えて村に侵入する魔物がいた。
守衛が魔物を取り囲むが、彼らとて戦闘のプロではない。
一頭の魔物が、村を蹂躙せしめんと防衛網をすり抜けた……。
「マズいぞっ!! 人家が集まっている方角だ!!」
守衛の叫びが、ラスラの耳に届く。
ちょうど魔物の影が、ラスラの方へと迫ってきていた。
ラスラは走るスピードをさらに速めながら、腰元の剣の柄を握る。
不思議と違和感はなく、恐怖も感じない。
あと数歩も踏み込めば接敵するだろう。
―――あと三歩……
牙を剝き出しにして涎をまき散らす魔物が、目と鼻の先まで近付く。
―――あと二歩……
魔物が飛び上がり、唸り声を上げながら鋭い爪を構える。
―――あと一歩……
ぽっかりと空いた心の奥で、火花が散った。
頭の中に鮮明な静止画が飛び込んできたのだ。
目の前には煌びやかな長い金髪を垂らす女性が、黒の全身鎧に身を包んで微笑んでいる。
夢で現れた女性だった。
「……力は自分のために使うものではなく、誰かのため……大切なものを護るために使うものよ。覚えておきなさい……ラスラ……」
これは過去の記憶だ……。ラスラはそう確信し、魔物を見据えた。
―――そう、俺は……
腰を深く落とし、左足で一歩踏み込む。
―――
一閃。
ラスラは渾身の抜き身を放った。
魔物の首がボトリと落ち、大量の返り血がラスラの頬や服に不揃いの模様を描き出す。
ラスラは勢いを殺さず、さらに加速する。
門を超えた魔物は、あと三頭。
魔物を取り囲んだ守衛は、なかなか手出しできずにいた。
「俺に任せろ!」
ラスラは鋭い声で叫ぶと、一人の守衛の肩をバネ代わりに思い切り跳躍する。
中央に追い詰められている魔物の一頭に狙いを定めると、勢いよく剣を振り下ろした。
確かな手応えだ。
魔物がラスラに気付いて後方に飛び退るが、もう遅い。
左後方に下がった魔物が、脳天を突かれ魔物自身、気付かぬ間に絶命した。
―――あと一頭……
ラスラはそのまま流れるように刀身を右へ薙ぐ。
仕留めた!とその場にいた誰もが確信したが、刀身が
魔物が斬撃よりも高く、空中へ飛び上がったのだ。
―――まずいっ……!
恐ろしいほどに鋭利な爪が首元めがけて飛んでくる。
―――あんなもので切り裂かれでもしたら……
ラスラは反射的に後方へ倒れこんだ。
致死の一撃が前髪を掠める。
ラスラはそのまま左へ半身を捻らせて剣を振りぬいた。
カウンターの要領で放たれた斬撃は、魔物の胴をバターのようにやすやすと両断した。
大量の鮮血を浴びながら、危うくも着地する。
村に入り込んだ魔物はすべて片付けたようだ。
「みんな、怪我はないか?」
事の始終を間近で見ていた守衛たちは、目を丸くして固まっていたが、どうやら大丈夫なようだ。
「凄いな、アンタ! あの化け物を一瞬で片付けちまうなんて……」
ラスラは「ううん」と、かぶりを振る。
「みんなはここで待機してくれ! 魔物がまたくるかもしれない……」
門を少し超えた先に、シルヴァの姿があった。
いつ魔物の波状攻撃が始まってもいいように、狙撃銃のスコープを覗いている。
「シルヴァさん!」
「ら……ラスラ!? どうして君がこんなところに……」
そこまで言うと、シルヴァは押し黙った。
ラスラの姿を見たのだ。
右手には肉片がこびりついた剣に、服には大量の血……。
戦い終えた兵士のような出で立ちに、シルヴァは言葉を詰まらせてしまった。
「……俺の事なら心配いりません。自分でもよく判らないけど、戦う術を知っているんです……」
言外にそれは、記憶を失っただけのただの一般人ではない事を意味していた。
ラスラ自身信じたくはないが、この騒動に一枚噛んでいる可能性も捨てきれない。
「……ダメだ。いくら君が戦えたとしても、容認できない」
「話は後にしましょう。後ろに下がる時間なんてなさそうだし」
森の奥からリンヴルウルフの群れが押し寄せてくるのが見える。
今から戻ろうにも、ラスラに残された時間はなかった。
シルヴァは短く息を吐き、スコープを覗きこむ。
「……絶対に無理はするな。君の背中は、私が守ろう!!」
重々しい銃声が響き渡る。
放たれた弾丸は、先頭を走る魔物の脳天を貫き脳漿を飛び散らした。
それを合図に、ラスラは魔物の群れへと斬りこんでいく……。
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